変態アメリカ裏庭事情―赤いモブたちの奮闘編―
「妻はっ!? 娘は無事なのかっ!?」
『無事だ。今声を聞かせてやる……』
かかってきた電話を取るなり、受話器に向かって叫ぶ男。
電話機にはテープレコーダーと盗聴装置がつながれており、刑事たちも犯人からの電話を聞いていた。
「出来るだけ会話を引き延ばしてください」
必死の形相の男――現地法人のCEOに刑事が小声で指示する。
電話局では既に逆探知が開始されていたのである。
『……聞いたな? また電話する』
しかし、誘拐犯はそんな思惑はお見通しとばかりに通話を終了した。
デジタル全盛な史実21世紀ならいざ知らず、アナログ交換機では逆探知に時間がかかり過ぎるのが難点であった。
『……身代金は1万ドルだ。公園のベンチに置け。言うまでも無いが一人で来い。それ以外の場合は妻と娘の命は保証出来ない』
公園のベンチに身代金を置いたCEOは周囲を憚りながら去る。
夜の街灯に煌めく金属製のアタッシェケースが消えたのは、それから30分後のことであった。
「あなたっ!」
「パパーっ!」
「おまえたち無事だったかぁ!」
その翌日。
CEOは愛する家族と再会していた。
誘拐された妻と娘は会社の前に放り出された。
急発進する誘拐犯の車をパトカーが必死に追跡したものの、結局は逃亡を許してしまったのである。
誘拐犯はモデル48を使用していた。
アメリカ本国ではさして珍しい車両では無いものの、南米では一部の富裕層が所有しているのみであった。
この車両はパワフルなV8エンジンを搭載していた。
加速力も最高速度も圧倒的であり、非力な現地警察のパトカーでは手も足も出ない。その様子は史実のボニー&クライドの如しであった。
『社長令嬢誘拐される。今週で6件目』
『警察署長の謝罪会見。犯人を捕まえられないことに批判強まる』
『政府は事態を重要視 陸軍投入も』
1937年以降の南米で新聞やラジオで誘拐事件を報じない日は無かった。
まるで狙い撃ちするかのように富裕層をターゲットにした誘拐事件が頻発していたのである。
『動くな! 財務省だ。現時刻をもってユナイテッド・フルーツ社は接収される。経営陣は即刻退去してもらおう』
ユナイテッド・フルーツ社を筆頭に、以前から南米に進出していたアメリカ企業は軒並み接収された。
これはアメリカ大統領ジョン・ウィリアム・デイビスの施策によるものであり、彼の後援者の意向でもあった。
接収した企業の工場や資産はスポンサー企業に無償で譲渡された。
メラ手形を大量に購入してデイビス政権に貢献していたので、これくらいは正当な権利と言えなくもない。
新たに南米に進出した企業は濡れ手で粟で莫大な利益を出すことになった。
メラ手形購入でデイビスを支援したのは一種の賭けではあったが、彼らは賭けに勝ったのである。
「未だに犯人が捕まらないとはどういうことだ!?」
件のCEOは激怒していた。
彼の怒りの矛先は無能な地元警察に向けられていた。
愛する妻と娘が無事に戻って来たことは喜ばしいことであったが、身代金は返ってこなかった。これだけならば、高い授業料を払ったとあきらめることも出来たかもしれない。
しかし、誘拐事件は増えこそすれ減ることは無かった。
親交があるCEOの家族までもが誘拐されるに及んで、ついに堪忍袋の緒が切れてしまったのである。
「申し訳ありません。目下、全力で捜査をしていますので……」
「必ずや犯人を捕まえてみせます」
警察からは通り一辺倒の謝罪のみであった。
なお、知人CEOの家族は身代金と引き換えに無事保護されることになる。
『ここまで誘拐犯が逮捕されないのはおかしい』
『警察は誘拐犯とつながりがあるのではないか?』
『ひょっとしたら、政府の陰謀なのでないか?』
誘拐事件の未解決が続いている現状に、このような意見が出てくるのも当然と言えた。もちろん警察は全力で否定したし、警察上層部と誘拐犯は決して癒着はしていなかった。
問題は上層部ではなく現場で発生していた。
捜査員の住所を調べ上げた何物かが、個人情報や弱みを調べ上げて脅迫状を送っていたのである。
事実上、捜査員は家族を人質に取られた状態であった。
このような状態で誘拐犯相手にまともな捜査が行われるわけがない。
史実の中〇派が得意としたのが、敵とみなした人々の弱みを調べ上げて嫌がらせすることであった。この世界の一連の誘拐事件には、中〇派モブが関わっていたのである。
『君たちならば出来ると信じている』
『そんな……もったいないお言葉です!』
『同志トロツキー。必ずや使命を果たして見せます!』
一方的かつ妄信的に忠誠を誓う連中を手元に置いておくのは気持ちが悪い。
中〇派モブを持て余したトロツキーが適当な理由を付けて南米に放逐したのも当然であろう。
トロツキーの真意を知る由も無いモブたちは期待に応えるべく全力で暗躍した。
この手の裏工作は生前の経験で大得意であり、水を得た魚の如く誘拐稼業に勤しんだのである。
誘拐は一度や二度では済まなかった。
多いと二桁回数誘拐されたケースもあり、その都度モブたちは身代金を要求していた。
結果として、この世界の南米では史実よりも早期に誘拐ビジネスが成立することになった。
デイビスを後援しているスポンサー企業は金を持っていたために優先的に狙われることになり、その全てが誘拐被害に遭うことになる。調子に乗ったモブたちは政府要人にも魔手を広げていったのである。
中〇派モブたちが巻き上げた莫大な身代金は革命軍に上納された。
デイビスを支援するために使われた金が、回りまわって革命軍の強化に使われることになるのは皮肉以外の何物でも無いだろう。
中〇派モブに利用価値を認めたトロツキーは、新たな指令を与えた。
直筆の指令書に舞い上がったモブたちは、さらなる暗躍をすることになるのである。
「またかよ。これで何件目だ?」
「今週に入って10件目ですよチーフ」
「いくら何でも多過ぎだ。どうなってやがる……」
フロリダ州マイアミ市。
市警察は激増する麻薬事件に頭を抱えていた。
「警部、俺はプリンストンに親戚が居るんですけどあっちでも被害が出ているそうです」
「そういえば、オーランドでも被害が出たってニュースが……」
「なんてこった。これはもう俺らの手に負える問題じゃないぞ!?」
麻薬被害はフロリダ州の東海岸を中心に急速に拡大した。
麻薬絡みの犯罪による死傷者は増大の一途であり、地元警察の人員と装備では対処能力を超えつつあった。
本来であれば麻薬取り締まりは連邦麻薬局の所轄である。
しかし、この世界の連邦麻薬局は規模が縮小されていた。
連邦麻薬局が縮小されてしまったのは、シークレットサービスの急激な規模拡大が原因であった。
麻薬局もシークレットサービスも財務省が管轄しているため、手っ取り早い問題解決手段として麻薬局に白羽の矢が立ったわけである。名目上は縮小であったが、その実態は吸収以外の何物でも無い。
