変態紳士の領内事情―悪徳債権回収業者撃退編―
「ロイド・ジョージ首相。書状は確認していただけたと信じております。返事をお聞かせ願いたい」
1941年2月某日。
駐英アメリカ大使に就任したばかりのジョセフ・パトリック・ケネディ・シニアは、首相官邸を訪問していた。
「……アメリカ人の辞書には節操という単語は無いのかね?」
呆れ顔となる英国宰相ロイド・ジョージ。
国王陛下への信任状捧呈を終えたばかりの足で、アポ無し訪問してくるとは思ってもいなかったのである。
(ここで失敗したら後がない。なにがなんでも回収せねば……!)
ケネディとて、好き好んで不作法しているわけではない。
そこまでしなければならないほど彼は追い込まれていた。
史実と同じく、この世界のケネディも実業家として成功していた。
裏社会の住民と良好な関係を築いたことで、インサイダー紛いの手段で莫大な富を築いたのである。
これまでの成功に自信を深めたケネディは、政治家への転身を目論んだ。
そこで目を付けたのが、当時は敏腕弁護士として知られていたジョン・ウィリアム・デイビスであった。
デイビスは当初は大統領選に乗り気では無かった。
そんな彼をケネディは説得し、資金と人脈の両面で強力に支援した。
アル・カポネやラッキー・ルチアーノと引き合わせたのもケネディであった。
圧倒的な劣勢を覆して、デイビスが初当選を果たしたのも裏社会の住民たちの支援があってこそと言える。
ケネディはデイビス政権下で政府の要職を歴任することになった。
政治家としての実績は既に充分。次は自らが大統領になる番だと信じていた。しかし……。
『時は来た! 今こそ偉大なるステイツを無法者どもから解放し、法の光をもって照らし出すのだ!』
初当選から10年後の1935年1月。
裏社会に従順だったデイビスは突如牙をむき、ケネディの努力は全てご破算となった。
『裏社会でもヤツの面従腹背ぶりは有名だったからな』
裏社会の顔役であるフランク・コステロが評していたように、とかくデイビスは相手に真意を悟られずに行動に移すことが巧かった。監視役として送り込まれた閣僚は、いつの間にかに諸般の理由で交代させられるか懐柔させられていた。
当時西海岸で遊説中だったケネディには、寝耳に水の話であったことは言うまでもない。デイビスにとって、ケネディは同志ではなく自らが憎むマフィアやギャングと同類であった。
『……今こそ共産主義によって、労働者の、労働者による、労働者のための国家を建設せねばならないっ!』
ケネディの不幸は続く。
身の振り方を考えているうちに、同年3月に革命軍が決起したことで東海岸に帰還する術は失われた。最終的に帰還出来たのは、革命軍の活動が事実上停止した1936年の3月になってからであった。
命からがら帰還したケネディであったが、ホワイトハウスには顔を出さなかった。デイビスの真意を量り損ねていたからである。
『やぁ、酷いじゃないか。わたしは君のことを心配していたのだよ?』
『い、いえ……とっくに、クビになったものかと……』
結局、力づくでデイビスの前に引っ張り出されることになった。
かつてはデイビス相手に傲岸な態度をとっていたというのに、悲しいくらいにケネディは卑屈になっていた。
『それでなくても、一報くらいは欲しかったな。あっちからでも、電報くらいは打てただろうに』
『い、いやぁ。あの時は生きるのに必死でそこまで頭が回らなかったもので……』
かつてのキングメーカーとして権勢は完全に過去のものであった。
もはや、お互いの立場は完全に逆転していた。
それからというもの、ケネディは馬車馬の如くこき使われることになった。
交渉という概念そのものが壊滅しているデイビスの閣僚の中で唯一交渉を任せられる人材として、海外向けの渉外担当として重用されたのである。
『おはようケネディ君。我が国の財産が不正な手段で国外に持ち出されていることが判明した。君の使命は、ドーセットに密かに運び込まれたと思われる社会のダニどもの不正蓄財の場所を突き止めることだ。仮に君が捕らえられ、あるいは殺されてもステイツは一切関知しないからそのつもりで。なお、このテープは自動的に消滅する。グッドラック』
そんなケネディの新たなる仕事が埋蔵金探しであった。
命令を受けた当初は首を傾げたものの、その金額を知って納得せざるを得なかった。その金額はあまりにも桁外れで莫大であった、
政府関係者たちの間では、ドーセット領に運び込まれた金銀宝石類の評価額は連邦予算に匹敵すると噂されていた。財務状況が急速に悪化していたアメリカからすれば喉から手が出るほど欲しいものであり、直ちに奪還するべきものでもあった。そのためにも、早急に隠し場所を特定する必要があったのである。
「……君が我が国の国内事情を知っているわけないから説明させてもらうが、今回の件に政府は関与しておらん。こちらに来てもらっても困るのだよ」
「これだけのことに政府が関わっていないと言われても信ぴょう性に欠けるのですが。ならば、誰がやったと言うのです?」
ふざけているのか、とばかりにケネディはロイド・ジョージを睨みつける。
当然の反応ではある。
「ニューヨークから2万人近い難民を救出したのも、国外に持ち出された財産を受け入れたのも全て一人の男が動いたからに過ぎん。我らも多少は手伝いはしたがね」
「そんな馬鹿な!?」
荒唐無稽ではあったが、ロイドジョージが噓を言っているようには見えなかった。ならば、ケネディが取る行動は一つしかない。
