変態日本フェミニズム事情―女性の社会進出&権利向上編―
「な、なんという軽い食感! これならいくらでも食べれるっ!」
最初の一口目こそ上品に食したが、その後は猛然とカキフライを貪り喰う男。
彼こそは、史実において最後の元老と称された西園寺公望である。
事の始まりは、元老院が提出した憲法の草案であった。
実際は、元老院が保護していた平成会のメンバーが作ったものなのであるが……。
『貴様らがこんな革新的な内容を考え付くはずがなかろう。黒幕を出せ!』
未来の元老、元老院に来襲す。
フランス留学を経験し、憲法調査のために外遊した西園寺からすれば、旧態依然とした元老院の面子が作れる草案でないことを見抜いたのである。
『貴様らが未来人であるとほざくならば、証拠を出せ。そうだな……未来の美味い飯を作ってもらおうか!』
ここで巧く立ち回れば、将来有望な後援者を得ることが出来る。
設立されたばかりの平成会にとって、まさに正念場であった。
西園寺は、海〇雄〇のモデルとなった北大路魯山人をして、通人とまで言わしめた食通である。ありきたりの料理で彼を満足させるには不可能であるし、この時代に存在しない料理を出したほうが心証が良くなると考えた平成会は、カキフライを供したのである。
「欧州だと牡蠣は生食するものなのだが。フライにするとは恐れ入った……!」
感嘆する西園寺。
ヨーロッパにおいては牡蠣は生食が基本であり、史実の現在においても牡蠣をフライで供するメニューは見当たらない。カキフライは日本独自の料理なのである。
「この濃厚なソースと似たのをフランスで食べたことがある。荒刻みのゆで卵が良い食感を出しているな」
「僕らの時代ではタルタルソースと言われていました。カキフライやフィレオフィッシュの定番ですよ」
史実のタルタルソースはレムラードソースそのものとされる。
レムラードソースは19世紀半ばには誕生しており、西園寺は外遊中に食したことがあったのである。
「だが、この程度でわたしに認められようとは甘過ぎるな」
「くっ……! ならばこれでどうですっ!」
ラスボスムーブをかます西園寺に怯む平成会。
しかし、将来がかかっている大一番。ここで引下がるわけにはいかなかった。
「ほほぅっ! 独逸で食したフリカデレに似ているが、香辛料が効いて遥かに濃厚で美味いっ!」
「オムレツの中にライスだと!? 意外だがこれも美味いっ!」
「トマトソースではなく、トマトケチャップのパスタだと!? 邪道かと思いきやこれも美味いっ!」
「グラタンの中に米が!? これも美味いっ!」
包丁が舞い、フライパンが唸り、オーブンは限界まで熱くなる。
稀代の食通をねじ伏せるべく、平成会側は史実日本発祥の洋食で迎え撃った。既に本来の目的を逸脱して料理バトルの様相を呈していたが、誰も止める者はいなかったのである。
「わたしは食通であると自負していたのだが、このような料理は初めてだ。君らが未来人というのもあながち嘘ではないのだろうな」
「納得していただいたようで何よりです……」
ご満悦な様子で食後のコーヒーを啜る西園寺とは対照的に、まさに死屍累々といった様子の平成会のモブたち。とにもかくにも、平成会は彼に認められたのである。
「君らの居た未来の日本では政党政治が実現しているのだな!? 素晴らしいっ!」
「そんな大げさな……」
史実21世紀の日本の政治事情を聞かされて感激する西園寺。
平成会のモブたちにとっては当たり前のこと過ぎて、彼の反応に戸惑っていた。
「……それで、選挙制度はどうなっているのかね?」
「日本国民で18歳以上には無条件で与えられてます」
「無条件でかっ!? 納税無しでかっ!?」
「あ、被選挙権は参議院議員と、県知事を除けば25歳からです」
「……それも無条件でかね?」
「年齢さえ満たしていれば無条件ですね」
「……」
絶句する西園寺。
この時代では、男子参政権を実現している国すら稀なのである。100年以上未来の日本の選挙制度は、彼の理解を完全に超えていた。
