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変態紳士の領内事情―アーチボルド・ウィットフォード警視長の受難編―


(まったく、なんでこんな面倒な催し物に出ないといけないんだ。公務は終わったんだから、さっさと帰ってコミックを読みたいのに……)


 プリンス・オブ・ウェールズこと、英国王太子エドワードは憂鬱であった。

 何が悲しくてパーティなどに出なければならないのかと。


 1929年2月某日。

 ロンドンのバッキンガム宮殿では、英国王ジョージ5世が主催するパーティが開催されていた。


 王族のくせに、エドワードは公務を盾にしてこの手のパーティからは逃げていた。そんな彼が強制参加するハメになったのは、今回のパーティがお見合いを兼ねていたからである。


 史実でプレイボーイとして浮名を流したエドワードは、この世界では隠れオタクであった。その切っ掛けが、テッド・ハーグリーヴスの同人誌だったことは言うまでも無いことである。


 表面上はイケメンで、精力的に公務をこなす王族の(かがみ)

 その一方で、余暇は同人誌の収集と読破に費やしていたのである。


『王としての資質は申し分ない。ただ、女っ気が無いことを除けばだが……』


 困ってしまったのは、実父にして英国王のジョージ5世である。

 女癖の悪さが改善されたのは喜ぶべきことであるが、この歳になって女性経験が皆無なことは問題であった。


 弟であるヨーク公アルバートは、既に結婚して長女をもうけていた。

 周囲からも正統な世継ぎを望む声が次第に高まっていたのである。


「「「……」」」


 ミッドナイトブルーの燕尾服に身を包んだエドワードの存在感は抜群であった。

 しかし、デビュタントドレスに身を包んだ淑女たちは彼に近づこうとはしなかった。


『エドワード王子に近づく女は不幸な目に遭う』


 王族でイケメンとあればモテない理由は無い。

 エドワードに女性が寄り付かないのには、別の原因があった。


 史実のウィンザー公ルートを避けるべく、エドワードにはMI6の監視が密かに付いていた。不純な目的で近づく女性は『穏便に』排除されていたのである。


 上述の理由でエドワードとの交際を望む良家の令嬢は絶無となっていた。

 そこらへんを見越して今回のパーティでは手広く募集をかけたのであるが、それを越える勢いで噂は広まっていたのである。


「王子さま、踊っていただけますでしょうか?」


 壁の華と化した令嬢たちが躊躇するなか、まったく臆せずに声をかけてくる女性。純白な衣装の令嬢の中では異彩を放つ真っ赤なドレス。ぱっと見では年増では無いが、少女というほど若くもない。いわゆる大人の色香を漂わせた女性というやつである。


「……僕で良ければ喜んで」


 指名されたら断るわけにはいかなかった。

 ダンスホールの中央部まで移動した二人は、誰が言うともなく踊り始める。


「「「おぉ……!」」」


 その場に居た誰もが感嘆する見事なダンスを披露する二人。

 ワルツからタンゴ、スローフォックストロット、クイックステップと次々に踊っていく。


 エドワードはスポーツ万能で多趣味であり、ダンスなど余技に過ぎない。

 むしろ、それについていける女性の技量を褒めるべきであろう。


 小柄ながらも早い動きと緩急を織り交ぜるのは、体幹が鍛えられている証拠と言える。目が肥えた参加者の目からは、並大抵の努力では成し得ないことが容易に想像出来たのである。


「……もし、よろしければあちらでお話しませんか? もっと王子さまのことを知りたいですわ」


 ダンスを終えた女性は、エドワードと話をすることを望んだ。


(この場を離れる良い理由になるな)


 ダンスから抜け出す良い口実になるということで、エドワードもこれを了承。

 二人は休憩も兼ねて、別室へ移動したのであった。


 そんな二人を期待に満ちた目で見守っていたのは、ジョージ5世である。

 後で女性の名を知って激しく後悔することになるのであるが……。







「けしからん。まったくもってけしからんぞ!? MI6は何をしていた!?」


 憤懣(ふんまん)()る方無いといった表情で周囲を睥睨するジョージ5世。

 筋骨隆々な髭面が吠える様子は、冬眠明けの熊の如しである。


 日ごろは円卓会議に参加しないジョージ5世であるが、この日に限っては参加していた。会議の進行に影響を与えてしまうことを配慮してのことであったが、今回は参加せずにいられなかったのである。


