36.王家主催の夜会
王家主催の夜会の日、私たちは昼前から準備が始まった。
軽食をとってから念入りに湯あみをして、ドレスに着替える。
伯母様と一緒に作ったドレスは白いレースが重なったもの。
夜会デビューの令嬢は白いドレスと決まっているらしく、
他の令嬢たちと似たものにならないようにと考えた。
胸元から腕までとスカート部分を覆うように繊細なレースが広がる。
これだけのレースを編める職人は少ない。
これなら他の令嬢と同じにはならないだろう。
エリとアンナに準備を手伝ってもらっていると、
準備が終わったジェラルド兄様が部屋に入って来た。
兄様は薄いグレーのタキシード姿だった。
いつもよりも凛々しい感じがして、目を奪われる。
心臓がどきどきしているのを気がつかれないように、
なんてことない風に装って話しかける。
「もう準備が終わったの?」
「ああ。ジュリアンヌを手伝おうと思って」
「私を手伝う?」
「髪を少し結って髪飾りをつけよう」
見れば、手に髪飾りを持っている。
赤い造花がついた髪飾りは華やかで可愛らしい。
「夜会では女性は髪に花をつけなくてはいけないんだ。
白は婚約者を探している女性。
赤はパートナーと身内しか踊らない女性。紫は既婚者。
男性が声をかけていいのは白い花をつけた令嬢だけだ」
「そんな違いがあるのね。男性は?」
「男性もハンカチーフで色を示す。
既婚者だけ紫ではなく黒色になる」
「そうなのね」
話しながら、兄様は私の髪を結い上げていく。
耳から上の部分を編み込んで、そこに髪飾りをつける。
頭を囲むようにぐるりと花が並んで可愛い。
「よし、できた」
「ありがとう」
つけられた花は赤色だった。
つまり、夜会ではパートナーである兄様と、
家族である伯父様だけが私と踊ることができる。
これなら他の令息から声をかけられることはない。
そう思うとほっとする。
私の仕上がりを確認した後、
兄様も胸のポケットに赤いチーフをいれる。
「ふふふ。おそろいみたいね」
「おそろいは、こっちだ」
「え?」
首元がひやりとしたと思ったら、ネックレスがつけられた。
銀色の枠に紫色の宝石。
驚いているうちに同じ形のイヤリングをつけられる。
「兄様、これは?」
「夜会のドレスなんだから、装飾品をつけるのは当たり前だよ」
「そうだけど……」
振り返ったら、兄様はイヤーカフをつけていた。
宝石は同じ紫だけど枠は金色。
「おそろい……?」
「ああ、そうだ。これなら本当におそろいだろう?」
「うん」
小ぶりだけど光る紫色の宝石は兄様によく似合っている。
それと同じ宝石が私の胸元と耳につけられている。
それが少し恥ずかしくて、でもうれしくて下を向いた。
にやついてしまっているのを見られたくない。
「……気に入らなかった?」
「違うわ!すごく気に入ったの。
……でも、こんな風に着飾ったことがないから、少し恥ずかしくて」
「なんだ。そういうことか。
大丈夫、とても似合っているし、綺麗だよ」
「あ、ありがとう」
兄様に見つめられて、また恥ずかしくなって視線をそらす。
そんな私を見て、兄様は微笑んでいる。
「さぁ、そろそろ行く用意をしようか。
父上たちとは別の馬車で行くよ」
「そうなの?」
「父上たちは当主としていろんな貴族から挨拶を受ける。
俺たちとは別行動になるから、帰りの時間が合わなくなるんだ」
「そうなのね」
四人で一緒に行くのかと思っていたけれど、
言われてみれば夜会への出席は公爵としての仕事でもある。
伯父様たちは忙しいに決まっている。
馬車に乗ろうとしたら、夜会用のドレスは重くて、
いつものように手を借りるだけでは乗れなかった。
兄様が抱き上げて乗せてくれると、ようやく出発になる。
「思ったよりも動きにくいのね」
「夜会用のドレスは重いから仕方ない。
今日は俺が手を引くから安心していい」
「ええ、ありがとう」
たしかに兄様のエスコートなしでは歩くのも大変かもしれない。
王宮に着いた後、初めて歩く王宮の廊下は絨毯が分厚くて、
本当に兄様に手を引かれなくては歩くのも難しかった。
「今日は俺から絶対に離れないで。
他の人から手渡された飲み物は口にしないように」
「ええ、わかったわ」
今日はお父様とマゼンタ様、シュゼット様は謹慎中のため欠席だと聞いた。
それでも他に注意しなくてはいけない人たちがいる。
第二王子サミュエル様とアゼリマ侯爵家のシャルロット様だ。
サミュエル様からは私に、シャルロット様からは兄様に、
それぞれ夜会のパートナーになってほしいとの申し込みが来ていた。
サミュエル様は一度断っただけで済んだけれど、
シャルロット様からは三度も来ていたらしく、
めずらしく伯母様が怒っていた。
夜会の会場はもうほとんどの人が入場を終えていた。
別の馬車で来た伯父様と伯母様と合流して、一緒に大広間に入場する。
レドアル公爵家の名を聞いて、
大広間にいた貴族たちが一斉にこちらを向いた。
見られている……。
視線が私に集中しているのがわかるほど見られている。
思わず下を向きそうになったら、兄様にささやかれる。
「ジュリアンヌ、怖いなら俺を見ていて」
「……兄様」
見上げたら、兄様に微笑まれる。
その瞬間、令嬢たちから悲鳴のような歓声があがった。
「……兄様、今のは?」
「さぁね、気にしなくていい」
本当に気にしなくていいのかと思うけれど、歓声が聞こえたあたりから、
私に向いていた視線がぐっと減った気がする。
レドアル公爵家の待機場所まで歩くと、
伯父様と兄様が私を隠すように前に立ってくれる。
ほっとした気持ちで伯母様と並んで、王族の入場を待つ。
王族の入場は、サミュエル様が先頭で入って来る。
パートナーはいないと思っていたら、誰か少女をエスコートしている。
伯母様を見ると、「第一王女のアデール様よ」と小声で教えてくれる。
あれがアデール王女。金色の髪に濃い茶色の目。
とても可愛らしい顔をした王女だ。
まだ十二歳だったと思うけれど、王族だから主席するらしい。
その次に王太子夫妻と思っていたら、銀色の髪の男性だけが入って来る。
この方が第一王子のアドルフ様。
すらりとした長身で青目。推進派の王妃から生まれているからか、
顔立ちが少し兄様に似ている気もする。
王太子妃のカトリーヌ様は欠席されるようだ。
そして、金髪青目のオルランド陛下と銀髪緑目のアンジェル王妃。
側妃のバルバラ様の姿は見えないけれど、欠席なのだろうか。
「バルバラ様はいつも出席されないわ」
「そうなのですね」
私が不思議に思っていたのがわかったのか、伯母様が教えてくれる。
どうやら、側妃様は社交していないようだ。
陛下が開始を告げる宣言をして、夜会が始まる。
まず私たちは王族に挨拶に行かなくてはいけない。
兄様に手をひかれ、王族席へと向かう。




