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変態日本官僚事情―内閣調査部編―


「……もう終電は行っちまったかな?」

「あきらめろ。今日は泊まりこみだぞ」

「たまには定時で帰りたい……」


 深夜の永田町で、煌々と明かりが灯るビルディング。

 これこそが、後藤新平(ごとう しんぺい)の懐刀と噂される内閣調査部である。


 内閣調査部は、内閣直轄の諮問機関である。

 平成会側も政府に直言出来る窓口を欲しており、お互いの要望が合致した結果とも言える。


「とにかく、人が足りん。もっと人手が必要だ」

「生贄……じゃなかった、同志をもっと集める必要がありますね」

「集めても、丸眼鏡の悪魔に根こそぎ徴用される未来しか見えんのだが?」

「それは言わないお約束だろう……」


 平成会に首輪を――もとい、その能力に惚れ込んだ後藤が設立したという側面もあった。彼は、前総理の原敬(はら たかし)から平成会の秘密を教えられる以前から平成会に注目していたのである。


 たとえモブであろうとも、彼らは史実20世紀後半の日本の義務教育に加えて高等教育まで受けていた。この時代の一般人とは学力も教養も比較にならないわけで、そんな人材を後藤が見逃すはずもなかったのである。


「はぁ、表計算ソフトがあればなぁ……」

「それ言うなら、一〇郎、せめてワー〇が欲しい。人に見られる前提で字を書くのは精神的にきつい」

「パ〇ポも欲しいぞ。お偉方に説明するのに不便ったらありゃしない」


 しかし、いかに後藤が惚れ込んだ人材集団であろうと、現状では100%の実力を発揮しているとは言い難かった。彼らの力量を十全に発揮するには文明の利器が不可欠なのである。


「はぁ、やっぱパソコン欲しいなぁ……」

「実際のところ、コンピュータの開発はどうなってるんだ?」

「和製エニ〇ックが稼働しましたから、次はトランジスタなのですが……」


 そんなわけで、平成会はコンピュータの開発に力を入れていた。

 現在は、スイッチングデバイスに蛍光表示管(VFD)を採用したコンピュータを実用化するレベルにまで達していたのである。


 VFDは三極真空管の一種である。

 通常の真空管よりもはるかに小型軽量、寿命も桁外れに長いと利点だらけであり、VFDを採用したことによって和製エ〇アックは史実のそれよりも大幅なダウンサイジングと省電力、長寿命化を達成していた。


「……トランジスタの理屈は分かっているんですが、うまく動作してくれないんです」

「Wikiには理屈は載っていても、そこらへんの微妙なノウハウまで載ってないからなぁ」

「一番手っ取り早いのは現物を解析するか、実際に製造した経験のある転生者を引っ張ってくることなんですが……」

「そんなもん、宝くじに期待するようなもんだろ。地道に開発するしかないな」


 しかし、トランジスタの実用化に手間取っていた。

 試作レベルでさえ不良品が多すぎて、コンピュータを作れるだけのトランジスタを確保出来ないという体たらくだったのである。


「なんにせよ、パソコンは当分無理ってのは分かった」

「採算度外視すれば、メインフレームに表計算とワープロ機能、印刷機まで組み込むと言う手もありますよ?」

「大がかりにはなるが、無いよりはマシか……」


 現状のコンピュータの性能でワープロと表計算ソフトを動かすとなると大型化は避けられず、そういう意味では現実的な判断であった。実際、完成したメインフレームは学校の教室並みのサイズになってしまったのである。


「……おかしい。仕事が効率化したというのに、それ以上に仕事が舞い込んでくるのだが!?」

「定時で帰れるはずだったのに、今日も泊まり込みだぉ……」

「どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁっ!?」


 平成会技術陣の執念で完成したメインフレームは、絶大な威力を発揮した。

 パソコンほどの使い勝手では無いものの、それでもワープロと表計算で仕事が捗りまくったのである。


 しかし、これが逆効果となった。

 印字による綺麗な活字、分かりやすい数値表にグラフ。受け取った側はどう思うであろうか?


