第19話 デートじゃない?
リムジンで次の目的地に向かっている。
後部座席の床には琉歌さんのグッズが入った段ボール箱やビニール袋が大量に置かれている。そのせいで歩ける場所が見つからない。動く時は気をつけないと。
これだけ買ってくれるなら大道さんもレアなものをただで譲るわけだ。でも、会計時にレジに表示された金額にはぞっとした。
社員割してあの額だったんだもんな。普通に買えばもっと恐ろしい金額になっていた。
隣の席に座っているキアラは琉歌さんのグッズを眺めている。
「まもなく着きますので」
助手席に座っているフギンは伝えてくれた。
「次はどこ行くんだ?」
どこに向かっているんだろうか。
「ないしょー」
キアラは上機嫌で言った。珍しいな。ニウムヘルデンではあまり見ない表情だ。それだけ人間界を楽しんでいるんだ。
「言ってくれてもいいだろ」
「着いてからのお楽しみだよ」
「お、おう」
リムジンが停まった。後部座席のドアが開く。
「着きましたよ。私は今回もここで待っております」
「わかりました」
「わかった」
キアラは軽快に床に置いている琉歌さんのグッズを避けて、外に出た。
僕は踏まないようにゆっくりとゆっくりと外に出た。
「遅いよ」
「ごめん。ごめん」
目の前には街で一番大きいゲームセンターがある。次はここか。キアラにしては珍しい場所だと思うが。
「入ろう」
「う、うん」
僕とキアラはゲームセンターの中に入った。
ゲームから流れるBGMや機械音が鳴り響いている。
メダルゲームやUFOキャッチーなど様々なゲームがある。カップルや若者達が居る。
「何するの?」
「UFOキャッチャー」
「じゃあ、あっちだね」
「うん」
UFOキャッチャーコーナーへ向かう。
「これこれ」
キアラは歴代の琉歌さんのコンサートTシャツを着たテディベアが景品の台を見て、言った。
「こんなのまで出てるんだ……知らなかった」
キアラは今まで見た琉歌さんファンの中で一番の熱狂的なファンだと思う。
ここまで琉歌さんに関する情報を仕入れてるなんて。だって、人間界の住人じゃないんだぞ。ニウムヘルデンの住人なんだぞ。好きに距離なんてないのだろう。キアラがそれを証明している。
「全部取れるまで帰りません」
「わ、わかった。頑張れ」
10種類か。かなり時間とお金がかかりそうだ。
「うん」
キアラはUFOキャッチャーの硬貨投入口に500円を入れた。これでまずは三回出来るな。
「取れる。絶対に取れる」
キアラは自己暗示をかけながら、クレーンの移動ボタンを押す。
……下手だ。下手くそすぎる。どこでボタンから手を離してるんだ。それじゃ、テディベアに触れることさえできないぞ。
「練習よ。練習」
一回目は触れることもなかった。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫だよ。慣れたら取れると思う」
キアラはそう言って、二回目を始めた。
二回目も速攻でミスをして、テディベアに触れられなかった。
なんだろう。見てるこっちが辛くなってきた。代わってあげた方がまだ可能性がある気がする。
「次は触れる」
趣旨が変わってる。触れるんじゃなくて、取らないと意味がないんだよ。UFOキャッチャーって。それに普通は触れて取れなかって残念がるものなんだよ。
「駄目だった」
三回ともテディベアに触れることがなかった。このまま続けてもテディベアを一つも取れずにお金だけがなくなるぞ。
キアラはまた硬貨投入口に500円を入れた。
「仁哉。やって」
「え?僕が?」
「うん。私じゃ無理。触れることさえ出来ない」
「わ、わかった。でも、取れるか分からないよ」
UFOキャッチャーは半年振りぐらいにする。取れる保障はない。
「大丈夫。仁哉ならきっと取れるよ。全部」
「……頑張るよ」
女の子に頼まれたんだ。やるしかない。気合を入れろ。他人のお金なんだから出来るだけミスをするな。集中だ。集中。
――30分程が経った気がする。
