変態英国王室事情―立つ鳥跡を濁しまくり編―
「今日は目出度い日だ。今後も励むのだぞ!」
「うちの旦那のようになれとまでは言わないけど、テッドさんはもう少し身体を鍛えたほうが良いわね。お仕事に差し支えないか心配しちゃうわ」
真正面には英国王ジョージ5世と王妃メアリー。
「先生、新作はまだですか?」
「ちょっと、エド。ちょっとはTPOを弁えなさいよ!? ところで、わたしはモブくんの同人誌が欲しいのだけど?」
「ロージーも人のこと言えないだろ!?」
右側にはウェールズ大公エドワードと妻のローズマリー。
「僕も先生の新作が欲しいです。ところで、海軍に入りませんか?」
「わたしも欲しいです。観賞用と布教用と読書用で3部ください」
「テッドおじさん。また競馬に連れて行ってください!」
「おじさん、わたしエアショーが見たい!」
左側にはヨーク公アルバート夫妻と娘たち。
ロンドンのウィンザー城ならいざ知らず、ドーチェスターハウスでは有り得ない光景である。
1940年9月2日。
この日はテッドの誕生日であった。
ささやかに家族と祝おうと思っていたのであるが、どこから聞きつけたのか国王夫妻が来襲。あとは芋づる式に息子と嫁と子供たちまでやって来てしまったのである。
『これほどまでに祝っていただけるとは!? ドーセット公爵家の復興は完全に成ったのだ!』
家令のセバスチャン・ウッズフォードが居たら感激のあまりに号泣しそうな光景である。実際に号泣しようとして、空気を読んだメイドたちに強制退場させられていたが。
「ドーセット公、水臭いじゃないか。貴族の誕生日は盛大に祝うものだぞ?」
「わたしたちがロシアに居たころは、それは凄いものでしたのよ」
「ミランダちゃんと美知恵ちゃんは見ててあげるから、遠慮なく盛り上がっても大丈夫よ?」
「「「お誕生日おめでとうございまーす!」」」
元ロシア皇帝のロマノフ公と元皇后アレクサンドラ、元皇太后マリアに娘と息子たちまでやって来る。彼らが定宿にしている娼館街とドーチェスターハウスは直通地下鉄で10分以内のご近所さんであった。
(これは夢だ。夢に違いない……)
なお、肝心のテッドは現実逃避を試みていた。
逃げてもどうにかなるようなものではないが。戦わなくちゃ現実と。
「ちょ、これは……」
47本のロウソクが立てられた誕生日ケーキにドン引きするテッド。
ケーキ自体はマルヴィナとおチヨの合作なのであるが、ロウソクは立ってなかったはずである。
(うわ、めっちゃ怒ってらっしゃる……)
ちらりと横を見れば、口元だけは笑っている正妻と愛人コンビが目に入ってくる。無粋な乱入に二人とも腹を立てているのであろう。
だからといって、テッドに当たるのは筋違いであるが。
乱入してくるとは夢にも思わなかったし、事前に分かっていたとしてもお断りすることは出来なかったし。
強いて言うならば、場所が悪かった。
今まで日本で祝っていたのを、今回はドーセット領で祝おうとしたのだから。
(でもまぁ、オールナイトは回避出来そうだな)
せめてもの救いは、毎年恒例となっている夜のプロレスを回避出来そうなことであろうか。二人の淫魔がエンドレスで搾ってくるのは拷問以外の何物でも無い。
かくして、テッドの誕生パーティーが始まった。
主役そっちのけで大いに盛り上がったのであるが……。
「父上っ!?」
「お義父さま!?」
「ジョージ!?」
異変が起きたのは、宴もたけなわとなった午後7時ごろであった。
椅子に座っていたジョージ5世が、突如床に崩れ落ちたのである。
「……どうも、耄碌したようだ」
ジョージ5世がすぐに立ち上がったので周囲は安堵する。
派手に転落したにも関わらず、怪我一つ無かったのは鍛えた肉体のおかげであろう。
(これは……?)
しかし、テッドは異変に気付いていた。
顔色が悪いし、呼吸も荒い。典型的な酸素濃度低下の症状である。
「国王陛下はお疲れのようだ。ゲストルームへご案内して」
生前に看取り経験があるテッドからすれば、嫌な予感しかしない。
しかし、そんなことはおくびにも出さずに必要な手はずを整えていく。
「……」
ベッドに横たわるジョージ5世。
短時間であったがゲストルームへの移動中も意識消失を起こしており、容態は深刻であった。
「……エド。おまえは王位を継承しろ。今のおまえなら大丈夫だろう」
「そんな……!?」
王太子エドワードは、遺言であることを悟って愕然となる。
いずれその日が来るとは覚悟はしていたが、こうも唐突にやってくるとは思ってもみなかったのである。
「バーディ。おまえはエドを支えてやってくれ。おまえならやれる。自信を持て!」
「父さん……」
ヨーク公アルバートは涙ぐむ。
この世界では順調に海軍畑を歩んでおり、父に言われるまでもなく兄を支えるつもりであった。
「ニッキー。出来れば息子たちを見守ってやってくれ」
「ジョージ……心配するな。安心して逝くといい」
ロマノフ公は穏やかな表情であった。
お互いの立場を考えれば、看取ることが出来たこと自体が奇跡と言える。これ以上何を望むと言うのか。
「ドーセット公。いろいろと面倒をかけると思うが頼む。息子と孫たちを支えてくれ」
「……分かりました。微力ながら力を尽くすことをお約束しましょう」
テッドの言葉を聞いたジョージ5世は、言質を取ったとばかりにニヤリと笑う。
遺言の名を借りた理不尽な要求ではあったが、この状況で拒否など出来るはずもない。
『I have no regrets in my life!』
この世界のジョージ5世の最期の言葉であった。
家族たちに看取られた彼の表情はじつに満ち足りていたという。
1940年9月2日23時55分。
英国王ジョージ5世崩御。
世界大戦を勝利に導き、国民にも広く愛された偉大な王の死は一つの時代の終わりを意味していた。それは同時に英国を取り巻く環境の変化を意味していたのである。
