31 強制力、仕事する。
実は休憩室という場所は夜会の出席者なら誰でも利用できるし、なんなら使用しなくとも場所の確認位はできるのだ。
そうじゃなければ貧血を起こして立ち眩みを起こした女性や飲み過ぎて酔っ払った客が、いざ具合が悪いとなった時に、平気な顔の裏で冷や汗をかきながら逃げ込むことが出来なくなる。
王家のパーティーの常連とも言える上級貴族なら王宮の休憩室の場所くらいは覚えているが、今回の夜会は下級貴族や他国の外交官まで含まれている為、夜会前に各パブリックスペースの確認に対するお目溢しがあったのだ。
ヒロインはこれを利用した。
というかあくまでもシナリオの流れを知っているので、王子によって使われる休憩室を知っていた。
休憩室の家具やファブリック、そして絨毯の色は各休憩室ごとに決まっている。
覚えているスチル通りのロイヤルブルーを基調とした部屋の水差しに媚薬を仕込んでおいて王子が1人で入室した後に、頃合いを見計らい部屋に忍び込めばいいだけなのである。
――但しコレは王子との仲が進展しない事に焦れた悪役令嬢の役目であり、本来ヒロインの仕事ではない。ゲーム中の選択肢で使うか使わないかのコマンドが現れるが、『使う』を選ぶと大量のポイント消費でイリスが代行してくれる仕様なのだが・・・現実にはそんな事は起こらないためヒロイン自らが実行に至っただけである――
各部屋の内装の色はドアに備えられたサインプレートの装飾と色を見れば部屋が分かるのだから見つけるのは簡単だ。
彼女は媚薬の入った小指サイズの小さな香水瓶をドレスの下のガーターベルトに挟み、身体検査をやり過ごして上手く会場に持ち込んだ。
金色とロイヤルブルーで装飾された不在と示されたプレートの部屋を見つけると猫のようにスルリと滑り込み、水差しに瓶の媚薬を半分程度入れると、何食わぬ顔で部屋を後にした。
その間、廊下を警巡しているはずの護衛騎士にも、チェックに大わらわのメイドや、人知れず動いているはずの間諜にすら見つからなかったのが、強制力と言わざるを得ないだろう。
誤算だったのは、ゲームと違ってアーレス王子と男爵令嬢はそもそも知り合ってもいなかったし、彼自身婚約者であるイリスに既に首ったけであったということであろう。
意気揚々と休憩室にやってきたピンクブロンドの男爵令嬢だったが、見張りの近衛騎士に入室を阻まれ、すごすごと退場せざるを得ない事態になったのは、当然である。