「しかし、未来の我が国で政党政治と完全普通選挙が実現されていると分かれば話は早い。早速実現すべきであろう! 伊藤さんに直談判しなければ……!」
「ちょ、ストップ!? ストップ!?」
「いくらなんでも、いきなりは無理です!?」
西園寺を必死に止める平成会のモブたち。
議会政治さえ覚束ないこの時代の日本に、政党政治はともかく普通選挙を導入したらとんでもない混乱を招くことは必定である。
「パリ・コミューンがやれたことが、我が国にやれないはずが無い!」
西園寺が妙に強気なのは、未来の日本で完全普通選挙が実現していることもあるが、フランス外遊中にパリ・コミューンで女性参政権付与が実現していたことを知っていたこともあった。未来ならともかく、この時代でも一応実現していることが出来ないはずが無いだろうという理屈である。
この時代、政党政治と普通選挙は政治における最先端である。
西園寺が拘るのも無理も無いことであった。
「僕らの世界で、最初に政党政治と戦前に普通選挙が機能したのは西暦1910年代から1920年代です。いくら何でも早過ぎます!」
「その普通選挙だって、最初は男子限定です。完全普通選挙が実現したのは、1945年以降なんですよっ!?」
「政党政治はともかくとして、完全普通選挙の実現には前提条件があります」
「それでなくても、衆愚政治に陥りやすいのです。決してメリットばかりではありません」
しかし、平成会のモブたちは政党政治と普通選挙のメリットもデメリットも把握していた。なんといっても……。
「僕らの時代では、民〇党がバラ色の選挙公約を掲げて大勢の有権者が騙されました」
「政権を奪取しても公約を何一つ実現出来ず、総理は時のアメリカ大統領からは愚か者呼ばわり……」
「東日本大震災で被災した原発に、自称専門家がいらんことやった結果メルトダウンを起こし……」
「挙句、超円高で国内の雇用は海外へ流出して国民は塗炭の苦しみを味わったのです」
彼らが悪夢の民〇党時代を経験していたことが大きい。
政党政治と普通選挙に希望を見出していた西園寺とは対照的であった。
「政党政治にそんな欠陥があったとは……」
あまりにも酷い衆愚政治の実例を出されて鼻白む。
「しかし、君らの時代でも政党政治と普通選挙は否定されてはいないのだろう?」
「もちろんです。だから、段階を踏みましょうということなのです」
「なるほど。詳しく聞かせてもらおうか……」
この時点で、西園寺は完全に平成会を信用していた。
彼は平成会のパトロンとなり、平成会は彼の意を汲んで政党政治と普通選挙実現のために動くことになるのである。
「おぉぉぉっ!? フランスで食べたクロケットに似ているが、こいつは馬鈴薯を使っているのか!? これも美味いっ!」
「すみません、昼飯時を狙ってやってくるのは止めていただけないでしょうか?」
「というか、伯爵なら料亭でも何処でも食べれるでしょう。こんな庶民の料理を食さなくても……」
「ありきたりなフランス料理なんぞ食べ飽きたわ! それよりも君らの時代の料理のほうが美味いからな!」
コロッケに醤油をドバドバかけて、ご飯といっしょに美味しそうにかっこむ西園寺公望。最近の彼は、平成会の飯時を狙って来襲してくるので困りものであった。
「……ふぅ、堪能した。それで前回の続きなのだが」
着物姿で畳に座って食後のお茶を啜る様子は、とてもフランス外遊をしたエリートとは思えない。
「あっ、はい。政党政治と普通選挙を実現するにあたって、実現するべきものですよね?」
「うむ。差し当たって何をするべきだろうか?」
「政党政治と普通選挙――つまりは、国民の政治参加に必要なものは教育です」
「確かにその通りだ。文字が読めねば政策を理解することも出来ないからな」
「日本はこの点で他の列強に比べれば有利と言えます。日本の識字率は世界的にも高いですから」
江戸時代における日本の識字率が当時の世界から図抜けていたのは事実であるが、地域差や職業差もあり日本全国均一に識字率が高かったわけではない。それでも、江戸の識字率を75%とするならば、同時代のロンドンは30%以下で世界水準からは飛びぬけてはいたが。