『ジョージ5世崩御』
『最後は家族に見守られて大往生』
『王太子 エドワード8世として即位へ』
翌日のデイリー・テレグラフ、タイムズ 、ガーディアンの3紙はジョージ5世の崩御を一面で報道した。この影響でロンドン市内は問い合わせで電話回線がパンクし、証券取引所では株価の乱高下に証券マンが対応に追われることになった。
「くそっ、まだ取材許可は下りないのか!?」
「編集部からはいつでも動けるように待機しておけとの一点張りで……」
「相手が相手だから分からないでも無いが。このままだとスクープを逃してしまうぞ!?」
新市街地のホテルのロビー。
デイリー・エクスプレスの記者たちは、取材許可が下りるのを一日千秋の思いで待ちわびていた。
英国は階級社会であるが、新聞にも厳然とした階級が存在する。
いわゆる高級紙と大衆紙である。
クオリティ・ペーパーは上流階級・知的階層向けの真面目な新聞で権威がある。
タブロイドは中流階級・労働者階級向けの娯楽新聞であり、興味本位のゴシップやセンセーショナリズムとお色気で世間を騒がすことが多い。
タブロイドの中でも中流階級向けは中級紙、それ以外は大衆紙として分類される。
中級紙は中産階級向けであるので、クオリティ・ペーパーほどでは無いにしても真面目な新聞である。タブロイドの悪いイメージは大衆紙のせいと言っても過言では無い。
朝一番で崩御の報を流したのはクオリティ・ペーパーであった。
重要な情報なので王室が信頼できるメディアに優先的に情報を流したのは当然のことと言えよう。
出遅れた形となった同業他社は、特ダネをモノにするべくドーセット領へ殺到した。デイリー・エクスプレスもそのうちの一つであった。
デイリー・エクスプレスは中級紙であり、ライバルのデイリー・メールと連名でドーセット公爵家に取材を申し込んでいた。しかし、取材許可が下りずに立ち往生していたのである。
「取材許可なんて待ってられるか。うちらは勝手にやらせてもらうぜ」
「まったくだ。俺らはお上品にやってはられんからな」
奇しくも同時刻。
旧市街地の安宿の一室では、デイリー・ミラーの記者たちが商売道具の手入れに余念が無かった。
彼らの目的は取材ではない。
タブロイド紙である彼らは、センセーショナルな記事で売り上げを伸ばすことしか考えていなかった。
(誰もいないな)
草木も眠る丑三つ時。
ドーチェスターハウスの外壁に近づく不審者が一人。
「ふんっ!」
外壁に向けてぶん投げた鉤縄は狙いたがわず外壁に引っ掛かかった。
ロープの手応えを確認した不審者は手慣れた様子で壁をよじ登っていく。
「侵入成功。ちょろいな」
思わず声に出てしまう。
不審者――デイリー・ミラーの記者は、この瞬間に取材の成功を確信した。しかし……。
「無粋ですね。客人を招いた覚えはありませんが?」
「なっ、い、何時の間に!?」
背後から声をかけられて驚愕する記者。
慌てて振り返ると、後ろにはメイドが立っていた。
「待て、待ってくれ。怪しい者ではない。これでも記者をやってるんだ!」
「こんな時間にアポ無しで入ってきて怪しい者ではない? ふざけているのですか?」
メイドの塩対応は当然であろう。
深夜に不法侵入しただけでも有罪である。問答無用で通報されないだけ有情とさえ言える。
「取材に協力してくれたら報酬を支払う! 君ら安月給だろう? ちょっとしたボーナスになるのは保証するから」
「生憎とご当主さまからは十分すぎる賃金をもらっていますので結構です。ところで、お話は終わりですか?」
「あ、いや、えぇと……」
取り付く島もないメイドの対応に記者は焦る。
このままだと犯罪者として警察に突き出されてしまうであろう。
「えぇいっ!? 大人しくしろ!」
しかし、ここで記者は最悪な選択をしてしまった。
力づくでメイドを黙らせようとしたのである。
「……」
メイドの細い目がさらに細められる。
その瞬間、神速のジャブが記者の顎を撃ち抜いたのであった。
「ご無理を言って申し訳ありません。今回の取材へのご協力に感謝致します」
「あぁ、いえいえ。こちらもちょっとバタバタしていまして。すぐに返事出来なくて申し訳ない」
数日後。
デイリー・エクスプレスとデイリー・メールの記者はドーチェスターハウスの応接室に居た。
「……その、ドーセット公? つかぬことをお伺いしますが、アレは何なんですか?」
デイリー・メールの記者が指摘したのは、応接室の片隅に転がされた男たちであった。全員が縛り上げられたうえに頭は丸坊主、さらには首から『不法侵入』や『盗撮』などの札がかけられていたのである。
「あぁ、あれね。君らの同業者だよ」
記者の質問に肩をすくめるテッド。
冗談めかしてはいたが、目はまったく笑っていない。
「……見せしめですか?」
「貴族の屋敷に潜入したらどうなるかなんて、考えるまでもなく分かりそうなものなんだけどねぇ。ま、僕は新興貴族だから舐められたのだろうけど」
デイリー・ミラーだけでなく、他の大衆紙もスクープ狙いでドーチェスターハウスへの侵入を試みていた。その成れの果てが目の前の男たちであった。
(((強硬手段を取らなくてよかった)))
デイリー・エクスプレスとデイリー・メールの記者の思いは一つであった。
取材許可が出なかったら、彼らも多少は強引な手段を使うことを考えていた。仮に実行したら目の前の男たちの仲間入りは確実だったわけで、まさに急がば回れであろう。
崩御の詳細な記事が出たのは数日後のことであった。
この一件で、デイリー・エクスプレスとデイリー・メールは大いに株を上げることになる。
「そうそう、こいつらのことも書いてくれる? 記事になって世間様に晒されれば、こいつらも多少は反省するだろうし」
なお、テッドは人の不幸を売り物にする輩を決して許すつもりは無かった。
