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変態日本競馬事情―日本ダービー編―


「うむ、今日も盛況で何より。結構なことですなぁ」


 目黒競馬場貴賓室。

 東京競馬倶楽部会長安田伊左衛門(やすだ いざえもん)は、競馬場の盛況ぶりにご満悦であった。


 史実の目黒競馬場は開場からわずか1年で馬券販売が禁止されて閑散としていたが、この世界では連日大盛況であった。おかげで地価も上がり、競馬場周辺は急速に住宅化が進んでいたのである。


「……」

「おや? 浮かない表情をされていますな尾崎さん」


 安田は隣に座っている男――尾崎行雄(おざき ゆきお)が険しい表情をしていることに気付く。

 史実では『憲政の神様』や『議会政治の父』とも称される尾崎であるが、東京ジョッケー倶楽部の会頭を務めるなど馬好きであった。この世界でも同様であり、目黒競馬場には頻繁に足を運んでいたのである。


「レベルが低すぎる。これでは到底、海外の競馬には勝てない」


 尾崎が嘆くのは、第1次大戦後の欧州諸国外遊で世界の競馬のレベルを知るからであった。特にサラブレッド発祥の地である英国の競馬のレベルは世界最高峰であり、彼の目からすれば目の前で繰り広げられるレースは御遊戯にしか見えなかったのである。


「尾崎さん。言いたいことは分かりますが、これは御国の施策で……」

「軍馬の供給と財政への寄与で一石二鳥と言いたいのだろう? だが、このままでは日本の競馬は確実に行き詰るぞ」


 この世界の日本では馬券の販売が大いに奨励されていた。

 日露戦争の戦費調達のために発行した大量の戦時外債の返済のためである。


 莫大な外債の返済のために風紀の乱れを危惧する声は完全に無視された。

 第1次大戦の権益として借主である英国から半分棒引きされてはいたものの、それでも国家予算の5年分に相当する金額の返済は未だに終わっていなかったのである。


「それに最近の陸軍は機械化が進められている。このままでは軍馬の供給も先細りになってしまうだろう」

「そ、それは……」


 安田は尾崎の杞憂を否定出来なかった。

 元陸軍騎兵だった安田は陸軍に太いコネを持ち、最近の陸軍から騎兵隊が削減されつつあることを知っていたのである。


「それ故に、今後の日本競馬はレースで身を立てる必要がある! そのためには、全ての馬をサラブレッドに……」

「ちょ、ちょっと待ってください尾崎さん!? サラブレッドの育成には専門技術と施設が必要です。そう簡単にはいきませんぞ!?」

「そこをなんとかするのが君の仕事だろうが!?」

「そんな殺生な!?」


 この世界の日本の競馬はアングロアラブ種が大半を占めていた。

 アングロアラブ種は頑丈さと温厚な気性を兼ね備えた馬であり、虚弱なサラブレッドと頑丈で従順なアラブ種のハイブリッドである。


 史実では軍馬として大量に生産されていたが、日本競馬の元来の目的は軍需産業としての馬の生産技術および種牡馬の能力検定であった。レースはあくまでも、軍馬の質的向上のために過ぎなかったのである。


「だいたい、そんなことをしたら農商務省が黙っていませんよ!? 軍馬の需要が細っても、農耕馬としての需要は無視できません!」


 アングロアラブ種はサラブレッドよりもスピードは遅いものの、頑丈で育成しやすく農耕馬としての需要も大きかった。平時では軍馬の需要よりも農耕馬の需要が大きくなり、陸軍省の外局から農商務省に移管されていたのである。


「農業だって、最近は機械化が進められているではないか。胡坐をかいていては、いずれその需要も無くなるぞ?」

「ぐぬぅ……」


 尾崎の指摘に安田はぐうの音も出なかった。

 この世界では平成会によって農業の大規模化と機械化が推進されており、大型トラクターやコンバインが国産化されて普及し始めていたのである。


「し、しかし馬主たちが何と言うか……」

「大丈夫だ。わたしに良い考えがある。海外の馬を招待すれば良いのだ!」

「海外の馬をですか?」

「実際に海外の馬が走るところ見れば、頑迷な馬主たちも考えを変えるだろう」

「な、なるほど……」


 尾崎の提案はただちに実行に移されたのであるが……。


「各国に招待状を送っているのに、返事が来ないとはどういうことだ!? 必要経費は全てこちらで持ちなんだぞ!?」


 待てど暮らせど、一向に良い返事が来ないことに激怒する尾崎。

 欧州各国の著名な牧場に招待レースのオファーを送ったものの、完全にスルーされていたのである。


「いや、尾崎さん。冷静に考えてくださいよ。欧州から日本までどれだけ距離があると思っているのですか?」


 そんな尾崎に安田はジト目でツッコミを入れる。

 最速でも日本から欧州までは船便で2週間以上かかる。デリケートなサラブレッドの体調を維持するのは不可能であろう。


「あ、1つだけお返事がありました。送り主はヒトラー牧場? 送った覚えが無いのですが……」

「この際何でも良い。こちらも招待レースの準備を整えるのだっ!」


 不幸なことに、二人は英国競馬界でナマハゲ扱いされている馬狂い(チョビ髭)の存在を知らなかった。知っていたら、丁重にお断りの返事を書いたはずであるから。


「ちょっとぉ!? なに勝手なことやってんの!?」

「招待を受けた以上は断れまいよ。これはイギリス競馬界への挑戦なのだっ!」


 当然ながら、地球の裏側でこのような会話がなされていたことを尾崎と安田は知る由も無かった。手塩にかけた馬を海外デビューさせんと、チョビ髭は大いに燃え上がっていたのである。


