変態日本グルメ事情―現代捕鯨事始め編―
「引っ越し祝いだ! 思う存分食ってくれ!」
「「「ゴチになりまーす!」」」
1926年1月某日。
永田町の新築ビルディングでは、内閣調査部の引っ越し祝いが開催されていた。
「くじらステーキうまー!」
「くじらベーコンが美味すぎるっ!」
「くじらコロッケもいいぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」
鯨料理に舌鼓を打つモブたち。
生前は縁が無かった料理を思う存分に貪り食う。
「……いやぁ、食った食った。こんなに鯨肉食べたの初めてだよ」
「高嶺の花だったのも頷けるなぁ。だって、こんなに美味いんだもん」
「魚肉と普通の肉との中間みたいな感じ? とても新鮮だわぁ」
モブの感想を聞いた瞬間、平成会千葉県人会の会長は勝利を確信する。
引っ越し祝いに乱入したのは純粋に善意だけではない。彼なりの打算があった。
「さて、食ったからには協力してもらおうか。なに、ちょっと便宜をはかってもらうだけだ」
「そういうことは食う前に言ってくれよ……」
ニヤリと笑う県人会長。
それを聞いた内閣調査部のモブたちがゲンナリとした表情となる。
「我々、鯨食普及委員会は日常の食卓に鯨肉を普及させるのがモットーだ。現在の千葉では鯨肉レストランが続々開店している。これを全国レベルに広めようとというのだよっ!」
鯨食普及委員会は平成会千葉県人会の一派である。
その名の通りの集団であり、この世界の日本の食卓を鯨肉で埋め尽くすべく暗躍する狂信者集団でもあった。
「だが、このままでは日本の捕鯨は立ち行かなくなる。そうなる前に手を打つ必要があるのだ」
不敵な笑みから一転、県人会長(兼鯨食普及委員会会長)は深刻な表情となる。
彼はただの鯨肉ジャンキーではない。日本の捕鯨を真剣に憂いていた。
この時代の捕鯨は日本近海で行われていたが、乱獲による資源の枯渇が急速に進んでいた。鯨の成長が遅いこともあって、こればかりはどうしようもない。
問題は史実同様に鯨漁取締規則が公布されたことであった。
全国の捕鯨船の総量は規制され、年間の漁獲量にも制限が付けられた。
「我々は独自に調査しているが、沿岸で獲れるツチクジラとゴンドウクジラの頭数は年々減少している。このままだと日本近海で獲れるクジラも先は長くないだろう」
鯨漁取締規則が資源保護と過当競争防止のために設けられたことは言うまでも無いが、現状の規制は不十分であった。捕鯨船の数が減っても、1隻あたりの漁獲量が増えたら意味が無いのである。
『そもそも、日本の捕鯨は世界に誇る文化で……』
『鯨油を採るしか能のない白人どもとは違う! 日本の捕鯨に余すところなど無い!』
『ナガスクジラの刺身を食ってみろ。飛ぶぞ?』
その後も滔々とクジラ愛を説く県人会長。
内閣調査部のモブたちは、ただただ圧倒されたのであった。
「……南氷洋での捕鯨を認めて欲しい?」
「うむ。後藤新平の懐刀と噂される内閣調査部なら容易いことだろう?」
1時間後。
モブたちが死屍累々となった室内で、内閣調査部の部長と県人会長が話を詰めていた。
「南氷洋での捕鯨は戦前もやっていた。時期的にはちと早いが不可能ではないはずだ」
「分かった。後藤さんに掛け合ってみよう。タンパク質確保の大義名分があるから理解は得られるだろう」
史実における南氷洋捕鯨は1934年に日本捕鯨がノルウェーの捕鯨母船『アンタークチック』を購入して図南丸と改名、南極海でのシロナガスクジラ捕鯨を行ったのが嚆矢とされる。
当時の捕鯨は鯨油の採取が目的であった。
1910~1950年代の日本においては、鯨油は生糸と並ぶ重要な輸出品で貴重な外貨獲得源だったのである。
鯨油はマッコウクジラに代表されるハクジラから採取されるマッコウ油と、シロナガスクジラに代表されるヒゲクジラから採取されるナガス油に大別される。マッコウ油は人間には消化できない成分を含むため主に工業用途に、ナガス油は食用を含め幅広く利用された。
鯨肉がメインの史実21世紀の捕鯨からは考えられないことであるが、これには冷凍技術の未発達などやむを得ない事情もあった。当時の捕鯨母船に満足な鯨肉加工設備が無かったというのもある。
「史実では鯨油優先だったが、うちは鯨肉優先で行く。そもそも、この世界の日本だと需要が無いからな!」
しかし、鯨食普及委員会は鯨肉メインで捕鯨をする気満々であった。
歴史を知っているモブからすれば、鯨油は石油に代替されるシロモノでしかない。
この世界の日本が世界有数の産油国であったことも鯨油軽視に拍車をかけていた。空になったタンクのバラスト替わりにはなるので、鯨油は採れるなら採るつもりではいたが。
「あとは船だ! これはデカいほど良い。改装はうちでやるから最悪ドンガラだけでも良いぞ!」
「無茶を言ってくれるな……」
ここまで図々しいと、いっそすがすがしい。
傍観者に徹することが出来れば、であるが。
(逆に考えるんだ。押し付けちゃえば良いんだって考えるんだ)
頭を抱えた内閣調査部長であったが、その瞬間に脳裏に髭面の紳士が降臨する。
それはまさに天啓であった。
「……デカければ文句は無いな?」
「おぅ! デカイに越したことないぞ!」
深く考えずに脊椎反射で返答してしまう。
とはいえ、捕鯨母船が大きいに越したことは無い。
「……ドンガラだけでも問題無いんだな?」
「俺の地元には捕鯨基地があるからな。船の改造はドンと来いだぜ!」
県人会長の地元は南房総の和田町(現南房総市)である。
史実では関東で唯一の捕鯨基地が存在する場所であり、獲れた鯨を出す鯨料理屋が多いことでも有名であった。
この世界では、県人会の暗躍で造船可能なドックが併設されていた。
腕利きの船大工を多数擁しているので、オンボロ船を新造船同様に整備することも不可能ではない。エンジンが無くても、捕鯨船のエンジン絡みで船舶用エンジンメーカーとも付き合いがあるので調達すれば据え付けるだけで事足りる。
「……なら、ちょうど良い船が横須賀にあるぞ」
「本当か!?」
普通に考えれば、話が上手すぎて逆に疑いそうなものであるが。
内閣調査部長の微妙な笑みに最後まで気付くことが出来なかった。
「モノがモノだけに、ノンクレームノンリターンだが良いか?」
「ロンモチよぉ! いやぁ、言ってみるものだな!」
後の阿鼻叫喚を回避するには、これが最後のチャンスであった。
ゴネ得を狙ったが故の自業自得としか言いようが無い。
「輸送手段もそっちもちだぞ。取りに来るなら事前に連絡をくれ」
「分かってるって! じゃあ、頼んだぞ!」
意気揚々と引き揚げていくいく県人会長。
その背中を内閣調査部長は生暖かい笑みを浮かべて見守ったのである。
「「「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」」」
神奈川県の横須賀海軍工廠。
その5号ドックで、鯨食普及委員会のモブたちは悲鳴をあげていた。
彼らが絶叫している理由は目の前に転がる巨大な船体であった。
船台から転げ落ちており、船体のあちこちに損傷と錆が発生していた。
「ど、どどどどーすんですか会長!?」
「お、お落ち着け!? まだ慌てる時間じゃない!」
「会長が一番慌ててるじゃないですかっ!?」
確かにデカい船が良いとは言った。
修理出来るから、エンジン無しのドンガラでも良いとも言った。
(だからって、これは無いだろう!?)
