変態世界宗教事情―ローマ・カトリック編―
「内に閉じこもる時代は終わった。今こそ世界へ羽ばたく時だ!」
サン・ピエトロ大聖堂の大広間。
居並ぶ枢機卿たちに対して、教皇レオ13世は熱弁を振るう。
「「「猊下のご意見に賛同致します。早速、修道会を各国へ派遣致しましょう」」」
枢機卿団も総意として教皇の意見に賛成であった。
この世界でも史実と同様に、19世紀末からカトリックの世界進出が加速化したのである。しかし……。
「こんな地の果てだから、衣食住さえなんとかすれば布教はどうにでもなる!」
「学も教養も無い原住民を教化することなどたやすい!」
「「……はずだったのに、どうしてこうなった!?」」
南米ギアナ高地の原住民の集落。
命がけでたどり着いた宣教師たちが見たものは、小さいながらもしっかりとした造りのイングランド国教会の教会であった。
プロテスタントに分類されることがある英国国教会であるが、カトリック教会の教義自体は否定せずに分裂したため、典礼的にはカトリック教会との共通点が多いのが他のプロテスタント諸派と異なる点である。
19世紀末は、大英帝国の勢力圏が全盛期を迎える時期でもあった。
英国国教会は世界中の植民地や自治領に司祭を派遣しており、教会や学校を建設していたのである。
後からシャシャリ出てきたカトリックに対して、英国国教会側は当然ながら良い顔はしなかった。それでも上層部としては表立った対立は避けるつもりであった。
「真の信仰を忘れた異教徒め!」
「かび臭い聖書を読むしか能の無い爺が何をぬかすか!?」
「やかましい! とにかく教会を明け渡せ!」
「ふざけんな! こっちが先に布教を始めたんだぞ!?」
しかし、現地でカトリックとの対立が激しくなると話は別であった。
現地の教会を経由して本国まで届いた信者の訴えは、英国国教会を動かすことになったのである。
『大英帝国において信教の自由は保証されている。いかなる宗教も弾圧されるべきではない。ただし、強引な布教と改宗を迫るカトリックは例外である』
カンタベリー大司教エドワード・ホワイト・ベンソンが発表した談話は、電信によって世界中に伝えられた。当然ながら、名指しされたバチカンも黙っていなかった。
『むしろ我々の布教が妨害されており、迷惑千万である』
レオ13世はカトリックの正当性を訴える映画を作り、世界中に配信した。
歴史上初となる映画の被写体となったローマ教皇として歴史に名を遺したのである。
『そもそも、英国国教会のすべての叙階は絶対に無効であり、完全に無効である。正義はこちら側にある』
さらに、英国国教会の聖職者按手の使徒継承も否定した。
カトリックと英国国教会の対立は決定的となったのである。
『大英帝国の軍隊派遣は宗教弾圧である』
レオ13世は、大英帝国が領内の治安回復のために軍隊を派遣したことについても非難した。カトリックの信徒が一方的に弾圧されていると信じていたからである。実際は、過激な布教により英国国教会側が迷惑していたのであるが。
大英帝国を苦々しく思っていた列強にとって、レオ13世の言葉は大義名分にうってつけであった。自国植民地のカトリック信徒を保護する名目で圧力をかけたのである。
「う、海が3分で戦艦が7分……!?」
「艦隊の先が水平線の先に消えてる!?」
これに対して、大英帝国の対応はじつにシンプルなものであった。
大規模な観艦式を挙行して周辺国家を威圧したのである。
この世界のロイヤルネイビーは、史実の二国標準主義どころでは無かった。
一国で全ての列強を敵に回しても勝てるだけの海軍力を誇っていたのである。
この時代、武力を背景にしない言葉はちり紙以下と言える。
その後もバチカンは必死になって訴えたのであるが、列強の動きは尻つぼみとなってしまったのである。
同時に、大英帝国領内のカトリックの布教も下火になっていった。
ローマ・カトリックは、新たな布教先を開拓せざるを得なくなったのである。
『英海軍 サンクトペテルブルクに艦砲射撃 赤軍壊滅す』