解体されたFBIの人員も吸収してシークレットサービスはさらに肥大化した。
しかし、裏社会の住民の財産の接収やデイビス政権に敵対的な企業の接収などで人員は常に不足気味であった。そのしわ寄せが地元警察に重くのしかかっていたのである。
「……連中、まったく気付いてないみたいだな」
「マイアミ市警って無能の集まりか? マイアミバ〇スとイメージと違うなぁ」
「所詮はドラマのイメージってことだろ」
マイアミ港から視認出来る距離にあるビスケーン湾内の埋立地。
その一角で中〇派モブたちが無能な警察を嘲笑っていた。
中〇派モブたちは、麻薬密輸のために『シルバーコースト海運』という貿易会社を起ち上げていた。史実では1950年に『ドッジ島』と名付けられることになる埋立地を買い取って、密輸した麻薬の集積地にしていたのである。
『南米で革命軍が活動出来る地下組織を作れ』
トロツキー直筆の指令書には、それだけしか書かれていなかった。
当人としては、出来ればラッキーくらいにしか考えていなかったのであろう。
しかし、中〇派モブはトロツキーの想像の斜め上を行っていた。
地下組織を作るために麻薬の密輸を始めたのである。
地下組織を作るには資金が必要という判断は分からないでもない。
身代金ビジネスは革命軍に上納しているので、別の資金源が必要だったのも理解する。しかし、そこで何故麻薬密売に手を出してしまうのか。
「報告! 現在見渡せる範囲に船舶は存在しません!」
「よぅし、ボートを下ろせ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
マイアミ市の沿岸から東に50kmほど離れた海域。
日が沈みかけているというのに、停泊する貨物船からはボートが降ろされていた。
降ろされているボートは救命ボートにしては大型であった。
船体に対して極めて小型な操縦席は、見た目には潜水艦のように見える。
「それにしても考えたな。公海上で麻薬だけ先に積み出してしまうとは」
「半潜水艇だからな。この時代なら闇夜に紛れれば発見は不可能だ。ふふっ、自分の才能が怖いぜ」
「いや、それって史実の麻薬カルテルの受け売りだろうが」
ボートが降ろされていくのを船橋から眺めてほくそ笑む中〇派モブたち。
これまで何度も麻薬密輸を成功させていたのである。今回も失敗するとは欠片も思っていなかった。
麻薬密輸に用いられていたのは半潜水ボートであった。
史実の麻薬カルテルが使用していたものであり、中〇派モブたちが試行錯誤の末に再現した力作である。
「よし、出るぞ!」
一人乗るのがやっとのコクピットに滑り込むと同時に機関を始動させる。
搭載された大出力ディーゼルが船体をゆっくりと前進させる。
乾舷が異様に低く、船体のほとんどが水没した見た目は異様であった。
ぱっと見では船舶と認識することすら困難であろう。
そんなボートが闇に紛れてドッジ島を目指すのである。
レーダーすら装備していない沿岸警備隊では発見は不可能であった。
「あれか!」
闇夜のビスケーン湾内を密かに航行する半潜水ボート。
定期的に点滅するサーチライトを頼りに針路を変更する。
「やっと、着いた……」
「よぉ、お疲れ」
「今度は変われよ? しばらくやりたくないぜ……」
夜が白み始めるころに半潜水ボートはドッジ島にたどり着いていた。
積み込まれていた10tの高純度コカインが手作業で降ろされていく。
コカイン10tは史実21世紀の末端価格で300億円にも達する。
史実では沿岸警備隊がガチで狩りに行っているために失敗することも多かったが、この世界では失敗は有り得ない。
「ブツを流すのはいつもの手段で問題無いんやな?」
「問題無いで。ポリさんも買収済みや」
「いやぁ、麻薬王の気持ちも分かるわ。こないぼろ儲け出来るならやめられまへんなぁ……!」
この世界のマイアミは史実よりも40年も早く麻薬戦争の様相を呈していた。
マイアミ市警が史実よりも脆弱で、数少ない署員も買収済みという救いの無い状態ではあったが……。
コカイン密売で得た莫大な利益は南米で地下組織を作るための資金として活用された。地下組織の全面的なバックアップによって、南米に派遣された革命軍は十全に活動することが可能になったのである。
『はっきり言って、あれほどに使える連中とは思わなかった。しかし、手元に置いておきたいとは思わない』
またしても期待以上の成果を出してしまった中〇派モブにトロツキーは驚愕した。それでも側近として手元に置いておこうとは思わなかったが。
『あんな狂信者どもを傍に置こうものなら、愛人とイチャコラ出来なくなるではないか』
なお、トハチェフスキーを含む極少数の側近には本音を吐露して呆れられていた。流石は史実でも避難訓練と偽って愛人に会いに行っていただけのことはある。心情的には狂信者よりも愛人の方がマシというのは理解出来なくも無いが。
直筆の指令書を用意するだけで何もかもやってくれるのであるから、この際徹底的に使い潰すことにした。さらなる直筆の無茶ぶり指令書が中〇派モブに送り付けられることになるのである。
「……準備は出来たか?」
「全員配置に着きました」
「同志、いつでもいけます」
南米コロンビアの県都レティシア。
物陰に隠れて怪しい作業をしている男たちの目の前には警察署があった。
「ふぁ~眠いな。早く交代が来ないかねぇ……」
「おいおい。まだ1時間も経ってないぞ。これでも噛んどけ」
そう言って、同僚にコカの葉を渡す警官。
深夜の警察署で立番する二人の警官であったが、着崩した制服とだらけた態度は如何にも不良警官といった様相である。不幸なことに、彼らはこれから起こる不幸に露ほども気付けていなかった。
「撃て!」
隊長らしき男の命令で一斉にトリガーが引かれる。
ランチャーから派手な閃光と共に弾頭が飛び出す。
「うぉっ、眩しっ」
「なんだぁ?」
それが立番していた警官たちのダイイングメッセージであった。
建物破壊用のグレネードが警察署の入口に殺到した結果、彼らはミンチよりも酷い何かに成り果てたのである。
男たちがテロ行為に使用した武器は革命軍が開発したRPG-1であった。
元々は中〇派モブの発案によって開発された武器であり、本人たちは史実テロリスト御用達のRPG-7を目指したのであるが技術的問題でパンツァーファウストに毛が生えたようなシロモノとして完成していた。
「燃やせ燃やせ! 残らず燃やし尽くせ!」
男たちは二人一組になって再装填と発射を繰り返す。
わずか数分で30発近いグレネードの直撃を受けた警察署は盛大に崩壊することになった。
「おいっ、軍隊が来たぞ!」
「ここまでか。ずらかるぞ!」
軍隊が出動して来たのを察知して男たちは闇に紛れる。
