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第21話 最高のマネージャーと最高のアイドル


ライブ当日。


 ライブハウス・マホロバの前には長蛇の列が出来ている。この人達全員がキアラのライブを見る為に並んでくれている。


 あー泣きそうになってくる。色々と頑張ってきたかいがある。

 昨日のリハーサルは一昨日とは違い今まで磨いてきたものが形になっていた。今日のゲネはそれ以上に全てのレベルが上がっていた。


もしかしたら、キアラはハードルが上がれば上がる程能力を発揮できるタイプなのかもしれない。その才能はアイドルとして最高の才能でもある。


 僕はライブハウスに戻り、チケットやグッズ販売をスタッフ達に任して、キアラの控え室に向かう。


 控え室の前に着き、ドアを三回ノックする。


「はーい」

 控え室の中からキアラの声が聞こえる。


「真音です。入っていい?」

「いいよ。入って」


 ドアを開けて、控え室の中に入った。


 一曲目のブラウンとベージュのタータンチェックの衣装姿のキアラは化粧台前の椅子に座って、メイクさんに化粧してもらっている。


 ……可愛いな。元々可愛いが、化粧したらさらに可愛いくなっている。


「お客さん並んでるぞ」

「本当に?」


「本当だよ。長蛇の列」

「……それは嬉しいな……でも、いっぱい人が居るんだよね。き、緊張してきた。あーどうしよう」


 キアラは嬉しそうな表情をしたと思ったら次の瞬間には苦悶の表情を浮かべた。


 アイドルになる為に色々と変わってきたが、根っこの部分は変わっていない。まぁ、そこがキアラのいい所だと思っておこう。


「大丈夫」

「……そうかな」


「絶対にそうだよ。今まで頑張ってきたじゃないか。その頑張りを傍で見てきた僕が大丈夫だって言ってるからいけるよ。自信を持って」


 我ながら偉そうな事を言ってるよな。頑張ったのはキアラ本人なのに。


「……うん。仁哉がそう言ってくれるなら大丈夫だ」

 キアラはニコッと笑った。

「お、おう」







 ステージの袖の間から観客席を見る。

 観客席にはライブが始まるの今か今かと待っている大勢の人達が居る。


 自分が出るわけじゃないのに緊張してきた。キアラはこの大勢の人達の前で歌ったり踊ったりする。僕では考えらない緊張とプレッシャーと戦っているのだろう。


 袖の壁に設置されている時計で時間を確認する。


 18時20分。本番まであと10分。


 僕は舞台監督へ方へ向かう。舞台監督はマイクなどのスイッチが置かれた机の前の椅子に腰掛けている。


「マイク、ONにしてください」

 舞台監督はOKポーズをして、机の上に置かれているマイクのスイッチをONにした。


「本日はキアラ・リュッツイのライブにご来場いただき、誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、お客様にお願い申し上げます。許可のない写真撮影や、録画、録音は固くお断りしています。……みなさん全力で盛り上がってください。よろしくお願い致します」


