変態英国政治事情―無任所大臣爆誕編―
「本当にお辞めになるおつもりですか?」
オックスフォード近郊のブレナム宮殿の一室。
海軍大臣ウィストン・チャーチルの表情は憂を帯びていた。
「政界引退は以前から考えていた。今回の件は良いタイミングだったと思っておるよ。マーガレットも逝ってしまったしな……」
相対するデビッド・ロイド・ジョージの表情は、どこか寂し気であった。
かつての大宰相の面影は何処にも無い。
「……そういえば、あの日もこの部屋だったな」
「ずいぶんと昔の話です。とはいえ、未だに新鮮に思い出されますな」
正確には24年前の1917年2月某日。
ブレナム宮殿の同じ部屋で、二人は戦後処理について語らっていた。
この世界の第1次大戦において、英国は最小の損失で最大の戦果を挙げることが出来た。第1次大戦後から始まった衰退の歴史を知る円卓が、それこそあらゆる手段を用いた結果であることは言うまでも無い。
「なんだかんだで、これまで国内は平穏だった。あの時は10年は平和を維持出来ると言ったものだったがな」
当時のロイド・ジョージは、10年先までの世界の青写真を描いていた。
史実には無かったファクターやフラグが山盛り過ぎて、その後の展開はだいぶ異なることになってしまったが。
彼の政界引退が英国にとって大きな損失になることは間違いない。
10年どころか、20年以上国内の平和を維持出来たのはロイド・ジョージの卓越した政治力に他ならないのであるから。
「あの時は10年は短すぎるとも思いましたが、おかげさまで目途は付きました。全ては伯爵の政治力の賜物です。だからこそ、続投していただきたいのですが……」
第1次大戦は円卓にとっては準備運動に過ぎなかった。
本命たる第2次大戦に備えて、戦後の英軍は密かに刷新を進めていたのである。
「わたしが抜けた穴はテッド君で埋められる。今までズルズルと引き延ばしてきたが、もういい加減に彼を政界入りさせるべきだろう」
ロイド・ジョージは、テッド・ハーグリーヴスを自らの後継と考えていた。
50の手習いという言葉があるが、政界では50代は若造扱いされる。テッドの年齢からしても政界入りしてもおかしくはない。
ゆくゆくは円卓議長として辣腕を振るってもらいたい。
そのためには、テッドに政治家として経験を積んでもらう必要があった。
「確かにテッド君ならば、あなたの代わりになるかもしれません。ですが……」
チャーチルは、テッドの政治家としての力量を疑ってはいなかった。
若かりし頃にイスラエル建国に加担し、その後も駐日大使として長期に渡って活躍している。そこらの凡百の政治家とは比較にならないのは間違いない。
史実において、外交官出身の首相は珍しいものではない。
日本では吉田茂、加藤高明、原敬、幣原喜重郎、芦田均、広田弘毅などがいるし、英国にも第64代首相のアントニー・イーデンがいる。
テッドが駐日大使として築き上げたコネは大きな財産と言える。
彼が首相になれば、対日関係は約束されたようなものである。
おまけに、ドーセット領という強力な地盤がある。
立候補すれば確実に議員になれるわけで、安定した長期政権も期待出来る。
「……そのためには、彼を駐日大使から解任する必要があります。そうなると日本との関係を損ないかねません」
ここまでメリットがあるにも関わらず、チャーチルが素直に賛同出来ない理由があった。これまでの対日関係は、ほぼテッド一人で取り仕切っていたからである。
「今思えば、テッド君にフリーハンドを与えたのは失敗だったな。コネをもっと分散させるべきだった……」
「平成会と接触するには、ああするしか無かったでしょう。それに、日本の皇室とあそこまで懇ろになるなんて思いもよりませんでしたし」
平成会からは神輿兼スポンサー扱いであるし、皇室とは顔パスで宮城に参内出来るほど。そんな彼を駐日大使から解任しようものなら、なにをどうやっても遺恨が残る。過去には、解任の噂だけで過剰反応を起こされたくらいなのである。
「平成会については、ドーセットにある日本領事館が使えるだろう。あそこは平成会の人間の巣窟らしい」
「おそらく、こうなることを想定して領事館を作っていたのでしょうな」
当時、平成会との窓口を一任されていたテッドは正規ルートを使わない連絡手段を欲していた。しかし、この時代に便利なネットは存在しない。迅速な連絡にはドーセット領に平成会の人間を常駐させる必要があった。
平成会の人間をドーセット領に合法的に常駐させるのに領事館は最適解であった。このような経緯を持つために、ドーセット領にある日本領事館は特異な存在と化した。領事館でありながら通信設備が異様に充実しており、本国の平成会と頻繁に連絡を取り合っていたのである。
「問題は日本皇室との関係だが。秩父宮家の皇子との政略結婚を後押しすることを伝えればなんとかなるだろう。さすがに公式声明は出せないが」
「たとえ非公式でも、我が国がバックアップすることを伝えれば多少は落ち着くでしょうな」
日本側も英国とのコネがテッド頼りなことに危機感を覚えていた。
秩父宮雍仁親王とテッドとの関係を知った関係者は、あの手この手で政略結婚を画策中であった。
「しかし、テッド君の娘は二人いますよ? どちらにするのです?」
政略結婚であるので、ミランダと美知恵のどちらかと結ばれれば問題無い。
そのような考えで日本側は3人の交際を進めていた。
「わたしとしては、愛人の子を推すがね。日本人の血が入っているし、なによりも後腐れが無い」
「ミランダ嬢には、女公爵として公爵家を継いでもらう可能性がありますからね……」
対する英国側は、美知恵を本命と考えていた。
ドーセット公爵家に男子が生まれなかった場合を考慮すると、事実上の一択でしかない。
英国において、古来より女性が爵位を帯びることは珍しくない。
女王が認められているのであるから、当然のように女性に与えられる爵位も存在する。
ただし、女性自身が爵位を得ることは大変珍しいことであった。
