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変態アメリカ国内事情―ギャング・マフィアに非ずんば人に非ず編―


「……おい、どうするんだコレ」

「どうするって言われても……」

「予算の3割が償還に消えるとか悪夢でしか無いぞ」


 1923年6月。

 アメリカ合衆国予算局で来年度の予算編成が行われていたが、関係者の表情は暗かった。


「復興債の償還を遅らせるわけにはいかない。そんなことになれば、我々はハドソン川に浮かぶことになる」

「……福祉関連予算を削るしかありませんね」

「それしかないか……」


 アメリカ風邪によって被った被害は天文学的なものであったが、内政問題と断じて海外からの支援を拒絶したアメリカは自力での復興を余儀なくされた。そのための資金源となったのが復興債である。


 復興債は利回りを高く設定したために爆発的に売れていた。

 しかし、利回りが高すぎて予算に占める償還額の割合が許容範囲を超えつつあったのである。


 さらに悪いことに、復興債の大口顧客の大半が裏社会の住民であった。

 彼らは闇酒や麻薬で得た利益を復興債につぎ込んでいたのである。


「……大統領閣下は何も言われないのか?」

「仮に大統領閣下が動いたとしても、前任者と同じ目に遭うだけだろうよ」


 先代の大統領ウォレン・ハーディングは遊説中に急死していた。

 新聞の第一報では暗殺とのタイトルが踊り、後に自然死と発表されたが誰も信じていなかった。


「それに、あの方は市場に干渉することを嫌うからな」

「今はそれが良い方向に作用しているから問題は無い」

「確かにそれはそうだが、ここは税収を確保するために増税するべきではないのか?」


 ハーディングの後を継いだのは、副大統領のジョン・カルビン・クーリッジ・ジュニアである。サイレント・カル(寡黙なカル)の異名を持つ彼は、景気循環に自然の経過をたどらせて自由市場に干渉しないことを信条にしていた。


 復興債で確保した莫大な予算を復興に注ぎ込んだ結果、わずか5年でアメリカは未曾有の経済成長を成し遂げた。その勢いはとどまることを知らず、ますます加速していた。


 アメリカ風邪が終息したと判断されたことから、海外からの渡航や貿易も再開されたこともプラスに働いた。アメリカの好景気を知った諸外国からも資金が流入していたのである。


「景気は右肩上がりだから、増税せずとも税収は増える。償還の負担も減っていくだろう」

「下手に増税して景気に水を差すようなことになっては、本末転倒ですからね」

「『必要以上の税を集めるのは合法的強盗である』と大統領閣下も言っておられるしな」

「とりあえず予算は現状維持だな。早くこの忌々しい復興債の償還が終わって欲しいものだが……」


 この時の予算局のスタッフは知る由も無かった。

 好景気になればなるほど、税収が減っていくというミステリーが起きることを……。







「今月の集金に来たぜ。景気はどうだい?」

「悪くないな」


 入店してきた男に、まんざらでもない表情で返事をするバーのマスター。


「ほれ、今月分な」

「……確かに受け取ったぜ」


 札束を数えてから集金バッグに入れる。

 月末の上納金の徴収であった。


「物は相談なんだが、用心棒(バウンサー)の数を増やせないか? 景気が良いのは結構なんだが、その分酒で暴れる馬鹿も増えてなぁ」

「分かった。うちの若い連中に声をかけとく」


 彼は、みかじめ料の集金担当であると同時に御用聞きでもあった。

 イメージ的には、史実某国民的アニメの三〇屋みたいなものである。


 揉め事の解決や、人員や物資の手配などを一手に引き受けてくれるために、地域住民からは重宝される存在であった。現在のアメリカ都市部では、裏世界の住民(ギャングやマフィア)と一般市民との共生関係が成立していたのである。


