29 罠
貴族達の挨拶も一段落して少し落ち着こうということになり、休憩室に向かってアーレス王子にエスコートされ赤い絨毯の敷き詰められた廊下を進むイリス。
後ろには護衛のための近衛騎士2人とイリスの専属の侍女が1人続いている。
休憩室に辿り着くと侍女だけが共に入室し、イリスがソファーに座るのを手伝った後、温かいお飲み物をお持ちしますと告げて1度退室して行った。
テーブルの上には一口大のケーキやサンドイッチが置かれ、果実水の入ったピッチャーや冷えたシャンパンの瓶が入ったボトルクーラーが置かれていた。
勿論普通の水差しも少し離れた場所にあるサイドテーブルの上に伏せたグラスと一緒に置いてある。
「疲れたかい?」
「ええ、少しだけ足が疲れましたね。王国の貴族の多さを初めて目にして驚きました」
ニッコリと微笑むと、まだ立っていた王子が自ら水をグラスに注いでくれる。
ほぅ、と息をつきながら渡された水を一口飲む。
「ああ、そうでした、ドレスや装飾品のお礼をさせて頂いておりませんでした」
ふと、朝から忙しくしていて彼に今回の贈り物に対するお礼をしていない事を思い出して礼をしようと、振り仰いだ時に異変が起こった。
心臓が締め付けられるようなギュッという感覚があり、額に脂汗が滲む。
イリスの手からグラスが滑り落ち綺麗なロイヤルブルーの絨毯の上に転がって水が広がった。
立ったままもう1つのグラスに自ら水を入れて口を付けたアーレス王子が、慌ててサイドテーブルに飲みかけのグラスを置いて彼女に近寄り、胸を抑えたままソファーに倒れ込んだイリスの上半身をかかえて抱き上げる。
「イリス嬢?! どうした!?」
彼女の顔を覗いて失敗した事を悟ったアーレス王子。
せめて部屋に常備する水差しだけは、毒見をさせるか自分達が入室した時に交換させるべきであったと――
「アーレス様、これは一体・・・」
力なく問うイリスの頬は薄っすらと桜色に染まり、菫色の瞳は何かを耐えるように潤んでおり、身体は小刻みに震えている。
コレは――― 媚薬だ。