表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/47

変態アメリカ国内事情―世界恐慌勃発編―


『大統領選挙の開票速報です。現時点では現職である共和党候補、カルビン・クーリッジ氏がリードしております……』


 1924年11月4日。

 電波に乗って、アナウンサーの声が北米中に響き渡る。現在のアメリカは大統領選挙一色であった。


 大統領候補は史実と同じ顔触れである。

 事実上、現職の共和党候補のカルビン・クーリッジと民主党候補のジョン・ウィリアム・デイビスの一騎打ちであった。


「おい、今のうちに運び込め。外の騒ぎでしばらく人は来ない」

「あいよっ」


 テネシー州の投票所に忍び込む怪しい二人組。

 たまたま発生した水道管破裂によって周囲は水浸しとなっており、開票作業は中断されてスタッフは外に避難していた。


『……テネシー州からの開票速報です。現時点で開票率は60%で、民主党候補のデイビス氏がトップになりました』


 このような不正はテネシー州だけでなく他の州でも行われていた。

 しかも、公権力によってである。


「FBIだ。ここに爆弾が仕掛けられたとの通報があった。速やかに避難しろっ!」


 バッジを見せられて退避する選挙管理スタッフ。

 無人となった開票所に大量に運び込まれる記入済みの投票用紙。


『ミズーリ州でデイビス氏がトップに……』

『ニューヨーク州でもデイビス氏が逆転しました……』


 裏社会の住民とFBIがタッグを組んで大々的に選挙不正を行ったら、それを防ぐ手立ては存在しない。このときの票の上がり具合が、まるでジャンプしているように見えるために『デイビス・ジャンプ』と後に呼ばれることになる。


 それ以前に、アメリカの選挙制度には問題があった。

 各州ごとに選挙制度が異っており、問題の複雑化に拍車をかけていたのである。


 一例を挙げると、大統領選挙当日は長蛇の列となる。

 史実2016年のデータによると、白人有権者の待ち時間の平均は10分。黒人有権者の待ち時間の平均は16分である。


 長時間の行列で打撃を受けるのは、投票するために欠勤すると、その分の給与を失う人たちである。この問題を回避するために期日前投票が実施されるのであるが、期日前投票所が少ないせいで期日前投票も長蛇の列となってしまう。


 長い行列の末に、いざ投票となったら身分証明書の提示を求められる。

 身分証明書が無い場合は、何らかの誓約書を手書きで書いて提出すれば認められる州もあるが、いくつかの州では認められていない。


 身分証明書の提示をするのは、もちろん替玉対策である。

 しかし、飛行機に乗るのにも、銀行口座の開設にも身分証が必要となる史実の21世紀のアメリカにおいても飛行機に乗らず、銀行口座が無い人が少なからず存在しているのである。この世界のアメリカならば、身分証を持たない人間がどれほどいるのか見当もつかない。


 これに対して、史実日本では戸籍制度で有権者を把握して事前に入場葉書を送付している。有権者は、投票所で入場葉書を提示して身元確認としている。もちろん、日本の選挙制度にも問題が無いわけではないが、この点においては優れていると言えよう。


 最後の手段として郵便投票が用意されているのであるが、僻地(へきち)だと郵便局が近くに存在しないために車を持っていないと投票出来ない。


 この世界のアメリカでは黒人だけでなく、先住民にも選挙権が与えられているのであるが、上述の理由で投票したくても投票出来ない状態に陥っていたのである。


 いわゆる投票難民の存在は、不正工作に有利に働いた。

 僻地に住む人間の名簿を入手し、身分証を偽造して投票すれば完全犯罪の成立である。


 ただ、これだといささか効率が悪いので、投票所へ直接お邪魔することになった。この工作によって、少なくても数万票がデイビス陣営に流れたとされるが、真相は闇の中である。


 物好きなジャーナリストは探りを入れたが、その後はお察しであった。

 その(ことごと)くが、ハドソン川に浮かぶハメになったのである。







『我が国は世界大戦に巻き込まれることなく発展してきました。新型インフルエンザの大流行という困難もありましたが、それをはねのけて経済成長を続けています。わたしは、ステイツがこのまま永続的に発展していくことを国民にお約束し、そのために必要なあらゆる手段を取ることを、ここに誓う次第であります……』