『平成会に頼めば難しい計算もすぐに終わるし、書類も非常に分かり易くて素晴らしい!』


 噂が噂を呼んで、外部から注文が舞い込んでくるまでに時間はかからなかった。

 モブたちは内閣調査部関連以外は管轄外として断り続けたのであるが、周囲の圧力に逆らえなかった。結局、もう一台メインフレームを建造して雑多な依頼を受けることになってしまうのである。


「そんなにお気に召しているんなら、自分たちでも導入すれば良いじゃん!?」

「そう思って営業をかけているんですが、興味は示しても実際の値段を知ると皆尻込みしてしまうんですよね……」

「量産すれば値段は下がるんじゃないのか?」

「需要が無いのに生産だけしてどうしろと?」


 この時代の人間は平成会の作ったコンピュータに興味は示したものの、実際に使おうという考えには至らなかった。使える人間がいるのだから、そちらに任せれば良いだろうという考えが主流だったのである。


 彼らが欲しているのは計算結果のみであって、コンピュータそのものでは無い。

 この傾向は、コンピュータが小型で安価な存在になるまで続くことになる。







「うぅ、眠い……結局徹夜だったな」

「こういうときに栄養ドリンクがあればなぁ……」

「そういえば、この時代にはまだ無いんだっけか」

「お、ちょうどここに陸軍からもらったやつがあるぞ。疲労がポンっと抜けるくらいには効くらしい」

「「「おい馬鹿止めろ!?」」」


 今日も今日とて、内閣調査部はブラック職場であった。

 現状を受け入れているあたり、生前の社畜根性は健在のようである。


「とはいえ、眠気覚ましのコーヒーも限界だ。やっぱり栄養ドリンクが欲しい」

「傘下の製薬会社に作らせてみますか? お金になりそうだし」

「売れるかぁ? 平成会(うちら)くらいだろ。こんなの欲しがるのは」


 栄養ドリンク自体は、カフェインやタウリンが主成分なので製造は簡単であった。早速売り出したのであるが、さっぱり売れなかった。しかし、ここでモブの秘策が発動したのである。


『黄色と黒は――』


 ラジオから流れる勇壮なメロディと歌詞。

 販促に史実の黄色と黒帯な栄養ドリンクのテーマ曲を流した効果は絶大であった。


 史実ではメロディラインが軍歌っぽいと批判もされたが、この時代ならば問題ない。あっという間に大人気となり、レコードが発売されて爆発的ヒットとなったのである。


 ちなみに、〇ロナ〇ンCもテーマ曲とセットで販売したのであるが、こちらは読売巨人軍の応援歌となった。売れ行きもさることながら、曲の使用料で莫大な収入となったのである。


「おい、まだか? 問屋が100箱で良いから寄越せって煩いんだが……」

「こちとら24時間ラインフル稼働してるんだぞ!? これ以上早く出来ねぇよっ!」

「こっちが栄養ドリンク欲しいわ!? なんでこうなったぁぁぁぁぁっ!?」


 当時の勤労礼賛の風潮と、テーマ曲のおかげで栄養ドリンクは売れに売れまくった。平成会傘下の製薬会社は休日返上で24時間体制で製造したが、それでも製造が追いつかないほどだったのである。


 あまりの売れ行きに同業他社も続々と参入した。

 ここに空前の栄養ドリンクブームが発生したのである。


『働き盛りで倒れる事例続発。栄養ドリンク過剰摂取による弊害か』

『〇〇社、詐欺罪で告発か 謳われた効果に根拠無し』


 急激な市場拡大はトラブルを生み出した。

 製造メーカーやユーザー側の無理解と関連法が整備されていなかったが故なのであるが、これを受けて史実よりも早い段階で薬事法が制定されることになるのである。


『よっしゃあ! 今日も契約取ったるでぇ!』

『残業なにするものぞ! 欲しがりません。勝つまではっ!』

『我らジャパニーズビジネスマンっ!』


 栄養ドリンクブームは、史実のモーレツ社員や企業戦士を生み出すことにもなった。正確な統計は存在していないが、栄養ドリンクによって日本のGDPは上昇したと言われたほどである。