史実においては、16世紀以前に遡ればわずか3例のみである。
ドーセット公爵家は政治的にも経済的にも強大になり過ぎていた。
下手な人間を婿入りさせたら、どんな災厄が起きるか分かったものではない。そのくらいならば、ミランダを女公爵として認めさせたほうがまだマシと言える。
「あぁ、愛人で思い出したのだが。フランセスと再婚するつもりだ」
「……はぁ?」
唐突な話題転換についていけないチャーチル。
思わず間抜けな声を出してしまう。
「フランセスって、あの秘書ですか!? 年の差有りすぎでしょうが!?」
「いやいや、恋に年齢は関係無いぞチャーチル君。30年もいっしょに過ごしていたから、そろそろ良いかなと」
この世界のロイド・ジョージも浮気癖が抜けなかった。
正妻のマーガレットとは長らく別居状態であり、公然と秘書兼愛人と同棲生活を送っていたのである。
「まさかと思いますが、今回の引退は愛人がらみじゃないでしょうね?」
「……」
無言を貫くロイド・ジョージ。
しかし、目は口程になんとやらであった。
「このまま首相続けていたら、夫婦で旅行も出来ないだろう!? だからこそ、今回の一件は良い機会だと思ったのだよ!」
「言ってることは間違ってないけど、間違ってますよそれは!?」
今までのシリアスな雰囲気が台無しである。
ブレナム宮殿の一室では、大の男二人の罵声が飛び交ったのであった。
すったもんだのあげく、ロイド・ジョージの政界引退は認められることになった。英国政界に多大、いや、そんな言葉では事足らないほどの影響を与えることになるのである。
『ロイド・ジョージ首相 健康上の理由で辞意か』
『自由党と保守党の重鎮たち緊急会議へ 次善策を検討か』
『野党側は補欠選挙に備えて動く』
1941年12月某日。
英国の全てのメディアが、ロイド・ジョージが政界引退を報道していた。
世界大戦を指導して戦後も大英帝国を導いた大宰相。
ロイド・ジョージの前にロイド・ジョージなく、ロイド・ジョージの後にロイド・ジョージなし。
それだけに、彼の政界引退は英国社会を揺るがすことになった。
問い合わせの電話で回線がパンクしてしまい、ならば直接取材をと殺到する記者たちを党本部の職員たちは必死になって捌いていたのである。
「……ロンドンは大騒ぎになっているようだな」
ドーセット公爵邸の食堂で朝刊に目を通すロイド・ジョージ。
目の前のテーブルには、作り立てのイングリッシュブレックファーストが美味しそうな湯気をあげていた。
「そりゃそうでしょう。むしろ、騒ぎにならないほうがおかしいし」
テッドは、砂糖とミルク増し増しなミルクティーを飲みながら呆れてしまう。
自分のことなのに、あまりにも他人事に過ぎる。
「さてと。そろそろ行きますか」
「うむ、どのような仕上がりか気になるからな」
ミルクティーを飲み干してから立ち上がるテッド。
メイドに車を回すように命じると、玄関に向かうのであった。
「おぉ!? ほとんど完成しているではないか!?」
「パイクハウスのちょっとした応用ってやつですよ。見栄えも悪くないでしょう?」
ドーチェスターハウスから車で5分。
1kmほど離れた場所では、ロイド・ジョージ念願の施設が建設中であった。
元々、この場所は畑であった。
半月ほど前にテッドが札束ビンタして手に入れたものである。
その威容は大貴族のカントリーハウスと見まがうような立派なものであった。
これほどまでの建築物を2週間足らずで建設するのは、普通の工法では不可能と断言出来る。あくまでも普通の工法であれば、だが。
これこそがテッドが発案し、親友であるジェフリー・パイクが商品化した『パイクハウス』であった。見も蓋もない言い方をすれば、史実のユニットハウスなのであるが。
鳴り物入りで販売したにもかかわらず、住宅市場でのパイクハウスのウケは今一つであった。この時代の顧客には、ユニットハウスのメリットが理解出来なかったのが原因と思われる。
しかし、パイクは転んでもタダでは起きなかった。
民間がダメならばと、陸軍にパイクハウスを売り込んだ。
陸軍上層部はパイクハウスを高く評価した。
空輸可能で極めて短時間に建物を完成することが出来ることは、作戦の幅を広げることに直結する。基地司令部用、兵舎用、その他の特殊目的のために各種のパイクハウスが規格化されていったのである。
現在は海外で作戦展開するためには必須の設備として、陸海空の3軍で備蓄が急がれていた。目の前で建設中の建物は、基地司令部用のパイクハウスを転用したものであった。
「それにしても、これが組み立て住宅とは信じられんな」
「元は軍用ですし、すっぴんだと無骨なんですけどね。装飾するとここまで化けるんだなぁ……」
装飾とダミーの屋根によって、その外観は史実のウォバーン・アビーに酷似していた。周囲に造成中のイングリッシュガーデンが完成すれば、元が軍用であったとは誰も思わないであろう。
「内部も雰囲気が出ているではないか。うむ、悪くない」
「建設費が浮いた分を装飾や美術品購入に回していますからね。見えない場所はケチってますけど」
視察するロイド・ジョージは満足気であった。
内装は華やかで、彫像や名作絵画など貴重な美術品が展示されていた。元が軍用であったとは以下略。
「これならば、生徒を呼び込めるだろう。いつ頃完成するのかね?」
「建物は急がせれば今月中には。外のガーデンは夏までかかるかなぁ。さすがに植物に札束ビンタするわけにはいかないし……」
政界を引退したロイド・ジョージは、政策研究所を作ろうと考えていた。
それを知ったテッドは、政策の研究だけでなく人材の育成も依頼したのである。
テッドのイメージとしては、史実の松下政経塾であった。
とはいえ、史実のソレをそのまま真似るつもりも無かったが。
ちなみに、一般的に言われている松下政経塾の功罪は以下の通りである。
・地盤を持たない有為の若者が政治家になる道を開いたこと。
・若い政治家が増えたこと。
