殿下と隠れ家を選びました
「ガブリエル、もっと大きな家がいいんじゃない?」
「いえ。2人で暮らすには十分な大きさですわ」
殿下はハッとして、その後、表情に神妙な色を乗せて頷きました。
「本当にご両親にも秘密の隠れ家にしても大丈夫なの?」
「ええ。隠れ家ですもの。わたくしの両親に言ったら、貴方のご両親にも報告しなければならなくて、両国の宰相、近侍、女官とどんどん人数が膨れ上がってしまいますわ」
それにわたくし、殿下と二人だけの隠れ家が欲しいの。
だから、誰にも伝えず神聖国の神官エルと神官エムのシェアハウスとして購入しました。
あ、わたくしも殿下も、第5位階の神官試験に合格しましてよ。
それぞれの部屋と共有のダイニングキッチンとトイレやバスルームなどの水回りしかない小さなアパートメントです。
「そうだね。では、ふたりだけの秘密だ。これだけ小さな物件なら、まさか王族が住んでいるとは思わないだろうしね?」
「ええ。まさか側仕えがいない状態で暮らすなんて、思い及ばないと思いますわ」
わたくしが思いっきり満足そうな表情で言葉を返したので、殿下はわたくしの頬をするりと撫でながら苦笑しています。
本当にここで殿下と二人きりで普通の新米神官のように暮らせたら素敵でしょうね?
わたくし、剣術留学していた頃に、少しは家事なども覚えましてよ。
当時の側仕えに「困ったらお手伝いさんを雇えばよい」とも教えてもらいましたわ。
そんなことを殿下にお教えしたら、「それじゃ、神官エムが使える現金もある程度は準備しておいた方がいいね?」なんて、また笑っていました。
殿下の自然な笑顔を目にすると、わたくしなんだかふわふわと幸せな気分になりますわ。
緊急避難用の隠れ家なので、使わないで済むに越したことはありませんが、ふたりで平民の恋人同士のように手をつないでアチコチ見て回るのはとても楽しかったわ。
今回の神聖国滞在は、わたくしと殿下にとって、お互いの感情を表情にだして構えずに話をするよい練習になりました。
それとは別に、ダジマット王女ガブリエルとリーズ国王太子クレメントの共同所有物件として、別の不動産業者から聖女用のアパートメントも買いました。
間取りはわたくしたちの隠れ家とほとんど同じですが、聖女は神聖国に亡命出来たら図書司書になることを希望しているので、神聖国立図書館に徒歩で通える場所を選びました。
立地は聖女の住居の方が中心部に近い場所です。
聖女は大家さんが誰か知ったら驚くでしょうか?
この時は、王女然、王子然として、公務用の微笑を浮かべて二人でアチコチ見て回りましたが、それはそれで楽しかったですわ。
結局のところ、わたくしは殿下と一緒なら何でも楽しいのですわ。
あとは、第7位階の試験に合格できれば、正式に聖女の後見人になることができますわね。
これから神聖国の皇王聖下との会食がありますので、その際に聖女の受け入れのお礼と共に聖女の住居についても報告する予定ですわ。
「ガブリエル、私たちの隠れ家についても皇王聖下に報告した方がいいと思うんだ。君が本当に二人だけの秘密の家が欲しいなら、リーズかダジマットにもう一軒買おう?」
「でも、殿下は『魔王の盾』にしてやられるかもしれないと心配にならないのですか?」
わたくしも神聖国に神官として隠れ家を買うなら、皇王聖下に報告してもおかしなことではないと思うのですが、でも、殿下は旧四天王家の間でのダジマットの姫の取り合いについて警戒なさっているようでしたが……
「そうなんだが…… 神聖国は姫を自国に取り込んだわけではなくて、ホスト国のブライト王子を認め、二人を支援しただろう? だから、そこまで悪いことにはならないと信じたいんだ」
「それでは、場所は教えないで、神官エルと神官エムの滞在先を購入しましたが大ごとにしたくないとだけサラリとお伝えするのはいかがでしょうか?」
わたくしは飽くまで殿下と二人だけの秘密にしたいのですが……
ここは、不満な気持ちを顔に出してみましょう。
「ガブリエルが二人の秘密を大事にしたいことは、なんとなくわかったよ。でも、近年の悪役令嬢が避難先として選ぶとすればカーディフのスノードニアでしょ? それなのに神聖国の首都に隠れ家を置くのだから、その旨を伝えておいた方が誠実だと思ったんだ」
確かに。
カーディフ国の方がリーズ国から近いし、そちらが自然ですわね?
「スノードニアにも行ってみますか?」
「あぁ。うん。これは、私の私情だから、本当に大ごとにしたくないんだけど……」
スノードニアは、イヤなのね?
「白状しなさい」という思いを込めて、じぃっと見つめてみました。
「スノードニアの別邸を整えたカーディフの悪役令嬢は、不貞で結ばれた方だろう? 王子との婚約を蹴って。愉快な話ではないよね?」
まぁ!
そんな理由でカーディフよりも神聖国を好んでいますの?
堅物な殿下っぽい考え方ね!
王子と姫の関係が破綻した国よりも王子と姫を支援した国の方が縁起がよいでしょうね?
わたくしは、殿下も恙なく王子と姫が結ばれることを望んでくださっているのかと思えば、口元がニヨニヨなってしまいました。
「ええ。カーディフのミシェル様は大変立派な方ですが、わたくし個人としては、最悪な出会いながらも困難を乗り越えて王子との愛を育てたブライトのラファエラおば様の方が好感を持てるのに似ていますわね?」
そういうことなら仕方がありませんわね?
皇王聖下への説明は殿下にお任せしました。
わたくしたちも少しずつ対話を通して相互理解を深めていけている感じがして嬉しく思いましたわ。