 王族と正式に交際するとならば、徹底的な調査が実施されるのは言うまでも無い。今回の議題は、エドワードと交際した女性についてだったのであるが……。


「……で、あの淫売はどうやってパーティに潜り込んできたのだ?」


 息子が女性と関係を持ったことを喜んだジョージ5世であったが、女性の正体を知って激怒していた。エドワードのお相手は、あの『ウォリス・シンプソン』だったのである。


 『王冠を賭けた恋』で有名なウォリス・シンプソンであるが、離婚歴のある女性ということで史実では王族から蛇蝎の如く嫌われていた。この世界では過ちを繰り返さないために女性関係の監視を強化したというのに、再びひっかかってしまったのである。


「ウォリス・シンプソンは一般参加枠で参加しています。この世界では、名前が違うために事前審査を通り抜けてしまったようです」


 MI6長官ヒュー・シンクレア海軍中将が身辺調査の結果を報告する。

 さすがは世界最強の諜報組織と言うべきか、わずか三日でウォリスのことを調べ上げていた。


「名前が違う? どういうことだ?」

「この世界での名はベッシー・ウォリス・ウォーフィールド。結婚歴はありません」

「どういうことだ? 史実とは違う流れだが……」

「この世界のアメリカは史実とはだいぶ異なりますから。史実の婚約者は軒並み没落していますし」


 『金持ちで、いい男を見つけて結婚するのが夢なの』と常々公言していたウォリスであるから、結婚をあきらめたわけではなかった。彼女は出会いを求めてアメリカ社交界に飛び込んだのである。


 しかし、アメリカ社交界はギャングやマフィアが顔を連ねていた。

 暗黒新大陸と化したアメリカでは、金持ちの大半が裏社会の住民だったのである。


 当時はマフィアやギャング間の抗争が激しい時代であり、正妻になろうものなら巻き添えを喰らいかねない。そのため、ウォリスは結婚せずに愛人に甘んじていたのである。


 愛人生活を長らく続けているうちにアメリカに愛想を尽くしたウォリスは、心機一転するべく英国へ移住した。新たな出会いを求めていたところに、ジョージ5世が主催するパーティが開催されたというわけである。


「事情は分かった。そういうことならば、あとは二人の問題だろう」

「なっ!? 国王陛下はあの女との結婚をお認めになるのですか!?」

「あの女がロイヤルファミリーに入ったら、どんな悪事を働くか分かったものじゃありませんぞ!?」


 ジョージ5世の変節ぶりに驚愕する円卓の参加者たち。

 先ほどまで淫売呼ばわりしていたのが嘘のようである。


「そうは言うが、今まで女っ気が無かった息子にあそこまで熱を上げてくれるのだぞ? 年齢的にも後が無いし、素性に問題無いのであれば応援してやるのが親の情というものだろう」


 大英帝国は女王が認められており、エドワードに子供が出来なくても弟アルバートの長女エリザベスが即位することが出来る。しかし、世間体を考えると長男の息子が跡を継ぐに越したことはないのである。


「分かれただと? いったい何があった!?」


 数日後。

 エドワードとウォリスが破局したことを知ったジョージ5世は驚愕していた。


「いや、話題が全然合わないし。何かにつけて高価なものをねだるし……」


 報告を持って来たのは、他ならぬ息子エドワードであった。

 恋仲の進展具合を聞いてきた父に対して、ウォリスと分かれたことを告げたのである。


『金持ちのくせに、おねだりしても何も買ってくれないケチな男』

『コミックの話ばかりでついていけない』


 ウォリスのエドワードに対する評価は目も当てられないものであった。

 なまじ外面が良いだけに、内面に対する失望ぶりが半端ないものだったのである。


(このままだと生涯独身を貫きかねん。なんとかせねば……)


 想像以上のダメ息子ぶりに焦るジョージ5世。

 世継ぎは無理だとしても、せめて結婚相手だけは見つけておきたい。親としては当然の感情であろう。


『ちょっ、なんで僕が王子の婚約者を見つけなければならないんですか!?』

『元はと言えば、公のコミックが原因であろう。責任をとってもらうぞ!』

『あのときは女癖の悪さが治ったって喜んでくれたじゃないですか!?』

『息子たちの面倒も頼むとも言ったぞ! 今こそその時だ!』

『ああああああああ!?』

 

