第12話 前を向こう
昨日のテレビの反響は凄かったみたいだ。
フギンが用意した魔法競技場の前にはアルバロールの住民や来れる距離の村や街の住人達の長蛇の列が出来ている。
魔法競技場の施設の大きさは人間界で言う陸上競技場程だ。かなりの人数が収容できるみたいだ。
僕とフギンはテーブル前の椅子に座って、面接を始めた。
一人目はコックの男だ。
「えーっと、料理が出来るんですね」
「はい。どんな料理でも作れまず。でも、他の街に配達するにはどうしても距離が遠くて」
「貴方、数年前まで魔王城でコックをしていましたよね」
フギンは質問した。
「はい。辞めてからは色々な土地に行って修行していました」
「やはり、そうでしたか。どうにかできませんかね」
「そうですね。経歴も才能もありそうですし」
これ程の人材を無駄にするのは勿体無い。どうにかして、活かせないものだろうか。距離が問題なんだよな。
「どうします?」
「……フギンさん。人間界のデリバリーって知ってます」
「あの出前とかの事ですよね」
「はい。そうです。移動魔法で配達するってのはどうでしょう」
「そ、それは面白いですね。移動魔法に長けている者達を大量に雇えばいけると思います」
「じゃあ、今回来ている人達の中で移動魔法に長けている者は全員採用しましょう。あと、この方法を使って、配達業も作りましょう」
人間界にあるものを二ウムヘルデン仕様にすれば色々と役に立つな。
「そうですね。いいアイデアです」
「あ、あの私はどうなるんですか?」
コックの男が訊ねて来た。フギンと二人で盛り上がってしまった。
「えーっとですね。あと何人かは料理関係の人達が来ると思います。その人達とチームを組み料理店を作りましょう。デリバリー限定の」
「デリバリーとはなんですか?」
「配達販売です。それも魔法で。それなら冷める事なく料理を遠い人にも提供できるはずなので」
「わ、分かりました」
「また後ほど連絡するのでお待ち下さい」
「あ、ありがとうございます」
コックの男は僕らに頭を下げて、去って行った。
一人目でこれだ。どんどん才能が見つかるはずだ。そして、
その才能を活かせるアイデアが生まれてくるはずだ。きっと、みんなに活気が生まれてくるはず。
一日目の面接が終わった。やっぱり、才能発掘をしてよかった。様々な才能に出会えた。絶対に今日出会った才能達はこの国を盛り上げてくれるはずだ。
キアラの様子を見にレッスンスタジオに向かっていた。魔王城の廊下の窓から外を見る。
外はすっかり夜になっていた。建物の明かりで街全体が綺麗に見える。どこの世界も夜景は綺麗なものなんだな。
レッスンスタジオの前に着いた。
レッスンスタジオの中では汗を流して、ダンスの振りを練習しているキアラが居る。まだ下は向いているが。でも、ずっと練習してたのが分かる。昨日に比べて見違える程に上手くなっている。
ダンスの振りの練習がひと段落するまで、ドアの前で待っておこう。途中で止めるのは悪い。
キアラの動きが止まった。その後、水筒とタオルが置かれたレッスンスタジオの端の方に向かおうとした。そして、僕の方をふと見た。
キアラは顔を真っ赤にして、こちらにやってきてドアを開けた。
「い、いつから居たの?」
キアラはおどおどした声で質問してきた。
「ちょっと前かな」
「そ、そっか。でも、ドアを開けて入ってくればいいのに」
「邪魔したら悪いかなと思って」
「……あ、ありがとう」
「ダンス上手くなってるね」
「ほ、本当に?」
「本当だよ」
「……嬉しい」
「あ、昨日はごめんね。店に戻れなくて」
「いいよ。だって、色々と忙しかったんでしょ」
「まぁ、そうだね。衣装のデータは見たよ。あれでいいと思うよ」
今朝、フギンからデータが送られてきたのを見た。露出度の多いデザインじゃなくて本当によかった。
「よかった……あのー仁哉って凄いね」
「なにが?」
「お父様の考え方を変えたり、国の人たちを盛り上げたり」
「いや、凄くなんかないよ」
「す、凄いの……本当に凄いの」
キアラの声は力強かった。こんなふうに声が出せるんだ。ちょっとびっくりした。
「……そう。ありがとう」
なんか照れて上手く言葉が出ない。我ながら恥ずかしいな。
「うん……うん」
「……あのさ。練習付き合うよ」
「ほ、本当に?疲れてるでしょ」
「大丈夫だよ。だって、僕は君のマネージャーなんだから」
