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魅入られるもの

 請求された金額と書面を見て、ため息を吐いた。


『相葉サスケ殿にこの会社の財産を渡します』


 そうとだけ書いてあった紙が、何一つ残されてなかったオフィスの扉に貼り付けてあり、しかもそこに書かれているのは一億円の借金だけだ。

 要するに会社は夜逃げしたのだ。


 その会社の持っていた負債がいつの間にか俺のところに入っていた。

 警察や弁護士にも相談したが、何もしてくれなかった。


「どうするよ、俺」


 頭を抱えるより他ない。

 だいたいこれだけの金額をただの平社員でしかなかった俺が払えるわけがない。


 家にある大好きで仕方がないレア物のロボットプラモを泣く泣く手放すか……。


 だが、それは個人的にはやりたくない。


 どうしたもんか。


 家に帰る前に一度喫茶店に入ってコーヒーを飲んで、なんとか落ち着かせようとしたが、味もまるで感じなくなっているほど動揺しているのが分かった。


「いらっしゃいませ」


 接客アンドロイドの機械的、かつ画一的な声が聞こえた。

 客が入ってきたらしい。

 そんなことを考えていると、いつの間にか、席の前に男がいた。


「失礼、相葉サスケさん、ですな?」


 心臓が唸った。

 借金取りか。

 もう嗅ぎつけてきたのかと思うと、ゾっとした。


 顔をあげる。

 優男が一人、座っていた。


「か、金ならまだ……」

「ああ、失礼。私は榊リュウジと申します。借金取りではありませんからご安心を」


 眼の前の男-リュウジが微笑んだ。

 どこか、冷たい笑みだと思った。

 だが、何かヤクザとは違う感じがした。


「あ、こちらが私の名刺です」


 リュウジが名刺を差し出してきたので受け取った。

 そこには『バースト・アーマメンツ株式会社 第三開発事業部主任』と書かれてある。


 聞いたことのある会社だ。確か、兵器開発の専門会社だったはずだ。

 しかも、この世界の中でもトップに君臨するような大企業だ。


「で、なんだって俺にそんな会社が? 俺ヒラですよ? それに何より……」

「借金、ですね」


 俺は一つ頷く。


「会社に押し付けられたとは言え一億ですからね。しかもそれはあくまで基礎であってそれ以外に使っていた機械のリース料や工場の家賃、利率とかも考えると一般人が払うには無理のある金額です」

「どうしたものかとなりまして……」

「だからこそ、我が社があなたに手を差し伸べようと思ったのです。その程度のお金すぐさま返せますよ」

「まさか詐欺とかその手?」

「いや、ちょっとした実験です。ただし、成功すれば世界を変えてしまうでしょう。その一翼になる覚悟さえあれば、我が社はすぐにでもその借金を返済した上であなたを受け入れますよ」


