5.名馬
私の名前はレイラ。銀級冒険者として、もう十年近くこの世界で生計を立てている。経験だけは豊富だ。冒険者になったばかりの頃は、女性というだけで舐められたり、不快なナンパに遭うことも多かった。それが嫌で、いつしか私は全身を覆う重厚なプレートアーマーを常に身につけるようになった。おかげで身軽さはないが、余計な煩わしさからは解放された。
今日は、新しくパーティーに加わった銅級冒険者たちの訓練のために、100階層あるこのダンジョンの上層、30階の探索に来ていた。ここは主に銅級冒険者がゴブリンやコボルトといった下級魔物を相手に経験を積む場所だ。彼らに実戦経験を積ませ、一人前の冒険者へと育てることが私の役割だ。今回のパーティーは、私を含め銀級二人と、将来有望な銅級冒険者三人という構成だ。経験の浅いメンバーが多いが、この階層でなら安全に訓練ができるはずだった。
「…あれは…?」
パーティーの先頭を進んでいた私が、異様な気配に気づいたのは、突然のことだった。薄暗い通路の奥から現れたそれは、この階層に出現する魔物では断じてない。巨大な体躯、鋭い牙と爪、そして全身を覆う灰色の毛皮。それは、紛れもないA級魔物、【グレーターウルフ】だった。
「グレーターウルフ!?なぜこんなところに!」
動揺が走る。グレーターウルフは、本来ならダンジョンの中層、最低でも60階より下に出現するはずの強敵だ。金級冒険者が単独で、あるいは私たち銀級冒険者が五人集まってようやく対等に戦える相手。それが、なぜこんな上層階に現れたのか?考えられるとすれば、ダンジョン内で超高位の魔法が使われるなど、何らかの異常事態が発生しない限りあり得ない。
「戦闘準備!後衛は距離を取れ!」
即座に指示を出すが、動揺した訓練生たちの反応は鈍い。グレーターウルフは迷うことなく私たちに襲いかかってきた。鋭い爪の一撃が、前衛の盾を弾き飛ばす。強力な咆哮が鼓膜を揺らし、動きを鈍らせる。
応戦するも、圧倒的な実力差は覆せない。頼りになる銀級の相棒が、グレーターウルフの牙に倒れた。次いで、将来を嘱望されていた銅級の冒険者たちが、私の目の前で、一人、また一人と血飛沫を上げていく。訓練のはずだったのに。私の判断ミスで、若い命を…!悔恨の念が胸を抉る。私の重装鎧も、グレーターウルフの爪の前には紙同然だ。次々と仲間の気配が消えていくのを感じるたび、絶望感と無念さが胸に広がる。
そして、ついに、私一人になった。
鎧はひしゃげ、体中の骨が軋む。視界は血で滲み、息をするのも苦しい。目の前には、好機とばかりに私に迫り来るグレーターウルフの姿。もう、どうしようもない。この重装鎧も、私の命を守ることはできない。若い仲間たちを守れなかった。
「…ここまで、か…」
諦念が、私の心を支配した。剣を握る手に力がなくなる。死を受け入れようとした、その時だった。
背後から、ありえないほどの速度で何かが迫ってくる気配を感じた。そして次の瞬間、
ドゴォォォン!!
猛烈な衝撃音と共に、私の視界の端で、謎の何かがグレーターウルフに激突した。
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