「そういうことであれば、直接ドーセット公に問い合わせても良いのですな?」
「もちろんだ。現地でトラブルになったら、わたしから許可を得たことを話すとよい」
「……分かりました。ご配慮くださり感謝致します。時間が押してますので、これで」
もはや用はないとばかりに、ケネディは足早に退室していく。
ロイド・ジョージは黙ってその背中を見送ったのであった。
「……」
扉が閉まるのを確認したロイド・ジョージは、デスクの引き出しを開ける。
中に入っていたのは、ダイヤルの付いていない電話機であった。
「……例の書状の件なのだが。そちらに出向くように仕向けたが、良かったのかね?」
『問題無いですよ。後はこっちでやりますので任せてください』
「あまり大事にしてもらっても困るのだが。先月の観艦式も後始末が大変だったのだぞ?」
『いや、あれはあっちの自業自得じゃないですか!? とにかく、あとはこっちでやりますので。それでわっ!』
唐突に切れるホットライン。
ロイド・ジョージは、沈黙した受話器を見つめてため息をつく。
しかし、それも一瞬のこと。
世界最強国家大英帝国の宰相に暇な時間など存在しなかったのである。
「テッド・ハーグリーヴスです。ドーセットへようこそ」
「突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただけること感謝する」
ドーセット領の州都ドーチェスター。
旧市街地に位置するドーセット公爵邸の執務室では、テッド・ハーグリーヴスとケネディの対面が実現していた。
「えーと、話は聞いてますよ。ドーセット領に不正に持ち込まれたアメリカの財産を回収したいとか?」
「!?」
いきなり本題をぶっこむテッド。
ケネディも思わず身を乗り出す。
「結論からお話ししますが無理ですね」
「やはりそうなるよな……」
これ以上ないくらい明確に否定されたというのに、ケネディは落ち着いていた。
ロイド・ジョージの時と反応が雲泥の差であるが、これは彼が事実を知ってしまったからに他ならない。ドーセット領に向かう途中で、当時の外交情報のリークを受けていたのである。
『師団丸ごととか正気かぁ!?』
『頼む! 奴らを見捨てることは出来んのだ!』
事の起こりは5年前。
テッドがコステロの依頼を受けた事に端を発していた。
コステロ子飼いの第27歩兵師団の将兵と裏社会の住人、その家族も加えると2万人弱であった。これだけの人数を内戦中の国から国外脱出させるメリットなど普通は存在しない。
しかし、生憎とテッドは普通では無かった。
彼は2万人弱の難民を新たなる労働力と考えた。
史実21世紀のGDP2位(笑)の某国家の如き経済成長率を叩き出していたドーセット領は、慢性的な労働力不足を周辺地域からの人口流入で補ってきた。しかし、その所業は他所からすれば労働力の強奪に他ならなかった。
英国政府としても極端かつ急激な人口移動を望んでいなかった。
関連法案が整備された結果、大規模な労働力募集が不可能になってしまったのである。
周辺地域からの人口流入が制限されたドーセット領では、労働力確保に苦労していた。そのような状況でアメリカから新たなカモネギ――もとい、労働力を確保することが出来るならば万難を排して成功させる必要があった。
都合の良いことに、当時のアメリカは内戦中であった。
難民救助の名目で国外脱出させるのに何ら問題は無い。
内戦状態を定義した大統領親書の存在も有利に働いた。
大統領直筆の親書なので、筆跡鑑定すれば大統領の意思が介在していたことを立証出来る。
双方のちょっとした解釈の違いによる諍いもあったものの、最終的に事なきを得た。難民は無事にドーセット領に到着して現在に至っているわけである。
事の次第を知ったケネディは呆れるしか無かった。
手段が強引過ぎるとはいえ、これでは英国側を非難することは出来ない。
こちらからつついて、相手がボロを出してくれれば儲けもの。
というより、それしか手段は無かった。目の前のいる黒幕は、もちろんそのようなヘマはしなかったが。
(わたしとしては今の生活は気に入っているのだがなぁ)
極上のダージリンの春摘み紅茶紅茶を啜りながらも渋面となるケネディ。
彼自身は宮廷や貴族たちと付き合う優雅な大使生活に憧れていたし、連れてきた家族も英国での生活に馴染み始めていた。これを手放すのは、あまりにも惜しいと考えていたのである。
(いっそこのまま放置して欲しいが、望み薄だろうな)
失敗したと馬鹿正直に報告しようものなら、即刻本国へ召還されかねない。
かといって、報告を引き延ばすにも限度がある。どうしたものかと、ケネディは頭を抱えてしまった。
「何を悩んでいるのか丸分かりというか。素直にお宝を発見したと報告すれば良いでしょうに」
その様子を見かねたのか、テッドはケネディに助け舟を出した。
いい歳したおっさんが、目の前でうんうんと悩む姿をこれ以上見ていられなかったのである。もちろん善意だけでは無く、彼なりの打算が存在してはいたが。
「……正気か? それが意味することが分かっているのか?」
テッドの発言にケネディが目を丸くしたのは言うまでもない。
しかし、他に選択肢がないことも事実であった。
「さすがに直接戦争は吹っ掛けてこないだろうけど、なんらかの手段を講じてくるでしょうね。でも、それって今更の話だし。難民を受け入れた時点で、これくらいは覚悟してますよ」
テッドは不敵に笑う。
(この男はステイツを敵に回す覚悟が出来ているというのか!?)