「そっちに招待状は送られてないはずだぞ!? どんな手を使ったんだ!?」

「なに、ちょっとダービー伯から頼まれただけさ。あの人も対応に困っていたのだろうな。親友の頼みとあらば引き受けざるを得ないだろう?」


 招待状は英国の有名牧場にも送られていた。

 国際問題になることを恐れた牧場主たちは、英国競馬界の重鎮ダービー伯に泣きついたのである。


「ヒトラーが日本に行ったら財団の仕事はどうするのさ!?」

「ドーセット公がこっちに残れば良いだろう? 良い機会だからたまりまくった有休を消化させてもらう!」

「そこまでするか普通!?」


 趣味が仕事なヒトラーは、じつは有休を使用したことがなかった。

 まともな休みはテッドが一時帰国しているときのみで、その働きぶりで身体を壊さないか心配した部下たちからも有休を使うことを懇願されていたのである。


「だいだい、日本までどうやって輸送するのさ!? 船だと半月以上かかるんだぞ!?」

「もちろん、アレを使わせてもらうさ」

「ま、まさか……!?」

「そのまさかだ。お願いしたら快くOKしてもらえたよ」


 牧場主はやる気満々、移動手段も確保された。

 後に『目黒の虐殺レース』と呼ばれることになる悲劇が確定した瞬間であった。







「間もなくカスミガウラだ。チェックリストを確認しろ」

「ラジャー!」


 茨城県霞ヶ浦上空。

 飛行中のサンダース・ロー プリンセス3号機のコクピットでは、クルーたちが着水の準備に追われていた。


「翼端フロート降ろせ! 全員シートベルトを着用。着水するぞ!」


 機長はクルーたちを着席させる。

 コクピットから見える景色は、既に霞ヶ浦の湖面が大半を占めていた。


「フラップダウン!」


 副操縦士(コ・パイロット)が、フラップレバーを操作する。

 長大な主翼に取り付けられたフラップが展開し、巨大な機体が震えるように減速していく。


「機長、これ以上は危険です!」

「もっと下げろ。今回のお客さんはとびきりデリケートなんだ。可能な限り速度を落とせ!」


 失速寸前であることを感知したセンサーが、操縦桿をモーターで振動させる。

 コクピット内に失速警報のブザーが鳴り響くが、機長は動じていなかった。


「交代だ。ジェットフラップ作動!」


 操縦を代わった機長が、ジェットフラップを作動させる。

 先ほどまでの振動が嘘のように収まる。失速警報も鳴り止んでいた。


 ジェットの排気をダクトでバイパスして主翼上面後縁から排出、空気を加速させて失速を防ぐのがジェットフラップである。史実では1959年に英国で開発が開始され、1963年には初飛行に成功している。肝心の推力が不足気味でコントロールが難しく、ダクト配置の複雑さや製造の困難さもあって結局は実用化されなかったのであるが。


 しかし、この世界のジェットフラップはさらなる進化を遂げていた。

 フェアリー ロートダインのローター回転機構をヒントに、ハンティング エアクラフト社の技術陣はエンジンの駆動力でコンプレッサーを回すことで大量の圧縮空気を作り出して機体の各所から噴出させる機構を実用化したのである。


「なんだありゃあ!? 飛んでるというか浮いてるんじゃねーのか!?」


 付近を飛行していた霞ヶ浦航空隊所属の一式水戦のパイロットは、サンダース・ロー プリンセスの飛行に目を剥いた。史実21世紀だったら間違いなく『おまえの飛び方はおかしい』タグが付けられるのは確実な変態飛行であった。


 3万馬力近い大出力で駆動されるコンプレッサー群は、莫大な圧縮空気を噴出して機体周辺の空気の流れを強制的に修正する。その結果得られるものは驚異的な短距離離着陸(STOL)性能だったのである。


「水面まで10m! 9、8、7……」


 コ・パイロットからの報告を聞きながら、機長は操縦桿を動かす。

 卓越した機長の操縦技術は、電気サーボと油圧制御アクチュエータによって機体の挙動に反映されていく。


「……6、5m切りました! 4、3……」


 まるで止まっているのではないかと思われるくらいに、超スローで艇体が湖面に接近していく。

 機体から吐き出される膨大な噴流は湖面を激しく波立たせ、周辺は水しぶきで覆われていた。


「……2、1、タッチダウン!」


 着水の衝撃はほとんど無かった。

 まさに滑るような感じで着水したのであるが、このままでは巨大な機体は止まらないし、止められない。


「機長、リバースしますか?」


 コ・パイロットが機長に制動をかけるか確認する。


「いや、積荷のご機嫌を損ねちゃヤバいだろう。今回はパワーを落とすだけで問題ない」

「ラジャー! パワー落とします」


 しかし、機長の返答は否であった。

 リバースピッチにすることで機体に急制動をかけることは可能であったが、積荷と持ち主の不興を買ったらめんどうだと考えたのである。


「ジェットフラップを切るのも忘れるなよ」

「ラジャー! ジェットフラップ、カットオフ!」


 エンジンパワーが落ち、ジェットフラップも切られたことで普通(?)の挙動を示し始めるサンダース・ロー プリンセス。動きが止まったのを確認したのか、沿岸からタグボートがやってくる。


「ふぃー、やれやれだな」

「お疲れ様です機長」

「こんなに神経使う飛行は初めてだったぞ」

「そりゃあ、積荷が積荷ですからねぇ」


 緊張が解けたのか、一気にコクピット内が騒々しくなる。

 ある意味VIPよりも厄介なシロモノが積荷だったので、日本にたどり着くまで緊張しきりだったのである。


 クルーたちが雑談している間にも、機体の外では作業が進められていた。

 機首にロープが結び付けられ、巨大な艇体はタグボートで牽引されていく。


「機長、そろそろ陸にあがりますよ」


 雑談しているうちに、曳航されたサンダース・ロー プリンセスは滑走台に接近していた。ここから陸に引き上げるのである。


「よし、車輪を出せ!」

「ラジャー!」


 機長の命令を受けたコ・パイロットは、スイッチを操作する。

 長大な主翼の中ほどに設置されたフロート状の車輪格納庫が解放され、曳航用の車輪が下りる。水面下で見えなかったが、機首でも同様に車輪が下りていた。


「よーし、引っ張れーっ!」


 トラクターに引っ張られて、サンダース・ロー プリンセスは滑走台を登っていく。

 最初に機首の車輪が接地し、続いて主翼を支える車輪が接地する。水面から出てくる巨大な艇体に、ギャラリーたちはどよめく。


「尾部ハッチ解放!」

「ハッチ解放します」


 輸送機型のサンダース・ロー プリンセスは客室装備を全て取り払い、二層構造を廃して巨大な1段格納庫にしたうえで尾部にハッチを追加していた。機体後方から荷物を降ろせるようになっていたのである。


「スロープきついぞ。土を盛れ! もっと傾斜を緩くするんだ。傷付けないように枯草も敷いておけっ!」


 機体後方では『荷物』を降ろす準備で大わらわであった。

 目黒競馬場の関係者たちが、残暑厳しいなかを汗だくになって準備を進めていたのである。


 あーだこーだと、人海戦術をすること1時間。

 準備が整ったのを確認したのか、スロープからチョビ髭と一頭の白馬が歩き出て来る。


 ヒトラー直々に白馬を引いてスロープを下ってくる光景は、良くも悪くもインパクト抜群であった。たとえ世界線を違えても、芝居がかった自己演出が大好きなことには変わりないようである。