クレーンがテディベアを排出口の穴に運んでいく。
落ちるな。落ちるなよ。頼むから。
クレーンの刃が排出口の穴の上で開く。そして、テディベアは穴に入り、排出口に落ちた。
「よし。これで全部取ったよ」
「やった。ありがとう。仁哉」
キアラは排出口からテディベアを取り出して、店員からもらった大きいサイズのビニール袋に入れた。
袋の中には5種類のテディベアが入っている。傍に置いている、もう一つのビニール袋には残りの5種類が入っている。
これは才能だ。自分の中にこんな才能があるとは。費やした金額は3000円。残り回数は2回。10回連続景品を取った。
集中力が普段と全く違う。自分の為ではなく他人の為にやればこれほど感覚が研ぎすまれるとは。スポーツとかで言うゾーンってやつか。きっと、そうに違いない。
「本当にありがとう」
キアラは嬉しそうにテディベアが入った2袋を両手で持って、言った。
「どういたしまして」
これだけ喜んでもらえると頑張ったかいがある。自分の事で頑張ってもこんなに達成感はない。
やはり自分は自分自身で何かを成し遂げていくより、他人に寄り添っていく方が向いていると思う。
「うん。残りの二回はもう適当でいいよ」
「いいや。あと二回も取りに行くよ」
ボタンを押して、クレーンを動かす。
プリクラのコーナーに着いた。ゲーセンに普段来ないせいか、プリクラの台がこんなに種類があるとは知らなかった。
スマホの加工アプリとかが増えて、プリクラは減っていると思っていたがそうではないようだ。企業努力恐るべし。
「さっきはごめんね」
テディベアのUFOキャッチャーの残り二回を見事にミスった。テディベアに触れさえしなかった。全部取って緊張が取れたのか、全く集中力がなかった。
「謝らないでよ。全部取ってくれたんだから」
「そうかな」
「そうだよ。落ち込まないで楽しもう」
キアラは笑顔で元気付けてくれた。
「う、うん」
駄目だ。本来元気付けるのは僕の仕事だ。しっかりしろ、真音仁哉。お前はマネージャーだろ。
「どれに入る?」
「どれがいいから分からないから、キアラがいいと思ったやつに入ろう」
「うーん。それじゃ、あれ」
キアラは一番奥のプリクラの台を指差した。
「OK。じゃあ、行こう」
僕とキアラは一番奥のプリクラの台に行く。
なんだろう。これってあれじゃないかな。デートだよな。……いや、違う。マネージャーがアイドルのやりたい事を手伝っているだけだ。何やましい事考えてるんだ。
プリクラの台の暖簾をくぐり、中に入る。そして、二人ともテディベアの入ったビニール袋を床に置いた。
「うわー初めて。中、こんなになってるんだね」
キアラは周りを見渡している。まぁ、プリクラはさすがにニウムヘルデンにないもんな。驚くのは普通だろ。
「それじゃ、お金入れるね」
僕は財布から500円玉を取り出して、硬貨投入口に入れる。
「指示通りに進んでね」
指示の声が聞こえてくる。
「だ、誰」
キアラは指示の声に驚いてる。
「指示の声だよ。機械の声」
「そ、そうなんだ」
「じゃあ、進めていくよ」
「うん。お願い」
僕は目の前にある画面をタッチしていく。
「じゃあ、撮るよ。自由にポーズをとってね」
僕とキアラは画面に向かって、ピースをする。
……近いな。ちょっと動くだけで顔と顔が当たりそうだ。心臓の鼓動が早くなっている気がする。どうしたんだ。僕は。
画面に映る自分の顔がちょっと赤くなっている。もしかして、照れてるのか。
「3、2、1」
シャッター音が鳴る。画面には撮ったプリクラが出ている。
「何か加工とかする?」
「うん。画面をタッチすればいいんだよね」
「そうだよ」
キアラは画面をタッチして、撮影したプリクラを加工していく。
僕は楽しそうにプリクラを加工しているキアラを見つめた。
あと数日すればお別れなのか。なんか寂しいな。けど、仕方がない。お互い別の世界の住人だ。どこかで気持ちに区切りをつけないと。
キアラに肩入れしすぎると、互いの為にならない。