その様子にケネディが驚嘆したのは言うまでもない。
同時にロイド・ジョージが真実を語っていたことも確信していた。
「……わたしは何をすれば良い?」
どちらにつくかなんて考えるまでも無かった。
デイビスに従っていても、いずれ切り捨てられるのは必定。ならば、目の前の男と組んだほうがマシな未来を手に入れられるだろう。
「普通にお仕事してくれれば良いですよ。とりあえず今回はお宝が領内にあることは確実ってくらいに報告しておけば良いんじゃないかな」
「了解した。疑われない程度に仕事をするとしよう」
ケネディを味方に引き入れたことでアメリカ側の動きが丸わかりになっただけでなく、意図的な誘導が可能となった。報告を受けたアメリカ本国では、場所を特定するべく次なる手を打つことになるのである。
「……と、いうわけでアメリカがあなたたちに対してアクションを起こす可能性があることを念頭に入れておいて欲しい」
新市街の一角に建設された巨大カジノ。
本日全面貸し切りとなったカジノのVIPルームには、テッドの呼びかけで元アメリカ裏社会の重鎮たちが集結していた。
「ドーセット公としては、どうするつもりなんだい?」
白いスーツを粋に着こなした伊達男――ラッキー・ルチアーノが、テッドに質問する。
「当然、全面的に対応させてもらう。既に迷惑料込みで金はもらってるし」
それに対するテッドの回答はシンプルなものであった。
端から見捨てる気など無かったのである。
「それを聞いて安心したぜ。しかし、奴らが今更何をやってくるって言うんだ?」
「連中の狙いは、あんたらがここに持ち込んだ大量の金銀宝石と有価証券だよ。そんなものに頼らないといけないほど、経済がヤバいらしい」
「俺らを社会のダニ扱いしておいて、この体たらくか。ざまぁねぇな!」
ルチアーノにつられて、周囲からもどっと笑いが起きる。
長らく共生関係にあったアメリカと裏社会であるが、お互いにいろいろと溜め込んでいたらしい。
「それで、肝心のお宝は今はどうなっているのだ?」
続いて質問したのは、裏社会の重鎮であるフランク・コステロであった。
きっちりと着こなしたスーツと、身に着けた貫禄は中堅どころの議員に見えなくもない。
実際、議員になるかもしれないので強ち嘘では無かったりする。
任期満了に伴う今年のドーセット州議員選挙で、新設されたニュードーチェスター選挙区から立候補予定であった。
もっとも、選挙自体は茶番で結果は既に確定していたのであるが。
ニュードーチェスターの住民から圧倒的な支持を受けたコステロは、下馬評通りトップ当選を果たすことになる。
以後のニュードーチェスター選挙区は、コステロの無投票当選が長らく続くことになった。コステロが何かしたわけではないのであるが、住民たちが皆遠慮してしまうのである。この流れはコステロが議員を引退するまで続くことになる。
「……まだ換金作業中ですよ。アメリカの国家予算に匹敵するだけの金額を売り捌くには、それなりに時間がかかりますので」
「普通は換金しようとは思わないんだがな……」
ドル安なアメリカでは宝石に換金したほうがお得であったが、大英帝国では事情が異なる。
無駄に広い自治領と植民地には大量の宝石が産出して需要がだぶついており、ポンド高も続いているので現金なり有価証券にしたほうがお得なのである。
(ロンドンのデビアスが屑ダイヤをドーバーに捨てているという噂が立つくらいだし)
ちなみに、この世界の英国では合成ダイヤモンド技術が実用化されていた。
将来的にひっ迫するであろう工業ダイヤモンド需要を満たすためであり、現在は品質の安定化と量産技術の確立が至上命題であった。
その存在は秘中の秘とされているが、それでもどこからか情報が漏れ出ているのか大英連邦特恵関税制度内でのダイヤモンド相場は下落傾向であった。そんなわけで、テッドは将来的に値崩れ必至なダイヤモンドを優先して換金していた。
しかし、テッドは知らなかった。
数年以内に合成ダイヤモンドどころか、合成ルビー、合成サファイヤ、合成エメラルドなどあらゆる宝石が合成可能になって相場に悪影響を与えることになるのである。
「しかし、ここはステイツじゃない。天下の大英帝国だぞ? わざわざ手出ししてくるとは思えないんだが……」
室内だというのに、ボルサリーノを被ったスーツ姿の男――ルイス・バカルターが疑問を口にする。アメリカ裏社会の秩序を守ってきたバカルターは、国家権力を敵に回す面倒さを理解していた。しかし、それが及ぶのは国内のみであることもまた理解していた。
「僕だって確証があるわけじゃない。でも、アメリカから返還請求が来たのは事実だからね」
「備えておくに越したことはないというわけかい。ま、誘拐して身代金という手も無くはないからな」
備えておいて実際に役立つことが最良ではない。
最上の結果は、備えておいて何も起こらないことである。どちらにしても、備えておくに越したことはないのであるが……。
「仮にアメリカがドーセット領に手を出すとすれば、工作員を送り込んで来るんじゃないかと思う。さすがに軍隊は送ってこないだろうし」
「そんなことしたら戦争じゃないか。いくらデイビスがアホでもそこまでやるはずは……ないぞ。多分」
「頼むから、もっとはっきりしっかり否定してくれ伊達男。フラグが立ったらどーすんだ!?」
自信無さげなルチアーノに、テッドは勢いでツッコミを入れてしまう。
とはいえ、デイビス政権のこれまでのやらかしを知ってしまうと否定出来る要素はどこにもない。
「ところで、怪しいヤツを見つけたらどうすれば良いんだい?」
「普通に通報してくれれば良いよ。とりあえず警察に任せておけばOK」
不満そうな表情となるバカルター。
ガキの使いじゃあるまいし、見つけて通報するだけというのは承服し難いものがあった。
「あんたに任したら、勢いあまって殺しかねないでしょうが……」
「……」
本音を指摘されて押し黙るバカルター。
下手に抵抗されるくらいならば始末したほうが良いと考えていたのである。
この世界においても、バカルターは殺人株式会社の指揮官として暗躍していた。引き連れてきた部下たちはプロの暗殺者であり、ビジネス感覚で人を殺せる集団であった。