「ただ、文字が読めるだけではダメです。国内外の情勢を理解出来るだけの教養も必要となります」
「うむむ、なかなかに難しいな……」
足元をおろそかにしていたことに気付いて猛省する西園寺。
政策といっても、国内向けもあれば対外向けもある。そういった政策を理解するためには、国内事情だけでなく、海外事情もある程度知悉する必要が出てくるのである。
「特に女性の教育が急務でしょう。華族や士族の子女ならばともかく、それ以外は絶望的と言ってよいです」
「そちらについては、女子学校を考えているが……」
「そんなのでは足りません。男女共学の義務教育をするべきです」
平成会の意見が採用された結果、この世界では史実よりも早く尋常小学校が開始されることになる。
「ちなみに、君らの時代はどうだったのかね?」
「僕らの時代では、六・三・三・四制でした」
「それはどういう制度なのかね?」
「無償の義務教育を小学校6年と中学校3年の9年間、さらに高等学校3年と大学4年の制度です」
「未来では、熱心に教育が行われているのだな……!」
感激する西園寺から、無意識に目を背ける平成会のモブズ。
彼らにとって、大学はバイトと遊びに明け暮れる場所であった。
「じつは、女子の識字率向上については腹案があります」
「本当か!?」
「今回は準備出来ませんでしたが、次の会合までには準備出来ると思います」
「そうか。期待しているぞ。ついでに料理もな!」
小さくなっていく着物姿。
心なしか、ウキウキしているように見えるのは気のせいであろうか。
(((政策よりも料理のほうが本命なんじゃないか……?)))
仮にも史実の偉人である。
そんなことは無いはずと信じたい平成会のモブたちであった。
「こ、これはっ!? 見た目は仔牛のコートレットに似ているが、サクサクとした分厚い衣とジューシーな豚肉のハーモニーっ! 美味いぞおぉぉぉぉぉぉ!」
「……居候三杯目にはそっと出しって、言葉知ってます?」
どこぞの味〇みたいなセリフを吐きつつ、トンカツ定食を貪り喰う。
相も変わらず昼飯時に押しかけたあげくに、ご飯を大盛りで3杯もお代わりすれば、草食系な平成会といえど嫌味の一つも言いたくなるであろう。もちろん、当人には全く通じていなかったが。
「……で、女性の識字率向上に腹案があるとのことだったが?」
「うふふ、良くぞ聞いてくださいましたっ! 女性の識字率を上げる特効薬。それは少女漫画ですっ!」
西園寺の問いに答えるのは、ビン底眼鏡に伸び放題の髪を無造作に束ねた女性――いわゆる史実のオタク女子であった。無論、彼女も平成会のメンバーである。
「外遊中に読んだ『ジャボ氏物語』と違って人物のセリフがあるし、解りやすい。読み進め方が独特だが、慣れるとスムーズに読めるな……!」
ジャボ氏物語は、フランス人作家ロドルフ・テプフェールの作品である。
史実において最初のコマ割り漫画家であったと見なされており、フランス・ベルギーなどを中心とした地域の漫画の源流ともなっている。
ちなみに、ジャボ氏物語は左から右に読み進める4コマ漫画であった。
現在の4コマ漫画とは異なり、キャラのセリフは無く、絵の下に状況の説明文が付けられていたのである。
「背景から察するに舞台は仏蘭西のブルボン朝後期といったところか。よく描けているな……!」
フランス外遊が長かった西園寺は、フランスの歴史と文化に精通していた。
わずかな背景で、作品の舞台を把握したのは流石というべきであろう。
「男装の麗人というのも良いな! 女性が活躍する作品ならば、女性受けも良かろうて」
「わかりやすさを優先して、セリフ文字は大きめにして漢字は少な目にしています。その分、ページが増えるのが難点ですが」
「なるほど、これを女子向けの教科書にするわけだな」
文字だけよりも、漫画形式にしたほうが理解しやすいのは史実の学〇まんがで証明されている。しかも、内容を理解しようと必死になるので、文字習得にブーストがかかるのである。しかし……。