 アメリカ風邪の国内大流行(エピデミック)で混乱の最中も治安を維持し、物資を調達して市民生活を守ったのが裏世界の住民であった。


 彼らとて、純粋に善意で市民を助けたわけではない。

 市民の救助活動は、闇酒や麻薬売買で稼いだ金をマネーロンダリングするための副産物に過ぎなかった。しかし、守られた市民側からすれば当時役立たずだった軍や警察よりも、よほど信用に足る存在だったのである。


 闇酒や麻薬売買で得られる利益は莫大なものであった。

 他所のシマを荒らさなくても食っていけるために縄張りの固定化が進み、血生臭い抗争をすることが無くなったことも住民感情の好転につながっていた。


 都市部では複数のギャングやマフィアの住み分けがなされた。

 特筆すべきは、ラッキー・ルチアーノの活躍であろう。彼の手腕によって、ニューヨーク州では犯罪シンジケートの構築と運営の合議制化・制裁機関の設置が実現し、他州のマフィアやギャングもそれに倣ったのである。


 ギャングやマフィア達は、サービス提供の代償としてみかじめ料を要求した。

 当の本人達は強制ではないと言い張っているが、怖いお兄さんの圧迫面接により実質上の強制であった。


 みかじめ料を納めるとパスが発行される。

 指定された店舗でパスを提示すると、通常よりも安く買い物やサービスを受けることが出来た。当然ながらフロント企業である。


 パス持ちの市民がフロント企業(そちら)に流れた結果、堅気の店舗の経営が圧迫されて傘下に入るか廃業を余儀なくされた。彼らは上納金は納めたが納税はしなかった。その結果、連邦政府の税収が減少していったのである。


 フロント企業は、あらゆる分野に進出した。

 しかも、納税しないから利益は凄まじいものとなった。その利益で同業他社の買収や合併、さらに復興債の購入とやりたい放題であった。


 連邦政府は税収不足を復興債で補うことで償還に苦しみ、福祉その他の予算を削ることで低下するサービスにフロント企業が進出するという悪循環であった。アメリカ国内のインフラは裏社会の住民の手によって運営されていくことになるのである。


