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第6話 僕とトップアイドル



ファミリア・プロモーションからフギンと一緒に出て、リムジンの方へ向かう。


 やり手と言えばいいのか、力技と言えばいいのか、フギンは僕のスケジュールを確保した。まぁ、うちの会社からしたらメリットしかないからいいんだけど。


僕がキアラをちゃんとアイドルに育てあげた場合だけど。育てないと、メリット、デメリット云々じゃなくて、人間界自体がなくなるから。


「それでは終業式の日に迎えに来ます」

「はい。分かりました」


「では失礼します」

 フギンはリムジンの助手席に座った。そして、数秒後、リムジンは発進して、どこかへ消えて行った。


 ファミリア・プロモーションに戻り、会議室のある10階に戻る。


 10階に戻ると、父さんが廊下で仁王立ちしていた。


 ……あ、あれだ。何か言われるやつだ。面倒だな。


「仁哉、よくやった。お前は自慢の息子だ」

 父さんは僕のもとへ駆け寄り、両肩を叩いた。


「うん。ありがとう」

 褒められて悪い気はしない。けど、圧が凄い。


「どうやって、あの人から信頼を勝ち取ったかは知らないが、とにかくよくやった。この会社はもっと進化するぞ」

「それはよかった」


 こう言うときの父さんは面倒くさい。ずっと、何かを語りそうな感じがする。


「本当に最高の一日だ。これはどう表現するべきか」

「と、父さん。母さんに報告すれば」


 逃げる為の常套句だ。基本、父さんは母さんを話題に出せばどうにかなる。母さんを愛しまくっているから。高校生の僕からしたら恥ずかしい程に。


「そうだ。その通りだ。母さんに連絡してくるよ」

「うん。いってらっしゃい」


 父さんはスキップして、社長室に向かって行った。

 ……はぁ、これでどうにかなったな。


「仁ちゃん」


 女性の声が後方から聞こえてくる。とても、聞き覚えのある声だ。自分が今、頭に浮かんでいる顔の人ならば逃げるのが得策だ。


 声の主が後方から抱きついてきた。背中に柔らかいものが二つ当たっている。


 このままだったら、倒れてしまう。仕方が無い。僕はその声の主を背負った。


「久しぶり。元気? 琉歌さんだよ」

 やはり、声の主は琉歌さんだった。トップアイドルの美咲琉歌さんだ。


「あのさ。琉歌さん、いきなり抱きつくの辞めてくれません」

「いいじゃん。スキンシップ、スキンシップ」


 背中に当たっている二つの柔らかいものを擦りつけてくる。

「やめてください、それ」


「なになに。興奮してるの。思春期だね」


 あー面倒くさい。いつも、こうやってからかってくる。


「投げますよ。背負い投げしますよ」

「酷い。昔は琉歌さんの旦那さんになりますとか言ってくれたのに」


「昔は昔です。それに琉歌さんなら男を選び放題じゃないですか」


「そうでもないんだな。これが」


「まぁ、そんな事どうでもいいんですよ。降りてください」

「なんで、嬉しくないの?」


「どう答えてもからかってくるので言いません」

「もう、可愛いんだから」


 琉歌さんは僕の頭を撫でた。


「降りてくださいよ。こんな所誰かに見られたらどうするんですか」

「事務所内だからいいじゃん。週刊誌の記者とか居ないんだから」


「それでもです」

「もう変に真面目なんだから」


「普通に真面目です」

「はいはい。降ります、降ります」


 琉歌さんは僕の背中から降りた。

 僕は琉歌さんの方を見る。琉歌さんは薄紫のジャージ姿だった。


長い黒髪は後ろにリボンで結んでいる。スタイル抜群、出ている所は出ている。みんなが尊敬するアイドルそのものだ。僕に対する接し方は全くアイドルじゃないけど。


 ジャージ姿って事は今日は今度行われるコンサートのレッスンか自主練かどっちかだろう。きっと、そうに違いない。


「琉歌さん。もっとタレントの意識を持ってくださいね」

「何も聞こえない」


 琉歌さんは両手を耳に当てながら言った。

 それは聞こえている人が言う事なんだよ。本当にこの人は。


「聞こえてますよね」

「え、何も聞こえないですよ」


「聞こえてるじゃん」

「聞こえてません」


「聞こえてる。絶対に……うん。それって」

 ふと、琉歌さんの左手首に付けている汚れているリストバンドが目に入って来た。


「あーこれ。昔、仁ちゃんにもらったやつだよ。お守りなんだ。これを付けているとどんな事でも上手くいきそうな感じがして」


「……そうですか」

 ドキッとした。ちょっと、照れると言うか、嬉しいと言うか、自分ではかけない場所がかゆい感じがする。


 それにそのリストバンドをあげたのは7年前ぐらいだぞ。それをずっと付けてくれているなんて。

「あれ、ちょっとドキッとした?ときめいた?私の事好きになっちゃった」


「はいはい、好きです。大好きです」

 棒読みで言った。今までのときめきを返せ。本当にこの人は自分の良さを自分で悪くしている。


「うわ。棒読み。でも、好きって言った。もう告白だね」

「違います」


「マネージャとアイドルの禁断の愛。あーたまらん」

「静かにしないと、後輩のアイドルに色々と吹き込みますよ」


「そ、それはやめて。いい先輩で居たいから」

「それじゃ、静かにしてください」


「はい。します。レッスンしてきます」

「はい。頑張ってください」


「うん。じゃあね」

 琉歌さんは笑顔で僕に手を振ってから、レッスンスタジオに向かう。






終業式を終えて、自宅に着いた。

 昨日の晩、旅行用鞄に服などの生活に必要な物を入れた。


 あとは今日学校で渡された宿題をリュックに入れるだけだ。


 リビングに行き、学校用のリュックをソファに置く。そして、キッチンに行って、冷蔵庫を開けて、キンキンに冷えているコーラーの200ミリリットル缶を手に取り、封を開けて、飲む。