・自民党を結党以来初めて野党へ転落、いわゆる55年体制を崩壊させたこと。
・小さな政府、構造改革、地方分権をはじめとする議論を展開、リードしてきたこと。
・過度に選挙を意識してしまうようになってしまったこと。
・政治家として何をやるかではなく、政治家になることが目的化してしまったこと。
史実21世紀においては、松下政経塾には否定的な評価が多い。
出身者で総理大臣になったのは一人のみ。しかも、ロクに実績を残せていない。否定的な評価も止む無しと言えよう。
募集した生徒を政策研究に参加させれば良い影響を受けてくれるかもしれない。
ロイド・ジョージは大いに乗り気であったが、テッドとしてはそのくらいにしか考えていなかった。もちろん、有能で有為な若者がロイド・ジョージから薫陶を受けてくれればベストなのであるが。
『ロイド・ジョージ政策研究所』が正式に開校したのは1941年の夏であった。そのネームバリューは絶大であり、多くの若手議員や研究者が殺到した。
政策研究所の運営予算はハーグリーブス財団が全て負担しており、学費が無料なのも志願者が大勢押し掛けた理由であろう。あまりの多さに、初年度以降は選抜テストをする必要が出たほどであった。
選抜テストの競争率は凄まじいことになったのであるが、テッドはちゃっかりと地元枠を確保していた。ロイド・ジョージが存命のうちに、地元民に薫陶を受ける機会を与えようと苦慮した結果である。
『まさか、このような場所で再開するとはな』
『わたしもですよ。人生は何が起きるか分かりませんな』
なお、ドーセット領の住民で最初に研究所入りしたのはフランク・コステロであった。ニュードーチェスター選挙区から出馬して当選したコステロは、ロイド・ジョージから政策だけでなく政治家としての心構えまで叩きこまれることになる。
ロイド・ジョージ死後の政策研究所は、シンクタンクとして活用された。
有能な人材が集められて、政策研究以外にもさまざまな研究が成されていったのである。
「チャーチル卿、しばらくの間首相を代行して欲しい」
ウィンザー城王座の間。
英国王エドワード8世に謁見したチャーチルは、事実上の組閣命令に戸惑っていた。
「この場合は解散総選挙するべきでは? その上で新たな内閣を立てるのが筋でしょうに」
チャーチルが言っていることは正しい。
議会制民主主義において、任期途上で内閣が機能しなくなるようであれば解散総選挙は当然のことである。
「このご時世に悠長に総選挙なんてやっている余裕は無い。ドイツとソ連に隙を見せるわけにはいかないんだ」
エドワードの言い分にも一理あった。
解散総選挙をしようものなら、最低でも1か月は国家としてまともに動くことが難しくなる。
『解散総選挙をしたということは、英国は独ソ戦に介入する気はないのだろう』
『仮に介入するにしても時間がかかる。それまでに大勢を決めてしまえば問題ない』
そのような状況で解散総選挙に突入しようものなら、ドイツ帝国とソ連に間違ったメッセージを送ることになりかねない。最悪のケースは解散総選挙と同時に独ソ戦の再開であろう。
独ソの再戦が避けられないにしても、英国側が主導権を握る必要がある。
そのためには、ロイド・ジョージ内閣で次席だったチャーチルが首相を代行するのが手っ取り早い。
「偉大な大宰相の路線を継承することを内外に示すことで社会の安定化をはかる意味合いもある。これはロイド・ジョージ伯の盟友たるチャーチル卿にしか出来ないことだ」
5期25年という史上稀な長期政権の終焉は、国民に多大なる喪失感を与えていた。その影響はあらゆる分野に及んでおり、エドワードはこれを早期に解決すべきと考えていたのである。
「……」
エドワードから組閣の大命を受けてから数日後。
険しい表情のチャーチルは、首相官邸の執務室で葉巻をくゆらせていた。
愛用のキューバ産の葉巻も、今のチャーチルの気分をほぐすことは出来なかった。凝った内装の天井を眺めながら煙を吐き出し、一瞬だけデスクを見るとすぐに天井に目線を戻す。
デスクに置かれているモノは、つい先ほど前政権の閣僚が持参したものであった。見た目も文面も様々であったが、それが意味するものは全て同じ。いわゆる辞表というヤツである。
保守党か自由党議員に海相のポストを譲り、自らが首相となるのがチャーチルの構想であった。内閣改造を最小限の変更で乗り切ろうとしたのである。しかし……。
『閣下が辞められるならば、もう政権に未練は無い』
『大臣となって25年。そろそろ隠居したい』
『新政権は若返りをはかるべきだろう。老兵は消え去るのみだ』
チャーチル政権は出だしから躓いた。
さすがに、閣僚の大量離脱は想定外であった。
長年ロイド・ジョージと苦楽を共にした閣僚は、彼の政界引退を受けて自らも引退を決意した。前政権の平均年齢は70歳を優に超えており、このタイミングで辞めていくのをチャーチルは引き止めることが出来なかった。
『あの葉巻野郎の下につくのだけは御免被る!』
『ヤツにロイド・ジョージ閣下の代わりが務まるものか!』
チャーチルが単純に好かないという理由で辞めていく閣僚もいた。
良くも悪くも、彼の強烈な個性が内閣人事に悪影響を及ぼしてしまったのである。
『閣下が政策研究所を開校しただと!?』
『これは是非受講せねばっ!』
『今なら授業料が無料らしいぞ!?』
ちなみに、辞意を表明した前政権の閣僚の大半はロイド・ジョージ政策研究所へ移籍していた。五〇どころか、七〇の手習い感覚で政策研究に取り組んでいたのである。
『そんな余裕があるなら、こちらを手伝って欲しいものだが』
それを知ったチャーチルが激怒したのは言うまでも無い。
彼らの半分でも残留してくれたら、高価なキューバ産葉巻の消費量も格段に減ったことであろう。
『どうせ暫定政権だ。長くは持たん』
『入閣するなら次の内閣だな』
『マールバラ公の子孫も損な役回りを引き受けてしまったな』
党内ではチャーチル政権は短命に終わると見られていた。
連立を組む自由党どころか、身内である保守党議員ですら入閣に二の足を踏む有様であった。