 1925年3月。

 連邦議事堂前において、第30代大統領となったジョン・ウィリアム・デイビスによる就任演説が(おこな)われた。


 前職のカルビン・クーリッジは確かな実績を挙げており、再選も確実とみなされていたために今回の選挙結果に納得がいかない国民は多かった。共和党陣営は大規模な選挙不正があった証拠を(つか)んでおり、当初は告発するつもりであった。


『ここで政治的空白を作ればステイツの名誉に泥を塗ることになるばかりか、世界中から嘲笑(ちょうしょう)される。それだけは避けなければならない』


 しかし、クーリッジ本人がそれを止めさせた。

 ただでさえ国際社会から(あなど)られているのに、これ以上の醜態(しゅうたい)(さら)せないと判断したのである。


 この世界のアメリカは、第1次大戦の講和の調停に失敗していた。

 リベラルのお花畑精神が遺憾なく発揮された講和案は、ドイツを激怒させただけであった。その結果、ロンドン講和会議では発言力を持たないオブザーバーに甘んじるしか無かったのである。


 これに加えて、アメリカ風邪を国内で押しとどめることにも失敗していた。

 最終的に英国が尻ぬぐいをするハメになったのであるが、おかげでアメリカの国際的な評価はダダ下がりだったのである。


「やれやれ、これで少しはやり易くなるな」


 祝賀昼食会の片隅で安堵するラッキー・ルチアーノ。

 ドレスコードを守りつつも、周囲に伊達男ぶりを見せつけているのは、流石はイタリアンといったところであろうか。


「そうだな。これでうちの事業も、いろいろとやりやすくなる」

「……あんた、アルカトラズにぶち込まれていたんじゃなかったのか?」


 ダブルスーツに身を包んだ恰幅の良い男を見て目を丸くする。

 それもそのはずで、ラッキー・ルチアーノに近づいてきた男は、収監されているはずのアル・カポネであった。


「なに、ちゃんと外出許可は取ってきたさ」

「どうなってんだよ、あそこは……」

「東洋の(ことわざ)で『住めば都』という言葉があるらしいが、まさにそれだな。(うるさ)いのはいないし、日々の労務もないし、メシは美味いし最高だぞ。お前も入ってみれば分かる」


 この世界のアルカトラズ島は既に連邦刑務所として機能していた。

 世間では脱獄不可能な刑務所として恐れられていたが、その実態はマフィアの保養所であった。


「……まぁ、それはともかく、だ。今までは法案を通すのに時間がかかっていたが、これからはスピーディに事が進められる」

「クーリッジの野郎は脅しが効かなかったから、やりづらいったらありゃしなかったからな」


 ギャングとマフィア(裏社会の住民)がFBIと結託して選挙不正を働いたのは、クーリッジが彼らの言いなりにならないことが原因であった。自分たちに都合の良い法案を議会に提出しても、決定段階で拒否権を発動されまくったのである。


 主だった議員は買収しているので、最終的に法案は通せるが時間がかかる。

 ハーディング(前任者)のように暗殺も考えたのだが、国民から絶大な人気を誇る大統領を暗殺しようものなら、どこまで影響が出るか分からない。残された手段は、自分たちに都合の良い大統領を当選させることだったのである。