 ちなみに、万策尽きたジョージ5世は問題をテッドに丸投げすることになる。

 徹底的な教育が施されたサザーランド公爵家の娘ローズマリー・レブソン=ガワーが、エドワードと結婚することになるのはそれから数年後のことであった。

 






「おや、卿もここに宿泊されていたのか」

「それはこちらのセリフですぞ。やはり、噂が気になったのですかな?」

「おそらくはガセネタでしょうが、もし本当だとしたら直接お目通りしたいですなぁ」


 ニュードーチェスターの高級ホテルのラウンジ。

 その片隅で情報交換していたのは、見るからに油ギッシュ――もとい、恰幅の良い壮年の紳士たちであった。


 現在のドーセット領では、とある噂でもちきりであった。

 領主のテッド・ハーグリーヴスが帰還するというのである。


 駐日英国全権大使を務めているテッドが、理由も無く途中帰国することなどあり得ない。病気療養などの理由があれば話は別であるが、船便で往復3ヵ月かかることを考慮すると現実的ではない。


 普通ならば一笑に付す噂なのであるが、それが事実だとすれば看過できない。

 若くして高位貴族、さらに石油王でありながら公の場になかなか出てこない謎の男――というのが、円卓に所属していない紳士たちの一般認識だったのである。


 ドーセット領内の開発は、ハーグリーブス財団の系列企業による独占状態であった。これは意図的なものではなく、当時ド田舎だったドーセットの開発に大手ゼネコンが見向きもしなかったことが原因である。


 テッドが身銭を切って買収した中小土建会社は、領内で美味しい案件を受注しまくって急成長を遂げた。最近は政府の公共事業の入札に参加することも増えていたのである。


 焦ったのは、ドーセット領の開発を軽視していた大手ゼネコンである。

 このままでは、領内の大型案件を逃してしまう。さらには、本命の公共事業において強力なライバルの台頭を許してしまうことになりかねない。


 領内の開発に関する入札は常時開催されており、大手ゼネコンも最初は真面目に入札に参加していた。しかし、技術はともかく価格で太刀打ちが出来なかったのである。


 正攻法がダメならば、山吹色のお菓子の出番である。

 しかし、テッド不在時の窓口は財団代表代行のアドルフ・ヒトラーが担当であった。


 ヒトラーは、外から来た似非紳士など歯牙にもかけなかった。

 やたらと弁が立つので、陳情しにいったら逆に丸め込まれるなど日常茶飯事だったのである。


『あのヒトラー(悪魔)を相手にするよりはドーセット公のほうが(くみ)(やす)いのではないか?』


 ――と、考えてしまうのも当然であり、千載一遇とも言えるチャンスをものにするべくホテルに陣取って情報収集に明け暮れていたのである。


(ったく、くだらんチンピラの諍いなんぞに俺を呼び出すんじゃない)


 アーチボルド・ウィットフォード警視長は不満たらたらであった。

 しかし、不満があっても断れないのが宮仕えの悲しいところである。


 テッド目当てで集まった紳士たちは、大手ゼネコンだけではない。

 これを機会に知己を得たいと考えた貴族や議員、大企業の社長などVIPが大挙して押しかけていた。


 VIPクラスとなると、お忍びとはいえ丸腰で訪れることはない。

 それなりの数の護衛を引き連れていたが、彼らが地元民とトラブルを引き起こすことが多かったのである。


 VIP相手に特ダネ欲しさに記者が群がり、それをガードせんとする護衛とのトラブルも多発した。地元警察では対応しきれないということで、ロンドン警視庁(スコットランドヤード)に所属するアーチボルドが急遽派遣されたのである。


 普段はヤードのオフィスで書類仕事をしているアーチボルドが派遣されたのは、円卓絡みの機密を扱う可能性があったからである。テッドの友人ということも大きいのであるが。本人から言わせれば腐れ縁である。


『アーチーさぁ~ん』


 唐突に、どこからともなく聞こえてくる女性の声に硬直するアーチボルド。

 必死になって周囲を見回すが、聞こえてくるのは声のみであった。


「ここですよっ!」


 突如、路地裏から女性が飛び出てくる。

 小柄であるが、豪華なコートで着飾った魅力的な淑女であった。


「あー、ミスウォリス? 仕事の邪魔はせんでもらいたいのですが……」

「ウォリスって呼んで。わたしと貴方の仲じゃない」

「そんな関係になった覚えは無いんですがね……」

「またまたぁ。イギリスの紳士はジョークがお上手ね!」


 引き攣った笑顔で対応するアーチボルドに対して、魅力的な淑女――ベッシー・ウォリス・ウォーフィールドは満面の笑顔を浮かべる。任務以上に厄介なのが、目の前の女性であった。