心の中で絶叫する県人会長。
あの時の自分を全力でぶん殴りたい心境であったが、もはやどうにもならない。後悔先に立たずとは、よく言ったものである。
ドックに転がっていたのは、長門級3番艦『尾張』になるはずのモノであった。
本来ならばとっくに就役しているはずだったのであるが、進水式を目前に控えていたところで関東大震災に被災して船台から落下。船体に無視出来ないダメージを受けていた。
海軍内部の主流派――いわゆる戦艦派は船体を修理して就役させることを強く主張したが、2年前に締結されたロンドン海軍軍縮会議は戦艦建造の逆風となった。
1924年から10年間、新規の戦艦の建造を禁止するのがロンドン海軍軍縮会議の骨子である。『フソウショック』によって発生した列強間の建艦競争を掣肘するべく、英国の呼びかけによって実現していた。
尾張は軍縮条約発効前に起工していたので建造を続行すること自体に何ら問題は無かった。しかし……。
『そんな金があるなら駆逐艦を建造するべきだ!』
『広大な領海を守るのには1隻の戦艦よりも10隻の駆逐艦が必要だ!』
『酸素魚雷は一撃必殺! 戦艦なんぞお呼びじゃねぇんだよっ!』
帝国海軍は従来の艦隊決戦思想から、シーレーン防衛へと戦略を転換しつつあった。新型駆逐艦(史実特型)の配備で鼻息が荒い水雷屋の猛反対で建造は頓挫してしまったのである。
『あれを流用すれば有力な空母にならないだろうか?』
『魅力的な提案ではあるが、最初から空母として設計したほうが使い勝手の良い空母になると思うぞ』
『損傷が激しいのも気になる。空母に改装するとなると、かなりの戻り工程が出てしまうし。一から作ったほうが安上がりだろう』
空母マフィアが再利用を検討したが、費用対効果の観点から実現しなかった。
既に世界初の本格的空母として『鳳翔』が就役しており、運用データを活用して本格的な正規空母である『飛龍』の設計も進んでいた。船体の修理費用に改装費用が加わることを考慮すれば、飛龍の建造に専念したほうが良いのは自明の理であろう。
最終的に修理不能と判定されて解体されることが決定したのであるが、費用の折り合いがつかずに解体は延期されていた。そこにカモネギでやってきたのが、鯨食普及委員会のモブたちだったと言うわけである。
「とりあえず船体を調査しろ。まずは浮かせることだけを考えろっ!」
「りょ、了解です……」
ノンクレームノンリターンなので、受け取り拒否という選択肢は存在しない。
横倒しとなった船体に、モブたちはおっかなびっくり潜入していく。
「ドックに注水して船体を元に戻すとか無茶ですよ!?」
上司の無茶ぶりに異議を唱える技術モブ。
横倒しになった艦内の調査は一向に進まず、引き渡しの最終期限は刻々と迫っている。業を煮やした県人会長が思いついたのが、ドックへの注水であった。
「昔の軍艦は90度傾いても復元出来たらしい。今は船体だけで上部構造物が無いから、重心がさらに下がって復元力も上がっているはずだ!」
「甲板の開口部から水が流入して沈没しかねませんよ!?」
「船体が水平になりさえすれば良い! 横倒しのままだと調査が進まんし、引き取り期限に間に合わんぞ!?」
県人会長は自分のアイデアに自信を持っていた。
特に根拠は無いが、間違いなく上手くいくと信じていたのである。
「ちんたら注水してたら、船体に水が入り過ぎて浮かなくなる。ポンプ出力を上げろ!」
「了解。ポンプ出力最大っ!」
「ドック内水位上昇中……あっ、船体が浮きました!?」
「「「おおおおおおお!?」」」
1週間後。
注水された5号ドック内では、船体の浮揚に成功していた。上部構造物の無い船体だけとはいえ、さすがは長門級の3番艦。その迫力はタンカーとは比較にならない。
「船体、水平に戻りました!」
「水位下げます! ドック内排水開始!」
船体が水平になったところでドック内が排水される。
水位が低下すると同時に船体も下がっていく。
「ポンプ出力を絞れ! 出力25%!」
「着底するぞ。衝撃に備えろ!」
ドック内に響き渡る重低音。
船体がドックに着底した瞬間であった。
「よーし、今のうちに写真を撮っておけ! 今なら浸水箇所が丸わかりだぞ!」
「「「了解!」」」
ドック内が完全に排水されると、水平に着底した船体が現れる。
船内に残った水が船体のあちこちから噴き出しており、浸水箇所が丸わかりであった。
「1週間もあれば、ドックから出せるそうです」
「意外と早いな!?」
報告を受けた県人会長は驚いていた。
もっと日数がかかるものかと思っていたのである。
「応急処置で穴を塞ぐだけですからね。ただ……」
報告を持ってきたモブは、船体をチラりと見やる。
鉄板を溶接しているのか、真昼間だというのにあちこちから火花が飛んでいた。
「……こんなデカブツ、うちのドックには収まりませんよ?」
地元の捕鯨基地に併設されたドックは、民間用として有数の大きさを誇る。
しかし、目の前に鎮座する元戦艦を収容することなど到底不可能であった。
全長250mに達する船体を収容出来るドックは民間には存在しない。
あるとすれば、史実で戦艦『武蔵』を建造した三菱の長崎造船所くらいであろう。
「心配すんな。アテはある! あの銭ゲバに頭を下げるのは気に食わんが、毒を食らわば皿までよ!」
「なんか、猛烈に不安になってきたのですが……」
しかし、県人会長は心配していなかった。
この世界の日本には戦艦を収容出来る民間の造船所が存在していたのである。
「注水完了。ゲートオープン!」
「ゲート開きます!」
「曳航ロープの張りに気を付けてくれ。デカブツで重いから、ちょっとしたことで切れかねんぞ!」
1926年2月上旬。
応急処置が完了した『尾張になるはずだったモノ』は、タグボートに曳かれてゆっくりと5号ドックを出ていった。
「会長、なにやら上空が騒がしいんですけど!?」
「ブン屋のオートジャイロだろ。ほうっておけ」
東京湾に出るや否や、オートジャイロに張り付かれる。
腐っても長門級の3番艦。動けば目立つことこの上ない。
こちら側は曳舟に過ぎないので、一度発見されたら逃げようがない。
県人会長のように開き直るのが賢明と言えよう。
『あのバカ、余計なモノまで連れてきやがって!?』
上空のオートジャイロに、記者が同乗する多数の漁船。
その様子を見た『銭ゲバ』が激怒したのは言うまでも無いことであった。
「うちのドックに戦艦がやってくる日が来るとは……」
「正確には戦艦のなり損ないだがな」
「もったいない話だよなぁ。史実の日本だったら意地でも戦艦として完成させてただろうに」
福井県の若狭湾に面する平成造船所。