『赤衛軍司令官死亡 毒殺か』
『ヘルシンキ陥落 フィンランド内戦終結へ』
1918年4月。
ニュースはフィンランド内戦でもちきりであった。2か月に渡って続いたフィンランド内戦が終結したのである。
フィンランド内戦で赤衛軍と赤軍が壊滅したことでウラジミール・レーニン率いる共産党主流派の凋落は決定的なものとなった。レーニンは失脚し、ヨシフ・スターリンが新たなソ連の指導者になったのである。
書記長に就任したスターリンが最初に行ったことは、国内の引き締めであった。
疑わしき者は罰するとばかりに、あらゆる分野で大粛清が断行されたのである。
「……」
教皇ベネディクト15世の表情は険しかった。
ソ連で繰り広げられている苛烈な宗教弾圧を憂いていたのである。
「多数の聖堂や修道院が閉鎖され、財産が没収されています」
「いくつかの修道院は、強制収容所に転用されているようです」
「聖職者や信者が外国のスパイなどの嫌疑で逮捕され、また多数の者が処刑されています」
バチカンは、いち早くソ連の現状を把握していた。
史実では世界で最も有能な諜報機関と評されたバチカンは、この世界でも健在であった。
「……スターリンを止めることは出来ないのか? 必要ならば、わたしが直接モスクワに出向いてもよい」
史実のベネディクト15世は教皇としてバチカンの不偏中立を宣言し、平和実現のための仲介者たらんとした。この世界でも同様であり、紛争の調停には積極的であった。
「これまでの外交努力によって、最近は列強も猊下のお言葉に耳を貸すようにはなりましたが、あのスターリンを翻意させるのは難しいでしょう」
「残念ですが、コミュスト共は無神論に凝り固まっております。猊下のお言葉に耳を貸さないでしょう」
国家に対して絶大な影響力を行使出来た中世の教皇ならばともかく、19世紀以降の教会と国家の断絶した近代の教皇では影響力の行使にも限界があった。枢機卿たちの意見が否定的になるのも止む無しであろう。
「彼らを救うことは出来ないか? 過去に袂を分かったとはいえ、信じるものは同じなのだ」
ロシア正教を含む東方正教会がローマ・カトリック教会から分裂して800年以上経つが、信仰の根源は同一のものである。教皇からすれば、正教信徒も庇護の対象であった。
「モスクワや他の都市部では秘密警察の監視が厳しくて不可能です」
「自力で逃げ延びてもらうしか無いか……」
沈痛な表情となるベネディクト15世。
しかし、彼にはやるべきことがあった。
「我らの信徒だけでもコミュスト共から護らなければならない。そのためには、二重帝国とドイツ帝国に動いてもらう必要がある」
無神論者のコミュスト共から信徒を護るには、ドイツ帝国と二重帝国を盾にするのが最善である。そのためには、両国に対する影響力を強化する必要があった。
「二重帝国は信徒が多い国ですし、中枢にも話が分かる人間が大勢いるので問題無いでしょう」
「猊下から、カール1世陛下に親書を送れば確実かと思われます」
「そういうことならば一筆書こう。彼はわたしのお気に入りだ。こちらの意図を理解してくれるだろう」
二重帝国皇帝のカール1世は、敬虔なカトリック信徒であった。
ベネディクト15世の親書を受け取ったカール1世は、議会に働きかけて軍拡を進めていくことになるのである。
「ドイツ帝国はプロテスタントが多いので、工作には時間をいただきたいです」
「ビスマルクが余計なことをしなければ、こんな苦労をする必要は無かったというのに……」
ドイツ帝国は南部はカトリックが多いが、北部はプロテスタントが多かった。
これに加えて、カトリックの政治的影響力がドイツ帝国の統一を妨げると判断した当時の宰相ビスマルクが文化闘争を引き起こしてカトリックの勢力を削っていたのである。
「……東洋の諺に急がば回れという言葉もある。地道に影響力を拡大していくしかあるまい」
バチカンは、ドイツ帝国に対する工作を強化していった。
しかし、その努力が実を結ぶには今しばらくの時間が必要であった。