「ミスターヒトラー。今回はお招きに応じていただいてありがとうございます!」


 ヒトラーを出迎えた尾崎と安田は緊張しきりであった。

 ここまで大事になるとは思ってもいなかったのである。


「いやいや。わたしも日本の競馬を見て見たいと常々思っていたので、ちょうどよい機会だったのだ。お気になさらず」


 そう言って目を細めるヒトラー。

 単に残暑の日差しが眩しかったのか、それとも……。事の真意を知るのは本人のみであった。







『さぁ、やってまいりました! 急遽決定した日本最速の馬を決める大レース! 今回は英国からの招待馬も参戦して、ここ目黒競馬場は大いに盛り上がっております!』


 アナウンサーの実況にも力がこもる。

 1930年9月某日の目黒競馬場は、開場以来の大観衆で埋め尽くされていたのである。


『最後の馬……あれは、英国からの招待馬であるアルビオンですね。たった今、発馬機に収まりました』


 発馬機(はつばき)――全頭を一斉にスタートさせるための設備である。

 史実21世紀では主にゲート式が主流であるが、この時代はロープを張ることによってスタートラインを仕切るバリアー式が主流であった。


『スターターの旗が上がりました! 各馬一斉にスタートですっ!』


 スターターの旗が上がり、ロープが跳ね上げられる。

 選び抜かれた優駿は、栄光のゴールを目指してひた走ったのである。


「……まさか、10馬身以上の大差をつけられてしまうとはな」


 閑散とした目黒競馬場の貴賓室。

 尾崎は憔悴した様子であった。


「しかも、途中から明らかに手抜きしていましたよね」


 安田も同様に憔悴していた。

 もみくちゃにされたせいで着ている和服も乱れていた。


 二人とも、つい先ほどまで貴賓室のゲストに激しく責められていた。

 日本最速の馬を決めるはずが、海外の招待馬にワンサイドゲームである。話が違うと激怒したのは当然のことであろう。


 その気持ちは観客たちも同様であった。

 当時の馬券は史実21世紀の価値に換算すれば10万円近い高額なものであった。庶民にとっては大金であったため、競馬場に来て同じ馬を買う人を探して数人で1枚の馬券を買っていたのである。


 事前人気や当日の調子を見たうえで予想が外れたのならば、まだ救いはあった。

 しかし、レース直前まで存在が秘されていた英国からの招待馬が優勝をかっさらってしまったのである。


『金返せーっ!』

『ふざけるなぁぁぁぁっ!』


 実際、レース直後の目黒競馬場の雰囲気は一触即発であった。

 暴動が起きなかったのが不思議なくらいである。


「だが、これでアングロアラブではサラブレッドには勝てないということを馬主たちも理解したはずだ」

「この醜態は新聞でも報じられるでしょうし、馬主たちもあちこちから突き上げをくらうでしょうね」


 サラブレッドの強さを嫌というほど思い知らされた馬主たちは、英国からサラブレッドの導入を進めていくことになる。尾崎の目論見は達成されたのである。


『東京のほうじゃサラブレッドの育成が流行っているらしいが、うちらはそんなの関係ねぇ』

『あんな気性難で虚弱な馬とても育てられんよ』

『世間様じゃ機械化機械化言うてるけど、アングロアラブは農耕馬としての需要が強い。とても手放せん』


 その一方で、地方ではアングロアラブに根強い需要があった。

 田舎の田畑は小さくて複雑な形状をしていることが多く、農業機械よりも農耕馬のほうが適していたのである。


 サラブレッドに比べて温厚で丈夫、粗食にも耐えるアングロアラブは農業の片手間に育てるのにうってつけであった。農作業に使いつつ、フンを堆肥にする農家が地方には多かったのである。


 おまけに仔馬が生まれれば将来の競走馬として買い上げてもらえるのである。

 これは農家にとっては得難い臨時収入であった。


『中央の考えることは良く分からんな。サラブレッドなんて育てるやつの気が知れんよ』

『騎手からもデカくて乗りづらいと苦情が来てるしな』

『ちょっとしたことで怪我して即引退なんてのは勘弁だぞ』


 1930年以降、中央競馬はサラブレッドが主流になっていったが、地方競馬では未だにアングロアラブが主流であった。賞金額が少額で、その分レースをこなす必要がある地方競馬では虚弱なサラブレッドは歓迎されなかったのである。


『サラブレッドは軍馬には適さん。論外だ』

『仮に軍馬にするとしたら、どれだけの手間と時間がかかることやら。餌代も馬鹿になりませんし』

『維持に手間がかかるサラブレッドを導入しようものなら、平成会派に隙を与えることになる。奴ら、事あるごとに機械化を迫ってくるからな』


 このような動きを後押ししていたのが陸軍騎兵学校であった。

 彼らは優秀な軍馬を確保するために政府に働きかけていたのである。


『大陸で戦闘することはないから軍馬は不要? ふざけるなっ!』

『予想される島嶼戦で軍馬なんか養ってられないだと!?』

『確かに馬を船に乗せるのは難儀だが、そこまで言うことないだろ……』


 しかし、彼らの努力は実らなかった。

 中国大陸から陸軍が撤退したことで、騎兵が活躍出来る戦場が消滅していたからである。


『定員が不足している戦車隊に人員を供給してくれとかあんまりだろ!?』

『あんな鉄の塊に乗れというのか!?』

『そもそも自動車免許持ってねぇ……』


 この時代、日本はモータリゼーションが急速に進んでいた。

 それは陸軍とて例外では無く、軍馬が担ってきた仕事はトラックや偵察車両に置き換えられつつあったのである。


『せめてバイクならなぁ……』

『バイクか。確かにアレは馬といっしょで操る楽しさはあるな』

『このままだと騎兵連隊は儀礼用を残して解体されかねん。そうなる前に我らで戦場におけるバイクの運用を構築しようではないか』


 史実でも騎兵連隊が捜索連隊に改組されたように、この世界でも騎兵の命運は風雲の灯であった。彼らは戦場におけるバイクの運用を構築することで生き残りを図ることになるのである。