 小さな政府を通り越した夜警国家が、この世界のアメリカである。

 強者には楽園でありながら、弱者は人間扱いされない世界。もちろん強き者は裏世界の住民であり、その他一般市民は弱者であった。







「なんということだ……またギャング共に目を付けられてしまった。もうこの村はおしまいだ!」

「なーに、心配はいらん! この時のために頼もしい用心棒を集めたのだからな!」


 アメリカ中西部のとある村。

 自給自足の生活を送る小規模な村の一角で、長老格と思われる二人の老人が顔を突き合わせていた。


「その用心棒どもは揃ったのか?」

「もう酒場に集まっているはずじゃ」


 用心棒の顔を拝むために二人は酒場へ向かう。

 この村を守れるかは用心棒の実力にかかっていたのである。


「がっはっは! 米西戦争帰りの俺らがギャング如きに後れを取るわけないだろう! 大船に乗った気分でいるが良いさ!」

「そうだぜ! ギャングなんぞ返り討ちにしたらぁっ!」


 村に一つしか無い酒場は、威勢の良い荒くれ者で満員であった。

 長老二人は、こっそりと彼らを観察する。


「どうじゃ? 使い物になりそうか?」

「……ありゃ見た目だけじゃな。まぁ、最悪肉盾にはなるじゃろう」


 意味深な会話する二人。

 その意味が判明するのは3日後のことであった。


「人間狩りが来たぞーっ!」

「来やがったか! 全員配置に付け!」

「「「おおおおおおっ!」」」


 手慣れた動きで配置につく用心棒たち。

 米西戦争に従軍したというのは伊達では無いらしい。


「……ボス、どうします? 完全に待ち構えてますぜ?」

「相手が誰であろうとやることは変わらん。まずは降伏勧告をしろ」

「合点でさぁ」


 村の入口近くに布陣した人間狩り――ギャング達は慌てず騒がずマニュアル通りの対処を行う。


『貴様らは完全に包囲されている。悪いことは言わんから降伏しろ!』


 降伏勧告の返事は、バリケード越しの一斉射撃であった。

 その光景を見てボスはニヤリと嗤う。


「そういう分かりやすいのは好きだぜ。多少手荒に扱っても問題無いからな。装甲車を出せ!」


 彼の命令によって、背後に控えていた装甲車が前面に展開する。

 見た目は装甲車であるが、奇妙なことに小型の車両を曳いていた。


「なんだあれは? ぐわっ!?」

「ぎゃぁぁぁ!?」


 装甲車の砲塔から発射された高圧水流によってなぎ倒される用心棒たち。

 そんな彼らに、さらなる追い打ちが加えられる。


「げほっ、げほっ!? これは……ガスか!?」


 装甲車の(かたわ)らでは、ギャングたちが催涙弾を撃ちまくっていた。

 一発撃つごとに、中折れ式のフレームを展開して排莢、装填して次弾を放つ。


「よぅし、頃合いだな。突撃しろっ!」


 ボスの合図で、ガスマスク装備の男達が突撃する。

 催涙ガスで満足に動けない用心棒達に、無慈悲に家畜用スタンガン(キャトル・プロッド)を突き入れる。


「がっ!?」


 キャトル・プロッドを喰らって、一瞬動けなくなったところを捕縛する。

 用心棒全員が捕縛されるのにかかった時間は30分足らずであった。


「……行ったようじゃな」

「やれやれじゃ。まぁ、おかげで余計な出費も避けられたし、この村も守られた。言うこと無しじゃな」


 人間狩りが欲しているのは女子供ではなく、労働力として使える生きの良い男どもである。従軍経験者は体が鍛えられているし、教育も受けているのでうってつけであった。そのことに気付いた長老達は、ギャングと取引していたのである。


 用心棒がギャングを撃退してくれれば、それで良し。

 返り討ちにされても、金を払う必要が無いので、それはそれで良し。非情ではあるが、非力な村が生き残るための(すべ)であった。







『最後の直線に入って、各馬一斉に(むち)が入った!』

『おぉっと!? 後方から脅威の末脚! コロールキング、コロールキングだ!』

『一気に先頭集団に食らいついたーっ!?』


 ニューヨーク州エルモントのベルモントパーク競馬場。

 現在開催中のマンハッタンステークスは大盛況であった。


『そのまま一気に抜き去る! その差2馬身から3馬身、強いっ、強すぎるっ!』

『2位以下を大きく引き離して、今ゴールイン!』


 実況席のアナウンサーが絶叫。

 それもそのはずで、レースの勝者は穴馬であった。


「よっしゃー! 来た! 大穴だぁぁぁぁぁっ!」

「おいおい、本命が外れるとかどうかしてるんじゃないか……」


 馬券を握りしめて叫ぶ男と落胆する男。

 どちらも身なりは良く、それなりの社会的地位を持っていると思われた。


「よぅし、次も的中させるぞっ!」

「やれやれ、現金なものだな兄弟よ」


 興奮する男――ジョン・エドガー・フーヴァーに苦笑するフランク・コステロ。

 フーヴァーは泣く子も黙るFBIの長官、コステロは暗黒街の顔役である。この二人が並ぶ姿が今のアメリカの内情を如実に示していた。


「で、兄弟よ。次は何処に賭けるんだ?」

「3-4だな。これの一点買いだっ!」

「ちょ、馬鹿!? 大穴にも程があるじゃねーかっ!? 悪いこと言わんから、もう少し無難なモノをだな……」

「いーやっ! 絶対にこれだ! これを買うんだっ!」


 1回の賭けで10ドル、多くても20ドルしか使わないくせに、やたら大穴に賭けたがる親友に頭を抱えるコステロ。


(止むを得んか。なるべく自然なレースになって欲しいものだが……)