 デイビス新大統領は積極的な経済政策を実施した。

 企業に都合の良い法律が次々と成立し、もともと好景気だった国内の株価は天井知らずとなった。


 裏社会の住民たちは、楽して儲かると分かれば節操がない。

 資金洗浄(マネーロンダリング)も兼ねて大々的に資金を投入し、市場はさらなるマネーゲームの様相を呈していった。それが地獄の入口だとは知らずに……。







「くそっ、ここ最近は神経質な値動きをしていたから、注視していたというのにこの様かよ!?」

「これは一時的なパニック売りなんかじゃないぞ!?」

「全部売りだっ! 売りまくれっ!」


 1926年10月某日。

 ウォール街は株価暴落によってパニック状態であった。


 暴落の原因は複数存在するのであるが、直接的な原因は英国が関与していた。

 アメリカに預けられていた旧ロマノフ家の財産を引き上げたことがトリガーとなったのである。


 元ロシア皇帝のニコライ2世は、英国王ジョージ5世の従弟(じゅうてい)である。

 その扱いに英国政府は大いに悩むことになったのであるが、最終的にロマノフ(Rowmuhnov)公爵家の創設となった。


 ロマノフ公爵家は、王室に(ちか)しい大貴族として(ぐう)された。

 しかし、家格はともかく亡命貴族であるため領地も経済的基盤も存在しなかった。


 英国本土の主な土地は他の大貴族が既に占有していた。

 与えられるのは、僻地ばかりで公爵位に釣り合うものでは無かったのである。


 円卓では、適当な海外領土なり自治領を与えるべきとの意見も強かった。

 しかし、ソ連がロマノフ公の身柄確保を諦めていないことが判明したので、英国本土以外は危険との判断から見送られたのである。


 最終的に王室から毎年多額の現金を下賜するという形に落ち着いたのであるが、元ロシア皇帝としてのプライドもある。ロマノフ公はいつまでも現状に甘んじるつもりはなかった。


 彼は事業を起こすことを考えたのであるが、それにはまとまった金が必要であった。そこで思い出したのが、アメリカに保有する財産である。


 旧ロマノフ家がアメリカに預けた財産は、当時の金額で1000万ドルを超えていた。財産の返還には英国政府も積極的に協力した。ロマノフ公をソ連の正当な統治者として喧伝する意味合いがあったからである。


 この動きに当然ながらソ連は反発した。

 その結果、アメリカの地で英国とソ連と銀行の3つ巴が勃発して、世間を大いに賑わすことになったのである。


 旧ロマノフ家の財産は莫大なものであったが、引き上げられたことによる直接的な株価の下落は、じつは大したことは無かった。


 問題は、その動きを見ていた裏社会の住民である。

 血生臭い抗争を忘れ、がめつい守銭奴と化していた彼らは、これ以上の損失を恐れて市場から一気に資金を引き揚げた。


 不安定となっていた市場からの大量の資金引き上げは致命的であった。

 いったんは持ち直すと見られた株価は暴落。他の投資家たちのパニック売りも重なって手が付けられない大暴落となったのである。


「……また身投げかよ。ここまで多いと笑ってしまうな」

「おいおい、さすがに不謹慎だぞ」

「そうは言うが、今日だけで10人だぞ? いい加減なんとかして欲しいぜ」

「それはまぁ、そうだが……」


 現場に到着するなり、ぼやく警官たち。

 ウォール街では投身自殺が多発しており、その対応に警察は大わらわであった。


 株価が持ち直すことを信じて後生大事に持っていた株は紙くずと化した。

 財産を失った投資家たちは身投げするか、あるいは……。


「なかなか生きが良さそうじゃないか。いくらだ?」

「へい、500ドルでどうでしょう?」

「高いな。少しまけろや」


 ガラの悪い、いかにもチンピラ然とした男と店主の商談。

 しかし、扱っている商品はペットではなかった。


「……」


 二人の前で、手枷足枷を付けられている男。

 その目は絶望に染まっていた。


 彼は若手では有望な投資家であった。

 しかし、株価暴落によって莫大な借金を背負った挙句に身売りされたのである。


 このような光景は都市部では日常茶飯事であった。

 世界恐慌後のアメリカは、日中堂々と人身売買が行われるディストピアと化したのである。







「……アメリカ本土の状況はどうなっている?」

「混乱しています。株価の暴落で多数の企業が倒産しているようです」

「現地の報道によると、住民同士による物資の奪い合いも激化しているようです」


 フィリピン初代自治領大統領のマニュエル・ケソンは、アメリカの株式大暴落の報に焦っていた。自治領である以上、宗主国からの影響は少なからず受けてしまうのである。固唾をのんで部下の報告を促す。