事の詳細を当事者たちの目の前で洗いざらいぶちまけたのである。
応接室に悲鳴と懇願が入り混じることになったが、そんなことは知ったことではない。事件の詳細だけでなく侵入した記者の顔写真や経歴まで調べ上げており、生前は大のマスゴミ嫌いだったテッドのやり方は徹底していた。
この事件を報道した両紙の発行部数はうなぎ上りであった。
その一方で、タブロイド紙は強い批判に晒されることになった。
焦った彼らは、さらなるスクープで挽回しようと試みた。
それが最悪の選択であったことを後悔することになるには、今しばらくの時間が必要であった。
『普段は日本にいるのに、なぜあの日だけドーセットにいたのか 国王の崩御の場所と時間に疑問』
『朝刊で報道するために死亡時間をずらした可能性』
『ドーセット公が家族を説得して安楽死のために薬を投与か』
ジョージ5世の崩御から10日後。
葬儀が終わって間もないと言うのに、ロンドンのタブロイド各紙には衝撃的なタイトルが踊っていた。
『なんだこの記事は!? でたらめにも程があるだろう!?』
即位したばかりの英国王エドワード8世は報道を知って激怒した。
ただちに王室の名で厳重に抗議したのは言うまでも無い。
しかし、タブロイド紙側は強気であった。
たまに帰国した日に崩御するのは、あまりにも都合が良すぎると考えていたからである。
実際に偶然だったのであるが、それを証明するのは不可能であった。
その場に居合わせた家族と近しい者の証言のみでは疑惑を完全に晴らすのは難しい。
同行していた主治医の発表は心不全とのことであったが、これも全面的には信用出来なかった。
一般人ならいざ知らず相手は王族。
政治的な事情で家族に言い含められた可能性を否定出来ない。
もっとも、タブロイド紙側からすれば事実であろうが無かろうが問題は無かった。要は記事が売れれば良いわけで、そのためにはセンセーショナルな話題が手っ取り早い。
こうなるとテッドが取れる手段は、釈明会見を開くか名誉棄損で訴えるかの2択しかない。
前者では完全に疑惑を払拭するのは不可能。
後者も金と時間がかかるし、ゴネまくって示談に持ち込めば問題ない。どちらにしてもこちら側は安泰のはずだったのである。しかし……。
「個人株主が株を手放しているだとぉ!?」
「現在確認させていますが、既に3割ほどが手放されています」
「それが全部ドーセット公に渡っているというのか!?」
とある新聞社の会議室。
唐突な凶報に重役たちは阿鼻叫喚であった。
『はぁ!? 株を売ったぁ!? 何故ですか!?』
『いやだって、額面の10倍で買い取るって言われたし。あんたら最近イメージ良くないから手放してもいいかなぁって。じゃ、そういうわけで』
『いやちょっと待ってください!? もしもし? もしもーし!?』
テッドは有り余る資金力をバックに敵対的買収を仕掛けていた。
額面の10倍という買取価格の前に、個人株主は次々と株を手放していたのである。
「このままではドーセット公が筆頭株主に……そうなったら……」
「もはや我が社の資金に余裕はありません。増資分は企業か個人株主にでも買ってもらうしかないですよ?」
「それをやったら、ドーセット公に買収される未来しか見えないんですが……」
「なにか手は無いのか!? このままだと次の株主総会で我らはお払い箱だぞ!?」
既に個人株主の大半がテッドに株を売却しており、保有比率は半分に迫ろうとしていた。自社保有分の株を除けば問答無用で筆頭株主であり、このままだと株主総会で何を言われるか分かったものではない。
『あんたら全員クビね。ついでに、名誉棄損と損害賠償もセットで付けてあげましょう』
邪悪な笑みを浮かべたテッドに株主総会で断罪される未来が重役たちの頭によぎる。このまま手をこまねいていれば割と、いや、かなり確定的な未来であった。
「我らに友好的な企業に買ってもらいましょう! そうすれば買収されないはずだ」
しかし、ここで重役の一人が突如名案を思い付く。
それは天啓というべきものであった。
「その手があったか!?」
「しかし、我らを買ってくれる会社なんてあるか?」
「モルガン商会があるじゃないか! あいつは死ぬほどドーセット公が嫌いという話だったぞ!」
「さっそくコンタクトを取りましょう!」
敵対的買収を仕掛けられた企業が、友好的な企業に買収してもらうことで敵対的買収を回避する防衛策をホワイトナイトと言う。この場合は友好的では無いような気もするが、怨敵であるテッドに嫌がらせするためならばモルガンは動いてくれるだろうという目算があった。
『任せてくれたまえ! あの小僧の思うようにいかせてたまるものか!』
案の定と言うべきか、予定調和と言うべきなのか。
モルガン商会会長のジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアは二つ返事で企業救済を引き受けた。
なお、救済対象はテッドに敵対的買収を仕掛けられている新聞社全てであった。
ここにモルガン商会とハーグリーブス財団の対立が決定的になったのである。
『さすがモルガン! やってくれると信じていたぞぉ!』
『これでぐぅの音も出まい。ザマーミロ!』
『くくく、さっそくおちょくりの記事を書いてやろう』
倒産が噂されていたモルガン商会であったが、資金調達に成功したことで敵対的買収からの防衛に成功した。この快挙に敵対的買収の対象となっていた新聞社の重役たちが快哉を叫んだことは言うまでも無い。
『世間を騒がせたのは明白であり、ここに上層部の解任を要求する!』
しかし、彼らの喜びは三日天下で終わってしまった。
9月半ばに開催された株主総会で解任決議が成立してしまったからである。
しかも、その決議を出したのはテッドに代わって筆頭株主となったモルガンであった。これはいったいどういうことなのか?