来た時と同じく、その逃げっぷりもじつに手慣れたものであった。
「第1小隊は周囲を警戒しつつ、不審者を捜索しろ! 第2小隊は消火作業、第3小隊は生存者救助だ。急げっ!」
「「「イエッサー!」」」
押っ取り刀で駆け付けた現地駐留の歩兵大隊が見たものは燃え上がる警察署であった。駆け付けた消防と協力して消火作業を進めたものの、火勢は強まる一方であった。
「……誰も放火犯を見た者はいないとのことです」
「そんなわけあるか!? もっと徹底的に探せ!」
1時間後。
ようやく鎮火した警察署の前で大隊長は部下からの報告を受けていた。
「はっ、しかし深夜で通行人を見つけること自体が困難でありまして……」
「むぅ……」
部下の意見には説得力があった。
史実21世紀のレティシアは南米コロンビアのアマソナス県の県都であり、アマゾン川の主要な港としてそれなりに発展していた。
しかし、この世界では規模が大きいだけの田舎町であり夜9時を過ぎれば開いてる店は酒場くらいしかない。そして、酒場は警察署から遠く離れていた。用も無いのにわざわざ警察署までやってくる暇人なんぞいるわけがない。
「小官が思うに、犯人は街の何処かに隠れているのではないでしょうか?」
「街の周囲はジャングルだし、脱出するルートは船しか無い。有り得るな……」
「よし、第3小隊を残して第1小隊と第2小隊を出す。貴官も捜索に加わってくれ」
「イエッサー!」
寝静まった街に広がる騒音と怒号。
テロリストを発見するべく、しらみつぶしに家宅捜索が開始された瞬間であった。
『……北部地区の全て捜索が終了。犯人らしき者は見当たりません。東部地区の捜索に移ります』
『西部地区はおよそ8割がたの捜索が終了。残りの捜索を急ぎます』
設営された臨時司令部には捜索中の部隊から無線が入ってくる。
捜索を開始してから2時間以上経っているというのに未だに犯人発見の報は入って来なかった。
「……」
テント内で地図を睨む指揮官。
無線の報告に従ってバツ印を付けていく。
(ひょっとして、テロリストは既に船で逃走したのか?)
指揮官は犯人が船で逃走した可能性も考慮し始めていた。
だとすれば、現在進行形で行われている捜索は無駄になってしまうのだが。
「第1小隊聞こえるか?」
『はっ、感度良好であります』
「東部地区の捜索は中止して港へ向かえ。テロリストが船で逃走した可能性がある」
『イエッサー!』
この時代に深夜のアマゾン川を航行するのは無謀に過ぎる。
発見を恐れて無灯火で航行しようものなら、座礁して沈没する可能性が高い。それ故に指揮官は船での逃走の確立は低いと判断はしていたが、港に潜伏している可能性は捨てていなかった。
『全ての民家を捜索しましたが発見出来ません』
『港内全ての施設と船舶をチェックしましたが、不審者は発見出来ませんでした』
徹夜の捜索にも関わらずテロリストは発見出来なかった。
あれだけ派手にやったのに、まるで煙のように消えてしまったのである。
指揮官は捜索隊からの報告に頭を抱えていた。
司令部にどうやって言い訳するか必死に考えていたところに、部下から意見具申が為される。
『……一つだけ捜索していない場所があります』
「それは何処だ!?」
縋るような口調となる大隊長。
このままだと処分を受けることが確定であるから無理も無い。
『街外れのアメリカ正教会です。あそこだけは捜索していません』
「……」
沈黙してしまう大隊長。
下手に害を為すとアメリカ本国を刺激しかねない――じつは、そう思っているのは関係者のみだけなのであるが
布教の際にアメリカ本国との関係を強調していたことが、彼らに忖度を強要することになった。過去にデイビスを激怒させて制裁を喰らった過去もあるだけに、アメリカ正教への接し方は慎重にならざるを得なかったのである。
「緊急事態を伝えて家宅捜索をお願いしろ。あくまでも友好的にだ。絶対に強制してはならんぞ!」
『イエッサー! 直ちに急行します!』
街外れのアメリカ正教会が包囲されたのは、それから1時間後のことであった。
幸いにして教会側は家宅捜索に応じてくれたものの、何も見つからなかったのは言うまでも無い。
「……皆さん、軍の犬どもは去りやがりましたわ。もう大丈夫です」
教会の扉から去っていく部隊をチラ見するシスター。
その後ろには警察署に攻撃を仕掛けたテロリストたちがいた。
「シスター。匿っていただき感謝する」
「いえいえ。目的を同じくする同志を助けるのは神の思し召しですわ」
シスターは革命軍のエージェントであった。
現在の彼女の任務は、懺悔室で告解を聞くふりをして情報収集をすることである。
一見すると何気ないことであっても組み合わせると重要な情報に化けることもある。アメリカ正教会は現地のヒューミントの拠点として機能し始めていたのである。
「武器弾薬はここに保管してあります」
「教会に隠すとは。確かに安全ではあるな」
シスターに案内された教会内の武器庫に関心するテロリスト――もとい、革命軍の兵士たち。地下に設置された武器庫には食料と武器弾薬が満載されていた。
アメリカ正教は隠れ蓑であり、地下組織として革命軍のテロに積極的に協力していた。不可侵であることを良いことに、武器弾薬の隠ぺいや実行犯の隠匿などやりたい放題であった。
アメリカ正教会が南米諸国の事実上の国教と化すのに時間はかからなかった。
新興宗教が進出すれば既存の宗教団体が妨害しそうなものであるが、南米の宗教団体は常にカネコマなので山吹色の菓子で黙らされた。
中〇派モブの麻薬マネーのおかげで南米各地にアメリカ正教会の聖堂が建築された。見栄えがよろしいために信徒からも歓迎されて懺悔が捗り、同時に情報収集も捗ることになった。
本来の目的は革命軍の拠点として活用することなので、聖堂は要塞としても機能するほどに頑丈に建てられた。教会に匿われた革命軍は神出鬼没となって政府軍を翻弄したのである。
1937年の夏以降の南米はパルチ祭りが本格化した。
傀儡政府は常に後手に回ることになり、関係者たちはストレスで禿げ上がることになる。
「撃て!」
整列したフォード モデルAAの荷台から盛大に炎が迸る。
荷台に架装された多数のRPG-1からグレネードが一斉発射されたのである。
発射されたグレネードは、政府軍が立てこもる拠点に次々と着弾する。
無防備で喰らってしまい、兵士たちが吹き飛ばされていく。
この車両は中〇派モブの進言によって開発されたものであった。
彼らとしては史実のカチューシャを再現したかったのであるが、車載用のロケットの開発に手間取っていた。そこで、手っ取り早くRPG-1を大量に搭載して即席の対地攻撃車両に仕立て上げたのである。
「……射程が短いのがなぁ」
「もっと投射量が欲しいな。今回はなんとかなりそうだが」
「即席だからこんなものだろう。無いよりはマシだ」