 エドワードと破局したウォリスは、その足でニュードーチェスターへ向かった。

 発展目覚ましい場所であり、そういう場所であれば良い男との出会いもあるだろうと考えたのである。


 ウォリスがニュードーチェスターでロックオンした男がアーチボルドであった。

 大柄でトレンチコートが似合う伊達男であり、エドワードと違って女性慣れしていて会話が弾む。


『アーチーさんって、その若さで警視長なんですか!? 仕事が出来る殿方って憧れちゃいますわぁ』

『いやぁ、ははは。そのせいか、この歳まで仕事漬けでしてね。貴方のような素敵なレディと、こうやってお茶をする機会も滅多に無いのが悩みの種なのですよ』


 喫茶店で偶然同席していまったのが、アーチボルドの運の尽きであった。

 ウォリスの巧みなトークで、洗いざらい話してしまったのである。


(こんな上玉を逃してなるものですか。何が何でもゲットするわ……!)


 長らく愛人生活に甘んじているうちに、ウォリスはいろいろと拗らせていた。

 肉食系女子と化して積極的なアタックを仕掛けていくことになるのである。







(仮にも警視長がする仕事じゃねーぞ。いったい何時まで続くんだか……)


 ため息をつくアーチボルド。

 今日も今日とて、彼はニュードーチェスター市街を駆けずり回っていた。


(腹減ったな……軽いモノでも腹に入れるか)


 時刻はちょうど昼飯時であった。

 都合の良いことに目の前にハンバーガー屋があったので、アーチボルドは迷わず入店したのであるが……。


「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりですか? テイクアウトですか? それともわ・た・し?」


 どういうわけか、カウンターにいたのはハンバーガー屋の店員に扮したウォリスであった。内心の動揺を抑えつつ、レギュラーセットをテイクアウトしたのは流石の精神力と言えよう。


(……車が揺れている?)


 ハンバーガー屋での騒動の翌日。

 その日の仕事は終わっていたのであるが、宿泊しているホテルに戻るまで警戒を怠らないのがアーチボルドという人間である。そんな彼は、目の前に停車している自動車の不自然な揺れに気付いていた。


「もしもし、どうされました?」


 既に日は暮れており、車の中は見えなかった。

 ノックしても反応しないので、意を決してドアを開けたのであるが……。


「アーチーさぁ~ん!」

「どわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 飛びついてきたのは、イブニングドレス姿のウォリスである。

 いきなり抱き着かれたアーチボルドは、人目をはばからず絶叫したのであった。


 この後、なし崩し的にホテルまで同道させられることになった。

 『偶然』にも、ウォリスはアーチボルドと同じホテルに宿泊していたのである。


「せっかくですので同室しません? わたしが半分出しますからお得ですわよ!」

「大変魅力的な申し出ですが、生憎と仕事で来てますので……」

「もう、そういうお堅いところも魅力よねぇ」


 アーチボルドは、フロントに金を握らせて部屋の変更と口止めを頼みこんだ。

 既成事実から結婚へのコンボを避けるためであることは言うまでも無いことである。


(まさか金を握らせたフロントが逆に買収されるとは。危うくハニトラに引っかかるところだったぜ……)


 部屋を変えた数日後に、股を開いたウォリスが待ち受けていた。

 アーチボルドは即座にホテルを引き払い、駅周辺の安宿を転々としていたのである。


「よっ、旦那さん! しけた面してんなぁ。そういう時は酒が一番だぜ!」

「そうだな。強い酒が飲みたい気分なんだが、良い酒はあるか?」

「おうよっ! 早速案内するぜ!」


 普段のアーチボルドであったら、バーの客引きなんぞ無視していたであろう。

 しかし、ここ連日のウォリスの襲撃によって彼は冷静な判断力を失っていた。


「それじゃ、あっしはこの辺で。ごゆっくりどうぞ」

「……なかなか良い感じの店じゃないか」


 客引きに案内されたのは、落ち着いた佇まいのバーであった。

 カランカランと、小気味好い音をたててドアが開く。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「そうだな。強いヤツを頼む」