 興奮するフーヴァーから見えないように、(そば)に控えていた部下に指示を出す。

 部下は無言で競馬場の奥へ去っていった。


「いいいやっほぉぉぉぉぉぉうっ!」


 30分後。

 万馬券を的中させたフーヴァーのテンションは最高潮であった。


「見たか!? 俺の予想が見事に的中したろうがっ!?」

「アー、ハイハイ。良カッタデスネー」


 じつはこのレース、コステロが仕込んだインチキレースであった。

 接待ゴルフならぬ接待競馬であるが、それが出来るだけの力を彼は持っていたのである。


「……ところで兄弟。『別荘』の件はどうなったんだ? カポネの奴がえらく気を揉んでいるんだが」

「おぉ、あれか。予算に糸目をつけずに全面的に改修したぞ。きっと満足するだろうよ」


 犯罪集団の共存共栄が全米で進められていく中で、唯一の例外がシカゴであった。

 

 ジョニー・トーリオの引退後、『シカゴ・アウトフィット』のトップに立ったアル・カポネは、敵を次々と抹殺した。その結果、シカゴ市内どころかイリノイ州の全域が影響下となり、カポネの権勢は絶大なものになったのである。


 地元警察はもちろんのこと、フーヴァーにも多額の賄賂を贈ってはいたが、さすがにここまで派手にやると放置することは出来なかった。アル・カポネが逮捕されたのは、それから1週間後のことであった。







「お元気そうで何よりです。収監前はあんなに渋っていたのに」

「おぅ。入るまでは不安だったが、此処は煩いのもいないし、メシも美味くて良いところだぞ!」


 刑務所の面会室で対面する二人の男。

 フランク・ニッティとアル・カポネである。


 フランク・ニッティは、執行人(エンフォーサー)の異名を持つ組織の幹部である。

 カポネが収監されてからはシカゴ・アウトフィットの実質的トップであった。


「……ボス。質問があるんですが?」

「何だ?」

「なんで囚人服を着てないんです?」

「此処から脱獄することは不可能だから、囚人服なんて必要無いんだとよ」


 囚人服のデザインが目立つ理由の一つが脱獄の阻止である。

 このアルカトラズ連邦刑務所は、脱獄不可能な刑務所のために私服が許可されていたのである。


「さらに言っておくと、ここでは仕事は無いから一日中ゴロゴロしていても良いし、必要なものは外から幾らでも取り寄せられるぞ」

「そんな刑務所があるか!?」

「事実だからしょうがないだろ」


 犯罪者が犯罪に手を染めるのは、幼少期の環境に恵まれていなかったのが原因である。


 そんな彼らに、生まれてから一度も感じたことのない安心感と、人間としての自信と安らぎを与えることで出所後の再犯率を減らす――という理論に基づいた故の破格の待遇であった。


 上記は、史実21世紀の北欧で主に採用されている理論である。

 それが何故この時代に存在するのかというと、やはりというかテッド・ハーグリーヴスが原因であった。


 この刑務所は、彼が描いた近未来SF同人誌で描写された刑務所がモデルになっていた。海賊版であるために、彼は一切金を受け取っていなかったのであるが、もはや様式美であろう。


 潮の流れが速く、泳いで逃げるのに困難な小島という立地と、快適に過ごせる待遇のおかげでアルカトラズの脱獄件数は0であった。再犯率に関してはお察しであったが。ここに送り込まれる裏社会の強者が、その程度で更生するわけなんぞ無かったのである。