『未曾有の危機に際し、内閣は挙国一致であることを望む』
閣僚人事が進まないことに業を煮やしたチャーチルは、エドワードに嘆願して挙国一致内閣の大命を降下させた。これにより、自由党と保守党だけでなく野党との協力も視野に入れることが出来るようになったのであるが……。
『軍拡反対! そんな予算があるなら福祉に回せ!』
『社会保障を充実せねばっ! ゆりかごから墓場までを実現するぞっ!』
野党――この場合は労働党であるが、与党とは相容れない政策が多かった。
チャーチルとて、こんな輩を登用したくない。しかし、そうしないと閣僚人事が進まないのでしょうがない。
「……」
今日も今日とて、ナンバー10の執務室は葉巻の煙が充満していた。
デスクに置かれた灰皿には、吸い終わったキューバ産の葉巻が積み上げられていく。
組閣に与えられた時間はあまりにも短く、それなのに閣僚人事は遅々として進まない。葉巻を吸うチャーチルの表情は今日も険しかった。
「ふぅ……」
大きく息を吸い込むと、ゆっくりと煙を吐き出す。
少しだけ気分が晴れたような気がする。
組閣を命じられてから既に2週間。
チャーチル政権は未だに閣僚人事が完了していなかった。
「……行くか」
チャーチルは、執務室から大会議室へ向かう。
今日も今日とて、不毛な閣僚人事会議のお時間である。
たとえ不毛と分かっていても、出席しなければ何も進まない。
そんなことは分かりきっていた。それでも参加したくないのが心の本音であったが。
速やかな政権移行を目指したはずの暫定政権は、閣僚人事の段階で躓くことになった。これはチャーチルだけの責任ではなく、関係者の平和ボケが原因であろう。20年以上の平和は英国社会全体を蝕んでいたのである。
英国が足踏みしているのを他所に世界情勢は目まぐるしく動いていた。
今か今かと待ち受けている災難に、果たして対応出来るのかは神のみぞ知ることであった。
「おおおおお!? シャキシャキ感に程良いビネガー! さわやかなディルの香りとサワークリーム! 美味いぞおぉぉぉぉぉぉ!」
サンドイッチを食して味〇と化すジョセフ・パトリック・ケネディ・シニア。
相席しているテッドは、飛んでくる唾に迷惑顔であった。
ドーチェスターハウスのテラスで、二人はお茶会の最中であった。
全面ガラス張りなので、どちらかというとサンルームと言ったほうが近いかもしれない。外は寒いが中は暖房でバッチリである。
「たかがキュウリのサンドイッチと侮っていたがこれほどとは!?」
そう言って、ケネディはテーブル上のティースタンドに手を伸ばす。
あっという間に、皿に盛られたキューカンバーサンドイッチが無くなっていく。
「アメリカにはキュウリのサンドイッチは無いわけ?」
ケネディの尋常でない様子に、テッドは思わず口に出してしまう。
英国貴族のステータスとして上流階級では定番のサンドイッチなのであるが、アメリカではどうも馴染みのない食べ物のようである。
テッドは知る由は無かったが、アメリカにもキュウリを使用したサンドイッチは存在する。キュウリ単体ではなく、キュウリとクリームチーズが主体のスプレッドを挟むので純粋なキュウリのサンドイッチとは言い難いのではあるが。
「うむ、じつに美味だな。このキュウリのサンドイッチは!」
「僕の分まで食べないでよ……」
キューカンバーサンドイッチを食べ尽くして大満足なケネディ。
恨めし気な視線を向けるテッドに全く気付いていなかった。
「……で、アメリカの様子はどんな感じ?」
いちごのタルトを口に放り込みつつ、テッドは本題に入る。
なにもお茶会をするためだけに、ケネディを呼びつけたわけではない。
「今のところは動きは無いな。だが……」
「何か気になることでも?」
「動きが無さ過ぎて逆に不気味なんだ。あんなことがあったというのにな」
「あー、なるほどね……」
今年の3月から4月にかけて、ドーセット領ではアメリカのエージェントが大挙して暗躍した。最終的に根こそぎ捕縛されたのであるが、ケネディは事の次第を本国へ報告していたのである。
しかし、アメリカ本国からはこれといったアクションは無かった。
300名ものエージェントが根こそぎ捕縛されたというのに、送られてくるのは定時報告のみ。ケネディでなくても、おかしいと感じてしまうであろう。
「調書に目を通したけど、捕縛されたのは全員が元FBIだったよ」
「捨て駒前提だったから、懐は痛まないということか……」
この世界のFBIは既に解体されていた。
人員や設備は財務省のシークレットサービスへ移管され、元FBIの人間は肩身の狭い思いをしていた。
『だたちにドーセットに返還要求を行うんだ!』
『し、しかし相手はイギリスですぞ?』
『問題無い。あくまでもドーセットに直接要求する、イギリスは無関係だ』
『そんな無茶苦茶な……』
そんな中で、シークレットサービスはデイビス政権から無茶ぶりされることになった。ドーセット領に隠匿されたアメリカ裏社会の財産を取り返してこいというのである。
エージェントを外国で非合法活動に従事させるのは割とよくある話ではあるが、これはそういうレベルをはるかに超えていた。取り返すと言ってるが、やってることは泥棒と大差無い。
あまりの無茶ぶりに頭を抱えたシークレットサービスの上層部であったが、ここで元FBIの人間に目を付けた。外様で冷や飯食いをさせてるし、失っても惜しくない。外国で危険度の高い任務をさせるのにうってつけであった。
「エージェントを育成するには金も時間もかかる。300名もの人員を失って平然としてるのは確かに不気味だよなぁ」
「おそらくは何らかの動きを進めているのだと思うが、こちらには漏れてこないんだ」
本国から何らかの命令があれば、そこから何を企んでいるのか推察も出来る。
しかし、何も言ってこないのであれば推察のしようがない。
「いっそ、こちらから探ってみるべきか?」
「いや、それには及ばないよ。今動けば怪しまれるだろうし」
