殿下が聖女の後見人になりました
「ガブリエル、落ち込まないで? また挑戦すればいいじゃない?」
「そうなのですが…… わたくしが聖女の助けになりたかったのですわ」
ごきげんよう。
ガブリエルです。
第6位階の神官試験に不合格になってしまいました。
殿下は、わたくしよりも後に始めたのに、第7位階の試験に合格し、聖女の後見人になることができます。
わたくしが第7位階に合格するのをお待たせするのもよろしくないでしょうから、殿下に聖女の後見人になって頂くのが妥当でしょう。
ただ……
わたくしが悪役令嬢として、魔族の天敵である聖女の後見人になり、歴史に新しいページを紡ぎたかった。
「ガブリエルが第7位階に受かったら、後見人に名前を連ねればいいじゃない?」
「後付けで?」
「そうだよ。将来的にはリーズ王太子夫妻が聖女の後見人ってことになるのも悪くないでしょ? 聖女の住居だって未来のリーズ王太子夫妻の共同名義の物件だしさ」
「夫妻……」
素敵な響きですわ。
ちょっと気持ちが持ち上がってしまいました。
「うん。夫妻。だから早く聖女の予言を聞いて、ガブリエルの死の未来を回避しようね?」
「はい」
わたくしが、おずおずと殿下にもたれかかり、胸に顔をうずめると、殿下が優しく頭を撫でて気を落ち着けようとしてくれます。
殿下を愛で包むと決意したのに、現実ではわたくしが殿下の愛に包まれて救われることが続いています。
どうやって巻き返せばよいのでしょうか?
わたくしが殿下を支えたいのに。
わたくしが殿下を喜ばせたいのに。
わたくしが殿下を幸せにしたいのに。
殿下に対して何もできないばかりか、悪役令嬢の試練さえ上手く乗り越えられないでうじうじしているのです。
そのうち、殿下に見捨てられるのではないかと、不安になります。
いけません。
暗くなってしまうのは、もっとダメです。
切り替え、切り替え。
聖女の後見人は殿下にお願いします。
そして、いち早く聖女の話を伺わなくては!
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「なるほど。ガブリエルはダジマットの建国記念式典に参列するために馬車で帰国し、その途中に『混血派』の活動家に襲撃されて、馬車ごと谷底へ落とされ死亡する、と?」
「そして、わたくしを失ったことで闇落ちしたクレメントは、世界中の『混血派』を殲滅しようとして、魔族の国々を火の海に変える、のですね?」
聖女に神聖国への亡命の手配が整ったことをお伝えし、殿下とわたくしは聖女の持つこの世界の未来についての情報をご共有いただきました。
「ええ。でも、繰り返しますが、この世界には強制力はありません。いいですか? 未来は変えられるのです」
聖女は、強制力という謎の言葉を使っておられますが、これは世界が強制的に神が定めた通りに動くわけではないという意味だそうです。
「ガブリエルが死なない未来もあり得るってことだね?」
「たとえわたくしが死んでもクレメントが闇落ちしない未来もあり得るということですね?」
「そう。でも、変えるのが難しい事柄もあります。例えば『混血派がガブリエル姫を襲撃すること』は、現段階のクレメント様やガブリエル様に止めるのは難しいでしょう。それは神が定めたからではなく、そうしたい人達に対してお二人が持つ影響力が小さいからです」
「神秘的な力が働いているわけじゃないってことは忘れないようにするよ。リーズ国には混血派はいない。いるとすれば、ダジマットとリーズの間のピーターバラ国で、そこで活動する混血派が面識のないガブリエルを純血統派の『象徴』としてガブリエルを狙っているのであれば、私たちが彼らの意思決定を変えられるような行動を起こすのは困難だ、みたいなことだね?」
「わたくしたちがピーターバラで活動するのは、不自然ですし、国際問題になりかねませんものね?」
聖女は、頷きで肯定を示しました。
「逆に言えば、今回教えてもらった他の『攻略対象』については、本人次第の話もあれば、家族で解決できるような話もあるから、それらの闇は祓うことができるということだね?」
「そうです。神は聖女が『攻略対象』の闇を祓えるように未来の情報を与え、聖女は闇を祓うことでこの世界に居場所を作ります」
居場所をつくる?
それは控えめすぎる表現じゃなくて?
聖女はその魅了魔法と混乱魔法で魔族の貴族令息を誑かし、結果としてホスト国が中枢から瓦解の危機におちいるのよ?
「聖女の中には、複数の令息と親しくする方もいれば、たった一人の令息だけと親しくする方もいたの。それって、一人を選んだ聖女は、他を見捨てたってことになるのかしら?」
「ええ。見捨てた人もいるでしょうし、対人能力が低くて闇を祓えるほど仲良くなれなかった人もいるでしょう」
「対人能力が低くて?」
殿下、ナイスです。
わたくしもその点が気になりましたわ。
「聖女が祓う闇は対人能力で解決するのです。でも万が一、対人能力がなくても話を聞いてもらえるように神が『魅了』の能力を授けているのです」
そういうことなの?
では何故、聖女と親しくした令息たちは自ら破滅を呼ぶような行動を採るの?
それに……
「複数の令息と親しくした聖女は魔族から忌み嫌われているけれど、実はすべての令息の闇を祓いたかっただけの良い聖女だったかもしれないということ?」
「どうでしょう。ただ浮気なだけな人もいたでしょうが、全ての人を救いたかった人もいるかもしれません。神聖国には聖女アーカイブがあると聞いています。司書になれたら聖女視点で行動分析してみようと思います」
悪役令嬢視点のストーリーであれば、カーディフ国に歴代の悪役令嬢の手記を所蔵したダジマット家所有のヴィラがあり、わたくしも一通り読んでいますが……
聖女は発言も行動も魔族とは違いすぎて対話ができないとされてきました。
しかし、当代聖女シエラは、対話が可能なだけではなく、聡明な女性のように見えます。
これまでの悪役令嬢たちは、どうして聖女と対話ができなかったのでしょうか?
「わたくしもシエラ様がおっしゃったような視点で歴代悪役令嬢の手記を読み返してみますわ」