『未曽有の災厄が新大陸を襲っているが、かの地を単純に隔離するべきではない。可能な限り手を差し伸べるべきだ』
1918年8月。
教皇ベネディクト15世は、全世界に向けてアメリカに対する支援を訴えた。
同年5月にデトロイト周辺で発生した新型インフルエンザは、爆発的な勢いで拡散した。アメリカ風邪と命名されて、この世界初のエピデミックとなったのである。
事態を危険視した英国は、アメリカへの渡航禁止とアメリカからの船舶全ての臨検、カナダ自治領の国境閉鎖を発表した。ベネディクト15世の声明は、これを非難するものであった。
「現時点でアメリカにおける死者は10万人に達しています」
「都市部は医療崩壊寸前です。犠牲者の数は級数的に増加していくでしょう」
「僻地では埋葬が間に合わずに死体が火葬されているそうです」
バチカンの情報網に入ってくるアメリカの現況は悲惨なものであった。
史実21世紀の新型コロナをも上回る惨状を呈していたのである。
「……こちらから船を出してアメリカの信徒たちを支援することは出来ないのかね?」
ベネディクト15世は、一縷の望みをかけて枢機卿団に意見を求めた。
しかし、返ってきた答えは無情なものであった。
「イギリス海軍は大西洋を完全に封鎖しています。こちらから船を出しても捕縛されてしまうでしょう」
英国海軍は高速戦艦を多数投入し、MACシップから哨戒機を出撃させて大西洋をくまなく捜索していた。足の遅い民間船で哨戒網をすり抜けることは極めて困難であった。
「アメリカ国内の治安は極度に悪化しています。たとえたどり着けたとしても救援活動は不可能かと」
この世界の米陸軍は第1次大戦に参戦しなかったために装備が更新されておらず、士気も練度も低い田舎陸軍のままであった。エピデミック対応の初動で力を使い果たしてしまい、加速度的に悪化する治安に対応出来なくなっていたのである。
それでもバチカンは、アメリカへの支援を試みた。
しかし、その悉くが失敗に終わったのである。
『かの災厄に対して、世界は我々を見放した。我々は自らの足で立つ必要があるのだ!』
1920年4月。
ニューヨークのセント・パトリック大聖堂前では、記者会見が開かれていた。
居並ぶ面々は、カトリック、メソジスト、ロシア正教、福音派、長老派など様々である。普段であれば、彼らが一堂に会するのはあり得ないことであった。
『……ここに我らはアメリカ正教会の設立を宣言する!』
アメリカ風邪のエピデミックで世界から孤立したことに加え、昨今の隆盛著しいギャングやマフィアにアメリカの宗教界は危機感を抱いていた。対抗するために一致団結した結果、アメリカ正教が誕生したのである。
バチカンは、アメリカ正教との関係を断絶した。
アメリカにおける影響力が消滅するのは避けたかったのであるが、過去の東西教会の分裂を鑑みると破門せざるを得なかったのである。
アメリカ正教が影響力を拡大するのは、アメリカ連邦が誕生してからのことになる。国教に指定されて他の宗派や異教徒を排斥していったのである。
史実のソ連崩壊後のロシアにおいて、ロシア正教は息を吹き返した。
共産党の代わりに人心を掌握するために宗教が有効と考えられたからである。
この世界においては、英国のプロパガンダによって共産主義は悪魔の思想の如く喧伝されていた。そのような状況で世界革命を叫ぼうものなら、問答無用で英国を敵に回すことになる。
歴史が浅く、権威も存在しない新興宗教を手名付けることなど髭面の革命家からすれば赤子の手をひねるようなものであった。人心を掌握し、共産色を薄めさせるのにアメリカ正教は利用されたのである。
無神論者からすれば、信仰などちり紙以下と断言出来る。
アメリカ正教の教義は、共産主義に都合が良いように歪められていったのである。
教義がキリスト教の基本信条からかけ離れるに至り、バチカンはアメリカ正教を正式に異端認定した。英国国教会やプロテスタント、さらに正教会からも異端認定されて、アメリカ正教は南北アメリカ大陸のみに広まっていくことになるのである。