ケネディの提案を速攻で却下するテッド。
リスクを冒して貴重なアメリカの情報ルートを使いつぶすわけにはいかなかった。少なくとも現段階では。
(DCIAは発足したばかりだし、尾崎レポートは届かないし。ままならないものだねぇ……)
ため息をつきながら、テッドは口にスコーンを放り込む。
アールグレイで流し込むと、柑橘系の香りでちょっとだけ癒されたような気がした。
「わたしとしては、イギリスの政治も心配だ。今何かあっても即座に動けないだろうからな」
ケネディは英国の政治に危機感を訴える。
政治家あがりの外交官なだけあって、彼は現状をよく認識していた。
「んー、それは心配し過ぎじゃないかなぁ? 解散総選挙をするわけじゃないから、閣僚人事が決まれば問題ないはず」
テッドは楽観していたが、この場合はケネディが正しかった。
蚊帳の外である彼は知らなかったが、暫定内閣の閣僚人事は泥沼に陥っていたのである。
「ならば、良いのだが……っと、そろそろお暇させてもらおうか。家族を待たしているのでな」
「あらお帰り? そういうことなら……おーいっ!」
パンパンと手を叩くと、メイドが紙袋を持参する。
駅前デパートのロゴが印刷された袋は、不自然にならないギリギリのレベルで中身が満たされていた。
「ややっ、いつも済まないな」
メイドに案内されてケネディは去っていく。
報酬はいつもより多めに渡しておいたから、次こそは有意義な情報を持ってきてくれることだろう。
「まったく、政治なんて面倒ごとに付き合っていられないよなぁ……」
遠ざかるケネディの背中を見つめながら、思わず呟いてしまう。
この状況で自分がまったく関係無いと思える神経は、ある意味大したものと言える。
しかし、テッドは知らなかった。
知らず知らずのうちに、本人不在のまま当事者にされてしまうことに。
この時点でも暫定政権の閣僚人事は定まっていなかった。
葉巻の消費量と血圧を上げてしまったチャーチルは、奇想天外な策を打つことになるのである。
『ガソリン寄越せーっ!』
『物価高をなんとかしろーっ!』
『消費税導入反対っ!』
デモ行進する群衆たち。
規模も目的も様々であったが、ホワイトハウスが最終目的地であることは一致していた。
「早くデモ隊を解散させろ! 州兵はどうした!?」
ホワイトハウスの大統領執務室では、ジョン・ウィリアム・デイビス大統領がデモ隊の鎮圧を命じていた。
「あいつらは、はっきり言って使えませんよ? 海兵隊を投入するべきです」
「有能な連中は根こそぎヘッドハンティングされてしまいましたし」
「黒人の部隊を投入するのには不安が……」
閣僚たちは州兵の投入には否定的であった。
陸軍の実態を知っていたからである。
この世界のアメリカ陸軍は第1次大戦に参戦することは無かった。
装備の刷新が進まず、規模だけはデカい田舎軍隊のままであった。
陸軍弱体化にとどめを刺したのは、この世界の禁酒法と言っても過言ではない。
裏社会が頑張りすぎたおかげで税収が激減してしまい、穴埋めするために陸軍の予算が大幅に削られてしまったのである。
予算削減の結果、陸軍は給料の遅配が常習化してしまった。
有能な軍人は見切りをつけて次々と辞めていくことになり、裏社会は彼らを戦闘教官として高給でヘッドハンティングしていった。
元軍人たちは、ギャングとマフィアの構成員を訓練して精強な兵士へと育て上げた。彼らは私設軍隊として、アメリカ社会では大いに恐れられる存在にまでなった。最終的に壊滅してしまったのであるが。
その一方で、陸軍は絞りカスと化していた。
やる気も能力も無い、軍隊にしがみつくしか能が無い人間が大半な部隊をデモ鎮圧に投入したらどうなるか?
『俺たちもデモ隊に合流するぞ!』
『給料寄越せーっ!』
『待遇を改善しろーっ!』
答えは史実のボーナスアーミーと化す、である。
デモ隊と合流した州兵たちによって、ホワイトハウス周辺は俄かに騒々しくなっていた。
「止むを得ん。海兵隊を出動させろ!」
「しかし、周辺道路は既にデモ隊に封鎖されています。此処にたどり着けるかどうか……」
「いいからさっさと出動させろ!」
事ここに至って、海兵隊へ出動要請がなされた。
しかし、ホワイトハウス周辺は既にデモ隊で埋め尽くされていた。この状況ではどうにもならないと思われたのであるが……。
「GO! GO! GO!」
「MOVE! MOVE!」
ポトマック川に発生する激しい水しぶき。
見た目は船に見えるが、その速度は尋常なものではない。
道路が封鎖されているなら、道なき道を行けば良い。
そんなことを考えたかどうかは分からないが、救援要請を受けた海兵隊はホバークラフトによる渡河作戦を敢行した。
「うわー!? なんだなんだ!?」
「あんな場所から出てくるなんて!?」
「おい、バカ止めろ!? 撃つなーっ!?」
想定外の場所から現れて高速移動する物体。
おまけに、海兵隊員からの警告射撃付き。あれだけいたデモ隊は蜘蛛の子を散らすようにいなくなったのである。
「いや、助かったよ。大将直々に救援してくれるとは。礼を言う」
「任務ですから」
救援に来た海兵隊総司令官ジョン・H・ラッセル・ジュニア海兵隊大将の態度は素っ気ない。前回の一件以来、ますますもってデイビス嫌いになっていた。
「もはや、一刻の猶予もありません!」
「急いで裏社会の遺産を取り戻すべきです!」
「このままだと、我らの安全も保障されませんぞ!?」
ラッセルが退室した後のオーバルオフィスは異様な雰囲気に包まれていた。
ホワイトハウスに殺到したデモ隊を直接見てしまった閣僚たちの危機感は相当なものだったのである。
「議会の決定など待っていられません! 大統領令を出してください!」
「大統領令さえ出してしまえば、海兵隊も受け入れざるを得ないはずです!」
連邦政府の機関や軍などに対して直接発する法的拘束力を持つ命令が大統領令である。議会の承認が必要無いので、すぐさま政策を実行出来る。大統領が持つ最強の武器と言っても過言では無い。