『なんだこの決済は!? どんぶり勘定過ぎるだろうが!? こんな適当な仕事しかしない人間なぞ不要だ!』
裏切りに発狂する重役たちをモルガンは一喝した。
筆頭株主となったモルガンは、新聞社の経営状態を精査した。その結果、現上層部を無用の長物と判断したのである。
モルガンによって上層部を挿げ替えられた新聞社は、堅実な経営で利益を出していった。運用資金を溶かして破綻寸前だったモルガン商会も経営を持ち直していくことになるのである。
ちなみに、モルガン商会はハワード・ヒューズ率いるヒューズ・ツール・カンパニーから資金提供を受けていた。買収防衛資金に加えて、当座の経営に必要な運転資金まで含めるという至れり尽くせりっぷりであった。
『何が悲しくて師匠を毛嫌いするヤツに資金提供する必要があるんだ?』
当初はヒューズは資金提供を渋っていた。
金額以前に『師匠』を嫌う人間に資金提供をするのに抵抗があった。
『無能な上層部を刷新するのなら資金提供に応じてもいいぞ』
しかし、突如方針を転換した。
モルガンとしても拒否する理由は無く、株主総会での解任決議となったのである。
ヒューズの方針変更には『師匠』の意見があったとされる。
つまりは、そういうことである。
モルガンの大ナタで英国のタブロイド紙業界は再編されることになる。
しかし、それも一時的なものであった。
人はゴシップやセンセーショナルな記事を求めるものなのである。
怒らせてはいけない人間を再び怒らせて、怒りの鉄槌を喰らう日が何時になるのかは誰にも分からなかった。
「あの公爵さまが良からぬことを考えているかもしれん。ただちに調査するのだ!」
テムズ川沿いに所在するMI6本部の長官室。
部屋の主であるスチュワート・メンジーズ陸軍少将が激を飛ばしていた。
9月も下旬になっていたが、世間はジョージ5世の崩御の話題で持ち切りであった。それは同時に、テッドも話題にされることを意味していたのである。
このタイミングで、さらなるスキャンダルがあればテッドを追い落すことが出来るかもしれない。そう考えたメンジーズが張り切るのも無理も無い話ではあった。
「……ドーセット公が王室を害するとは思えませんが」
もっとも、部下の反応は冷ややかなものであったが。
MI6の伝説と化したシドニー・ライリー海軍大将ほどではないにしても、日本支部長であるテッドの力量は高く評価されていた。少なくても実績という点では、メンジーズよりははるかにマシであった。
「貴様は分かっておらん! ドーセット公に害意があろうが無かろうが、将来の禍根になりそうなものは事前に排除する必要があるのだ!」
ここぞとばかりにメンジーズは主張する。
もっともらしいことを言っているようだが、要は疑わしきは罰せよと言っているだけである。
「長官こそドーセット公に喧嘩を売る無謀さが分かっていませんね」
「どういうことだ?」
部下の発言に困惑するメンジーズ。
たかが田舎の成金貴族に、MI6の実質的なナンバー2が何を恐れているというのか?
「わたしは先々代の長官のころから奉職していますが、歴代の長官はドーセット公爵家に関わり合うことを極力避けていたのです」
「初耳だぞそんなことは!?」
先々代長官のマンスフィールド・スミス=カミング海軍中将から先代長官のヒュー・シンクレア海軍少将までは確かに伝えられていた。しかし、シンクレアが癌で急死したために当代のメンジーズには伝えられていなかっただけである。
「かつて監視のためにMI5がエージェントを差し向けたことがあるのですがどうなったと思います?」
部下の発言にメンジーズは息を呑む。
少なくてもロクでもない未来を迎えたのは確定であろう。
「とにかくこれは命令だ! ただちにエージェントを差し向けるのだ!」
しかし、メンジーズは頑なであった。
目の前にぶら下がった絶好の好機を無視することなど出来るはずが無い。
「命令であれば従わざるを得ませんが……相応の損害は覚悟してください。あそこは一筋縄ではいきませんよ?」
何を言っても無駄と判断した部下は退室する。
その後ろ姿をメンジーズは怒りと侮蔑を込めた視線で見送ったのであった。
(このままでは無駄な犠牲が出ることになる。なんとかせねば……)
廊下を歩く部下の表情は深刻であった。
どうせ信じはしないだろうとメンジーズには説明しなかったが、彼は潜入したMI5のエージェントの顛末を知っていた。
当時ドーセット領へ派遣されたMI5のエージェントは全員が所在不明となった。それだけならば、見つかって捕縛されたか命を落としたかと納得も出来る。
しかし、ドーセット領へ送り込まれたエージェントは全員が生存していた。
彼らはテッドに説得されて、自らの意思で寝返ったのである。
『お給料は前職の倍は出すよ! もちろん福利厚生もばっちり!』
『家族が心配なら、こちらに呼び寄せてあげるよ?』
『報復が怖い? 大丈夫! 僕が上の人間に言っておいてあげるから問題ナッシング!』
テッドの言葉が悪魔の誘惑だったのは間違いない。
そもそも、捕縛されたMI5のエージェントに選択の余地は無かったのであるが。
人材コレクターの異名は伊達ではない。
要望を聞き入れて最適な職場環境を提供したことで、彼らは帰還することを放棄してドーセット領に定住してしまったのである。
最悪なのは手口が知られてしまったことであろう。
MI5は以後もエージェントを潜入させたのであるが、元MI5の人間によってことごとく捕縛されてしまった。新たに捕縛されたエージェントも寝返ってしまったのは言うまでも無い。
精鋭エージェントを送り込んでも寝返るだけだと理解したMI5は潜入工作を中止せざるを得なかった。このことを知ったカミングとシンクレアは、ドーセット領に手出し厳禁とした。不幸なことに、メンジーズには伝わらなかったのであるが……。
(このままだと手塩にかけて育てたエージェントが根こそぎ奪われてしまう。なんとかせねば……)
MI6は世界最強最大の情報機関であるが、エージェントが畑から取れるわけではない。思想チェックやその他諸々の選抜を潜り抜けた人材に高度な教育と訓練を施す必要がある。
一人前のエージェントを育てるのには莫大な金と時間がかかっている。
それを横からかっさらわれるのは、たまったものではない。