「では、ドライマンハッタンなど如何でしょう?」

「じゃあ、それで頼む」


 バーテンダーが鮮やかな手並みでシェイカーを振る。

 よくよく見れば、胸元が膨らんでいる。バーテンダーは女性であった。


(女性……嫌な予感が……)


 思わずバーテンダーの顔を仰ぎ見る。

 彼女の顔は、アーチボルドの夢に出てくるほど見覚えのあるものであった。


「アーチーさぁ~ん?」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 アーチボルドにはその後の記憶が無かった。

 気が付いたら公園のベンチで眠りこけていたのである。


 バーの一件が夢なのか現実なのか、アーチボルドには分からなかった。

 ストーカーと化したウォリスは、その後も史実某極道ゲームのバトルジャンキーの如きエンカウントを繰り返して彼の精神を消耗させていったのである。







「おぉ、旦那さま! まさか本当にお会い出来るとは……」

「ただいま。なんか苦労をかけてしまったようでごめん」


 1929年4月某日深夜。

 人気が途絶えたドーセット中央駅のホールで、ドーセット公爵家家令(ハウス・スチュワード)のセバスチャン・ウッズフォードは主人との再会を果たしていた。


「ところで、そちらの女性はどなたですかな?」


 セバスチャンは、テッドに寄り添うように立つ女性に気付く。

 マルヴィナとは対照的に、小柄で和服を着こなした大和撫子である。


「あー、彼女は……」

「あ、あのっ、伊藤チヨと申します!」


 テッドが紹介する前に、チヨは自分から名乗る。

 見た目からは想像もつかない流暢な英語での挨拶は、この日のために猛特訓した成果である。


「ふむ、いわゆる2号さんといったところですかな? わたしは家令を務めさせていただいているセバスチャンと申します。以後、お見知りおきを」

「あれ? 苦言くらいは言われるかと思っていたのだけど……」

「むしろ、愛人を囲う甲斐性があったことを知って安心しておりますぞ。ドーセット公爵家の家格からすれば、愛人の一人や二人いて当然です」

「ええええええ……」


 愛人の存在を明かされても、まったく動じないセバスチャン。

 お世継ぎ至上主義な彼からすれば、愛人は多いほど良いのである。


「さて、積もるお話もありますが、まずはお屋敷に移動しましょう。ここは色々な目が光っておりますゆえ」

「そうだね。僕を目当てにしている人間が多いらしいし、急ごうか」


 駅前のロータリーには、ミドルサイズのセダンと牽引式のキャンピングカーが停車していた。普段使いしているシルヴァーゴーストは目立ち過ぎるので、急遽用意されたのである。


 ボロい――もとい、年季の入ったセダンにセバスチャンが乗り込み、残る3人はキャンピングカーに押し込められた。ギシギシと不吉な音を出しつつも、車は駅を出発したのであるが……。


「うわっ!?」

「きゃあ!?」

「何かあったのかしら?」


 急停車するキャンピングカー内で吹き飛ぶテッドとおチヨ。

 そんな二人とは対照的に、筋力で強引に踏みとどまるマルヴィナ。


「申し訳ありません旦那さま。路上に人が倒れておりまして」

「行き倒れかな? なんにせよ治療しないと……!」


 セバスチャンとテッドは、路上に出て行き倒れた男を確認する。

 二人の目の前には、トレンチコート姿の男がうつ伏せで倒れていた。


「……って、このトレンチコートは見覚えがあるような。ひょっとして、アーチー?」

「あ、アーチーって呼ぶな! ぐぅっ……」


テッドの呼びかけに反射的に反応したトレンチコート姿の男――アーチボルド・ウィットフォードは、今度こそ力尽きて倒れたのであった。


「う、美味い……久しぶりにまともな飯にありつけたぜ……!」


 公爵邸ドーチェスター・ハウスで介抱されたアーチボルドであったが、特に外傷は見受けられなかった。セバスチャンの見立てでは、単に栄養失調で衰弱しただけとのことだったので食事を提供したのであるが……。