「ただし、こちらへの影響は限定的な範囲に収まると思われます」

「どういうことかね?」

「我が国……もとい、我が自治領に進出している企業は本社ごと移転してきたのが大半なので、アメリカ本国からの直接的な影響はありません」


 フィリピンに進出している企業は、アメリカから逃げ出してきた中小企業が大半であった。本社機能ごとフィリピンに移転しており、株式もフィリピンの市場にしか上場していないので、当面の資金調達に問題は無かったのである。


「ただ、現状のアメリカが資源輸出を円滑に行えるとは思えません」

「今しばらくは備蓄した資源でなんとかなるでしょうが、可及的速やかに新たな資源の輸入先を確保する必要があります」


 フィリピンは豊富な鉱産資源を有するが、その開発は民族資本で細々と行われており、遅々として進んでいなかった。そのため、必要な資源の大半をアメリカから輸入していたのである。


「そういうことならば、日本を頼ろう」

「日本……ですか?」

「閣下。失礼ですが、日本が資源輸出とかあり得るのですか?」

「諸君らは不勉強だぞ? 昔はともかく、今の日本は資源大国なのだよ」


 ケソンの提案に疑問を呈する官僚たち。

 しかし、この場合はケソンが正しかった。この世界の日本は、海南島を領有したことにより鉄鉱石・錫・タングステン・金・水晶・オイルシェールを自給可能であった。尖閣諸島の油田開発も進められており、将来的な石油の自給の目途も立っていたのである。


 ただし、これらの資源は充分に活用されているとは言い難かった。

 日英同盟の手前、ある程度以上の資源を輸入する必要があったからである。英国が友好価格で輸出してくれるため、自前で採掘するよりも安く済むという点も大きかった。


 独立後にアメリカに頼るつもりは無かったケソンは、パートナーとなる国を探しており、その最有力候補が日本であった。必然的に、日本の事情に詳しくなるわけである。


「我が国は東南アジア唯一といってよい工業国ですが、まだまだ不足しているものは多いです。日本の企業との技術提携は魅力的です」

「将来の国防を考えると、軍事技術は喉から手が出るほど欲しい。日本は全ての兵器を自国産で賄っているので、上手くすればライセンスを……いや、せめてノックダウン生産を認めてもらえれば……!」

「話のもっていきかた次第で、日本の金で国内の資源開発が出来るかもしれません。こちらにも大いにうま味のある話です」


 身近に資源と技術を(たか)る――もとい、頼れる国があったことに気付いて興奮する官僚たち。しかし、日本との関係を強化するメリットはそれだけでは無い。


「……日本と親しい付き合いが出来れば、必然的にイギリスとも良い付き合いが出来るだろう。絶対に損は無い」


 ケソンの言葉が全てを言い表していると言える。

 日本と友好関係を(きず)ければ、世界最強の大英帝国がおまけで付いてくるのである。


 世界恐慌後のフィリピンは急速に日本に接近していった。

 日本としても、持て余し気味な資源を外貨に換えられるし、フィリピンの市場に参入出来るのでうま味のある話だったのである。


 当然ながら、独立後のフィリピンとアメリカの関係は悪化した。

 日本とアメリカの関係も急速に悪化していくことになるのである。







「工場の接収は順調のようだな」

「はっ、同士スターリンの迅速な指導の賜物かと」


 モスクワのクレムリンの豪奢な執務室。

 部屋の主は久しぶりにご満悦であった。


 秘密条約『米ソ貿易協定』によって、ソ連には多くのアメリカ企業が進出していた。スターリンは、本国が混乱している隙に工場と技術者を根こそぎ接収したのである。


 ソ連にとって、アメリカの最新の生産設備と、その技術者は値千金の価値があった。接収された現地法人によって、ソ連の工業力は大幅に底上げされることになる。


「……それで、『彼』はどうしているのかね?」

「相も変わらず、ストップウォッチ片手に工場内を改善してまわってます」

「そうか。奴には好きにさせろ。勝手に問題点を洗い出してくれるからな」


 フォードの現地法人であったトラクター工場は最重要拠点とされた。

 最新最大の量産設備を誇る工場であるから当然といえば当然であるのだが、それだけではなかった。


 現地法人の最高責任者として赴任しているヘンリー・フォードは、とにもかくにも大量生産が大好きであった。生産しているものには全くもって興味は無く、大量生産システムの構築と、その効率化に心血を注いでいたのである。