 外部への脱出が困難ということは、外敵からも守られるということでもあった。

 アルカトラズは裏社会の住民の駆け込み寺として機能していくことになるのである。


「……もういいです。なんかもう疲れたんで本題にいきます。新しいシノギを見つけたのでボスの裁可をいただきたいのです」

「ほほぅ。新たなシノギか。そいつは魅力的だな」

「最近は平和になったおかげで、他所から分捕るなんてことが出来ませんからね。じつはハリウッドへの進出を考えています」

「映画か。当たればデカいが、そんなに都合良くいくか?」


 ニッティの提案に難色を示すカポネ。

 当時の映画は、興行収入は膨大だが製作費もべらぼうにかかり、ハイリスクハイリターンの典型であった。


「ボス、大戦中に反戦映画が流行ったじゃないですか」

「おぅ。俺も幾つか見たが、あれは名作だったな」

「その映画の脚本がロハで大量に手に入るとしたらどうです?」

「……そいつは素敵だな。確かなのか?」


 モンロー主義を拗らせたアメリカは、第1次大戦では完全に蚊帳の外であった。

 戦争経済に乗り損ねた財界では新たな投資先を探しており、その一つが映画であった。ハリウッドでは連日のように、新たな映画が作られていたのである。


「どういうわけか、FBIの押収品保管庫に放置されていました。フーヴァーの野郎からは許可を取ったので、いつでも確保出来ます」

「お前に全て任せる。金やスタッフに糸目は付けるな。存分にやれ!」

「ありがとうございます!」


 この一件により、シカゴ・アウトフィットは本格的にハリウッドに進出した。

 脚本がよく出来ていたためか、出来上がった作品は全てメガヒットとなった。海外にも輸出されて、莫大な利益を生むことになるのである。







「こうしてみると、なかなかに壮観ですな」

「確かに」


 ブラインドが下ろされた薄暗い室内から、外を覗き見る二人の男。

 両者の眼前では、停泊している豪華客船に人々が長蛇の列をなして乗り込み、フォークリフトが走り回り、デリックが稼働して荷物を積み込む光景が繰り広げられていた。


「中佐、貴方には改めて礼を言わせていただきたい。本当にありがとうございます」

「なんの、わたしこそ大佐のコネが無ければ国外へ出ることは出来なかった。お互い様だ」


 二人の男――アーサー・マッカーサー3世とジョン・ジェイコブ・アスター4世は固い握手を交わす。


 アーサーは海軍大佐であり、あのダグラス・マッカーサーの兄である。

 史実では虫垂炎で1923年に死亡しているが、この世界では早期手術したことから未だに現役であった。


 アスターはアメリカの名門に生まれた大富豪であり、陸軍中佐でもある。

 史実ではタイタニックと運命を共にした人物であるが、この世界のタイタニック号は沈んでいないために、彼もまた健在であった。


「それにしても、全財産をつぎ込んで船を建造するとは……。豪快にも程がありますな」

「このまま座していたら、ギャング共に全て奪われかねん。それくらいなら派手に使ってやるさ」


 ギャング・マフィア傘下の企業は納税をしないばかりか、ライバル企業へは嫌がらせし放題であった。警察もうかつに手が出せないために、アスターの事業もお先真っ暗だったのである。


 裏社会からの陰湿な妨害工作を受け続けているアスターには、もはやアメリカへの未練は無かった。彼は全ての財産を処分して、英国に豪華客船を発注したのである。


「失礼します。私たち以外は全員乗り込みました。最後の荷物の積み込みもあと20分で完了します」


 ノックして入室してくる生真面目そうな中年男。


 彼の名はボブ・エバンズ。

 かつてのシドニー・ライリーの部下であり、現在はMI6のアメリカ支部長である。


 英国に船を発注した際に、アスターに接触してきたのがボブであった。

 『どうせなら、より大規模にフィリピンへの脱出船にしませんか?』というボブの提案をアスターは快諾したのである。


 アメリカの内情を知った円卓は、国内の資源や資産を回収することを考えていた。現在は好景気のおかげでなんとかなっているが、復興債の償還をしくじれば最悪の場合は内戦であろう。


 英国としては、アメリカが潰れるのは願ったり敵ったりではあった。

 この世界は、英国とアメリカの両大国が並び立つことはかなわないのであるから。


 しかし、内戦で失うには惜しいモノがアメリカには多く存在していた。

 そういったモノや人材を今のうちに逃避させておこうと考えたのである。


 いきなり英国へ向かわせると外交上角が立つので、アメリカの自治領であるフィリピンへ脱出させてから英国へ誘導する計画が立てられた。アスターの行動はまさに渡りに船だったのである。