「手持ちするよりも命中率が良いのが救いだな」
とはいえ、即席なので実戦部隊での評価はイマイチであった。
この時の運用経験が後にカチューシャ開発に活かされることになる。
「撃て撃てっ! 撃ちまくれっ!」
「「「Ураааааааа!」」」
派手に着弾したグレネードに怯んだ政府軍に対して容赦の無い追撃が浴びせられる。戦力的には不利なので態勢を立て直す前に勝負を付ける必要があった。
「くそっ、撃ち返せっ!」
「イエッサー!」
対する政府軍も黙っていなかった。
ボルトアクションライフルで必死に撃ち返す。
「ぐわっ!?」
「おいっ!? 畜生っ!」
兵数では勝っているはずなのに、政府軍は撃ち負けていた。
パルチザンが装備しているフェドロフ M1938の威力である。
フェドロフ M1938は、フェドロフ M1916の改良型である。
基本的な構造に変化は無いが、細かい部分や生産工程が見直されていた。
史実のM1916は世界初のアサルトライフルであったが、歴史の闇に埋もれてしまった。この世界では中核派モブがトロツキーに進言したことで再評価されることになったのである。
「フォアグリップはもう少し前進させたほうがいいな」
「むしろ無くしたほうが良いのでは? フォアストックを握って射撃すれば良いだろう」
「いや、ストックは連射すると熱くなるから握るのはお勧めできないですよ」
南米の戦場に投入されたM1938は、さらなる改良を受けることになった。
M1940として完成した本銃は革命軍の制式装備として大量生産されることになるのである。
『反政府ゲリラ活動活発化 政府の対応後手に』
『神出鬼没のテロリスト 強引な捜索に地元住民の感情悪化』
『アメリカ正教会 炊き出しと避難民の受け入れへ』
1938年に入ると南米各地で紛争が多発した。
アメリカ正教会のバックアップを受けたパルチザン――もとい、南米革命軍は政府軍に牙を剥いたのである。
「……南米の戦況は悪くないようだな」
テキサス州エル・パソ郊外にある屋敷。
その執務室でレフ・トロツキーは側近から報告を受けていた。
「はっ、南米の同志たちは各地で有利に戦闘を進めております」
「それは重畳。ところで、同志トハチェフスキーは何処に行った?」
軍事最高責任者ミハイル・ニコラエヴィチ・トハチェフスキー革命軍元帥の姿が無いことにトロツキーは疑念を抱く。こういう場面なら、間違いなく出席しているはずなのであるが。
「その、同志トハチェフスキーは南米に赴かれております。実際の兵器運用が気になると仰られまして……」
「あいつの現場好きにも困ったものだな」
思わず嘆息するトロツキー。
有能ではあるが、いや、有能であるからこそ現場に拘ってしまう。自身も戦略家としては有能であるから分からないでも無い。
「まぁ、現状では出番は無い。好きにさせておいて良いだろう。休暇を取ったとでも思うことにしよう」
戦場視察を休暇呼ばわりするのはどうかと思うが。
とはいえ、現状の北米大陸は安定しておりトハチェフスキーの出番が無いのは事実なのである。
「それよりも南米の同志たちへの支援を絶やすな。絶対的な戦力では負けているのだ。支援が絶えた瞬間に致命的な敗北を喫しかねん」
「心得ております。その点に関してはヤポンスキーの同志たちに感謝ですな」
トロツキーは、日本人と聞いて微妙な表情となる。
憎んでいるわけではないが、好いてるわけでもない。どう扱えば良いのか決めかねている――そんな感じであった。
言うまでも無く、ヤポンスキーとは中〇派モブのことである。
今日も今日とて、トロツキーの無茶ぶりに無償かつ無条件で応えるべく暗躍中であった。
「……その、差し出がましいとは思いますが彼らに何らかの褒章を与えるべきでは?」
トロツキーの表情を伺うように側近が進言する。
革命軍における中〇派モブの貢献は絶大であり、無視するわけにはいかなかったのである。
『くれるならトロツキー同志の私物を下さい! 家宝にしますから!』
『握手してください。一生手を洗いません!』
『世界を手に入れてください。世界革命が為されれば何もいりません!』
以前会ったときの様子をトロツキーは思い出す。
これまでいろんな人間に会ってきたが、中〇派モブはそのいずれにも該当しない異様な連中であった。
「同志の言う通りだ。直々に勲章を授けるとしよう」
「それが宜しいかと。彼らも喜びましょう」
正直言って、中〇派モブたちに会うのは気が進まなかった。
しかし革命軍は軍隊であり、信賞必罰によって成り立っている。功績を挙げたならば、それに応えないわけにはいかないのである。
「……諸君らの絶大なる貢献に対し、勲章を授与する」
1ヵ月後。
テキサス州都オースティンの議事堂で中〇派モブへの勲章授与が行われた。
「うっひょー! 夢にまで見た同志トロツキー直々の勲章授与だぁ!」
「これは一生ものの家宝にせねば!」
「この勲章で我らはあと10年は戦える!」
トロツキー直々に勲章を授かった中〇派モブの士気は爆上がりであった。
感極まって涙を流しているモブまでいる。はっきり言って気持ち悪い。
「あー、盛り上がっているところ悪いのだが。君たちに新たな仕事を頼みたい」
生理的嫌悪感を必死に隠しながら、トロツキーはモブたちに話しかける。
言うことを言って、さっさとこの場から離れたかった。
「なんでもやります。なんでも言って下さい!」
「トロツキー同志のためならば、たとえ火の中水の中!」
「トロツキー同志が信じてくれたら、俺らは空だって飛んで見せますよ!」
彼らに個人的な恨みは無かったが、トロツキーは中〇派モブを体質的に受け入れられなかった。20世紀前半の人間には平成の世の日本人の感性は理解出来なかったのであろう。多分。
トロツキー直筆の命令書を受け取った中核派モブたちは小躍りして新たな任地へと旅立った。その先でさらなる混沌をまき散らすことになるのである。
「逃亡しようとした大統領の身柄を確保しました!」
「よし、次は警察と各省庁だ。ラジオ局の確保も忘れるな!」
南米のとある場所。
首都に雪崩れ込んだ革命軍は手際よく制圧していく。
『国民の皆様、本日現時刻をもってこの国は圧政から解放されました』
『つきましては、状況が落ち着くまで無用の外出を禁止致します』
『我々は無用の混乱を望んではいません。ご理解ご協力をお願い致します』
制圧されたラジオ局からは声明が発表される。
しかし、革命軍のターンはまだ終わらない。むしろ、ここからが本番であった。
「うおおお!? 食べ物があるぞ!? 食っていいのか!?」
「薬もあるぞ!? ありがたい!」
「落ち着いてください! 並んでください! 全員に行き渡るだけの量はあるはずですし、追加で持って来ますので!」