「どうせ非合法な工作員なんだろう? 下手に抵抗して周辺のカタギに被害が出るくらいなら、さっさと始末したほうが良いぜ?」
「そりゃそうなんだけどぁ……」
バカルターが言ってることもまた正しい。
捕まったスパイなんぞ即刻処刑されても文句は言えない。それだけに激しい抵抗をしてくる可能性が高いし、カタギの人間が巻き込まれるリスクも高まってしまう。
「そこらへんにしておけ。ドーセット公が困っているだろう」
「コステロさん……」
両者の口論をコステロが止める。
さすがのバカルターも裏社会の重鎮の前では借りてきた猫の如く従順であった。
「ドーセット公。この案件、わたしに仕切らせてもらえないか? 悪いようにはしない」
「ミスターにそこまで言われると、もうどうしようもないじゃないですか。はぁ……」
そうは言いながらも、テッドは内心では安堵していた。
聖人といってもよいくらいの人格者である彼ならば、上手く仕切ってくれると確信があった。
『どうしますリーダー? 殺りますか?』
『そんなことをしたらコステロさんの顔に泥を塗っちまうじゃないか。ぶん殴るくらいにしておけ』
『『『へいっ!』』』
実際、コステロに任せたのは正解であった。
捕縛された工作員は五体満足のまま警察に引き渡されたのである。
『……放送中に不自然なノイズが混入したことをお詫びいたします。それでは、来週もこの時間で! ラジオドーセットでした!』
生放送中に突然発生する耳障りなノイズ。
しかし、パーソナリティの対応は手慣れたものであった。
1941年3月中旬から、ドーセット領内のラジオ放送中にノイズが混入する事件が多発していた。
ノイズ自体は一瞬であり、ラジオ視聴に悪影響を与えるほどでは無い。
しかし、ノイズの発生件数は増大の一途であった。
『部品交換どころか、アンテナ塔を立て直したというのにノイズが再発するとは』
『北方のギリンガムでもノイズが発生しているそうです』
『これは外部に原因があるのでは……?』
殺到するクレームに対応するべく、ラジオ局側が直ちに動いたのは言うまでもない。当初は機器の老朽化と判断されて領内の各ラジオ局では徹底的な点検が実施されたが、機器に特段の問題は見受けられなかった。
関係者の必死の努力を嘲笑うかのようにノイズは増大していった。
しかし、意外なところからノイズの原因が判明することになったのである。
「……アメリカの工作員が領内に入り込んでるぅ!?」
「しーっ!? ドーセット公、声が大きい!? ぎゃふんっ!?」
大声に焦ったケネディがテッドの口を塞ごうとする。
しかし、カウンターでチョップを喰らって撃沈することになった。
「ここにいるのはうちのメイドたちだけだから盗聴の心配は無いんだけど?」
「そ、そういえばそうだったな……」
二人が居るのは、ドーチェスターハウスの庭園に設けられた西洋風あずまやであった。史実のアニメ作品で貴族が茶会してそうなアレであり、実際に二人はお茶会をしていた。
最近のテッドは茶会を開催することが多くなった。
別に貴族趣味に目覚めたわけではなく、ケネディを呼びつけるための方便に過ぎないのであるが。
テッドがアメリカ大使館に出向くと良からぬ噂が立ちかねないが、ケネディを招待するのは問題無い。貴族が列強の全権大使を招待することは普通にあり得ることなのである。
「失礼します。冷めた紅茶をお取替えします」
「新しいスイーツをお持ちしました」
給仕するメイドたちを見て鼻の下を長く――もとい、微笑ましく見守るケネディ。お貴族さまの優雅な生活に憧れていたので、こういうのは大好物なのであった。
(……知らぬが仏だよねぇ)
そんなケネディを生暖かく見守るテッド。
見た目こそ完璧であるが、彼女らはドーセット公爵家が誇るメイド部隊。腹筋バキバキだし、スカートの下には武器が隠されていたりする。本当に知らぬが仏である。
「……で、さっきの話。詳しく聞きたいのだけど?」
「あぁ、本国への定期報告で最近のラジオのノイズの件を報告したら教えてくれたよ」
『お手柄だろう?』とばかりにケネディは笑みを浮かべる。
その様子にムカつくテッドではあったが、実際お手柄には違いない。
「とすると、ラジオのノイズは潜入した工作員の仕業か……」
「直接は話してくれなかったが、通信機で本国に直接送信しているらしいぞ?」
二人が今こうしている瞬間にも、アメリカから送り込まれた工作員たちは調査結果を送信していた。彼らが所持する短波送信機が電波を発する毎に、ドーセット領内のラジオはノイズを吐き出していたのである。
「……ところで、うちの庭で好き勝手しているヤツの心当たりはある?」
テッドからすれば、アメリカが工作員を派遣してくること自体が信じられなかった。内戦で疲弊した状態では何もできないだろうと無意識に高を括っていたのであろう。
「シークレットサービスだ。今のステイツでこんなことが出来る組織は一つしかない」
さも当然とばかりに即答するケネディ。
デイビス政権でこき使われただけのことはあり、彼はアメリカ政府の内情に詳しかった。
「シークレットサービスって、あのシークレットサービス?」
「あぁ。そのシークレットサービスで間違っていない」
予想外の組織の名前が出てきて困惑するテッド。
シークレットサービスは大統領の護衛に過ぎない。そのような組織が人様の庭を荒らしているのか理解出来なかった。
「シークレットサービスって、大統領の護衛をする部署じゃないの?」
「元々はな。今のシークレットサービスはFBIを吸収して巨大化している。今暗躍しているのも元FBIのエージェントだろう」
史実のシークレットサービスはアメリカ大統領の警護で有名であるが、2001年まで財務省の管轄であったことは意外と知られていない。この世界では未だに財務省の管轄であった。
1936年以降、アメリカ国内では裏社会の財産の接収が激増していた。
財産の接収ならば財務省が直接動いたほうが都合が良いだろうということで、シークレットサービスが現場に投入されることが増えていた。