『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』という名の大統領令にデイビスが署名したのは、その日の夕方のことであった。非常に不本意ながらも、大統領令を出された海兵隊は作戦行動に入らざるを得なくなったのである。
「いくら入閣のチャンスと言えど、その条件は飲めない」
「我々を野党だと思って見くびらないでいただきたい」
「何が何でも、この政策だけは通してもらうぞ!」
ナンバー10の大会議室。
今日も今日とて閣僚人事は難航していた。
こうなることが分かり切っていたので、チャーチルは保守党と自由党の若手議員に積極的に声をかけていた。しかし、暫定政権で短命と思われている内閣のポストに興味を示す議員は皆無。仮にいたとしても、年齢や能力に問題がある議員ばかりであった。
「……諸君らは事態を理解しているのか? なんのためにわたしが暫定政権の首相を引き受けたと思っているんだ?」
葉巻片手に、ドスの効いた声をあげるチャーチル。
その迫力は尋常なものではない。
「もちろん理解しているが、我らにだって譲れないものがある!」
「労働者福祉を実現せずに何が労働党か!」
「この案を安易に受け入れてしまっては、支持者に顔向け出来ん!」
しかし、入閣を求められている労働党の幹部たちも一歩も引き下がらなかった。
彼らにも譲れない一線というのがあった。
「そもそも、解散総選挙をしていれば問題無かったのだ。暫定政権なんかにするべきではなかったんだ」
「だいたい、本当にドイツ帝国とソ連が再戦するかどうかも怪しいではないか」
「先の世界大戦でも英軍の独り勝ちだったではないですか。何かあっても問題無いでしょう?」
あまりの危機感の無さに、思わずチャーチルは無言で天を仰ぐ。
その様子を見た野党側は、彼が譲歩してくれるのではないかと期待したのであるが……。
「独ソ戦の再開が世界大戦になりかねないから暫定政権で速やかな権力移行を目指してるんだろうが!? 貴様ら全然分かってないだろう!?」
「「「ひぇっ」」」
ガチギレしたチャーチルに震え上がることになった。
その様子は牙をむくブルドックの如し。溜まりに溜まったストレスを闘志に変換して大声で吠える。
「クラウツの尻の青い皇帝がバカをやったせいで、筆ひげ野郎が売られた喧嘩を買うかもしれんってのは分かってんのか!?」
「え、えぇと……」
顔も怖いし、声も怖い。
赤子でなくてもチビりそうな光景である。
「先の世界大戦だぁ? そんなものがアテになるか! てめぇら本土が攻撃を受けたら責任を取れるのか!?」
「えっと、もう、そのへんで……」
野党側はもう涙目である。
満足に反論することすら出来なかった。
「ストップ! ストップ! お互いに熱くなりすぎです。いったん休憩にしましょう!」
野党側は突如休憩を提案してきた。
議論の主導権を握られるのを嫌ったのであろう。
チャーチルとしても積極的に断る理由は無かった。
ちょうどランチタイムだったのである。
「……チャーチル卿の言う通り、確かに今はいがみ合っている場合ではない。一つだけ確約してくれれば、無条件の協力をお約束しましょう」
再開された会議では、うってかわって野党側が協力を申し出て来た。
しかし、チャーチルは喜ぶどころか逆に警戒していた。
相手が態度を急変させた場合、たいていはロクでもないことを企んでいる。
これまで敵対的な態度を取っていた人間ならば、なおさらである。
「その条件とやらを聞かせてもらおうか」
チャーチルは猛烈に嫌な予感に囚われていた。
それでも聞かねば話は進まない。覚悟を決めて続きを促す。
「「「ドーセット公を労働党から出馬させてください!」」」
「んなっ!?」
チャーチルは絶句する。
あまりにも予想外過ぎる条件に息をすることすら忘れていた。
「ふ、ふざけるなっ! テッド君は保守党の人間なんだぞ!? 何が悲しくておまえらにくれてやらねばならんのだ!?」
「そうは言っても、保守党の党員じゃないでしょうが!? 公は先進的なお方だから我らの政策を理解してくれるはずです!」
閣僚人事は何処へやら。
いつの間にかに、議論はテッド争奪戦と化していた。
(冗談じゃない! テッド君を取られてたまるものか。とはいえ、このままでは埒が明かん。どうしたものか……)
テッドを労働党にくれてやるのは論外である。
しかし、このままでは暫定政権が立ち行かないのも事実。口から泡を飛ばしながらも、チャーチルの頭脳は冷静に次善策を考える。チャーチルの脳裏に髭面の紳士が降臨したのはその瞬間であった。
「……と、いうことでどうだろうか?」
「なるほど。そういうことならば、全面的に協力いたしましょう」
「約束は違ないでくださいよ?」
「無論だ。なんだったら書面にしても良い」
がっちりと握手するチャーチルと労働党の幹部たち。
まさに歴史的和解の瞬間と言えよう。
その後は、今までの停滞が嘘のようにトントン拍子であった。
チャーチルが首相と海相を兼任し、残りのポストに野党議員を充てることで第1次チャーチル内閣が発足することになるのである。
『チャーチル内閣発足へ 海相は首相と兼任』
『水と油の連立政権 首相のリーダーシップが試される』
『停滞が一転 一気に閣僚人事が完了 会議室で何があったのか』
1941年12月某日。
英国のメディアはチャーチル内閣の成立を盛んに報道していた。
『独ソ戦にケリが付けば解散だろう』
『閣僚に労働党議員が多い。身内の保守党を敵に回しかねない』
『そもそも、政策を実行出来るのか?』
しかし、チャーチル政権の船出はお世辞にも良いものとは言えなかった。
元々が暫定政権であるし、労働党との連立政権という点でも政策実行が危ぶまれていた。
(やっと成立したか。チャーチルは苦労するんだろうなぁ……)
その日のテッドは、ドーチェスターハウスで過ごしていた。
メイドが持ってきた朝刊に目を通していたのである。
(閣僚人事はどうなってるんだ?)
