殿下との距離が少し縮まった気がします
「ガブリエル? もしかして私の気持ちを疑ってる?」
「だって、殿下は、この婚約が政略だって……」
わたくしたちはまだ殿下のベッドの上で、向かい合って横になっていますが、そこから先に進みそうな雰囲気は消え去って、まったりおしゃべりモードになってしまっています。
「この婚約は政略だし、私は必ず君と結婚できるようにことを運ぶ使命がある。でもね、この使命を誰かに譲るつもりはないんだ。理由は君が好きだからだよ」
「殿下は、本当にわたくしが、好き?」
では、何故、殿下の瞳は熱を帯びないのですか?
何故、いつも涼し気なのですか?
「ガブリエル、そこは疑わないで欲しいんだ。毎日、新しい君を知っては、深みにはまっていくよ。最初に剣だこに気付いたのは、デインが寮に挨拶に来た時だった」
殿下はそう言ってわたくしの左手の内側の剣だこにキスを落としました。
「あ、あの時は、とっさに誘導されたので、位置取りができなくて」
「うん。左利きなんだね。だから護衛対象を右側に置きたがる」
「そ、そうかもしれません」
自分でも気づかなかった癖を見つけてくださった?
「狂犬ヴァイオレット。君が本当に男嫌いだったことや、君に触れることが許されているのが私だけだと知った時には狂喜に震えたよ」
やだ。殿下。
その名前を知っていたのですか?
殿下以外の殿方に触れられたことがないことは、確かです。
喜んでいただけたのですか?
そんなことが?
「はい。聖女のホスト国が魔法剣士の国リーズだと知って、セントリア帝国で剣術を磨きました」
「その事を知ったリーズ家臣団の琴線に触れて、君に対する忠誠心を燃やしている魔法剣士で溢れているよ」
「わたくしに対する忠誠ですか?」
「リーズのためなら、どんな格好も厭わなかったし、どんな色合いにも自分を変えて見せた。必要なら猛勉強と猛特訓で神官の資格も取得した。こんなに無私無欲で、ひたむきな人を敬愛せずにはおれないんだろう?」
「殿下、わたくしは無欲ではありませんよ。欲しがっているものを与えてくれないのは、殿下ではありませんか?」
わたくしは、我慢がならなくて、殿下の上に乗っかって、その唇を求めました。
わたくしのことが好きなら、もっと求めてくれても良いのではないですか?
……
……
はて、どういう仕組みでしょう?
殿下はわたくしの猛攻を巧みにいなして「ここは場所が良くない」と呟いて、わたくしをソファーまで運びました。
わたくしは体術で殿下に勝てる気がいたしません。
やっぱり、殿下がわたくしのことを好きだというのは、わたくしと結婚するための嘘なのでは?
殿下はわたくしをジッと見据えて突然話を変えました。
「ガブリエル、君が普段にこりともしないのは、剣士だった時にそうなったんだってね」
突然、なんでしょう?
にこりともしない?
「そう言われれば…… 帝国に渡ったばかりの頃、人がわらわら寄ってきて修行にならなかったので、冷たい表情を作るようになったかもしれません」
「笑顔を見せると、イヤなことが起きた?」
「嫌なことというほどではありませんが、煩わしいことはありましたわ」
「うん。じゃぁ、その帝国に渡る前の頃の外向けの表情を作ってみて」
「?」
子供の頃にダジマットで公務に出たときの表情ですわね?
「!!!」
「?? 殿下?」
「そっちの方が、かわいいよ!」
殿下は、いつもの涼やかな表情でさらりと褒めてくれました。
「かわいい?」
わたくしは、嬉しくて、思わず口元がほころびます。
「!!!!! 今のはもっとかわいい。よし、これからもっと笑う練習をしよう」
今度は、殿下も涼やかな表情を崩して喜んでくれました。
「わたくしは、笑えなくなっていたのですね?」
「そうだね。君の表情が読めなさ過ぎて、距離を縮めるのを躊躇してしまうんだ」
殿下はそう言って、わたくしの頬にチュッとキスをした後、また、ジッとわたくしの表情を伺っています。
わたくしは、いつもの通り、お腹に力を入れて、無表情を作ろうとして、ハッとしました。
「殿下は、わたくしの素の表情がみたいのですね?」
「うん。君を押し倒して、キスをしたら、ようやくちょっとだけ人っぽい表情を見せてくれた。そのまま進めたら、乗ってきたので、驚いた。そして、私とキスをしたがっただろう? でもやっぱり無表情で……」
「無表情でしたか?」
「無表情だったよ。神官エルの時のガブリエルは、よく呆れた表情をするけど、たとえそれが呆れた表情でも、君の素の表情が見られたことが嬉しくて、つい構っちゃうんだ」
「無表情よりも呆れ顔の方がマシ?」
わたくしは、お腹に力を入れず、肩の力を抜いて、できるだけリラックスして、ほえ?っとした表情を出しました。
殿下は、目を見開いて、わたくしの頬を手で包み込み、唇にちゅっとキスを落とし、再びわたくしの瞳を覗き込みます。
「そうそう。そんな感じ。神官エルに浮気していると言われないように、こんな風に姫のガブリエルと親しく接していくけど、イヤなら、イヤって表情を出してね?」
わたくしは、とにかくどこにも力を入れずに、コクコクと頷くと、殿下はぱぁっと破顔して、わたくし引き寄せてぎゅうっと抱きしめました。
「嬉しいよ。君は、本当に私が好きなんだね? 目がウルウルして、嬉しそうだよ!」
なるほど。
わたくしが無表情だから、殿下も涼し気な王子スマイルになるんですね?
わたくしが表情を出せば、殿下の表情も出てくるんですね?
そして、行動も遠慮なくなって、抱きしめたりしてくれる。と。
頑張るしか、なさそうですわ。
わたくしは、構えない!、構えない!、と自分の中で唱えながら殿下に伺いました。
「表情を出す練習は、まず殿下の前だけでよろしいですか? 殿下の公務に付き添うときなどは、どうしても構えてしまいそうですの」
「そうだね。その時は、子供の時のプリンセススマイルだったら、作れるかな?」
「子供の時の公務の顔は、スマイルに見えるのですか?」
「ああ。とても慈愛に満ちた優しい笑顔だよ。でも、私には、怒り顔でもいいから、本当の表情を見せてね?」
「はい。それで、殿下と仲良くなれるなら」
わたくしは、恐る恐るわたくしを抱きしめている殿下の横髪を耳にかけてみます。
あ!
殿下の表情がちょっと変わりました。
ほんのり首筋に赤みが差して……
え?
わたくしがどんな顔をしているのか、わかりませんが、今の表情は好きだったようです。
殿下はそれから何度もキスをしてくれました。
わたくしの表情を確認して、瞳を覗き込んで、そして口角を上げて、再び近づいて……
浅かったり、深かったりしながら、少しだけ殿下のことを知れたような気がしました。