激増する接収案件に対応するべく、この世界のシークレットサービスはFBIを吸収して急速に規模を拡大していた。現在では国外でスパイの真似事までするようになっていたのである。
(元FBIならフーヴァーがなんとかしてくれるかな? お金で動いてくれたら楽なんだけどなぁ……)
テッド思わずため息をついてしまう。
元FBI長官にして、現在はドーセット警察の特別顧問であるジョン・エドガー・フーヴァーが優秀なのは疑いようもない。さすがは腐っても史実の偉人と言える。
ただ一つ難点を挙げるとすれば、フーヴァーを働かせるには『特別な報酬』が必要なことくらいであろう。金と女があれば大概の人間は動かせるのであるが、彼は数少ない例外であった。
報酬を用意出来なくはないが、精神衛生上あまりよろしいものではない。
平成会の元過激派にも借りを作ることにもなってしまうので、思わず頭を抱えたくもなろうというものである。
「まぁ、それはそっちで頑張ってくれとしか言えんのだが。そろそろお暇させてもらおうか。家族を待たしているのでな」
「あらお帰り? そういうことなら……おーいっ!」
パンパンと手を叩くと、メイドが紙袋を持参する。
駅前デパートのロゴが印刷された袋は、不自然にならないギリギリのレベルで中身が満たされていた。
「ややっ、いつも済まないな」
中身を知っているくせに、ケネディは律儀に中身を確認してほくそ笑む。
そして、両手の紙袋をしっかりと握りなおす。
ちなみに、中身は山吹色の菓子であった。
情報提供料として、テッドはポンドの現ナマを渡していたのである。
「車の用意を。ミスターを送ってさしあげて」
「かしこまりました」
「本当に済まないな。では、またいずれ」
「お気をつけて」
メイドに案内されてケネディは去っていく。
報酬は多めに渡しておいたから、次も有意義な情報を持ってきてくれることだろう。
テッドの部下はヒトラーを筆頭に優秀だが性格が破綻していた。
しかも単純に金で動いてくれないので報酬を用意するのにも毎回苦労する。
それに対して、ケネディは金で仕事をしてくれるのでありがたいことこの上ない。裏切りを警戒する必要はあるが、保険は用意しているので何の問題も無かったのである。
「セバスチャン、進捗はどう?」
ケネディとの茶会から数日後。
テッドは、ドーセット公爵家家令セバスチャン・ウッズフォードと捜査の進展状況を確認していた。
「……なかなか苦しい状況でございますな。相手も素人では無いので、なかなか尻尾を出してくれません」
セバスチャンの表情は険しかった。
一族を総動員しているにも関わらず、未だにシークレットサービスの工作員を捕らえられずにいたのである。
「せめて犯人の特徴とかがあれば探しやすいのですが。現状だと雲をつかむような話でありますからな……」
明らかな不審人物であれば捕縛することも出来る。
しかし、見た目に不自然さが無いとなると現行犯で逮捕するしか方法が無い。
「領民以外の人間を集中的に見張るのはダメなの?」
テッドの疑問はもっともなことであろう。
日本人には外国人の人種の区別などつかないが、セバスチャンの一族ならば領民とそれ以外の人間を見分けることも不可能ではない。
「そうしているのですが、今の時期は外国人が多い時期でして……」
「あぁ、例〇祭の時期だったけか」
イベントの知名度は高く、ドーセット領には国外からも大量の観光客が流入していた。さしものセバスチャンの一族でも、このような状況では十分な監視は不可能であった。
相手の姿も分からず、具体的にどのような犯行をどのような手段で実行しているのかも分からない。せめて一人でも捕縛出来れば状況は劇的に改善するのであるが、その一人目が逮捕出来ない状況ではどうしようも無かったのである。
「……と、いうわけなんだ。現状ではさしたる実害は無いけど、人の庭で勝手なことをされるのは気分が悪い。なんとかしてもらえないかな?」
1週間前にケネディを迎えた庭園のガゼボ。
本日の茶会は二人の男を迎えていた。
「んんんんー、許るさーん! わたしのお気に入りチャンネルがノイズ塗れになったのはそれが原因か!? しかも、犯人が元部下かもしれないだとぉ!?」
「これは何が何でも犯人を捕まえる必要がありますね!」
二人の男――ジョン・エドガー・フーヴァーと腹心のクライド・トルソンの反応は激烈であった。その姿は警察官僚らしく社会正義に燃えているように見えなくもない。黙っていれば、であるが。すがすがしいくらいに欲望にストレートである。
「引き受けてくれそうで安心したよ。ところで報酬なんだけど……」
二人の反応を見て安堵するテッドであるが、ここからが本番と言える。
なるべく無難な報酬に落とし込むべく交渉を開始したのであるが……。
「え? 船が欲しい?」
「うむ、中古で良いのだが」
フーヴァーの要求は意外なものであった。
てっきり、モブ先生のBL過激本でもねだられると思ったのであるが。
「どのくらいの大きさが良いわけ?」
「そうだな。ある程度以上の大きさがあれば問題無いのが、なんて説明すれば良いのか……」
「通信機能の充実は外せませんね。大型漁船よりは大きくなる……でしょうかねぇ?」
船が欲しいと言ってる割には、具体的な要求が出てこない。
この時点で、テッドは怪しさに気付くべきであった。
「あーもぅ、めんどくさい。造船所に紹介状を書くから好きな船を作ってきなよ。もちろん、予算は全部出す!」
「ほ、本当か!?」
「良いんですかドーセット公!?」
テッドの提案にもろ手を挙げて大歓迎する二人。
事件解決後に造船所に駆け込んだのは言うまでも無いことであった。
「……まさか、コミケの恰好をしてうろついていたとは」
「今の時期ならば、珍しくありませんな。盲点でした」
1週間後。
テッドとセバスチャンは、フーヴァーからの報告書を読んで唸らされていた。
今の時期のドーセット領は同人イベントてんこ盛りであり、街のあちこちにトートバッグをかついだ人間が歩いていた。そのトートバッグの中に工作員たちは通信機を仕込んでいたのである。
探索方法も洗練されていた。
ドーセット領内を碁盤の目のように区切り、異常が発見出来なかったブロックの座標を暗号で送信していた。