一面にデカデカと載った内閣の集合写真は知らない人間ばかりであった。
気になったテッドは、閣僚人事が載っているページに目を通したのであるが……。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その絶叫は食堂の外まで響き渡るものであった。
内閣の閣僚人事に、とんでもないものを見つけてしまったのである。
ちなみに、チャーチル内閣の主要な陣容は以下の通りであった。
首相 ウィンストン・チャーチル 保守党
第一大蔵卿 ウィンストン・チャーチル 保守党
海軍大臣 ウィンストン・チャーチル 保守党
副首相 クレメント・アトリー 労働党
枢密院議長 クレメント・アトリー 労働党
王璽尚書 クレメント・アトリー 労働党
財務大臣 キングスリー・ウッド 保守党
外務大臣 アンソニー・イーデン 保守党
内務大臣 ハーバート・モリソン 労働党
陸軍大臣 デイヴィッド・マーゲソン 保守党
自治領大臣 クレメント・アトリー 労働党
国務大臣 マクスウェル・エイトケン 初代ビーヴァーブルック男爵 保守党
無任所大臣 テッド・ハーグリーヴス 初代ドーセット公爵 無所属
チャーチルが首相と海相を兼任。
その他主要なポストは保守党と労働党で分け合う形となった。戦時の挙国一致内閣ならともかく、準戦時とでも言うべき時期にこの陣容はかなり異質と言える。
「ちょっと、どういうことなのさ!? 僕は何も聞かされて無いんだけど!?」
執務室にダッシュしたテッドは、デスクの引き出しから電話を引っ張り出す。
ナンバー10直結のホットラインである。
『伝えるのが遅くなったのは申し訳なかったと思っている。しかし、こうでもしないと野党連中が納得しなかったのでな……』
「いや、僕、駐日大使なんだけど!?」
この時代、いや、史実21世紀においても駐日大使と大臣の兼務は前代未聞であろう。1日で帰国出来る移動手段が使えたとしても、無茶ぶりに過ぎる。
『それは問題無い。無任所大臣に定められた職務は存在しないからな。必要が出たら働いてもらう程度だ』
「それならばなんとかなる……かなぁ?」
チャーチルは嘘は言っていない。
逆に考えれば、必要が出たら扱き使われるという意味なのであるが。
無任所大臣の主目的は、与党内の有力者を内閣に取り込みんで政権の安定を図ることである。連立内閣が発足したときに少数与党を代表させる目的で設置されることも多い。史実の英国では、党務における重要な役職にある者を無任所大臣として入閣させる慣行も存在する。
上述の例を鑑みると、無任所大臣は名誉職的な立ち位置と言える。
これならば兼任も不可能ではないと、テッドが考えるのも無理はない。
しかし、この世界の無任所大臣はそのような生易しいものでは無い。
仮にチャーチルと野党側の取引の場にテッド本人が居たら、全力で阻止するようなシロモノであった。
チャーチルと野党側との密約――それは、『何処にも属さない大臣』のポストを新設することであった。上述の無任所大臣と何処が違うのか?名前も同じで紛らわしいのであるが、何処にも属さないというのがポイントとなる。
額面通りに受け取れば単なる無所属に過ぎないが、この場合は『党派を超えて』という意味があった。とどのつまりは、保守党政権だけでなく労働党やその他政権でも適用することが可能となる。
労働党にも円卓メンバーは大勢いる。
当然ながら、テッドのチートスキルのこともよく知られていた。
『ドーセット公が保守党から出馬して当選したら、保守党が彼を独占してしまうのではないか?』
労働党をはじめとする野党側上層部の危機感は相当なものであった。
仮に政権を奪取したとしても、それでは旨みが無さ過ぎる。
野党側が有利と言われた閣僚人事であったが、じつは言われていたほどでは無かったのである。むしろ、与党側が常に一定の主導権を握り続けていた。もっとも、実際のパワーバランスが有利であろうがなかろうが閣僚人事が停滞してしまったのは事実なのであるが。
解散総選挙を経たまっとうな政権だったら野党側の意見なんぞ全無視していたし、空いたポストは自由党か保守党の議員で埋められた。こんなタイミングで辞めてしまったロイド・ジョージが全ての元凶と言えなくも無い。
その一方で、与党側には時間が無かった。
解散総選挙をする時間が惜しいからと暫定政権にしたのだから当然であるが、方々から矢のような催促で組閣を急かされていた。
粘れば勝てると分かってはいても、肝心の時間が無ければどうしようもない。
そのような中で、チャーチルの脳裏に天啓の如く舞い降りたアイデアが無任所大臣であった。
チャーチルの提案に野党側は一も二もなく飛びついた。
政権を奪取した暁には、チートオリ主を好き勝手に扱き使えるのであるから。
こうして、テッドは政局の生贄となった。
本人以外は不利益を被らなかったので、コラテラルダメージというやつであろう。
無任所大臣に就任したテッドは、党派と政権を超えて扱き使われることになった。政治家としては無名に終わってしまったが、無任所大臣として歴代政権の閣僚の中に必ず登場するという偉業を達成することになる。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
ベル SK-1
全長:9.58m
全幅:7.62m(スカート除く)
全高:2.67m(スカート除く)
重量:12.8t
速度:65km/h(水上/海上)
行動距離:50km
エンジン:プラット・アンド・ホイットニー R-1340 550馬力
乗員:1名
:海兵隊1個分隊
アメリカ海兵隊で試験運用されているホバークラフト。
見た目と性能は史実のサンダース・ロー SR.N1に酷似している。
作者不明(笑)の同人誌を見た海兵隊の技術陣が開発してしまった世界発の実用ホバークラフトである。騒音の大きさの改善が求められており、現在は改良型の開発が進められている。
※作者の個人的意見
史実のサンダース・ロー SR.N1のエンジンを載せ替えただけのシロモノだったり。ベル社にしたのは、史実でホバークラフトをライセンス生産してベトナム戦争に投入していたからです。
完全装備の海兵隊の1個分隊を載せられるので、奇襲作戦にお役たちと思われます。騒音は如何ともし難いですけど(苦笑
テッド君が政治家として経験が積んで円卓議長になる未来が確定したので、ロイド・ジョージは満足。内閣で発生するであろうポストの空白を埋めれる人材を確保出来たので、チャーチルも満足。野党側は野党側で、テッド君を扱き使う権利を得たので満足。誰も損していませんね!みんなで幸せになろうよ…(白目
>ブレナム宮殿の同じ部屋で、二人は戦後処理について語らっていた。
本編第22話『終戦』参照。
戦後処理だけでなく、テッド君の結婚式の日取りとかも語らってますw
>全ては伯爵の政治力の賜物です。
この世界のロイド・ジョージは、史実よりも早く伯爵に叙勲されています。
>戦後の英軍は密かに刷新を進めていたのである。
英国が戦争に突入したらビックリドッキリメカが出てくることが確定しています。
英国面チートで虐殺してやるぜぇ…( ´,_ゝ`)クックック・・・( ´∀`)フハハハハ・・・( ゜∀゜)ハァーハッハッハッハ!!