「……着想は素晴らしいのだが、これを本にすると高価なものになるぞ? これでは普及させるのは難しいだろう」
「確かに普通に製本したら庶民には手が出ません。それ故に、瓦版形式にします」
西園寺の懸念はもっともである。
しかし、オタク女子はこの問題点も対策済みであった。
「瓦版だと? 1枚ずつ配布する気か?」
「瓦版だと、単価を抑えられます。初期投資があれば、無料配布も可能なのですが……」
チラッチラッと、西園寺を見るオタク女子。
「ぐぬぬぬっ! しかし、無料配布すれば効果は絶大……分かった。資金提供しようではないか」
「ありがとうございます! 大丈夫です。すぐにお返し出来ますので」
西園寺家からの資金援助によって、『平成出版』が設立された。
ベ〇ばら瓦版は、週末の帝都で無料配布されたのであるが、これが大反響を呼んだのである。
配布日になると、平成出版の前では大量の子女が瓦版を求めた。
アフターサービスも万全であり、定期的に過去の分を再配布していたのである。
ベ〇ばら瓦版は無料配布なので利益が出ない。
それどころか、職人への手間賃が必要となるので赤字である。
しかし、オタク女子には秘策があった。
彼女と、その仲間たちはグッズ販売を始めたのである。
庶民でも安価に買える人形や小物類。
果ては、超高価でオーダーメイドなコスプレ衣装などの販売で、平成出版は爆発的な利益を叩きだしたのである。
ベ〇ばら瓦版の副次的な効果として、転生者ホイホイの効果があった。
瓦版を見た転生者が、平成出版に集まったのである。彼らが平成会の初期を支え、急速に組織を拡大していくことになるのである。
「まいどあり!」
八百屋で野菜を購入する女性。
会計を済ませると、傍に積んである小冊子をそのまま持って行ってしまう。
八百屋の主人もそれを咎めなかった。
小冊子は無料の求人誌だったのである。
『帝都ワーク』は、平成出版が週刊で刊行している無料求人誌である。
置くだけで女性客が増えるとまで言われており、帝都内の店舗で置かれる場所が急増していた。
わずか5年で大手出版社の仲間入りを果たした平成出版が、新たに始めた事業が求人事業であった。この世界においては、ベル〇ら瓦版を筆頭に、女性が活躍する漫画が大ヒットしたことで、女性の意識にも変化が起き始めていた。
平成会のコア産業となった平成出版は、少女漫画のヒット連発で挙げた莫大な利益で次々に事業を買収した。買収した事業に平成会はメンバーを送り込み、近代的な給与体系の整備と、女性従業員の積極採用を実施したのである。
規模は大きくないものの、買収された企業は多岐のジャンルに渡っていた。
これは、大手を買収するには大量の資金が必要なことと、零細でも史実知識を活かせば発展させられると考えていたからである。
平成会傘下企業の最大の特徴は、女性従業員の制服のデザインであろう。
専用にデザインされた制服は、働く女性を強く意識したものであり、同世代の女性の憧れの的になったのである。
働く女性を題材にした漫画が大ヒットしたのも、女性の社会進出が加速した大きな要因であった。完全にマッチポンプであるが、人気が出ると同業他社も女性従業員の採用に動かざるを得なかったのである。
結果的に人材の取り合いとなってしまい、女性の給金と福利厚生は向上の一途であった。しかし、実際には給料が払われなかったり、不当に解雇されたりと契約の不履行が多発した。
当然ながら、女性側も抗議した。
しかし、雇用主に開き直られたり暴力を振るわれたりと、泣き寝入りせざるを得ないことが多かった。帝都ワークが刊行されたのは、求人適正化の一環でもあったのである。
帝都ワークの掲載料は無料であったが、掲載されるには厳正な審査があった。
そのため、掲載されている案件は真っ当なものが多く信頼出来る求人誌と言えた。
それでも契約の不履行が完全に無くなるわけではない。
そういう場合には、平成出版に届け出れば対応してくれるのである。
『もしもし、じつは〇〇〇って会社が不当に女性を解雇したと届け出がありまして……』
『任せておきたまえ。ところで、今度は鍋料理が食べたいのだが……』