「尾崎さん。その節はうちのヒトラー(馬鹿)が大変失礼を致しまして……」


 英国大使館執務室。

 テッドは来訪した尾崎に頭を下げていた。


「い、いや。顔を上げて下されドーセット公。貴公が頭を下げる道理はありませんぞ」


 いきなり頭を下げられて困惑する尾崎。

 それでも、ちょっとだけ気持ちがすっとしたのは内緒である。


「……それで、今回はどのようなご用件で参られたのですか?」

「ドーセット公は東京優駿のことはご存じですかな?」

「あぁ。新聞に載ってましたね。欧米にも引けを取らない最高の競馬レースにするとか」


 1930年10月。

 東京競馬倶楽部は『東京優駿大競走』を創設することを発表していた。新聞やラジオで大々的に報じられていたので、テッドの耳に入っていたのである。


「存じているなら話は早い。じつはその件で力添えをいただきたいのだ」

「どういうことです?」


 競馬狂いなヒトラーならともかく、なんで自分に話を持ってくるのか。

 テッドには尾崎の意図が分からなかった。


「じつはスポンサー集めに難儀しておりましてな。破格の賞金を掲げたものの、このままでは資金不足でレースの開催が危ぶまれておるのです」


 慣れないスポンサー集めに手こずっているのか、どことなく疲れた様子でため息をつく尾崎。史実の尾崎は清廉潔白で知られており、この世界でも同様であった。悪い言い方をすれば、金を集めるのが下手な政治家と言える。


「それなら、賞金額を下げるなりすればよいのでは?」

「そういうわけにもいかんのです。サラブレッドの4歳馬ともなれば、育てるのにも手間と金がかかる。それに見合う賞金を出せと馬主からの圧力が凄いのです」


 東京優駿への出走条件は4歳のサラブレッドと決まっていた。

 サラブレッドをそこまで育てるには金も手間もかかるわけで、馬主たちがそれに見合う賞金を要求するのは当然のことであった。


「つまり、僕にスポンサーになって欲しいと?」

「可能ならお願いしたいが、そうではない。名前を貸して欲しいのだ」


 ますますもって分からない。

 欧州で競馬関係者からナマハゲ扱いされているヒトラーとは違い、テッド自身は競馬にはさして興味は無いのである。


「名前と言っても公の名前では無い。ダービーの名を貸して欲しいのだ。世界最高峰のレースの名を冠せるのならば人気も上がるし、スポンサー集めもスムーズに進むだろう」

「えぇ? そんなものは勝手に名乗れば良いのでは?」

「そんなことして、英国の競馬界からクレームが来たらどうする!? そうなったら国際問題になってしまうではないか!」


 尾崎の秘策は東京優駿にダービーの名を冠することであった。

 天下のサラブレッド4歳馬が鎬を削る世界最高峰のレースの名を冠することが出来るならば、国内の馬好きの興味を刺激すると考えたのである。


「ドーセット公は英国王陛下とも懇意なのだろう?」

「そりゃまぁ、頼むだけならなんとかなりますけど……」

「是非ともお願いする! もはや頼れる者は他にいないのだ!」


 尾崎は必死に懇願する。

 唾を飛ばさんばかりに頭を下げる髭面のおっさんの姿は、正直言ってうっとうしい。


「分かりました分かりました。今度、英国に帰国したときに頼んでみますから」

「おぉ、ありがたい! よろしくお願いしますぞ」


 とはいえ、頼むだけならば懐は痛まない。

 失敗したら面倒なことになるが、多分大丈夫だろうと考えていたのである。


「……ダービーの許可? そんなもの勝手に名乗れば良いではないか」

「ですよねぇ」


 ウィンザー城玉座の間。

 玉座に座る英国王ジョージ5世は呆れたような口調であった。


 ジョージ5世は競馬にはさして興味は持っていなかった。

 他所の国がダービーの名を冠したレースをやろうとも関与するつもりは無かったのである。


(よし、これで依頼の件は果たせたな)


 内心でガッツポーズするテッド。

 あとは、この偏屈な国王が心変わりしないうちに日本に戻るだけである。


「「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


 しかし、やはりというべきか事は簡単に終わらなかった。

 日本に戻ろうとした矢先に、ダービー伯とヒトラーがタッグを組んでやってきたのである。


「ダービーステークスはご先祖が16世紀から始めた由緒あるレースなのだ。その名を極東のどこの馬の骨とも分からんレースに付けるなど許されませんぞドーセット公!?」

「あんな農耕馬もどきが出走するレースをわたしはダービーとは認めんぞ!? 強行するならば今度こそ我がアルビオンで完膚なきまでに潰してやる!」


 ダービー伯もヒトラーも目が血走っていた。

 二人とも馬を深く愛するが故に、いったん暴走すると手が付けられないのである。


「で、でも国王陛下からはもう許可はもらったし……」

「「……」」


 テッドの反論に無言の笑みを浮かべる二人。

 それを見たテッドは嫌な予感を禁じ得なかった。


「国王陛下はいささか我が国の競馬に不勉強であらせられたので、我らでみっちりと教育を施しておきましたぞ」

「3時間ほど熱心に説いたら国王陛下も分かってくださったぞ」

「うわぁ……」


 いともたやすく行われたえげつない行為にドン引きするテッド。

 心の中で筋肉ヒゲダルマ(ジョージ5世)に合掌である。


「とにかく! 国王陛下も納得していただいた以上、ダービーの名を冠することは許されぬこと」

「どうしてもと言うならば、我らの屍を越えてもらおうか!」

「め、めんどくせぇ……」


 思わず実力行使をしようかとも思ってしまったが、そんなことしても後が面倒なだけである。どうしたものかと思案するテッドであったが……。


『逆に考えるんだ。堂々と冠しなければ良いと考えるんだ』


 突如、脳裏に降臨した髭の英国紳士によって妥協案をテッドは考え付いたのである。


「サブタイトルにするですと?」

「そう。あくまでもメインタイトルは東京優駿でサブタイトルが日本ダービー。これなら文句無いでしょ?」


 レース名を日本ダービーにするから角が立つのである。

 サブタイトルにして小さく表示してしまえば、レース関係者以外は注目もしないであろう。


 ダービー伯とヒトラーは、当初はテッドの案に納得しなかった。

 それでもテッドは粘り強く交渉を続け、最終的に了承されたのである。







「……と、いうわけでサブタイトルとして日本ダービーの使用許可が下りました」


 すったもんだのあげく、メインではなくサブタイトルでの使用許可となった。

 『東京優駿大競走(日本ダービー)』で使用許可が下りたのである。


「むぅ。出来れば堂々と日本ダービーの名を掲げたかったのだが」


 尾崎はテッドの案に不服そうであった。

 日本ダービーの名でスポンサー集めが出来ることを期待していたのに、これでは肩透かしである。


「申し訳ないですが、これで我慢して下さい。僕としても忸怩たる思いですが、日本ダービーの名前でレースを強行したら本国のダービー馬をけしかけるとヒトラーが言って聞かなかったのですよ……」