>秩父宮家の皇子との政略結婚を後押しすることを伝えればなんとかなるだろう。
本編第104話『エドワード8世戴冠記念観艦式』参照。
秩父宮家が大いに乗り気なので、どちらと結ばれるかはともかく結婚自体は成立する可能性は高いです。
>「あぁ、愛人で思い出したのだが。フランセスと再婚するつもりだ」
本名フランセス・スティーブンソン。
愛人で末娘の家庭教師でもあります。正妻が別居状態なので堂々と同棲していたようです。史実でも正妻が亡くなった後に再婚しています。
>ロイド・ジョージの前にロイド・ジョージなく、ロイド・ジョージの後にロイド・ジョージなし。
元ネタは某最強柔道家です。
>イングリッシュブレックファースト
英国の伝統的な朝食スタイルと、朝食に飲むためのブレンドされた紅茶という2つの意味があります。作中でロイド・ジョージのテーブルに置かれていた朝食と、テッド君が飲んでた砂糖とミルク増し増しな紅茶がソレです。
>見も蓋もない言い方をすれば、史実のユニットハウスなのであるが。
この時代にユニットハウスを実現したこと自体は画期的なのですが、住宅を短期間に作ることにメリットが見いだせないんですよねぇ。空襲で焼け野原になったら出番があるかもしれませんね。
>政界を引退したロイド・ジョージは、政策研究所を作ろうと考えていた。
史実のロイド・ジョージが政策研究をしていたのは事実です。
そっちに金を使ったせいで、金に汚い政治家という汚名が定着することになりました。実際は私生活は清貧だったのですけどね。
>松下政経塾
松下電器産業の創業者である松下幸之助がに設立した政治塾です。
国会議員・地方首長・地方議員などの政治家を中心に各界に人材を輩出します。良い噂は聞きませんけど(ボソッ
>なお、ドーセット領の住民で最初に研究所入りしたのはフランク・コステロであった。
この世界のロイド・ジョージとフランク・コステロは面識があります。
亡命申請の際に裏社会側の代表としてロイド・ジョージと直接交渉をしていたりします。
>5期25年という史上稀な長期政権の終焉
英国国会の衆議院にあたる下院の任期は5年です。
全て任期満了しただけでなく、解散総選挙に全て勝ってきたわけです。ちなみに、史実日本における通算在職日数の最長は第96代~98代の安倍内閣で3188日になります。
>愛用のキューバ産の葉巻
史実のチャーチルはキューバ産の葉巻を愛したことで有名です。
なお、銘柄はロメオYジュリエッタ(ロメオYジュリエッタ チャーチル)だそうな。
>ゆりかごから墓場まで
労働党が掲げた有名過ぎる社会福祉のスローガン。
戦後の社会福祉の指針となるほど画期的なものでしたが、財政支出が膨大なものになってしまいました。
>英国貴族のステータスとして上流階級では定番のサンドイッチ
当時の英国の気候ではきゅうりを栽培するには温室が必要でした。
逆に言えば、キューカンバーサンドを提供出来るならば温室を維持出来るくらいの財力があると周囲からは受け取られるわけです。
>アメリカにもキュウリを使用したサンドイッチは存在する。
ケンタッキー州名物のベネディクティン・サンドイッチのことです。
キュウリとクリームチーズが主体のベネディクティン・スプレッドを挟むことからその名が付いています。
>今年の3月から4月にかけて、ドーセット領ではアメリカのエージェントが大挙して暗躍した。
自援SS『変態紳士の領内事情―悪徳債権回収業者撃退編―』参照。
元上官のフーヴァーを怒らせたことが彼らの敗因ですw
>(DCIAは発足したばかりだし、尾崎レポートは届かないし。ままならないものだねぇ……)
DCIAはドーセット中央情報局の略です。
尾崎レポートは、妻のアグネス探して北米三千里状態な尾崎秀実が時折送ってくるレポートのことです。
>アールグレイ
ベルガモットという柑橘系の香りを着香したフレーバーティーの一種。
冬に飲む紅茶としても有名です。
>『消費税導入反対っ!』
末期状態のデイビス政権の悪あがき。
当然ながら却下されました。
>「黒人の部隊を投入するのには不安が……」
本編第37話『暗黒新大陸』参照。
給料の遅配で白人が辞めていき、残されたのは黒人兵士のみ。
軍の組織が維持出来なくなるので、やむを得ず昇進させて部隊を任せたというのが真相だったりします。
>ボーナスアーミー
史実だと第1次大戦後に未払い金の支払いを求めて行進したところをマッカーサー率いる部隊に鎮圧されています。
>前回の一件以来、ますますもってデイビス嫌いになっていた。
本編第103話『赤いナポレオン』参照。
ホワイトハウスで大暴れしましたが許してもらえたようですw
>『ドーセットに隠匿されたアメリカ合衆国の財産を取り戻す』という名の大統領令
大統領令のネーミングに特に制限は無かったりします。
トランプ大統領が署名した大統領令もこんな感じのネーミングだったりします。
>その様子は牙をむくブルドックの如し。
史実だと怒ったブルドックのような表情、なんて表現されてるくらいです。
>チャーチルの脳裏に髭面の紳士が降臨したのはその瞬間であった。
『逆に考えるんだ。皆で共有すれば良いって考えるんだ』
ほんと、ロクでもないですね髭面の紳士は!w
>ちなみに、チャーチル内閣の主要な陣容は以下の通りとなった。
テッド君初入閣!
史実の第1次チャーチル内閣内閣の陣容をちょっと弄っています。描写上の理由で主要メンバー以外はカットしています。
>無任所大臣に就任したテッドは、党派と政権を超えて扱きほ使われることになった。
自援SS『変態朝鮮国内事情―K国版最終的解決編―』参照。
労働党政権になっても、しっかりとこき使われています(ノ∀`)
>無任所大臣として歴代政権の閣僚の中に必ず登場するという偉業を達成することになる。
戦後30年くらいまで歴代内閣の無任所大臣にテッド君の名前が入ることになりますw