南米の大半が量産型劣化ポルポトな政権だったため、都市部はともかく農村の状態は悲惨に尽きた。大部分を占める農村の飢えた住民にとって、食料と医薬品はエリクサー並みの効果を発揮したのである。
『食料は有り余るほどある。じゃんじゃん送れ!』
『まさか食料にこんな使い方があるとは。さすがは同志トロツキー。ご慧眼であります』
農民のハートと胃袋をガッチリ掴んだ食料はアメリカ諸州連邦産であった。
この体験によって、トロツキーは食料に戦略的な価値を見出すことになる。
『肉の缶詰だ! これ全部持って行っていいのか!?』
『まともな肉が喰えるなんて何時ぶりだろう。涙が止まらねぇよ……』
『SPAM! SPAM! SPAM!』
ちなみに、南米に送られた膨大な食糧で最も人気があったのがスパム缶であった。この時期にはミネソタ州が諸州連合に加盟しており、同州に所在するホーメルフーズがスパム缶を大量生産していたのである。
スパムは南米の農民たちから救世主の如く大歓迎された。
その歓迎ぶりは南米各地にスパム缶の巨大銅像が建立されるほどであった。
保存が効くスパム缶は送り付けるの側にも都合が良かった。
最終的に南米の食生活に多大な影響を与えるほど膨大な数が製造されたのであるが、その後の混乱で資料が紛失してしまったために生産数は判別としない。一説には数千万個とも1億個とも言われている。
「また南米の傀儡政権が倒れただと? こっちはそれどころじゃないんだ!」
ホワイトハウスの執務室に怒声が響く。
デイビスは報告を持って来た国務長官に不機嫌を隠そうともしなかった。
現在のアメリカは深刻な状況に陥っていた。
彼からすれば、遠く離れた南米の傀儡政権よりも国内問題の解決が急務であった。
デイビス政権の目玉政策である10年間の完全無税化は早くも綻びが見え始めていた。裏社会の住民たちが脱出時に財産を海外に移していたために、接収出来た財産は予想よりも少なかったからである。
公約を撤回して課税すれば良いだけの話なのであるが、そんなことをすれば現在の圧倒的支持率が失われかねない。デイビス個人としても公約の撤回はしたくなかった。
(あと6年。あと6年持たせれば回収出来るはずだ……)
無税化によって、現在のアメリカ経済は驚異的な成長を続けていた。
インフレ含みではあるが、ここ数年の成長率は年15%以上をキープしていたのである。
完全無税化が終了するまで残り6年。
アメリカ経済はそれまでには飛躍的な成長を遂げているはずであり、手に入る税収も莫大なものとなる。そのためには、あらゆる犠牲を払ってでも国内を維持する必要があった。
「……すまない、ちょっとストレスが溜まっていてな。それで、あちらからは何か言って来たのか?」
「はい。他の新政権と同じです」
「ならば良い。独立を歓迎するくらいは言ってやれ」
「了解しました」
1939年に入ると南米各国で相次いで傀儡政権が倒れることになった。
南米におけるアメリカの利益の代弁者が倒れることは重大案件のはずなのであるが、デイビス政権は静観を決め込んでいた。
なお、デイビス政権が傀儡政権を見捨てたのは以下の理由であった。
1.曲がりにも独立国であるので安易な軍隊を派遣出来ない。
2.傀儡政権が信用出来ない。
3.現地に進出した企業の利益が侵害されていない。
1番目の理由からしてツッコミどころ満載である。
過去に裏社会の住民と同列扱いして南米を制圧したのは何だったのかと言いたくもなる。
2番目の理由はまだ分からないでもない。
過去に傀儡政権が暴走して尻ぬぐいすることになったのだから。
3番目の理由が一番の理由であろう。
今回の騒乱において、南米に進出しているデイビスのスポンサー企業は被害を受けていない。身代金ビジネスを例外とすれば、であるが。
現地のアメリカ企業が襲撃されなかったのは、トロツキーの指示であった。
直接の利益を侵害されない限り、アメリカは動かないと見切っていたのである。
新政権は現地に進出しているアメリカ企業の利益を保証するとデイビス政権に通告していた。実際に新政権になってからも問題無く操業しており、デイビスとその後援者も安堵していたのであるが……。
『給料上げろーっ!』
『要求が受け入れられないならストを決行するぞーっ!』
『勝利まで頑張るぞーっ!』
『『『おぉーっ!』』』
南米に進出したアメリカ企業には、いつの間にかに労働組合が結成されていた。
労組による的確かつ、効果的なストライキは企業にダメージを与えていくことになる。
なお、労組設立に暗躍したのは中〇派モブたちであった。
南米の純粋な労働者たちはモブに洗脳――もとい、真の労働者として目覚めさせられたのである。
狂暴化していく労働者たちに現地法人は直ちに本国へ報告して指示を求めた。
『労働組合? そんなもの力で抑えつければ良いだろう?』
『土人に人間の権利なんぞ必要ないだろう』
『とっとと警察なり軍隊なり投入して鎮圧しろ!』
しかし、本国からの反応はイマイチであった。
安全な北米にいる上層部は現地の実情を理解出来なかったのである。
『労働者が武装しています!?』
『警察が返り討ちにされるとはどういうことだ!?』
『あぁ、工場が燃える!? 燃えてしまうっ!?』
本国からの了承を取り付けた現地法人は警察を介入させた。
しかし、労働者たちは職場で手に入るもので武装して死に物狂いの抵抗を見せた。
『あいつら一切の容赦が無いぞ!? こっちは一応人命優先しているのに!?』
『奴らに情けをかけると死ぬぞ? 動くのを見たら迷わず撃て!』
警察によるスト鎮圧は大規模かつ長期間に渡った。
多数の警官と労働者が負傷し、工場や農場に無視出来ない被害が出ることになった。
『要求は最大限受け入れよう。だからストライキを解除していただきたい……』
『しょうがないですなぁ。今回はこれくらいにしておきましょう』
結局、現地法人の上層部が労組に頭を下げてストは終結した。
労働者の命はともかく、設備や資産に被害が及ぶのは望むものでは無かったのである。
その光景は史実21世紀のお隣さんそのものであった。
労組によって企業が乗っ取られた瞬間であり、この世界に顕現した史上最悪の労組によってこのまま食い潰されていくと思われたのであるが……。
『今、南米のアメリカ企業に潰れてもらっては困るんだが?』
『す、すみません。よく言って聞かせておきますので!』
『やり過ぎました。すみませんすみません……』
確実なブレーキ役がいるので、南米の労組は史実の民主労総よりはマシと言えた。
トロツキーが一声かければ、暴走した労組は借りて来た猫の如く大人しくなったのであるから。
「最近、景気が良いよなぁ」
「おまえもそう思うか? うちも繁盛していてな……」
「政権が代わってから良いことづくめだな。これからも続いて欲しいな」
笑顔で酒を飲む労働者たち。
笑顔なのは彼らだけではない。酒場のいる人間の大半が明るい表情をしていた。