 前回のレースを思い出して青ざめる尾崎。

 あの悪夢が再現されるくらいならば、まだ我慢したほうがマシであろう。


「とはいえ、今回の件は僕の力が及ばずご迷惑をかけたのは事実。お詫びと言ってはなんですが、僕もスポンサー集めに協力しましょう」

「スポンサーになってくれるのか!?」


 思ってもみなかった展開に尾崎は俄然色めき立つ。

 テッドは石油王として日本でも広く知られていた。彼がスポンサーになってくれるならば資金難は一気に解決されるのである。


「あくまでも今回だけです。僕だけを当てにしたら今後の開催が危ぶまれますよ?」

「そうは言ってくれるが、今まで散々に募集しているのだ。そう簡単に新しいスポンサーが見つかれば苦労していない」

「まぁまぁ、ちょっとした伝手があります。ここは僕に任せてくれませんか?」

「ドーセット公がそう言うならば……」


 テッドには金づる――もとい、伝手があった。

 暇は無くても金だけはたっぷり貯めこんでいる連中である。せいぜい散財させて日本の経済を回してやろうと思ったのである。


「競馬ですか? 個人的には興味はありますけど……」


 テッドがスポンサーを募ったのは平成会のモブたちであった。

 当初は乗り気では無かったのであるが……。


「生前は競馬ファンだったのですけどね。この時代の競馬ってめんどくさそうじゃないですか?」

「ちょっと馬券がお高いだけで、その分リターンもデカいよ。君らの懐具合なら余裕余裕!」

「オ〇リもタ〇もいない競馬じゃ応援のし甲斐が無いんだよなぁ」

「推しのウ〇娘がいないなら自分で育てて名付け親になれば良いじゃないか。今なら牧場は安く買えるし、サラブレッドはうちの系列から確実な血統付きの馬が安価に買えるよ?」

「企業を経営している奴らならともかく、うちら個人じゃそんな大金無理ですよ!?」

「個人向けにも一口馬主制度があるから是非検討すべきそうすべき」


 巧みなセールストークによって、テッドは競馬ファンなモブたちのハートをガッチリ掴んだのであった。さすがはチートオリ主と言うべきか。変なところで無駄に有能である。


 儲かり過ぎて金の使い道に困っていた平成会傘下の企業は、東京競馬倶楽部に続々と協賛した。大口スポンサーが付いたおかげで資金難は一挙に解決。これには東京競馬倶楽部会長の安田もにっこりであった。


 一部の企業は、それだけに飽き足らず地方の牧場を買収した。

 テッドの口添えで、血統が確かなサラブレッドを購入して育て始めたのである。


「走〇コ〇タローはウ〇娘版が至高に決まってるだろ!」

「〇マ娘の世界観が、この世界にマッチするわけないだろ!?」

「そこは歌詞を差し替えてだな……」

「それじゃあ、蹄の音が聞こえないタダの気の抜けた曲になっちまうじゃねーかっ!?」

「おいおい、何を言っている? マキ〇オー版が至高だろうが!」


 平成会傘下のレコード会社では走れ〇ウ〇ローを売り出した。

 歌詞は史実オリジナル、マキ〇オー、ウ〇娘の折衷であり、転生者ならば思わずクスリとしてしまうパロディネタも豊富に盛り込んだこの曲は爆発的なヒットとなった。利益の一部は競馬新興のために使われることになるのである。


「うーむ、この時代のウ〇娘の勝負服はやはり和装をベースにするべきか?」

「日本生まれならそうすべきでは? 海外産なら海外の服装を考慮すべきだろう」

「なんにしても資料が足りん! もっと取材せねば……!」

「はぁ、この時代はネットが無いから情報収集が不便だよなぁ」


 平成会の同人作家たちは〇マ娘同人誌の製作に着手した。

 わざわざ現地の牧場まで行って関係者を取材攻めにしたのである。全ては史実並みのクォリティを実現するためであった。


「馬券の価格を下げるというのかね? それでは利益が出ないと思うのだが……」


 ついに競馬運営にまで口を出し始めたモブに対して、渋い顔をする安田。

 如何に大口のスポンサー様だとは言っても、あまり口出ししないでもらいたいものである。


「逆です。単価を下げることでより大勢の人間に勝ってもらえるようになります。1枚の高額馬券を複数人で買って、後で分け前でもめるよりはマシでしょう」

「むむっ、それはそうかもしれんな……」

「馬券の種類も増やしましょう。現在の単勝のみでなく複勝や枠連、馬連も追加します。当てる難易度は高くなりますが、その分リターンもデカいので人気が出ますよ!」


 平成会の提案によって、単勝(たんしょう)複勝(ふくしょう)枠連(わくれん)馬連(うまれん)馬単(うまたん)3連複(さんれんぷく)3連単(さんれんたん)の馬券が追加された。ちなみに、馬券の内容は以下の通りである。


・単勝…1着になる馬を当てる

・複勝…3着までに入る馬を当てる

・枠連…1着と2着になる馬の枠番号の組合せを当てる

・馬連…1着と2着になる馬の馬番号の組合せを当てる

・馬単…1着と2着になる馬の馬番号を着順通りに当てる

・3連複…1着、2着、3着となる馬の組合せを馬番号で当てる

・3連単…1着、2着、3着となる馬の馬番号を着順通りに当てる


 基本的に下に行くほど的中させることが難しい馬券と言える。

 それすなわち、高配当ということである。組み合わせによっては万馬券となり、より一層射幸心を煽ることになったのである。


「最近のレースはラジオ実況されているので競馬場の外に居ても結果を知ることが出来ます。競馬場以外でも馬券を売るべきです」

「競馬場に行かなくても馬券が買えるのは便利やな。これは売上アップ間違いなしや!」


 史実よりも18年早くオープンした場外馬券売り場であったが、これは結果的には失敗であった。場外馬券売り場の周辺には博徒がたむろして、風紀が乱れて苦情が相次いだのである。