 インフラの整っていたアメリカと違い、ソ連の地には何も無かった。

 逆に言えば、何をやっても改善するということでもある。ポジティブシンキングも(はなは)だしいが、この世界のヘンリー・フォードはそういう男であった。


 円卓チートな英国を除けば、この世界でフォード・システムを実現出来ているのはアメリカだけである。他の国は、質はともかく量が(そろ)わない、量は揃うが質が伴わないかのどちらかであった。ちなみに、史実のソ連は後者であり、日本は落第であった。


 しかし、この世界のソ連にはフォード・システムの権現(ごんげん)たるヘンリー・フォードがいた。彼の指導により、質を維持したままの数の暴力が実現されることになるのである。


「いやぁ、武器の輸出で儲かって笑いが止まらんな」

「まったくもって、アメリカ様様だな」

唾棄(だき)すべき資本主義の犬だったが、最後は役に立ってくれたな」


 ソ連と同様にフランス・コミューンにも、アメリカ企業が進出していた。

 アメリカ風邪の封じ込めで世界中から敬遠されるなか、欧州で唯一受け入れてくれたのがフランス・コミューンだったのである。


 アメリカ本土から完成品を輸出するよりも、現地に工場を建てたほうが最終的に安く出来る。何かにつけて、みかじめ料を請求してくるギャングやマフィアもいない。そういうわけで、多くのアメリカ企業が現地法人で生産していた。


 フランス・コミューンで生産されたのは、主に兵器であった。

 メイド・イン・フランスなアメリカ兵器は、戦後復興と超フ級戦艦の建造で軍事費が圧迫されていた欧州諸国にとって、非常に魅力的であった。


 英国は、欧州の軍隊近代化のためにメイド・イン・ブリテンな中古兵器を放出していたのであるが、それよりもフランス・コミューン産の兵器は安価であった。そのため、英国の中古兵器はカーデンロイドなどの一部を除けば売れなかったのである。


 アメリカの株価大暴落に乗じて、これらの海外法人をそっくり接収したフランス・コミューンは、そのまま武器輸出を継続した。まさに濡れ手で粟であった。


 生産されたアメリカ兵器は、フランス人民軍の強化にも大いに役立った。

 特に、旧態然とした生産体制であった航空業界に、フォード・システムが持ち込まれたことは福音であった。


 人民空軍は、かつての航空先進国の技術と、大量生産技術が結びついたことにより急速に勢力を拡大し、規模だけならば欧州最大の勢力となるのである。


 フランス・コミューンの動きを苦々しく思っている英国であったが、表だって掣肘(せいちゅう)出来なかった。将来の対ソ戦を考慮すると、どういう形であれ欧州諸国の軍隊の近代化が進むことは歓迎すべきことだったのである。







「アメリカの株価大暴落で、世間の目が逸れている今こそチャンスだ! 中国大陸に親独国家を建設するのだっ!」


 ドイツのベルリン王宮では、ヴィルヘルム2世(カイザー)の激が飛んでいた。


「仰せのままに」


 カイザーの言葉に(うやうや)しく頭を下げるのは、ドイツ帝国初代大統領に就任したパウル・フォン・ヒンデンブルクである。


 この世界のドイツは、制限君主制への移行を目指しており、その一環として設けられた最高政治責任者としての役職がドイツ帝国大統領である。もっとも、ヒンデンブルグ自身がカイザーに心酔しているので、有形無形と化していたが。


