殿下はなれなれしすぎます
「ガブリエル…… 私は寮に入る必要性を感じないよ?」
「ダメです。宮殿内での殿下の噂が収まるまで帰ってこないでくださいませ!」
殿下が、男装の近侍姿のわたくしに場所を選ばずに構い倒すので、宮殿内は殿下の男色の噂でもちきりです。
「別に悪いことではないだろう?」
「両陛下がお怒りなのです。仕方がありませんわ」
リーズ国では男色は問題にならないそうですが、両陛下から「噂を揉み消すように」との指示が出ているとのことです。
殿下は一人っ子なので、後継の問題があるのでしょう。
「中身はガブリエルだし、聖女の問題が解決したら、全て明らかになるじゃないか?」
「何を言っているのですか? それでは今度はわたくしと噂になって、こんどこそお妃候補が出てこなくなりますわ」
わたくし一応これでも名門王国の姫なのです。
そのわたくしに対抗しようなんてツワモノがいるとすれば聖女ぐらいですわ。
「……」
不服そうな顔をしていますが、最終的には「王命」の強権をかざして、ムリヤリに寮に入れることになりました。
来週から学園が始まります。
殿下の寮の居室を整えるため初めて近侍の男装姿で宮殿を出ました。
近侍と言っても一人だけ神官服なので、ちょっぴり目立ちましたわ。
ご機嫌斜めの殿下は、ここでもゴネまくっております。
「呼び方だって、ガブリエルでいいじゃないか? 男性にも女性にも使える名前だ」
「いいえ。ダジマットの姫と同じ名前の殿下の近侍なんて、正体がバレバレですわ。『エル』とお呼びくださいませ」
細かい指定が大好きな殿下がこちらの指定を嫌がるのは納得いきませんわね。
「では、『ゲイブ』はどうかな?」
「ダメです。『ゲイブ』では、ガブリエル以外の本名が思いつかないでしょう? 『エル』だったら、エリオットとか、ナサニエルとか、他の名前の方が先に浮かびますでしょう?」
殿下はわたくしを身バレさせたいのでしょうか?
「『エル』がイヤなら、殿下が適当な名前を付けてくださいませ?」
「他の名前じゃ君って感じがしないじゃないか?」
ええ、わたくしって感じがしないような呼び方を考えているのですわ。
何を言っているのやら。
「別の名前を付けないなら、エルとお呼びくださいませ!」
「…… エル」
しぶしぶ感がにじみ出ていますが、まぁ、良いでしょう。
と言っても、隣室に入寮する公爵家のご嫡男デイン卿がご挨拶に見えた時、殿下は早速やらかしました。
「ガブリエル、お茶を」
デイン卿は、パッとわたくしの方に顔を向け、まじまじとご覧になります。
早速、身バレしてしまいましたね。
「姫、か、髪が……」
デイン卿は、お茶の支度をするわたくしの傍まで駆け寄ってきて、髪を触りたさそうにしています。
女性の髪を触りたがるのは、この国の文化なのです。
でも流石に殿下のように無断で触ってくる事はありません。
殿下も慌てて追いかけてきて、わたくしの手を引いて殿下の隣に座らせました。
わたくし殿下以外は「おさわり禁止」物件ですからね。
お茶は……
本職の近侍が淹れてくれました。
大変おいしゅうございました。
リーズ宮殿に仕える人々は皆さま優秀ですわね!
殿下は、デイン卿に事情を説明して、ご協力賜ることにしたようですわ。
ただ、殿下は話をしている間、夜会の時同様に両手でわたくしの手を包み込んでいました。
わたくしの母国では「大変仲の良い婚約者同士」がすることですわ……
夜会の時は、エスコートをお願いしていたので、リーズ国はこんな感じなのね? と流せたのですが、これは流石におかしいですわよね?
あとで、女官たちに確認してみることにしますわ。
それに、わたくし他にもちょっと気になっていることがあります。
それはガブリエル姫として殿下の公務や視察にお供する機会が増えていることです。
公務や視察はいいのです。
民に顔を見てもらうことでリーズ国が安定するなら、喜んでどこへでも伺いますわ。
でも、殿下はほら、なれなれしいでしょ?
だからどこへ行っても手を引いて移動したがりますし、心配性だからあまりわたくしの傍を離れたがりませんし。
そして、訪問先の方々から「殿下のパートナー」みたいな扱いを受けていると感じることがありますのよ。
この点は、女官にも確認してみましたの。
そうしたら「ダジマットの姫にリーズ国を紹介する王太子」として振る舞っているだけだから、心配いらないって言われましたわ。
どうしましょう?
母国基準では、婚約者でもない殿方と手をつなぐなんて、かなりはしたないことですのよ。
醜聞になるでしょうから、ダジマットの両親には事情を説明して、謝罪しておいた方がよいでしょうね?
こんなことを書くのは恥ずかしいのですが、わたくし、その、嬉しいのよ。
殿下にベタベタされるのが……
他の人だったら、触れられる前に反撃するような場面でも、殿下は受け入れてしまうの。
それって、殿下のことが好きってことよね?
髪を切った日から、ずっと殿下のことが好きってことよね?
だけど、殿下にとっては、単なる「友好国の姫」なの。
つまり、わたくしの片想い、ですわね。
でも、おかしいの。
物語の片想いは、つらくて苦しいって表現されているでしょ?
わたくしは、片想いなのに、幸せなのよ。
殿下が構い倒してくれるから、よね?
殿下に想い人ができたら、その人のことはもっと構い倒すのよね?
きっとその時に一気に失恋の悲しみが襲ってくるのだわ。
わたくし耐えられるかしら?