ダンジョン
「生命58、攻撃70、防御45、魔力40、抵抗45、速度42、か。よし」
空中に浮かぶステータスウィンドウ。
表示された数字を読み上げて、無意識に握り拳を作っていた。
以前よりも数字が増え、成長できている。
その実感さえあれば俺はまだまだ頑張れそうだ。
「さて、と」
ウィンドウを消して立ち上がり、この目には広大な世界が映る。
見上げた空の向こうに移る天蓋。そこに浮かぶ動かない疑似太陽。光を浴びて育つ草花。キラキラと光り輝く河川。それを辿って行けば見えてくる雄大な山々。
絵に描いたような自然の絶景を見るたびに思う。
ダンジョンはかくも広い。
「もうちょっとだけ頑張るか」
怠け癖の抜けない心に鞭を打ってもう少しだけダンジョンの奥へ。
怠けたい時、最初の一歩を踏み出すことが一番辛い。
けれど、二歩目からはそうでもない。
思ったよりも軽快な足取りで草原を駆け、起伏を越えていく。
「この辺りまでくれば……いた」
鉤爪のように曲がった丘の影に魔物が屯している。
浅黒い肌に小柄な体格、凶暴な牙と爪と粗悪な武具。
その様子からしてあれはゴブリンだろう。
焚き火を囲み、串に刺した魚を焼く姿は団欒としている。
「武器も防具もあり、数は四か……そう言えばもうすぐ昼だな」
意識すると腹が減るもので腹の虫が鳴く。
ゴブリンにまで聞こえてしまいそうだ。
「討伐した後、魚を貰おうか……いや、内臓の処理とかしてなさそうだよなぁ」
ゴブリンは悪食で有名だ。
魚を焼いているのも人間を真似てそうしているだけ。
連中のバカ舌に期待するのは止めよう。
「ほかに魔物もいなさそうだし、やるか」
起伏の影から身を乗り出し、一息に距離を詰める。
雑草を踏む音を耳聡く聞き取ったゴブリンがこちらの存在に気付く。
大口を開けて叫び、指を指す。
それを受けて他のゴブリンが慌てて立ち上がり武器を取る。
迎え撃つ体勢を整えられるその前に。
「戦技」
握り締めた剣に魔力を流す。
「飛燕」
振りかぶり、横一線に薙ぐ。
剣閃をなぞるように魔力は刃となって飛び、先頭に立つゴブリンを二つに分かつ。
残りのゴブリンは二つになって崩れ落ちた仲間に目を奪われた。
そこにつけ込み更に距離を詰め、続けざまに二体三体と斬り裂いていく。
「ギャギャギャ!」
最後の一体が仲間の仇を討とうと跳び、割れるほど握り締められた棍棒が唸る。
それを軽く躱して背後を取り、着地直後の背中を刺す。
背骨を断って心臓を突き、血反吐を吐いて最後の一体も力尽きた。
「ふぅ……今のはよく動けてたぞ」
鼓舞するように自分を褒め、刺した剣を抜く。
空を切って血を払い、鞘に納めるまでの短い間に死体は灰となって掻き消える。
後に残ったのは黒焦げになった魚と、死体が置いて言った魔石のみ。
それを拾い集めていると、軽快な音楽が草原に響き渡る。
「お、レベルアップ」
ステータスウィンドウを開いて確認すると数値が若干伸びていた。
成長の実感と共ににやつく顔を引き締めて残りの魔石を回収。
すべて雑嚢鞄に仕舞い、うんと両手を空に伸ばした。
「んん……はぁ。目標達成、帰ろ」
レベルアップの充足感に浸りつつ爪先をダンジョンの外へと向ける。
「でも、まだレベル12か……まだまだ弱いな」
決して要領の良い人間じゃなかった。
怠け者で、すぐに嫌なことから逃げて、なにも続かない。
頑張れない。
そんな俺が人並みになろうとしているのだから、それも当然。
マイナスをゼロに戻そうとするだけでこんなに辛い。
なら、いまプラス側にいる人間はいったいどれだけ。
見上げても見上げても足下すら見えそうにない。
「いかんいかん」
落ち込みそうになった気分を持ち直すために頬を叩く。
「真人間になるって決めたんだ」
じんわりとした痛みが気分を落ち着かせてくれた。
「前を向かない……と?」
言葉と共に持ち上げた視界に映り込む影。
草原を駆けるそれに顔は自然と上を向く。
天蓋に覆われた空に浮かぶ、雲以外のなにか。
深い青色の羽を持つ、とても大きな鳥の魔物のように見える。
「あんなにデカいのが……いるんだな」
過ぎていく影に一瞬飲まれ、また太陽の下に。
「いつかは……きっと」
彼方へと消えて行く鳥の魔物を見つめ、今度こそダンジョンを後にする。
明日は平日、登校日だ。
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