「今後はカジノ周辺の警備を進めないといけないかなぁ」
「さようでございますな。しかし、来るとわかっていればやりやすい。今後は後れを取るようなことはありませんぞ」
探索活動はドーセット領内の各地で同時進行的に実施されており、それがラジオへのノイズの原因となった。報告書によると既にドーセット領内の大半が探索されており、ある程度の場所は絞れているだろうと結論付けられていた。
1941年4月になるとドーセット領内のラジオのノイズ問題は完全に解決することになる。その陰で多数の工作員たちが捕縛されていたのは言うまでも無い。
『それにしても、今回の事件は渡りに船だったな』
『そうですね。この船が完成すれば、我らの野望も一歩前進することでしょう』
なお、1942年以降に海賊放送が始まったのは今回の事件にはまったく関係がない。公海上に停泊した船からBLなASMR(autonomous sensory meridian response)が放送されていたことを知る関係者は、放送当時はごく少数にとどめられていた。
史実の1960年代の英国には民放ラジオは存在しなかった。
国営放送のBBCはポピュラー・ミュージックの放送時間を制限しており、当時の若者たちは流行歌をラジオで自由に聴くことが出来なかった。
そのような状況で行われたのが海賊放送であった。
公海上に停泊した船から24時間365日ロックを流し続けるという快挙を成し遂げたのである。
この世界の英国では民放どころか、普通に地元ラジオ局まで開局しているので海賊放送の存在意義はない。あくまでも、普通の放送内容であるならばと条件が付くが……。
フーヴァーは元過激派モブと組んで過激な内容のASMR(BL)を放送することで新たな同志を獲得することを考えていた。今回の事件は文字通りに渡りに船であった。
練りに練られたシナリオに加えて、声優たちの迫真の演技とリアルな効果音と相まってBLなASMRはカルト的な人気を獲得することになった。その影響力は計り知れないものがあり、確実に青少年の性癖を捻じ曲げることになる。
フーヴァーの試みが成功すると、同様のことを考える輩が出てくるのは避けらない。BLだけでなく、様々なジャンルの海賊放送が出てくるまで時間はかからなかった。
この問題を解決するために海洋放送法が史実よりも20年早く施行されることになったが、それまでにASMRは英国社会での市民権を得ることに成功していた。ASMRはLカセットやCDなどの媒体で堂々と販売されることになるのである。
「ボ、ボスじゃないですか!? まさかこのような場所でお会いできるとは!?」
新市街に所在するドーセット警察本部。
その一室では取り調べが進行中であった。
「……君の顔には見覚えがある。たしか主任補佐官だったな」
「そうです。思い出していただけましたか!?」
取り調べ中に感極まっている工作員。
彼はかつてのフーヴァーの部下であった。
一網打尽にされた工作員たちは全て警察に引き渡されることになった。
そのほぼ全てが元FBIと判明したからである。
「あまりこういうことを聞きたくないのだが、無理に答えなくてもいい。君らは使い捨てにされたのか?」
「……ここに送り込まれたのは、元FBIが大半です。最近は本国も連絡も寄越しませんよ」
自嘲気味に答える元部下。
送り込んだシークレットサービス側からすれば、仮に現地で逮捕されても知らぬ存ぜぬを通せばよい。不穏分子を排除出来て一石二鳥と言える。
「ボス、俺たち処刑されるんですか?」
「それは……」
元部下の独白に返答に窮するフーヴァー。
外国で非合法な活動に従事した工作員がどんな末路を辿るのかを嫌というほど理解していた。
「大丈夫だ。俺に任せろ。絶対におまえらを死なせはしない!」
「ボス……!」
フーヴァーの言葉に再び感極まる元部下。
このような光景が、連日に渡って繰り広げられたのである。
「ドーセット公、部下を助けてくれ!」
「いきなりなんだ!?」
フーヴァーが駆け込んだのは、ドーチェスターハウスであった。
土下座せんばかりの勢いで、彼はテッドに元部下たちの助命を頼み込む。
「あー、まぁスパイの末路は決まっているから、その心配は分からなくもないけど」
「そこをなんとか!」
再び土下座するフーヴァー。
大の男が目の前で土下座されると、なかなかに精神的にくるものがある。
「いや、だから落ち着いてってば。具体的な被害が出てないのに、そんなこと出来るわけないでしょ」
「えっ?」
今回の事件の実質的な被害はラジオにノイズが発生しただけに過ぎない。
ノイズの発生源である短波通信機は国によっては所持しているだけでも逮捕案件ではあるが、この世界の英国では特に規制はされていない。
「罪状がないから現状は不当逮捕なんだよ。正直言って、これ以上拘留するのは難しい」
「えっ? えっ?」
つまり、現状は何ら法を犯していない外国人を不当逮捕している状況と言える。
300人までに膨れ上がった工作員を早く何とかしてくれと、テッドは警察本部からせっつかれてる最中であった。
「かといって、このまま無罪放免も難しい。再犯しない保証がないからね」
「なるほど……」
工作員――もとい、元部下の置かれた状況に納得するフーヴァー。
とりあえず処刑されることがないと分かっただけでも大収穫であった。
「工作員たちは元部下なんでしょう? 君が保証人となってくれれば領民として受け入れられる。もちろん本人の意思が最優先だけどね」
フーヴァーはテッドの言葉を最後まで聞いていなかった。
元部下を説得するべく警察本部へとんぼ返りしたのである。
「……そういうわけだ。ここの領民にならないか?」
「ボス? 話が急すぎてついていけないんですけど!? 俺ら処刑されるんじゃなかったんですか!?」
主任補佐官だった元部下は混乱していた。
この状況で無罪放免とか言われたら、誰だって罠か夢と疑うことであろう。
「ここのトップであられるドーセット公は寛容なお方だ。言質は取ったし、そもそも約束をたがえるお方ではないから安心しろ」
「それが本当なら願ったりかなったりです。お願いです俺を領民にしてください!」