その第3ドックに長門級3番艦になるはずだった船体が収容されていた。
全長250mに達する船体であったが、ドックのスペースにはまだ余裕があった。それもそのはずで、このドックのサイズは長さ350m、幅65m、深さ15mという当時の民間造船所ではありえないサイズだったからである。
これを超えるのは、横須賀海軍工廠の第6ドック(長さ366m、幅67.5m、深さ17m)のみ。もっとも、この世界ではまだ建設されていないし、そもそも建設されるかも疑問ではあったが。
「……それでは今回の案件について説明させていただきます」
船体がドックに収容されたのと同時刻。
平成造船所の会議室では、船体の改造についての説明が行われていた。
「まずは機関の選定です。コイツはドンガラで何もついていないので。適当なエンジンあります? もちろん燃費重視です」
「そういうことならディーゼル一択だな。うちは潜水艦を建造してるから、それ用のエンジンには困らないぞ」
平成造船の技術モブは、迷わずディーゼル推しをする。
海軍から呂号潜を多数受注しており、民間向けの船舶も手掛けているのでディーゼル機関の扱いには一日の長があった。
「でも、潜水艦用のディーゼルって非力なんじゃ……」
「その分、たくさん積めばいいだろ。図面を見たらスクリュー4軸じゃないか。1軸あたり4基、合計16基積めばそれなりの出力になるだろう」
元が戦艦なので、スクリューは4軸であった。
燃費の観点からは1軸が望ましいのであるが、既に工事済みであったのでそのまま流用することになったのである。
「鯨を引き上げる必要があるので、艦尾はスリップウェイにします。ただし、そのままでは具合が悪いので艦尾の形状は修正する必要があります……こんな感じですね」
千葉県人会の捕鯨モブが図面に線を引く。
艦尾の喫水から30度の傾斜でスリップウェイを書き込んでいく。
「うへぇ、これはだいぶ工数がいるな」
「高速発揮のために艦尾が細くなっているからなぁ。とはいえ、やらないわけにはいかんのだが。はぁ……」
技術モブが渋い顔をしたのは、めんどくさい工事だと察したからであろう。
とはいえ、スリップウェイは捕鯨母船には必須の装備なので避けるわけにはいかなかった。
『これはもう艦後方はほとんど作り直しじゃねーか!?』
『トランサムスターンなら、こんな苦労はないのに。クルーザースターンなんて大嫌いだ!』
実際に工事をしてみると、かなりの難工事となった。
しかし、この時の経験が水上機母艦や強襲揚陸艦などの建造に役立つことになる。
「……艦後方から中央部にかけては鯨肉を加工する工場になります。スリップウェイから引っ張って、そのまま流れ作業で血抜きと解体までやっていきます」
後部砲塔が据え付けられるはずだった場所は、鯨肉の加工工場が設置されることなった。引き揚げられた鯨は、そのまま船上の加工工場に運ばれて鯨肉に加工されることになる。
「艦前方は冷凍倉庫にします。ただの冷凍倉庫ではダメです。マイナス50度以下の超低温冷蔵倉庫が必要になります」
マイナス50度という言葉が発せられた瞬間、室内にどよめきが広がる。
この時代の冷凍倉庫ではありえない温度であった。
「ターボ冷凍機だとマイナス5度程度が限界だぞ!? そんな超低温は無理だ!?」
「アンモニア冷凍機でも厳しいぞ。そもそも、あれを船内で扱うのは危なすぎるし……」
「そこまでする必要があるのか? 凍ればみんないっしょだろうに」
平成造船の技術モブたちは否定的な意見が大半であった。
なまじ冷凍輸送用の船舶の経験はあったからこそ、現状の技術では無理であることを理解していた。
「美味しい鯨肉を食卓に届けるには、これは絶対に譲れません! ナガス鯨の刺身は急速冷凍が無いと実現出来ないんです!」
しかし、捕鯨モブは頑なであった。
美味しい鯨肉のためには、超低温冷蔵倉庫は必要不可欠。こればかりは譲れない。
(こいつらを説得しないことには、美味しい鯨肉を食卓に届けられない。どうしたものか……)
目の前の連中をやる気にさせないと、美味しい鯨肉を食べることは出来ない。
否定的な空気が支配する中で捕鯨モブは必死に考える。
「……将来の冷凍マグロにも必須技術ですよ? 」
考えに考えた結果が、出てきた言葉がこれである。
しかし、その効果は激烈であった。
「美味しいマグロのためには頑張るしかないな!」
「回転ずし食べたい……」
「鉄火丼も良いよな」
マグロと聞いて俄然やる気となった技術モブ。
鯨肉とマグロのどちらを取るかなんて、転生者には聞くまでも無い。
「大阪金属工業所に新しい冷凍機の開発を依頼しよう!」
「これは将来の投資だからな。多少の出費は致し方ないな」
こと食い物が絡むと日本人は全力を出す国民性である。
平成会から資金と技術の提供を受けた大阪金属工業所は、フロンを冷媒にした超低温冷凍機を開発することになる。
「……話を戻しますが、艦内に鯨油タンクを設置します。うちは鯨肉メインなので重視はしてないのですが、それなりに需要はありますし。捨てるのはもったいないですからね」
何事も無かったように話を進める捕鯨モブ。
目がすわっているのは気のせいであろう。日本の食卓からマグロを駆逐して鯨肉をスタンダードにするとか、そんなことは考えていないはずである。多分。
ちなみに、この場合の鯨油はマッコウ油を指す。
マッコウ油にはワックスやエステルなど人間には消化できない成分が含まれており、機械用潤滑油や農業用資材などの需要が存在していた。
分厚い皮下脂肪層からの採取が中心となるが、骨や内臓も原料になる。
ただし、日本の捕鯨は鯨細工の需要があるので骨は除外される。
内臓も含めた筋肉も食用となるので、鯨油を採取するのはマッコウクジラを捕鯨したときのみ。それも皮下脂肪からしか採らないので、史実よりも採取出来る鯨油は少量になってしまうのである。
「そういうことならば、加工工場の真下にタンクを置くか」
「本来ならボイラーを置く空間だけど、ディーゼルだから問題無いな」
「だいぶスペースが余るなぁ。残りは居住空間と予備の倉庫にするか」
意見が出尽くしたので、技術モブが設計を詰めていく。
しかし、目の前に出現したのは史実のソレとは異なる光景であった。
極論すれば、設計という仕事は計算の積み重ねに尽きる。
であるならば、どうしても計算機が必要となる。この時代ならば、計算尺かタイガー計算機がせいぜいなのであるが……。
「……と、すると数字はこんなもんか。ぽん、ぽん、ぽんっとな」
数字が配列されたボタン群――史実で言うところのテンキーで数字入力をすると、目の前の蛍光表示管に瞬時に数字が表示される。
「電卓に比べると使いづらいな」