「……それで、なにがあったのさ? アーチーらしくない」

「アーチーって呼ぶな!? いや、それどころじゃない。匿ってくれ!」

「え? え?」


 頬はこけ、無精ひげは伸び放題。

 日ごろの伊達男ぶりをかなぐり捨てたアーチボルドの訴えに、テッドは困惑するしかなかったのである。


『エマージェンシー! 侵入者あり! 現在庭先から本館に向かって逃走中。最寄りのメイドは直ちに急行せよ!』


 突如、室内のスピーカーから警報が響き渡る。

 途端に慌ただしくなる館内。


「セバスチャン、何事?」

『侵入者です。一人だけなので、ほどなく捕縛されるでしょう』


 紅茶片手に、内線でセバスチャンに事の次第を確認するテッド。

 この屋敷は、過去に円卓過激派の私兵やフランス・コミューンの特殊部隊の襲撃を受けていた。たかが、一人の侵入者に今更ビビるほどの神経は持ち合わせていないのである。


「や、ヤツが来た……もう、お終いだぁ……」


 テッドとは対照的に、アーチボルドは膝を抱えて震えていた。

 これまでのウォリスとのエンカウントによって、完全にトラウマ化していたのである。







「もがもがもがもがっ!?」


 テッドたちの前に放り出される芋虫。

 言うまでも無く、ぐるぐる巻きにされたウォリス本人である。


「あ、貴方たちどういうつもりよ!?」


 猿ぐつわを外した途端に大声で喚く。

 卓越したストーキング技術を持つウォリスであったが、精鋭メイド部隊の前では多勢に無勢であった。


「それはこっちのセリフなんだけど? 人の家に不法侵入はいかんでしょ」

「人の家……そうか、貴方がドーセット公なのね!?」

「あっ……」


 目の前の男の正体を瞬時に看破するウォリス。

 しまったとばかりに、口を(つぐ)むテッドであるが既に手遅れであった。


「噂は事実だったのね。お会いできて光栄ですわ」

「それはどうも……」


 テッドは、ウォリスの玉の輿リストの堂々トップであった。

 一時期は本気で情報収集をしていたのであるが、居るか居ないか分からない貴族さまを追いかけるよりも、アーチボルドで妥協していたのである。


「ということで、わたしたち付き合いましょう!」

「……貴方は、アーチーと付き合っているのでは?」

「あんな男のことなんてどうでも良いわ。わたしは貴方と結婚したいのっ!」


 しかし、現実に存在するならば話は違ってくる。

 あっさりとアーチボルドを捨てて、ウォリスはテッドを落としにかかる。


「は? 舐めているのこのクソアマ?」

「テッドさんに手出しするのは許しませんよっ!」


 正妻と愛人の目の前で、堂々と略奪宣言をされたら黙っていられない。

 マルヴィナとおチヨは殺気剥き出しでウォリスに凄む。


「はっ、インディアンとイエローモンキーなんかよりも、ホワイトなわたしのほうが正妻に相応しいに決まってるじゃない!」


 ウォリスも負けていない。

 人種差別意識丸出しで、二人を挑発する。


「テッド、このアマぶっ殺して良いわよね?」

「お姉さま、さすがに殺人はダメです。生爪を剥いで歯を抜くくらいにしておきましょう。ふふふ……」

「おチヨさんがダークサイドに堕ちかかってる!? 戻ってきてプリーズっ!」


 本気でウォリスを害しようとする二人を必死に止めるテッド。

 一般人のおチヨはともかく、マルヴィナは素手で人を殺せるのでシャレになっていないのである。


「わたしが無策で乗り込んできたと思っているの? わたしが戻らなかったら、知り合いの記者がドーセット公が帰還していることを暴露するわよ!」


 この期に及んで、強気の態度を崩さないウォリス。

 もっとも、これは完全なブラフなのであるが。


 そんな事情を知る由の無いテッドは、ウォリスの言葉を無視することが出来なかった。あからさまなブラフでも、それを証明することが出来なければ有効なのである。


「あー、ミスウォリス?」

「ウォリスって呼んで! なんだったらハニーでも良いわよ!」


 テッドからのお声がかりに歓喜するウォリス。

 この時点で、彼女は勝利を確信していた。


「申し訳ないけど、僕はお忍びで帰国しているので暴露されるわけにはいかないんだ」

「だったら結婚して!」

「それは出来ない」

「じゃあ……」

「暴露すると? 仮にそれをやったとしてもお互いに得にならないんじゃないかな?」

「……」


 テッドの冷静な指摘に沈黙するウォリス。

 仮にテッドの帰還を暴露したとしても、一時的に混乱を引き起こす程度ですぐにもみ消されることに気付いたのであろう。


「……でもまぁ、せっかくお越しいただいたことだし、その心意気に敬意を表してチャンスを与えようと思う」

「チャンスですって?」

「上流との出会いが欲しいのでしょう? こちらで用意しますってこと」


 かくして、テッドによる合コンイベントが急遽セッティングされることになった。チョモランマよりも高いウォリスの希望に応えるべく、テッドがこれまで培ったコネをフル活用して参加者を募ったのである。