「こんな破廉恥なものを世に広めているのか!? こんなものは即刻焚書すべきだ!」
「それは表現の自由への侵害だぞ!?」
「うるさい! こ、こんなに肌を露わにしたシスターなどありえないっ!?」
顔を真っ赤にした神父が、平成会謹製の同人誌を見て怒鳴る。
この時代の人間ならば当然の反応であろう。
アメリカでの布教に頓挫したバチカンは、新たな布教先を探していた。
そこで目を付けたのが日本であった。
日本は大陸の目と鼻の先で中華民国と満州国での布教の橋頭保と成り得る――というのが、バチカンの思惑であった。そして、その優れた情報網は平成会の存在を掴んでいたのである。
布教に便宜を図ってもらうために平成会に接触したのは、東京大司教のジャン・ピエール・レイであった。
応対したのは平成会の同人作家たちだったのであるが、これは対応をおざなりにしたわけではない。キリスト教に忌避が無く、ある程度の事前知識を持った人間となると彼らしかいなかったのである。
両者の面談そのものは無難に終了した。
平成会側が信教の自由を確約したことで、レイも安堵したのである。
「ロザリオのデザインって、こんな感じですかね?」
「修道服のデザインの資料が欲しい。なんだったら、現物でも良いです!」
「黒〇のデザインについてくわしく!」
問題はその後であった。
実務レベルでの協議を進めるべく派遣されてきた神父を、同人作家たちは質問攻めにしたのである。
「え? え? なんでそんことを聞くんです?」
予想だにしなかった質問に困惑する神父。
あろうことか、彼らは自分の描いている同人誌を勧めることまでした。その結果が冒頭のやり取りだったのである。
『平成会は信教の自由を建前に教義を侵そうとしています。バチカンの権威をもって日本政府に厳重抗議するべきです』
激怒した神父はバチカンに直接抗議書を送付した。
その内容を看過出来なかったバチカン側は、日本政府に対して外交ルートで問い合わせを行ったのであるが……。
『コミケ会場で帆布されている同人誌は完全に個人の責任であり、生じた被害については政府は一切関知しない』
対する日本政府の公式回答はなしのつぶてであった。
コミケの全容は平成会ですら把握しきれていないのである。日本政府としては、回答しようがないというのが実情だったのである。
『日本のコミケはイギリスのコミケに準じています。まずはイギリスのコミケを改めるべきだと思います』
日本政府が頼りにならないと判断したバチカンは、平成会に質問状を送り付けた。しかし、面倒ごとを嫌った平成会側は直接の回答を避けた。
『現在のコミケのルールに関しては、コミケの創始者であるテッド・ハーグリーヴス氏によるものです。質問はそちらにお願いします』
ならばとばかりに、英国のコミケ実行委員会にバチカンは問い合わせた。
しかし、英国のコミケ実行委員会も回答をたらい回しにしたのである。
「……で、実際のところはどうなのですかな?」
「どうなのかと言われましてもですね……」
押しかけた神父たち相手に困惑する全権大使のテッド・ハーグリーヴス。
異端審問官と化した神父たちは、大挙して英国大使館に押しかけたのである。
史実21世紀ならばともかく、この時代は未だに宗教の権威が強い。
実際、テッドは英国でコミケを起ち上げた直後に英国国教会の過激派に襲撃されているのである。
「生きとし生ける人間の個々の想いや価値観を縛るのが今の宗教の在り方とは僕は思いません……」
怒れる神父たちの圧迫面接はその後も続いた。
どうにかお帰り願えたころには夜も更けて日付も変わろうという時間帯であり、テッドは疲労で数日寝込むハメになったのであった。
『クリスマスイブに宣戦布告無き攻撃など言語道断。これは文明社会に対する挑戦である……』
1927年12月25日。
教皇ピオ11世は、ソ連の越境攻撃を非難する演説を行った。
越境攻撃の翌日であるにも関わらず、演説の内容は具体的かつ詳細に赤軍の行動を非難するものであった。戦場となっているドイツ帝国とオーストリア・ハンガリー帝国及び南欧諸国連邦(二重帝国諸国連邦)の国境付近にはカトリックの信徒が多く居住しており、彼らが詳細な戦況をバチカンに報告していたのである。