量産型劣化ポルポトだった傀儡政権によって、南米の経済は無茶苦茶にされた。
それは逆に言えば、適切な経済政策が適用されれば経済成長が期待出来るということでもあった。
「自由販売が認められるなんて夢のようだぜ!」
「作れば儲けが増える。これはやる気が出るな……!」
「これからは俺たちの時代だ!」
別の席では農民たちがテキーラを飲みながら気勢を上げていた。
傀儡政権時代では作った作物を根こそぎ持っていかれていたのである。それに比べれば新政権は天国であった。
新政権下の南米諸国ではトロツキー式の新経済政策が適用された。
これは史実ソ連のNEPをアメリカナイズしたものであり、世界恐慌後のアメリカでは上手く作用した。
現在の南米経済は世界恐慌後のアメリカと大差ない。
それ故に、この経済政策は南米でも効果を発揮すると思われていた。
「……南米の経済復興は上手くいっているようだな?」
テキサス州都オースティンの議事堂。
演説を終えたトロツキーは、ふと気になって側近に南米の状況を尋ねていた。
「はっ、南米では全ての国がプラス成長に転じています。これも同志トロツキーのご指導の賜物でしょう」
「いや、あれだけ経済が破壊されたのだ。現時点では復興段階で経済が成長しているだけだろう」
トロツキー自身は南米でのNEP適用には懐疑的であった。
アメリカ本土と南米ではあまりにも前提条件が違い過ぎたからである。
「そうでしょうか? わたしは現地を見て来ましたが、現地民が特段の不安を抱えているようには見えませんでしたが……」
南米視察から戻って来たばかりの側近が進言する。
それでもトロツキーの渋面が解けることは無かったのであるが。
(南米の人間に政策が理解出来るのか? 政策に協力してくれるのか?)
トロツキーが危惧していたのは現地の教育水準であった。
確かにアメリカではNEPは上手くいった。しかし、それは現地住民が政策を理解して協力してくれたからに他ならない。
北米と南米では文盲率が違い過ぎた。
南米の現地民が政策を理解出来るのか不安視していたのである。
(祖国と同等と考えた場合、南米の経済は遠からず停滞をすることになるのではないか)
ソ連時代のトロツキーは、社会主義の黎明期において饒舌に尽くし難い苦労を味わっていた。それはもう、二度とやりたくないと心底思うくらいには。
当時のソ連の人口の大半は読み書きが出来ない出来ない農奴であった。
政策を理解してもらうには教育する学校を作る必要があったのである。
当時のソ連には学校を作る資材も無ければ、教える人間もいなかった。
無い無い尽くしの当時のソ連で学校を作るという行為は、苦行を通り越して拷問とさえ言えた。
(アメリカでの成功例を見ると教育は本当に大事だな)
散々に苦労したソ連時代とは違い、アメリカでのNEPは噓のように上手くいった。南米でもソ連と同じような状況になるのでは無いかと思ってしまったのも無理も無いことであろう。
『社会主義の多様な形態の可能性を追求するためにもNEPは必須ですよ同志トロツキー!』
『実際、アメリカでも上手くいってるじゃないですか!』
『教育は重要ですが、ある程度は現場でも仕込めます。オンザジョブトレーニングですよっ!』
それでもNEPを採用したのは、中〇派モブから猛烈にプッシュされたからである。史実を知るが故であったが、自信満々なモブの態度にトロツキーは押し切られる形となった。
「……現地の農業生産もですが、鉱業生産も順調です。数年以内にこちらへの輸出も可能になるでしょう」
「こちらからは武器を輸出すれば良いな。バーター取引も良いかもしれない」
「上手く連携出来れば東海岸の連中を追い込める。その時は近い!」
側近たちは南米の明るい展望を語る。
南米が北米と同じく発展することを彼らは疑っていなかった。
(同じ日本人なのに、なんであれだけ違うのだ? そもそもあいつらは日本人なのか?)
側近たちが議論しているのを他所に、トロツキーは物思いにふけっていた。
どうしても気になってしまったのである。
過去のコミンテルンの大会でトロツキーは日本人活動家と接触したことがあった。しかし、中〇派モブは今まで会った日本人のどれにも当てはまらない異質な存在だったのである。
(儂の感があいつらはヤバイと言っている。しかし、遠ざける理由がない。どうしたものか)
トロツキーは中〇派モブたちの実績だけは非常に高く評価していた。
本能から生じる生理的嫌悪感と狂信者ムーブに耐えられなかったせいで、人物的には最低評価になっていたが。
(なにか派手に失敗してくれれば、それを理由に遠ざけることも出来るのだがなぁ)
あろうことか、トロツキーは同志の失敗を願ってしまう。
それが最低の行為であることは理解してはいたが、願わずにはいられなかった。
『よくぞやってくれた……いや、この失態は重いぞ同志たちよ!』
『同志トロツキー! お許しください!』
『どうか……どうかご慈悲を……!』
トロツキーの願いが叶ったのは、それから数年後のことであった。
その失敗はシャレにならないレベルであり、これ幸いと中〇派モブたちを遠ざけることに成功したのであるが……。
『同志トロツキーの御不興を買ってしまったが、生きていれば取り戻せる!』
『これは俺らに対する試練なんだ!』
『待っていてください同志。絶対に戻って来ます!』
これまでの功績を鑑みて罪を減じたのがトロツキー最大の失敗であった。
左遷先で暗躍したモブたちは、さらなる混沌を振りまくことになるのである。
『コロンビア共和国は国内全てのアメリカ企業の国有化を宣言する!』
1940年8月中旬。
世界中に衝撃が走った。南米のコロンビア共和国がアメリカ企業を接収したうえでの国有化を宣言したのである。
ベネズエラ、エクアドル、ブラジルなど南米の諸国家もコロンビアの動きに追随した。南米の全ての国家でアメリカ企業の現地法人が国有化されるまで2週間もかからなかった。
『ニューヨーク・ダウ連日のストップ安。暴落止まらず』
『南米からの資源輸入全面ストップへ 再開の見通し立たず』
『自殺者多数のウォール街 今週で30人目』
現地法人の接収によって、アメリカ経済は壊滅的な損害を受けた。
株価が暴落したのはもちろんのことであるが、資源とエネルギーの輸入が全面的にストップしてしまったことで国内の製造業も倒産が相次いでいたのである。
北米大陸には石油をはじめとして豊富な資源が埋蔵されている。
たとえ世界を敵に回したとしても、ごく一部の資源を除けば自給することは決して不可能ではない。
しかし、急激な経済成長で人件費が高騰したために資源の大半は南米からの輸入に切り替えていた。国内産に切り替えるにしても、すぐに生産出来るわけがない。国内産の資源産出が軌道に乗るまで経済の混乱は必定であった。