権力の悪用ならぬ、権力の善用とで言うべきであろうか。
このような光景は労働関連法が整備されるまで続くことになるのである。
『戦後、強くなったのは女性と靴下である』
――とは、史実の戦後日本で流行したフレーズである。
しかし、この世界では些か様相が異なる。
「ってーな!? どこ見て歩いてやがる。気を付けろっ!」
「先にぶつかってきたのは、あなたでしょうがっ!」
「なんだと!? このクソアマがっ!」
とある日の帝都の大通り。
人通りもそれなりにある場所で、男女が言い争いをしていた。
男はガラの悪い、いかにもなヤクザ者。
対する女性は、男装の麗人である。
「……決闘を申し込む!」
言い争いでは埒が明かないと見たのか、女性は手袋を外して男性の前に放り投げる。その直後に、通報で駆け付けた警官によって、二人とも署に連行された。
未遂だったために決闘罪は適用されなかった。
しかし、二人とも署内でこってり説教されることになった。
上述は極端な例であるが、この世界において女性の価値観は着実に変化していた。
『戦後、強くなったのは女性と手袋である』
――というフレーズが、第1次大戦後に流行するくらいには、社会における女性の存在は認知されていた。それは従来の男尊女卑という価値観の変容を意味していたのである。
「……というわけで、我々としては貴方方の力を借りたいのですっ!」
「は、はぁ……」
平成出版の会議室では、平成会の女性モブたちが突然の来客に困惑していた。
押しかけてきたのは、市川房枝と奥むめおであった。
市川と奥は、女性記者として職業婦人の実態を取材すると共に、女性の権利向上と女性参政権の実現のために日々活動していた。取材を重ねるうちに平成会の存在を知った彼女らは、目的成就のための共闘を呼び掛けにきたのである。
「オ〇カ〇様は女性の理想像です!」
「〇・〇ーヌの星やプ〇キ〇アを生み出した貴方方には、わたしたちの運動に協力する義務があります!」
原因が原因なだけに、平成会としても断りづらかった。
ベ〇ばらだけでなく、史実昭和の美少女剣士が活躍する作品とか、平成の女性ヒーローが活躍する作品は、いまや平成出版のドル箱だったのである。
彼女らの申し出を拒否すれば、あらぬ噂を立てられかねない。
風評被害が出ることは何としても避ける必要があった。誤報によって大手商社が焼き討ちされる時代なのである。
平成会の女性モブたちにとっても、この時代は生きやすい時代とは言えず婦人参政権運動に肯定的な者が多かった。結局のところ、平成会に断るという選択肢は存在しなかったのである。
平成会の後援を得たことで、この世界の婦人参政権運動は一気に加速した。
資金援助はもちろんのこと、応援ポスターや配布用パンフレットの製作を無料で引き受けるなど、地味ながらも重要な役割を平成会は担ったのである。
1925年5月。
原内閣により普通選挙法が制定された。選挙人資格から納税要件が撤廃され、満25歳以上の男女に選挙権が与えられたのである。長年の婦人参政権運動が実った瞬間であった。
「皆さん、こんばんわ。川田芳子の談話室のお時間です」
若い女性の淑やかな声が、電波となって夜の帝都に木霊する。
「本日のゲストですが……急遽変更に? えぇっ!?」
日本的でおとなしくも、芯はしっかりした女性像を演じることで人気な彼女らしからぬ動揺ぶりであるが、それも止む無しであろう。
「どうも、英国全権大使のテッド・ハーグリーヴスです」
帝都中のラジオ視聴者が驚愕したのは言うまでもない。
このような無茶が可能なのは、放送局である『ラジオ東京』が平成会傘下だったからに他ならない。つまりは、やらせである。
『今回の選挙について質問して』
当たり障りのない雑談をしていると、ドーセット公の背後から演出補佐が殴り書きした看板を掲げてくる。
「……ところで、ドーセット公。今回の選挙については、どうお考えですか?」
「僕はイギリス人なので、投票することが出来ないのが残念です。世界的に見ても画期的な選挙なのですけどね」