「う、うん。じゃあ、練習付き合って」
「わかった。まずは水分補給して」
キアラは頷いてから、水筒を取りに行った。
僕は練習に付き合う為にレッスンスタジオの中に入った。
ニウムヘルデンに来てから10日が経った。
才能発掘はこの一週間でかなりの成果が出ている。
人間界と違って魔法などが使えるから、何かを作り始めてから出来上がるまでの時間が恐ろしく速い。そして、質がとてもいい。
アルバロールと近隣の街や村の間に様々な施設が出来たおかげで働き口が増えた。
そのかいがあって、みんなの表情が明るくなってきて、活気が溢れている。良いことづくしだ。まぁ、その代償として、僕の疲労はかなり蓄積されているけど。
でも、キアラのライブが成功するなら、人間界を守る為なら頑張れる。夏休みの宿題には全く手を付けていないけど。
レッスンスタジオの前に着いた。
レッスンスタジオの中ではキアラが鏡を見ずに下を向いて、練習している。
ダンスのレベルは上がってきた。けれど、このままじゃ人前に立てない。人からお金をもらうパフォーマンスはできない。
前を向かないと、鏡を見ないと。前を見なければ観客とのレスポンスは出来ないし、自信がない物を見せられていると思われかねない。
それに鏡を見なければ、自分がどんな風な表情をしているか分からないし、ダンスもどんどん小さくなっていく。
キアラはもう自分の殻を破らないといけない時期になってきている。酷なのかもしれないけど。本番まで思っている以上に時間はない。
キアラはダンスの練習を中断した。
深呼吸をして、レッスンスタジオのドアを開けた。
「仁哉。おはよう」
キアラはニコッと笑った。これだけ笑えるようになったのは進歩だ。でも、これ以上の笑顔が出せないと。
「おはよう」
「……今日もダンスの練習付き合ってね」
「うん。付き合うよ。でも、今日は課題がある」
「課題?」
「下を向かずに前を向くんだ。そして、鏡で自分を見るんだ」
「……嫌。したくない」
キアラは下を向いて、言った。さっきまでの笑顔はどこかに行き、不機嫌になっている。
「駄目だ。やろう」
「嫌。嫌って言ったら嫌」
「わがまま言ったら駄目だよ。人前に立つんだろ。アイドルとして。下を向いているアイドルを見たことあるかい」
「……ない。ないけど。でも、嫌なの」
キアラは目に涙を浮かべながら言葉を吐いた。
「嫌ですましたら駄目なんだよ」
「……なんで、いじめるの。酷いよ。仁哉、嫌い」
キアラは塞ぎ込んだ。
嫌いって言われたな。でも、ここで僕が折れちゃ駄目だ。キアラの為にならない。心を鬼にしないといけない。
「いじめてなんかないよ。しないといけない事なんだ。なんで、嫌なのか理由を教えてよ」
「……言いたくない」
「言わないと改善できないよ」
「改善できないもん。絶対」
「……できるよ」
「できないもん。絶対にできないもん。私にはできないもん」
「甘えるなよ。したくても出来ない人だってたくさん居るんだぞ。その悔しさを知ってるのか。き、君は最高の環境を与えられているんだ。それなのになんで頑張れないんだよ。それはキアラ自身に対して真摯じゃないし、失礼だよ」
怒鳴ってしまった。ふと、樋笠さんの事が過ぎった。いや、樋笠さんだけじゃない。家庭の事情や病気を患ったりして芸能の道を諦めて人達の事が。
それに今までキアラが頑張ってきた事を誰よりも僕が知っている。だからこそ、キアラがこんなふうに駄々をこねているのが許せない。
「……仁哉の顔なんて見たくない。声も聞きたくない」
キアラは涙を流しながら立ち上がって、レッスンスタジオから出て行った。
「キアラ」
レッスンスタジオから出て行ったキアラを必死に追う。
キアラの部屋の前に着いた。部屋の中からはキアラの泣き声が聞こえる。ドアノブを回そうとするが、鍵を閉められていて動かない。
「キアラ、キアラ。一度話をしよう」
僕はドンドンとドアを叩く。けれど、返事はない。フギンを呼んで開けてもらうか。でも、それじゃ話を聞いてくれないだろう。
「キアラ。キアラ」
「どっかに行って。どっかに行ってよ」
キアラの口調のきつい涙声が部屋の中から聞こえてくる。これは僕に対してかなりの拒否感を示している。
「……行かないよ。君が出てくるまでここに居るよ」
「絶対に出ない」
「……怒鳴ったりしたのは悪かった。だから、少しだけ話を聞いてくれないか」
「聞かない」
「じゃあ、勝手に話すよ」