『ガソリン売ってくれ!』
『もう売り切れたよ。次の入荷は未定だよ』
『ふざけんな、これじゃ商売あがったりだよ!?』
20世紀の戦争において、石油は戦況を左右する重要な資源であることは間違い無い。車社会に世界最速で突入したアメリカ至っては、日常生活でも石油が無いと破綻してしまう。まさに『ガソリンの1滴は血の1滴』と言えよう。
『石油を売ってくれ!』
『いや、我が国はドイツに優先的に卸してるんで……』
『少しでもいいから売ってくれ!』
国内の油田の再稼働には時間がかかるため、アメリカは南米以外の国から石油を輸入しようとした。
手始めに満州産の石油を輸入したものの、満州国で産出する石油の大半はドイツへ輸出されていたので需要を満たすことは到底不可能であった。
『金はいくらかかっても良い。とにかく売ってくれ!』
『いや、うちから買うと関税かかりますけど?』
『なんだっていい! とにかくあるだけ売ってくれ!』
経済ブロックが違う日本にまで石油の買い付けに来たことが、当時のアメリカの混乱ぶりを物語っている。なお、この世界の日本は特にアメリカを恨んでいないので『適正な』価格で石油を売りつけていた。日本からアメリカへ向かう多数のオイルタンカーという珍しい光景がこの時期は見られたのである。
「大統領、今すぐ南米に出兵しろ!」
「奪われた会社を取り返すんだ!」
「思いあがった南米の土人たちに身の程を教えてやれ!」
オーバルオフィスに押しかけたデイビスのスポンサーたちは、口々に南米への出兵を訴えた。莫大な利益をあげて我が世の春を謳歌していたのが、一気に大損することになったのであるから当然であろう。
「……わたしとしても、このまま座視するわけにはいかないと思っている。しかし、時期を見る必要があるだろうとも思っている」
対するデイビスの歯切れは悪かった。
彼個人としては南米への再出兵に異議は無い。むしろ、必要なことだと考えていた。
「そんな悠長なことを言ってる場合か!?」
「今、この瞬間にもウォール街ではトレーダーが飛び降りているんだぞ!?」
「このままだと最悪の大統領として、次期大統領選は確実に落選するぞ?」
しかし、南米への再出兵をしたくても出来ない事情があった。
そんなことを知る由も無いスポンサーたちは、口から泡を飛ばす勢いでデイビスを詰る。
「……そうだな。可及的速やかに再出兵しよう。そのためにも協力はしてもらうぞ?」
結局のところ、デイビスには南米への再出兵を確約するしか道はなかった。
肩を怒らせて帰っていくスポンサーたちの背中を見守った後、非常会議を招集したのであった。
『アメリカが南米への再出兵を決定した』
『派遣する戦力は――』
『具体的な時期は――』
ホワイトハウスの動きは直ちに革命軍側に知られることになった。
懺悔室の告解――もとい、信徒たちのヒューミントによって情報は筒抜けであった。
北米でもアメリカ正教は広まっていた。
例によって例の如く、中〇派モブの麻薬マネーで北米中に聖堂が建設されて情報収集が行われていたのである。
『……これで300冊目か。これだけやっても終わりが見えないのはどういうことだろうな』
これに対して、MI6北米支部はこの重要な情報を見逃していた。
普段ならばこのようなポカをやらかすことは無いのであろうが、フーヴァー・ファイルの収集に人手を取られて情報収集能力が低下していたのである。
『国有化は断じて認められない。ステイツは現地の邦人を救出するために出兵する!』
1940年9月某日。
デイビス政権は南米への再出兵を世界に宣言した。
「GO! GO! GO!」
「MOVE! MOVE! MOVE!」
海兵師団が南米へと進軍を開始したのは、その数日後のことであった。
メキシコ経由で陸路で南米を目指したのである。
『情報通りだな。こちらの戦力は整っているのかね?』
『万事抜かりなく。現地で歓迎の準備は整っています』
『そうか。では思う存分にやりたまえ。4年前とは違うことは思い知らせてやるのだ』
対する革命軍側は準備万端で待ち受けていた。
アメリカ内戦の再開は間近に迫っていたのである。
以下、今回登場させた兵器のスペックです。
半潜水ボート
排水量:51t(満載)
全長:25.0m
全幅:6.3m
吃水:3.20m(乾舷:50cm)
機関:船舶用ディーゼル1基1軸推進
最大出力:600馬力
最大速力:6ノット
航続距離:5ノット/1730浬
乗員:1名
兵装:非武装(最大10tのコカインを搭載可能)
装甲:無し
中核派モブが麻薬密輸用の半潜水ボートを再現したもの。
大きさはPTボート程度であるが、航行中はその大半が水面下に没している。
まともなレーダーも偵察衛星も存在しない時代なので、遠距離からの発見は不可能であった。実際の運用は夜中に母船から発進させており、100回以上に及ぶ麻薬密輸ミッションを全て成功させている。
最大10tもの高純度コカインを密輸することが可能であり、莫大な利益をあげている。そのおかげで、マイアミ及びフロリダ半島は深刻な麻薬汚染に陥ることになった。
※作者の個人的意見
史実の半潜水ボートはアメリカのコーストガードに発見されまくりの自沈しまくりですが、この時代なら発見はほぼ不可能でしょう。闇夜に紛れて航行すれば、座礁かトラブルでも発生しない限りは確実に密輸出来るかと。
コカイン10tの末端価格は300億円なので、密輸が全て成功したとなればとんでもない利益になるでしょう。アメリカの東海岸で麻薬を売って暴利を貪りつつフロリダ半島全域を麻薬汚染して弱体化。さらには、革命軍の強化&南米での工作まで出来ちゃうので一石二鳥どころじゃないですよね(汗
RPG-1
種別:ロケット推進擲弾発射装置
口径:70mm(HEAT装着時)
砲身長:1000mm
使用弾薬:グレネード、HEAT、ガス弾、信号弾など
全長:1425mm(HEAT装着時)
重量:2.0kg(発射機のみ)
有効射程:使用する弾薬によって異なる。
最大射程:75m(HEAT使用時)
中核派モブの進言を受けて革命軍技術陣が開発したグレネードランチャー。
モブたちはRPG-7を再現したかったのであるが、技術的な問題で再現し切れずパンツァーファウストに毛が生えたようなシロモノとなった。
史実RPG-1はHEAT弾頭の装甲貫徹力が弱いことが問題になったが、この世界では問題になっていない。均質圧延装甲換算で140mmを貫徹する威力は、この時代には過剰なほどの威力であった。
※作者の個人的意見
なぜか本家ドイツを差し置いてアメリカでパンツァーファウストもどきが出来てしまいましたw
ここから改良していけばRPG-7まで開発出来るので、革命軍の兵士は対戦車火力に困ることは無いでしょう。対抗して英軍もザクバズーカの開発を早める必要がありますね…!