「電卓だと一瞬で数字が出たけど、コイツは数舜って感じだよな」
「文句言うな。タイガー計算機を使うか?」
「あれは勘弁してくれ。ハンドル回し過ぎて筋肉痛になっちまった思い出が……」
技術モブたちが扱っているのは平成会の技術陣が試作した電子計算機であった。
蛍光表示管を使った画期的なシロモノであるが、その実態は電卓以外の何物でもない。
VFDは、原理的には3極真空管の一種と言える。
真空管よりも小型軽量で省電力、発熱も無いと良い事尽くめ。寿命も10万時間は使用に耐える。事実上、玉切れは無いも同然であった。
この画期的な計算機は、関東大震災の復興計画作成に使用された。
旧式化はしていたが、もったいないので現在は平成造船で役立てられていたのである
電子計算機によって面倒な計算作業を短縮した結果、わずか1週間で設計作業は完了。大規模な改装を受けることになった長門級3番艦だったモノは、元が戦艦だとは思えないほどの変貌を遂げることになる。
「……どうも南氷洋の気象は想定以上に激しいらしい。従来の船では厳しいだろうな」
「とすると、キャッチャーボートも新造する必要がありますね」
南房総和田町の捕鯨基地。
隣接する造船所では、技術モブたちが新たなキャッチャーボートを構想中であった。
キャッチャーボートは鯨を探知し、忍び寄って仕留める。
仕留めた鯨を捕鯨母船まで引っ張ってくるまでがお仕事である。
日本近海と比べれば、地球上で最も過酷で寒冷な南氷洋は別世界と言える。
これまでの捕鯨で使用してきたキャッチャーボートでは、満足に捕鯨を行えない可能性が高かった。
「船体は大型化する必要があるな」
「大波に耐えるには大きいに越したことありませんからね」
「居住性を向上させるためにも大型化は必須でしょう」
キャッチャーボートを大型化することについては異論は出なかった。
南氷洋の厳しい環境に対応するためには対候性と居住性の向上は必須であり、そのためには大型化は避けられない。その場にいる技術モブたちの共通認識であった。
「かといって、大型化し過ぎて鯨を追えなくなるのは本末転倒ですよ?」
「パワーのあるエンジンがいるな。今までの焼玉エンジンだと非力過ぎる」
「理想はディーゼルだろうが振動と騒音が酷い。クジラが逃げちまうぞ」
船体が大型化することで低下する運動性は強力なエンジンで補えば良いが、強力なエンジンは相応に喧しい。従来型のキャッチャーボートが非力な焼玉エンジンを積んでいたのは、エンジン音が静かで鯨に接近しても気付かれにくいメリットが存在したからである。
「デルティックがあれば良いんだけどなぁ。あれは捻じれ振動が発生しないから騒音対策さえ出来れば理想なのだが」
「あんな変態英国面エンジンがこの時代に実現出来るわけないだろ」
「仮にあったとしても、まず整備が出来ないかと……」
史実の英国が世界に誇る変態エンジンがデルティックである。
三つの直列対向ピストンエンジンを三角形に組み合わせたシロモノであり、その動きはグロテスクに尽きる。
しかし、デルティックは小型軽量でハイパワーであった。
各バンク間で振動を打ち消すので捻じれ振動が発生しないという特性もあり、掃海艇のエンジンとしては理想とまで言われていた。
技術モブたちが知る由は無かったのであるが、この世界では既にデルティックは実用化されていた。もっとも、彼らがそれを知るには今しばらくの時間が必要であったが。内房線に現れた長大編成のソレを見て彼らは驚愕することになる。
「……潜水艦のエンジンならばどうだ?」
「そういえば、母船にも潜水艦のエンジンを積むって言ってましたよ」
「故障したときに部品の融通が利くのはメリットかと」
「福井の連中に問い合わせてみましょう」
あーだこーだと悩んだあげく、最終的に選ばれたのは呂号潜水艦のエンジンであった。軍用なので信頼性は高いし、パワーもある。何よりも、福井で建造中の捕鯨母船にも搭載されることが決定打となった。
史実の捕鯨でも潜水艦のエンジンが使用されたことがある。
戦後の物資窮乏の日本は、タンパク質確保のために捕鯨船団を急遽整備する必要に迫られた。軍艦は残存していたが、蒸気タービンは捕鯨船には使えない。やむなく潜水艦のエンジンを載せて使っていた。
しかし、潜水艦のエンジンは南氷洋の荒波には厳しく故障を頻発した。
潜水艦用のエンジンなのに、やたらと煩いのも乗組員からは不評であった。
日本海軍の潜水艦はUボートなどに比して大型の艦が多かった。
当然ながら、機動性を確保するために必要な馬力は大きくなる。出力を上げるために無理な設計になってしまったことが信頼性を損ねてしまっていた。
史実とは異なり、この世界の潜水艦のエンジンはそのようなことは無かった。
英国のL級潜水艦のベースに三菱神戸造船所が開発した三毘式ディーゼルは、高い信頼性を誇っていたのである。
「騒音に関しては、エンジンのマウントを工夫するしかないな」
「遮音材も大量に用意する必要がありますね」
騒音に関しては、正攻法で対応することになった。
防振ゴムやスプリングを多用したエンジンマウントや、エンジンルームを大量の遮音材で包むなどして低騒音化を達成することになる。
「南氷洋だと探鯨機も必須になるな」
「これまでは近海で鯨の居場所もある程度推測出来ましたが、南氷洋は未知の場所ですからね」
「急ぎ試作品を作る必要がありますね」
低騒音化は鯨に接近を気付かれにくくすることだけでない。
探鯨機の精度を上げる目的もあった。
漁船で魚を探す際は、一般的にソナーを使用する。
海中に向けて超音波を発し、魚群に反射して戻ってくる信号で獲物までの距離を探知することが出来る。
単独で泳ぐ大きなクジラは一般的なソナーでは感知できない。
そこで必要になってくるのが探鯨機である。
鯨探機の動作原理はソナーと大差無い。
反射した超音波を人間の耳で聴きとれる音に変換して判別する。
鯨は敏感な動物であり、探鯨機の発するその微細な音波に反応する。
反応したクジラを追いかけるように捕獲しようとすれば、クジラと捕鯨船の消耗戦になってしまう。
鯨に気付かれないようにするには、探鯨機の出力を絞る必要がある。
そのためには可能な限り鯨に接近する必要が出てくる。接近すれば気付かれやすくなるので、騒音を低減する必要が出てくるわけである。
「アクティブソナーを流用するのが一番手っ取り早いんだが、この時代にあったっけ?」
「あるわけないだろ。航海用レーダーすら普及していないんだぞ」
探鯨機の開発は初っ端から暗礁に乗り上げることになった。
開発の参考にしようにも、この時代にアクティブソナーを搭載している民間船など存在しない。では、どうするか?