(閣下ならなんとかしてくれるのだろうが。今は所在がつかめないからな……)
ドーセット領を闊歩出来る技量を持つのはマスタースパイと謳われたシドニー・ライリーのみ。テッドとも親しいので説得も期待出来るが、生憎と任務中で頼むことが出来なかった。
(こうなったら、ドーセット公に正直に話すしかないか)
現状ではこれが最善の手段としか思えなかった。
正直にこちらの事情を話せば分かってくれるかもしれない。エージェントがいくらか持っていかれることになるかもしれないが、このまま手を打たねば根こそぎ持っていかれることを鑑みればコラテラルダメージであろう。
テッドは既に日本に戻っていたので直接かつ早急に伝える手段が皆無であった。
自分の部下を動かすことも考えたが、疑り深いメンジーズに気付かれると厄介なことになりかねない。どうしたものかと頭を抱えたのであるが、妙案を思い付いて早速実行したのである。
『ニッポンの皆さんコンニチワ! BBCジャパンです。それでは本日のリクエストです……って、あら?』
世界最大のラジオ放送局であるBBC。
そのうち日本向けに放送しているラジオ番組で、ラジオDJは困惑することになった。
生放送中にもかかわらず、突如ノイズが発生したのである。
ノイズは数秒おきに5回繰り返され、その後は嘘のように消え去った。
『失礼しました。放送機材の不具合のようです。では、あらためて本日のリクエストです!』
さすがは人気番組のラジオDJというべきか。
突発的なアクシデントにも即座に対応して放送を続けたのである。
一瞬のことであったので、話題になることもなくノイズの一件は忘れられていった。しかし、その意味を理解することが出来た人間もわずかながら存在したのである。
「このタイミングで呼び出しとは。いや、だからこそと言うべきか?」
「あなたは恩人だ。いくらでも協力しますよ」
1940年9月下旬。
元FBI長官にして、現在はドーセット警察の特別顧問であるジョン・エドガー・フーヴァーは腹心のクライド・トルソンと共にドーチェスターハウスに呼び出されていた。
「忙しいなか来てもらって済まない。早速なんだけどこれを見て欲しい」
応接室で出迎えたテッドが差し出したのは、アルファベットが羅列された紙であった。並び方はバラバラであったが、ところどころに丸印でチェックが入れられている。
「「こ、これは……!?」」
チェックが入ったアルファベットのみを斜め読みした二人は驚愕した。
その内容はドーセット領にスパイが潜入したことを示唆していたからである。
「ドーセット公。これはいったいどこから?」
「3日前の日本のラジオ番組だよ。内容を知って慌てて帰って来たんだ」
「はぁ?」
フーヴァーは困惑する。
このような重大な内容をラジオで放送するとは思えない。
「あ、ごめん。説明が足りなかった。正確に言えば、ラジオのノイズに見せかけて放送されてたんだ」
ラジオを傍受したMI6日本支部のスタッフは、ラジオ放送中の『ノイズ』が暗号であることに気付いた。スタッフはテッドを説得し、オーバーテクノロジー指定されているトランジスタコンピュータの使用許可を勝ち取ったのである。
解析の結果、ノイズはデジタル変調された乱数放送であることが判明した。
しかも10倍速で早送り再生されており、暗号解読する前に通常再生に復元する必要があった。これは高速演算が可能なトランジスタコンピュータでないと不可能な芸当であった。
「ドーセット公、これを送ってきた人間に心当たりは?」
「僕はMI6本部だと思っている」
テッドは送り主がMI6であることを確信していた。
こんなことが出来る組織を他に思いつかなかったのである。
「スパイを送って来たのはMI6なのでしょう? おかしくないですか?」
トルソンの疑問は当然であろう。
極秘裏にスパイを送り付けて来た組織が、わざわざスパイの存在を教える意味がない。
「MI6も一枚板では無いということだ。FBIも共産主義者に支部が乗っ取られていたしな……」
ダラス支部の顛末を思い出してしまい、フーヴァーの表情に苦いものが混じる。
彼のキャリアの中でも最大の汚点であり、心残りでもあった。
「いや、いっしょにされるのは心外なんだけど。ハゲ……じゃなかった。MI6長官と折り合いが悪いだけで、組織内での僕の立場も関係も良好だし」
フーヴァーがもう少し内部監査なり調査をしっかりしてくれれば、革命軍が増長することは無かったはずなのである。テッドがフーヴァーを生温かい目で見てしまうのも致し方無しと言える。
「味方に後ろから撃たれている時点で説得力が無いんだが?」
「ぐはぁっ!?」
もっとも、フーヴァーは言われたら黙っているようなタマでは無い。
きっちり反論してテッドを悶絶させていた。
「諜報組織のトップに嫌われるとか、何をやらかしたんですドーセット公?」
「あっちが一方的に嫌ってるんだよ。僕は悪くない!」
トルソンもきっちり追撃を入れてくる。
さすがはフーヴァーの最良の相棒かつ腹心。息の合ったコンビネーションであった。
「……あー、ゴホン。本題に戻すけど、要はスパイを捕まえて欲しい。可能なら一網打尽にして欲しいんだ」
これ以上は泥仕合と判断したのか、テッドは本題に入る。
二人に口では勝てないことを思い知らされたのである。
「もちろん報酬は出すよ。金でも希少品でもなんでも言って欲しい」
テッドは良い仕事に対して報酬を惜しまない。
ド田舎だったドーセットで人材確保するためには報酬をケチってはいられなかったためであるが、ここらへんが人材コレクター呼ばわりされる理由であろう。
「本当か!? じゃあモブ先生の新刊BL本を保存用と観賞用と布教用で3冊。保存用にはサインを付けてくれ!」
「わたしにもお願いします!」
テッドの発言に対する二人の反応は激烈であった。
アメリカ時代は周囲を憚っていたが、BL文化が認められたドーセットでは隠す必要は無い。良い歳したおっさん二人が煩悩を大解放しても、まったく問題無いのである。
「え、いや、そんなんで良いの? あいつらにはコネはあるから手に入るけどさぁ。普通はもっとこう、大金を欲しがるとかあるでしょ?」
予想外の報酬をねだられてテッドは困惑する。
とはいえ、それで仕事をしてくれるならば用意しないわけにはいかなかった。
