第22話 終幕
翌日。
キアラのライブは大盛況で幕を終えた。その情報は他の国にも伝わっているらしい。
他の国がどんな国でどんな種族が住んでいるかは分からないけど。
そして、僕は人間界を救えた事になる。これで魔王が人間界を消滅すると言えばもうそれは契約違反でしかない。
「お疲れ様でした。真音様」
魔王の間に一緒に向かっているフギンは労いの言葉を言ってくれた。
「ありがとうございます」
「本当に昨日のライブはよかったです」
「キアラの頑張りのおかげですよ」
「それもそうですが。真音様の尽力のおかげでもあります」
「そうですかね。そうだったらいいですけど」
「そうですよ」
「……ありがとうございます」
ここまで言ってくれると本当に嬉しいな。「ありがとう」って言葉は魔法の言葉だと思う。言ってもらえるだけで心が温かくなる。
「私も分身して、変化したかいがありますよ」
「あ、あれは本当に助かりました。あれのおかげでキアラも本番に最高のパフォーマンスを出せたと思います」
「そうですよね。そうですよね。ハハハ」
フギンは自画自賛をしている。この人の頑張りは自分で認めていいものだ。
あんな事は僕には出来ないから。まぁ、最初はこの人のせいで色々と苦労したが。終わりよければ全て良しってやつだ。全て水に流そう。
「はい。ありがとうございます」
魔王の間の前に着いた。
フギンは魔王の間の扉を開けた。
僕とフギンは魔王の間に入る。
玉座には魔王と女王が座っている。傍にはキアラが立っている。
僕とフギンは玉座に座る魔王と女王のもとへ向かって行く。
さて、どんな事を言われるのだろうか。賞賛の言葉か、それとも、労いの言葉か。
はたまた、怒りの言葉か。まぁ、最後のやつはないだろう。遠目から見ても、怒っている様子は全くしない。魔王が怒っているなら、ここに入った瞬間に殺気を飛ばしてくるはず。
僕とフギンは玉座に座る魔王と女王の前に着いた。
「おはようございます。お二人方」
僕は魔王と女王に頭を下げた。
魔王と女王は本来なら昨日のライブに来るはずだった。しかし、キアラが二人に来られたら緊張すると言い、来させなかった。だから、会うのは数日ぶりになる。
「あぁ。おはよう」
「おはよう」
魔王も女王も普通に挨拶を返してきた。
僕はゆっくり顔を上げた。
「まず最初にこの言葉を言わせてくれ。ありがとう。お前のおかげで娘は一人前のアイドルになり、近隣の村や街も豊かになった」
感謝の言葉だった。なんだろう。普通に嬉しい。この嬉しさを顔に出していいものか。でも、これは自分だけの努力じゃない。
キアラの努力、フギンの努力、大勢の人達の努力がもたらした結果だ。その代表として感謝の言葉を受けていると考えないと。
「ありがとうございます。でも、みんなの努力のおかげです。だから、民にも言ってあげてください」
「……そうだな。お前の言うとおりだな」
魔王も丸くなったな。出会った当初はあんなに高圧的だったのに。今は話を聞いて柔軟に考えを変えようとしている。
「いえいえ」
「……真音仁哉」
魔王の表情が変わった。目つきも鋭い。これは大事な話をする為に空気をわざと変えたのだろう。さすが、国を治める長だ。
「は、はい」
「昨日のライブ終了を持って、契約は満了だ。人間界は消滅しない」
「あ、ありがとうございます」
よかった。この言葉が一番欲しかったのだ。これで僕は賞賛されることのない人間界のヒーローになった。なんだか、中二病くさいな。でも、本当の事だからいいだろう。自分で自分を褒める事も大切なはず。
「これでお前は自由の身だ。何をしても構わない」
「は、はい」
「しかし、一つ守ってもらわないといけない事がある」
何を守らないといけないんだ。もう無茶振りは止めてくれよ。頼むから。
「な、なんですか?」
「この世界の事はお前だけの秘密にしてほしい。色々とあるからな」
「そ、それは秘密にしておきます。それに信じてもらえないと思いますし」
「そうか。それもそうだな」
「そうですよ」
「それじゃ、帰り支度が出来たらフギンを呼べ。フギンが人間界にお前を戻す」
「……分かりました……あの一ついいですか?」
「なんだ?」
「魔王が許していただけるならキアラのマネージャーを続けさせていただきたいです。まぁ、今回みたいに付きっ切りは無理ですけど」
キアラに言った事は守らないと。その場しのぎの嘘はよくない。
「お前がいいのなら頼む」
「え、いいんですか?」
すんなり過ぎて聞き返してしまった。
「あぁ。お前ならキアラの魅力を引き出してくれるからな」
「あ、ありがとうございます」
キアラに視線を向ける。