「福井の連中から駆逐艦用の水中探信儀を借りて来たけど……すごく、大きいです」
「こんなのデカすぎてキャッチャーボートに搭載出来るわけないだろ!?」
答えは『軍用のアクティブソナーを持って来る』である。
いくら探鯨機の開発のためとはいえ、危ない橋を渡るどころではない。海軍の怖さを知っているこの時代の人間ならば、絶対にやらない蛮勇と言えよう。
「しかも、軍用だからやたらと扱いが煩雑だし。無駄な機能が多すぎるのもなぁ……」
「そのまま流用してバレたら、海軍から大目玉だろうなぁ」
「大目玉で済むか? 最悪豚箱行きだぞ?」
しかし、駆逐艦とキャッチャーボートではサイズが違い過ぎて流用出来なかった。仮に流用出来たとしても無駄な機能が多すぎるし、コスト的にも実現不可能であった。
結局は水中探信儀の構造を解析するのみにとどめられた。
手探りで探鯨機の開発を余儀なくされた捕鯨モブたちは、必要な性能の確保と搭載スペースの制約に苦しむことになる。
『逆に考えるんだ。駆逐艦サイズのキャッチャーボートに積んで大出力で鯨を殴っても良いと考えるんだ』
『おいバカやめろ!? それって、史実の低周波ソナーじゃねぇか!?』
『環境保護団体を敵に回してしまうぞ!?』
『誰かコイツをつまみだせーっ!?』
結果的に探鯨機の開発は遅れに遅れることになった。
酒の席でも探鯨機の話題が尽きなかったというから、当時の捕鯨モブたちがどれほど苦心していたか分かる。
探鯨機が完成したのは1年後のことであった。
動作良好なことを確認すると、ただちに新型キャッチャーボートに搭載されたのは言うまでも無い。
1927年の夏になると、母船式遠距離捕鯨の形態で日本近海で捕鯨を実施した。南氷洋での捕鯨の準備は着々と整えられていったのである。
「……」
目を閉じたままヘッドホンに手をやる鯨探士。
それこそ、全身全霊の神経を聴覚に集中させる。
「……反応あり。まだ気づかれていない」
やがて探鯨機から音が聞こえてくる。
鯨の状態をどれだけ把握出来るのかが鯨探士の腕の見せ所である。
『反応あり。各船は監視を強化しろ』
『エンジン出力を絞れ。音を立てるな』
『潮吹きを見逃すなよ! いつでも捕鯨砲を撃てるように準備しておけ!』
キャッチャーボート間で無線が飛び交う。
鯨に気付かれないように、細心の注意をはらって包囲網を狭めていく。
「潮吹きが見えたぞ!」
キャッチャーボートの乗組員が大声をあげる。
荒天にもかかわらず、彼は数km先の鯨の潮吹きを視認していたのである。
「頼むぞ! 一発で仕留めてくれ!」
「おぉよっ!」
船首では砲手がスタンバっていた。
オープンサイトを睨みながら撃発装置に指を伸ばす。
(まだ……まだ早い……)
砲手はタイミングをはかっていた。
鯨の遊泳速度は種類によってはかなりの高速であり、潜行と浮上を繰り返す。これを的確に把握して命中させることはかなりの熟練が必要となる。
鯨体の利用価値を損なわないためには、極力初弾でクジラの急所かつ部位に着弾させる必要がある。高い技量が要求されるため、砲手は専任であることが通例であった。
(……今っ!)
鯨が浮上して海面に出てくるタイミングを見切ってトリガーを引く。
その瞬間、75mm捕鯨砲が火を噴いた。
高速で射出された平頭銛は、見事にシロナガスクジラの頭を撃ち抜いた。
いかな巨体でも頭部を狙われたらひとたまりも無い。もちろん即死であった。
「よーし、引っ張れ―!」
「ウィンチ上げまーす!」
捕獲された鯨は捕鯨母船へ引き渡される。
船尾のスリップウェイから母船内に引き上げられるのである。
捕鯨母船『第一平成丸』は、スリップウェイの半ばから屋内になっている。
南氷洋の激しい気候から乗組員を保護するためであることは言うまでも無い。
「よーし、来たぞ来たぞっ!」
「おまえら、得物の準備は出来たかぁ!?」
スリップウェイのすぐ後ろは鯨を解体するスペースとなる。
まな板のような床が敷かれており、解体する職人が鯨包丁を片手に待ち受けていた。
「おらぁっ!」
大きな鯨包丁で鯨の尾を切り落とす。
包丁とは名ばかりで、その見た目は青竜偃月刀に近い。
「このやろっ! このやろっ!」
その横では脇腹に小さめの鯨包丁を入れていた。
こちらも包丁というよりも、その見た目はマチェットや鉈に近い。
皮を剥いだあとは肉をブロックごとに切り分けていく。
種類も大きさも違えども同じ鯨である。熟練の職人によって鮮やかに解体されていく。
「ナガスクジラは初めてだが、こいつは良い肉だな」
「史実だと大半は捨ててたらしい。もったいない話だ」
「この時代は冷凍技術が未熟でしたからね。しょうがないですよ」
解体スペースのすぐ後ろは加工工場になっている。
肉の質や脂の乗り方、部位などを鯨肉の目利きたちがチェックしてパッキングしていく。
「さ、寒いぃぃぃぃ!?」
「アホかお前。冷凍倉庫に防寒着無しで入るやつがどこにいる」
パッキングされた鯨肉は冷凍倉庫で凍結、冷凍保管される。
新鮮な鯨肉として流通させるためには、マイナス50度以下の瞬間凍結は必要不可欠と言える。
「骨もこれだけ集まると壮観というかなんというか……」
「普段なら捨てるんだが、無駄に広いおかげで持って帰れるな」
「これはこれで需要があるからな」
解体されて残った骨は空きスペースに放り込まれた。
鯨細工などに需要が期待出来たからである。
『シロナガスクジラの骨格標本を作らせてくれ!』
『世界最大の哺乳類の骨格標本は学術的にも貴重だ。ぜひ協力をお願いしたい』
変わったところでは博物館からの需要があった。
世界最大の哺乳類であることの希少性から、骨格標本にすれば客を呼べると考えたのであろう。もちろん、純粋に学術目的もあるだろうが。
「……それにしてもここは天国だよなぁ」
「風呂にも入れるしな」
捕鯨後の母船による補給はキャッチャーボートの乗組員の楽しみの一つと言っても良い。燃料や食料の補給はもちろんのこと、母船での休養は何にも代えがたいものであった。
総トン数4万2300t、載貨重量5万6000tの『第一平成丸』は捕鯨母船としては破格の大きさであった。
史実における同世代の捕鯨母船『日新丸』が総トン数1万6800t、載貨重量2万2190tであるから圧倒的である。
「部屋なんて個室にベッドだぜ? 以前では考えられないよな」
「無駄にデカいだけだと思っていたけど、これなら文句ないな」
「快適過ぎて戻れなくなりそうでなぁ……」
建造当初は乗組員から『無駄にデカい』だの『デクノボー』扱いされた本級であるが、その恩恵を受けられると評価は一変することになった。その巨体は南氷洋の波浪にビクともせず、個室ベッドの完備と相まって『尾張御殿』と呼ばれることになる。
「捕鯨母船から給油を受けることになるとはな」
「なんでも出来るなあの船」
「捕鯨母船だけでなくタンカーの真似事まで出来るとかチートだろ……」
無駄にデカい船体は大量の燃料を搭載することが出来た。
おかげで、船団はタンカーの同伴無しで長期間の捕鯨に従事することが可能であった。
ちなみに、捕鯨船団の構成はさまざまなものがあった。
史実の最盛期の代表例として日新丸船団の場合は次の通りとなる。
・捕鯨母船日新丸
・付属捕鯨船12隻
・鯨肉冷凍工船3隻
・冷凍鯨肉運搬船6隻(延べ隻数)
・タンカー
総計で数万トンに達する大船団であった。
捕鯨母船としての機能だけでなく、鯨肉冷凍工船、冷凍鯨肉運搬船、タンカーまで兼ねる『第一平成丸』のチートっぷりが分かろうというものである。
第一平成丸船団は、1927年11月から翌年の3月まで南氷洋での捕鯨に従事した。最初の母船式遠距離捕鯨ということで不安もあったものの、目立った事故は起きなかった。入念な下調べと準備が功を奏したと言えよう。
「こんなに美味しいのに売れないなんておかしいだろ!? これはCIAの陰謀だ!」
「この世界にはCIAは無いだろ……無いよな?」
「世の中陰謀で片付けられたら楽なのだが。そういうわけにもいかん。まずは状況を把握するべきだろう」
1928年4月下旬。
鯨食普及委員会のモブたちは頭を抱えていた。
