変態日本海軍事情―下克上を目論む海軍非主流派編―
「遣英艦隊司令官は高須さんに内定したらしい。あ、さば味噌煮定食一つ」
「俺はカツカレー大盛で……あの人は知英派だからな。妥当な人事だろう」
1940年11月上旬。
海軍省内の食堂では、とある話題で二人の海軍士官が盛り上がっていた。
「今回の観艦式は世界中から軍艦が招かれるらしい」
「なんたって戴冠記念だからな。さぞかし盛大にやるのだろうなぁ」
メニューが載ったトレイを受け取った二人は、手近なテーブルに座って食べ始める。彼らの話題は来年1月に予定されているエドワード8世戴冠記念観艦式であった。
史実のエドワード8世戴冠記念観艦式は当の本人が王位を投げ捨てたせいでご破算となったが、この世界では観艦式の準備は着々と進められていた。同盟国たる日本も招待を受けており、その準備に追われていたのである。
「うちからは最上を出すそうだ」
「あぁ、あれは新鋭艦だから観艦式には最適だろうな。見栄えも良いし」
観艦式に派遣する艦は巡洋艦『最上』で内定していた。
最上型のネームシップであり、就役して5年足らずの新鋭艦であった。
ちなみに、この世界ではワシントン軍縮条約は発効されていない。
重巡と軽巡というクラス分けも存在しないので、最上は巡洋艦にカテゴライズされていた。
『20サンチよりも15.5サンチのほうが良いに決まってるだろJK』
『どう考えても史実の主砲換装は悪手だよなぁ』
『早い段階で15.5サンチ砲を開発して巡洋艦の主砲のスタンダードにしてしまおうぜ!』
なお、帝国海軍の巡洋艦は15.5サンチがデファクトスタンダードであった。
60口径15.5cm3連装砲が史実よりも早期に実用化されたのは、その性能に惚れ込んだ海軍の平成会派が暗躍した結果と言える。
「……前々から思っていたんだが、なんでそんなに詳しいんだ?」
「じつは義弟が内閣調査部に勤めていてな。ちょくちょく教えてくれるんだ」
自分の手柄の如く、胸を張る士官モブその1。
彼の妹が内閣調査部のモブと結婚していたので、いろいろと便宜を図ってもらえているのである。
「それにしても、派遣するのが巡洋艦1隻だけかよ? 列強は戦艦とか派遣するんじゃないか? 同盟国としてはどうかと思うが……」
真っ当な海軍士官ならば、モブ2の意見は極めて妥当かつ正当なものであろう。
しかし、それに応えたのはモブ1では無かった。
「まったくもって、その通り!」
「うわっ!? なんだあんたら!?」
持ってたトレイをテーブルに叩きつける勢いで置く数人の海軍士官。
先ほどからの二人の会話が聞こえていたらしい。勢いもそのままに、彼らは無遠慮に座ってくる。
「観艦式には戦艦を派遣するべきだ! そうだろう!?」
「世界2位の海軍国の面子にかけて戦艦を派遣せねばならんのだ!」
「沿岸海軍の仏国や独逸、地中海の覇者気取りの伊国には負けられないのだよ!」
「お、おぅ……ちょっと、落ち着いて……」
グルグル目なヤバイ顔した海軍士官たちに詰められるモブその2。
チラチラとアイコンタクトするが、モブ1が華麗にスルーしたのは言うまでも無い。
「と、ところで仮に戦艦を派遣するとしたらどれが良いんだ? 俺らは内勤でそこまで詳しくない。是非ともご教授願いたいのだが?」
「「「!?」」」
とりあえずこの状況を脱出したい。
そう考えたモブ2の起死回生の一手は、彼らの動きを一時的に止めることに成功した。
この世界の日本が条約明けに戦艦を3隻建造したのはアメリカ海軍の急激な軍拡が原因であるが、それだけではなく新しい時代の戦艦のテストケースでもあった。
新しい時代の戦略、戦術、そして趣味と酔狂も交わったことで3隻の戦艦はそれぞれ異なった存在と化した。海軍の主流派である戦艦派は分裂して、それぞれの推し艦を強烈にプッシュしていたのである。
そんな彼らの前で戦艦の話をしてしまったのがモブ2の運の尽き。
その様子は、ピラニアの群れの中に投げ込まれた生肉の如しであった。
「それはもちろん、将来の連合艦隊旗艦である能登だろう。信頼性という点で他の新型戦艦もどきとは比較にならん!」
「練度は十分。明日から、いや、今日からでも戦場に投入出来るぞ!」
「実際に運用して問題皆無ですからね。英国まで安心して派遣出来るってものです」
能登は3隻建造された条約明け戦艦の1隻であり、3隻の中でも最も早く就役していた。藤本喜久雄造船少将(当時大佐)の設計であり、単純な運用面だけでなく兵站面も考慮されていて現場の人間には好評をもって迎えられていた。
「それは聞き捨てならないぞ!」
「今度はなんだ!?」
能登推しの面々の話から解放されるかと思いきや、モブ2はさらなる災難に巻き込まれることになった。こちらもヤバい目をした平成会派――『戦艦大和愛好会』のモブに絡まれてしまったのである。
「あんな地味な戦艦を観艦式に派遣するとはとんでもない! 大和こそ派遣するに相応しい!」
「日本式戦艦の集大成とでも言うべきデザイン! あれがイギリスの観艦式に出れば目立つこと間違い無し!」
「しかも、世界初の46サンチ砲搭載艦でもある。大和を派遣するべきそうすべき!」
大和も3隻建造された条約明け戦艦の1隻である。
『戦艦大和愛好会』の横やりで建造されたのであるが、その優美な艦影と世界初の18インチ砲は海軍関係者の間では有名になっていた。
「おいおい、我らを忘れてもらっては困るな」
「紀伊こそが観艦式に派遣されるに相応しいのは自明の理だ!」
「51サンチを見たら列強どもは腰を抜かすだろうよ!」
紀伊も3隻建造された以下略。
海軍技術研究所所長である平賀譲海軍造船少将の設計であり、戦艦派の中でもハワイ攻略に特化した一派の目論見によって建造された。
紀伊の特徴は、なんといっても史上空前の巨砲である51サンチ砲を搭載したことであろう。ハワイ攻略のために要塞砲をアウトレンジすることを主眼に建造されたため、戦術ではなく戦略レベルで運用する特異な艦と化していた。
「なにをひっこめ砲艦もどき!」
「30kt出るって言っても、運動性はタンカーじゃないか! 戦艦詐欺だぞそれはっ!?」
