第20話 魔王の娘は控え室に立て篭もる
翌日。
魔王に呼ばれて、魔王の間に向かって行った。
キアラは魔界に戻ってからずっと上機嫌だ。よほど、人間界が楽しかったのだろう。リフレッシュになってよかった。
魔王の間の傍に着いた。
扉の前にはフギンが立っている。
「おはようございます」
「おはようございます。それでは開けますね」
フギンは扉を開けた。
僕とフギンは魔王の間に入った。魔王と女王は玉座に座っている。
僕とフギンは玉座に座る、魔王と女王のもとへ向かう。
「呼び出してすまない」
「いいえ。それで用はなんですか?」
「いや、昨日、娘のリフレッシュに付き合ってくれて礼を言いたくてな」
「礼は要りませんよ。仕事ですから」
「そうか。……まぁ、あれだ。残り数日頼んだぞ。そうすれば、お前は人間界に戻れる。そして、この世界に来なくてすむ」
「……そうですね。頑張ります」
無茶振りでこの世界に連れて来られたのに名残惜しくなっている自分がいる。
バタンと、扉が閉まる音が後方から聞こえた。
「誰だ」
魔王が玉座から立ち上がった。
「見てきます」
フギンは扉の方へ向かう。
誰かが話を聞いていたのか。この魔王城のセキュリティーは甘すぎないか。もしこれが機密情報なら外に漏れていたぞ。もっと気をつけないと。
フギンは扉を開けて、外を見る。
「誰も居ません」
「そうか。まぁ、大事な話ではないからそこまで気にしなくていいな」
「そ、そうですね」
それでいいのか。国を治めるリーダーがそんなに適当でいいのか。もっと警戒した方がいいと思うけどな。でも、そんな事口が裂けても言えない。
ライブハウス・マホロバ。
キアラは控え室で衣装に着替えて、待機している。
なぜだろうか。キアラの表情が暗く見えた。一昨日はあれだけ元気だったのに。何かあったのか。
それとも、緊張しているのか。今は触れない方がいいな。これ以上暗くなられたら困るし。
僕はキアラの居る控え室を出て、ホールの方へ向かう。
ホールではスタッフ達が準備をしている。もう少しで終わりそうだ。
全体を見ているフギンのもとへ行く。
「どうでした?キアラ様は?」
フギンもキアラの異変に気づいていたみたいだ。
「暗い感じがします」
「そうですか。何かあったのでしょうか?」
「わかりません。今は触れない方が得策だと思います」
「仁哉様がそう判断したらならそれが一番いいでしょう」
「はい」
「準備OKです。場当たりやって大丈夫です」
スタッフが走ってきて、言った。
「ありがとうございます。それじゃ、始めて行きましょうか」
「私がキアラ様を呼んできます」
「お願いします」
フギンはキアラが待機をしている控え室に向かった。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
平常心を保たないと。本番も大事だが場当たりで、導線の確保や転換のタイミングを決めないと。リハーサルや本番でキアラが怪我をしてしまう恐れがある。
数分後、ステージにキアラが来た。表情は暗いまま。
音響スタッフがキアラのもとへ行き、ピンマイクを付ける。
「マイクテストするから声出して」
「……キアラ・リュッツイです。よろしくおねがいします」
マイクに乗らない小さいで声で言った。
これじゃ意味がない。音響スタッフも困っている。
「キアラ、もっと声を張って。マイクテストの意味がなくなるから」
「キアラ・リュッツイです。よろしくお願いします。これでいいですか」
投げやりな声。僕に対して怒りを投げつけているようにも思える。
ホール内の空気が悪くなっている。このまま進めるのは辛い。
どうしたんだ。キアラ。君らしくないぞ。
「それでOK。笑顔笑顔」
ホール内の空気を変える為に普段より明るい声を出した。
「はい。分かりました」
キアラは不機嫌な顔をして、返事をした。
なんだよ、それ。僕はともかく、頑張ってくれているスタッフに失礼だろ。ライブに対して誠意が無さすぎるだろ。
「じゃあ、場当たり始めていきます。一曲目、板付きでスタンバイ。キアラ、センターに行って」
キアラは返事もせずにセンターへ行った。
「じゃあ、照明とかを見たいので一曲全部します。キアラは歌もダンスもありで」
「……はい」
おい。それはないだろ。ステージの上に居るキアラはキアラの姿をした別人にしか思えない。こんな子じゃない。