「何度かお見合いはしたことあるけど、こういうイベントは初めてだなぁ……」

「毎度毎度、ドーセット公の思い付くことは突拍子無いな。だが、楽しめそうだ」

「男性が女性を選ぶのではなく、女性が男性を選べるというのは画期的よね。ジャパンの(ことわざ)でタマノコシって言うらしいわよ?」


 ウォリスの襲撃から数日後。

 ドーチェスターハウスのホールには、テッドの呼びかけで多数の男女が集まっていた。


 今回のイベントの参加者たちは、ウォリスを除けば円卓メンバーであった。

 一時帰国していることが知られると困るので、特に口の堅い連中を厳選した結果である。


 ホール内にはビュッフェ形式で食事が用意されて立食パーティの様相を呈していた。グラスワインや水割り、ソフトドリンクも用意されており、参加者たちは全員グラスを持って歓談していたのである。


「えー、皆さん急な呼びかけにも関わらず参加していただいてありがとうございます……」


 イベント開始時間となり、主催者であるテッドの挨拶が始まる。

 参加者たちは、歓談を中断して真剣な表情で彼の言葉に聞き入る。


「さて、招待状に記載させていただいたので、今回のイベントの趣旨は皆さま理解されておられる思います。まずは自己紹介から始めましょう」


 テッドに促されて、参加者たちは紳士淑女に分かれて長テーブルに着席する。

 ここからは10分間の自己紹介トークタイムである。


「教授です。現在は大学で教鞭をとっています」

「養蜂業をやってる。昔はロンドンで探偵をやっていた」

「ちょっと特殊な公務員やってます! 結婚後も仕事させてくれる旦那さま希望です!」

「金持ちで、いい男を見つけて結婚するのが夢ですわ!」


 マンツーマンで10分間のトークが始まる。

 10分経つとベルが鳴り、男性が横にずれて次の女性とまた10分間のトークタイムである。


「……全員とお話出来ましたか? それではフリータイムになります。各自、気に入ったお相手とご歓談ください」


 テッドの言葉が終わるや否や、紳士淑女たちは動き出す。

 ホール内のあちこちで即席のカップルが出来上がり、良い雰囲気になっていったのである。


「ふふっ、ちょっとハグして良いですか?」

「ちょ、ぐぇ、ぐるじい……」


 ハグで殿方を悶絶させる大柄な女性。

 彼女の周辺にはガタイの良い女性が多く見受けられたのであるが、その全員がマルヴィナの先輩後輩であった。


 マルヴィナに続けとばかりに、彼女らは玉の輿を狙って過激な行動を繰り広げていた。以前からこの問題の解決を求められていたテッドは、ウォリス共々片づけてしまうべく今回の合コンイベントを企画したのである。


「まぁ、お上手ですわ」

「いえいえ、ウォリスさんこそ。こんなに楽しく話せたのは久々ですよ」


 不器用で力尽くなマルヴィナの先輩後輩に比べれば、ウォリスはスマートであった。意中の男を鍛え上げたトーク力で魅了していたのである。


『キャメル・レアードの御曹司、ウォリス嬢と破局』

『大恋愛のすえの破局 なにがあったのか』

『嫁姑問題か? 事実上の家庭内別居だったという話も』


 合コンイベントからおよそ2か月後。

 新聞はウォリスが破局した話題で賑わっていた。


(あらら、破局しちゃったのか……)


 密かに一時帰国していたテッドは、新聞でウォリスの破局を知ることになった。

 当時は大恋愛として世間から注目された二人の破局は、大々的に新聞で報じられていたのである。


(まぁ、僕には関係無いよね。さすがにそこまで責任もてないし)