「貴様らぁぁぁぁぁぁっ!? 言ってはならんことを言ったなぁぁぁぁぁぁ!?」
身も蓋も無い言い方をすれば、モニター艦なのであるが。
紀伊推しの面々も内心は気にしていたのであろう。激昂して掴みかかる。
「ザッケンナコラー! スッゾコラー!」
「「アイエエエエエエエ!?」」
そこから先は酷いものであった。
吹き飛ぶテーブル、床に落ちるトレイや食器、止めに入って殴られてブチキレ金剛と化して喧嘩に加わるなどエトセトラ。
「なにをやっとるか貴様らー!?」
「全員ひっ捕らえろ!」
もちろん、海軍省内でそのようなことをすればタダで済むわけも無く。
駆け付けた憲兵隊によって全員が拘束されたのであった。巻き込まれたモブ1と2はご愁傷様としか言いようが無い。
『イギリスとの親密さをアピールするためにも新鋭艦、それも戦艦を派遣するべきだ!』
『さすがに3艦全てを派遣するわけにはいかないぞ?』
食堂での大乱闘が切っ掛けかどうかは定かではないが、後に戦艦の追加派遣が決定した。スエズ運河経由で欧州入りした新型戦艦は、現地メディアで大きく報道されることになるのである。
「それでは勉強会を始めます。各自、忌憚の無い意見を求めます」
平成計算機工業の大会議室。
広大な室内は大勢の人間の熱気に包まれていた。
本日は海軍の平成会派主催の勉強会であった。
今年で10回目となる勉強会であるが、今回は特に大勢の海軍軍人が参加していた。
単に勉強会であるならば、わざわざ民間の一企業でやる必要性は薄い。
何よりも機密漏洩のリスクがある。
それでも平成会派主催の勉強会が好評を博しているのは、セクショナリズムと階級をあまり気にしないで済むという点が大きい。
軍内部での勉強会とやっていることは大差無いが、娑婆に出ているというだけでも気分はだいぶ違ってくる。民間人の立場でも参加しやすいというのもあった。
「……と、いうわけで今後出てくるであろう新型戦艦を確実に撃沈するためにも魚雷の大威力化は必須であります」
勉強会の議題は魚雷の威力向上策であった。
水中防御力が向上した条約明けの新型戦艦が続々と就役している昨今、否が応でも魚雷の重要性は増していた。
ついでに言えば、最近調子こいてる戦艦派への対抗意識も多分にあった。
大艦巨砲主義の化石どもを引きずり落とすべく、日頃いがみ合っている連中が手を組んだのである。
「長射程大威力をさらに進めるならば現状では酸素魚雷しかありません。しかし、その整備と調整には細心の注意を要します。特に脱脂作業を改善する必要があるでしょう」
三菱重工業長崎兵器製作所から参加している技術者が酸素魚雷の懸念を述べる。
酸素魚雷は繊細で、製造と運用の両面で手間がかかる兵器であった。
魚雷開発の黎明期において、燃焼時の酸化剤として純酸素を用いるメリットは既に認識されていた。しかし、試作段階で爆発事故が多発したために多くの国では実用化を断念した。史実において日本海軍だけが唯一実用化にこぎ着けていたのである。
「その問題に際しては、うちの傘下の企業で新しい界面活性剤とアルカリ脱脂剤、さらに電解脱脂の手法を開発しています。従来の方法に比べて格段に安全性と作業時間の短縮が見込めるので、是非ご検討ください」
平成会の技術モブの発言に注目が集まる。
最近の勉強会ではよくある光景であった。
平成会側が新技術を提供してくれることも勉強会が支持される理由であった。
さすがにタダでは無いが使用料は良心的であったし、提供された技術で問題が解決しているのは事実なのである。
「脱脂作業が簡略化出来るのであれば、さらなる大威力を目指して61サンチ魚雷を実用化するべきだろう」
現場側からは魚雷の大口径化の要望が出ていた。
魚雷を大型化すれば威力も射程も増大する。シンプルな解決方法と言える。
「酸素魚雷の口径は従来のままで十分だ。これ以上何を望むと言うのだ?」
「酸素魚雷は長射程雷撃に対応しているが、その分命中率は確実に低下する。一撃必殺のためにも大口径化は必須にきまっているだろう!?」
「命中率の低下は開発中の航跡追尾ウェーキホーミングで補える。大口径化したら発射管総取り換えではないか。断固反対!」
しかし、魚雷の大口径化には反対意見も多かった。
大型化すれば発射管の交換が必要になるし、魚雷の搭載本数も減ってしまうからである。
要するに、威力は上げたいが大型化は避けたい。
じつに虫の良い話であるが、困ったときはなんとやら。その場に居る全員が平成会のモブを凝視する。
「……うちを拝まれても困るんですけど」
「そう言わずに。何かあるのだろう?」
「えーと、確か英国で魚雷用の新しい炸薬が開発されたと聞いています。それを採用すれば口径はそのままに大威力化は達成出来るかと」
「「「やっぱりあるんじゃないか!?」」」
英国からの技術導入に便宜を図ってくれるのも、勉強会が支持される理由であった。駐日英国全権大使テッド・ハーグリーヴスと強いコネを持つ平成会だからこそ出来る芸当と言える。もちろん、タダでは無かったが。
「我々からも提案があります。ジャイロスコープの高性能化です」
平成会側から逆に提案することもあった。
史実知識を活かしての欠陥の改善、あるいは長所をさらに伸ばす意図があることは言うまでも無い。
魚雷は縦舵機用ジャイロスコープにより自動操舵して魚雷の進行方向を目標方向に制御される。極端な話、ジャイロスコープが正常に機能さえすれば反対側から発射した魚雷を回頭させて目標に命中させることも可能なのである。
史実の酸素魚雷に装備されたジャイロスコープは直径15cm、厚さ7cmの分厚い円盤を毎分8000回転させる仕様であった。しかし、魚雷が35kt以上の最高速度で疾走する状態から発射されると着水時の衝撃をカバーしきれずに設定針路が狂ってしまう問題が存在していた。
この問題は、特攻兵器『回天』に採用された毎分2万回転の電動式ジャイロスコープによって改善された。平成会側はこれを機会に、早期に問題を解決しようとしていたのである。
「ジャイロスコープの高回転化は、誘導精度に直結します。直射だけでなくウェーキ誘導時の命中精度にも影響が出ます」
