待ち合わせ
「ここでいいはず」
携帯端末に表示したメールの文面と、周囲の街並みを何度も見比べる。
待ち合わせ場所は普段なら近寄りもしない活動範囲外。
どこか別の街に来たような感覚に陥りつつも目印となる駅に到着する。
「服装よし、持ち物良し。時間ちょうど。真導は……」
視線をかるく彷徨わせるとすぐに真導を見付けられた。
伏し目がちに携帯端末をいじり、こちらにはまだ気付いてない。
そしてその周囲には見知らぬ男たちがしきりに話しかけていた。
「ナンパか?」
真導は投げかけられる言葉をすべて無視している様子。
それでも構わず話しかけているなら、そうと判断するべきだ。
「もうちょっと早く来るべきだったかな」
五分前行動の重要性を再確認しつつ駆け足になって急ぐ。
その足音に気付いてか、顔を持ち上げた真導と目が合った。
「あっ、おーい」
男たちの隙間をするりと抜けた真導と合流。
「時間ぴったしじゃん。じゃ、行こっか」
「あ、あぁ」
男たちのことなどいなかったかのように振る舞う様子に手慣れたものを感じる。
きっと真導にとってはこのくらいは日常茶飯事な出来事なんだろう。
いなし方をよく心得ているようだ。
「おいおいおい、ちょっと待てよ。こんだけ話しかけたのに最後まで無視か」
「……行こ?」
手を引かれてその場を後に。
最後まで無視を決め込んだけれど。
「このガキがッ」
背後から風を斬る音がして即座に振り返る。
視線を送った先では身に迫る拳が目と鼻の先。
風を斬るそれを手の平で掴む。
格闘技かなにかをやっているのか、それには素人が繰り出したとは思えないキレがあった。
「その辺にしてくれ」
掴み取った拳を押し返すようにして離す。
「おっと。はっ、やるじゃねぇかよ。お前もなにかやってんのか?」
ぞろぞろと彼らの仲間がにじり寄ってくる。
「だがな、俺たちは全員格闘技やってんだ。袋にされたくなかったらお前一人で尻尾巻いて逃げな」
「それはこっちの台詞だ」
「あ?」
「なんの格闘技だか知らないけど、こっちは冒険者だ」
空いた手で懐から冒険者ライセンスを取りだして見せる。
「あんたよりデカくて、あんたらより数が多い魔物を相手に毎日命がけで戦ってる」
すると、男たちはたじろいだ様子を見せて一歩足を下げた。
「今すぐ消えるなら見逃すよ。どうする」
「……チッ」
流石に分が悪いと思ったのか、男たちは舌打ちと共に消えて行く。
その背中が見えなくなると、張り詰めていた糸をようやく緩められた。
「はぁ……慣れないことするもんじゃないな」
魔物に比べたら大したことないはずなのに、心臓がバクバクと脈打っている。
そう言えば人間相手の喧嘩は経験がなかったな。
これからも経験したくないものだけど。
「ありがと、助けてくれて。あの人たちしつこくてさ」
「どう致しまして。ふぅ……」
落ち着いてきた。
「大丈夫?」
「平気。でも、もうちょっと早く来るべきだったよ」
「ううん、助かっちゃった。今度からあたしも真似するよ。冒険者様だぞーって」
「大抵の奴はそれで退散するだろうな」
相手が一般人なら。
「それにしても……」
頭の先から爪先まで。
眺めるように真導は俺の周りを一周する。
「へー、格好いいじゃん。私服、こんな感じなんだ。いいセンスしてるよ」
「あぁ、これは……選んでもらったんだよ、店員さんに」
自分の手柄にすることも出来た。
けれど、そんな取り繕った自分のままで真導と接するのは、なんだか憚られる。
一度、真導に尊敬の念を抱いたからには誠実でいたい。
「ファッションに頓着がなくてさ。普段はパーカーにジーンズ」
「そうなの? あ」
なにかを閃いた様子で真導はにやりと笑う。
「じゃあ今日のためにオシャレして来てくれたんだ?」
「……いや?」
「顔真っ赤だよ? ふふ、いいじゃんいいじゃん。あたしも嬉しい!」
「……そうか」
顔が熱くなるのを感じる。
真導と目が合わせられない。
恥ずかしい。
さっきの男たちを追い払った時以上に心臓の鼓動が速い気がする。
「ほら、行こ? こっちこっち」
「あ、あぁ」
手招きする真導を追い掛けて足を動かす。
熱よ早く冷めてくれと願いながら、両手で頬に触れる。
「あつ……」
このまま熱が冷めないのではないかと一抹の不安を抱えつつ更に足を動かした。