自信満々で売り出した鯨肉であったが、まったく売れなかった。
冷凍倉庫は船団が獲ってきた鯨肉でが溢れかえっていたのである。
「うちの傘下の鯨食レストランの売り上げは落ちていません。むしろ売り上げ自体は上がっています」
「じゃあなんで鯨肉が余るんだよ?」
「鯨肉レストラン以外で売れていないんです。現在の鯨肉人気は千葉県限定みたいになってます」
鯨肉が売れない原因は知名度の低さにあった。
千葉県内ではそれなりに有名になりつつあったが、他県では存在すら知られていなかった。
日本の捕鯨が産業化したのは江戸時代とされる。
当時は輸送手段も冷凍技術も発達しておらず、肉や皮は塩漬けにして消費地に出荷されていた。残った内臓類は地元で消費された。
そんな状況であるから、鯨肉は地方よりも都市部で受け入れられていた。
地方で鯨肉を食べれる機会は捕鯨する村や町での地産地消に限られていた。それを千葉県内全域にまで広めたのだから大したものと言える。現状打開には全く役立っていなかったのであるが。
「値段が割高なのも問題です。牛肉はともかく、豚肉よりも高い現状では食卓に並ぶのは難しいでしょう」
「それについては鯨を捕りまくれば済むことだろう? 今回はウォーミングアップに過ぎん。次回はもっと多量に獲れるから値段も下げられる」
「その前に目の前の在庫をどうにかする必要がありますよ。冷凍倉庫に入りきらない状況なんです」
鯨肉が流行らない原因は販売価格にもあった。
モブたちは強気の値段設定をしてしまったのは、生前の高級食材のイメージから抜けられなかったからであろう。
「ブランドイメージを下げるからやりたくないが、安値で放出するか……」
「宣伝費用として割り切りましょう。味を覚えてリピーターになってくれれば元は取れます」
鯨肉がいかに美味しかろうと、まずは味を覚えてくれないことにはどうにもならない。そのためにも、宣伝も兼ねて鯨肉を安価で放出する――これが鯨食普及委員会の結論であった。
「た、大変です。これを見てください!?」
しかし、その目論見は数日も経たなないうちに破綻することになった。
モブが持って来た新聞には、とんでもないことが記されていたのである。
「か、韓牛だとぅ!?」
「史実のアメリカンビーフかよ!?」
「国産牛の半値近くとか、価格破壊ってレベルじゃねーぞ!?」
新聞には大韓帝国産の牛肉の輸入が本格化することが書かれていた。
それも国産牛の半値という、とんでもない価格破壊であった。
『韓牛許すまじっ!』
『国内の畜産業者を殺す気か!?』
『後藤首相は即刻退陣しろーっ!』
韓牛の輸入本格化は死刑宣告に等しいものだった
当然ながら、国内の畜産業者から猛反発を受けることになったのであるが……。
『物価高のご時世で助かるわぁ!』
『世界恐慌の救世主よ!』
『安くて美味しい韓牛最高ですぅっ!』
それ以上に奥さまたちの支持を受けることになった。
前年10月にアメリカで発生した世界恐慌は日本経済に悪影響を与えており、物価高で食卓からタンパク質が消滅する危機的状況であった。そんな中で安価に入手可能となった韓牛は文字通りの救いの神だったのである。
『韓牛に値段で対抗するのは無謀だな』
『うちらは量よりも質で勝負するべきだろう』
『史実のブランド牛ですね。わかります』
この状況に際して、いち早く反応したのが各県の平成会であった。
ブランド化を強力に推し進め、高級化と差別化で対抗した。史実のアメリカンビーフの事例に倣ったのである。
『量より質か。その考えは無かった……』
『だが、現状では最も有効な選択だろう』
『いつも変なことやってるかと思ったが、意外と先を見ていたんだな……』
この動きに平成会以外の畜産業者も同調していった。
史実よりも早期に黒部和牛や神戸牛、黒豚などのブランドが成立することになる。
『価格を下げたのに何で売れないんだ!?』
『どうも韓牛のほうに需要が流れているようです』
『何故だぁぁぁぁっ!?』
その結果、鯨肉は珍味扱いに甘んじることになった。
韓牛のように価格に特化出来ず、かといって国産牛豚のようにブランド化も出来ない。鯨肉は食卓から遠ざかるばかりであった。
『鯨肉が売れないのは調理方法が分からないこともあるのではないかと。県内のレストランでは好評ですし……』
『とりあえず平成会の傘下のレストランに売り込むぞ。千葉だけでない、全国のレストランにだっ!』
『まずは味を覚えてもらう必要がありますからね。それに在庫がはけないと出漁出来ませんし』
鯨食普及委員会は飲食店への売り込みに活路を見出した。
その努力の甲斐もあり、レストランや洋食店で鯨肉コロッケや鯨ベーコンの炒飯など定番メニューが出現することになる。
『鯨肉のレシピを作るぞ! その名も鯨肉百珍だっ!』
『ひゃ、百もレシピありましたっけ……?』
『無けりゃ作るんだよ! おぅ早くしなっ!』
鯨食普及委員会はレシピの普及にも力を入れた。
1930年に発行された鯨肉レシピ集『鯨肉百珍』は、物珍しさとイラスト多用の分かりやすさで爆発的に売れてベストセラーになった。鯨肉百珍が売れたことで、鯨肉は食卓に身近なものになったと言える。
『鯨肉って、どっちに置けば良いんだ? 肉か? 魚か?』
『魚に決まっているだろう』
『いや、哺乳類だから肉だろう』
時代と洋の東西を問わず、需要があれば供給が発生する。
鯨肉を小売店で販売するときに混乱が発生することになった。
『魚なの? 肉なの?』
『どっちでもいいから統一してもらわないと不便だわぁ』
史実の鯨肉は昔から魚屋かスーパーの鮮魚コーナーに置かれていた。
この世界でも最初は史実と同じ流れであった。
『本日の目玉の鯨コロッケだよっ!揚げたてだよっ! 寄っておいで!』
『6個もらおうかしら』
『こっちは10個ちょうだいっ!』
しかし、この世界では肉屋でも販売されていた。
肉屋が惣菜の目玉商品として売り出していたからに他ならない。
消費期限の迫った鯨肉を鯨コロッケにすることで無駄無く消費出来る。
肉屋としては鯨肉は畜肉扱いでないと困るわけである。
『昔から魚肉として扱われていたんだから、鮮魚コーナーで良いじゃないか』
『それは宗教上の理由からだろう。今のご時世でそんな縛りはない。魚じゃなくて哺乳類なんだから精肉コーナーに置くべきだっ!』
『貴様、肉屋の回し者かっ!?』
鯨食普及委員会でも意見は真っ二つに割れた。
不毛な論争はいつまでも続くと思われた。しかし……。
『どっちで扱って良いんじゃないっすかねぇ?』
『下手に分けると、業界の恨みを買いそうなんですけど……』
『肉屋も魚屋も敵に回すのは避けたい。食い物の恨みは怖いからな』
最終的に鯨肉は魚肉扱いだが、畜肉としても扱えるという形で妥結することになった。鯨肉は魚屋でも肉屋でも売られる珍しい存在となったのである。
「あいつら、あれだけうちを馬鹿にしてたのに鯨肉にシフトする気か!?」
「鯨油が売れなくなったからって、手のひら返しにも程があるだろ!?」
「無茶な値段で買いたたくのが悪い。いくら有事だからといって、あれは同情するわ……」
1943年5月下旬。
鯨食普及委員会のモブたちは、降ってわいた理不尽に憤っていた。
事の起こりは、同年2月に発生したハワイでの騒動であった。
ハワイ王国の復活を掲げて、ネイティブハワイアンたちが蜂起したのである。
蜂起そのものは短期間に鎮圧された。
それだけならば、特に問題は無かったのであるが……。
『ハワイにおける原住民の蜂起は日本の陰謀である! この卑劣な行動に対し、アメリカ連邦は断固たる措置を取る!』
トロツキーの宣言は世界中に衝撃を与えた。
特に日本にとっては寝耳に水であり、真偽確認と釈明に追われることになった。
対米戦を危惧した日本政府は戦略資源の備蓄を急ぐことになった。
経済封鎖されたときの備えであることは言うまでも無いが、その品目の中に鯨油も存在していた。
鯨油は爆薬の原料になったり、凍結に強い機械用潤滑油になったりと軍用として極めて有用であった。政府が戦争に備えて備蓄に走るのも分からないでもない。国難と称して採算割れな価格での買取を強制しなければ、であるが。