「そういうことなら是非も無いだろう。開発予算は上にかけあうから、急いで試作品を作ってくれ」
「ありがとうございます!」
提案が認められて、内心で小躍りする平成会の技術モブ。
平成計算機工業に新たな飯のタネが産まれた瞬間であった。
「では、新型魚雷の完成スペックは口径は53サンチ、炸薬はトーペックス、ジャイロスコープの高回転化とウェーキ誘導の実装ということで」
「うむ、新型魚雷の完成が待ち遠しいな!」
「こいつを戦艦のどてっぱらに叩き込む日が待ち遠しいぜ!」
水雷屋の要望を目いっぱい詰め込んだ新型魚雷のスペックが決定された瞬間であった。この新型魚雷は、2式酸素魚雷として完成することになる。
2式魚雷は現在採用されている93式魚雷に以下の長所が存在した。
・従来の魚雷と大きさが同一のため設備を追加する必要が無い。
・ジャイロスコープの高回転化による誘導精度の向上。
・ウェーキ誘導による命中率の向上。
・炸薬にトーペックスを採用したことで史実の93式に匹敵する破壊力を実現。
新型魚雷は、現時点において水雷屋が考えた最強の魚雷と言える。
その理想を実現するべく、三菱重工業長崎兵器製作所と呉海軍工廠魚雷実験部で直ちに試作が開始された。
新型魚雷はコスト面で考慮が為されたことでも特筆に値した。
脱脂作業を簡略化することによる量産性の向上と調整の簡略化、魚雷の主気室の製造を鍛造削り出しから圧延プレス製造に切り替えることなどにより製造コスト引き下げが実現したのである。
従来の93式を置き換える形で2式魚雷の生産は進められていった。
不要となった93式を海外に輸出するという話も出たのであるが、酸素魚雷の秘密が流出することを恐れて実現はしなかった。
代わりに、93式を空気で駆動出来るように改造した1式魚雷が実用化された。
酸化剤に空気を使用しているので安全に取り扱うことが可能であった。
酸素魚雷よりも短射程になったが、元々の射程が長大過ぎただけで、普通の魚雷になったと言える。枯れた技術で安定して作動するので、発展途上国にはうってつけであった。
1式は満州国やマハルリカ共和国相手に良好なセールスを記録することになる。
93式を1式に改造して在庫を捌きつつ、儲けた金で2式魚雷を整備していったのである。
「……改3型は既に性能向上の限界に達しつつある。この問題に対して忌憚なき意見をお願いしたい」
福井県の若狭湾に面する平成造船所。
こちらでは水雷関連のテーマに特化した勉強会が実施されていた。
「駆逐艦は艦隊のワークホースです。改3型の高性能は認めますが、あまりにも対艦目的に特化し過ぎなのでは?」
忌憚なき意見と言われたので、いきなりぶっこむ平成造船の技術モブ。
ここまで大胆なことを言えるのは、史実を知っているからこそであろう。
「そうは言っても、ハワイの戦艦をぶっ殺すには対艦特化しか無いじゃないか!?」
「駆逐艦は戦艦を駆逐するものだろうが!?」
「艦隊決戦思想は既に破綻している。だから駆逐艦で戦艦を沈めるしかないのだ!」
その反論は激烈であった。
戦艦絶対殺すマンと化した水雷屋は、モブの意見を聞こうともしなかった。
(こりゃあかん。少し早いが切り札を出すしかないか)
狂信者の如き水雷屋を直接説得するのは時間の無駄であろう。
技術モブは、この時に備えて用意していた切り札を切ることにした。
「な、なんと……」
「これはまた……!?」
「なんと立派な駆逐艦なんだ……」
その場に居た人間が驚きの声を上げる。
技術モブが黒板に貼り付けた青写真には、見事な設計の駆逐艦が描かれていたのである。
「まだ概念設計の段階ではありますが、次世代の駆逐艦として相応しいと我々は考えています」
青写真は史実の島風であった。
平成会は島風の量産を目論んでいたのである。
ちなみに、この世界の島風を設計したのは藤本喜久雄であった。
命を救われた恩がある藤本は平成会からの依頼を快諾。簡易なスペックを聞いただけで、短時間で島風の図面を描き上げていた。
「3000tで40ktがこれからの駆逐艦のスタンダードとなるでしょう! どうですか!?」
ズバンと黒板をたたく技術モブ。
勢い余って、黒板消しとチョークが落下するが気にしない。
「素晴らしい! これこそが理想の駆逐艦だ!」
「最近の駆逐艦は足が遅くなる一方だったからな。これならば文句なしだ!」
「雷装も15射線あるなら文句ない。可能なら次発装填機能も欲しいところだが」
新型駆逐艦をもろ手を挙げて歓迎する水雷屋たち。
改3型(史実陽炎型相当)の就役から既に10年近く。新型艦の構想を練るにはちょうど良いタイミングではあった。
「……この艦にはレーダーを標準装備することを考えています」
技術モブは、新型駆逐艦にレーダー装備を強調する。
平成会は足の長さと速さを活かしたレーダーピケット艦として運用することを考えていた。
「レーダー? あぁ電探のことか。そんなものが役に立つのか?」
「そんなものを積むくらなら、魚雷の1本でも積んで欲しいのだがなぁ」
「電探って真空管の塊みたいなもんだろ? ちょっとした衝撃でぶっ壊れそうでイヤなんだが?」
何時の時代においても、専門家になるほど新しい技術に対して及び腰となる。
技術モブの必死の説明にもかかわらず、水雷屋たちはレーダーの有用性を理解出来なかった。
(しょうがない。切り札を使うか)
ここで再び切り札を切る技術モブ。
彼は懐から写真を取り出す。
「「「こ、これは……!?」」」
写真を見た水雷屋たちは絶句する。
そこには衝撃的なものが写っていたのである。
「大規模近代化改修を受けたクイーンエリザベス級高速戦艦です。ここに付いてるやつは全部レーダーですよ」
マストに大量に設置されたアンテナ群を見て二の句が告げなくなる水雷屋。
それは見慣れた日本の戦艦とは、あまりにもかけ離れた光景であった。
「だ、だがこいつは戦艦だ。駆逐艦にまで電探を装備することは無いんじゃないか?」
「そうだそうだ! 駆逐艦にあんなデカブツを積む余裕なんて無ぇよ!?」
それでもなお、一部の水雷屋たちはレーダーの搭載に反対する。
ここまで分からず屋だと、容赦なく叩き潰せるというものである。