キアラは嬉しそうな表情をしている。
「これからもよろしく頼む」
「はい」
これからは今までとまた違った難しさが出てくるだろう。人間界とニウムヘルデンを行き来する生活。まぁ、苦労するのは慣れるまでだろう。慣れたら、それが日常になるから大丈夫ははずだ。
「お、お父様。ひ、一ついいですか?」
キアラは言った。
「な、なんだ。キアラ」
魔王は驚きのあまり声が上擦っている。魔王でも声は上擦るものなんだな。
「お願いがあります」
キアラは真剣な表情だ。
魔王に、自分に父親にこう堂々と話せるようになったのも成長だな。
「私は真音仁哉の妻になります」
「え?…………えぇぇぇぇぇ」
驚きがそのまま口に出てしまった。
キアラのびっくり発言に思考が追いついていない。何を急に言い出すんだ。朝に変な物でも食べたか。
「キ、キアラ。何を言っているのだ?」
魔王の発言はごもっともだ。
「私の夫は仁哉以外考えられません」
「彼は人間だぞ。それにまだ結婚の年じゃないだろう。もう少し考えろ」
魔王は父親らしい事を言っている。
「いえ。もう決まってます。だよね。仁哉」
「へぇ?」
メガトン級のキラーパスが飛んで来た。避ける事が許されるなら避けてしまいたい。
なぜ、そのタイミングでパスを投げてくるんだ。僕の発言次第でまた人間界が消滅の危機に直面するかもしれないじゃないか。
「だって言ったじゃない。約束一つ聞いてくれるって」
「……そ、それは言いましたけども」
た、たしかにそれは言った。でも、限度と言うものがあるじゃん。
「それじゃ、決定です」
「えーっと、魔王。どうしましょう」
もう魔王に振るしかない。この状態のキアラは何を言っても言う事を聞かないだろう。
「一旦その話は保留だ。今ここでは許す事はできない。キアラは自分の部屋に戻りなさい。真音君は人間界に戻ってくれ。今後の事は協議する」
さすが魔王。どうにかこの状況を治めた。
「……了解です。だって、キアラ」
「え?不服」
キアラは頬を膨らませて不機嫌になっている。
「ま、またな。キアラ。それじゃ、失礼します。フギンさん行きましょう」
「そ、そうですね」
僕とフギンは魔王の間から出ようと扉に向かう。
「わ、私も行く」
「駄目」
「駄目です」
僕とフギンは振り返り言った。
簡単にお願いを一つ聞くとか言うじゃなかった。こんな大きなお願いが来るとは思っていなかった。キアラの事は好きだけど。
まだまだ考えないといけない事はたくさんある。だから、ごめん。今はそのお願いを聞くことはできない。
夏休みが終わり、終業式を迎えた。
体育館で校長先生の長い話を聞き、教室に戻る。
クラスメイト達は真っ黒に日焼けした者も居れば、髪の毛を染めてイメチェンをした者も居る。全く変わってない奴も居る。
あーようやく戻って来たのだ。人間界に。
キアラの妻になります、発言の時はどうしようと思ったが。まぁ、時間が経てば考えも変わるだろう。あの時の勢いってやつだろう。
HRの始まりを知らせるチャイムが鳴った。
教室の前のドアが開き、担任の先生が入って来た。
久しぶりに見るから分からないが少し太ったように見える。僕は決して言わないが。他の誰かが言うだろう。
担任の先生が教壇の上に出席表などを置いた。
「おはよう。久しぶりだな」
担任の先生は僕らに向かって言った。
「どうも」
「おっす」
「おっは」
クラスメイト達は適当に挨拶を返す。
「まず最初にお前達の新しい仲間を紹介する。入って来てくれ」
転校生か。男か。それとも、女の子か。どっちだ。
「女子がいいよな」
隣の席に座る光輝は言った。
「まぁ、そうだな」
教室の前のドアから白髪の美女が入って来た。
……あれ、見覚えがある気がするぞ。いや、人違いかもしれない。
「無茶苦茶可愛くない」
「外国人?ハーフ?」
「あー一目ぼれしたかも」
クラスメイト達は興奮している。
僕は見間違いじゃないか確認する為に一度目を擦って、白髪の女性を見る。
……間違いじゃない。間違いじゃなかった。彼女は。
キアラだ。なんで、君がそこにいるんだ。
「自己紹介してくれ」
「……キアラ・リュッツイです。真音仁哉の妻です。よろしくお願いします」
「え、今なんて言ったの?」
「妻って言ったよな」
「おい。真音、お前」
クラスメイト達がざわついている。
「う、うそん」
衝撃のあまり、席を立ってしまった。
「来ちゃった」
キアラは微笑みながら言った。
この一瞬で僕のこれからの人生は波乱万丈になると悟った。
どうやって生きていこう。どうやって、キアラと向き合っていこう。
……もうこれはキアラの人生の専属マネージャーになるしかないのか。