「ドイツ帝国がソ連との和平を考えているだと!?」
枢機卿団からの報告に驚愕するピオ11世。
ヴィルヘルム2世の苛烈な性格からして、売られた喧嘩は徹底的に買うと思っていたのである。
「西方からフランス・コミューンの侵略が始まって、ドイツ帝国は挟み撃ちにされています。両面作戦は無謀と判断したのかと思われます」
「フランス共和国がフランス・コミューンに逆侵攻して現在優勢に戦闘を進めています。先にそちらを片付けようとしたのかと思われます」
枢機卿団の分析は当たっていたが、実情はやや異なる。
ピオ11世の予想通りカイザーは徹底的にやるつもりだったのであるが、腹心のパウル・フォン・ヒンデンブルク大統領の説得によって、渋々ではあるが対ソ戦を棚上げしたのである。
「現状では一時的な和平は止む無しか。しかし、そのままなし崩しにソ連の存在を認めてしまうようなことは困る」
無神論者が支配する国など断じて認められない。
ピオ11世にとって、ソ連は滅ぼすべき国家だったのである。
「ドイツ中央党に働きかけるのだ。なるべく早期に対ソ戦を再開出来るようにな」
バチカンの意向は、ドイツ中央党に即座に届けられた。
これまでの工作によって、カトリック系のドイツ中央党はドイツ帝国の政治に大きな影響を与えるまでになっていたのである。
「しかし、働きかけようにも先立つものが必要です。もう金庫は空っぽですぞ」
「信徒のお布施もありますが、これは既に使い道が決まっておりまする。流用などもってのほかです」
世界中の信徒から集まるお布施で裕福なバチカンであったが、レオ13世の代から続く政治工作で湯水のように資金を使っていた。気が付いたら余剰金を使い果たしていたのである。
(今後のことを考えるとまとまった金が必要だが寄付には頼れない。別の手段で確保する必要がある。止むを得んか)
散々に悩んだ末にピオ11世は決断した。
彼は、統領と交渉してラテラノ条約を締結することに成功したのである。
史実よりも早期に実現したラテラノ条約であるが、内容そのものは史実と同様であった。バチカンはイタリア政府を認め、同時にイタリア政府はバチカンを独立国として認める。これによって、世界最小の国家バチカン市国が誕生したのである。
バチカン市国の誕生は、バチカンがこれまで求めていた広大な教皇領の返還を放棄することであった。その代償としてイタリア政府より当時の金額で7億リラが支払われ、これを元手に事業を始めたのである。
とはいえ、バチカンは利益追求のために事業を起こしたわけでは無かった。
あくまでも宗教活動のための資金と、その人員への給与や生活の保障のための資金を稼ぎ出すためである。その宗教活動の一環として政治工作も含まれていたりするのであるが。
ちなみに、主な収入源は信徒たちの寄付金、美術館の入場料やミュージアムグッズの収益、聖書などの書籍販売や記念切手、記念コインの販売などであった。
資金を確保したバチカンは、より大規模に政治工作を行った。
ドイツ帝国や二重帝国諸国連邦のみならず、フランス共和国やスペインにも布教と政治工作を進めていったのである。
『魔法子彈射手上海寄港』
『英霊艦熱烈歡迎』
『港區人山人海』
1928年10月。
ドイツ帝国海軍の戦艦『マッケンゼン』が上海に寄港し、現地の新聞はこぞって書き立てた。
先のクリスマス開戦でマッケンゼンが大活躍したことは中華民国で広く知れ渡っており、上海の港は見物客で埋め尽くされた。あまりの歓迎ぶりにマッケンゼンのクルーたちが困惑してしまったほどである。
史実において、外国で日本人だと分かると露骨に(良い意味で)態度を変える外国人の如く、この世界の中華民国の民はドイツ人に一方的な好印象を持っていた。その反面で、日本人は蛇蝎の如く嫌われていたが。
