30.愚かな親子(レイモン)
レドアル公爵家に婚約を申し出ろと言うマゼンタに開いた口が塞がらない。
イフリア公爵家と仲が悪くなった原因である本人がそれを言うか。
「あんたさぁ、馬鹿なのか?」
「なんですって!?」
「レイモン!」
父上が怒ったとしても、もう怖くない。
父上だって本当はわかっているんだ。
だから、俺の名を呼んだ後の言葉が続かない。
「父上がちゃんと言わないからこんなつけあがるんです!
はっきり言ってください。
もう愛人とその娘は公爵家にはいられないんだと!」
「っ!!……だが……」
「はぁ!?どういうことなの!ねぇ!ヴィクトル!?」
イライラしすぎてはっきり言ってしまったら、
マゼンタは父上に詰め寄り始めた。
「私とシュゼットが公爵家にいられないってどういうこと!」
「……いや、それは」
「嘘でしょう?」
「…………本当だ」
「嫌よ!なんとかしてちょうだい!
ヴィクトルは貴族の中で一番偉いんでしょう?
陛下だって蔑ろにはできないはずよ!お願いしてきて!」
「……いや、だから……」
父上は説明する間すら与えられずにたじたじになっている。
マゼンタを相手にすると弱くなる父上に頭が痛くなりそうだ。
「父上に何を言っても無駄だ。王家からの命令だから」
マゼンタに王家からの書状を渡そうとするとひったくられる。
……破いたら不敬だとわかっているのだろうか。
いや、何をしても俺には関係ないけど。
「……はぁ?なんなの?どうしてこの二つしか選択肢がないのよ!
私たちが何をしたっていうの?」
「何があったのか聞いていないのか?
三週間前、シュゼットが学園で失言をした。
イフリア公爵が本当の父親だと」
「……それがどうしたの。本当のことじゃない。
もう再婚したんだから言ってもいいでしょ?」
「……呆れた。シュゼットに常識がないのは母親のせいか。
言っていいわけないだろう。
当時、父上には王命で結ばれた正妻がいたんだ。
それなのに不貞して子をもうけていたとなれば王命に反したことになる。
立派な処罰理由になるんだ」
「……もしかして、そのせいでこうなったというの?」
「そうだ。陛下とレドアル公爵家にそのことが知られ、審議にかけられた。
その結果、シュゼットは父上の子に違いないと認められ、
父上は公爵でいる資格がないと判断された。
公爵で居続けたいのなら愛人と娘を捨てろ、
捨てられないのであれば一緒に公爵家から出て行け、そう言われている」
「そんな!ねぇ、どうにかしてよ!ヴィクトル!」
「……俺にも、もう何もできない」
「じゃあ、どうしろっていうの!ようやく公爵夫人になれたのよ!
やっとヴィクトルの正妻になって、あの女に勝てたっていうのに!?」
髪を振り乱して叫んでいるマゼンタに、
これ以上はここにいても巻き込まれそうだと執務室から出た。
父上がどちらを選ぶのかはわからない。
回答期限は二週間となっていた。
その間に愛人と娘だけを追い出すのか、
自分も一緒に出て行くのか決めなくてはいけない。
あぁ、そうだ。シュゼットにも伝えておかないとな。
シュゼットの部屋に向かうと、部屋の前に使用人が三人立っていた。
「ご苦労。シュゼットはどうしている?」
「……さきほどまでドアを叩いて出せと怒っていました。
またしばらくすると騒ぎ出すと思います」
「そうか。部屋に入るから、侍女を数名呼んでくれ」
「かしこまりました」
半分血がつながっているとはいえ、
追い詰められたシュゼットが何を言い出すかわからない。
俺と結婚して公爵家に残ると言い出さないように、
既成事実になりそうなことは避けなくてはいけない。
侍女を三人呼んでから、ドアを開けて部屋にはいる。
中は物が散乱してすさまじい状態になっていた。
「シュゼット、話があって来た」
「お義兄様!助けに来てくれたの!?」
ぼさぼさの髪のシュゼットが顔をあげる。
うれしそうな顔をしているが、その期待には応えられない。
「助けに?いや、報告をしに来ただけだ」
「報告って?ここから私を出してくれるんじゃないの?
もうずっと閉じ込められているのよ!ここから出して!」
「ああ、ここからは出られるよ」
「本当!?ようやく学園に行けるのね。
もう……ジェラルド様に忘れられてしまうところだったわ」
「まだジェラルドに固執しているのか……」
もう三週間も閉じ込められていたのに気持ちは変わらないらしい。
ジェラルドにはまったくその気がないだろうに無駄なことだ。
「だって、あんなに素敵な人は他にいないもの!
ジュリアンヌ様に優しいのも病気だったから仕方ないし。
私の婚約者になったら、私だけに優しくしてもらうんだから!」
「何をどうしようが、お前はジェラルドの婚約者にはなれないよ」
「どうしてよ!」
「まず、お前とマゼンタはイフリア公爵家から出される」
「……は?」
「アジェ伯爵家に帰るんだ」
「……伯爵家になんて戻らないわ!
お父様が私たちを離すわけないもの!」
よほど愛されている自信があるのか、胸を張って言うけれど、
誰かがほんの少しでも常識を教えていたらよかったのにな。
「お前が父上の本当の娘だと言うことが知られ、
王家から処罰を受けることになった」
「本当のことなのに何が悪いのよ!」
「まだ理解できていないのか。どれだけ馬鹿なんだ。
父上は公爵家に残りたければ、お前たちを捨てるように命じられた」
「お父様が私たちを捨てるわけないじゃない!」
「捨てない場合は、父上は公爵をやめるように言われている」
「……え?」
「そして、お前たちと一緒にアジェ伯爵家に行くようにと」
「どうして!?どうしてそんなひどいことするの!?」
ようやく深刻な状況だと気づいたのか、顔が青ざめてきた。
いくら愚かでもこれがまずいとはわかっているらしい。
「お前が父上の子だと知られたからだと何度言えばわかる」
「だって、私だってお父様の子なのに!
お義兄様とジュリアンヌ様だけ公爵家の生まれでずるいわ!
私だって、最初から公爵家に生まれたかった!」
……ため息しか出ない。
父上の子だと人前でも言い張っていたのはこれが理由か。
ジュリアンヌと対等でいたかったに違いない。
「普通は不貞の子だとわかっていたら隠すんだ。
恥ずかしいことだし、貴族社会からはじかれることになる」
「……恥ずかしい?」
「お前はそれを知らずに学園で宣言してしまった。
父上の本当の子だと、他の貴族家が大勢いる場所で。
だから王家が正式に処罰を下したんだ。
こうなったのは全部お前のせいだ」
「……私のせいなの?」
「そうだ」
シュゼットが言わなければ処罰を受けることはなかった。
薄々気づかれてはいただろうけど、違うと言い張ってしまえば証拠はない。
魔力持ちであれば親子鑑定できるそうだが、
魔力なしの父上とシュゼットでは鑑定でも結果はでない。
シュゼットが宣言しなければバレなかったのに。
本当に愚かで、自業自得としか言いようがない。
ようやく自分がしでかしたことの大きさに気がついたのか、
ぽろぽろと涙を流す。
それを見ても少しも同情しないどころか、イラついてくる。
もう用事は済んだと部屋から出ようとしたら、引き留められた。
「待って!お父様が公爵じゃなくなったら、この家はどうなるの?」