「仕事を乗り切るために栄養ドリンクを作ったのに、さらに仕事増やしちゃ意味ないだろ」

「そんなこと言われても、こんなの想定外ですよ……」


 スーツ姿で栄養ドリンクをきめる姿がカッコ良い男と社会的に認知された結果、そこかしこで栄養ドリンクを飲むビジネスマンが増えたのであるが、これが社会問題となった。


 従来の回収システムは、酒瓶のような大きなものであれば酒屋へ持っていけば返戻金がもらえる仕組みになっていた。しかし、栄養ドリンクの瓶は小さいために返戻金も雀の涙なのである。


 結果として、ポイ捨てが多発することになった。

 子供たちが小遣い稼ぎで回収しているのであるが、そんなことではとても追いつかない状況だったのである。


「うちらでガラス瓶のリサイクル事業をやるしかないな。はぁ……」

「まぁ、ガラスは再利用しやすいですし。それなりに利益は出せるでしょう」

「問題は、事業の立ち上げに人手がいることなんだけどな……」


 ガラス瓶のリサイクルを発端に、平成会はあらゆる種類のリサイクル事業を手掛けることになる。競合他社がいないために利益は出し放題であったが、人手不足を解消するどころかますます悪化していくのであった。







「もう嫌だっ!? 暖かい飯を食わせろーっ!」

「そんなこと言ってもしょうがないだろ。こんな時間に飯屋は開いてないし、電子レンジも無いんだし……」


 今日も今日とて、帰れないことが確定して叫ぶモブ。

 本日も内閣調査部は平常運転であった。


 毎日毎日、冷めた弁当ばかりだと嫌になるものである。

 弁当自体は高級な仕出し弁当なのであるが、冷たい弁当を食べ続けるのは拷問以外の何物でも無い。


「だったら24時間営業の食堂を作ろう。そうしよう!」

「しかしだな……いや、それもありかな?」


 平成の世であれば、24時間営業は当たり前であった。

 深夜に気分転換にファミレスでコーヒーを飲む、なんてことが日常茶飯事であったモブたちからすれば、この世界は不自由極まりないのである。


「どうせやるなら、ア〇ナミ〇ーズっぽいのにしようぜ!」

「それに関しては全面的に賛成なんだが、この時代の女性にあの服装を強要するつもりか?」

「募集しても来なかったら、うちの腐女子どもに声をかけるしかないな」


 〇ンナ〇ラーズの制服といえば、ドイツの民族衣装ディアンドルをモチーフにしたウェイトレスの制服である。この時代の女性が着てくれるかモブたちは不安だったのであるが……。


「応募が殺到しまくってる。まさか、ここまでとは……」

「良くも悪くも、この世界の日本は意識改革が進んだってことでしょうかねぇ?」

「その分、煩いフェミニストも湧いているけどな」


 この世界の日本においては、『第1次大戦後(戦後)、強くなったのは女性と手袋(グローブ)である』というフレーズが流行するくらいには、社会における女性の地位は向上していた。史実アメリカのフラッパーの如く、大和撫子もアクティブになっていたのである。