ニンジンをぶら下げられたフーヴァーとトルソンの仕事ぶりは凄まじいものであった。FBI時代に培われたプロファイリング技術を活用して、次々とスパイの所在を特定していったのである。
『スパイが潜む建物はあれか』
『周囲の封鎖は完了しました』
『よし、突入する。フラッシュバン用意!』
潜伏場所が特定されると、即座に特殊武装攻撃班が差し向けられた。
某生物災害なゲームに出てくる特殊部隊の如き高い練度を誇り、装備も充実したドーセット警察の精鋭部隊。いくらMI6のエージェントと言えど、こんなのに不意討ちされたらどうしようもない。
『通報があった場所はこことここですね』
『地図に書くと行動パターンが丸わかりだな。警官をやって、このサークルの内部に不審な建物が無いか調べてくれ』
領民の防犯意識が極めて高いこともスパイの特定に一役買っていた。
フーヴァーは、住民からの寄せられた多数の通報をプロファイリングの精度向上に役立てたのである。
『すみません、ちょっと良いですか?』
『な、なんでしょう?』
『なに、お時間は取らせませんよ……』
ドーセット警察の異常な充実ぶりもスパイの活動を効果的に抑制していた。
領内には10か所の警察署と60ヵ所の交番があり、巡回警備で高度な治安が保たれていた。不審者には容赦なく職務質問するので、迂闊に外出すると命取りになりかねなかった。
『旦那さまに仇なす者に死を!』
『なんだお前ら……ぐわっ!?』
『旦那さまは殺すなとおっしゃられていた。このまま運ぶぞ』
これに加えて、領内にはセバスチャンの一族も徘徊していた。
常日頃から市井に混じって情報収集しているので、わずかな異変も見逃さない。テッドに狂信的な忠誠を誓っているうえに、戦闘力もあるので直接スパイを捕縛していたのである。
「ジョージ5世陛下が崩御されて1ヵ月以上経つというのに、社会が未だに浮ついている。この責任の一端はドーセット公にあるのではないか?」
「いや、公に悪いわけじゃないのは分かるんだよ? しかし、葬儀が終わるとすぐ日本へ戻ってしまったので対外的なイメージがねぇ……」
「君は普段から敵が多いんだから、もう少し慎重に行動してもらわないと困るんだが」
1940年10月某日。
臨時で開催された円卓会議で、テッドは批判のやり玉に挙がっていた。
臨時と銘打ってはいるが、実質はテッドの吊し上げ大会であった。
その証拠にテッドの盟友であるロイド・ジョージ首相とウィンストン・チャーチル海軍大臣が参加していない。
二人が公務で参加出来ない日を開催日に指定した時点で悪意マシマシである。
そのことを知ったテッドは臨時円卓会議をバックレるつもりであったが、重要な案件と念押しされたので出席せざるを得なかった。
(というか、ここまでやるかね普通……)
外野のやり取りにテッドは呆れていた。
いつもはロイド・ジョージとチャーチルに睨まれて大人しくしている輩が、この日に限ってはピーチクパーチクよく喋る。鬱陶しいことこの上ない。
「……そもそもドーセット公はお忙し過ぎる。日本大使とMI6支部長を兼ねるのは尋常ではない。少なくとも支部長は適当な人材に任せるべきだ」
MI6長官のスチュワート・メンジーズ陸軍少将が、舌鋒鋭くテッドを批判する。今回の臨時円卓会議もメンジーズの主導によるものであり、事前の根回しもあってか周囲も彼に同調しつつあったのであるが……。
「あぁ、そうだった。メンジーズ卿に贈り物があったんだった」
「贈り物だと?」
今まで沈黙していたテッドの唐突な発言。
メンジーズの警戒心が最大限に跳ね上がる。
「こ、これはっ!?」
テッドから封筒を受け取ったメンジーズは絶句する。
中身は顔写真と名前に加えて、簡単な経歴が添えられたリストであった。
(馬鹿な!? 腕利きばかりを送ったはずだぞ!? それがこうも簡単に……!?)
それが何を意味するのかをメンジーズは嫌でも理解させられた。
直々に手渡されたのは、ドーセット領に送り込んだエージェントたちのリストだったのである。
「何か?」
「い、いや。なんでもない……」
テッドに睨まれて押し黙るメンジーズ。
まるで蛇に睨まれた蛙の如しであり、先ほどまでの威勢は完全に消え去ってしまった。
ちなみに、ドーセットで捕縛されたエージェントたちは全員生存していた。
エージェントたちを生かして捕らえるようにテッドは厳命していたのである。
MI6本部直属となれば高度な教育と技能を有しているので、テッドからすれば非常に魅力的な人材であった。破格の報酬と充実した福利厚生に釣られた本部エージェントたちがドーセット領に移住したのは言うまでも無い。
「……さて、煩いのが黙ったところで皆さんにお聞きしたい。結局、何が不満なんです?」
普段と同じく口元は笑顔だが目は笑っていない。
テッドが視線を向けると、円卓メンバーたちは慌てて目を逸らす。
「いや、皆さん多忙な僕を心配してくれたんですよね? そういうことならばお言葉に甘えさせてもらいましょうか」
表情は笑顔のまま。
穏やかな口調も変わらない。
「「「……」」」
しかし、その場に居た円卓メンバーたちは何も言えなかった。
テッドが発する雰囲気に気圧されてしまったのである。
「そうだなぁ……とりあえず貸した金を即金で全額返してもらいましょうか。金銭問題は心配の種だったんだよなぁ」
怖いくらいの笑顔で宣うテッド。
それを聞いた紳士たちの顔が青ざめる。
「なっ!? ちょっと待ってくれドーセット公!?」
「そんなことされたら経営が傾いてしまう。考え直してくれ!?」
「やかましい。ロイド・ジョージに免じて無利子で返済期間も長くしてやったのに、恩を仇で返すなら今すぐ返せ!」
大の男が血相を変えてテッドに縋りつく。
普段はテッドを下に見る態度が鼻に着く紳士たちであったが、実態はこんなものである。
「あぁ、そうそうメンジーズ卿。僕が日本支部長を降りるのは構わないけど、その場合は日本支部は移転してもらうよ」
「な、何故だ!?」
自分は無関係と傍観していたら、唐突に流れ弾を喰らってメンジーズは狼狽する。その様子を見て、そんなことも分からないかとばかりにテッドは嘲笑う。
「僕が全権大使と支部長を兼ねるから大使館の敷地に日本支部を作ったんだよ? それが無くなるんだから必要無いでしょ」
