31.追い出す(レイモン)
ようやく自分がしでかしたことの大きさに気がついたのか、
ぽろぽろと涙を流す。
それを見ても少しも同情しないどころか、イラついてくる。
もう用事は済んだと部屋から出ようとしたら、引き留められた。
「待って!お父様が公爵じゃなくなったら、この家はどうなるの?」
「この家?俺が公爵を継ぐことになる」
「お義兄様が公爵になるんだ……じゃあ、私は助けてくれるのよね?」
「なぜお前を助けなくてはいけない?」
「だって、私はお義兄様と血がつながっているのよ?
妹なんだから助けてくれてもいいじゃない!」
必死なのは伯爵家に戻りたくないからか。
ずっと公爵令嬢になりたかったようだから、
この立場を手放したくないんだろうな。
だが、それは俺には関係ないことだ。
「お前は何も考えていないんだな」
「え?」
「お前が父上の娘だというのは、俺の母親を裏切っていたということだ」
「……裏切ったなんて」
「お前自身が裏切った証拠なんだ。
おそらくそれが原因で俺の母親は離縁して早くに死んでしまった。
その原因を恨むのは当然のことだろう?」
「でも!私が悪いんじゃないし!」
それはそうかもしれないが、俺にだって感情というものはある。
大事な母と妹と引き離され、葬儀にすら出ることは叶わなかった。
今も、妹の無事を確認することもできないのは……
全部、この親子のせいなのに、自分は何も悪くないと言い張る。
「そうやって開き直って俺を兄と呼び、ジュリアンヌを姉と呼ぶ。
その態度が俺をどれだけ傷つけてきたと思っている。
それはお前の責任で、お前が負うべき罪だ」
「だって……知らなかったから……」
「知らないから恨まれないわけじゃない。
俺はこの先何があってもお前を、愛人を助けることはない。
引っ越しの準備が終わり次第お前たちは追い出す。
父上がどうするかは、その後決めてもらえばいい」
「嫌よ!ここは私の家だわ!出て行かないから!」
「知るか」
「お義兄様!待って!話は終わっていないわ!」
これだけ言ってもまだ俺を兄と呼ぶのか。
もう声すら聞きたくないと部屋から出る。
廊下に出ると、家令が心配して駆けつけていた。
ちょうどいい。指示を出してしまおう。
「マゼンタとシュゼットは王命により、アジェ伯爵家に戻ることになった。
今、これよりイフリア公爵家のものとしての扱いを禁じる。
買い物などの要望も一切応じないように」
「王命でございますか……かしこまりました」
「お前だけでは手に負えないだろう。
いくらでも使用人を使って構わない。
愛人と娘をおとなしくさせ、一週間以内にアジェ伯爵家に送れ」
「はい。ご配慮ありがとうございます」
自分だけでは手に負えないのをわかっていたのか、
ほっとしたような顔で頭を下げた。
この家令はお祖父様の代から仕えている。
もう高齢で代替わりしてもおかしくないのに引退しないのは、
あの父上に仕えたいという家令がいないからだ。
俺が公爵になったら、まずは新しい家令を育てるように命じなくては。
五日後、荷物などの準備が整い、愛人と娘を屋敷から追い出す。
使用人に部屋から連れ出されたマゼンタは大声で不満をまき散らしている。
「何をするのよ!放しなさい!私は公爵夫人なのよ!」
「いや、もうすでにあんたは伯爵夫人に戻っている」
「なんですって!?」
「俺がそうするように手配した。
お前とシュゼットはもうイフリア公爵家の籍にはない。
アジェ伯爵家の籍に戻してある」
「そんなこと勝手にできるわけないじゃない!
ヴィクトルが認めるものですか!」
「できるよ。俺が次の当主だと認められているから」
「嘘よ!」
認めたくないのだろうが、事実だ。
王家は、というよりも王太子であるアドルフ様がそれを求めている。
自分が国王になるとき、今のイフリア公爵はいらないと。
「書類もアジェ伯爵家に届けてある。
父上がお前と別れたくないと言えば、あとで父上も伯爵家に届けるよ」
「今すぐヴィクトルをここに呼んで!こんな横暴、許すわけないわ!」
「呼んでもいいけど、変わらないよ」
まぁ、最後だし、父上の覚悟も聞いておくかと呼ぶことにした。
げっそりとやつれた父上は使用人に囲まれたマゼンタを見て、目を見開いた。
「何をしているんだ!マゼンタを離せ!」
「それはできませんよ、父上」
「どうしてだ!?」
「愛人と娘はアジェ伯爵家に戻さなくてはいけません。
そう王命で命じられていたでしょう?」
「まだ期限じゃないだろう!?」
「あの期限は父上がどうするかです。
愛人と娘がイフリア公爵家から出されるのは決まっています。
アドルフ様からすぐさま追い出すようにと追加の指示がありました」
「…なんだと……」
「ヴィクトル!助けて!」
「だめですよ、父上。止めることはできません。
それとも、このまま父上も一緒にアジェ伯爵家に行きますか?」
「……」
まだ決めかねているのか父上は黙り込んだ。
その隙にマゼンタを外に連れ出し、無理やり馬車に乗せる。
次いで連れて来られたシュゼットも泣きわめいたけれど、それはもう聞き流した。
お義兄様だの、やっぱり妹だと思ってほしいだの言っていたが、無視だ。
ようやくいらないものを追い出すことができる。
二人とも馬車に乗せ、出発するように命じようとしたら、
父上が弱弱しい声で止めようとした。
「……レイモン、どうにもならないのか?」
「なりません。王命にまた逆らったら、公爵家ごとつぶされると思いますが」
「……そうか」
王命に逆らったことの処罰に逆らうなど、
貴族でいたくないと言っているようなものだ。
さすがに無理なのを悟ったのか、父上はがっくりとうなだれた。
「で、どうするんですか?出て行くなら引継ぎ書類に判を押してください」
「……もう少し考えさせてくれ」
まだあきらめていないのか。
この人は公爵位にそこまで思い入れがあるとは思えない。
ということは、まだ愛人と娘をここに取り戻せないか考えているということか。
父上がとぼとぼと部屋に戻って行くのを見送り、使用人に指示を出す。
「アジェ伯爵家に二人を戻した後、使用人を何人か送りこめ。
何か動きがあればすぐに報告するようにしろ」