 とはいえ、場外馬券売り場の設置を希望する声が強いのもまた事実であった。

 一度は閉鎖されたものの、10年後に再び設置されることになるのである。


 平成会のテコ入れによって、中央競馬はかつてないほどの盛況となった。

 資金難も解決したことで、当初の予定通り1932年に東京優駿大競走(日本ダービー)が開催されることになったのである。







「ここ日本の目黒競馬場は観客で埋め尽くされております! 公式発表では1万人とのことですが、おそらくそれ以上はいるでしょう。それくらい大勢の観客が集まっております!」


 1932年4月24日。

 奇しくも、史実と同じ日に日本ダービーが開催された。


「今回のレースの様子はBBCによりお送りいたします。それでは実況のほうにマイクをお渡しします!」


 第1回東京優駿はNHKラジオだけでなく、英国放送協会(BBC)によって世界中に放送されていた。英国では東京優駿が日本ダービーの名称で紹介されており、視聴希望が殺到したことで急遽BBCが実況放送することになったのである。


「……本日は解説にアドルフ・ヒトラー氏をお招きしております。さて、早速ですがヒトラーさん。気になる馬はどれでしょう?」


 BBC側の解説はヒトラーが担当していた。

 英国競馬界でも一目置かれるほどの競馬知識に加え、日英直行便を使えるために今回の解説に適任だったのである。


『くっそーっ!? なんでこんなに書類が滞っているんだよ!?』


 ヒトラーが来日するのと引き換えにテッドは緊急帰国するハメになっていた。

 急なことで財団の仕事の引継ぎが出来ておらず、大量の決裁書類に悲鳴をあげていたのである。


『半島から脱出出来たと思ったら、休み無しで影武者をさせるとかあんまりだーっ!』


 全く同じタイミングで、ジャスパー・マスケリンも悲鳴をあげていた。

 白頭山周辺の除染作業に関わっていたマスケリンは、急遽呼び戻されて影武者をやらされていたのである。


「やはり、16番のワカタカだな。馬体の仕上がりも良いし、一番人気なのも頷けるところだ」


 二人がそんな目に遭っているとはつゆ知らず、ヒトラーは嬉々として解説をしていた。自分の声が電波に乗って世界中に聞かれていると知って張り切っていたのである。


 ヒトラーの解説は非常に分かりやすく、耳障りも良かった。

 史実で猛威を振るった演説チートが別の形で発露したとも言える。オタクが趣味に対して饒舌になるようなもので、多趣味なヒトラーは今度も様々な解説を引き受けることになるのである。


 ちなみに、ワカタカはサラブレッドの産出で名高い下総御料牧場の産駒である。

 史実でも一番人気であり、第1回日本ダービーでは見事優勝を果たしていた。


 ヒトラーが解説している間にも、パドックには続々と馬が入場していく。

 総勢20頭の馬がパドック練り歩く姿はなかなかに壮観なものがあった。


「それと、もう一頭気になる馬がいる。20番のヘイセイツインターボだ」

「えっ、あの馬ですか? 失礼ですが、あまり速そうには見えませんが……」


 実況が戸惑ったのも当然であった。

 ヒトラーが評価した馬は、パドック内でも群を抜いて小柄な馬だったからである。


「じつは、あの馬はうちの牧場の馬だったんだ」

「なるほど。気になるというのはそういう意味だったのですね」


 ヒトラーの発言に得心する実況。

 平成会傘下企業によって設立された平成牧場では、テッドの仲介でヒトラー牧場からサラブレッドを買い入れていた。そのうちの一頭がヘイセイツインターボだったのである。


「あの馬は馬体が小さくいうえに、性格も臆病でレースには向かん。デビュー早々に引退させようと思っていたくらいだ。しかし……」


 牧場内でKerlchen(カールヒェン)(小さい子)と呼ばれてた馬が、曲りなりにもダービーの名を冠したレースに出走する。これはヒトラーにとって非常に興味深いことであった。


『この馬を売ってください!』

『日本人は馬のことをよく知らないのだな。この馬じゃレースには勝てないぞ?』

『それでも良い! この子が気に入ったんです!』


 ヒトラーは2年前のことを思い出していた。

 誰もが見向きもしなかった馬を、遥々やってきた日本人バイヤーは迷うことなく指名したのである。


(馬体の不利を戦術でカバーするつもりだろうが、限度というものがあるだろうに)


 サラブレッド生産者としてのヒトラーは、ブリーダーとして品種の改良には非常に熱心であった。

 その反面、馬が持つ能力以外のものは軽視する傾向があったのである。


 日本人バイヤーがカールヒェンに目を付けたのは、生前の記憶故であった。

 1993年の七夕賞、そしてオールカマー。あの時代を生きた競馬ファンなモブにとって、忘れることの出来ない名(迷?)馬な素質を見出していたのである。


「……そんな馬が勝利を重ねて目の前にいる。これで気にならないほうがおかしいだろう?」

「確かにその通りですね。今回のレースでどのような走りを見せるのか期待しましょう!」


 とはいえ、ヒトラーも実況も口ほどにヘイセイツインターボには期待はしていなかった。それほどに他の馬と比べて頼りなく見えたのである。


「さて、既に本馬場では最終チェックが始まっておりますが……派手な水しぶきがあがっていますね」

「前日から雨が降っていたと聞く。馬場の状態は悪いだろうな」


 パドックに残る出走馬は、既に残り少なかった。

 大多数は本馬場で返し馬の真っ最中だったのである。


「この雨はレースにどう影響するでしょうか?」

「ダートならばともかく、芝ではさして影響は無いはずだが……」

「おや、明快な解説のヒトラーさんにしては微妙な表現ですが?」

「データが無いとなんとも言えんよ。うちの牧場の馬なら、そこらへんのデータもきっちり取っているのだがな」


 前日からの雨で当日の目黒競馬場のコンディションは不良馬場であった。

 しかし、このことがレース展開にどう影響を与えるのか誰も知り得なかったのである。


「各馬、スタート位置に着きました。今、バリアーが上がりました!」


 スターターが旗を上げ、レバーを操作した瞬間にロープが跳ね上がる。

 20頭の選び抜かれた駿馬たちが一斉に走り出した瞬間であった。







『各馬一斉にスタート! 先頭を取ったのは……20番、ヘイセイツインターボですっ!』


 バリアー式発馬機のロープが上がった瞬間、馬群から抜け出したのはヘイセイツインターボであった。小柄な馬体を活かして、うまく隙間を抜けることが出来たのである。


『先頭は最初のコーナーに差し掛かろうとしています。この時点での先頭はヘイセイツインターボ! 後続との差は6馬身以上。ぶっちぎり状態ですっ!』


 ヘイセイツインターボは、史実のネタ元にも決して劣らない見事な逃げ馬ぶりを見せていた。早くも観客席からは悲鳴が上がる。おそらくは、一番人気のワカタカを買った客たちであろう。


「よっしゃーっ! 逃げろ逃げろ逃げろっ!」

「吠えろツインターボ! ターボエンジン全開じゃーっ!」

「最後まで逃げ切ってくれーっ!」


 その一方で熱烈に応援する客もいた。

 言うまでも無く、競馬ファンな平成会のモブたちである。


(((なんであんなに速い!? 条件は同じはずだぞ!?)))