中華民国は親独国であり、ドイツが喉から手が出るほど欲しいレアメタルを産出する国である。資源目当てにドイツ本国からも多くの企業が進出しており、居住しているドイツ人も多かった。
「日本での布教が成功したかどうかはともかくとして、中華民国の状況を詳細に知ることが出来たのは幸いだった。今こそ、大陸へ布教するときだろう」
どことなく疲れた様子のピオ11世。
日本から送られてきた抗議書絡みのトラブルで手を焼かされたうえに、現地での布教は全然進んでいなかったのであるが心に棚を作ってスルーしていた。諦めたとも言う。
「お喜びください猊下。中華民国の民が続々と改宗しております!」
「教会も続々と建設されています。我々が把握しているのだけでも30か所以上、実際は3桁に迫る勢いで教会が建設されております!」
「このままで神父が足りなくなります。大至急、教育して中華民国へ送ってください!」
これまでの布教の苦難が嘘のように中華民国での布教は順調であった。
中華民国の民は我先にと争うように改宗し、寺社は教会に変貌していったのである。
「こんな教義は存在しない。そもそもこれはカトリックですらないぞ!?」
「なんだこの体操は!? こんな儀式、主はお認めにならんぞっ!?」
「ブッディストの格好したままミサで説教とか違和感ありまくりなんだが!?」
しかし、急激な拡大は歪みを生むことになった。
見よう見まねな怪しげな自称教会が乱立し、教義と信仰が歪められていったのである。
「なんでカトリックを信仰するのかって? そりゃあご利益があるからさ」
「アーメンって、言うだけで金が入るんだろ。いくらでも言ってやるぜ!」
「ドイツ人にお近づきになるには、クリスチャンと言っておけば都合が良いしな」
大陸の民はキリスト教――というよりも宗教そのものをよく理解していなかった。アヘン戦争、アロー戦争、太平天国の乱、日清戦争と立て続けの戦争で国内は麻の如く乱れ、生きるだけで精いっぱいな状況で信仰を維持することは困難なことだったのである。
「壊せ壊せ! 寺などいらん。ここには教会を建てるのだ!」
「僧どもは村から追い出せ! 神父さまをお連れするのだ!」
「仏像は溶かしてしまえ。多少の金にはなるだろう」
教会が建てられるのと同時に寺は破壊され、僧侶は追放された。
史実鹿児島の廃仏毀釈と同等かそれ以上の執拗さで寺潰しが進行していったのである。
「このままでは、中国に伝わる仏典や仏像が消滅してしまう……!?」
「可能ならこちらで引き取りたいが……」
「新聞に公告を載せて篤志家から寄付を募ろう。時間が無いぞ!」
この事態を憂慮したのが、日本の仏教関係者であった。
彼らは、中国に古来より伝わる貴重な仏教遺産を救うべく活動を開始したのである。
「ドーセット公。このチャールズ・エリオット一生の頼みだ。中国の仏教を救ってくれ……!」
「……療養先から出てくる元気はあるようで安心しました。というか、それだけ元気なら全権大使に復帰してくださいよ!?」
「史実だと、わたしの余命は残り3年も無いんだぞ!? 死ぬまでにせめて好きなことをさせてくれたまえよっ!?」
「いや、あんた絶対3年以上生きるだろ!? こっそりカルテ見たけど、どこも異常無かったぞ!?」
中華民国から散逸した仏教遺産のもう一つの大きな流れは、駐日英国大使館であった。前大使だったチャールズ・エリオットは、テッドを説得して買い取るための資金を出させたのである。
結果だけを見れば、中華民国における布教は大成功だったと言える。
もはや国教と言っても過言ではないくらいに、カトリックが信仰されることになったのである。
その反面で、中華民国における仏教は壊滅した。
散逸した仏典や仏像の大半が日本で保護されたのである。
「……」
クレムリンの執務室で、黙したまま激怒するスターリン。
側近たちも無言で嵐が通り過ぎるのを待つしか無かった。シベリア行きの片道切符を手にしたがる酔狂な人間は、この場には居なかったのである。
スターリンの怒りの原因となっているのは、目の前の報告書であった。
