変態日本陰謀事情―ドーセット公暗殺計画編―
「……お待たせしました。全権大使のテッド・ハーグリーヴスです」
そう言いつつ、来客にソファを勧める。
内心で動揺していたりするが、表情にはおくびにも出さない。
1925年7月某日。
英国大使館に意外な来客があった。誰あろう、永田鉄山と石原莞爾である。
「本日は、対面の許可を頂きまことに……」
「まぁまぁ。堅苦しい挨拶は無しにしましょう。それよりも、あなた方が来た理由が気になります」
テッドは、先年の軍縮条約で帝国海軍と良好な関係を築いており、海軍軍人が来訪することは多かった。しかし、陸軍との接点はこれまで無きに等しかったのである。
「ドーセット公のご配慮に感謝致します。早速本題なのですが……」
そこからは怒涛のセールストークであった。
大の男がギャーギャーと、煩いことこの上ない。
彼らの主張は以下の通りであった。
・満州有事の際に、朝鮮半島の鉄道の使用許可。
・現在進められている弾丸列車構想への賛意の表明。
・上述の条件を許諾すれば、朝鮮有事の際に関東軍が防衛の肩代わりを行う。
「……なるほど、なかなか興味深いお話ですね」
「そうでしょう。日英双方に利益があることなので、是非賛同いただきたい」
「これが実現されれば、日英同盟はさらなる進展を迎えることでしょう!」
まんざらでもないような態度を取るテッドに、我が意を得たりとばかりに畳みかける二人であったが…。
「しかし、あなた方は誤解をしておられる。朝鮮半島は大英帝国の植民地ではありませんよ?」
「し、しかし……」
「地元政府の許可を得て、我が国の企業が朝鮮半島に進出しているに過ぎません。朝鮮政府に直接話をするべきです」
取り付く島もないとは、このことであろう。
もっとも、テッドが言う通りの手順を踏んだとしても、朝鮮政府が許可を出すことは無いであろうが。
(高宗と閔妃にはでっかい釘を刺しておいたから、無理だと思うけどね)
今年の3月に発生した朝鮮事変は、現地に駐留していた民間軍事会社によって迅速に鎮圧された。その際に、2度と馬鹿なことを考えないようにと二人を誠心誠意『説得』したのである。
現地の部隊に一任したので、説得の内容をテッドは知らなかったし、知ろうとも思わなかったが、一定の効果を挙げたのは事実である。それでも、数年しか持たなかったのであるが。
「逆に言えば、朝鮮政府の許可さえもらえれば、僕は全面的に支持しますよ?」
「「……」」
最初の威勢は何処へやら。
すっかり消沈して退室していく二人。
(なんだろう? また厄介ごとが起きる気がするなぁ……)
思わずため息が出る。
その予感が間違っていなかったことが、後日証明されることになる。
「……と、いうわけだ。是非とも協力してもらいたい」
「これが実現出来れば、大いに国益となるのだ」
「は、はぁ……」
平成会館の会議室。
居丈高な来客に平成会のモブたちは困惑していた。
不屈なのか、それとも単に面の皮が厚いのか。
ドーセット公に、やんわりかつ、はっきりと拒絶されたというのに、永田鉄山と石原莞爾はめげなかった。
朝鮮政府の許可を得るには、どうしても外交の力が必要となる。
しかし、満州派には外交の伝手は絶無であるし、関わりたくも無い。そこで平成会を頼ったのである。
「それでは、吉報を待っているぞ」
「……微力を尽くします」
結局、平成会は彼らの頼みを引き受けた。
否、引き受けざるを得なかった。
軍人相手に丸腰の民間人は無力である。
そういう意味では、はったりをきかせるために軍刀を持ち込んだ二人の選択は正しかったと言える。
しかし、彼らにも誤算があった。
内閣調査部の存在を知らなかったのである。
「内閣調査部に国家安全保障会議を開催するよう通達。それも大至急!」
隠し撮りした二人の写真の現像と、盗聴した会話内容を文字起こしするので、てんやわんやとなる平成会。