「……カイザーは、中国大陸に親独国家を建設することを望んでおられる。諸君らの意見を聞きたい」


 カイザーの意を受けたヒンデンブルグは、その日のうちに閣僚を帝国大統領宮殿に招集して意見を求めた。


「そういうことでしたら、軍事援助を蒋介石に一本化するべきです。中国大陸を統一するのであれば、彼が最有力でしょう」


 ヒンデンブルグの問いに真っ先に応えたのは、陸軍大臣のヴィルヘルム・グレーナーである。


 ドイツ帝国陸軍は中国の各軍閥の戦力を正確に把握していた。現状では蒋介石が率いる国民党と、それに迎合する諸軍閥が中国統一の最有力候補と判断していたのである。


「国内の市場は少なからず損失は出ておりますが、大陸との貿易は順調です。この状況を安定化させるためにも、統一国家は望ましいかと」


 純粋に経済的な観点から、賛意を示す経済相のヒャルマル・シャハト。

 中国から産出されるレアメタルは、ドイツ産業界にとって必要不可欠なものであった。


 既に大陸には多くのドイツ企業が進出しており、その利益も無視出来るものでは無かった。大陸に進出したドイツ企業は最初は軽工業がメインであったが、最近では重工業も進出していた。文字通り『中国大陸はドイツの生命線』になりつつあったのである。


 一見すると順風満帆に見えるが、頻発する軍閥同士の抗争では度々被害を受けていた。治安を好転させる意味でも統一された親独国家の建設は理にかなっていたのである。


「海軍としては全面的には賛成しかねる。平時ならばともかく、将来的な保証が出来ない」


 海軍大臣のエドゥアルト・フォン・カペレは反対の立場であった。


『戦時に通商護衛となると現状の帝国海軍ではとても手が回らない。戦力の拡充は必至だ』


 ドイツ帝国海軍は、今更ながらに通商護衛の大変さに気付いたのである。

 彼の発言は現場の声を如実に反映していた。


 通商護衛は海域に一定の戦力を貼り付けることを要求される。

 スエズ運河を経由しても、その航路は長大なものとなる。第1次大戦でほぼ壊滅してしまったドイツ帝国海軍では、到底不可能なことであった。


 この問題を解決するために、そこそこ高火力で足が長く、取得コストが安くて多数建造可能な長距離護衛向きの艦が計画されることになる。


「そういうことでしたら、間違ってもイギリスと日本は敵に回せませんな……」


 外務大臣のコンスタンティン・フォン・ノイラートは(うな)る。

 ドイツから中国までの航路は、全て英国と日本の勢力圏下である。


「特に日本とは満州の租借の件もあります。友好的に接する必要があるでしょう」


 世界恐慌後のドイツは、経済的損失を中国との貿易でカバーした。

 外交面では、イギリスと日本に対して宥和政策を打ち出してしていくことになるのである。







「アメリカの株価暴落は続いています。下げ止まる気配がありません」

「影響を受けてロンドン市場でも少なからぬ銘柄が下落しています」

「我が国の新興企業がアメリカの市場でリスキーな銘柄に手を出していたようです。これらの企業は倒産は避けられないでしょう」


 円卓では、アメリカの株価大暴落についての対応が協議されていた。

 国家同士の国境はあっても、経済に国境は無い。巻き込まれる形でロンドンの市場も下落し続けており、即急な対策が求められていた。


「いずれ暴落するから手を出すなとは言えなかったからな……」


 ため息をつく、首相兼円卓議長のロイド・ジョージ。

 円卓と繋がりのある企業は、史実知識で世界大恐慌を知っていたためにアメリカ市場への深入りを避けていた。しかし、他の企業はそうはいかなかったのである。


「産業界からは、救済すべきとの声が上がっています。雇用を守る意味でも必要でしょう」


 財務大臣のネヴィル・チェンバレンは、雇用を守る観点からアメリカ市場に手を出した企業の救済を主張する。史実で労働者の権利を守る法律の制定に尽力しているだけあって、この世界のチェンバレンも雇用問題には敏感であった。


「そうは言うが、無条件に救済は出来んぞ。彼らはリスクを承知でアメリカの市場に手を出していたのだからな」


 対して、ロイド・ジョージは救済に消極的であった。

 過去にアメリカの市場に参入することはリスクが伴うことを公言しており、あくまでも企業の自己責任と考えていたのである。


「業務内容と財務状況を精査したうえで、健全な企業を一時国有化することを考えています」

「無能な経営陣を追い出したうえで、サービスと労働者の雇用は守るということだな?」

「はい。公的資金を注入して経営再建をしたあとは、少しずつでも返済してもらいます。完済すれば国有化を解除すれば良いかと」


 最終的にチェンバレンの意見が採用され、アメリカ市場大暴落によって経営困難になった企業は一時国有化された。これにより、少なくない数の企業が国有化されたのであるが、その大半が経営再建を果たして民間企業として再出発することになるのである。