「静かに深夜コーヒーが楽しめると思ったのに……」


 げんなりした表情でコーヒーを啜るモブ。

 深夜だと言うのに、永田町にオープンしたファミレスは喧騒に包まれていた。


「このまま英国一辺倒では将来の外交が危ぶまれるぞ!?」

「だからといって、米国は論外だ。あんなゴロツキ国家と手が組めるか!」

「誰もそこまでは言ってないだろう!? 最低限の窓口を設けることくらいはやるべきだと言っておるのだ!」


 モブの近くのテーブルでは、紳士たちが激論を交わしていた。

 周囲からは完全に浮いていたが、そんなことは欠片も気にせずに口から泡を飛ばしまくる。


 この世界の日本では、既に議員宿舎が存在していた。

 近い方が良かろうということで、国会議事堂にほど近い場所に作られていたのである。


 ファミレスは議員宿舎から徒歩圏内であり、しかも24時間営業なので時間を気にする必要がない。深夜ならば人もいないので、議論するにはうってつけな場所だったのである。


『コーヒーお代わり自由! お気軽にご注文ください』


 それに輪をかけていたのが、このキャッチフレーズである。

 史実のファミレスならば当然のことであったが、当時としては画期的なことであった。


「ファミレスで討論会をやるとかあり得ないだろう……」


 大きなため息をつくモブであったが、そんな声も議員たちの声にかき消される。

 これでは気分転換どころではない。


 金も権力も無い若手議員たちからすれば、ファミレスはコーヒー飲み放題で議論に没頭出来る夢のような場所であった。店側としては迷惑極まりないのであるが、深夜なので実害は少ないうえに相手は議員さまなのでクレームも入れづらいのである。


(ああああああっ!? いったいどうしてこうなったぁぁぁぁぁぁっ!)


 深夜の息抜きのためにファミレスを作ったのに、これでは本末転倒である。

 深夜帯に客が増えて社会問題化するまで、新米議員たちによる深夜のファミレス討論会は続くことになるのである。







「ネカフェが欲しい!」

「なんだよ、藪からスティックに?」

「まったく、ちょっと帰れない日が続いたくらいで錯乱し過ぎだろ」


 転属されたばかりの新人モブから迸る魂の叫び。

 今日も今日とて、内閣調査部は平常運転であった。


「そもそも、この時代にゃネットなんかねーよ」

「言い間違えた、漫喫が欲しい!」

「漫画喫茶か。懐かしい響きだな……」


 史実21世紀ではネットカフェ(ネカフェ)漫画喫茶(漫喫)は同一視されているが、厳密には別物である。そもそも、ネットカフェは海外の発祥であり、漫喫は純然たるメイドインジャパンなのである。


「漫喫かぁ。ありかもしれないな」

「ファミレスじゃ、議員の先生方のせいで息抜き出来ないしな」

「しかし、この時代だと平成のように漫画がありふれてるわけじゃないからな。難しいのではないか?」


 平成会の尽力によって、この世界の日本でも漫画文化が社会的に認知され始めていた。しかし、あらゆるジャンルが網羅されていた史実の漫画大国日本には遠く及ばない状況だったのである。


