第2話:余命一年
「あっ、音楽室に傘忘れたから取りに行ってくる!」
冥逢がそう言いながら階段へ向かっていった。軽音部の練習も終わり、僕は冥逢と正門まで行こうと思っていたが、どうせ変える方向も逆だし……いいや、僕は先に帰ろう。
「うん、じゃあ今日はここで!またね!」
僕は、階段を駆け上がる冥逢に向かってそう叫んだ。
「わかった!またね〜!」
冥逢は手を振って、また空を飛ぶように階段を上がっていった。相変わらずとても元気な女の子だ。雨の日も風の日もそれは変わらないらしい。それはこの1ヶ月でわかったことの一つだ。
僕には出来ないベースを冥逢は2週間でやってのけた。その才能に少し嫉妬しているが、冥逢の明るくて、好奇心旺盛なところが好きだ。
僕が外に出て、傘を開くと、桜の木の下のベンチに誰かが座っていた。女子生徒だろうか?なんでそんなところで立っているんだ。誰かを待っているのだろうか……
「あの〜えっと、どう……したんですか?」
僕が近づいて声を掛けると、その女子生徒はびっくりして走り出した。結構濡れているみたいだ。
「あの、もし良かったら……この傘使いませんか?風邪惹きますよ!」
僕は追いかけながら傘を差し出した。その女子生徒は振り向く。
「えっ……ええ??」
女子生徒は相当困惑しているようだ。
「嫌、でしたか?」
僕は差し出した傘を引きながらそう聞いた。
「その……」
いや、そりゃそうだろうな。初対面で、しかも入学したてのこの時期に傘を貸してあげる人なんてそりゃ怪しいよな。
少し沈黙が続き、気まずくなっていた。だが、女子生徒はその気まずい沈黙を断ち切るように思わぬ一言を発した。
「傘がなくて、困ってたのでとても良い人だなと思って、びっくりしちゃいました」
想像とは違い、彼女は笑顔になった。始めて近くで見る女性の笑顔に少しドキッとした。
「でも、傘一つしかないんじゃないですか?」
女子生徒は首を傾げた。
「そう、ですね。でも、あの僕いらないんで!また会ったら声かけてください!」
僕は傘を手渡して、踵を返し、歩き出した。
「あの、一緒に帰りませんか?」
少し歩いたところで、さっきの女子生徒の声が聴こえた。そして傘が上から現れた。
「……!」
女子生徒が隣に来て、傘に入れてくれたのだ。相合い傘じゃないか。相合い傘なんて人生で一度もしないと思っていた。小説とか映画の中で見たことはあったが、まさか自分がするなんて思ってもいなかった。
さっきも恥ずかしくて、とても、相合い傘しようなんて言い出せなかったのだ。自分から言い出せるほど器用でかっこいい人間じゃない。
そして、また少し沈黙が流れる。触れていないのに体温と心音を感じる気がする。とても恥ずかしい。耳が熱くなる。そんなことを考えていると、女子生徒は切り出した。
「私、実は、来年のこの時期に死ぬんです」
「……」
突然の言葉に、僕は驚きのあまり声も出なかった。