 影アナで観客に伝えないといけない事を説明した。人間界と違ってスマホなどがないから言う事が少なくていい。


 僕の影アナを聞いた観客達は盛り上がり始めた。

 とてもいいお客さんばかりだ。なんと言うか、温かい。


 キアラが袖にやってきた。表情はこわばっている。仕方が無い。自分が今から立つステージが見え、観客達の声が聞こえてきたら誰でもこうなってしまう。


「……仁哉。怖くなってきた」

 キアラは僕の傍に来て言った。


「大丈夫だよ。ステージに立つ為に頑張ってきただろ」

「そうだけど……」


「何かあったら助けに行くから」

「本当に?」

「うん。それにライブが終わるまでずっとここで居るから。もしも、緊張で潰されそうになったり、困ったりしたら、こっちをちら見していいから」


「……ガッツリは駄目なの?」

「当たり前だろ。お客さん見ないと。君はアイドルなんだから」


「……アイドル。そうだ。私はアイドルなんだよね」

 キアラの表情が変わった。揺らいでいた感情がなくなり、何かを決心したような気がする。


「そうだよ。君はアイドルだ。今からお客さんを笑顔にしに行くんだ。だから、君がまず笑顔にならないとね」

「うん。そうだね」

 キアラはニコッと笑った。


 緊張はだいぶなくなったようだ。余裕が出来てきている。もうこれで心配はないな。ステージに立っても大丈夫な状態だ。


「よし、その調子だ」

「ありがとう」


「どう致しまして。頑張って」

 僕はキアラに手を差し出して、握手を求めた。


「頑張る。だから見ててね」

 キアラは僕の手を握った。


 変わったな。最初会った時はこうやってステージに立つ事なんて想像できなかった。けれど、練習を重ね、色々な壁を乗り越えた。そして、一人前のアイドルになった。


 これは努力の結晶だ。誰にも否定されることない財産。キアラだけのもの。


「見てるよ」

 キアラは握っている僕の手を手繰り寄せて、抱き締めてきた。


「き、キアラ」

 な、なんだ。このイケメンだけが許される行為は。僕がやったら犯罪だぞ。でも、キアラだから大丈夫だけど。それに胸が当たってる。


 駄目だ。色々と変な感じになってくる。落ち着け、僕。彼女はアイドル。僕はマネージャーだ。そう。僕はマネージャーだ。


「大好き。大好きだよ。仁哉」

「…………ありがとう」

 キアラ。キアラの事だけで頭がいっぱいになっていく。胸も熱くなってきた。


 いけない。禁忌を犯しそうだ。落ち着くんだ。僕。無心になれ。


「頑張ってくるよ」

「あぁ。頑張って」

 僕はキアラを抱き締めた。自分の思いを伝えるように。


「ありがとう。最高のマネージャー」

「おう。最高のアイドル」

 僕とキアラは身体を離した。


 キアラの目はもうプロだ。自分に責任を持った意志が感じられる。今からあのステージで戦うだ。自分と、そして、お客さんと。


 ――本番一分前。

 ホール内の照明が全て消える。ざわざわしていたお客さんの声が静まった。


「行って来ます」

 キアラは小さな声で言った。


 僕は頷いた。


 キアラはステージ中央に立った。


 もうこれで逃げる事はできない。今までやってきた事が全て出る。上手く行けば賞賛され、失敗すれば批判される場所に立ったのだ。


 開演時間になった。


 一曲目のイントロが流れ始め、7色のライトがキアラに当たっていく。

 7色のライトが虹に変わり、キアラを鮮やかに照らす。そして、キアラは歌い始めた。


 ちょっと声は上擦っている。けれど、少しずつ少しずつ音程も安定し始めた。


 観客達もキアラの為に拍手をしている。

 あれだけ下を向いていたキアラがお客さんの方を笑顔で見て、歌い踊っている。


 目頭が熱くなってきた。

 自分のやってきた事は間違いじゃなかった。それをキアラが証明してくれている。嬉しい。ただ嬉しい。


 一曲目が終わり、二曲目が始まった。

 お客さんのボルテージも上がっていく。それにキアラも一曲目で自信をつけたのだろう。


動き一つ一つに迷いがない。笑顔もどんどん輝いている。






 全ての楽曲が終わった。ミスもなく完璧だった。

 キアラは全てを出し切って、満足しているような表情をしている。


 お客さん達も満足した顔をしている。最高のライブになったみたいだ。


「本日はありがとうございました」

 キアラはお客さんに向かって、頭を深く下げた。

 お客さんはキアラに賞賛の拍手を贈っている。


 これこそがキアラがアイドルになった証。そして、人間界も破壊されないで済む。が、頑張ったな。僕。いや、頑張ったのはキアラだな。


 僕も袖からキアラに向かって、拍手をする。

 キアラは頭を上げて、袖に戻って来た。


「終わったぁ」

 キアラは汗だくでメイクが取れている。


 悔いは全くなさそうだ。むしろ、楽しかったように見える。凄いな。初ライブでそんな表情で終えられるなんて。


「お疲れ様」

「ありがとう。仁哉。ライブってこんなに楽しいんだね」


「頑張ってきたから楽しめたんだよ。きっと」

「そうかもしれないね」


 観客席がざわつき始めている。


「アンコール。アンコール」

「もう一曲。もう一曲」


 観客達の熱気は途絶える事を知らないみたいだ。それにアンコールをしてもらえるなんて、心の底から楽しんでもらえた証拠だ。


「え、どうしよう?もうないよ。曲」

「あるじゃん。キアラが趣味で作った曲」


「で、でも」

「大丈夫。君が作った曲だ。君の想いが入った曲なんだ。きっと、お客さんに楽しんでもらえるよ」

「う、うん」


「それじゃ、早くステージに。お客さんが待ってるよ」

「わかった。じゃあ、行って来る」


 キアラは走って、ステージの真ん中へ向かって行った。

 頼もしくなったな。一回のステージでこんなに成長するなんて。これから多くのステージに立てばもっともっと凄くなる。末恐ろしいぐらいだ。


 キアラは絶対に一流のアイドルになれる。琉歌さんと同じくらいに。いや、それ以上のアイドルになれるはず。お客さんに笑顔を与えれる事ができるアイドルに。


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