 回収の対象は技術、貴金属その他資源である。

 MI6はFBIの目を欺きつつ、時には非合法な手段で回収していった。


 人材に関しては密かに招待状を送付していた。

 優秀な人材はもちろんのこと、マフィアの影響を受けていない資産家も対象とされており、MI6の手引きで彼らはサンフランシスコに潜伏していたのである。


 ハーランド・アンド・ウルフ造船所が建造を引き受けた豪華客船は、1923年8月に完成した。『エンプレス・オブ・イースト』と名付けられた船は、完成後にサンフランシスコ港へ回航されて現在に至るわけである。


「……おい、小さいのにやたらと重いぞこれ。巻上機(ウインチ)が唸ってやがる」

「時間が無いぞ! 急いでくれ!」

「分かった、分かった!」


 最後の荷物が甲板に載せられると舫が解かれる。

 事の真相を察知したFBIが港に突入してきたのは、それから30分後のことであった。







「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

「大佐こそ。手術が無事終わったと聞いてほっとしましたぜ。あ、こいつは俺の後輩のレイです」

「初めまして。レイモンド・スプルーアンスです。先輩がお世話になっています」


 『エンプレス・オブ・イースト』の船橋(ブリッジ)では、3人の男が立ち話をしていた。

 今回の件の首謀者であるアーサー・マッカーサーと、その後輩のウィリアム・ハルゼー、レイモンド・スプルーアンスである。


 ハルゼーもスプルーアンスも有能な軍人であったが、海軍上層部からは疎まれていた。

 

 海軍の現状を(うれ)いてたアーサーは、MI6アメリカ支部長(ボブ・エバンズ)に頼み込んで、飼い殺しにされている海軍の上官や同僚、部下達にも招待状を送っていたのである。


 史実のボーナスアーミーより悲惨なのが、この世界のアメリカ海軍である。

 第1次大戦に乗り損ねたことに加えて、その後の景気対策のために予算が削られまくり、給料の遅配・未払いが慢性化していた。


 これに加えて、何処ぞの転生者がMI6に入れ知恵した結果、史実沖縄の活動家がやっている低レベルかつ陰湿な嫌がらせが大規模かつ組織的に実行された。


 給料は払われない、陰湿な嫌がらせは受け続ける。

 ブチ切れて嫌がらせに反抗しようものなら、こぞって新聞が書き立てる。こんなことが長期間続いた結果、有能な軍人は次々と辞めていったのである。


 ここらへんの事情は陸軍も同様なのであるが、なりふり構わず黒人兵を積極的に登用して組織崩壊を回避した陸軍と違い、海軍ではその手が使えなかった。海軍は陸軍に比べて専門職の集団という側面が強く、教育に時間と金が必要だったのである。


 そんな海軍に目を付けたのが裏社会の住民であった。

 多額の寄付をして、自分の意に沿う人材を海軍に送り込んだ。その結果、海軍のモラルは完全に崩壊してしまったのである。


 彼らの手先となった海軍部隊は酒の密輸でリベートを受け取っていた。

 さらに要人護送の任務を請け負うなど、完全な私設部隊と化していたのである。


 東海岸はまだ比較的穏当なほうであった。

 西海岸のギャングやマフィアと結託した艦隊は酒の密輸だけでなく、海賊行為すらやっていた。そんな彼らにとって、エンプレス・オブ・イーストはさぞかし美味しい獲物であろう。