報告書のタイトルは『最近のバチカンの動向と今後の展望』であり、その名の如くバチカンの動きを調査したものであったが……。
(カトリックが欧州における最大派閥になっただと!? ますますバチカンが調子づくでは無いか)
バチカンは、ソ連を非難する声明を繰り返してきた。
当初は生臭坊主の戯言として無視していたのであるが、教皇の声明に同調する国が増えてくると話は違ってくる。
スターリンは、バチカンの意向を汲んでロシア正教の弾圧を中止せざるを得なかった。現状のバチカンの対応に難儀しているというのに、さらに鬱陶しい存在になることが確実となれば焦りもしようというものである。
(ドイツと二重帝国に政治的に強いコネがあるうえに多額の資金援助までしているか。戦争を終わらすつもりは無いと言うことだな……)
今や欧州内で最大派閥となったカトリックは、豊富な資金力を持つに至った。
バチカンは、金にものを言わせてソ連と対面しているドイツ帝国と二重帝国諸国連邦に徹底抗戦を働きかけていたのである。
もっとも、バチカンがそんなことをしなくても両国はソ連を完全消滅させるまで戦うつもりであった。カイザーは和平の屈辱を晴らすべく殺る気満々であったし、敬虔な信徒であるカール1世は先代教皇からの親書で聖戦を遂行するべく燃え上がっていたのである。
「……赤軍の再編状況はどうなっている?」
「は……はっ!?」
唐突に沈黙を破ったスターリンの問いに混乱する側近たち。
しかし、すぐに取り繕って報告を始める。これぐらい出来ないとスターリンの側近はやってられないのである。
「前回の敗因を分析して、架橋戦車を多数用意しました。ゲルマンスキーの塹壕戦術にも対応可能となりました」
ドイツ帝国側の塹壕陣地を突破出来なかった教訓を活かし、赤軍は架橋戦車を開発していた。迅速な突破を可能にするために、中隊レベルで複数台配備するという力の入れようであった。
「我が方の戦車は機動力を優先するあまり、装甲が犠牲になっていました。機動力を確保しつつ砲力と装甲を維持した新型戦車の開発は既に完了しております」
機銃掃射やグレネードで多大な損失を出したことを反省して、赤軍は火力・装甲・機動力のバランスの取れた中戦車を開発していた。この画期的な戦車は、大量生産キチガイ――もとい、ヘンリー・フォードによって現在量産中であった。
「あちらから攻め込んでくる可能性もある以上、陣地の建設も必要です。現在、急ピッチで建設を進めております」
長大な国境線を有するソ連は、マジノ線のような要塞の建設は不可能である。
小規模な陣地を多数建設して、それらを連動させることで要塞線と同等の効果を得ることを狙っていた。
陣地には対戦車砲と戦車が複数配備されており、指揮官の判断で目標を狙うことが可能になっていた。結果的ではあるが、赤軍は史実のパックフロントを再現してしまったのである。
第1次大戦時に英国から技術供与されたパイクリートブロックによって、この世界のパックフロントは凶悪化していた。使用が冬季に限定されるとはいえ、強化コンクリートに匹敵する強度が水とパルプで得られるわけで、使わない手は無かったのである。
厚さ2、3m級のパイクリート壁となると虎の子のアハトアハトでも貫徹は不可能であった。その他にも陣地の両翼にパイクリート壁を建設して火点の真正面に誘導したり、パイクリートで対戦車障害を作成したりと、ありとあらゆる場面でパイクリートは使い倒されたのである。
「うむ、これなら問題ないだろう」
この他にも、新戦術や新兵器の報告が続々とあがる。
戦力の再建が順調なことを知ったスターリンは、ようやく渋面を解いたのであった。
『ロシアの地はロシア人のものである。無神論者のものではない』
『世界は一致団結してソ連に対抗するべきである』
バチカンは、事あるごとに対ソ戦を煽る宣言を繰り返した。
ドイツ帝国(と二重帝国諸国連邦)とソ連の再戦の機会は刻々と迫っていたのである。
この時代だと宗教の影響力は馬鹿に出来ません。
ドイツ帝国はソ連に侵攻する免罪符を手に入れましたし、筆髭はご愁傷様としか言いようが無いですねぇ……(-∧-;) ナムナム
