第10話 魔王への怒り
時間を潰すために街を歩いていた。
活気はないが城下町だけあって、色々な店がある。そう言えばこの街の名前を知らない。
「フギンさん。この街の名前ってなんですか?」
「アルバロールです」
「……アルバロールですか。なんで、街の人は元気がなさそうなんですか?」
「さぁ。私も用がないかぎり街には出てこないので」
「そうですか」
この人でも分からないのか。どんな理由なんだろう。気になるな。
「この道が行こうとしている店への近道なので通りましょう」
「は、はい」
僕とフギンは路地裏に入った。
「あのーすいません。ちょっといいですか」
やせ細った男性が話しかけてきた。服はボロボロだ。
「なんでしょう」
「お二人共誘拐させていただきます」
「ゆ、誘拐」
「貴方ごときが私達を誘拐なんて無理です」
フギンは偉そうに言った。まぁ、たしかにフギンは魔法を使える。
それに肉弾戦だったら、僕でも勝てそうだ。それに数もこちらが上回っている。誘拐される要素はない。
「誰が1人って言いました」
「動くな」
「声を出すな」
背後から男二人の声が聞こえる。そして、背中に何かを押し付けられている。
きっと、人間界で言う殺傷能力のある武器。さしずめ、拳銃あたりだろう。
「あんたは魔法を使えなくしないとな」
目の前のやせ細った男はフギンの手に虹色のブレスレットを付けた。
「じゃあ、行くぞ。進め」
男達の指示通りに歩いている。こんな事が起こるとは想像していなかった。普通なら、魔王の娘のキアラを誘拐するはず。でも、僕らを誘拐した。理由はなんだ。
男達は人目につかない道ばかりを選んでいる。ある程度、この街を知っているのだろう。
と言う事は、この街の住人なのか。それとも、近隣の街の者なのか。どれだけ考えても、今の僕には調べる方法が思いつかない。
男達にばれないようにそっと、フギンを見る。フギンは何かを考えているような表情をしている。魔法も使えない、この状況をどう打開するか考えているのだろうか。
街を覆う壁の前に着いた。10メートルはあるんじゃないかと思うぐらい大きい門がある。
傍には槍を持った門番が二人立っている。
「フギン様?」
「貴様ら、何者だ」
二人の門番は男達に槍を向ける。
「お前達ぐらいなら、俺の魔法も効果があるよな」
ボロボロの服を着たやせ細った男は両掌を、門番達に向ける。両手からは魔法陣が現れた。
「攻撃魔法はこの国では使用禁止だぞ」
「その通りだ」
「誰が攻撃魔法だと言った?」
ボロボロの服を着たやせ細った男の両掌の魔法陣から放たれた煙が門番達を襲う。
門番達は一瞬にして、その場に倒れた。門番達からは寝息が聞こえる。きっと、眠らせる魔法なのだろう。
「行くぞ」
ボロボロの服を着たやせ細った男は門の傍に設置されているスイッチを押した。
門は自動で開いていく。そして、街の外が見えてきた。街の外は荒地だった。何もない。
なんなんだ、これは。街はあれだけ栄えているのに。
僕とフギンは男達に門を通るように指示されて、街の外に出た。
僕らが外に出ると、門は自動で閉まっていく。
目の前には馬車が止まっていた。
「乗れ」
僕らは男達二人に武器を突きつけられたままの状態で馬車に乗る。
馬車は動き始めた。どこに連れて行かれるのだろう。僕は生きて戻れるのだろうか。
この世界で死んでしまうのだろうか。そんな事ばかりを考えてしまう。
1時間程経った気がする。アルバロールからはかなり離れたと思う。緊張状態は続いたまま。精神的にも肉体的にも辛くなってきた。
馬車が止まった。どこかに着いたのだろうか。
「お前ら、降りろ」
僕の背中に武器を突きつけている男が指示してきた。
僕ら二人は指示通りに馬車から降りた。どうやら、ここは村のようだ。でも、普通の村じゃない。
どう見ても、貧困に嘆いている村だ。
建っている家はコンクリート造りだが、いつ壊れてもおかしくない程に老朽化している。
植えられている農作物も全て枯れている。それに僕らを見ている村の住人達が着ている服は誰の物もボロボロだ。そして、住人達の目は死んでいる。
人生に希望など存在しないと言わんばかりに。
アルバロールとの差が違い過ぎる。魔王はこれをどう思っているのか。魔王城の中はあんなに無駄に金が使われているのに。
「着いて来い」
ボロボロの服を着たやせ細った男のあとについていく。
ある程度歩くと、この村で一番大きい建物の前に着いた。他の建物と同じで、老朽化している。
建物の上部には「カーペンーター・へパイ」と言う看板が付けられている。止めるネジが取れているのか斜めになっていて、今にも落ちそうだ。
カーペンーターと言う事は、大工なのだろうか。
ボロボロの服を着たやせ細った男は建物の中に入る。僕とフギンと男二人も建物の中に入る。