 ヘイセイツインターボ以外の騎手たちの思いは同じであった。

 必死になって鞭を入れるも、差が詰まるどころか開く一方だったのである。


 競走馬は馬体重が大きい方が強いと言われる。

 これは馬体重が大きい馬の方が筋肉量が多く、より推進力があると考えられているからである。


 そう言う意味では、出走馬の中で小柄最軽量なヘイセイツインターボが最も不利となる。しかし、ここに別のファクターが加わると話は違ってくる。それが馬場のコンディションである。


 馬場のコンディションはレースの結果を大きく左右する。

 重・不良馬場に強い血統も存在し、史実ではオルフェーヴル、ゴールドシップ、キングズベストあたりが有名である。


 悪条件の芝とダートでは速く走るための条件は異なってくる。

 ただし、これは史実21世紀現在においても科学的に根拠があるわけではない。あくまでも過去のデータからの推察に過ぎないことを留意する必要がある。


 ダートの場合は雨が降ると地面が締まり、パワーを伝えやすくなる傾向がある。

 よって、パワーがある大型馬のほうがスピードを出しやすくなる。


 芝の場合は雨が降ると滑りやすくなる。

 この場合は、筋肉量よりも滑らずに安定したフォームで走ることが求められる。大型馬の方が重心が高く体勢を崩しやすい分、不利になるのである。


 当日の目黒競馬場のコンディションは芝の不良馬場であった。

 ヘイセイツインターボにとって、最良の条件が整っていたのである。


『最後の第4コーナーに差し掛かります。先頭は依然ヘイセイツインターボ! このまま逃げ切るのか!?』


 小柄軽量であるが故に、コーナーも綺麗に曲がれて減速も最小限である。

 この時点で、誰もがヘイセイツインターボの勝利を確信していたのであるが……。


『残り200を切った! しかし、後ろからワカタカが猛烈な勢いで迫るっ! 差がどんどん詰まっていくっ!』


 しかし、ここで混戦を抜け出したワカタカが一気に追い込みをかける。

 予想外の展開に一度はあきらめた観客たちが沸いたのは言うまでもないことである。


「捕まった!?」

「逆噴射ぁ!?」

「ツインターボの先頭が終わっちまったー!?」


 逆にモブたちは絶叫していた。

 史実20世紀末の競馬場ではよく見られた光景であろう。多分。


『今、先頭がゴールイン! 1着はワカタカ、そこから4馬身ほど離れてオオツカヤマ、そこからさらに離れて3着にアサハギ、以下、オートビス、レイコウと続きます』


 続々と出走馬がゴールしていく。

 1着となったワカタカと、その騎手函館孫作(はこだて まごさく)には惜しみない称賛が送られたのである。


『そして今、ヘイセイツインターボがゴールしました!』


 逆噴射して力尽きたヘイセイツインターボであったが、ワカタカと同じかそれ以上の大歓声で迎えられた。たとえ結果が最下位であっても、レースを大いに盛り上げた殊勲馬には違いないのである。


「全くもって見事としか言いようが無い。馬体の不利を覆す戦術だけでは無い、馬場のコンディションまで味方に付けるとは!」


 ヘイセイツインターボとその騎手には、ヒトラーも最大限の賛辞を送っていた。

 以後のヒトラー牧場では、ブリード特化から脱却して他のファクターも重要視していくことになる。


 第1回東京優駿は大盛況のまま幕を閉じることになった。

 このレースは日本中に影響を与えることになったのである。


 この世界の日本で競馬がメジャーになったのは、間違いなくこのレースが原因であろう。熱いレース展開をラジオ実況で聞いていた視聴者が、こぞって競馬ファンになっていったのである。


 特にヘイセイツインターボには多くのファンがついた。

 豪快に勝つか最下位になるかの二者択一な戦績は史実同様に愛されたのであるが、それだけでは終わらなかった。


 レースの模様を擬人化で再現した同人誌が爆発的にヒットして、ヘイセイツインターボは社会現象を巻き起こしたのである。この世界でウ〇娘が認知された瞬間であった。


 東京競馬倶楽部の大成功を見た他の競馬倶楽部は、見よう見まねで試行錯誤したが成功しなかった。最終的に全国にあった11の競馬倶楽部と帝国競馬協会は統合されて日本競馬会となり、それから10年経たずに日本中央競馬会(JRA)に移行することになるのである。


 地方競馬も中央競馬の熱狂から逃れることは出来なかった。

 軍馬の生産縮小と農業の機械化というダブルパンチを受けた地方競馬は、生き残りのためにサラブレッドの導入を進めていったのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


サンダース・ロー プリンセス(3号機)


全長:45.0m   

全幅:66.9m 63.86m(翼端フロート格納時)      

全高:16.99m     

重量:86183kg(空虚重量)

  :149685kg(最大離陸重量)    

翼面積:466.3㎡

最大速度:610km/h(最大) 580km/h(巡航)

実用上昇限度:12000m

航続距離:9210km (フェリー) 7600km(最大搭載時)

飛行可能時間:15時間

武装:非武装

エンジン:ブリストル カップルド プロテウス610 ターボプロップエンジン 5000馬力×4

     ブリストル プロテウス 620 ターボプロップエンジン 2500馬力×2

乗員:パイロット2名 航空機関士2名 無線オペレーター ナビゲーター

ペイロード:10t(最大)