フェドロフ M1938
種別:軍用小銃
口径:6.5mm
銃身長:520mm
使用弾薬:6.5mm×50SR(史実三十年式実包)
装弾数:25発(箱形弾倉)
全長:1045mm
重量:4400g(弾薬除く)
発射速度:毎分400発前後
銃口初速:654m/s
有効射程:500m
アサルトライフルのコンセプトを世界で初めて具現化したフェドロフM1916の改良型。
史実では諸々の理由で歴史の影に消えてしまったのであるが、この世界では中核派モブの進言によって再評価されることになった。
M1938はM1916の改良モデルであり、革命軍の制式小銃として採用されている。フォアグリップの位置や一部材質の見直しがされてはいるものの、基本的には同一モデルとして扱われた。
日本が採用している八〇式自動小銃よりもかなり大型であるが、革命軍の兵士は体格が良かったために実際の運用では問題は起きていない。
英陸軍の制式小銃であるRifle No.4 Mk 3よりは小型であり、装弾数も多くて扱いやすかった。本銃の存在を知った英陸軍では従来の303ブリティッシュ弾ではなく、より小型軽量な280ブリティッシュ弾を使用する新型小銃の開発を急ぐことになった。
※作者の個人的意見
世界初のアサルトライフルもどきという美味しい存在を無視することが出来ませんでしたw
史実のAK47をパクった日本の八十式よりは重くて大きいですが、革命軍はガタイの良いスラブ系が多いのであまり問題にはならないでしょう。銃弾のリコイルが小さいのでフルオート射撃時のコントロールは容易ですし、軽量な軽機関銃みたいな使われ方をするかもしれませんね。
この世界の英陸軍の新型アサルトライフルは悩み中です。
280ブリティッシュ弾を使うのは確定ですが、だからといって木製ブルパップにするのは安直に過ぎるようような気がするし。だからといって、エルちゃんに走るのもどうかと思うし。現行銃を弾丸に合わせて小型するのが一番無難とは分かっているんですけどね。
フォード モデルAA(RPG-1搭載)
全長:5.50m
ホイールベース:4.00m
全幅:1.702m
全高:2.10m
重量:1.8t
速度:45km/h
行動距離:200km
エンジン:液冷直列4気筒ガソリンエンジン50馬力
乗員:3名(最大)
革命軍で使用されている輸送トラックの荷台にRPG-1を多数装備した架台を搭載した支援車両。間に合わせの急増品であったが、序盤の革命軍では火力支援に重宝されている。
この車両の運用データが本命となるカチューシャの開発に活かされている。
カチューシャよりも小型で小回りの利くためか、長らく現役に留まることになった。
※作者の個人的意見
民間モデルのトラックの荷台に武器搭載って、まんまテクニカルやん…(;´∀`)
中核派なモブたちが大活躍するお話でした。
誘拐やら麻薬密輸やら、思いっきり犯罪に走っていますが生前も犯罪者ムーブかましていたからしょうがないですよね(酷
>アナログ交換機では逆探知に時間がかかり過ぎるのが難点であった。
この時代だと電話の交換機はアナログなステップ・バイ・ステップ交換機なので、着信先から発信元までの間を経由する交換機を目視で追跡する必要がありました。なので、長い時間通話していないと逆探知出来ないという問題がありました。
>その様子は史実のボニー&クライドの如しであった。
大恐慌時代のアメリカに実在した強盗カップルです。
当時最速のフォードV8を多用して警察の追手を何度も振り切って逃走しています。当時のフォードに車の性能を誉める手紙が届いて、今でも保管されてるとか。ゴールデンカムイの坂本慶一郎&蝮のお銀のネタ元でもあります。
>敵とみなした人々の弱みを調べ上げて嫌がらせすることであった。
沖縄のパヨクも似たようなことをしてます。
警官の顔と家族の住所を調べ上げているとか。陰湿なのは左巻きの専売特許なのかもしれません。
>この世界の南米では史実よりも早期に誘拐ビジネスが成立することになった。
史実のコロンビアは極左ゲリラによる誘拐事件が日常茶飯事と化しています。完全にビジネス化していて現地駐在している邦人も被害に遭っています。
>『シルバーコースト海運』
元ネタはマイアミバイスに登場する偽装貿易会社『ゴールドコースト海運』です。
>現在のアメリカは深刻な状況に陥っていた。
10年間の完全無税化で経済成長しまくりですが、課税出来ないので税収はゼロ。
押収した裏社会の住民の資産を切り売りしながら凌いでいるのですが、予想よりも少なかったのであっちこっちでコストカットしまくりです。特に平時の金食い虫は容赦なく切ってます。
>いつの間にかに労働組合が結成されていた。
左翼が労組に絡むのはお約束です。
中核派も革マル派も史実では労組を影響下に置いているので、労組を作るのにも長けていることでしょう。
>武装して死に物狂いの抵抗を見せた。
お隣の自動車会社の如く、鉄パイプとかパチンコとか火炎瓶とか。
フォークリフトで侵入者を強引に排除しようとしたりとか。2ヵ月以上ストをされたら経営陣も匙を投げざるを得なかったわけで…。
>史実の民主労総よりはマシと言えた。
民主労総はお隣の世界的にも有数な戦闘的労働組合です。
ここよりヤバい労組は存在しないので、マシと言われても全然誉め言葉じゃなかったりします。
>『よくぞやってくれた……いや、この失態は重いぞ同志たちよ!』
トロツキーの本音が一瞬垣間見えてたりします。
なお、中核派モブがどんな失態をやらかしたのかは今後に乞うご期待ということでw
>フーヴァー・ファイルの収集に人手を取られて情報収集能力が低下していたのである。
本編第101話『きな臭い新大陸』参照。
フーヴァー・ファイルに入れ込み過ぎたシドニー・ライリーが戦犯です。
>メキシコ経由で陸路で南米を目指したのである。
海兵師団がなんで陸路を使ったんでしょうねぇ?(意味深