「聞かないって言ったら聞かない」
「……トップアイドル美咲琉歌が最初からスターだと思うかい。その答えはノーだ。
琉歌さんは誰よりも歌が下手でダンスも下手だった。どんなに練習しても全然上手くならなかった。でも、アイドルになる為にずっと練習し続けた。
同期がみんな先にデビューしても、才能がないと他人から言われても、決して諦める事なんてなかったんだよ。
様々な苦労を経て、努力が実を結び、ようやく7年前にデビューできたんだ。それ以降の活躍は君も知ってるだろ。
なんで、あんなに琉歌さんが輝いていると思うかい。それはね。輝く為に影で死に物狂いで必死に練習をしているからだよ。苦労をしているからだよ。……簡単に手に入れたものになんて価値はないんだよ。必死にもがき苦しんで手に入れたものにこそ価値があるんだよ。
そのもがき苦しんで手に入れたものこそが他人を魅了する魅力なんだよ。君はそんな魅力を手に入れる事が出来るかもしれないんだ。
だから、逃げちゃ駄目だ。下を向くのを1人で克服できないなら二人で克服しよう。その為に僕がいるんだから……ねぇ」
熱く語ってしまった。でも、恥ずかしさはない。伝わってくれたらいいな。伝わなければどうしよう。
これ以上は僕にはもう何もできない。キアラ自身に変化がないと。
「……本当に琉歌ちゃんは下手だったの?」
部屋の中からキアラの声が聞こえる。
「うん。下手だったよ。びっくりするぐらい」
なんかごめんなさい。琉歌さん。今度言う事一つぐらい聞いてあげないと。
「……そうなんだ。わ、私もその魅力って言う物を手に入れる事ができるの?」
「あぁ、出来るよ。でも、君が変わらないと手に入れる事はできないよ」
「……わ、私変われるかな」
「変われるよ。今だって、心が少し変わっただろ」
「……う、うん」
「だからさ。なんで、下を向くか教えてくれないかな」
「……自信がないの。自信が。今まで誰にも認められた事がないから」
きっと、ずっと姉のエヴィと比べられてきたのだろう。そして、無意識に自分自身でも比べて、どんどん自分を卑下していったんだろう。
「……そっか。そう言う理由だったんだ。でも、今まで誰にも認められた事がないのは間違いだよ」
「え?」
「僕は君が今まで頑張ってきた事を認めてるよ。だから、こんなに君に対して、全力でいるんじゃないか」
「仁哉が……私の事を認めてる?」
「うん。認めてる。いや、これは上からだな。尊敬してるよ」
ドアの方に足音が近づいて来る。
「本当に?」
「……本当だよ」
「……ありがとう。ありがとう」
キアラはドアを開けて、抱き付いてきた。顔は見えないけど泣いているのは分かる。
でも、その涙はマイナスな感情からではなく、ちょっとだけ前向きなプラスの感情からのものだと思う。
「どう致しまして。ごめんね。強く言って」
キアラの頭を優しく撫でた。
「ううん。私こそごめん」
「いいよ。頑張ろう。アイドルになる為に」
「うん。頑張る」
もうこれで大丈夫だ。キアラは強くなった。きっと、素晴らしいアイドルになれるはずだ。
「そうだ。琉歌さんに会いに行こう。そして、アイドルの極意を聞こう」
思いつきで言ってしまった。でも、この前約束してしまったし、会うなら今だろう。やる気になっているキアラが琉歌さんに会えばモチベーションは上がるだろうし、色々と学べる事があるはずだろうし。
「え、会えるの?」
キアラは嬉しそうに訊ねて来た。顔は泣いたせいでくしゃくしゃだけど。
「うん。ライブまでの期間殆ど毎日仕事の時間以外事務所に居るはずだから」
「え、やばい。琉歌ちゃんに会える。もう心臓バクバクだよ。うわーなにこれ。超興奮案件なんですけど。生琉歌ちゃんだよ。生琉歌ちゃん。本当にやばい」
キアラはアイドルオタクの状態になった。とてつもなく早口だ。
僕はその姿を見て、ホッとした。もうマイナスの状態じゃない。あとは頑張るだけだ。
「それじゃ、フギンさんに許可をもらいに行かないと」
「私が行く。私が許可をとりにいく。駄目と言われても、魔王の娘権限で無理やり行く」
「お、おう」
キアラの好きなものに対する凄い情熱。いや、執念に少し引いてしまった。でも、これぐらい言えるようになったと思えばかなりの進歩だ。
「ちょっと行って来る」
「う、うん。いってらっしゃい」
キアラはフギンのもとへ向かう。キアラの後ろ姿が少し頼もしく見えた。