イギリスで建造された画期的な高速旅客飛行艇の3号機。

テッドによって召喚された1号機、それを元に建造した2号機に加え、輸送機としての任務に特化したのが3号機である。


3号機はそれまでの機体とは違い、座席を全て撤去したうえで機内の二層構造を単層に改めた。その結果、広い機内格納スペースとペイロードを両立することに成功している。


機体後部には積み下ろしを円滑に行うためのカーゴドアが装備されている。

格納式のビーチングギアが主翼と機首に装備されているが、これは陸上機のように滑走路で使用するものではなく迅速な陸揚げを実現するためのものである。


3号機特有の装備としてジェットフラップがある。

ダクトから高熱の排気を機外に放出することで機体周辺の空気を整流、揚力を確保するのが史実のジェットフラップである。


この世界のジェットフラップは、メインエンジンから動力を引っ張って複数のコンプレッサーを駆動させることで圧縮空気を発生させて機体各所から噴出させるシステムに発展しており、結果的に史実US-1から実装された境界層制御装置(BLC)とほぼ同一のものとなっている。


搭載されたジェットフラップによって、3号機は過荷重状態での離陸促進と短距離離着陸性能(STOL)の向上を果たしている。後の実験では、ジェットフラップ作動状態でビーチングギアでの離着陸も成功させている。そのため、一部の文献では3号機は飛行艇ではなく水陸両用機として記述されることがあった。



※作者の個人的意見

日本まで直行出来る足の長さがあるのに、人間だけしか積めないのはもったいないよねということで作ってみました。旅客一人当たりの座席重量は現代だと20kg程度が目安だということですが、この時代は軽量素材なんて無いので倍くらいは見積もって大丈夫でしょう。座席を全部取っ払えば4tくらいは確実に浮きます。バーやベッド、風呂などの快適装備や二層構造の床とかも撤去すればペイロード10tくらいは簡単に捻出出来るかと。


航空機の航続距離は条件によって変わるのですが、航続距離的に似ている史実C-2がフェリーで9800km、20t積みで7600km程度とのことなので、飛行艇のために頑丈な分機体が重いサンダース・ロー プリンセスなら同等の距離で10t積みくらいが適当と判断しています。

今回は競馬について書いてみました。

ウマ娘でツインターボを知り、興味が湧いて実際の動画を見て再度驚愕してみたり。ウマ娘やりたいのだけど、ケータイのストレージに余裕が無いんだよなぁ…( ´Д`)=3


尾崎行雄(おざき ゆきお)

日本の近代史に必ずと言ってよいほど出てくる有名人。

ポトマック川の桜のエピソードが有名ですね。


>第1次大戦後の欧州諸国外遊

史実の尾崎は軍事的にはタカ派だったのですが、第1次大戦後の欧州諸国外遊で戦争の悲惨さを知ってハト派に転向しています。この世界では被害が少なかったので競馬をやる余裕があったのでしょう。多分。


>親友の頼みとあらば引き受けざるを得ないだろう?

自援SS『 変態紳士の領内事情―アドルフ・ヒトラー氏の休日編―』参照。

文字通りウマが合う親友のようですw


>サンダース・ロー プリンセス3号機

1号機と2号機が豪華装備満載な旅客飛行艇に対して、3号機は実用一点張りな輸送飛行艇です。特定の条件下では離着陸が可能なので水陸両用機だったりします。


>ジェットフラップ

英国で研究されていたジェット排気を機外に噴出させて機体周辺の空気を整流して失速を防ぐ高揚力装置の一種です。理屈的には境界層制御装置(BLC)と同一なのですが、高温のジェット排気が通過するダクトの配管や耐熱性その他諸々の問題で試験しただけで終わっています。


>『おまえの飛び方はおかしい』

↓こんな感じの飛行です。

h ttps://www.youtube.com/watch?v=e44XANNSyck&t=99s


>電気サーボと油圧制御アクチュエータ

史実では量産機に採用される予定でした。

フライ・バイ・タイヤへの移行の前段階であるCAS(コントロール増強システム)と言えますが、これが採用されたのって第4世代ジェット戦闘機からなんですけど?サンダース・ロー プリンセスって確か1950年代の機体ですよね?(滝汗


>英国からの招待馬であるアルビオン

ヒトラーが心血を注いで育てている白馬の2歳馬。

別名『目黒競馬場の悪夢』


>史実21世紀の価値に換算すれば10万円近い高額

当時の小学校教師の初任給の半分ほどという記述だったので、10万円くらいが適当だと思います。


>戦場におけるバイクの運用を構築

この世界のアメリカからバイク輸入は難しいでしょうから、陸王ハーレーは使えないですよねぇ。英国のバイクメーカーから輸入するしかないのだけど、トライアンフか、バーミンガムスモールアームスあたりで軍用に適当なバイクは無いかなぁ?


>蹄の音が聞こえないタダの気の抜けた曲に

初代コウタローとマキバオーのOPを聞くと分かるのですが、ベースに馬の蹄の音(正確にはオノマトペ)が一定間隔で挿入されています。ウマ娘は普通に走っているせいか蹄の音は挿入されて無かったりします。


>白頭山周辺の除染作業に関わっていたマスケリン

水爆実験で火山湖が消滅した結果、白頭山火口周辺は大規模な放射能汚染に見舞われることになりました。証拠隠滅のため、今日もマジックギャングは地味でキツイ除染作業を強いられているのです。


>多趣味なヒトラーは今度も様々な解説を引き受けることになるのである。

アニメにも興味を持っていたし、そのうち声優までやってしまうかも。その場合は、ヒ〇コーの作品に出てくる某少佐の演説を担当するんだろうなぁw


>総勢20頭の馬がパドック練り歩く姿

史実だと19頭だったりします。


>ヘイセイツインターボ

名前の元ネタは史実で中央競馬最後の個性派と言われたツインターボ。

この世界では海外産駒扱いになるので、史実とはだいぶ異なる勝負服となりそうです。オリジナル譲りの小柄で臆病な馬で、逆噴射が無ければ優勝もあり得ました。また何かの機会に再登場させたいなぁ(*´ω`)

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― 新着の感想 ―
[一言] ロー プリンセス3号機を見たある陸軍将官 「僕、あれ欲ちぃ」 モブ「いやいや飛行艇ですよ、あれ」 平成会派モブ「バカガラス、いやギガントか」「あっ、バカ」 陸軍将官「…(チラ」 平成飛行機工…
[一言] >下総御料牧場が継続する えっ、本当!?イイね。 てことは、成田空港の代替地が必要になるね。 何処が良いかな〜。調布か立川かな。 未来を見越して、大型の飛行場を作っておくのもイイね! これ…
[一言] 下総御料牧場といえば星旗で、その血を受け継いだのが白いアレ。 シロイアレノムスメが引き継ぎ、血統が続いていく。
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