1.学園へ行きましょう
久しぶりに馬車に乗ったからだけではなく、
これから向かう先のことを考えて緊張で身震いがする。
それに気がついたのか、隣に座っていたジェラルド兄様が私の手を取った。
「嫌なら休んでもいいんだ。帰ろうか?」
「いえ……行くわ。いつまでも隠れているわけにはいかないもの」
「そうだが……無理はさせたくない」
「大丈夫よ。休み時間は兄様が一緒にいてくれるのでしょう?」
「ああ。それでも不安だよ。ジュリアンヌを外に出すのは」
「仕方ないわ。学園には通わなくてはいけないのだから」
これから向かうのはこの国、リヴァロイル国の貴族が通う学園。
十三歳から十五歳の中等部は王都に住む希望者だけが通うのだが、
十六歳から十八歳まで通う高等部はこの国すべての令息令嬢が通うことになっている。
中等部は王都に住む中央貴族と呼ばれる者たちの社交場だが、
高等部になれば地方からの貴族たちも寮に入って通うことになる。
従って、十六歳になる私もこれから通わなくてはいけないのだが、
事情があって王都に住んでいても中等部には通わなかった。
ジェラルド兄様は二年前に入学し、今年は高等部の三年。最後の年になる。
これから入学する私のことが心配なのか、さっきからため息ばかりついている。
「そんなに心配しないで」
「何かあればすぐに言うんだ」
「ええ、わかっているわ。……死んだはずの私が現れたら、
皆さんびっくりするでしょうね」
「驚くだけならいいが……イフリア公爵家が何か言って来るかもしれない」
「今さら返せとは言わないでしょう」
「普通の貴族ならな」
私はこの国の伝統派イフリア公爵家に生まれた。
第二子の長女として。
伝統派というのは、この国に昔から住んでいる魔力を持たない貴族家のことだ。
数代前に隣国の王女が嫁いできたことをきっかけに魔力を持つ貴族が増えたが、
伝統派の貴族家は魔力を持つものを受け入れることはない。
そして、ジェラルド兄様は推進派レドアル公爵家の一人息子。
隣国の王女が産んだ王弟が継いだ公爵家で、
魔力を利用してこの国を豊かにしようとしているので推進派と呼ばれる。
四年前に亡くなったお母様はレドアル公爵の妹だったので、
ジェラルド兄様とは従兄妹関係にある。
先代の国王陛下は伝統派と推進派の仲の悪さを解消するため、
伝統派と推進派の令嬢から一人ずつ選び、王太子の妃にさせた。
そして、それぞれの派閥の長を親戚関係にさせようと、
イフリア公爵家にレドアル公爵家から娘を嫁がせた。
両方の派閥からかなりの反発があったそうだが、王命を拒むことはできず、
お父様は嫌々ながらお母様と結婚することになったそうだ。
そして兄のレイモンが生まれ、その三年後に私が生まれたのだが、
お父様は魔力持ちのお母様を化け物のように嫌っていた。
魔力を持たないお兄様は母屋で育てられ、魔力を持って生まれた私はお母様と隔離され、
レドアル公爵家から連れて行った侍女たちと離れに住んでいた。
お父様と会った記憶はあまりないし、お兄様と遊んだ記憶もない。
お母様と侍女たちと離れの中だけでおとなしく暮らしていた。
それも十歳までのことだけど。
私はある事件でイフリア公爵家から連れ去られ、行方不明となった。
行方不明になっている六年の間に、戸籍はレドアル公爵家に移され、
伯父様の養女となったが社交界の噂では死んだことになっている。
死んだはずの私が学園に現れたら。
貴族たちはどんな反応をするだろうか。
私を探すこともなかったお父様は、どう思うだろうか。
ほとんど会うこともなかったお兄様は。
想像しても、何が起きるのか予想できない。
ただ、大変なことが起きるだろうとは思う。
「大丈夫だ。何があっても俺がジュリアンヌを守る」
「……ええ」
両手を包み込むようにして温めてくれるジェラルド兄様に、
安心させるように微笑み返す。
あの時、あんなことがなければジェラルド兄様とはいられなかった。
十歳になったあの日、めずらしく離れには私一人でいた。