「……イギリスのディフェンダー級駆逐艦です。ここに付いているのが目標補足用、この二つは早期警戒用ですね」
「「「……」」」
年季の入った旧式駆逐艦にレーダーが装備された写真を見ると、今度こそ反対意見は出なくなった。
新型駆逐艦はレーダーの理想的な配置を加味して設計が進められることになる。同時に国産の水上レーダーの開発が促進されたのは言うまでも無い。
その後も平成会が進める新機軸に強い反対意見が出たものの、技術モブはテッドから提供された写真を葵の御門の如く振りかざして乗り切った。
前例が無いならともかく、写真で根拠を示されるとぐうの音も出ない。
同盟国が先進的な技術を実用化していたら追従しないわけにはいかないのである。
新型駆逐艦(改4型)のネームシップは2年後に就役した。
これまでの対艦特化を見直したことにより、マルチパーパスな艦として長期間に渡って活躍することになるのである。
「……あっちは異様に盛り上がっているな」
「他所は他所。うちはうちだ。っと、続けるぞ」
空母マフィアの巣窟と化した平成造船所の一角。
こちらでは主に空母関連のテーマに特化した勉強会が進行中であった。
「懸念だった飛龍の昇降機ですが、運用状況は良好ですね」
「荒天時での演習でも問題無いとのことだった。前部昇降機も片舷に寄せても良いかもしれん」
「機体の出し入れがしやすいのは確かだな。ちょっとくらいはみ出ても問題無いし」
1929年に進水した空母『飛龍』では、試験的に後部エレベーターがサイドエレベーター化されていた。建造前から荒天時の艦内への波浪の侵入が懸念されていたのであるが、巻き取り式の防水シャッターを取り付けることで実用上問題無いことが確認されたのである。
「しかし、あのデカブツを2基とも左舷に寄せて大丈夫か?」
「元より、それを見越して船体の重量配分をやっています。荒天時でも艦の復元性には問題は見られませんでしたし、実用上の問題は無いかと」
「嵩張る昇降機を隅に押しやれるので、格納庫が広く取れるのは良いな」
もう一つの懸念事項は、サイドエレベーター化による復元力の低下であった。
飛龍の後部エレベーターは縦横14mという巨大なものであり、その重量はかなりのものとなる。
ざっと見積もっても数百tもの重量物が片舷に寄ることになる。
しかし、この問題は艦内の配置を見直すことで解決の目途が立っていた。
「将来的な艦載機の大型化を考慮すると、やはりサイドエレベーター化は避けられないだろう」
「早めに採用して運用経験を積むべきだろうな」
「よし、2番艦以降は全部サイドエレベーターでいこう」
なんといっても、格納庫を広く取れるメリットを無視することが出来なかった。
以後建造される飛龍型空母は全てサイドエレベーター化されることになるのである。
空母マフィアたちは飛龍型空母を3隻以上建造することを目指していた。
3隻も戦艦を作った戦艦派に対する当てつけであることは言うまでも無い。
条約明け戦艦の無茶ぶり建造によって、戦艦派は海軍内部で相当に恨みを買うことになった。今後の戦艦建造については無期限で凍結され、空母マフィアにも予算を優先的に回してもらえることになっていたのである。
しかし、予算が欲しいのは空母マフィアだけではない。
現状は他兵科と激しい予算の分捕り合戦であった。
「あのー、ちょっといいですか?」
予算問題で悶々とする空母マフィアたち。
そこに平成造船の技術モブが声をかける。
「おまえ話せたのか!?」
「今まで黙ってニコニコしているだけだったから、置物かと思ったぞ!?」
酷い言われようである。
しかし、技術モブはそんなことは毛ほども気にしない。
「飛龍は空母として完成されていますが、予算的な問題もあって簡単に建造は進まないでしょう」
「……何が言いたい?」
ニコニコ顔で痛いところをついてくる技術モブ。
戦艦よりお安いとはいえ、空母としての機能を追求した飛龍型は高コストで建造にも時間がかかる艦であった。
「このままだと、いざ有事となったら空母の数が足りなくなると思いませんか?」
「むぅ……」
「確かにその通りだ……」
技術モブの言い分はぐうの音も出ない正論であった。
これには空母マフィアたちも肯定するしかない。
「飛龍型の数を揃えられるならば、それに越したことはありません。しかし、それが出来ない場合の次善の策を用意しておくべきだと思うのです!」
そう言って、技術モブはテーブルに青写真を広げる。
そこには空母らしき図面が描かれていた。
「これは……空母にしてはえらく貧弱に見えるな……」
「なんか商船っぽい構造なんだが?」
「しかし、甲板長は十分だ。これなら飛龍とそん色ない」
空母マフィアたちが戸惑うのも道理。
彼らが目にしているのは、史実のマジェスティック級航空母艦の図面だったのである。
「戦いは数ですよアニキたち! 商船構造のコイツならば2年足らずで、いや、大量建造で工員が熟練すれば1年半で建造することも可能でしょう!」
力説する技術モブ。
彼は正規空母も好きだが、護衛空母も大好きなのであった。
「いや、しかしこんな装甲も無い貧弱な艦を量産してもなぁ……」
「なに甘っちょろいこと言ってるんです!? 戦争になったら装甲があろうが無かろうが空母なんてあっさり沈むんですよ!? だったら、即刻補充出来るほうが良いに決まってるじゃないですか!?」
「むむっ、確かに道理ではあるな……」
護衛空母は安価だが能力は限られる。
正規空母は高性能だが高価。
史実のコロッサス級と発展型のマジェスティック級は、両者の中間的な空母と言える。護衛空母より優速で艦隊行動に随伴できるので、無理すれば正規空母の代わりになるのである。防御力皆無で損害に目をつむれば、であるが……。
「なによりも、たくさん作ってたくさん活躍出来れば憎い戦艦信奉者どもを黙らせることが出来ます!」
「その手があったか!?」
「貴様、天才か!?」
この一件以来、空母マフィアの戦略は正規空母と軽空母の2本立てとなった。
海軍航空隊と連携して戦力を整備していくことになるのである。
「……零式の導入が始まって3ヵ月になりますが、今のところ大きな問題は起きておりません」
帝都近郊に所在する平成飛行機工業。