元部下に選択肢があるはずもなく。
フーヴァーは全員を説得することに成功したのであった。
「全員の説得に成功した? オッケー。じゃあ全員領民で」
「か、軽い……まぁ、こっちは部下の命が救えて大助かりだが」
後日、テッドの鶴の一声で工作員全員が領民として登録されることになった。
彼らはフーヴァーの監督下でドーセット領での生活をスタートすることになるのである。
「ドーセット公。部下たちの助命、あらためて感謝する」
「何をあらたまって大げさな。もう終わったことなんだし」
書類にサインをするのに夢中で、顔も上げずに返答する。
もはやフーヴァーのことなど、どうでも良いといった風情であった。
「……何故、部下たちを救ってくれたのだ?」
そんなテッドを見たフーヴァーは、思っていた疑問をつい口にしてしまった。
「そりゃあ、貴重な人材だからだよ」
「貴重な人材……?」
大物スパイなら助命することもあり得る。
政治的決着をはかることもあるだろう。
しかし、元部下にそれほどの価値があるかと問われれば否であろう。
手塩にかけた部下たちではあるが、少なくとも重要な情報など持っていない。
「僕がドーセット公になってからもう20年以上は経つかな? 当時は何もないド田舎だった」
「イギリスでも屈指の大都市が? 信じられんが……」
繁栄しているドーセットとしか知らなかったフーヴァーは驚く。
ニューヨークでもたった30年でここまで発展するのは不可能であろう。
「特に人材不足が深刻でさぁ。だから何が何でも人材を確保したかったんだ」
発展するには、とにかく人・モノ・金が欠かせない。
テッドが人材コレクター呼ばわりされるほどに人材確保に執着するのは過去の経験に起因していた。
「今回の工作員だって特に悪さはしてないし、元警察ならうちの警察に再就職だって出来るじゃない。これは何が何でも保護しなきゃって思ったんだよ」
身もふたもない言い方をすれば、テッドの人材確保の基準は五体満足なこと。
これだけである。
さらに警察官として肉体が鍛えられているのであれば文句なし。
警察官を一から育成するにも金と時間がかかるわけで、再教育するだけで済むなら御の字と言える。
「僕が考えている計画に元FBIの人材が最適というのもあるけどね」
「それを先に言ってくれれば、こちらでもいろいろと便宜がはかれるのだが?」
「いやいや。まだ思いついただけだし。ダメならダメでそのまま警察への再就職コースだし」
いくら領内に情報網を整備していても、今回の事件のように外部から好き勝手されたら意味が無い。こういう時に頼るべきはMI6なのだが、MI6長官のスチュワート・メンジーズ陸軍少将と不仲なので全面的には頼れない。
テッドにとって、今回の事件はある意味渡りに船であった。
かねてより温めていた計画をここぞとばかりに進めることにしたのである。
「ここが我らの新たなる城か……」
ドーセット警察本部にほど近い雑居ビル。
その最上階の一室で、ドーセット中央情報局初代局長ジョン・エドガー・フーヴァーはご満悦であった。
『組織名はDCIAとする。うちを除いた国内とアメリカに対する諜報機関にするつもりだ。初代局長はフーヴァーに頼むよ』
DCIAはテッドの鶴の一声で設立された組織である。
国内(ドーセット領除く)とアメリカでの情報収集を主任務としていた。
「結局、仮住まいですけどね」
「トルソン、盛り下げることを言うんじゃない」
腹心の指摘にフーヴァーは表情を険しくする。
とはいえ、本気で怒っているわけでは無かったが。
「まぁ、想定以上に人材が確保出来たのは喜ぶべきではあるな」
DCIAが仮住まいになってしまったのは、キャパオーバーになってしまったからに他ならない。当初の想定以上に人材が集まってしまったのが原因である。
シークレットサービス側は、使い捨て前提で大量の工作員を送り込んでいた。
取っ捕まる前に情報を送信出来ればよし、捕まっても放置するのでよし。どうせ作戦に投入するのは組織内で持て余した旧FBIの連中なので消耗しても問題無い。
こんな外道な作戦に投入されたエージェントの士気が上がるはずもない。
捕まって尋問を受ければあっさりと白状して、あとは芋づる式に捕まっていったのである。
「あの……本当に良いのでしょうか? 分不相応というか、落ち着かないのですが……」
FBIでは若手のホープだった元主任補佐官は、DCIAの副局長補に任命されていた。3階級特進したあげくに組織のナンバー3に据えられてしまえば、落ち着かないのも当然であろう。
「さて、準備に忙しいのに集まってもらったのは他でもない。この組織の存在意義をあらためて確認したいからだ」
フーヴァーは二人を前に語りかけるように話す。
その目は真剣そのものであった。
「DCIAはドーセット公によって設立された。その理由は分かるか?」
「国内とアメリカの情報収集のためですね!」
「それだけだと50点だな」
「えぇぇぇぇ……」
即答する副局長補であったが、フーヴァーは容赦なくこき下ろす。
そのようなありきたりな答えは求めていない。
「ドーセット領を見てどう思った? ステイツと比べたらどうだ?」
「此処はとんでもなく治安が良いです。ステイツとは比べ物になりません」
領内を視察した副局長補は、ドーセットの治安の良さに驚愕していた。
女子供の夜間外出すら可能という話を聞いて、最初は信じられなかったくらいである。
「治安の良さを実現しているのはなんだと思う?」
「それはもちろん、地元警察のおかげでしょう。規模も練度もNYPDとは比較にすらなりません」
ドーセットの警察機構は、史実日本の都道府県警を参考に構築されている。
この時代の警察とは装備も練度も桁違いであり、現状では世界一と言っても過言ではない治安を実現していた。
「治安が良ければ安心して外出出来るし、女子供でも働くことも出来る。ドーセット公は警察の価値と使用法をよく理解しておられる」
当時のテッドはそこまで深く考えていなかった。
フーヴァーが言ってることが結果的には実現してしまったに過ぎない。
