第3話 リムジンで誘拐された話
周辺に建っているビルよりも高く、個性的な外観、入り口に設置されている看板には、ファミリア・プロモーションと表記されている。
こここそが両親が経営している芸能事務所だ。芸能関連以外にも不動産などもしている。いわゆる、大企業だ。
入り口の自動ドアが開く。僕は中に入る。
エントランスには所属タレントが受賞してきた様々な賞のトロフィーがガラスケースに飾られている。
そして、壁面に大型のテレビが設置されていて、その傍には来客された方が待つ為の長いソファが置かれている。
僕は受付に進む。
「おはようございます。仁哉君」
受付嬢の大野玲子さんが挨拶をしてきた。
いつ見ても品がある。ブラウンのボブカットも似合っている。大人の女性って感じだ。
「おはようございます。お父さんや母さんは?」
「社長は会議室で樋笠さんと話し合いをされています。副社長は琉歌ちゃんの今度のコンサート会場の打ち合わせに行っております」
「……分かりました。ありがとうございます」
樋笠さんと父さんが話し合い?
なんだろう。樋笠さんはうちの事務所のスタント兼アクション俳優。昔から僕の事を弟のように接してくれている。
「仁哉君、これ」
大野さんはIDカードを渡して来た。
「あ、ありがとうございます」
僕はIDカードを受け取った。これがないと、セキュリティーゲートを通れないのだ。
奥に進み、セキュリティーゲートの前に着いた。大野さんから受け取ったIDカードをカードリーダー部分に当てる。
カードリーダーがIDを読み取り、機械音が鳴る。そして、セキュリティーゲートが開く。
セキュリティーゲートを通り、エレベーターに乗り、壁面の備え付けられているボタンの10階を押す。
エレベーターは10階に向かって、上昇していく。
社長と所属タレントが一対一で話し合う、その理由は僕の中で一つしか浮かばない。事務所を辞める。想像したくはないけどそれしかない。
エレベーターが止まり、ドアが開く。
10階に着いた。
このフロアには会議室とレッスンスタジオがある。
レッスンスタジオでは所属アイドル達がダンスのレッスンをしている。
エレベーターから降りて、会議室に向かう。
怖いな。もし、樋笠さんが事務所を辞めるなら、どんな言葉をかければいいのだろう。
「今までお疲れ様でした」、いや、「これからも頑張ってください」か、考えれば考えるほど思いつかない。
会議室のドアが開き、樋笠さんが出て来た。歩き方がなんだかぎこちない。足を引きずっていると言えばいいのだろうか。
……いや、ちょっと待ってくれ。かける言葉が全く思いついてないんだ。どうすればいい。普段のように接するか、それとも、父さんと話していることを知らなかったていで接するか。
「お、仁哉。おはよう」
樋笠さんは僕に気づき、手を振った。どことなく何かを吹っ切った顔をしている。辞める事を決断した時のタレントの顔だ。今まで何人かのそう言う顔を見てきたから分かる。
「あ、どうも」
頭を軽く下げた。もう、これで挨拶するのが最後になるかもしれない。そんな事を考えると、胸が痛くなってきた。色々と話したい事はまだたくさんあるのに。
「いや、これからは仁哉が上司になるから、おはようございますか」
「上司になる? どう言う事ですか?」
頭の中は?マークで覆いつくされている。どう言う意味か分からない。
「マネージャーになるんだよ」
「マネージャーになる?」
「あぁ。最近の撮影でな。足をやっちまって。それで、アクションが出来ない俺は商品価値がないんで、事務所を辞めさせてくださいって相談したら、マネージャーになってくれないかと社長に言われてさ。昔、やんちゃばかりして色んな事務所を解雇されて、行くとこなかった俺を拾ってくれた社長にお願いされたら断れないからな」