その会議室では、海軍航空関連の勉強会が開催中であった。
「搭乗員の評判はどうなのかね?」
「上々です。今までとは大違いと手放しで絶賛されています」
「そりゃあ、10年ぶりの新型機なんだ。それくらいの感想をもってもらわないと困る」
部下たちの報告に苦笑する山本五十六海軍中将。
新しいもの好きな山本は、平成会が主催する勉強会の常連であった。
この世界でもゼロ戦が完成していたが、史実とは異なる機体と化していた。
史実とは大きく異なる海軍の戦略思想に適合せざるを得なかったのである。
大陸の奥深くまで侵攻するわけでないので、史実のような長大な航続距離は不要。自社製の大馬力エンジンの開発が間に合ったならば使わないわけがない。
結果として、この世界のゼロ戦は史実の六四型もどき――いわゆる金星搭載ゼロ戦となった。
「100オクタンが供給されているおかげで、エンジンのブースト圧も安定。おかげで遠慮なくぶん回せます」
「英国では150オクタンの航空燃料が供給されているらしい。技術供与は待ってられん。我が国でも早急に開発する必要があるだろう」
誤解を恐れぬ言い方をすれば、オクタン価が高いほどガソリンは燃えにくい。
この場合の燃えにくいというのは、アンチノッキング性を指す。
オクタン価が高いほど高いブースト圧をかけられる。
車で例えれば、ターボがかかって大出力を発揮出来る。
ちなみに、史実の帝国海軍では91オクタン(九一揮発油)が事実上の標準であった。
対するアメリカは100オクタンが標準で馬力発生には不利であった。
同盟国のドイツが87オクタンが標準だったので、これでも恵まれていたのであるが。
史実では不足するオクタン価を水メタ噴射で補っていた。
水メタは水とメタノールの混合液なのであるが、メタノールは不凍目的で混ぜられているだけなので低空で運用するならば水だけでも実用上は問題無い。
馬力が必要なときに筒内に噴射してブースト圧を上昇させるのであるが、水メタを大量に詰めば燃料を減らす必要があった。そして、それは航続力の減少に直結する。史実の金星ゼロ戦の航続力が短い理由である。
この世界では既に100オクタン燃料が供給されており、水メタの搭載は不要であった。それ故に金星ゼロ戦でも航続力の低下は防げるのであるが、上述のように過大な航続力は必要とされていない。浮いた重量は自動消火装置とコクピット周りの防弾装備に充てられていた。
「オクタンと言えば、2000馬力級発動機の開発はどうなっているのかね? 気が早いようだが、次世代戦闘機には必要になるだろう」
「「「!?」」」
山本の何気ない言葉に、ビクっと反応する男たち。
彼らは三菱、中島、平成飛行機のエンジン屋であった。
「うちは年内に試験運転しますよ。早ければ来年の夏ごろには生産開始出来るでしょう」
先手を切ったのは、中島の技術モブであった。
現在は史実の2000馬力空冷エンジン『誉』を開発中であり、試運転のための部品の製作中であった。
「うちだって日本最強のA20を開発してる。すぐに追いついてみせらぁ!」
三菱は史実のハ43を開発中であった。
ベースとなる金星が大量生産されてゼロ戦に搭載されていることもあり、その運用データを開発に大いに役立てていたのである。
「うちは空冷と液冷で2000馬力を目指してますよっ!」
二刀流宣言をする平成飛行機の技術モブ。
この世界の日本で航空機用エンジンを製造しているメーカーは数あれど、液冷と空冷を同時開発出来るメーカーはそう多くない。鼻高々なのも無理もない話ではあるが……。
「いいよなー、おまえんところはライセンス生産なんだから」
「恵んでもらった技術で飯が食えるんだもんなー」
対する三菱と中島の技術モブの目は冷ややかであった。
平成飛行機工業のエンジン技術は基本的に英国からのライセンス供与だからである。
「簡単に言うなっ!? あの変態紳士の国の技術なんだぞ!? 図面見て作れりゃ苦労せんわっ!?」
ライセンス供与されたからといって、簡単に作れるとは限らない。
作る側に製造技術が無いとお話にならないのである。
ましてや、供与されるのは英国製のエンジンである。
図面は当然英語で記されているし、国内の規格に適合しない部分も多々存在する。
辞書を片手に図面を翻訳し、工場に頭を下げて部品を作ってもらう。
黎明期は、そのようなことをひたすらに繰り返してきたのである。簡単なわけがない。
「ライセンスを受けておいてなんだが、イギリスのエンジンはおかしいぞ!? なんなんだよあの設計は!? どうやったらあんな発想になるんだよ!?」
思わず涙目になってしまう平成飛行機の技術モブ。
主な原因はスリーブバルブとか、スリーブバルブとか、スリーブバルブである。
平成飛行機にライセンス供与される技術は、史実の英国が持て余した技術が多かった。不要な技術で恩を売れるし、日本お得意の魔改造を期待していたというのもある。
テッドが平成会に気前よく技術を渡した理由でもある。
おかげで、平成飛行機の技術陣は鍛えられることになったのであるが。
以後も平成飛行機工業には、英国製変態エンジンのライセンスが供与されることになる。彼らが日本の英国面呼ばわりされる日も、そう遠くないかもしれない。
(この分だと、次期戦闘機の開発は問題無さそうだな……)
ギャーギャーと言い争う、それどころか取っ組み合いの喧嘩を始めた技術モブたちを見ながらも安堵する山本。彼は早くもゼロ戦の次を見据えており、そのためには2000馬力エンジンが必須だと信じていた。
1941年初頭には、早くも次期主力艦戦の仕様が策定された。
三菱、中島、平成飛行機の3社が再びコンペで争うことになるのである。
「あっちは盛り上がっちょるな。こちらも負けておられん」
取っ組み合いを始めた技術モブたちを見ても、小園安名海軍中佐は動じない。
さすがは鹿児島出身のぼっけもんである。
「そんで、本題じゃが。基地および艦隊防空のための機体の開発が急務じゃ。それには武装と上昇力、そして速度に優れた機体が必要になるじゃろう」
小園が提唱したのは史実の局地戦闘機であった。