「そうなのですか?」
川田は内心で驚く。
世界に冠たる大英帝国に画期的とまで言わしめるとは。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、話を続けるドーセット公。
「大英帝国は、議会制民主主義の先進国であることを自負しておりますが、婦人参政権は完全に実現していないのです」
「それほどなのですか!?」
思わず声が大きくなる。
まさか、政治先進国である英国よりも一歩先を行っているとは。
「まぁ、あくまでも全国的な選挙制度でという意味ですけどね。地域だけに限れば実現している場所もあります。他ならぬドーセットなんですけどね」
そう言いつつ、テーブルに置かれた紅茶を飲むドーセット公。
さすがは紅茶の本場というべきか、その所作は完璧であった。
『婦人参政権が実現したことによるメリット・デメリットを質問して』
このタイミングで再びADが殴り書きの看板を掲げる。
「……ドーセット公の地では婦人参政権が実現しているとのことですが、先達としてご苦労された点などあれば、ご教授願えませんか?」
「普通選挙において重要なのは、政策のメリット・デメリットを有権者が理解しているかどうかです。性別は関係ありませんよ」
思わず息をのむ川田。
今回の選挙が婦人参政権に対する試金石であることに気付いてしまったのである。
「……今回の選挙結果次第では、世界の婦人参政権運動に影響が出るということなのですね」
「そうです。日本の普通選挙はアジアのみならず、世界が注目しているのです」
「ドーセット公ほどのお人にそこまでおっしゃられますと、我々も襟を正さなければなりませんね」
「僕は日本人が、目先の利益に囚われることなく政権を選択してくれることを信じていますよ」
わずか1時間のラジオ番組であったが、じつに濃密な1時間であった。
視聴者は奮い立ち、覚悟を決めて当日の選挙に挑んだのである。
後日の選挙は、政友会が単独過半数を占めることになった。
婦人参政権を認めても問題が無いことが世界中に周知され、世界中で婦人参政権運動が活発になっていった。
翌年の1926年には英国で完全普通選挙が制定された。
貴族院の反対によって、今まで先延ばしにされていたのであるが、日本の選挙結果が追い風となったのである。
その他列強も1930年までに完全普通選挙の制定、選挙が実施された。
その動きは列強以外の国家にも波及し、この世界では普通選挙が主流となったのである。
婦人参政権の実現は、フェミニズムそのものと言える。
参政権を手にした女性は、さらなる権利の拡大を目論む。それは既存の男尊女卑という社会体系との軋轢を意味することであった。
見るに堪えない史実のツ〇フ〇ミのような意見が増え始めたのも、この時代である。これが、新聞や雑誌などであれば良識のある担当が不採用にするので、さしたる問題にはならなかった。
問題はラジオ番組であった。
電話リクエストは相手を選べない。ラジオから唐突に頭のおかしい女性の金切り声が聞こえる時代が、すぐそこまで迫っていたのである。
この世界の日本のフェミニズムに関するリクエストがあったので自援SSで書いてみました。
西園寺公望が食通ぶっていますが、史実でも相当な食通です。
日本国内だけでなく、海外ですらその通ぶりを評価されているので、ああいった描写となりましたw
日本でフェミニズムとなると婦人参政権は外せない題材です。
ただ、無条件で完全普通選挙を実施するとなると、女性の教育問題も無視するわけにはいかないわけで。結果として、女性教育と婦人参政権が大半を占めることになってしまいました。
電リク出来るほど電話が普及しているのかという意見が出そうですが、この世界は史実以上に電話が普及していますので問題無いでしょう。この時代なら公衆電話もありますし。ただまぁ、電話を持っている家は裕福なわけで、脳内お花畑……あとは分かりますね?
次は本編を書こうと思ったのですが、その前にもう1本自援SSを書くつもりです。
年内に出せるかなぁ……(;^ω^)