NSCは、国家安全保障に関する重要事項および重大緊急事態への対処を審議するために、内閣調査部の提言によって内閣に設置された。元ネタは、当然ながら史実の同名の組織である。
内閣調査部はNSCを開催する権限を有していた。
総理と閣僚は勿論のこと、必要に応じて外部から人材を強制参加させることが可能なのである。
「陸軍の連中は何を考えているんだ? 正気か?」
急遽開催されたNSCの席において、総理である後藤新平は呆れかえっていた。
「いや、本当に申し訳ない。満州派を制御出来なかったこちらの不手際です」
陸軍大臣の宇垣一成は平謝りであった。
彼は、史実において宇垣軍縮を断行した人物である。大物軍人には珍しく議会政治を尊重していて政治家からの受けが良く、この世界では原内閣から留任していた。
「起こったことはしょうがないです。それよりも、急ぎ対策を取るべきでしょう」
「あの二人、ドーセット公にも接触しています」
情報源はもちろん本人である。
テッドの抗議の電話を受けるハメになった平成会のモブこそ、今回の最大の被害者であろう。
「抗日パルチザンによって満州の治安は悪化しており、邦人の脱出が相次いでいます。満州は統治コストに見合っていません」
「日英同盟で、英国の植民地から資源は安価に輸入出来ます。保険のための独自の資源開発は必要でしょうが、満州に拘る必要は無いでしょう」
「問題は租借の条件です。ヴィルヘルム2世陛下は大いに乗り気ですが、価格面での折衝が難航しております」
大臣の補佐として相席した、陸軍省と外務省の官僚が補足説明する。
現状では概ね計画通りではあった。
「……とすれば、あとは関東軍の撤退が最大の問題となるのだが。宇垣君、そこらへんはどうなっているのかね?」
「命令して、はいそうですかと上手くいくなら苦労はしませんよ。満州派は思っていた以上に陸軍に広まっています。ただ……」
「何かあるのかね?」
「満州派の支柱は永田と石原です。あの二人を除けば、満州派は瓦解するでしょう」
永田鉄山と石原莞爾の陸軍からの排除が決定した瞬間であった。
しかし、陸軍内で絶大な支持を受けている両名を排除するのは容易なことではなく、慎重かつ念入りな捏造――もとい、身辺調査が実施されることになるのである。
「……ふん、なかなか格式のある店じゃないか。政治家ってのは、よほど儲かる商売らしいな」
「わざわざのご足労申し訳ありません。しかし、どうしてもあなた方には話しておきたいことがあるのです」
帝都の高級料亭の一室。
永田と石原は、とある民政党議員に招かれていた。
「さて、お互いに時間は惜しい身です。本題に入りましょう。選挙の真相についてです」
「選挙なんぞ政治家同士で好きにやれば良いだろう。我々軍人は知ったことでは無いな」
「選挙にドーセット公が介入していたことを知ってもですか?」
「……どういうことだ?」
思いがけない名前が出てきて驚愕する永田。
同席している石原も目を白黒させている。
「……我ら民政党は、英国一辺倒の関係を憂いてアメリカとの関係を強めていました」
「関東大震災の際も、アメリカの大商会から公債の引き受けの話がまとまっていたんです」
「それをドーセット公と、小生意気な平民党風情が全てぶち壊した……!」
独白するかのように語る議員。
その目は憎悪に燃えていた。
「……なるほど。あんたらにとって、ドーセット公は不俱戴天の敵であり、それは我らも同じだと言いたいわけだな」
先ほどとは打って変わった様子の永田。
彼の優秀な頭脳は、今猛烈に回転していた。
「ドーセット公を排除すれば、日英同盟の破棄につながる。そうなるとアメリカとの関係を重視せざるを得なくなるわけだ」
「そのとおりです」
「で、聞きたいのだが、これはあんたらのスポンサーの指示か?」
「……」
沈黙する民政党議員。