史実では要撃戦闘機・邀撃戦闘機、迎撃機、迎撃戦闘機、防空戦闘機などとも言われ、この時代においては武装と上昇力に秀でた機体を指す。
「そういうことでしたら、大出力の液冷エンジンが必要ですね。速度を出すならば空冷よりも液冷のほうが有利です」
ここで声を上げたのは、三菱が誇る天才航空技師の堀越二郎であった。
取っ組み合いの喧嘩になってしまった技術モブたちから逃げて来た――もとい、興味深い話題だったので首を突っ込んできたのである。
「あー、うちのエンジン使います? 耐久試験も終わったので海軍の領収を待つだけです。近日中に正式採用されるでしょう」
そう言って来たのは、喧嘩から逃げて来た平成飛行機の技術モブである。
口は強いが腕っぷしはからっきしであった。
平成飛行機工業では早くからロールス・ロイス『ケストレル』のライセンス生産をしていた。これに独自の改良を盛り込んで大出力化した和製『マーリン』とでも言うべき1500馬力級液冷エンジンを開発していたのである。
「液冷エンジンがあるのですか!?」
史実の堀越二郎はロールスロイスのマーリンを理想のエンジンと評していた。
この世界の堀越も戦闘機の理想は液冷エンジンと考えており、実用化目前と知って興奮してしまうのも無理もない話であった。
「小園さん、この機体は武装と上昇力以外は切り捨てて構わないのですか?」
「さっきも言ったが、上昇力、武装、最高速。目の前を飛ぶだけだから足の長さは考慮せんでいい」
必要以外の性能は切り捨てて良いと断言する小園。
ここらへんの割り切りの良さは流石と言うべきであろう。
「ふむ……」
小園から性能の優先順位を確認した堀越は、懐から紙と鉛筆を取り出した。
迷うことなく鉛筆を動かしていく。
「速度優先で液冷エンジンを採用。機首は細くして……」
「冷却器は胴体下に吊り下げ。空気抵抗を考慮した形に留意すると……」
「操縦席は空気抵抗を考慮してやや後ろ気味に。形状はファストバックに……」
「武装は20mmを4丁装備して……」
ぶつぶつと呟きながらも、鉛筆の動きはさらに加速していく。
あっという間に紙面上に戦闘機らしきシルエットが出来上がっていく。
「出来ました!」
「おぉ、これはまた速そうな戦闘機じゃのぅ」
堀越のラフスケッチに感心する小園。
そこには見るからに速そうな戦闘機が描かれていた。
「あくまでもラフスケッチなので細部は煮詰める必要がありますが、この機体は速いですよ。わたしが保証します」
「気に入った! 上には話を通しておくから設計を進めてくれ」
「分かりました。ふふっ、この機体が空を飛ぶのを想像するだけでもワクワクしますね」
がっちりと握手する堀越と小園。
双方共に完全にやる気になっていた。
(((雷電が飛燕になっちまったー!?)))
その一方で、居合わせた技術モブたちは声にならない悲鳴をあげていた。
天才に液冷エンジンを与えてしまった結果、この世界の雷電は完全な別物と化してしまったのである。
『本土防空を陸軍だけに任せて良いのか!?』
『少なくとも海軍の拠点と艦隊防空は自前の機体が必要じゃ!』
堀越が提案した機体をいたく気に入った小園は、その有用性を事あるごとに主張した。実際に彼の主張は魅力的であり、海軍内部でも支持者を増やしていった。
『先の世界大戦では英国が大量の爆撃機で独逸を空爆している。もし、あれを敵国にやられたら……』
『高空にいる爆撃機に素早く到達して大火力で始末する。その意味でこの機体は理想的だ』
『本土防空を陸軍だけに任せるのは気に食わん。むしろ、海軍こそ本土防空を担うべきだろう!』
小園の熱意は海軍上層部をも動かした。
年内に要求仕様が取りまとめられ、年明け早々に17試局戦として開発要求が出されることになる。
開発コンペには三菱を含めた多数の航空機メーカーが参加したものの、勉強会で先んじていた三菱が真っ先に機体を完成させた。性能も飛びぬけていたために、そのまま2式局地戦闘機として採用されたのである。
ちなみに、愛称は史実と同じく『雷電』であった。
海軍内部の平成会派が根回しした結果であるが、見た目が見た目だけに『飛燕』と名付けたい一派と激しい暗闘を繰り広げたという。
『セイバーたんを手に入れたぞ!』
『シ〇ウ。お腹がすきました』
『始動に失敗すると爆発するけど問題ないよな?』
雷電は高性能化に余念が無かった。
平成飛行機工業がライセンス生産する液冷H型24気筒レシプロエンジン『富士』(ネイピア社製『セイバー』)に換装した雷電二一型は、3000馬力以上の大出力に物を言わせて驚異的な上昇力を得ることになる。
ちなみに、このエンジンは元のエンジンよりも細長かった。
結果として機首が長くなってしまい、搭乗員たちからは『長鼻』の愛称で長らく親しまれることになった。
エンジンと同じく火力も増大していった。
初期には20mm機関砲4丁だったのが、最終型に至っては20mm8丁に主翼下に空対空ロケット弾を多数搭載するという爆撃機絶対殺すマンと化すのである。
『火葬戦記で雷電を艦載化するのはあったけどさぁ……』
『アメリカのF2Gかな? あっちは空冷だけど』
『出力が有り余っているから、離艦だけなら問題無いんだよな』
『着艦は?』
『多分考えてないと思うぞ』
この世界の雷電は艦載機としても運用された。
元より艦隊防空を考慮に入れていたためであるが、それを知った平成会のモブたちは微妙な表情になったという。
『わはは、カンパーイ!』
『よっしゃあ食うぞぉ!』
『酒を飲ませろぉぉぉ!』
帝国ホテル内の大ホール。
完全貸し切りと化した空間は、勉強会の打ち上げで大いに盛り上がっていた。
恒例となった平成会派主催の勉強会(海軍)の打ち上げは、最近は帝国ホテルが定番となっていた。スマートで洒落た雰囲気は、熱海の旅館でどんちゃん騒ぎする陸軍とは対照的であった。
「よぅ、お疲れ。やっと終わったな」
「終わったな、じゃない。むしろこれからだろ」
「今回は無事に終わるといいな……無理だろうけど」
飲めや食えやで騒ぐ海軍関係者を、割と冷ややかな目で眺めるモブたち。
彼らは打ち上げの監視――もとい、お目付け役である。
打ち上げにお目付け役が必要なのは何故なのか?
