殿下は頑張りすぎです
「ガブリエル、大丈夫だから!」
「大丈夫でも、ダメです!!」
殿下は、学園で期末試験というものを控えています。
学びやに通ったことのないわたくしにはわかりませんが、半期の学業成績を評価するための試験だそうです。
殿下は王太子なので、成績優秀なことを期待され、そしてその期待に沿えるようにと、このところ熱心に勉学に励んでおられます。
それだけなら良いのですが、これに加えて王太子としての公務と神官試験のための魔術の訓練なども手を緩めることがなく、殿下の負担が大きくなりすぎていることを大変心配しております。
公務に関してはわたくしが最大限に補助しておりますが、魔術の訓練は魔力も体力も消耗しますので、期末試験が終わるまで取りやめにすることにいたしましたが、言葉で言っても聞いて下さらないので……
わたくしの結界魔法で物理的に学園の魔術訓練所を閉鎖しましたの。
結界魔法の元になっている捕縛魔法は、ダジマット家の唯一の得意技ですのよ。
たぶん殿下にも破れませんわ。
たぶん、ね。
「期末試験が終わったらすぐに神官試験を受けに行くんだから、訓練しないと……」
「期末試験が終わってもすぐには神官試験を受けに行きません。なぜならわたくしの試験対策が間に合っていないからです。殿下は心置きなく学園の勉強にいそしんでくださいませ!」
ほら。わたくしたちの犬も食わないやり取りを皆さん立ち止まって見てらっしゃいますわよ?
見世物になる前に寮室に戻りましょう?
わたくしは殿下に手を差し出しますが、殿下は諦めるつもりがないようで、わたくしの張った結界を破れないか術式を組み始めました。
もう。
仕方がありませんわね。
「殿下。ねぇ。ワガママ言わないで。お家に帰りましょう?」
わたくしは殿下に敢えて派手な色合いの拘束魔法を掛けた後、寮室への転移魔法で寮室に移動しました。
明日、学生たちから何といわれるでしょうね?
殿下が姫に縛られて、連れ帰られたなんて、恥ずかしいわよ?
既に尻に敷かれてるとか、噂されちゃうわよ?
これに懲りて明日からは素直に寮室に戻ってくださいませよ?
「ガブリエルの神官試験の訓練は上手く行っていないの?」
「殿下に比べると、全然だめですわ。わたくしは第7位階はまだムリです。もう少し訓練してから来月挑戦するとしても第6位階ですわ」
寮の個室につくやいなや殿下は不思議そうに尋ねます。
むぅ。天才魔法使いはこれだから嫌よね?
殿下にとってはどこが難しいかわからないのでしょう。
「魔力はこんなにつよいのに?」
「拘束魔法のことなら、それがダジマットのお家芸だからですよ。新しい魔法を習得するスピードは速いとは言えないでしょうね? 殿下に比べれば……」
殿下は第7位階の試験対策を行っていますが、訓練は順調のようです。
流石は旧四天王家の惣領息子です。
初めて取り組む魔術もそれなりにあるとのことですが、新しい技を覚えられて楽しいって気持ちがにじみ出ていますわ。
「そう。じゃぁ、私だけで行ってこようか?」
それは……
気持ち的にはイヤなのですが、わたくしの訓練の進捗が遅いのは確かです。
聖女の事を想えば殿下に第7位階になってもらって、速やかに神聖国に移住させてあげるのが良いでしょう。
それに、聖女が神聖国に移住するタイミングで、聖女が神より賜った「攻略対象の抱える闇」について情報を共有いただけるのです。
それも、早いに越したことはないでしょう。
「あ、いや。待つから! 聖女は君が死んでしまうと予言したのが気になって、逸る気持ちもあるけれど、きっともう少し時間的な猶予はあるんだろうから……」
「……」
そうでしたわ。
わたくし、死んでしまうと予言されたのですわ。
そして、殿下はわたくしの死を起点に闇落ちするのですよね?
わたくしは、殿下が闇落ちしそうになった時に踏みとどまれるような幸せな記憶を沢山残そうと、殿下に全力で愛を注ぐと決めたのでしたわ。
こんなところで落ち込んでいる場合ではありませんわね?
それに、殿下が無理をしすぎていると感じた時は、「そういえばガブリエルは、全力で私に休ませようとしていたな~」っと思い出してもらえるように、しっかり印象を残さねばなりませんわ!
「ええ。殿下。神官試験は来月にしましょう。わたくしはムリをしないで第6位階を受験します。殿下は第7位階でもよろしいでしょうけれど、今はダメです!」
「ちょっとぐらいなら気分転換にもなるんだよ?」
「殿下の気分転換は、本格的すぎるのです。疲れてしまいますからダ・メ・で・す・わ・よ」
どうですか、殿下?
ガミガミ言われていますが、心配されていることは伝わりましたか?
愛されているから、心配されているのですよ?
「ちぇっ。大人しく学業に専念するよ。おやつは甘味がいいな。もう少しここにいるでしょ?」
「ええ。殿下と一緒に夕食をとって、公務文書に決裁をいただいてから、王宮に戻ります」
殿下は何かを思い出すようにふんわり笑って、こう続けました。
「近侍が言っていたよ。『ガブリエル姫は、王宮ではすっかりヌシのように実質的な殿下の妻の座を抑えておられます』って。君、私の執務室を訪ねてきた貴族令嬢を威嚇して追い払ったんだって?」
「まぁ!? 威嚇して追い払ったなんて、失礼ですわね? 部外者に殿下の予定は教えられないと申し上げただけですわよ?」
「誉め言葉だよ? 君がいれば安心だねって。君、今日はずっと真顔だったから、ようやく素のガブリエルの表情が見えれて嬉しいよ」
思わず吊り上がるわたくしの瞳を覗き込んで、満足そうに額にチュッとキスを落とし図書館に向かわれました……
あぁ。
わたくし、全然だめですわね。
殿下の体調が心配だったり、神官試験対策の進捗が芳しくなくって落ち込んでいたりで、負の感情を隠すためにまた「無表情」になっていたのですね?
殿下をケアするつもりが、わたくしがケアされてしまいましたわ。
殿下には何一つ勝てそうにありませんが、これは勝負ではないので、わたくしはわたくしに出来ることを頑張ろうと、今一度、心に刻みました。
ん?
わたくし、殿下の「堅物」に感染してしまったかしら?