アメリカの犬と自白しているも同然であった。
「まぁ、良い。こちらにも大いに益のある話だ」
「どういうことです中佐?」
得心した様子の永田を訝しむ石原。
「考えてもみろ、満州の存在意義とは何だ?」
「それはもちろん、朝鮮を守る要です」
「しかし、現在の朝鮮は英国の勢力下だ。つまりは、英国が日本の安全保障の一端を担っているわけだ」
「なるほど。英国が朝鮮から撤退するようなことがあれば、満州の価値は俄然上がるわけですな」
「ひいては、関東軍の価値も上がるというわけだ」
満州が、ひいては関東軍が軽んじられるのは、朝鮮を英国が抑えているからである。その意味では、永田の分析は正しい。しかし……。
「そうなると今度はアメリカの侵入を警戒する必要がありますが」
「3流の田舎陸軍に何が出来る。関東軍で鎧袖一触だ」
「それもそうですな」
本末転倒とはこのことであろう。
軍の存在価値を認めさせるために新たな敵を作るなどあり得ない。しかし、永田と石原はこれを是としたのである。
「問題は何処で始末するかだな」
「大使館は広すぎて暗殺には向きません。可能なら外出中を狙いたいところですが」
英国大使館は、広大な敷地と多数の建物から構成されている。
防御装置も厳重で、ちょっとした要塞並みである。内部に侵入するのは不可能であった。
「そういうことでしたら、こんなのがあるのですが……」
そういって、議員が取り出したのはコミケのパンフレットであった。
「……問題は、誰を刺客にするかだな」
「確実に始末出来るだけの技量の持ち主である必要があります」
「可能であれば、軍とは無関係な人間が望ましいな」
「この短期間に、我らの大義に賛同してくれる人間を探し出すのは難しいでしょう」
三宅坂の参謀本部の一室。
永田と石原は、具体的な計画を詰めていた。
「せめて、満州派以外の人間が望ましいのだが……」
頭をかきむしる永田。
ドアがノックされたのは、そんな時であった。
「御免。永田中佐にお尋ねしたいことがあり申す」
入室してきたのは、帯刀した壮年の士官であった。
古武士然とした雰囲気に、永田と石原は気圧される。
「なんだ貴様は!?」
「陸軍戸山学校の剣術教官、相沢少佐であります。あなた方が、ドーセット公にご迷惑をかけたとの噂があるが事実なのか?」
「それを知ってどうする?」
「ドーセット公は摂政の宮さまの無二のご親友。公に迷惑をかけるは、宮さまに迷惑をかけたと同義。故に……斬るっ!」
いきなり抜刀する相沢三郎。
言うまでも無いが、彼は史実で相沢事件を起こした人物である。この世界では、第1次大戦中に欧州戦線に従軍したときの手柄で少佐に昇進していた。
「もはや、問答無用っ!」
正眼に構える村田刀は、欧州戦線で幾多ものドイツ兵の血を吸った業物である。
戦場で鍛え上げられた実戦剣術には一分の隙も無く、彼の技量と村田刀の切れ味が加われば、人体を縦に両断することも決して不可能ではない。
「「ちょっと、待てぇぇぇぇぇっ!?」」
殺されてはたまらないとばかりに、必死に打開策を考える二人。
直前まで暗殺計画を考えていたくせに、勝手なものである。
「貴様は誤解しているぞ!? ドーセット公こそ、君側の奸なのだ!」
「なんだと?」
尊皇絶対の信念の漢にとって、君側の奸という言葉はパワーワードである。
この隙を逃さずに、二人は口八丁で畳みかける。
「ドーセット公は関東軍を削減しようとしているのだぞ!」
「宮さまが、皇軍を害することがあるはずが無い! ドーセット公に吹き込まれているのだ!」
「口では綺麗ごとを言っているが、ドーセット公は英国のために働きこそすれ、日本のためには働いていないのだ!」
咄嗟にこれだけ言える二人は、演説の才能があるのは間違いない。
やってることは、詐欺師同然であるが。
「むぅ……!」
呻いて軍刀を下ろす。
とりあえず、話を聞く気にはなったらしい。