それは参加者の大半がヤクザと大差ない連中だからである。
「おいっ!? 酒が無いぞ!?」
言ってる傍からトラブル発生である。
モブたちが駆け付けてみれば、そこには憤慨する古村啓蔵海軍大佐の姿があった。
「どうされました古村さん?」
「酒が無いって、言ってんだろ!?」
「いや、目の前にあるじゃないですか……」
海軍の勉強会の打ち上げは酒有りのビュッフェスタイルである。
古村の目の前には古今東西から取り寄せた酒が並べられていたのであるが……。
「これだよ。この酒だよ! もう無いぞ!?」
「いや、他にも酒はあるじゃないですか!?」
「馬鹿言うな! こんなときじゃないと、こんな美味い酒は飲めないだろうが!?」
史実の古村は海軍屈指の酒豪で『底なし沼』の異名があった。
病のせいで海軍兵学校を留年しているが、その原因は暴飲暴食なので筋金入りの大酒飲みと言える。
(((水のように酒を飲むんだから、口に入ればいっしょなんじゃないのか?)))
その場に居たモブたちの思いは一つであった。
しかし、古村が持つ酒瓶を見たモブが顔色を変える。
「ちょっ、ジョニ黒1本空けたんですか!?」
ジョニー・ウォーカーは、世界的に有名なスコッチ・ウィスキーのブランドである。史実の昭和期の日本では庶民の憧れとして大衆文化にもしばしば登場している。
ちなみに、黒が士官用で赤が下士官用である。
黒のほうが味が良いのは当然であるが、値段も相当にお高いシロモノであった。
1957年のジョニ黒の国内実売価格は1万円。
これは当時の大卒の初任給の2か月分である。戦前ならば、さらにお高くて入手しづらいことは言うまでも無い。
そんな希少かつ高額な酒を、古村はあっさりと空けてしまった。
そして、その味にすっかり惚れ込んでしまっていた。
「うぅ、追加で持って来ますけど1本だけですよ!? この酒は高いんですからね!?」
「がははっ! そう硬いこと言うな!」
ここで下手に拒否って暴れられるよりはと、追加でジョニ黒を出してしまったのが運の尽き。古村はジョニ黒をダース単位で吞んでしまい、平成会側は請求額に震え上がることになる。
「……毎度毎度のことなんですが、うちらはウェイターじゃないんですが!?」
続いてのトラブルは、『多聞丸』こと山口多聞海軍少将であった。
呼びつけられたから何事かと、いや、用件は分かってはいたがホスト役としては断れなかったのである。
「やったー! やっと来てくれたぞ!」
「これで俺らも食べられる!」
「やっほー! さぁ、飲むぞーっ!」
山口の部下たちは救世主が来たとばかりに大歓迎であった。
解放された彼らは、一目散でヴュッフェへ向かっていく。
「じゃあ、あそこのイタリアンを全部持ってきてくれ」
「注文が雑ぅ!? もう少し考えて注文してくださいよ!?」
メニュー単体ではなく、ジャンルで指定してくる山口。
さすがは海軍屈指の大食漢と言えよう。
とはいえ、力士並みの巨漢の山口の機嫌を損ねて暴れられたら被害はとんでもないことになる。モブたちにはピザやパスタを運び続ける選択肢しか存在しなかった。
「あ、次はフレンチ全部な」
「どういう腹してんだよ!?」
メニューは和洋中はもちろんのこと、フランス料理やイタリア料理も用意されていた。そんな機会を山口が見逃すはずもなく、ただひたすらに食べ尽くす。もちろん、その間はモブたちはウェイターに徹するハメになった。
「山本さん、スイーツコーナーを独占しないでください!? 他の人が取れないじゃないですか!?」
「うおっ!? なにをする!?」
他にもスイーツコーナーを独占しようとする山本五十六を引きはがしたり。
「ぬはははっ! 興がのってきたぁ!」
「小園大佐ぁ!? 赤褌一丁でポン刀持って舞いを踊るのはやめてくださいぃぃぃぃ!?」
海軍の名物男が興に乗って剣舞するのを止めたり。
この時代の海軍軍人なんて無頼漢が制服を着ているのと大差ない。兵隊ヤクザとはよく言ったものである。
「……やっと、終わったすね」
「あぁ、今回は割とマシだったんじゃないか?」
「去年は酷かったっすからねぇ……」
閑散とした帝国ホテルの大ホール。
その荒れようは、まさに兵どもが夢の跡であった。
「先輩、この勉強会って意味あるんすかね?」
モブの一人がぽつりと呟く。
毎年こんな乱痴気騒ぎを片付けていれば、そう言いたくもなろう。
「なんだかんだ言って、最近はうちの意見も通るようになったじゃないか。確実に前進してるぞ」
悩むモブに先輩モブは成果を強調する。
実際、平成会からの意見は通りやすくなっていた。最近は勉強会がらみで軍からの受注で利益も出ていた。
(それで元が取れているのかは微妙だがな……)
勉強会以外にも平成会は軍部に多額の資金を投じていた。
先輩モブは会計部門に身を置いているために金の流れは把握していたが、その彼をもってしても黒字と断言することは難しい。袖の下や裏工作など表に出せない金も多数あるからである。
「もう少しだ。もう少し頑張れば軍部は平成会の完全な影響下における。そうなれば、架空機だって作りたい放題だぞ!」
「そうっすよね! 俺、頑張ります!」
勉強会を始めてから10年。
ここまでやって、ようやく平成会は軍部への影響力を確保することに成功していた。
そこに至るまでの犠牲(主に金銭面)は膨大なものとなったが、彼らの努力は無駄ではなかった。ここから本当の平成会のチートの始まりと言える。
『『俺らのチートはこれからだ!』』
この世界の日本の戦いは始まったばかりである。
平成会のチートが世界を救うと信じて!