何度も修理された机や椅子が置かれている。机の上には図面やジオラマが大量にある。これで分かった。この男達は人間世界で言う大工だ。
男達は僕らを地下に連れて行く。
地下に着いた。目の前には牢獄がある。
「ここに入ってもらう」
ボロボロの男はそう言って、牢獄の鍵を開けた。
そして、僕ら二人は牢獄に入れられた。
その後、鍵を閉められた。
武器を突きつけていた男達の姿が見える。男達もボロボロの服を着ている。手に持っているのは拳銃で間違えない。
「お前達、こんな事して無事で済むと思うな」
フギンは言葉を吐いた。なんで、煽るんだよ。僕ら、絶望的な状況じゃないか。
「黙れよ。今すぐ撃ち殺してもいいんだぞ」
男の1人は拳銃を僕らに向けた。
「撃ち殺してみろ。門から出た時点でお前達は終わりなんだよ。あの門が開いた情報は魔王軍に送られる。もう魔王軍は異変に気づいて、こちらに向かっている。私が死のうが、お前達は魔王軍に殺される」
フギンはどこまでも上からものを言っている。ちょっと待ってください。
自分の事しか考えてませんよね。僕が撃たれる可能性は考慮してませんよね。
「そんな事は充分承知だ。でも、誰かが行動に起こさないと何も変わらないんだ」
「ど、どう言う事ですか?」
つい質問してしまった。
「お前はつい最近人間界から連れて来られた人間だったな」
「はい。そうです」
「いい事を教えてやる。魔王の無能さを」
「……魔王の無能さ?」
「あぁ。魔王のルシファーはアルバロールだけが発展するような政策ばかりをして、近隣の街や村には一切資金援助もしない。それなのに、アルバロール以上に税を取る。どうなるかはわかるよな。アルバロール以外は貧乏になっていくんだ」
「……そんな事が」
「それにアルバロールで店を構えている半数のやつらは近隣の街や村の出身のやつらだ。少しでも稼いで自分の故郷に仕送りする為にな。
「……だから、街の人の視線がきつかったのか」
全てが繋がった。この人達も城下町の人達も苦しんでいる。あの魔王のせいで。むかつくな。
マジでふざけんなよ。エンターテイメントを舐めるなよ。
「何がアイドルで国を盛り上げるだ。ふざけんな」
「それ以上魔王を悪く言うのは私が許しません」
「黙れ」
男は引き金を引こうとしている。
「……あぁ、黙れ。ボケ」
もう抑えきれないな。この怒りは。
「仁哉さんの言うとおりです。黙りなさい」
「違う。黙るのはアンタの方だ。フギン」
「え?」
フギンは驚いている。男達三人も呆気に取られた表情をしている。
「魔王じゃなくて愚王ルシファーの政策のせいでこの人達は苦しんでいるんだよな」
「……仁哉さん」
「それだったら、キアラをアイドルにする前にやる事があるだろうがよ」
「ちょっと落ち着いてください」
「落ちついてられるかよ。エンターテイメントと言うのは娯楽だ。娯楽は人を楽しませるものだ。でも、今、この人達がキアラのライブを見て楽しめると思うか。楽しめないよな。だったら、楽しめるようにしないといけない。貴方達、建物を建てられるんですよね」
「は、はい。材料があれば魔法を用いて数日で耐久性のある大型の施設も建てられます」
ボロボロの服を着たやせ細った男は答えた。
「凄いじゃないですか。その能力を使って娯楽施設やショッピング施設などをアルバロールの近隣の村や街の間に建てれば、そこに人が集まるし仕事もできますよね。それを愚王は考えなかったって事だよな。なぁ、フギンよ」
「え、まぁ。そう言われたらそうですが」
「そうなんだよ。皆さん、今僕は決めました。魔王に交渉します。貴方達、いや、アルバロール周辺の街や村の才能を活かす政策を」
「ほ、本当ですか?」
「本当だったら、みんなの生活がよくなる」
「嘘を吐くなよ。そんな権限アンタにあるのか」
拳銃を突きつけている男は言った。
「ある。ありますよ」
「何を言ってるんですか。仁哉さんにそんな権限は」
「忘れたのか。契約書に書いただろ。二つ目の魔王の娘のライブが終わるまで魔王はライブに必要な資金を支払う事って」
「そ、それは」
「1000人のライブハウスを埋めるにはこれぐらいしないといけないんじゃないですか」
「……そうですね」
フギンは渋々納得した。
「どうです?納得してくれましたか」
「……あぁ。本当に信用していいんだな」
「信用してください。フギンさん、魔法が使えれば魔王軍に連絡できますか?」
「可能です」
「それじゃ、すみません。フギンさんのブレスレットを外してください。魔王軍が来るのを止める為にも」
「わ、わかった。外してやる……でも、絶対に裏切るなよ」
「大丈夫です。絶対に裏切りません」
ボロボロの服を着たやせ細った男は牢獄の鍵を開けて、フギンの腕に付けられている虹色のブレスレットを外した。