殿下に求婚されました
「ガブリエル、どうか私と結婚してください」
「え?」
先程まで、殿下はぷりぷり怒って、わたくしと聖女の会話について尋問していました。
わたくしは聖女はリーズ神殿の神官を好いていて、他の人は攻略したくないという話を軸に、聖女が攻略対象や彼らが抱える闇についての情報をくれそうなことをお伝えしました。
殿下の闇落ちの話も、わたくしが襲撃されて死んでしまう話も、まだしていません。
殿下がわたくしを溺愛しているとか、殿下が闇落ちするとか、現実的に思えなかったからです。
それなのに、殿下はいきなりわたくしに求婚しました。
なんでしょう。この圧倒的な違和感は?
「君を愛している。無茶なことをする君が心配で仕方がないんだ。どうか私の庇護下に入ってくれないか?」
嘘ですわね。
嘘。
何らかの事情でわたくしを殿下の庇護下に入れたいのは恐らく本当でしょう。
でも、殿下がわたくしを愛しているというのは、「絶対に違う!」とわたくしの心が叫んでいます。
わたくしは頭から冷水を掛けられたようにすっと熱が引いていきます。
「殿下がわたくしを愛している?」
わたくしは、できるだけ平静を装って、淡々と尋ねました。
わたくしは殿下に大切に扱われることで、殿下に好意を抱くようになっています。
わたくしが殿下に好意を抱くように殿下は努力なさった。
でも、それは殿下がわたくしを愛しているからではないでしょう。
急に婚約の話を進めようとしている理由は分かりません。
はっきりわかるのは、殿下は事情を教えてくれそうにないということです。
「そうだよ。君が髪を切ったあの日、私は君に陥落したんだ。使命のためなら平気で髪を切り落とす君にね?」
これも少し嘘が混じっていますわね。
あの日の殿下の涙は本物です。
でも、殿下はわたくしに恋に落ちたわけではなく、何か嫌がっていたことを前に進める覚悟を決めたって感じではないでしょうか?
「殿下、ダジマットでは髪はそんなに思い入れるものではないのですよ?」
「それは聞いた。でもね、私には刺さったんだ。儚げだった姫の内側に『魔族の守護者』の覚悟を見たんだ」
殿下の覚悟も「リーズの国防」に関わっているということでしょうか?
「殿下、髪は本当に大したことではないのです」
「それにあの日、君は優しかった」
なんのことでしょう?
「?」
「君の襟足に触れる私の指が震えていることに気付いて、哀れに思ったんだよね? そのまま好きにさせてくれた」
「殿下は何故か泣いていらっしゃいましたし……」
泣いていることについては、他の人にも見えたでしょうから、隠しようがありませんでしたが、震えていたことは殿下の名誉のためにこれまで書いておりませんでしたわね……
でも、そんなの優しいというより、普通の思いやりですわ。
「それから髪を切る間、僕が君に侍ることを許してくれたし、私が包み込んだ君の手は、私を励ますように力強く、ぎゅっと握り返してくれていたよね?」
「ええ。わたくしの軽はずみな行動が殿下をパニックに陥れたのが申し訳なくて」
いけません。
話がどんどん核心から遠ざかっています。
あの時、手が震えていた理由は、殿下が嫌がっていたことを直視するのが怖かったからですね?
あの時、涙をこぼしながら覚悟したことは、なんなのですか?
それを聞き出さなければならないのに……
「ほら、そういうところだよ。あの時、君は私の精神状態を的確に察して、私に『髪は大したことがない』と分からせるようにずっと手を握り返していてくれた。心底心配そうな顔だった」
「そりゃぁ、心配になりますわ。でも、それだって普通の事ですわ」
「そう言うと、思ったよ。それ以降、君は私が嫌がることをしないようにと、細かく確認を入れてくれるようになったね? 君はとても優しい人だ」
「優しいって……」
「それに、神官服のためにわざわざ神聖国まで行って試験を受けてきちゃったね。ガブリエル、わかってる? 君、私に対して過保護すぎるんだよ?」
「は?」
殿下がわたくしに過保護なのではなくて、わたくしが殿下に過保護?
「女官達の話では、『姫の世界は王子中心に回っています!』って。君は私が好きじゃない? 私との結婚はイヤ?」
殿下は、わたくしが話を聞き出す余地を作ってくれません。
この場では話せないということですか?
確かにわたくしは殿下が好きですよ。殿下にとっては何かの目的のための結婚だとしても、嬉しく思いますよ。でも……
「でも、両殿下は反対なのでしょ?」
「私の両親は、姫との仲を反対しているんじゃないんだ。ガブリエルとエルの二股に見えることに対して怒っているんだよ」
「ふたまた?」
「そうだよ。リーズ国では男色は問題ないが、二股や浮気は完全にアウトだ」
「だから神官エルの話は揉み消せ、と?」
「リーズ王子が結婚するとすれば、ダジマットの姫であって、神官エルじゃないからね。二股の誤解を受けるなら、男装は止めてしまいなさいってさ」
え?
男装をやめる?
「そんな!」
「大丈夫。男装の方は悪役令嬢の試練のために続けたいんだよね? 分かっているから説得済みだ。でも、私を出し抜いて他の男と結託して聖女と接触しようとするなら、話は別なんだ」
ヤキモチを焼いているような響きで、少しだけ話の核心を教えてくれた感じでしょうか?
どこから見ても殿下とわたくしが「一枚岩」のように見せたいということですね?
「他の男って、デイン卿のことですか?」
「そうだよ。君が私の庇護下の外にいるなんて、耐えられないんだ。どうか私だけの君でいて。お願いだから結婚してほしい」
うっとりしてしまいそうな恋物語のセリフですわ。
でも、行間を読むと、婚約者になって、ふたりきりで話せるようになるまで他の勢力と親しくしないでって、理解でよろしいかしら?
「よろこんで」
わたくしは、いつもの無表情ですが、しっかり殿下の瞳を見据えて答えました。
あれ?
聖女の予言が、現実のものとなりましたわ。
聖女の話が全て現実のものとなるならば、わたくしは1年半後に死んでしまいます。
そして、殿下は闇落ちするのです。
どうしましょう。
今、そんな話をする雰囲気ではないのです。
女官達や近侍たちが沸いています。
殿下はわたくしの手を包んで、とても幸せそうに微笑んでらっしゃいます。
わたくしも、笑顔を……
いや、笑顔って、どうやるんでしたかしら?
表情を隠す訓練は積んできましたけれど、笑顔を作る練習はしたことがありません。
ひとまず、殿下と婚約できて嬉しいという気持ちをそのまま顔に出してみました。
それが殿下にとってやんごとない事情の下の決断だったとしても、わたくしは、喜んでしまうのです。