この世界の英国は日本を重要な同盟国とみなしており、その動向には常に注意していた。日本支部の規模と能力は世界各国の支部の中でも屈指のものとなっていたのである。
しかし、有事の際に本国からの命令を待っていたのでは手遅れになることを事態も考えられた。そのために考えられたのが、全権大使とMI6日本支部長の兼任であった。
従来のMI6日本支部は大使館とは違う場所にあった。
関東大震災で大使館が倒壊した際に日本支部は大使館に移転していたのである。
「これまでどおりやっていけば良いだろう!?」
「敵対的な人間がトップをやってる組織の構成員を手元に置いておけるほど僕は神経太く無いんでね。こっそり盗聴器なんて仕掛けられたらたまらないし」
「んなっ!? なんのことだか分からないが……」
盗聴器の件がバレていたことにメンジーズは驚愕する。
必死になって無関係を装うも、とっくに手遅れであった。
『即金で返さないなら利子付けてやろうか? カラス金でどうよ?』
『召喚もめんどうだからしなくて良いよね? あれ疲れるんだよ』
『というか、むしろ円卓抜けて良いよね? 僕はドーセットで隠居するよ』
テッドの『口撃』によって、円卓メンバーは次々と沈黙していった。
下手に反論しようものなら、それに倍する正論で殴り返された。
その場に居合わせた人間は、ロイド・ジョージとチャーチルの有難みを嫌というほど理解させられた。二人は単なるテッドの後見人ではない。やり過ぎを防ぐお目付け役でもあった。
『ふん、それにしても小賢しいことをやるものだ』
『我らがいなくて大丈夫ですかね?』
『あいつらには自分の立場を理解してもらう必要がある。テッド君も最近はストレスをためていたようだし』
『なるほど。ストレス発散の良い機会というわけですか』
普段は控えめで発言も少ないことから円卓会議ではテッドを侮るメンバーが多かった。円卓内部での力関係を再認識させる良い機会と二人は考えており、こうなることを見越して今回の臨時円卓会議に参加しなかったのである。
「……と、いうわけで何か良いアイデアは無いですか先生」
「そういうのは僕じゃなくてロイド・ジョージに相談するべきだと思うけど?」
ドーセット領ウェーマスに面するウィモウス湾。
陸地が見える距離に停泊する白亜のメガヨット――アルビオン号の船上で英国王エドワード8世はテッドに愚痴っていた。
「というか、わざわざこっちに来ることないだろうに。国王になったんだから、僕を呼びつけるのが筋でしょう」
「新世代の国王としてフットワークを重視しているんです。父が推し進めた開かれた王室をさらに発展させるイメージ戦略の一環です!」
エドワード8世の言っていることは間違っていない。
即位してからというのもの、この若き王はあちこちに顔を出していたのである。
「そうだったのかぁ。僕はてっきり船を見せびらかしに来たのかと思ってたよ」
テッドの指摘に無言で目をそらすエドワード8世。
どうやら図星らしい。
ちなみに、この船はテッドが所有するメガヨット『デュークオブドーセット』の準姉妹船であった。
日本で建造すると回航やら通関手続きで時間がかかるので、平成造船から図面を提供してもらって国内のジョン・ブラウン造船所で建造された。つい先日、竣工したので見せびらかしついでにテッドに会いに来たのである。
「話を戻すけど、要は年寄りから支持が欲しいってことでしょ?」
「そうなんです。どうも年長者には嫌われているみたいで……」
王大使時代のエドワード8世は、国内外を問わず民衆から絶大な支持を受けていた。この世界では女癖の悪さも矯正されているので、まさに非の打ち所がない『比類なき君主制度のPRマン』であった。
『非常に親近感があるが、逆に頼りない印象』
『王太子としては完璧だが、国王としては頼りない』
『大英帝国を統べる者に相応しい威厳を身に着けて欲しい』
国王になってもその手法を踏襲したのであるが、年長者からはウケが悪かった。
無意識に先代のジョージ5世と比較してしまうからであろう。
「いっそ、髭でも生やしてみたら? こういう場合のお約束でしょ?」
欧米では髭を生やすことは威厳や風格を演出する手段である。
その効果は個人や状況、そして清潔感の維持によって大きく異なってくる。
「試しにやってみたんですけど、ロージーに思いっきり笑われました。二度とやりませんよ……」
当時のことを思い出したのか、げんなりとした表情となる。
元々がハンサム顔なので、中途半端に髭を生やすとコレジャナイ感が凄まじい。それを見たローズマリー王妃に笑われてしまい、エドワード8世は二度と髭を生やさないと誓っていた。
「身体を鍛えてみたら? ザ〇ギは無理だけど、ガ〇ル、いや、ナッ〇ュくらいにはなれそうだし」
髭が却下されたので、肉体改造を提案するテッド。
この世界のジョージ5世は某赤いサイクロン並みの鋼の肉体を誇っていた。息子も鍛えればいい感じになるかもしれない。
月並みではあるが、形から入るのは意外と重要である。
先代並みとはいかなくても、それに近いくらいにマッチョになれば年長者のイメージも好転するだろうとテッドは考えていたのであるが……。
「それって、先生が描いてるコミックのキャラじゃないですか!? あんなの無理ですよ!?」
「大丈夫。いけるって!」
「絶対にノゥ! 今までのイメージがぶっ壊れてしまうじゃないですか!?」
年長者からの覚えは良くなるかもしれないが、今度は若年層の支持を失いかねない。エドワード8世が肉体改造を拒絶するのも、ある意味当然と言える。
「形から入るのがダメなら地道に実績を積むしかないよ?」
「だから、それを聞いているんですってば」
「それこそロイド・ジョージやチャーチルの領分なんだけどなぁ……」
相談する相手を間違っているとしか思えないのであるが、相手は国王さまである。アイデアを出せと言われれば、グレートブリテン貴族であるテッドに拒否権は無い。悲しきは宮仕えである。
「うーん、手っ取り早く国王の威厳を示せるようなイベントとなれば……あ、観艦式があったな」
「観艦式……ですか?」
エドワード8世は微妙な表情であった。
この世界でも海軍の士官教育は受けていたものの、史実同様に海軍に興味は無いらしい。
「グランドフリートの戦艦を並べるだけでも世界中にイギリスの威容を示せるよ? 各国から軍艦を派遣してもらえば、さらに見栄えも良くなるから国王の株は爆上がりだろうね」