「漫画が無いなら、同人誌を置けば良いじゃない!」

「どこの王妃さまだよ? でもまぁ、それしか手は無いか」

「この際、広く呼び掛けて同人誌を寄付させません? 上手くすれば同人誌がタダで手に入るし、作者は宣伝にもなりますし」


 漫画はともかく、この世界の日本は同人誌は充実していた。

 同人誌をメインに据えるのは、自然な流れであった。


「……そうなると、同人誌を売買する手段を確保する必要もあるぞ?」

「史実のと〇のあ〇ですね。分かります」


 宣伝が売り上げにつながらないと宣伝の意味が無い。

 同人誌は正規の販売ルートには乗せられないので、別途販売ルートを確保する必要があったのである。


「とすると、あとは店舗の確保だが……」

「ファミレス作るのに金を使い過ぎましたね。経費で落とすのは無理そうですし、どうしましょう?」

「さすがに、寄付を募るわけにもいかないし。どうしたものかねぇ」


 ファミレスは内閣調査部の福利厚生の一環として処理されたのであるが、予算を使いすぎ&不正処理で会計検査院に睨まれていた。作りたくても先立つ物が無かったのである。


「話は聞かせてもらった!」


 唐突に開け放たれる扉。

 お約束の展開で、お約束の登場をしてきたのは金髪碧眼の紳士であった。


「ドーセット公、何故ここに?」

「まぁまぁ、細かいことは良いじゃないか。漫喫を作るんでしょ? 金なら出すよ」

「何が望みなんです?」

「それはもちろん、日本の漫喫文化を保護するためだよ」

「で、本音は?」

「僕の同人誌も置かせてほしいなぁと」


 揉み手をしてすり寄るテッド・ハーグリーヴス。

 日本人としては正しい行動なのだろうが、金髪碧眼な外人がやるとおそろしく似合っていなかった。


 乱入してきたテッドのおかげで資金面は解決。

 かくして、永田町に漫喫がオープンすることになったのである。


「あ、ドーセット公。いらっしゃい――」


 『ませ』と言う前に、必死の形相のテッドが漫喫のモブ店員に頼み込む。


「追われてるから隠れさせて!」

「ええええええ!?」

「追手が来ても、僕が隠れてるなんて言わないでね。それじゃっ!」


 言うが早いか、テッドは店の奥へ隠れてしまう。

 モブに出来たのは、呆然と見送ることのみであった。


「ここに男が逃げ込んで来なかった? 隠すとためにならないわよ?」

「お、お姉さま。店員さんが怖がってますよ?」


 直後にやってきたのは、女性二人組であった。

 片や2メートル近い大柄な黒人女性、片や小柄な典型的な大和撫子という凸凹コンビである。


(怖ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)


 モブは震えあがった。

 黒人女性――マルヴィナの本気の殺気を受けてしまったのだから、致し方なしであろう。


「さぁ、行くわよテッド」

「テッドさん。おいたはだめですよ?」

「ヤメロー! ヤメロー!」


 モブが気付いたときには、テッドは美女二人に捕縛されていた。

 彼がどうなったのかモブは知らないし、知ろうとも思わなかった。


 漫画喫茶ならぬ同人喫茶は、家に帰れない内閣調査部のモブたちの憩いの場となった。時折、テッドが逃げ込んできて騒然となることもあったが、慣れてしまったモブたちは風物詩として楽しんだのである。







「あ、シャーペンの芯が切れた」

「在庫切らしてるぞ。買ってこないと……」

「こんな時間に開いてるわけないだろ!? どーすんだよ? 仕事が進まないぞ!?」


 丑の刻だというのに、今日も職場は喧しい。

 内閣調査部のいつも通りの光景である。


 ちなみに、日本製のシャーペンは大正時代に生まれた。

 シャープの前身である早川金属工業より、早川式繰出鉛筆の名前で発売されたのである。


 平成会が早川金属工業に資金とアイデアを提供したことにより、この世界ではノック式シャーペンが既にメジャーな存在となっていた。日本のみならず、海外にも大々的に輸出されて貴重な外貨稼ぎの手段となっていたのである。


「こういうときにコンビニがあればなぁ……」

「最近、無いものねだりが加速してないか? とはいえ、コンビニは欲しいな」


 史実21世紀の日本において、コンビニはインフラと言っても過言では無い。

 日本人にとっては生活の一部であり、コンビニの無い生活は考えられないものであった。


「コンビニ作っても、利用するのは俺らくらいだろ。採算が取れないと思うぞ」

「あの人にたかれば問題無いっしょ」

「それやると余計な二人がやってきませんかねぇ?」

「うちらには無害だから問題無い」


 かくして、テッド・ハーグリーヴスの出資により永田町にコンビニがオープンすることになった。元より採算は度外視されており、短期間での閉店も止む無しと思われていたのであるが……。


「……午前零時なんだぞ? なんでこんなに人がいるんだよ?」


 小腹がすいて、食べ物を買いに来たモブが見たものは賑わうコンビニの姿であった。レジには行列が出来ており、文具が飛ぶように売れていたのである。


 コンビニを利用していたのは若手議員たちであった。

 秘書を雇う余裕が無い彼らは、業務に必要な消耗品を激務の合間に自前で調達していたのである。


「ど、ドーセット公!? は、初めまして、わたくし〇〇と申します。以後、お見知りおきを……」

「抜け駆けするな! あ、すみません、わたくしは……」


 若手議員たちが深夜のコンビニにたむろするのは、テッドとお近づきになりたいという思惑もあった。彼が深夜のコンビニに出没することは、永田町の人間には既に周知の事実となっていたのである。