「……停船命令だと!?」

「発光信号で臨検を行うと伝えてきていますが、いかがいたしましょうか?」


 サンフランシスコを出航して3日目。

 エンプレス・オブ・イーストは、公海上で足止めを食っていた。


「……どう思う?」


 アーサーはブリッジに駆け付けたスプルーアンスに問いかける。


「信じたくはありませんが、十中八九海賊でしょうな」

「その根拠は?」

「臨検は戦時国際法の海戦法規に基づく行為です。アメリカの旗を掲げているこの船には実施出来ませんよ」


 肩をすくめるスプルーアンス。

 もはや、完全に呆れ果てていた。


「ならば、取るべく手は一つだな。ハルゼー(ビル)?」

「アイアイサーっ! 操舵主! 進路2-2-0、速力最大で突っ切れ!」

「了解っ! 進路2-2-0、最大速力(フランク)!」


 ハルゼーの命令に、操舵主はエンジンテレグラフをフルアヘッド(常用出力)のその上、文字通りの限界出力発揮ゾーンに叩き込む。


「おい、フランク・ベルだぞ!? 何が起こっている!?」

「駆逐艦を振り切るんだとよ! 面白いじゃないかっ!」

「そういうことなら、このエンジンの限界まで回してやろうぜっ!」


 エンプレス・オブ・イーストの機関室では、機関士達の士気が上がっていた。

 軍艦ならともかく、客船で緊急出力を発揮する機会なんぞ、そうそう無いのだから当然であろう。そして、この船のエンジンはただのエンジンでは無かったのである。


 エンプレス・オブ・イーストの機関は、QE(クイーン・エリザベス)型高速戦艦の近代化改装用のテストベッドであった。1基辺り1万馬力近い大出力の大型艦船用デルティックが、スクリュー1軸辺り4基、4軸合計で16基搭載されており、その出力は脅威の15万馬力オーバーである。エンプレス・オブ・イーストは、現時点では世界最強の出力を持つ船だったのである。


「なんだあの加速は!?」

「艦長、ダメです。追いつけません!?」

「そんな馬鹿な話があるか!? こっちは駆逐艦なんだぞ!?」


 駆逐艦『コールドウェル』の艦長は驚愕するが、現実は非情である。

 30ノット越えの速度で航行するエンプレス・オブ・イーストは、駆逐艦を振り切るという偉業を成し遂げてフィリピンへ到着したのであった。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


スミス&ウェッソン 37mmガスガン


種別:グレネードランチャー

口径:37mmグレネード弾

使用弾薬:非致死性の催涙弾、ゴム弾、照明弾、殺傷性の炸裂弾など

全長:711mm

重量:1650g

有効射程:使用弾薬によって異なる


スミス&ウェッソンが開発した中折れ式グレネードランチャー。

構造上連発出来ないが、その信頼性は抜群で警察やギャング、マフィアで主に使用された。



※作者の個人的意見

ネットで画像は出てくるのに、スペックがなかなか見つからなくて難儀しました。

各種数値は、現在でも類似品を販売しているDefTech社のモデルから推算していますが、概ね合っているはず(汗


外見は、リボルバーのグリップがライフルストックになって、シリンダー部分がそのまま銃身と化して伸びてます。M79とは違ったカッコ良さがあって、おいらは気に入っています。






キャトル・プロッド


種別:家畜用スタンガン

放電出力:1万ボルト

全長:1110mm

ハンドル幅:20mm

シャフト径:34mm

全備重量:1400g


アメリカで家畜用として広く採用されているスタンガン。

家畜用とはいえ、人間に対しても有効であり制圧の補助に使用された。



作者の個人的意見。

アメリカのアマゾンだと普通に売ってたりします。

しかも、めっちゃ安い(汗






フォード装甲車(暴徒鎮圧Ver.)


