殿下に全力で愛を注ぐことを決めました
「ガブリエル。私もついていくよ。いいね?」
「……」
聖女の予言は現実となり、殿下はわたくしに結婚を申し込みました。
そしてわたくしもそれに応えました。
しかし、聖女が表現していたような「殿下の溺愛」は、そこにはありません。
殿下は、神官エルのわたくしを構い倒していますし、甲斐甲斐しくダジマットのガブリエル姫の焼いていますので、周囲からは殿下がわたくしを溺愛しているように見えるかもしれません。
わたくしも周囲から「姫の世界は王子中心に回っている」と思われるほど殿下につくしています。
傍目からは、愛し合うカップルに見えることでしょう。
でも、残念ながら、わたくしは殿下からの「愛」を感じることができません。
聖女の予言では、わたくしは1年半後に命を落とし、殿下は闇落ちするとのことですが、そんな風には思えません。
求婚されたときの殿下の様子から、わたくしが殿下以外の人と親しくすることを禁忌なさっているようでした。
でも、殿下の瞳はいつも通り涼し気で、ヤキモチなどの私的な感情は宿っていませんでした。
殿下がわたくしを「殿下の特別」に見えるように大切にしているのには、何か事情がありそうです。
わたくしとの婚約は、殿下が独占欲に見せかけてわたくしを完全に管理下に置くには便利だからではないでしょうか?
聖女の予言と考えあわせると、わたくしが命を落とすと、殿下が闇落ちしたように見える行動をとらなければならなくなるということですね?
でも、情報が少なすぎて、まったくわかりません。
わたくしは、殿下から話を聞き出そうと工夫しましたが、わたくしと殿下が二人きりになるチャンスなど訪れず、一週間を無為に過ごしてしまいました。
いえ、完全に無為というわけではありませんね。
殿下はわたくしと共にリーズ両陛下に謁見し、婚約のお許しを受けたり、わたくしの両親に許しを貰うためにダジマット国へ訪れたり、両国共同の証書を発行し、婚約の公式発表を行ったり、いろいろありましたわ。
その間ずっと殿下と共に行動していたのに、事情を聞き出すきっかけすらつかめなかったのです。
行動を起こすしか、ないでしょう?
だから宣言したのです。
わたくしは聖女に話を聞くために神殿を訪ねる、と。
殿下の許可は必要ないとでもいうように、強気で、宣言したのです。
そうしたら、冒頭の通り、自分もついてくると言い出しました。
予想通り、ですわね。
殿下にとっては、わたくしが別の派閥に流れないような牽制のための行動なのでしょうけれど、それでもわたくしは殿下と共に行動する時間が増えて嬉しいのです。
酷いものですわね。
惚れた方が負けって、こういうことですわね。
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「本日はお時間をいただき感謝します」
「いえ。わざわざお運びいただきありがとうございます。ガブリエル様に私の話を信じてもらえてホッとしています」
殿下と聖女の学園の休みの日に、殿下と共に神殿にお邪魔しました。
「ええ。あなたの予言の通り、殿下から結婚を申し込まれた時には驚きました。そして、信じないわけにはいかなくなりましたわ」
「予言?」
殿下には、聖女が殿下の求婚を予言した話をしていません。
「ご婚約、おめでとうございます。お二人が末永くお幸せにあれることを願っています」
「ありがとう。そのためにも貴方の考えを尊重しながら、できる限りのお話を聞きたいの。ただ、わたくし、婚約者に隠し事ができると思えませんの。だから、殿下と二人でお話を伺うことを許してくださらないかしら?」
聖女がわたくしの死と殿下の闇落ちについて、殿下本人に伝えるのを躊躇していることについては濁しました。
殿下と二人で聞ける範囲外のお話は諦めるというニュアンスが伝わっていると良いのですが……
「しかし、それでは、ガブリエル様は、何の対策も出来ずに犬死することになるかもしれないのですよ?」
「ガブリエルが犬死?」
殿下は思わず立ち上がって、怒った表情でわたくしを見下ろしています。
秘密を作ったから、怒っているんですね?
わたくしも一旦立ち上がって、殿下を宥めるように手を取り、再び座らせながら、殿下に向かって言葉を紡ぎます。
「ええ。情報がなくて何の対策も出来ないのは残念ですが、それまでの間、クレメントに全力で愛を注ぐのも悪くないと思っておりますのよ」
聖女には、わたくしが殿下にうっとりしているように見えたかもしれません。
でも、殿下には伝わったでしょう。
わたくしは命を落とすことに繋がるとしても殿下に隠し事をしませんから、殿下もわたくしに殿下が抱える事情を教えてください、と。
瞳の奥に動揺が見て取れます。
「神が聖女に与えたこの世界の未来で、ガブリエルは命を落とす、のか?」
「いいえ。未来は、確定したものではないのです。変えられることも多いはずです」
聖女はキッパリと答えます。
聖女は、わたくしに死の未来を変えるために抗って欲しいのですね?
でも……
「でも、変えられないことも、あるのよね? そうなってもいいように、わたくしは後悔しない行動をとり続けるしかないの。その一つが、『クレメントに隠し事をしない』ということなの」
「殿下に全力で愛を注ぐというのも?」
「そう。クレメントが寂しくなったら、わたくしに愛された記憶を沢山掘り起こせるようにね」
「…… わかりました。私の知っていることは、全てお話しましょう。でも、そのかわりに、私を神聖国に亡命させてくれませんか? できるだけ早く」
「ありがとう。それでは、わたくし、予言を伺う前に貴方が神聖国に亡命できるように手配をしたいの。いいかしら?」
聖女は、驚いた表情を浮かべたものの、しっかりと頷きましたので、その日はそのまま神殿を辞しました。
殿下が不満げだったのは、想像に難くないですわね?
なだめるのが大変だったとだけ、書いておきますわね。