「あ、ゴメン。今、ちょっと急いでるんだ。すみません、トイレ借りるよ!」


 もっとも、当人はそれどころでは無かったのであるが。

 店員に声をかけたテッドは、一目散にトイレへ駆け込んだのである。


『なっ、何故バレた!?』

『テッドの考えることなんてお見通しよ』

『テッドさん、逃がしませんよ?』


 しばらくして、コンビニの外から聞こえてくる焦ったようなテッドの声。

 どうやら、トイレの窓から脱出したようである。


『公務もひと段落したし、1週間は船で過ごせるわね』

『うふふ、とても楽しみです』

『ヤメロー! ヤメロー!』


 奮闘及ばず、テッドは正妻と愛人に縛り上げられる。

 そのまま車で拉致られていくのを、その場に居た人間は見守ることしか出来なかったのである。







「うぅぅぅぅぅ……」


 泣きながら手は動かしている社畜モブ。

 修羅の職場である内閣調査部でも、なかなかに珍しい光景である。


「なんだよ? なにがあった?」

「こんな職場でも忌引きは認められてますよ? 早く行ってあげてください」


 同僚モブたちも心配する。

 ブラックな職場だからこそ、モブたちは運命共同体である。


 互いに頼り、互いに庇い合い、互いに助け合う。

 一人が全員の為に、全員が一人の為に。だからこそド修羅場進行でも生きられる。社畜は兄弟、社畜は家族なのである。


「付き合ってる彼女に臭いって言われた。ううううっ……」


 そう言って号泣するモブ。

 途端に同僚たちの態度が一変する。


「「「なんだリア充か。心配して損した」」」


 一瞬でも同情してしまったのが馬鹿らしいとばかりに、仕事に戻る。

 今日も今日とて、仕事は山積みなのである。


「ちょ、待ってくれ!? これは俺だけの問題じゃないんだぞ!?」


 しかし、彼女に嫌われたモブは必死であった。

 泣いてすがって、歯茎をむき出して訴える。


「……どういうことだ?」

「平成の世ならともかく、この世界だと独身貴族を貫くのは難しいだろう」

「それが、お前が臭いのとどう関係するんだよ?」


 なんのかんの言っても、内閣調査部は親方日の丸である。

 史実のキャリア公務員扱いであり、かなりの高給取りなのである。使う暇が無いのが玉に瑕であるが。


「分からんのか? 恋愛結婚出来なかったら、いずれ上司や身内からお見合いを勧められるかもしれんのだぞ!」

「うっ、それはちょっと……」

「お見合いは良いとしても、政略結婚は勘弁したいな」


 モブの懸念は決して的外れなものではない。

 史実戦前における結婚では、全体の7割を見合い結婚が占めていたのである。


 お見合いと言えば仲人の存在が大きいのであるが、成功させれば結納金の1、2割が謝礼金となる。独身で高収入が多い平成会のモブ連中は、仲人からすれば絶好のターゲットであった。


「要するに、ナンパを成功させるためには常に身ぎれいにしておく必要があるということだな!」

「せめて、俺らに取り入ろうとする連中に隙を見せないためと言ってくれよ……」


 内閣調査部が実績をあげるのに比例して、平成会を取り込まんとする人間も増えていった。手っ取り早いのは身内にしてしまうことなので、モブたちが知らぬ間にも縁談が進められていたのである。


「しかし、ロクに家に帰れない状況で身ぎれいにしろと言われても……」

「ここらへんには床屋が無いから散髪出来ないし……」

「コインランドリーも無いから満足に洗濯も出来ないんだよなぁ……」


 ネカフェとコインランドリーがある平成時代ならば清潔な生活も出来ようが、そんなものはこの時代に存在しない。では、どうするか?


