第15話 宣伝で噛んじゃいました
夜になった。
キアラが衣装に着替え終えるのをテレビスタジオで待っている。
スタッフ達はもう撮影できる状態だ。フギンは携帯電話の様なものでひたすら連絡をしている。
魔王の絶対的権力を使い、テレビの枠を開けてもらった。これでこの街と近隣の村や街にキアラをかなり認知してもらえるだろう。
キアラが言う事も全部カンペに書いている。用意は全て整っているのだ。
「キアラ様が入られます」
スタッフの声が聞こえる。
テレビスタジオの入り口の方に視線を送る。そこにはブラウンとベージュのタータンチェックの衣装を身に纏ったキアラが居る。ライブで使う衣装はこれを含めて、あと4着程ある。
「……可愛い」
本音がついにこぼれてしまった。
普段のジャージ姿でも可愛いが、衣装を着たら段違いに可愛いくなった。もう一人前のアイドルになりつつある。
「こ、こんにちは。こ、こんにちは」
キアラはおどおどしながら壁を伝って歩いている。警察から逃げている泥棒か。
さっき思った事は違うかもしれない。まだまだ一人前のアイドルには程遠い。もうちょっと、人前に慣れてもらわないと。
「キアラ、こっち」
僕はキアラを手招きした。
「仁哉。あ、マネージャー」
キアラは僕に気づいて、走って来た。
よく呼び方を訂正した。普段は僕とフギンとしか会わない。でも、今は人が大勢居る。
呼び方で色々と勘違いされたらアイドルとしても魔王の娘としても面倒だ。正しい判断だ。
「今から撮影するからね。言う事はカンペで伝えるから」
「うん」
「おどおどせず自信を持ってアイドルとしてカメラに映るんだよ」
自信を持って人前に立たないと、ちゃんと言葉は人に届かない。
「……わかった。おどおどせずに頑張る」
「よし、それじゃ、カメラ前に行って」
キアラは頷いて、カメラの前に向かった。
僕はカメラの横に行き、そこに置いていたスケッチブックを手に取った。
このスケッチブックにキアラが言う文言を全て書いている。まぁ、いわゆる、カンペってやつだ。
「皆さん。よろしくお願いします」
キアラはスタッフ達にお辞儀をした。
「お顔をあげてください」
「いえいえ。こ、こちらこそお願いします」
「ミスは絶対にしませんので」
スタッフ達は慌てふためいている。
そうか。そうだよな。この人達からすれば魔王の娘だよな。その娘にこんなふうに頭を下げられたら驚くのは仕方が無い。
「わ、私もミスしないように頑張ります」
キアラはニコッと笑って言った。
「よっしゃあ。やるぞ。カメラ、綺麗に可愛く撮らせていただます」
「照明部、全力で光を当てます」
「音響部、どんな音でも拾います」
スタッフ達の士気が恐ろしい程に上がった。
これがキアラの魅力なのかもしれない。たぶん、このままキアラが奢らずに頑張っていけばどんな人にも好かれるアイドルになれるかもしれない。その可能性は大いにある。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃ、皆さん。お願いします。キューは僕が出しますので」
「了解しました」
「いつでもOKです」
「こちらも大丈夫です」
スタッフ達は頷いたり、返事をした。
「それではいきます。3、2、1、キュー」
「皆様、こんばんは。初めての方が殆どと思うので自己紹介させていただきます。私、魔王の娘のキアラ・リュッツイです。今回は皆様にお願いがあります」
順調に進んでいる。このまま、宣伝が終わるまでこの調子でいってほしい。
「私、キアラ・リュッツイはライブを行います。場所はライブハウス・マホロバ。日時は8月29日の18時30分です。皆様に来ていただきたいです」
暦の数え方が人間界と同じ。フギンに聞いた時は驚いた。まぁ、これも人間界のやつを真似たのだろう。いや、もしかしたら、人間界の方が真似たのかもしれない。
……今はそんな事考えている場合じゃない。カンペを正しいタイミングで出さなければ。
僕はスケッチブックを捲った。
「絶対に楽しんでもらえると思います。損はさせません。なので、ライブハウスに来てください。お願いしまちゅ……」
噛んだ。噛んでしまった。いい感じにいってたのに。
キアラの顔が真っ赤になっている。
このままだったらやばい。どうしたらいい。そうだ。どうにかして、キアラを元気づけないと。
僕はキアラに向かって、サムズアップした。そして、声に出さずに「大丈夫」と言った。
キアラは僕の口の動きに気づき、深呼吸をした。
「……すみません。噛みました。もう一度言わせてください。絶対に楽しんでもらえると思います。損はさせません。なので、ライブハウスに来てください。皆様と会えることを楽しみにしています。……キアラ・リュッツイでした。ありがとうございました」
キアラはカメラに向かって頭を下げた。よく、あれから立て直した。やっぱり、キアラは成長している。
「はい。OKです」
カメラマンは言った。これで撮影は終了した。
「終わった」
キアラは緊張の糸が切れたのか、その場で腰を抜かした。
「だ、大丈夫か」
僕はキアラに駆け寄った。
「だ、大丈夫。き、緊張した。失敗しちゃったよ。だ、大丈夫かな?」
キアラは涙を流しながら訊ねて来た。
「大丈夫だよ。よく頑張ったよ。明日からも頑張ろう。ねぇ」
僕はキアラの頭を優しく撫でた。本当に頑張ったよ。キアラ。
最初出会った時の君ならまずカメラの前に立とうとはしなかった。でも、今は立てるようになっている。失敗しても、言い直して言い切った。
アイドルになる為に必死に変わろうとしているのがひしひしと伝わってくる。これだけ頑張っているんだ。きっと、チケットは売れるよ。そして、君を応援してくれる人が大勢現れるはずだ。
「う、うん。頑張る」
キアラは涙を拭きながら言った。