 リュウジがまた微笑む。

 魅力的な提案ではある。

 裏があるのではないかという気もするが、正直これ以外に手があると思えない。

 だから、差し出された契約書にサインした。


 そのまま喫茶店を出ると、リュウジの車に乗せられ、目隠しをするように言われた。

 なるほど、場所は完全に秘密ということらしい。

 どうも俺は危ない橋を渡っているのだろう。ただ、今更引き返すことなど出来はしないのだ。


「到着しました。目隠し外していいですよ」


 そう言われて目隠しを外すと、そこは工場だった。

 清潔さはさほどない、ありふれた工場。ただ、何かが動いているような音はしている。


 車を降りると、意外に感じた。

 工場の周囲にしてはヤケに空気が美味いのだ。


「なんだ、ここ?」

「我が社の工場、その中でも秘密区画に属するものです。実を言うと、ここは地下なのですよ」

「地下? だが、太陽はたしかに……」

「あれは人工太陽です。この地下ドームでは地上と同じ風景をディスプレイに投影する方式になっていますので」


 さすがは大企業、といったところか。技術力が自分の想像の遥か上を突き抜けている。

 工場の中に入ると、静かに数名の作業員が作業を行っている。

 機械をいじる作業、に見えるが、何かが妙だ。


 真ん中だけ、すっぽりと抜けている。

 まるで何かが本来置いてあるようにも感じた。


「で、何を俺にやらせる気なんだ?」

「そうですね。まずは、これを御覧ください」


 リュウジが、指を鳴らした。

 その瞬間、何もなかったはずのその真ん中の部分が、わずかに揺れた。

 光学迷彩、というやつか。


 だが、その迷彩が解けた途端に現れたモノに、俺は思わず震えた。

 そこにいたのは、巨人だ。

 高さはおおよそ一〇m。人間の身体と同じく五本の指を持ち、腕も脚もある。

 強いて言えば、顔がヘルメットをかぶったバイカーのように見えるくらいしか、人間と変わったところはない。


 身体の震えが、止まらなくなった。

 武者震い、というやつだと直感で理解した。


「我が社の開発中の最新兵器です。メタルアーム、と我々は呼んでいます」

「す、すげぇ……! まるでSFの世界じゃねぇか!」

「そう、SFの世界です。我が社の開発した人工筋肉を用いて動きます。この機体で完成しそうなのですよ」


 魅力的なものだ。まさしくそこにあるのは、未来の、そして未知の技術だ。

 アンドロイドは確かに街中に溢れている。


 だが、このような巨大なロボはどうだ。

 戦争でも、紛争でも、それどころかどこの基地にすら、立っているのを見たことがない。


 俺はこの巨人に魅入られたのだと、すぐさま理解できた。

 借金の事など、すべてがどうでも良くなった。


「で、何を俺はすればいいんです?」

「これのテストパイロットです」


 時が止まった。

 今聴き間違いではなければ間違いなくテストパイロットと言った。

 でも俺パイロットの経験などないぞ。それどころか車の運転すらペーパードライバーだぞ。


「俺に出来るか! だいたいこれどうやって動かすんだよ!」

「脳波コントロールですから、操縦技術がなくてもいけますよ」

「つまり俺のようなど素人でも?」

「いけます。それがこのメタルアーム最大の特徴です」

「でも、なんで俺なんです? 他にもいるでしょ?」

「まぁ、ちょっとした難点がありましてね。それでどうしてもテストパイロットがいるんですよ。まぁ百聞は一見にしかずです。一度乗ってみてはいかがですか?」


 一瞬だけ俺は嫌な予感がよぎったが、正直このメタルアームというロボットの魅力には勝てない。

 一つ頷いてから、リュウジにコクピットへと案内された。


 コクピットを見てみると、確かに操縦桿のようなものはない。

 ただ、シートの首の部分にケーブルのような物がある。


「とりあえずここに座ればいいのか?」


 リュウジが頷いた。

 座ると、割とシートはふかふかだった。乗り心地は高級車のようで-乗り回したことなどないが-なかなかいい。


 すると、目の前にあったパネルが点灯した。


「パイロットの搭乗を確認。システム起動。搭乗者とシステムの結合に入ります」


 首に、何かが付いた。


「なんだ……?」

「機体と同調するシステムだと思ってください。そのケーブルで神経を取り込むんです」


 なるほど、そこだけ有線ということらしい。

 面白いシステムだ。


 そう思った直後、視界が変わった。

 ヤケに上から、工場を眺めている。


 モニターがリアルなのか?


 そう思ったが、なにか変だ。

 だいたい、目の前にいたはずのリュウジが何故か自分の視点より下にいる。

 リュウジの顔は、不敵に笑っていた。


「主任、『被験者』相葉サスケ、同調に成功しました」

「上手くいったか。どうですか、相葉さん。メタルアームそのものになった気分は?」


 は?

 何を言ってるんだ、こいつは。


 そう思って、ふと周囲を見た。

 腕が、先程見たメタルアームの腕に変わっていた。


「ど、どうなってる?!」

「この機体ですが、より一体性を高めるために完全に搭乗者と同調するんです。視界も全て機体の視界になりますし、あなたが動くように命じれば完全にその通りに動きます」

「つまり、俺はメタルアームそのものになるってことか?」

「そういうことです。あなたは上手くいきました。これで試験は合格です。接続解除しますよ」


 そう言われると、また、視界が先程のコクピットの中に戻った。

 目の前には、リュウジがいる。


「どうですか? 機体そのものになるというのは?」


 変わらない顔で、リュウジが言う。少し、狂気じみた何かを、目から感じた。

 感想は、一つしかない。


「魅力だ。これほどの魅力があるなら、いくらでも協力するぜ」


 多分、俺も狂気じみているのだろう。

 だが、大好きなロボそのものになれるというのは、この上ない魅力だ。

 久しぶりに、笑っていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 私はある者を喫茶店に招待した。

 行きつけの喫茶店で、マスターの壮年の男が一人いるだけ。

 店内には静かにピアノの音楽がスピーカーから流れている。


「借金一億、ですか。それを一社員に背負わせる。よくもまぁそんな下卑た真似が出来たものですね、あなたも」


 そう、相葉サスケに借金を背負わせて夜逃げした、会社の社長だ。

 少しばかり脅したら、すぐにやってきた。


「そ、そんなこと言われても、それをやれと言ったのは、あ、あんたからの指示じゃないか……」


 小声で社長は言った。

 私、榊リュウジは開発部の主任ではあるが、同時にもう一つ顔がある。

 被験者集め。それも表立ってできないものに対する被験者の採用だ。


 この社長の会社は潰れそうだった。

 だから救いの手を差し伸べるとして、ある社員に目をつけた。


 相葉サスケ。そう簡単には見つからない、メタルアームの同調可能者。

 あのシステムに同調させるには、ある種の欲望がなければいけない。


 相葉サスケはロボットに対する魅力という名の欲望があることは知っていた。

 だからそれに目をつけて、すぐさまスカウト出来るようにした。


「ええ、確かに私はそうやればいいかもしれないとは言いました。ですが、本来情があれば、社員一人に全部の責任を押し付けて自分だけ逃げるなんてゲスなことしないでしょう。ご自身で責任すら取れないのだから、あなたは魅力がない。だから会社も潰すことになったんですよ」

「い、言わせておけば……!」


 社長が顔を真赤にして立ち上がろうとした瞬間、ガクッと、社長の力が抜けた。

 そして、いびきを掻いて寝ている。


 もうこの社長が起きることはない。

 あとは、そのまま『行方不明』として処理されるだけだ。


 私は立ち上がり、マスターに言う。


「マスター、いつもの処理で。警察には嗅ぎつけられないようにしてください」

「かしこまりました。例の計画も、順調のようですな」

「そうですね。ただ、やはり彼一人ではまだまだです。企業が国家として成り立つようにするための時代を作るための尖兵。そのためのメタルアームです」

「はい。処理が必要でしたら、またお任せを」

「よろしくお願いします」


 そう言って、私は喫茶店を出た。

 夜は少し冷える。

 月は雲に隠れ、まるで波乱があるかのように、私には見えた。


(了)

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