 乾いた身体に冷たいコーラがよく染みる。本当に上手い。


 飲み終えたコーラの缶を捨て、持って行くリュックに宿題を入れて、洗面所に向かう。


 服を全部脱いで、浴室に入り、シャワーを浴びて、身体中のべたついた汗を洗い流す。


 ――全ての準備を終えた。フギンが迎えに来るまでソファで待機している。


 インターホンの音が聞こえる。

 僕は玄関に行き、ドアを開く。外にはフギンが立っていた。そして、その奥には黒色のリムジンが停車している。


「お迎えに来ました」

「はい。荷物を持って来るのでちょっと待ってください」


 リビングに戻り、宿題などが入ったリュックを背負い、旅行用鞄を手に持つ。そして、玄関に行き、靴を履いて、外に出る。その後、外から鍵で施錠をする。


「お待たせしました」

「それではお乗りください」


「はい」

 幸い近所の人達がいない。ほんの少しだけだがホッとした。


 僕はリムジンの後部座席に乗る。ドアは自動で閉まった。


 背負っているリュックと持っている旅行用鞄を床に置いた。


「出発します」

 フギンは助手席から言った。


「はい。どうぞ」

 リムジンが動き始めた。


 これから約一ヶ月の僕の頑張り次第で人間界が滅亡するか、何もない当たり前の日常が続くかが決まる。気合を入れろ、僕。精神論はあんまり好きじゃないけど気合を入れるんだ。


 僕は頬を両手で思いっきり叩いた。

 あー痛い。でも、なんだか気合が入った気はする。




 ――数十分程が経った。

 今回も外を見るのは禁止のせいで、する事がスマホをいじる事ぐらい。本当に暇だ。早く着いてくれないか。あ、圏外になった。


 リムジンが停車した。

「着きましたよ」


 フギンが助手席から言ってきた。

「そうですか」


 やっとだ。やっと着いた。そして、これから僕は必死に頑張らないといけない。


 後部座席側のドアが開いた。リュックを背負って、旅行用鞄を手に持ち、リムジンから降りた。

 周りを見渡す。


どうやら、ここは魔王城の地下駐車場のようだ。他にもリムジンが数台停まっている。


「早速ですが、レッスンスタジオに向かってもらいます」

「ど、どこにあるんです」


 二ウムヘルデンに来て、いきなりですか。まぁまぁ、ハードスケジュールだな。


「この魔王城にございます」

「そうですか」


「魔法で移動します」

「ま、魔法で移動」


「はい。荷物はそこに置いてください」

「荷物は魔法で運んでくれないんですか」


「いえ、荷物は人力です」

「それは人力なんだ」


 なんかちょっと残念だ。人間が運べるなら、荷物も運べるだろう。普通に考えて。何かめんどうな事でもあるのだろうか。知りたい。でも、今聞くべきではないな。


「物の移動魔法はエネルギーの消耗が激しいので」

「そうなんですか」


 教えてくれたぞ。普通に聞いてよかったのかもしれない。

「はい。お前達来なさい」


 フギンは指を鳴らした。すると、一瞬にして、僕らの周りにサングラスかけたスーツ姿の大柄の男達が現れた。きっと、この人達も、魔族か何かなのだろう。


 この状況にあまり驚かなくなった自分が少し怖くなった。慣れって怖いな。


「なんでしょうか。フギン様」

 スーツ姿の男が訊ねた。


「その方の荷物を客室に運べ。丁重にな。キアラ様のマネージャーだ」

「は、はい。畏まりました」


 なんだろうか。このVIP待遇は。僕は芸能人じゃないんだぞ。


はっきり言うと、この扱いは辞めてほしい。でも、言わない方が上手く事が進むのだろう。我慢だ、我慢。

「それでは私がそちらの鞄を」

「では私が背負っているリュックを」


「あ、すいません。よろしくお願いします」

 僕は男達に背負っていたリュックと手に持っていた旅行用鞄を手渡した。


 男達は僕のリュックと旅行鞄を数百万円する壺のように慎重に運んでいる。


 その姿を見て、心が少し痛い。そんな、大切なもの何も入ってないよ。なんか、申し訳ない。ごめんなさい。


「では行きますよ。私の傍に来てください」

「は、はい」


 僕はフギンの隣に行く。

「ス・ヴァレ」

 フギンは言った。すると、僕らの真下に魔法陣が現れた。そして、数秒も経たない内に僕らを光が包みこんだ。 


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