鯨油メインで捕鯨していた同業他社の経営が立ち行かなくなるのは目に見えていた。彼らは生き残りをかけて、鯨肉メインへと切り替えをはかっていたのである。
「それにしても、あいつら鯨肉の加工出来るのかねぇ? 鯨油を採っていたから鯨解体のノウハウはあるだろうが……」
「鯨肉の先達として多少のアドバイスくらいはしてやるべきかもな」
鯨肉に参入してくるだけなら、まだ許せなくもない。
鯨肉普及の一助となってくれるなら、むしろ参入は歓迎すべきことであった。
「仮に戦争になるとすれば、鯨肉の消費に拍車がかかることになるだろうな」
「食卓が鯨肉まみれになる日も近いですね」
「そのためにも捕鯨しまくる必要があるな」
戦争になるかもしれないというのに、モブたちは楽観的であった。
むしろ、戦争に期待すらしていた。
史実第2次大戦時においては、食糧難の英国で鯨肉が代用食として推奨された。
同じ島国である日本で同じことが起こる可能性は充分にあり得ることであった。
「問題はアメリカと戦争になった場合に安全に捕鯨が出来るかだな」
「そこらへんは海軍頼りにするしか無いのでは?」
「戦争中に都合よく南氷洋に派遣出来る戦力があるとは思えんな」
「むしろ海軍に捕鯨船が徴用されるんじゃ……?」
史実の太平洋戦争では、捕鯨船の多くが海軍に徴用された。
特に捕鯨母船は、タンカーや運送船として徴用されて総てが失われていた。モブたちが危惧するのも分からないでもない。
「逆に考えるんだ。徴用されるくらいなら、こちらから改造を申し入れるのだと」
「……こっちで護衛空母を用意して運用してしまえば良いと?」
「徴用されたら海軍の言いなりになるしかないですが、先にこっちで改造してしまえば文句を言われることも無いでしょう」
この時のアイデアによって、後に第一平成丸は正規空母並みの図体を持つ護衛空母として生まれ変わることになった。格納庫は無く露天縛止のみではあったが、正規空母に匹敵する甲板の長さは重宝されることになる。
ちなみに、その外見から捕鯨モブたちは『ちょっと背の高い赤城』と綽名していた。船体構造物の上に甲板を敷いた結果、純日本式の空母な外見を手に入れてしまったのである。
赤城もどきは、見た目はともかく機関が非力なので鈍足であった。
そのため、正規の戦闘機の運用は不可能であった。
代わりに搭載されたのが、既に旧式化していた89式艦戦である。
ゼロ戦に比べて滑走距離が短いので、合成風力が少なくても離陸可能であった。
「独禁法で訴えるとかマジふざけんなよなっ!?」
「さすがに負けることは無いと思いますが……」
「だが、現状で鯨肉の大半を扱っていることは事実なんだ。負けはしなくても勝つことは難しいかもしれん」
「それが狙いでは? ご祝儀替わりに和解金をせしめるつもりなのでしょう」
数か月後。
届いた訴状に鯨食普及委員会のモブたちは激怒することになった。
「あいつらには鯨肉加工技術を教えてやったのに!?」
「教えたってほどじゃないでしょ。ちょっと手ほどきした程度でしょうが」
この一件により、同業他社は平成水産との折り合いが悪くなった。
恩を仇で返すとまではいかないまでも、不義理と言われてもしょうがない行為であろう。
ついでに言えば、平成水産が独禁法に抵触しているのは事実であった。
同業他社が鯨油にかまけているのを尻目に、ひたすら鯨肉に特化していたのが原因なのは言うまでも無い。
「……今思えば、ちょっとくらい手心を加えるべきだったかなぁ」
「言うな。あの時はそんなこと考えてる余裕なんて無かったんだ」
「ひたすら鯨肉を取ることだけしか考えてませんでしたからねぇ」
最盛期には、鯨肉全体のじつに9割近い量を平成水産だけで獲っていた。
農林省激おこ案件なことは間違いない。
鯨肉加工に特化した超大型捕鯨母船で南氷洋に長期間居座って捕鯨しまくる。
こうなると、(相対的に)小規模な捕鯨母船しか持たない同業他社では効率的に勝負にならないのである。
『こんな値段で鯨油を買い取られたら商売あがったりだ』
『政府は俺らに死ねというのか……』
『銀行の融資もシブい。このままでは不渡りが出てしまうぞ!?』
同業他社も好き好んでこのような手法を取ったわけではない。
倒産待った無しな状況を回避するための、やむを得ない緊急回避と言えなくもない。
平成水産から和解金を分捕った同業他社は、その金で装備を刷新した。
冷凍設備を充実させることで、鯨肉メインでやっていけるようになったのである。
『国難の時代にいがみあってもしょうがない』
『国民の腹を満たすためにお互い頑張りましょう!』
『日本の食卓を鯨肉まみれにするために!』
対米戦に突入すると仲たがいしている場合ではなくなった。
農水省の仲立ちで和解すると、業界内で一致団結して捕鯨に励むことになった。
戦時下で嗜好品が統制されていくなかでも鯨肉は例外であった。
貴重なタンパク源として重宝されたのである。
史実の鯨肉は食糧難事態の救世主ではあった。
しかし、捕鯨への逆風やその他諸々の理由で食卓に根付くことは出来なかった。
この世界の鯨肉は、牛豚鳥に次ぐ立ち位置を確保することに成功した。
鯨食普及委員会の執念は、ここに結実することになったのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
第一平成丸
総トン数:42300t
純トン数:33300t
載貨重量:56000t
垂線間長:234.7m
全幅:32.3m
吃水:7.45m
機関:三毘式ディーゼル16基4軸推進
最大出力:17940馬力
最大速力:15ノット
航続距離:14ノット/21000浬
兵装:非武装
平成水産(株)が保有する超大型捕鯨母船。
長門級3番艦『尾張』のなれの果てとも言う。
進水式を目前に控えた状態で被災して放置された尾張は、浮揚された後に平成造船で捕鯨母船に改造された。船首部分から中央部はオリジナルのままであるが、船体中央部から後ろは原型が無いほどに形状が変化している。
最大限にスペースを活用するべく、船体のほとんどを船上構造物で占められている。船尾のスリップウェイから解体、加工、冷凍と一括で行えるよう設備が配置されている。
従来の捕鯨船団が複数隻でやっていたことを単艦でやれることが最大の特徴である。それ故に、捕鯨モブたちからは『オールインワン捕鯨母船』などと綽名されていた。
同時期の捕鯨母船と比すると圧倒的な大きさであり、スペースにも余裕があった。
同船の乗組員はもちろんのこと、キャッチャーボートの乗組員にまで個室ベッドがあてがわれるほどであった。『尾張御殿』の綽名はこれが由来である。
戦時中は船上構造物の上に滑走路を増設して護衛空母と捕鯨母船を兼任していた。
史実の『赤城』に似た外見となったが、格納庫は無く露天縛止のみであった。
戦後も捕鯨母船として活躍したのであるが、連絡に便利なので増設した滑走路はそのまま残された。見た目が空母のままなので、いろいろと余計なトラブルを誘発することになった。
※作者の個人的意見
コメントからヒントをもらって作ってみました。
スペックを計算したら化け物のような捕鯨母船になっちゃいました(汗
赤城に似た外見というのは、この世界の長門が史実の天城級だからです。
艦体後部はラインがだいぶ違っちゃってますけど。
第18房総丸
総トン数:758t
全長:68.37m
全幅:9.9m
機関:三毘式ディーゼル2基1軸推進
最大出力:3600馬力
最大速力:17.5ノット
兵装:捕鯨砲(船首部)
平成水産(株)が保有する遠洋キャッチャーボート。
生前に捕鯨モブが乗船していた第16利丸の性能が再現されている。
平成会チートのおかげで、この時代にもかかわらず捕鯨砲は平頭銛である。
捕鯨の成功率が上がり、この点で同業他社よりも平成水産は優位に立つことが出来た。
※作者の個人的意見
史実のキャッチャーボート『第16利丸』をまんまパクッてます(オイ
電気銛の採用も考えたけど、鯨肉が不味くなるらしいので却下しました。
コメントからヒントをもらって、ここまで話を膨らませてみましたw
TFTRDHさん、あ(・∀・)り(・∀・)が(・∀・)と(・∀・)う!
