殿下と婚前旅行、ではなく、神官試験を受けに来ました
「ガブリエル、行くよ?」
「はい。殿下」
本日は、第5位階の神官試験を受けるための神聖国への移動日です。
殿下は、流石は元四天王の家の嫡子だけあって、魔術は一流でした。
普段は使わないだけで、国を跨いだ転移魔法もお手の物でしたわ。
ダジマット家は、魔王と呼ばれた古代から、魔術では四天王家に敵いませんでした。
というか、むしろ、苦手だから、魔族領の事務方を担っていたのです。
ダジマット家所蔵の歴史書には、ダジマット家は、事務方の延長線で個性が強く、頻繁にぶつかり合う4大魔族の仲裁を行うことが多く、その裁量は常に公平になるように心がけていたところ、いつの間にか4大魔族に慕われるようになり、魔王と呼ばれるようになって困ったと記されています。
第1期聖女伝承の間も、ダジマット家は攻撃魔法や精神魔法は得意ではなく、4大魔族が無力化した人族や聖女をその拘束魔法で人族の長に送り返す「裏方」の仕事に従事していたため、人族と和解する折に魔族側の窓口担当を行っていたら、人族側にも「魔王」の呼称が定着してしまって、大いに困ったとも記されております。
その頃から千年以上の時が経って、ダジマット家も積極的に特殊な血族との婚姻を進め、以前よりははるかに強くなっているハズですが、それでも元四天王家の王子とは大きな開きがあるのですね?
兎も角も、殿下はいきなり第5位階の神官試験に挑戦することになりました。
わたくしも、一応、第3位階から第5位階の飛び級受験ですが、殿下とはレベル感が違いますわね?
それから、初めてわたくしが殿下を転移でクローゼット前にご案内した時に殿下がふらついて膝をついた理由もわかりましてよ。
わたくし、殿下に比べて転移魔法がへたなんですの。
下手って言っても、転移ができるだけで十分凄いことですのよ?
でも、初めて殿下に転移で寝室に運ばれたとき、何の違和感もなく、すっと移動したのです。
技術が高いとすっと移動できるみたいですわ。
前回は短距離転移だったので、ふらつくだけで済んだのですが、今回は長距離転移だったので、リーズからダジマットまでが殿下の転移で、ダジマットから神聖国までがわたくしの転移で移動しました。
その時に、「ガブリエルの転移は多分酔うから、私が先に転移を掛けるよ」って言われちゃいました。
そして、殿下は神聖国についた後、転移酔いで横になっていますわ。
二人で転移することで、移動が一日で済むようになったのは素晴らしいことですが、殿下の転移酔いは明日の試験までに治るかしら?
「ガブリエル、ごめん。聖女の家を探しに行くのは、試験の後でいいかな? 今日は動けそうにないよ」
「ええ。構いませんわ。わたくしだけで探しに行ってきてもよろしくてよ?」
今回は、神官試験だけではなく、聖女が神聖国に移住した後の生活の準備も行うことになっていますが、その一つが新居探しです。
「いや、一緒に行きたい。聖女の家だけではなく、私たちの隠れ家も探したいんだ」
「? わたくしたち?」
「そう。ガブリエルと私が最悪の事態に陥った時に隠れ住む場所だよ」
まぁ!
殿下とわたくしの家?
なんだか素敵な響きだわ!
でも……
「最悪の事態とは、わたくしに死が迫った時という意味ですか?」
「私は、ガブリエルに死が訪れるとは思っていないんだ。最も可能性が高いのはリーズの政敵に奪われ、監禁されることだよ。だから、危機を察知したら自ら身を隠す場所を作っておくのもいいかと思ってね」
「リーズ国には政敵がいるのですか?」
リーズだけじゃなく、魔族の国の間に諍いはないはずですが……
「うーん。ちょっと複雑だから、少しずつ話すことになるけど、隠し事をしようとしているわけじゃないことは信じてね?」
「はい」
わたくしは、表情をとりつくろわなかった結果、ちょっと不謹慎な感じで興味深々な表情になってしまったようです。
殿下はぷっと吹き出して、言葉を続けます。
「ピーターバラがね、リーズ家臣団のヘイトを買っているんだ。『聖女なんてリーズ国単独で処理できるだろ?』って、ダジマット王に直訴して姫を降嫁してもらうよう働きかけたんだ」
「姫って、わたくし? 初耳ですわ」
「そうなの? ダジマット王の回答は、姫自身の意思で悪役令嬢の試練のためにリーズ国に渡ることを希望しているから、それが終わるまでダメだってことだったと思うよ。それが私たちが10才の頃のことだね」
「ピーターバラがおかしくなったのは、5世代前だといわれている。王子をダジマット家に送り込んで、姫を篭絡したんだよ?」
「アレクサンドラ王とジョナサン王配の事ですか?」
「そんな名前だったかな? 姫を篭絡したピーターバラ王子は、姫をピーターバラに連れ帰らず、自分がダジマットの王配になってしまったから、ピーターバラにダジマットの血は入らなかった。大失敗だね」
「ホスト国のアバディーン国の希望で、聖女をひたすら放置してみる実験を行った代ですわね? 確かに悪役令嬢の活躍の場はなかったですけれど、そのかわり神聖国の深淵がアバディーン入りしたのですわ」
強さで言えば、ダジマットの姫よりも神聖国の深淵の方がはるかに強いでしょうし、それで問題は起きませんでしたわ。
「そう。その次の代のホスト国のナース王は、魔王の姫と人族の王子の間を取り持ったから、政治的な意義が大きすぎてピーターバラは手が出せなかった」
「まぁ! そういう解釈もできますわね?」
「それから2代は姫は幼いころからホスト国で育ち、入り込む余地がなかった」
「なるほど?」
わたくしも殿下と共に育てられたら、今頃もっといちゃいちゃできていたかしら?
「先代の姫は『魔王の盾』の元で、幽玄と共に修行したので、神の家から出てきた瞬間にブライト国に人を入れたけど、姫は既に王子と結婚していた。傍から見れば、『魔王の杖』は『魔王の盾』にしてやられたって感じだね」
「殿下、詳しいのね?」
「ははっ。『魔王の剣』の必須科目だよ。だから、最初に君が神官試験を受けるために神聖国に渡ったと聞いたときは、うちも『魔王の盾』にしてやられたのかと思ったんだ」
「あぁ。それで、転移紋の前で出待ちしてらしたのね?」
「出待ちって。くくっ。そうだよ。やきもきしてたよ」
「誤解ですわ。あれは飽くまで、ファッショニスタの殿下のためですもの。でも、殿下が自分も神官になると言った理由が理解できましたわ」
「くくっ。君が単独で外国に出ると大騒ぎになるってわかってくれたかな?」
身に沁みましたわ!
これからはどこへ行くときも殿下と共に行動しますわ!!
わたくしのそんな決意が伝わって安心したのか、体調不良の殿下はそのまま眠ってしまいました。
手持無沙汰になったわたくしがしばらく眠った殿下にくっついて横に寝そべっていたことは、秘密ですわよ。