全長:3.81m(タンク車含まず)

全幅:1.702m

全高:2.03m

重量:2.9t

速度:30km/h

行動距離:200km

主砲:放水銃(射程50m)

装甲:10mm

エンジン:水冷4気筒ガソリンエンジン 35馬力(放水ポンプ兼用)

乗員:3名


フォードモデルTTの車体に装甲車のボディを架装したもの。

ベースがベースなだけに、価格と信頼性は抜群で警察や人間狩り部隊に大量に採用された。


主砲は、砲塔ごと交換出来る構造となっており、放水銃を装備する場合には別途タンク車(500リットル)を牽引する必要がある。普通の消防車よりも簡便で安価なため、田舎では消防車として運用されたこともあった。



作者の個人的意見。

フォードTTトラックタイプのフレームに装甲車っぽいボディを積んだ装甲車っぽい存在(酷


暴徒鎮圧用途ならば、過不足無い性能だと思います。正規の戦闘に耐えれるかは微妙ですが、アホみたいに安いので金欠気味な国が大量買いすることでしょう。






エンプレス・オブ・イースト


排水量:65480t

全長:290.5m

全幅:32.0m

高さ:54.0m

吃水:11.0m

機関:大型艦船用デルティック16基4軸推進   

最大出力:158000馬力

最大速力:30.5ノット

乗組員:850人

旅客定員:1等旅客820人

:2等旅客610人

:3等旅客980人


ジョン・ジェイコブ・アスター4世が私財を投げうって建造した豪華客船。

完成した当時は、世界最大最速の豪華客船であった。


本船の最大の特徴は、搭載するエンジンである。

QE(クイーン・エリザベス)型高速戦艦の近代化改装のテストベッドとなるべく大型艦船用のデルティックが搭載されている。


喫水線下の区画は細かく区画化されており、機関もシフト配置されるなど実質的に軍艦であった。


このエンジンを搭載した恩恵で、地球を1周してお釣りがくる程の長大な航続力を得ることに成功している。その高速力と長大な航続力、大量の物資運搬能力を買われて、様々な作戦に投入されることになる。



※作者の個人的意見

客船が戦艦のパワーユニットを搭載するのはおかしい?

そんなことはありません。史実にだって『ユナイテッドステーツ』という実例があります。あれよりかは大人しいくらいです。


足が速くて、沈みがたいので兵員輸送や病院船には最適でしょう。

今後も活躍させることになるでしょうね。


ちなみに、名前には元ネタがあるのですが気付ける人はいるでしょうかね?w






コールドウェル


排水量:1020t(基準) 1120t(常備)

全長:96.2m

全幅:9.30m

吃水:2.70m

機関:水管ボイラー4基+蒸気タービン2基2軸推進

最大出力:18500馬力

最大速力:30ノット

航続距離:20ノット/2500浬

乗員:100名

兵装:50口径4インチ単装砲4基

   37mm単装機銃2基 

   53cm3連装魚雷発射管4基

   爆雷投下軌条2基


コールドウェル型駆逐艦の1番艦。

いわゆる平甲板型駆逐艦というやつである。


この時点で、性能はやや陳腐化してはいるが、使い勝手が良いので裏社会の住民達に酒の密輸や要人輸送目的で多用されている。



※作者の個人的意見

予算削減の影響で、この世界のアメリカ海軍は未だにこいつらが一線級だったりします。


ギャングやマフィアらによって、酒の密輸やVIPの輸送などに使い倒されています。所詮は平甲板型なので、すぐにダメになるでしょうが、予算は付くから問題ナッシング。この世界のアメリカ海軍は、駆逐艦だけは真っ当に更新されていくことでしょうねw

アメリカが修羅の国になっています。

都心部は〇アナプラ、郊外は北〇の拳とメタ〇マッ〇スな世界観で、なんというディストピア……(滝汗


これでも最終変化じゃないんですよねぇ。

早く平和補正を外さなきゃ……(使命感

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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリカのヤバっぷりがスゲェ事になってますな、武力でギャングを排除できる勢力がこの世界だとイギリス位しかいないしどうすんだこれって感じですな。 [一言] 併合したとしてもイギリス式経営術だ…
[一言]  ルパンの三代目が同じような目に遭ってたっけか。野放しにしておくと発生すると見積もられた被害額よりは安く上がると、刑務所内に居続けてもらう代わりにほぼ青天井の予算で好きなものを好きなだけ買い…
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