「ふっふっふ、任せろ。俺に良い考えがあるっ!」

「おい馬鹿止めろ。フラグ立てるな」

「嫌な予感しかしない……」


 この時のモブのアイデアが採用されて、霞が関の片隅に大規模銭湯が作られることになる。福利厚生を充実させるという名目で、霞が関の官僚たちから支持を取り付けたモブはじつに有能であった。


 『霞湯』と名付けられた大規模銭湯は、当時最新の設備を備えていた。

 通常の内風呂だけでなく、露天風呂、各種アイテムバス、サウナなども充実していたのである。


 特にサウナは、サウナ発祥地であるフィンランドから専門家を呼び寄せて作り上げており、その効果は折り紙付きであった。これらに加えて、コインランドリーや食堂、さらには理髪店まで備えており、史実のスーパー銭湯の先駆け的存在になったのである。







(うわぁ、血色は良いけど目が完全に死んでる。近寄らんとこうっと)


 テッド・ハーグリーヴスが、深夜のコンビニへ向かう際に見たもの。

 それは、浴衣姿の紳士淑女がふらふらと歩いている光景であった。


「あぁぁぁ……」

「うぅぅ……」


 深夜に歩くゾンビたちは、永田町の最近の風物詩である。

 内閣調査部のモブたちの成れの果てであった。


 霞湯の完成によって、内閣調査部のモブたちは家に帰ることなく快適に業務に邁進することが可能になった。数日どころか、半月くらい家に帰らなくても問題無いくらいに福利厚生は充実したのである。


 しかし、身なりが清潔で血色は良くても精神的には相当きつい。

 1ヵ月も家に帰れない状況になると、寝ながら歩くゾンビ状態と化すのである。


「テッドぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なっ、マルヴィナ!?」


 そんなゾンビたちを跳ね飛ばしながらダッシュしてくるネ〇シス――もとい、マルヴィナ。原因不明であるが、大層にご立腹なようである。


『マルヴィナと対決する』

『コンビニへ逃げ込む』


 画面が暗転――はしないが、脳裏をよぎる二つの選択肢。

 まともにやっても勝てるとは思えないので、ここは逃げの一択であろう。


 しかし、テッドは知らなかった。

 どちらの選択肢を選んでもバッドエンドは避けられないことを……。


「今思えば、まだ後藤さんの方が有情だったな……」

「この世界の日本は、丸眼鏡は悪魔じゃないといけないルールでもあるというのか!?」

「口を動かす暇があったら手を動かせ! 1時間以内に提出しないと、どやされるぞ!」


 二代目丸眼鏡の悪魔――東條英機(とうじょう ひでき)に憤懣やるかたない様子なモブたち。東條内閣成立によって、内閣調査部はこれまで以上にデスマーチ進行を強いられていた。


 史実では無能呼ばわりされる東條英機であるが、官僚としては間違いなく超一流である。彼は後藤新平と同じく、あるいはそれ以上に内閣調査部を活用した政治家として歴史に名を遺すことになるのである。


「閣下、勘弁してください。とてもじゃないですけど、この納期は無理ですってば!?」

「何を言っておるのだ? (わし)に出来ることが君らに出来ない道理はあるまい」


 後藤よりも質が悪いと言わしめる所以は、東条自身がコンピュータを積極的に活用して仕事を効率化してくることが原因である。内閣調査部でのみ活用されていたメインフレームを大いに評価し、自分用にわざわざ発注していた。


 かつては教室並みのサイズだったメインフレームも、この時代には室内に置けるサイズにまで小型化されていた。自分の執務室に据え付けた東条は、チート級の処理能力をもってバリバリ仕事をこなしていたのである。