「そもそも、ドーセット公は得体の知れない庶民の出。庶民によって宮さまが害されているのだ」
「このままでは、神聖不可侵な皇族が汚されてしまう。これを取り除くことこそが大義。これこそが大正のご維新ではないか!」
「……!」
よくもまぁ、ここまで悪し様に言えたものである。
しかし、尊王思想に凝り固まっていた相沢は信じてしまった。彼からすれば、得体の知れない庶民が皇族を汚すという言葉に納得出来るものがあったのである。
満州派に属しておらず、剣術教官で実力も文句無しな相沢はヒットマンとして最適であった。実行の手駒が手に入ったことで、満州派によるドーセット公暗殺計画は急速に具体化していくことになるのである。
「日本からの電信です。ジャパニーズアーミーの協力を取り付けたとのことです」
「民政党への資金援助を継続しろ。事が成ったら動いてもらう必要がある」
「了解しました」
アメリカのニューヨークに所在するモルガン商会。
来客中にもかかわらず、会長のジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアは部下からの報告を受けていた。それだけ重大な案件だったと言える。
「これで、あの忌々しい小僧も終わりだな」
部下が退出した後に、来客に嬉しそうに話すモルガン。
「……その執念は賞賛に値するな。商売人よりもマフィアのほうがが向いてるんじゃないか?」
呆れた様子のラッキー・ルチアーノ。
プレイボーイのような洒落たスタイルの若者であるが、裏社会の重鎮として一目置かれる存在である。
「あの小僧のせいで、モルガン商会が何度ビッグビジネスのチャンスを失ったことか。これは正当な報復だ!……それに、あんたらにとっても無関係な話では無いぞ?」
モルガン商会は、第1次大戦において莫大な利益を得るはずであった。
しかし、英国無双によって悉くチャンスを潰された。時の大統領ウッドロウ・ウィルソンの戦後外交の拙さもあって、戦後欧州の復興ビジネスにも噛めなかったのである。
そんなときに起こったのが、日本の関東大震災であった。
今度こそビッグビジネスをと意気込んだモルガンを、絶妙のタイミングで横から殴りつけた者がいた。誰あろう、テッド・ハーグリーヴスである。
あまりのことに魂が抜けかけたが、それでもめげずに今度は中国大陸への進出を画策、民政党に接近して親米政権を作るべく資金援助を始めとした数々の工作を仕掛けた。しかし、これもまたテッドに阻止された。モルガンにとって、テッドは親の仇よりも憎い存在であった。
「分かってるさ。今回はビジネスで話し合いに来たのだからな」
ラッキー・ルチアーノはマフィアであるが、商才に優れていた。
現在は犯罪行為からは足を洗い、マネーゲームで多額の利益を得ているのであるが、彼が憂慮すべき事態がアメリカ国内で進行していたのである。
アメリカ風邪によって、世界から隔離されたアメリカでは国内開発が過熱していた。持て余していた膨大な工業力と経済力、軍事予算を削ってまで捻出した経済対策が相乗効果を発揮した結果、戦後復興でもたつく欧州とは一線を画した高度経済成長を続けていたのである。
しかし、その経済成長も限界を迎えつつあった。
あらゆるものが投資の対象となり、最後に残ったのは土地であった。あとは史実のバブルへまっしぐらである。
「国内で目ぼしいところは、あらかた開発し尽くした。主要銘柄は高止まりしているが、きっかけがあれば弾けちまう。そうなる前に新たな市場を手に入れる必要がある」
「それに関しては同感だ。ステイツの生産力を吸収するには、フィリピンの市場規模ではとても足りん。やはり中国への進出が必要だろう」
世間は好景気に浮かれていたが、それが長続きしないことをラッキー・ルチアーノとモルガンは見抜いていた。アメリカの経済成長を維持するには、巨大な市場が必須であり、そのためにも中国への進出を目論んでいたのである。