「じゃあ、照明消してください」
照明が消えた。ホール内は真っ暗になった。
「それじゃ、行きまーす。3、2、1。どうぞ」
音楽が流れ、照明がキアラを照らしていく。
キアラは歌を歌いながら、ダンスを始めた。
ひどい。ひどすぎる。表情は全く動いてないし、音程は合ってないし、
ダンスの振りも間違えまくっている。明後日、本番を迎える人間のする事じゃない。
これは緊張してじゃない。わざとだ。緊張して、失敗したらそのミスを埋める為に頑張る。けど、それが全くない。
――曲が終わった。
キアラは息を切らす事もなく、ステージの上で突っ立っている。
「ふざけるなよ。何してんだ。明後日本番なんだろ」
大声を出して、キレてしまった。もう限界だった。これ以上、今までの努力を自分で無駄にするキアラを見る事はできない。
ホール内はシーンと静まり返った。
「…………」
キアラは何も言わない。
「みんなに謝れよ。みんな、キアラの為に頑張ってくれてるんだぞ」
「う、うるさい。ライブなんかしたくないの」
キアラは涙を流しながらピンマイクを外して、ステージから去って行った。
スタッフ達はざわつき始めた。
「……仁哉様」
フギンが話しかけてきた。
「すいません。すいません」
ライブの責任者失格だ。自分の感情を優先してしまった。自分だけじゃないのに。大勢の人達が関わっているのに。
……くそ。僕は最低だ。
「大丈夫です。私がここでみんなを見ているので、キアラ様のもとへ行って説得してください」
「で、でも」
「貴方しかキアラ様を説得する事は出来ません。貴方はキアラ様のマネージャーなんです。だから、行ってください」
「は、はい」
僕はキアラのもとへ向かった。
そうだ。僕はキアラのマネージャーだ。マネージャーが投げ出したら駄目じゃないか。タレントの心に寄り添うのが僕の仕事じゃないか。
キアラの控え室前に着いた。
控え室の中からはキアラの泣き声が聞こえる。
「キアラ」
ドアをノックする。しかし、返事はこない。
ドアを開ける為にドアノブを回そうとする。……鍵が閉められている。
「……ごめん。怒鳴ったりして」
返事はない。話を聞いてくれているかも分からない。
「……一つだけでいいから答えてくれないかな。なんで、あんな態度を取ったんだ?」
「……離れ離れ」
控え室の中からキアラのか細い声が聞こえてきた。
「離れ離れ?」
「……このライブが終われば仁哉と離れ離れなちゃう。そんなの嫌」
「……キアラ。もしかして、昨日の話を聞いてたの」
昨日の魔王の間の扉の前に居たのがキアラだったら辻褄が合う。
「なんで、最初に言ってくれなかったの。酷いよ」
「……ごめん」
こんな事になるとは思っていなかった。
「謝らないでよ。こんなふうになるだったら頑張るんじゃなかった」
「キアラ」
「こんな気持ちになるんだったら会いたくなかった。ずっと、部屋の中でアイドルになりたいって思うだけでよかった」
「…………」
言葉がでない。どんな言葉を言えば正しいんだ。分からない。
「何か言ってよ」
「……キアラ。君は本当に頑張らなくてよかったと思うの?」
「そうだよ。だって、だって」
「僕はそうは思わないよ。キアラはアイドルになる為に頑張ってきたじゃないか。その為に自分の殻を破ってきたじゃないか。それが無駄とは思えない」
「うるさい。うるさい」
キアラは声を荒げている。
「キアラ」
「どっか行ってよ。顔も見たくない」
「どこも行かない。君がここから出てくるまでずっとここに居る」
「嫌、嫌、嫌」
何を言えばちゃんと話を聞いてくれるんだ。何を言えばいい。考えろ。考えるんだ。キアラが何を望んでいるかを。
「……僕は君のマネージャーだ。君が傍に居てほしいって言うなら、傍に居る。買い物に付き合ってほしいなら何時間でも付き合うよ。君がアイドルとして輝けるなら何でもする」
勢いに任せて言ってしまった。
「……本当に?」
キアラの声が少し落ち着いたような気がする。
「……うん。本当だよ」
「本当に、本当?」
控え室の中で椅子から立ち上がる音が聞こえる。きっと、キアラが立ち上がったんだろう。それに足音がこちらに近づいて来ている。
「……本当だよ。魔王に、君のお父さんにマネージャーを続けられるように頼むよ」