「良いですねそれ!」
俄然興味が湧いてきたのか、身を乗り出してくるエドワード8世。
先ほどまでの態度が嘘のようである。
「史実でもジョージ6世が即位したときに観艦式をやったんだよ。エドワード8世即位記念観艦式があってもおかしくない」
「タイミング的にも最高じゃないですか!? これは是非ともやらねばなりませんね!」
エドワード8世即位記念観艦式の開催が決定した瞬間であった。
ロイド・ジョージやチャーチルも同様のことを考えており、エドワード8世が観艦式開催を明言したことで急速に具体化していったのである。
『招かれたからにはオンボロ艦などは派遣出来ん。新鋭艦を出すべきだろう』
『最低でも巡洋艦。可能なら戦艦を派遣したいな』
『ドック入りしてメンテとクルーの休養と……日程的にギリギリだな』
それは同時に、海軍関係者のデスマーチが決定した瞬間でもあった。
4ヵ月後に開催することを知らされた各国海軍の上層部は、派遣する艦の選定に大わらわとなるのである。
『イギリスとの親密さをアピールするためにも新鋭艦、それも戦艦を派遣するべきだ!』
『さすがに3艦全てを派遣するわけにはいかないぞ?』
『無難にいくなら能登を派遣するべきでしょう』
『見栄えなら大和だろう。アレを派遣したら連中は驚くだろうよ』
『いやいや、インパクトという意味なら紀伊だって負けていないのでは?』
特に日本は異様なまでに気合が入っていた。
新鋭戦艦を派遣することで、日英同盟を世界にアピールすることを狙っていたのである。
史実21世紀の観艦式は、国際親善や防衛交流を促進することや自国民の海軍に対する理解を深めることが主目的と言える。テッドや平成会の人間も観艦式をそのように理解していた。
しかし、戦前の観艦式は敵勢力に対する示威行為という側面が強かった。
政治的な要素も絡んでくるので、新鋭艦をホイホイと派遣すれば良いというものでは無い。そこらへんの解釈の違いが、エドワード8世即位記念観艦式で表面化することになるのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
HMY アルビオン
総トン数:1350t
全長:120.0m
全幅:16.8m
機関:ターボコンパウンド・デルティック4基2軸推進
最大出力:20000馬力
最大速力:30ノット(巡航17ノット)
旅客定員:10名
乗員:15名(最大)
英国王室が所有するメガヨット。
分類上は王室ヨット(His Majesty's Yacht)である。
ドーセット公が所有する『デューク オブ ドーセット』の図面を提供されたジョン・ブラウン造船所によって建造された。独自の改良や使い勝手の向上が図られており、船体が若干大型している。デューク オブ ドーセットの準姉妹船と言える。
デューク オブ ドーセットと同じく、全体的に曲面を多用した流麗なシルエットである。船首付近にオートジャイロが着艦出来る甲板を備えており、洋上でゲストを迎えることが可能になっている。
史実の歴代王室ヨットとは違い、エドワード8世の個人用クルーザーとしての側面が強い。主に趣味やバカンスに用いられているが、海外の賓客を出迎えたりするなど外交面でも使用されている。
機関は日本海軍でも採用されたターボコンパウンド・デルティックを4基搭載している。スマートな船形と大出力の恩恵で30ノットの高速発揮が可能である。
※作者の個人的意見
英国王室は有名なブリタニア号を筆頭に多数の王室ヨットを所有していたりします。赤字補填のためにテッド君がメガヨットを積極セールスしたのを思い出したので捻じ込んでみましたw
巨星墜つ!/)`;ω;´)
いやまぁ、史実よりも長生きして諸問題も解決して本人的には大往生なのですけど。
残された人間、特にテッド君にはさらなる厄介ごとが襲い掛かることになります。
これからも主人公(笑)の七転八倒ぶりを見守っていただければ幸いですw
>47本のロウソクが立てられた誕生日ケーキにドン引きするテッド。
テッド君の47歳のお誕生日です。
普通なら大きなロウソク4本+小さいロウソク7本という構成にするんでしょうけど。小さいロウソク47本を一度に消すのは大変でしょうねぇw
>酸素濃度
正常値は96~99%です。
介護の現場では嫌でも目にする数値だったりします。高齢者の場合、90%を切るようだと酸素吸入が必要になります。
>『I have no regrets in my life!』
某世紀末覇王の最期のセリフを英訳したものです。
グーグル翻訳なので、細かいところは気にしないw
>エドワード8世
史実だとウィンザー公の名称のほうが有名。
この世界だと王冠をかけた恋は無いので、しっかり国王をしていくことになります。
>高級紙
日本には高級紙が無いというのはよく言われていたりします。
>運用資金を溶かして破綻寸前だったモルガン商会
自援SS『変態世界格闘技事情―紀元二千六百年奉祝天覧武道大会編―』参照。
テッド君を抹殺しようと大量の武道家やら格闘家を雇ったら、全員が予選落ちして大量の資金をどぶに捨てていますw
>つまりは、そういうことである。
テッド君からすれば、タブロイド紙の上層部を挿げ替え出来れば問題無いわけで。
モルガンが知ったら激怒しそうですけどねw
>MI5
対外諜報のMI6に対して、MI5は国内防諜担当になります。
>オーバーテクノロジー
テッド君が召喚したモノ全般がOT指定になります。
元ネタはスパロボのEOTだったり。
>ダラス支部の顛末
本編第101話『きな臭い新大陸』参照。
>アルビオン号
ペガサスJrとか、ホワイトベースとか考えましたけどイギリスならアルビオンが相応しいということで(姉妹船が存在しないとは言ってない
>史実同様に海軍に興味は無いらしい。
史実のエドワード8世は海軍士官学校を中退して、第1次大戦時には陸軍に志願しています。捕虜になったらヤバイということで却下されましたが、後に空軍で飛行機を飛ばしたあげくにパイロットのライセンスまで取得していたりします。
>グランドフリートの戦艦を並べるだけでも世界中にイギリスの威容を示せるよ?
後にも先にも、戦艦を水平線の彼方まで並べたのはグランドフリートだけでしょうねぇ。