 書類作業に戻ろうとしたテッドを、ドアのノック音が中断させる。

 慌てた様子で入室してきたのはセバスチャンであった。


「旦那さま。ウォリス嬢が門前で騒いでおります。現在はメイドが抑えてはいますが……」

「はぁ!? なんでさ!?」


 テッドの失策は、ウォリスに口封じをしていなかったことである。

 誓約書を作って二度と関わらないようにするべきだったのであるが、合コンイベントの準備にかまけて失念していたのである。


 テッドに出来たのは、ウォリスを招き入れて再度の合コンイベントを確約することだけであった。理想だけはやたらと高い彼女は、その後も合コンイベントの度に大恋愛と破局を繰り返しすことになるのである。


『なんで僕が一時帰国したのを狙いすませたように騒ぐんだあのクソアマは!?』


 破局する度に押しかけて騒ぐので、テッドも遂にブチ切れた。

 イベント専用の会社を起ち上げて合コンを常設イベント化したのである。


 合コンイベントはニュードーチェスターの高級娼館『ラスプーチン』で開催された。高級ホテル並みの設備を備えているため、合コン後に何かと都合が良かったのである。


 合コンが年を経るごとに大規模化し、街コンになるにつれて娼館も増えていった。周辺は娼館街として発展し、夜の帝王として怪僧ラスプーチンの権力基盤も固まっていったのである。

この世界のウォリスが結婚出来たかは皆さまのご想像にお任せします。

トークが上手いから売れ残りはしないでしょうが、その後に破局して出戻りを繰り返すのは確実でしょうねw


>ミッドナイトブルー

太陽光ではほんのりブルーですが、夜間照明では黒よりも黒く見えるという特殊な色です。パーティ会場で史実のウィンザー公(当時は王太子)が自身の服が黒く見えないことに不満を持ち、サヴィルロウに特注したといういわくつきだったりします。


>デビュタントドレス

純白のドレスと長手袋が特徴的です。

ぱっと見にはウェディングドレスにも見えます。


>ウォリス・シンプソン

女を磨く努力は人一倍だけど、人種差別主義者。

史実では『愛嬌のあるブス』と評されているので、男の前でだけ猫被りしていたのは確実でしょう。


>ローズマリー・レブソン=ガワー

史実のウィンザー公が最初に付き合った女性。

高貴な生まれで気高く善良、さらに慈悲深いうえに美人という完璧超人です。


>アーチボルド・ウィットフォード

最近はすっかり出番が無かったオリジナルキャラ。

急にスポットライトが当たって不幸になるというお約束の展開に涙が止まりません(オイ


>警視長

イギリスの警察の階級ですが、日本の警察にもあるので紛らわしいです。

イギリスだとスコットランドヤード限定の階級も含めれば真ん中くらいですが、日本だと警視総監の二つ下という結構な階級だったりします。


>史実某極道ゲームのバトルジャンキー

どこでも真島ならぬ、どこでもウォリスですね。

アーチボルドじゃなくても普通にトラウマものです(滝汗


>伊藤チヨ

モブからオリキャラに出世した異色キャラ。通称はおチヨさん。

普段は控えめな大和撫子ですが、マルヴィナとつるんで暴走することが多いですw


名前は悩みましたが、昔風にしています。

地味な名前と派手な行動のギャップを楽しんでいただけたらと思います。


>牽引式のキャンピングカー

イギリスでは1910年代に牽引式のキャンピングカーが販売されていたりします。その後も金持ち用の大型キャンピングカーが開発されたりと、何気にキャンピングカー先進国だったりします。


>マルヴィナの先輩後輩

第32話の『人生の墓場』を参照。

彼女らもウォリスと同様に合コンイベントの常連になりますが、最終的にはちゃんと出荷されます(酷


>キャメル・レアード

第5話の『MI6』参照。

テッド君が最初の大規模召喚をした造船所です。


>高級娼館『ラスプーチン』

『変態紳士の領内事情―怪僧ラスプーチン編―』参照。

数年前から営業していて、なかなかに繁盛していたりします。

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― 新着の感想 ―
[一言] アーチボルトと見ると、 「アーチー」 「私をアーチーと呼ぶな」 というアレを思い出します。
[一言] 権力の犬でアーチー……本の周囲を金貨が
[良い点] 人の執念、見せて貰った・・・(違) いやまさかのシンプソン夫人www これだけ歴史が変わってもエドワードに食らいついてくるとは、ある意味尊敬しますわw というかエドワードそこまでオタクに…
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