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第7話 振付師は山姥のメイクの山姥



視界がぼんやりとしか見えない。移動魔法の光のせいだ。魔法と言うものは便利そうで、ちょっと不便でもあるな。


どんなものでもメリットがあればデメリットもあるって事だな。便利だけなものなんてこの世にない。


そんな都合のいいものあってたまるか。


「仁哉君。もう視界がよくなるはずです」

 フギンの声が隣から聞こえる。


「本当ですか」

「はい。必ずです」


 凄い自信だな。まぁ、使い慣れているからだろう。


「あ、本当だ」


 視界がはっきりしてきた。周りを見渡す。たしかにレッスンスタジオだな。壁一面の鏡に音響機材もあるし、バレーのレッスンバーもある。環境が整っているな。


 赤いだぼだぼのジャージを着たキアラが可愛いドラゴンのぬいぐるみを抱き締めながら座っている。


ちょっと待てよ。その赤いジャージ、2年前の琉歌さんのコンサートで販売されたジャージだ。まぁまぁ、いい値段するやつ。ブランドものってやつだ。


さすが、魔王の娘、金持ってるな。


「こ、こんにちは」

 キアラの声は震えている。僕に緊張しているんだろうな。


まぁ、それは時間が経てばどうにかなるだろう。それよりだ。なぜ、レッスンスタジオにぬいぐるみを持って来ている。レッスンするんだよな。


「こんにちは。キアラさん。早速だけど、そのぬいぐるみはレッスンにいらないよね」


「そ、そうですよね。レッスン初めてで」

「レッスン初めて?本当に?」


「は、はい」

「キアラさん。ちょっと待ってね」


「分かりました」

 キアラさんは頷いた。


「フギンさん。ちょっと」

 僕はレッスンスタジオの端にフギンを呼び出した。


「なんでしょうか?」

「あのですね。約一ヵ月後にライブをするんですよね」


 キアラに聞こえないように小声で言う。

「はい。その通りですが」


 当たり前の事ですが何かと言わんばかりの答え方だ。


「舐めてますよね。舐めてる。アイドルを舐めすぎです。キアラじゃなくて、貴方達が。はっきり言って、いくら才能があっても間に合うか分かりませんよ」


「舐めてはいません。貴方なら間に合わせてくれるはずですから」

「フギンさん。貴方、無茶振りしてるの分かってます?」


「はい。分かっております。でも、貴方ならきっと出来ると信じております」

 フギンはサムズアップをしてきた。これで分かった。この人の自信は自信じゃない。ただのその場のテンションだ。


「えーっとですね」

「契約破棄するんですか。それだったら、人間界は消滅しますよ」


「え、あの。その」

 最強のカードを使ってきた。このカードに勝てるカードを僕は持っていない。それに契約は契約だ。守らないと。


「どうするんです?」

「アイドルにしますよ。キアラを一人前のアイドルにします」


「その言葉を聞けて安心です。それでは、振り付け師が来るまで、キアラ様に色々と教えてください」

「わ、分かりましたよ」


 僕はキアラのもとへ行く。

「どうかしましたか?」


「なにもないですよ。レッスンは初めてでしたよね」

「は、はい」


「それじゃ、まだ柔軟とかストレッチしてないですよね」

「まだしてないです」


「それじゃ、一通り教えるんでやってください」

 床に座り、柔軟を始める。

 キアラは僕のマネをして、柔軟をする。


 ……硬い。とてつもなく硬い。普段、全く柔軟やストレッチをしていないな。


 ――一通り柔軟とストレッチをし終えた。


「これで終わりです。寝る前とかにもやってください。身体を柔らかくすればダンスの表現も広がりますし、怪我をしなくくなります」