「日本に親米政権を打ち立てれば、中国へ進出する橋頭保となるだろう」
「日本も市場としては有望なんだがな。まぁ、中国を優先するべきだろうな」
「しかし、現在の日本は親英国家だ。まずは日本とイギリスの関係を破壊する必要がある」
日本と英国は日露戦争以来の同盟関係である。
当然ながら、日本の歴代の政権は全て親英政権であった。親米政権を打ち立てるには、まずは同盟関係を破壊する必要があったのである。
「そして、あの小僧を始末すれば、日本とイギリスの同盟関係は確実に破綻する」
「そのために、ジャパニーズマフィアの伝手を貸して欲しいと?」
「ジャパニーズアーミーを信じていないわけでは無いが、保険は必要だろう。必要な資金は全てこっちで持つ」
「そういうことなら力を貸そう。こちらの懐が痛むわけでもないしな」
ラッキー・ルチアーノは、過去の麻薬取引で日本のヤクザと個人的な伝手を持っていた。彼の口利きによって、大量のヤクザ者がコミケに集結することになるのである。
「よぅ。閣下ぶりが、なかなか板についてるじゃないか」
「シドニー・ライリー久しぶり。将官さまになったんだから、いい加減落ち着けば?」
「俺は現場主義なんだよ。尻で椅子を磨くくらいなら引退するね」
相変わらず、夏コミの準備に追われているテッドであるが、その日は来客があった。アメリカ時代から10年来の付き合いであるシドニー・ライリー海軍少将である。
「おまえさん、方々からだいぶ恨まれているな?」
そう言いつつ、書類を手渡すシドニー・ライリー。
「うわぁ……」
目を通して頭を抱えるテッド。
書類には、帝国陸軍とモルガン商会による暗殺計画が詳細に記載されていた。
書類の末尾には、実行犯の顔リストまで添付されていた。
さすがは世界最強の諜報機関と言うべきか。とんでもない情報収集能力である。
「で、どうする? コミケ参加は取りやめるか?」
「まさか! 僕がそんなこと欠片も考えてないことは分かってるでしょ」
「まぁな。おまえさんのコミケにかける情熱というか執念は凄まじいからなぁ……」
感心半分、呆れ半分なシドニー・ライリー。
長い付き合いで、テッドの行動パターンを完全に理解しているのである。
「だが、奴らにカウンターを仕掛けるとなると、仕込みは大がかりなものになるぞ? 金もかかる」
「でも、計画は立案してるんでしょ?」
「それはまぁ、な」
ダブルオーナンバー筆頭はニヤリと笑う。
彼を、MI6の最精鋭エージェントであるダブルオーナンバーズの頂点に君臨せしめているのは、戦闘能力だけでなく卓越した作戦立案能力であった。
ダブルオーナンバーズには個性豊かな面々が揃っており、現在も世界各地で様々な任務に就いていた。
ちなみに、戦闘能力に関してはマルヴィナがぶっちぎりであった。
MI6を寿退社した彼女は番外になっているが、今もなお語り継がれる存在となっているのである。
「MI6日本支部長として命じる。これより全権を001へ委任。あらゆる手段を用いてコミケを成功へ導け」
「アイアイサー! 全力を尽くします」
作戦に関する全権をシドニー・ライリーに委任するテッド。
彼の立てる作戦には、余計な干渉をせずにフリーハンドを与えることが最適と理解しているのである。ここらへんは、長い付き合いによる阿吽の呼吸というやつであろう。
全権を委任されたシドニー・ライリーは、方々を駆け回って準備を進めていった。日本支部で日本語を読解出来るエージェントを総動員するだけには飽き足らず、あらゆる物資をMI6日本支部長の名前で徴発していったのである。
物資に関しては、N・M・ロスチャイルド&サンズの日本支社も全面協力させられた。納期を無視した無茶な要求に、社長のチャールズ・ロスチャイルドは顔面蒼白になりつつも、これに応えることになる。