樋笠さんは嬉しそうな顔をしている。
「……そうなんですか」
ホッとした。樋笠さんはまだ居てくれるんだ。昔、やんちゃしてた事は知らなかったけど。
会議室から父さんが出てきた。仕事が立て込む時期はげっそり痩せる。先週会った時よりも痩せているから今は忙しいのだろう。息子には言わないけど。
「まぁ、そう言う事だ。これからも樋笠はうちの会社の一員だ」
父さんは樋笠さんの肩を軽く叩いた。
「じゃあ、俺はちょっとリハビリに行って来ますね。出来るだけ早く仕事覚える為にも」
樋笠さんはエレベーターに乗った。エレベーターは下降していく。
「久しぶり、父さん」
「元気そうだな」
「まぁまぁね。それで今日はなにか用?」
「今日もうちに帰れない。父さんも母さんも」
「分かった。晩飯は何か買って食べたらいいんだろ」
「すまないな」
「いいよ。忙しいんだろ。ちゃんとご飯食べなよ」
「ハハハ、ばれたか。ちゃんと食べるさ」
父さんは笑いながら言った。
「ばれてるよ。僕だって、マネージャーしてるんだから。他に何か用はない?」
「うーん、ないな。息子の顔を見たかっただけだから」
「なんだよ、それ。じゃね。家帰るよ」
「おう。気をつけたな」
僕は頷いた。そして、エレベーターに乗り、一階に向かう。
スーパーで弁当を買い、自宅に向かっていた。
夜になり、近所の家からはそれぞれの家庭の晩飯の香りがする。その香りがちょっと羨ましく思える。
家族みんなで晩御飯を食べたのはどれくらい前だろう。覚え出せない。でも、両親は忙しいから仕方が無い。うちはうち、よそはよそだ。
家の前に黒色のリムジンが停まっている。
リムジン?なんで、我が家の前にリムジンが停まっているの。怪しくない?怪しすぎない。怖い。ただただ怖い。警察を呼ぶか。でも、もし、もしも知り合いだったら悪いしな。
リムジンを買える知り合いはいなかったと思うけど。他の芸能事務所の社長さんかもしれないし。
知り合いじゃなかったら、逃げて通報すればいいか。今思いつく最善策だ。よし、それで行こう。
僕は家の前に向かう。すると、リムジンの助手席の窓が開いた。
「貴方が真音仁哉様ですね」
中年男性はリムジンの助手席から顔を出して訊ねて来た。鼻は外国人のように高い。
どことなく胡散臭い顔。何と言うか、人間に化けた何か、そんな感じがする。でも、そんな事口が裂けてもいえない。
スーツを着ているから、父さんか母さんの知り合いかもしれない。でも、なんで、僕の名前を知っているんだ。
「は、はい。そうですけど」
「貴方を迎えに来ました」
「どう言う事ですか?」
僕の身体の危機管理センサーが反応している。これはやばい奴だ。逃げないと。
……なんでだ。身体が動かない。怖くて動かないんじゃなくて、何者かに行動を制限されているようだ。
「私達には貴方が必要なのです」
「僕には拒否権がありますよね」
「ないです。貴方は私達の指示に従わないといけない。大声を出されたら面倒なので、ちょっと口を塞ぎます」
中年男性は僕に向かって、掌を向けた。すると、僕の口は何かに塞がれた。
やばい。どうにもできないぞ。死ぬのか、僕。
「お前達、彼を車に早く入れなさい」
リムジンの後部座席のドアが開き、車内からサングラスをかけたスーツ姿の大柄の男が二人出て来た。
スーツ姿の男二人は僕を担ぎ、リムジンの後部座席に運んでいく。
ちびりそうに怖い。これから、どうなるんだ。これって誘拐だよな。両親に身代金を要求するつもりなのか。
リムジンの中は豪華だ。でも、もっと違うシュチュエーションで乗車したかった。こんなシュチュエーションだから全然嬉しくない。
リムジンの後部座席のドアが閉まり、動き始めた。