「はい。分かりました。先生」


 キアラは僕に熱い視線を向けながら言った。

 もしかしたら、打ち解け合うと面白い子なのかもしれない。


「先生じゃなくてマネージャーね。先生はもう少ししたら来るから」

「はい。分かりました」


 トントンとドアを叩く音が聞こえる。


 ドアの方に視線を送る。ドアの前には山姥メイクで奇抜な服を着た老婆が居た。


 ……凄い、インパクト。もしかして、2000年代初頭に流行ったと言われる山姥メイクはこの人が人間界に来て布教したのかもしれない。


 フギンがドアを開ける。

「すみません。ありがとうございます」


 山姥メイクの老婆はフギンに頭を軽く下げた。

 ギャップ。そのギャップにはついていけないよ。


その振舞い方で、その容姿は色々と反則だろ。


「よろしくお願いします」

 僕は動揺しながらも頭を深く下げて、挨拶をした。芸能の世界は挨拶が一番大切だ。


「よ、よろしくお願いします」

 キアラはその場で立ち上がって、僕のマネをして、山姥メイクの老婆に挨拶をした。


「はい。お二人共よろしくお願いします。わたくし、山姥のちづねです」


 や、山姥だった。山姥メイクの山姥って、もう意味が分からない。


「真音仁哉です。キアラさんのマネージャです」

「キアラ・リュッツイです」


「はい。よろしく。今日はライブのダンス曲の振り付けを全てします。頑張りましょう」


「お願いします」

 キアラはおどおどしながらも返事をしている。

 僕はダンスの振り写しの邪魔にならないようにスタジオの端に座る。


 フギンは隣にやって来て座った。

「キアラさん。柔軟などは終えてますか?」


 ちづねさんはキアラに訊ねた。

「はい。先程しました」


「それじゃ、ダンスの振りを一通り見せますので見ててください」

「はい。分かりました」


 ちづねさんは音響機材にCDらしきものをセットして、音楽を流し、壁一面に貼られている鏡の前に立った。


 ちづねさんは踊りだした。そのダンスの凄さは一目で分かる。プロの中のプロだ。


人間界でもこれ程の実力を持った振り付け師はそうはいないだろう。


 ――ちづねさんは振りを一通り見せた。


 えーっとだな。覚える曲多くないか。初ライブで7曲は多いぞ。誰がライブの構成を決めたんだ。


 キアラの方を見る。キアラは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。


 それはそうだろう。僕がキアラだったら、今すぐにでも逃げ出したいと思う。


「それじゃ、振りを教えていきますね」

「は、はい」


 キアラの声はいままで以上に震えいている。

「大丈夫よ。絶対に怒らないから。リラックス、リラックス」


 ちづねさんはキアラに優しく言った。


 聖人だ。今までに見たことないぐらいに聖人だ。山姥の印象が180度変わった。その山姥メークは無駄としか思えない。


「あ、ありがとうございます」

 振り写しが始まった。


 キアラは慣れないなりに必死にダンスの振りを覚えようと頑張っている。


 ちづねさんも本当に怒らずに何度も何度も同じ振りを教えている。ナイス人選だと思う。


普通ならここまで丁寧に教えてくれない。なぜなら、時間がないからだ。キアラも時間がないのはないが、今はこれがいい。


 ――5時間程が経った。休憩を挟みつつだが、ずっと練習をしている。床にこぼれている汗の量でどれだけ必死に頑張っているのかが分かる。


 キアラの体力に驚いている。魔族には無尽蔵の体力があるのか。まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。