それでも足りずに、本国からも徴発した。
さすがに苦情が殺到したのであるが、どうせクレームを受けるのは上司であるテッド・ハーグリーヴスである。
作戦成功のためには、ありとあらゆるものを利用するのが、ダブルオーワンのポリシーである。結果として、テッドも扱き使われることになるのである。
「ふっふっふ。まさか始発ではなく、徹夜覚悟で終電で来るとは誰も思うまい」
真夜中の晴海を歩く怪しい男。
彼は、史実で言うところの徹夜組であった。
史実においてはC5の頃から徹夜組の行列が発生したとされる。
この世界の日本のコミケにおいては、徹夜組の発生は今まで無かったのであるが、彼がその記念すべき第1号となったのである。
「これで限定本は確実に確保……って、あれ?」
思わず目を凝らす。
彼の目の前には信じがたい光景が広がっていたのである。
「……『徹夜組』に問題は無いそうだ」
携帯無線機で報告を受けるシドニー・ライリー。
この無線機は、テッドの召喚によって顕現したSCR-536を、円卓の技術陣が解析して一部改良を加えたモデルである。ハンディトーキーの名称が示す通り、当時世界最小の携帯無線機であった。
「じゃあ、開場したら真っすぐこっちに来れるね」
言いながらも、ディスプレイの設置作業を進めるテッド・ハーグリーヴス。
公の場ではスーツ姿が多い彼であるが、今回はベストにスラックスというラフな装いである。
英国紳士としては、こういう晴れの場ではお気に入りのスリーピース・スーツで決めたいところであった。しかし、夏コミの暑さを生前体験しているテッドは、ベストとスラックスで妥協せざるを得なかったのである。
「……」
テッドの横では、マルヴィナがテーブルに敷布をかぶせていた。
この敷布はテーブルのサイズに合わせて作られており、上からかぶせるだけというお手軽かつ便利な仕様である。
床面ギリギリまで隠れるために、テーブル下に頒布物や荷物を置いても目立たないし、サークル側には大きなポケットが複数付けられていて文具入れや札入れに活用可能と、他のサークル主からは垂涎のシロモノであった。
過去に何度もサークル参加したためか、手慣れた様子で作業していくマルヴィナ。その様子は歴戦のサークル売り子を彷彿とさせるものであったが、ヴィクトリアメイドスタイルでそれをやられると違和感ありまくりであった。
「あ、マルヴィナ。これ貼っておいて」
「分かったわ」
テッドから手渡されたポスターを、サークル側の見えやすい場所かつ、一般参加客や隣接サークルからは見えない場所に貼るマルヴィナ。このポスターは、史実の『この顔にピンときたら110番』的なノリで作られたものである。で、あれば内容はお察しであろう。
そうこうしているうちに、コミケ開場の時間となる。
先頭集団は真っ先に人気サークルに――飛び込まずに、そのままスルーして東館の最奥を目指した。異様な光景であったが、他の一般参加客はお目当ての確保でそれどころでは無かったのである。
「よし、集まったな」
シドニー・ライリーの眼前に集まった人間は、じつに200余名。
当然ながら、全員がMI6のエージェントである。
「現刻をもって作戦を開始する。各ユニットは所定の場所へ移動。俺は巡回しながら指示を出すから、緊急時以外は連絡するな。以上、状況開始っ!」
サークルの直掩を残し、コミケ会場の各所に散っていくエージェント達。
襲撃者と、その背後関係を根絶やしにするべく周到なトラップが発動した瞬間であった。
本編の本人視点を書くのに描写が足りないと思ったので、急遽自援SSを追加しました。
次回は満を持してマルヴィナさんが大暴れです。
以前も言いましたが、あらためてR-18G宣言しておきますねw
今年最後の更新となりました。
拙作を読んでいただいている皆様方、来年も頑張って更新しますので、よろしくお願いいたします。m(__)m