「……ところで、ドーセット公の提案はどうされますか?」

「うむ、テッド君が提案してきた新ブロック経済政策であるな。わたしは採用すべきだと思う。ただし、日本だけでなくフランス共和国も直接ブロックに組み込むべきだろう」


 史実の世界大恐慌で甚大な経済的損失を被った列強は、植民地を抱え込みブロック経済化を進めた。この世界でもブロック経済が進められたのであるが、史実とはだいぶ異なる様相を呈していた。


 新ブロック経済政策では、カナダを含む英国の植民地と自治領全てがスターリング=ブロックに組み込まれ、日本とフランス共和国も暫定的に組み込まれた。全世界の陸地と人口の4分の1以上が参加する世界最大の経済圏であり、世界大恐慌からいち早く回復することになる。


 これに対抗してドイツはマルク=ブロックを形成。

 ドイツと二重帝国、後に中華民国と満州国も組み込まれてマルク・元=ブロックとなる。その結果、史実以上に経済的な結びつきが強くなるのであるが、長大な通商路の防衛に頭を悩ませることになる。


 ソ連とフランス・コミューンはフラン・ルーブル=ブロック(東側ブロック)を結成した。元々世界から孤立しているので世界大恐慌による被害は少なく、アメリカ企業を全て接収して技術を奪ったので、結果的にプラスとなった。


 世界大恐慌の元凶であるアメリカは、ドル=ブロックを結成した。

 史実とは違いカナダは加入しておらず、アメリカを除けば南米の弱小国家が大半で、その規模と経済効果はお察しであった。


 この世界はスターリングブロック、マルクブロック、ドルブロック、東側ブロックの4つに分かれた。ドル=ブロックを除けば、数年から10年以内に各陣営は世界大恐慌のダメージから立ち直ることになる。


 世界大恐慌後のアメリカは経済不況が続くことになる。

 経済対策を打ち出そうにも、(先立つもの)が無いのでどうしようもなかったのである。


 マネーゲームに懲りた裏社会の住民は、再び復興債の購入を増やした。

 不況で歳入が減少した連邦政府にとって、償還の増大はとどめの一撃であった。


 裏社会の住民は、復興債が償還不能となった連邦政府からライフラインやユニバーサルサービスを借金のカタとして取り上げた。金が無いなら内蔵を売れというわけである。


 その結果、連邦政府の予算規模はますます縮小し、議会も形骸化することになる。自由の国アメリカは、完全に裏社会の住民の手に堕ちたのである。


 しかし、このまま裏社会の住民が我が世の春を謳歌(おうか)出来るほどこの世界は甘くなかった。(おご)り高ぶる彼らの目が届かないところで、密かに(やいば)()いでいる者たちがいたのである。

今回は世界大恐慌について書いてみました。

経済関連はあまり得手では無いのですが、この時代の一大イベントであるし書かないわけにはいきません。


この世界の大英帝国の植民地と自治領は全盛期のままなので、ブロック経済化したら史実のTPPが霞むくらいの経済圏となります。日本もおこぼれに与れるので、その恩恵を受けることになるでしょう。


世界大恐慌の最大の負け組がアメリカです。

もちろん、このままでは終わりません。ここから派手に事態が動いていくので書くのが楽しくなってくるんですよねぇ(愉悦

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] デイビスジャンプ…ああ、ノ\:イデソジャンプw
[良い点] 楽しく拝見しております。 超大国アメリカ阻止計画は着々と進行しているようで、大恐慌も含めてすべてが「円卓」の陰謀のように見えます。 だんだんと合衆国とメキシコの違いがわからなくなってきまし…
[一言] わあーフォードがソ連に持っていかれたー!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