 まだまだ、ぎこちないがダンスの振りが身体に入って来ている。


「よし、今日はこれで終わり。ダンスの振り付け映像はフギンさんに渡してるからあとでもらってね」


 ちづねさんは今日の振り写しの終了をキアラに伝えた。


「あ、ありがとうございます」

 キアラは息を切らせながら言った。


「じゃあ、また今度。それでは失礼します」

 ちづねさんはレッスンスタジオをあとにした。


「どうします?」

 キアラに訊ねた。今日はこれで終わってもいいと思う。だって、初日からかなり詰め込んでいる。


「もうちょっと練習します。まだまだ覚えられていないので」

「そうですか。分かりました」


 見直したと言うか、尊敬している。ここまで必死に頑張るとは思っていなかった。きっと、自分でも危機感があるのだろう。


 キアラは振りを何度も繰り返し始めた。鏡を全く見ないのは気になるが。


「ここはこうだったかな」


 キアラはちづねさんが振り付けた振りと違う事をした。このまま続ければ間違って覚えるぞ。間違って覚えたら修正するまでに時間がかかる。


「キアラさん。ちょっと、ストップ」

「なんでしょう」


 キアラはダンスを中断して、僕を見た。


「振りが違います。正しい振りを見せるので見ててください」

 立ち上がり、キアラの隣に行く。


「え、はい」

「それじゃ、いきますよ」


 僕はキアラに正しい振りを見せる。


「これが正解です」

「は、はぁい」

 キアラは驚いている。


「もう一度見せましょうか」

「え、待ってください。なんで、出来るんですか?練習一度もしてないのに」


「そ、それはですね。色んなタレントの代役をしているうちに一度見るだけで大概の事はなんでも覚えてできるようになったんです」


 タレントが他の仕事でレッスンやリハーサルに来れない時に代役として位置や転換を覚えさせられていたせいで勝手に身に付いたものだ。


はっきり言って、僕には嬉しいようで嬉しくない能力。だって、裏方だし、こき使われるし。


「そ、そうなんですね。あ、えーっと、涙がでそう。いや、涙もうでちゃう。すいません。塞ぎこむ時間をください」

「え、ちょっと。キアラさん?」


 キアラはレッスンスタジオの端に行き、頬を膨らませて、体育座りをした。


「え、なんで?なんですか。凄すぎませんか。一回見ただけで覚えるなんて。神様に与えられた才能じゃないですか。二ウムヘルデンには神様は居ませんけど」


 キアラはぼそぼそ呟いている。


 これは拗ねてるな。やってしまった。悪い事しちゃった。うちの事務所のタレントは、分からない部分を聞いてくるタイプの子が殆どだから、こうなるとは思っていなかった。


「あのーキアラさん。練習しましょうか」

「え、あれですよ。もう、真音さんが私の代わりにライブに出ればいいじゃないですか。ぷん。ぷんぷん」


 完全に自分の世界に入ってらっしゃる。これは僕のせいだ。僕が悪い。あれだけ頑張ってきたキアラの前でやれば、そりゃ拗ねるよね。何かいい案はないだろうか。


「キアラさん。聞こえてます」

「やっぱり、私はアイドルよりアイドルオタクがいいです」


「……ごめんなさい。君の気持ちを考えずに。今度、美咲琉歌に会わせてあげるから頑張りましょう」


 一番卑怯な手段をとってしまった。しかし、この状況で一番使える手段はこれしかないはずだ。


「え、今なんて言いました。なんて言いました」

「今度、美咲琉歌に会わせてあげるから頑張りましょう」

「本当ですか。マジですか」


 キアラさんは目を光らせながら立ち上がった。


「うん。本当でマジだよ」

「私、頑張ります。死ぬ気で頑張ります。練習付き合ってください」


 0になっていたやる気が1000ぐらいに急上昇した。恐るべし、アイドルの力。やっぱり、絶大な人気があるんだな、琉歌さん。


「う、うん」

「じゃあ、練習を早速再開です」


 キアラは自主練を再開した。僕はキアラがダンスの振りを間違えていないかを確認する。


 ――1時間程が経った。


 ダンスの振りはまだまだ覚え切れていないが上手くはなってきている。初日だと思えば、かなり凄いレベルだ。


「キアラさん。今日はこれで終わりましょう」

「まだできますよ」


「時間を見てください」

 僕はレッスンスタジオの壁の上部に備え付けられている時計を指差した。時計は9時37分を差していた。


「もうこんな時間だったんですか」

 キアラは時計の時刻を見て、驚いている。


 時間の経過に驚くと言う事はそれだけ集中して練習をしていた証拠だ。


これほど集中力が続く者をあまり見た事がない。僕が知っている中では琉歌さんぐらいだ。けど、下を向く癖だけはまだ治らないな。


「はい。上がる前に一つ質問いいですか?」

「いいですけど、なんですか?」


「歌は自信ありますか?」

「えーっと下手くそではないと思うんですが」


 ダンスに比べれば自信がありそうだ。もし、音痴だったらこの短期感で克服させる事はまず不可能だ。それにさすがに口パクは避けたい。


「じゃあ、ちょっと歌ってください」

「琉歌ちゃんの曲を歌っていいですか?」


「どうぞ」

「それじゃ、歌います」


 キアラは琉歌さんの歌を歌い始めた。

 歌詞がすーうと耳に入って来る。温かく人を包み込むように優しく美しい声。表現力もあるし、音程もまったく外さない。


 これ程の才能はうちの事務所にも居ないレベルだ。歌だけでお金を取れる。


「こんな感じでいいですか?」

「はい。ほっとしました。最高です。ずっと聞いてられます」


「本当ですか。嬉しいです」

 キアラは笑顔を見せた。


 ドキッとした。こんなふうに自然に笑えるんだ。とても可愛いなぁ。


「本当じゃないと褒めません。お世辞は嫌いですから」

「やった。ちなみに自分で曲を作る事もできます」


「曲を作れるんですか。それじゃ、楽器引けるんですか?」

「はい。一応全般引きます。ギターとか魔笛とか」

「……魔笛はなしで。ギターで弾き語りとかありですね」


 さすがに魔笛は怖い。さらっと、怖い事言うな。キアラって。


「魔笛はなしですか。残念です。でも、弾き語りはありですね」

「ライブまでに色々と意見を出していきましょう」


「はい。あのー一つお願いしていいですか?」

 キアラはモジモジしながら言った。


「なんですか?」

「……キアラさんじゃなくてキアラって呼んでくれませんか。あと敬語もやめてください」


「え、はい?」

「二人……いや、フギンが居ない時だけでいいんで」


 フギンの方を見た。


 フギンは何も表情を変えずにこちらを見ている。

 そうだ。忘れていたけどフギンが居たんだ。ちょっとは声出してくれよ。存在感を自在に操るのをやめてくれよ。


「分かった。じゃあ、僕の事は仁哉って呼んで。敬語もなしで」

「うん。仁哉って呼ぶ」


「じゃあ、明日もよろしくね。キアラ」

「よろしく」

 僕は頭を深く下げた。


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