>『鯨油を採るしか能のない白人どもとは違う! 日本の捕鯨に余すところなど無い!』
実際、骨は骨細工にするし、ヒゲはゼンマイにするし、その他諸々で余すところが無いんですよねぇ。
>『ナガスクジラの刺身を食ってみろ。飛ぶぞ?』
確か元ネタは長州力だったはず。
>タンパク質確保の大義名分
史実でも戦後の食糧難にお世話になった人は多いはず。
ちなみに、おいらは微妙に世代からズレてます。鯨カツ食べたかった……(´・ω・`)
>日本捕鯨
今のニッスイですね。
>鯨油は石油に代替されるシロモノでしかない。
史実を知っているからそんなこと言えるわけで、知らない人間からすれば鯨油メインになってしまうのはやむを得ないかと。いろいろと多用途に鯨油は使えますからね。
>(逆に考えるんだ。押し付けちゃえば良いんだって考えるんだ)
最近出番が多い英国紳士。
英国面小説だから止む無しですねw
>5号ドック
史実だと長門や陸奥用のドックです。
>関東大震災に被災して船台から落下
どこかの天城級ですね。
あれよりは多少はマシな落ち方をしたはず。
>空母マフィアが再利用を検討したが、費用対効果の観点から実現しなかった。
史実で同じ天城級である赤城が正規空母になったのだから、本気を出せば十分に空母には出来ました。純粋に費用面で折り合いが付かなかったのでしょう。
>『あのバカ、余計なモノまで連れてきやがって!?』
銭ゲバの福井県人会長の友情出演w
じつは福井と千葉の県人会長は水と油の仲であるとの後付け設定があったりします。
>横須賀海軍工廠の第6ドック
史実だと戦前は大和型や信濃用です。
現在はアメリカの空母用として使用されています。
>既に工事済みであったのでそのまま流用することになったのである。
船にスクリュー軸を作るのって、じつはとんでもなくめんどい工事なんです。
鉄の膨張少ない早朝の時間帯だとか、光を当ててまっすぐを確保するとか。出来ちゃってるんなら、流用したほうが手っ取り早いわけです。
>『これはもう艦後方はほとんど作り直しじゃねーか!?』
天城型の艦形を見れば分かるのですが、典型的なクルーザースターンです。
このままだとスリップウェイが設置出来ないので、トランサムスターンに作り替えることに。とんでもない大工事になっちゃいました(汗
>ターボ冷凍機
史実では大和と武蔵に150000kcal/hのターボ冷凍機が各4基納入されています。こいつで弾薬庫を冷やしつつ、余力で冷房をしていたわけです。
>大阪金属工業所
今のダイキンです。
元々は航空部品から砲弾・信管まで手広く造る軍需企業でした。
潜水艦用の空調開発を依頼されてエアコンに参入しています。なので、現在もエアコンだけでなく戦車の砲弾も製造しています。
>ワックスやエステルなど人間には消化できない成分が含まれており
いわゆるバラムツですね。
食べたら猛烈な下痢に襲われます。
>「だいぶスペースが余るなぁ。残りは居住空間と予備の倉庫にするか」
ボイラーも弾薬庫もバーベットも無いんですもん。
船内はスカスカですねw
>元が戦艦だとは思えないほどの変貌を遂げることになる。
船首周りはオリジナルですが、後方は完全にラインが変わってしまっていますw
>地球上で最も過酷で寒冷な南氷洋は別世界と言える。
風は強いわ、波は荒れるわ、寒いわで人が暮らせる環境じゃありません。
捕鯨母船はともかく、キャッチャーボートであんなところに行ったら船内でシェイクされて大変なことになりそう…(ヽ'ω`)
>「福井の連中から駆逐艦用の水中探信儀を借りて来たけど……すごく、大きいです」
史実の三式探信儀です。
平成会のチートのおかげで、この世界の日本海軍の対潜技術はだいぶ進んでいます。
>『おいバカやめろ!? それって、史実の低周波ソナーじゃねぇか!?』
ステルス艦を見つけるのに有用ですが、クジラなどの海洋生物への影響が懸念されています。史実では米海軍が潜水艦探知用に使用しています。
>満足のいく探鯨機が完成したのは1年後のことであった。
原理はアクティブソナーですけど、そのまま流用するわけにもいきませんからね。
実際に探鯨機を使ったことがある捕鯨モブがいたから良かったものの、そうでなかったらもっと時間がかかったことでしょう。
平頭銛
尖頭銛(先が尖った銛)の先端を切り落として直径10センチ程の平面とした銛です。日本発の技術ですが、性能の良さで外国にも普及しています。
>変わったところでは博物館からの需要があった。
史実のシロナガスクジラの骨格標本はレアな存在だったりします。
あんだけクソデカい骨格だから、作るのが大変なんだろうなぁ……。
>史実のアメリカンビーフの事例に倣ったことは言うまでも無い。
価格で勝てなければ差別化と高級化で対抗するのは鉄板ですね。
>『鯨肉のレシピを作るぞ! その名も鯨肉百珍だっ!』
元ネタはもちろん、豆腐百珍ですw
>史実の鯨肉は昔から魚屋かスーパーの鮮魚コーナーに置かれていた。
おいらは見たこと無いんですけどね……(´・ω・`)
>鯨コロッケ
千葉県南房総市のご当地グルメで、鯨肉とじゃがいもを混ぜて揚げるコロッケです。高タンパク・低脂質の鯨肉を使うことで、あっさりとした味わいが特徴です。
>鯨肉は魚屋でも肉屋でも売られる珍しい存在となったのである。
刺身を食べたければ魚屋へ、鯨コロッケを食べたければ肉屋へどうぞw
>後に第一平成丸は正規空母並みの図体を持つ護衛空母として生まれ変わることになった。
史実の赤城と同じく、天城級の船体を流用していますからね。
そりゃあ、見た目が正規空母になるってものですよ!