>教皇レオ13世
世界布教に積極的で、マルクス主義を批判したり、映画の被写体になったり、英国国教会と敵対したりと、話題に事欠かない教皇です。2020年にベネディクト16世が上回るまでは最も長生きした教皇経験者でもありました。
>カトリック教会の教義自体は否定せずに分裂
英国国教会は、時の英国王ヘンリー8世が離婚厳禁なカトリックに対抗して出来た宗派なのでカトリックの教義そのものは否定していません。プロテスタントは教義の否定から始まっているので、そこが大きな違いとなります。
>『英海軍 サンクトペテルブルクに艦砲射撃 赤軍壊滅す』
第33話『フィンランド内戦』参照。
クイーンエリザベス級高速戦艦多数の艦砲射撃で赤軍は以下略。
>『赤衛軍司令官死亡 毒殺か』
第33話『フィンランド内戦』参照。
極度の飢餓によるリフィーディング症候群によって死亡したのであって、英軍レーションの不味さに悶絶して死んだわけじゃありません(強調
>世界で最も有能な諜報機関と評されたバチカン
世界中に散らばる信徒たちを用いたヒューミントが強みです。
平成会のモブにクリスチャンがいたために、平成会の存在を知ることが出来ています。
>教皇ベネディクト15世
平和外交に心血を注いだ教皇です。
当時の引きこもり状態だったバチカンの言葉を聞いてくれる国などあるはずもなく、それでも不断の努力を続けてようやく成果が出ようというときに亡くなられています。
>彼はわたしのお気に入りだ。
二重帝国の皇帝カール1世は、史実では敬虔なカトリック教徒でベネディクト15世のお気に入りでした。史実だとあっさり退場しましたが、この世界では帝国の建て直しに成功して権力を保っているので教皇の意のままに軍拡を受け入れています。
>アメリカ正教
他の正教とは異なり、由来も成立の経緯も全く異なる新興宗教です。
アメリカ風邪と裏社会の住民に対抗するべく結成されましたが、当初は教義が統一すらされておらず呉越同舟の感が強い宗教でした。そこをトロツキーに突かれて、共産主義に都合の良い教えに改変させられています。
>アメリカ連邦
ジョン・ウィリアム・デイビス大統領率いる海軍、裏社会の住民が後押しする陸軍、蜂起したトロツキー率いる革命軍の三つ巴の末に誕生した新国家。当初は北米のみでしたが、南米諸国も武力で統一しています。詳細は本編で書きますが、いつの日になることやら……(汗
>ロシア正教は息を吹き返した。
現在の大司教はプーチンと蜜月関係だったりします。
政治的発言も連発していて生臭坊主極まれりです。
>髭面の革命家
この世界では、まだピッケルされていません。
って、上で名前出してるじゃん……(;^ω^)
>異端認定
統一教会は分かるとしても、エホバの証人も異端認定されてたのはビックリです。
おいらが子供のころは自宅訪問してきて、追い払うのに苦労したなぁ……(ヽ'ω`)
>平成会謹製の同人誌
月〇とかF〇TEの同人誌を現職神父に見せたら、そりゃこういう反応にもなるでしょうよ。18禁じゃなかったから有情?そんな問題じゃ無いんだってば……(滝汗
>実際、テッドは英国でコミケを起ち上げた直後に英国国教会の過激派に襲撃されているのである。
第1話『円卓』参照。
本編の第1話でテッド君を襲撃したのは国教会の過激派だったりします。ついでに、マルヴィナさんの性癖も暴露されました(マテ
>史実鹿児島の廃仏毀釈と同等かそれ以上の執拗さ
廃仏毀釈は全国で実施されたわけですが、とりわけおいらの地元鹿児島は苛烈でした。一時的に寺が全滅するほど徹底的で、現在の鹿児島には『〇〇寺跡』という地名が多いです。
>チャールズ・エリオット
テッド君が全権大使に就任する原因を作った人。
史実とは異なり、本人は至って健康だったります。
現在は、療養先の奈良で好きなだけ仏教の研究に打ち込んでいます。
ついでに、テッド君のお財布で中国から仏教遺産の保護に積極的に取り組んでいたりします。