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
三菱 零式艦上戦闘機 二二型
全長:9.237m
全幅:11.0m
全高:3.57m
重量:2100kg
翼面積:21.30㎡
最大速度:555km/h
実用上昇限度:11200m
航続距離:1100km(増槽込み:1500km)
武装:13.2mm機銃×2(翼内) 20mm機関砲×2(翼内)
:30kg爆弾2個 or 60kg爆弾2個 or 30kg小型ロケット弾4発
エンジン:三菱 金星六二型 空冷星型14気筒 1560馬力
乗員:1名
1940年に制式採用された海軍の主力艦上戦闘機。
この世界におけるゼロ戦であり、その中身は史実の六四型もどきである。
史実の六四型は中島製『栄』の代わりに直径は大きいが出力も大きい自社製エンジンの『金星』を採用した機種であった。この世界では平成会の技術チートの恩恵で三菱のエンジン技術も加速しており、早期に金星を完成させたことで初期タイプから金星を搭載することが可能になっている。
機体の設計は史実と同じく堀越二郎が行っている。
全体的なシルエットは史実のゼロ戦と大差無く、曲面を多用した流麗なシルエットになった。
大きく違うのは厚板構造が採用されたことである。
板厚を増す代わりに主翼の桁数を減らしており、部品点数の削減と強度の維持を両立している。
この世界の日本では100オクタン燃料が潤沢に供給されているので、史実で装備されていた水メタ噴射装置とタンクは搭載されていない。噴射装置とタンクと水メタを合わせて200kg近い軽量化が可能となった。
浮いた重量は主翼内燃料タンクの自動消火装置とコクピット周辺の防弾装備に充てられている。そのおかげで、この世界の零戦は異様にタフでしぶとい戦闘機となった。
※作者の個人的感想
やっぱりゼロ戦を出さなきゃというわけで、作ってみました。
なんのかんの言っても1500馬力級なので、この時代に出せば無双出来るでしょう。
自動消火装置は史実のキ83に装備されてたやつです。
タンク内に窒素を充填して被弾時に気化したガソリンが爆発するのを防いでくれます。これが有ると無いとでは大違いで、この世界のゼロ戦は被弾してもしぶとく生き残れるでしょう。
13.2mmと20mmの組み合わせ史実通りです。
金星の搭載でエンジンルームに余裕が無くなったので全て主翼装備です。
最初は20mm4丁積もうと思ったけど、すぐ弾切れになりそうなので止めました。12.7mも考えたのですが、そもそも史実の13.2mmはブローニングのコピーで命中精度も悪くないとのことなので、そのまま採用しています。
でも20mm4丁でもいけるとは思うんですよね。
史実と違って厚板構造で機体強度はあるし、長銃身の2号銃を使えばそこまで命中率は悪化しないはず。派生型で出すのはありでしょうね。
打ち切りエンドではないのでご安心くださいw
平成会の影響力が(やっと)軍部に及んできたので、これからはオリジナルの機体を出すことも増えるでしょう。火葬兵器も出しやすくなりますね!(`ω´)グフフ
>遣英艦隊司令官は高須さんに内定したらしい。
高須四郎海軍大将(この時点では中将)のことです。
知英派なので、テッド君と絡ませたらと思ってみたり。
>グルグル目なヤバイ顔した
ゲッターロボに出てくる連中の目をイメージしてもらえれば。
完全に逝ってますね(酷
>能登 大和 紀伊
自援SS『変態日本海軍事情―新型戦艦建造編―』参照。
どの艦がどの名前なのかは、なんとなく想像がつくと思いますw
>駆け付けた憲兵隊によって全員が拘束されたのであった。
旧軍の憲兵は陸軍所属なのですが、海軍には憲兵がいないので必要な時に借りていました。史実では戦争中に占領地が急拡大して憲兵が足りなくなってから、海軍独自の海軍特別警察隊が設立されています。
>さらなる大威力を目指して61サンチ魚雷を実用化するべきだろう
この世界の酸素魚雷は未だに53サンチだったりします。
>命を救われた恩がある藤本は平成会からの依頼を快諾。
自援SS『変態日本海軍事情―新型戦艦建造編―』参照。
>サイドエレベーター化による復元力の低下であった。
実際はサイドエレベーターに反対する連中が過大に叫んだだけだったり。
あの程度で復元性が問題になるなら、復元性そのものに喧嘩を売っているとしか思えない龍驤はどうなのよって話です。
>史実のマジェスティック級航空母艦の図面だったのである。
リスペクト元の某水葬戦記ではコロッサス級を量産していましたが、拙作では発展型のマジェスティック推しです!
>英国では150オクタンの航空燃料が供給されているらしい。
ガソリンのオクタン値は基本的に100オクタンが最大です。
それ以上の数値が出るのは添加物を入れているからです。代表的な添加物は四エチル鉛、つまりは有鉛ガソリンです。
>水メタを大量に詰めば燃料を減らす必要がある。
史実の六四型では、水メタを胴体に140リットルも積んでいました。
比重はほぼ1なので単純に140kg、タンクはその他装置を合計すれば200kg近いデッドウェイトを積んでいたことになります。
>小園安名海軍中佐は動じない。
最終階級は海軍大佐でしたが、終戦直後のクーデター未遂事件で軍の階級をはく奪されています。死後、遺族や関係者により名誉回復の運動があるくらいに部下たちには慕われていました。同郷の方なので名誉回復されて欲しいと思ってます。
>ぼっけもん
鹿児島弁で「大胆な人」「怖いもの知らず」という意味を持つ言葉です。
薩摩隼人の類義語ですね。
>熱海の旅館でどんちゃん騒ぎする陸軍とは対照的であった。
そのうち、陸軍の勉強会も書いてみたいですね。
キングチーハーや和製マウスな試製100t重戦車とか、浪漫溢れる陸上兵器がいっぱい出てくるに違いないのです((o(´∀`)o))ワクワク
>他にもスイーツコーナーを独占しようとする山本五十六を引きはがしたり。
史実の山本五十六は度を超えた甘党でした。
アメリカ留学中はコーヒーに砂糖をドバドバ入れたり、郷里の新潟では『水まんじゅう』なる独自のスイーツまで考案しています。
>赤褌一丁でポン刀持って舞いを踊るのはやめてくださいぃぃぃぃ!?
どうも本当の話らしいです(汗
書籍を紛失してしまったことが悔やまれる…_| ̄|○