どうにか頑張れば人間界とニウムヘルデンを行き来する生活が出来るだろう。
「ずっとマネージャーで居てくれるの?」
キアラの声が近い。ドアの前に居るみたいだ。
「あぁ。キアラがいいなら」
「絶対に絶対?」
「うん。絶対」
カチャと、施錠が解除された音がした。
ドアが開き、控え室から泣いて顔がぐちゃぐちゃになったキアラが出て来て、僕の胸に飛び込んできた。
「……ごめんなさい」
「いいよ。僕こそあんなに怒鳴ってごめんね」
キアラの頭を優しく撫でた。
「……うん」
「お詫びじゃないけど、ライブが終わったらお願い一つ聞くから」
女の子を泣かしてしまったのだ。何かしないと僕が僕自身を許さない。
「な、なんでもいいの?」
「なんでもいいよ」
「……わかった」
「落ち着いたら、みんなに謝らないとね。僕も一緒に謝るから」
「うん。ありがとう」
泣き止んだみたいだ。これで一件落着のように思える。人間界もニウムヘルデンも女の子は難しいな。
それに僕と離れるのがそんなに嫌だなんて……もしかして、僕の事が好きなのか。いや、そんな事はありえないはずだ。
だって、魔王の娘がただの人間をだぞ。……精神的な支え的な意味だろう。きっと、そうだ。そうに違いない。
あれ、なんだろう。
心臓の鼓動が急に速くなった気がする。顔も熱くなってきた。
キアラに緊張しているのか。そうなのか。……いや、そんなはず。でも、頭の中がキアラの事でいっぱいになっている。
……これって、キアラを好きになっているって事か。そ、それは駄目だ。だって、タレントとマネージャーだぞ。ご法度中のご法度だぞ。
無になれ、無になるんだ。僕の心よ、魂よ。
キアラと一緒にステージに行く。
スタッフ達とフギンが心配な表情で僕らを見ている。
「みなさん。先程は失礼しました」
「許されない事をしてしまってごめんなさい」
僕とキアラはスタッフ達とフギンに頭を深く下げて、謝罪した。
どんな事を言われても受け入れなければならない。それぐらいの事を僕らはした。
「いいですよ。時間がないからやりましょう」
「そうっすよ。早くしましょう」
「仁哉さんもアイドルするんですか?」
「え?」
顔を上げて、スタッフ達の方を見る。
スタッフ達は僕らを笑顔で見ている。なんていい人達なんだ。こんな未熟な僕らを許してくれるなんて。
隣に居るキアラに視線を向ける。キアラも同じように驚いている。
「ハーリーアップですよ」
「さぁさぁ」
「仁哉さんの衣装も用意しましょうか?」
この人達のためにも頑張らないと。こんな良い人達と仕事が出来るなんて僕は恵まれている。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
キアラは笑顔で言った。
「さぁ、場当たりを再開しましょう。あ、僕はアイドルしないんで衣装はいりませんよ。僕のアイドル姿見たくないでしょ」
スタッフ達は笑っている。
僕はステージから降りて、フギンの隣に行く。
「すみませんでした。フギンさん」
「謝らないでください。貴方には感謝しかないんですから」
「……フギンさん」
「キアラ様が準備できたら場当たりお願いしますよ」
「はい。任せてください」
音響スタッフがキアラにピンマイクを付け直している。
深呼吸をする。そして、両手で頬を叩いて気合を入れる。
かなりの時間をロスしまっている。巻きでやらないと。でも、雑にしてはいけない。速くて細かくしないと。
――4時間が経った。
最後の曲が終わった。これで場当たり終了だ。時間も予定時間内に収まった。
キアラもスタッフ達も充実感と疲労感が両方顔に出ている。仕方が無い。みんな集中して頑張ったんだから。
「お疲れ様です。これで今日は終わりです。明日、リハーサル頑張りましょう」
今日はもうこれ以上は何もしない。したら、何か起こりそうで怖い。
スタッフ達は頷く。
「明日も一生懸命頑張るのでよろしくお願いします」
キアラはそう言って、スタッフ達に頭を下げた。
「頭上げてください。私も一生懸命頑張りますから」
「僕もですよ」
「明日は今日以上に気合入れていきます」
スタッフ達はキアラに声をかけている。
「はい。お願いします」
キアラは顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。