「繰り返すが、ドーセット公は警察の使い方を理解しておられる。そうでなければ、我らのような外様に権力を与えようとはしないだろう」
「それは確かにそうですな」
「他国のスパイをそっくりそのまま再雇用とか、ぶっ飛んでますよね……」
フーヴァーは警察官僚としてテッドの先見性を高く評価していた。
元FBIだけを集めてDCIAを設立したのも、その一環だと強く信じていた。
「しかし、ドーセット公には敵が多い。彼が失脚するようなことになれば、それは我らの凋落を意味するだろう」
「そうならないためにも、ドーセット公の脅威となるものを徹底的に排除する必要があるわけですな」
「ドーセット公のお手を煩わせないように頑張らないといけませんね」
DCIAの首脳部はテッドの障害になりそうな存在を片っ端から排除することが最優先と考えていた。当のテッドはDCIAにそこまで求めておらず、外部からの脅威に対しての鳴子になってくれれば程度にしか考えていなかった。
しかし、両者の認識の違いが後にとんでもないトラブルを巻き起こすことになった。DCIAが良かれと思って行った秘密工作が、後にテッドを窮地に陥れるのである。
それでも、DCIAが優秀な情報機関であることは疑いようもない。
諸般の事情でMI6に頼れないテッドは、この組織を大いに重用することになった。
ドーセット領を訪問した悪質債権回収業者の手先は同業他社への転職を余儀なくされた。実働部隊を根こそぎ奪われる形となり、そのまま臨時休業に追い込まれたのであるが……。
『送り込んだエージェントが全滅しただと!?』
『所詮、連中は捨て駒だ。お宝、いや、ステイツの財産の隠し場所は特定出来たのか?』
『場所の特定は終わっている。しかし、どうやって回収すれば良いのだ?』
『それに関しては考えがある。大統領に承諾を得る必要があるがな』
しかし、シークレットサービスはしぶとかった。
このままだとアメリカという国家ごと破滅するしかない。そうなる前に多少強引な手を使ってでも取り立てをするべく次なる手段の準備を進めていたのである。
完全に撃退していないからタイトル詐欺ですね(酷
いろいろと良くないフラグも立った気がしますけど、多分気のせいでしょうw
>ジョセフ・パトリック・ケネディ・シニア
史実でもこの時期は駐英アメリカ大使を務めています。
失言をやらかしてクビになってますが、この世界だとテッド君とうまくつきあっていけそうですねw
>なお、このテープは自動的に消滅する。
スパイ大作戦良いですよね(*´ω`)
>当時の外交情報のリークを受けていたのである。
もちろん、テッド君の仕業です。
彼が列車の特等席で眠りこけているところにそっと置いて来ましたw
>テッドがコステロの依頼を受けた事に端を発していた。
本編第95話『人材コレクター』参照。
>史実21世紀のGDP2位(笑)の某国家の如き経済成長率を叩き出していた
史実の高度経済成長とタメを張れる経済成長っぷりです。
年10%近い成長率のおかげで、ドーセットの領民の所得は10年で2倍になっていたりします。
>(ロンドンのデビアスが屑ダイヤをドーバーに捨てているという噂が立つくらいだし)
元ネタはゴルゴですが、実際にやっていてもおかしくはないと思っています。
屑ダイヤなんて工業用ダイヤくらいにしか価値がありませんし。
>ルイス・バカルター
じつは自援SSに既に登場していたりします。
頑張って探してみてくださいw
>「頼むから、もっとはっきりしっかり否定してくれ伊達男。フラグが立ったらどーすんだ!?」
ノーコメントでw
>ドーセット領内のラジオ放送中にノイズが混入する事件が多発していた。
ラジオに不自然なノイズが入るようなら、近くに電波を発信するものが存在することを疑ったほうが良いです。これを逆に利用して盗聴器探しも出来ます。こち亀でネタになってましたよね。
>西洋風あずまや
日本でもちょっと広い公園なんかよくある屋根付きの建物のことです。
お貴族さまだと自分の庭に作ってお茶会を開催することが多いですね。
>腹筋バキバキだし、スカートの下には武器が隠されていたりする。
見た目は完璧なヴィクトリアメイドなのですが、町娘を立派なアサシンにしてしまうマルヴィナ・ブートキャンプの卒業者なので致し方なしなのです。
>駅前デパートのロゴが印刷された袋は、不自然にならないギリギリのレベルで中身が満たされていた。
急に昭和の政治っぽくなってきましたw
実際、昔の自民党の総裁選では現ナマが実弾の如く飛びまくってたそうです。
>「あぁ、例〇祭の時期だったけか」
テッド君の努力のおかげで、最近のドーセット領では大型同人イベントが開催されることが多いです。コミケだけは未だにロンドンで開催されてたりしますが。
>んんんんー、許るさーん!
誤字にあらず。
公式です!w
>船が欲しいと言ってる割には、具体的な要求が出てこない。
収録スペースとか高価な音響機材を入れるためには船体がデカいに越したことないけど、二人とも船の知識が無かったので困ってしまったというオチ。なお、後に過激派モブたちと検討してハンディサイズの貨物船を建造しています。もちろん、貨物運搬目的には使っていませんw
>トートバッグの中に工作員たちは通信機を仕込んでいたのである。
ドーセットから大西洋越しにアメリカと通信するならば、短波送受信機が必須となります。ネットでゾルゲ事件で使用した短波送受信機を再現しているのですが、想像以上に小さいです。あれくらいならトートバッグに隠し持つことは容易でしょう。
>ASMR
おいらは子守歌替わりに使ってたり。
最近のは声も効果音もリアルですよねぇ。
>確実に青少年の性癖を捻じ曲げることになる。
史実英国ではカミングアウトする人が多いんですよね。
おホモだちASMRのせいで、この世界ではカミングアウトする人が激増するかも(白目
>ASMRはLカセットやCDなどの媒体で堂々と販売されることになるのである。
史実だとASMRはダウンロード販売が主ですが、この世界だとテープ売りになってしまいましたw
>ドーセット中央情報局
もう少し名前を捻りたかったけど、思いつきませんでした_| ̄|○