内閣調査部(あいつら)のせいで、仕事が増える一方だ。このままでは遠からず破綻してしまうだろう」

「やはり、コンピュータとやらを導入して業務を効率化するしか無いのか……」


 煽りを受ける形となったのが霞が関の住民たちである。

 内閣調査部の能力を把握している東条からすれば、霞が関の官僚たちの仕事ぶりは怠惰の極みであった。


「前例が無いという理由で突っぱねたいが、東条閣下が使いこなしている以上どうにもならん……」


 エロ中年がインターネットを習得するが如くの勢いで、東條はコンピュータの扱いを瞬く間にマスターしてしまった。実際に活用している実例が出来てしまった以上、お役所の伝家の宝刀を振るうことは出来なかったのである。


「……それで、職場について何か希望はありますか?」

「特には無いですけど、公務員が良いですね。安定してるし」

「それでしたら、内閣調査部がお勧めですよ。キャリア公務員待遇でお給料は良いですし」

「じゃあ、それで。よっしゃあ、この世界で俺は勝ち組になるっ!」


 そして、今日もまた哀れな転生者(子羊)が内閣調査部の門をたたく。

 永田町に新たなゾンビが誕生した瞬間であった。

内閣調査部の実態について書いてみました。

ブラック過ぎる職場ではありますが、特段の資格や特技が無くてもキャリア公務員待遇になるので社畜根性のあるモブには向いていると思います(酷


>一〇郎、せめてワー〇が欲しい。

おいらはOpenOffice派なのですが、職場ではワードを使ってます。

前者でも特に不満は無いのですが、全体的な使い勝手は後者のほうが優れてると感じますねぇ。


蛍光表示管(VFD)を採用したコンピュータを実用化

ノリタケ伊勢電子(株)が開発した超省電力の真空管『Nutube』が元ネタです。この時代に、球切れしない超省電力な真空管を実用化したことは途轍もないアドバンテージでしょう。まぁ、英国はもっとアレなんですが。


>しかし、トランジスタの実用化に手間取っていた。

クリーンルームとか、そこらへんのノウハウなんかネットには転がってませんからねぇ。


>メインフレーム

銀行なんかで使用されている業務用大型コンピューターのことです。


>彼らが欲しているのは計算結果のみであって、コンピュータそのものでは無い。

個人的に、日本でパソコンが普及する余地が出来たのは電卓の流行以後だと思っています。あれが無ければ、普及するのはもっと遅れたんじゃないですかねぇ。


>『黄色と黒は――』

個人的に大好きな曲です。

ところでJASRACさん、これくらいならセーフですよね?(; ・`д・´)


>読売巨人軍の応援歌

元気の星は、小さいころから聞いていて大好きな曲です。

おいらは阪神ファンですけどねw


>ア〇ナミ〇ーズ

日本におけるファミレスの元祖。

この世界だと戦前に出来てしまいましたが、洋食を手ごろな値段で食べれる場所として人気が出そうです。立地条件が最悪ですが、タクシーの運ちゃんとかが積極的に利用しそうです。


>ディアンドル

ア〇ナミ〇ーズの制服のモチーフで、日本のファミレスにおけるウェイトレスの正装……って、言うのは言い過ぎか。戦前だと破廉恥とか言われそうだけど、昭和初期のエロカフェよりは健全なので大丈夫でしょう。多分。


>『第1次大戦後(戦後)、強くなったのは女性と手袋(グローブ)である』

自援SS『変態日本フェミニズム事情―女性の社会進出&権利向上編―』参照。

史実アメリカのフラッパーほどでは無いにしろ、この世界の日本のモダンガール(モガ)はだいぶ開放的になってます。


>『コーヒーお代わり自由! お気軽にご注文ください』

この世界の日本でも、深夜のファミレスでコーヒー1杯で粘る紳士が大量発生する予感。


>深夜のファミレス討論会

字面からして、パワーワードすぐる。

実際にやられたら迷惑以外の何物でも無いですね(;´∀`)


漫画喫茶(漫喫)

埼玉に住んでいたころはネカフェ、鹿児島へ戻ってからは漫喫メインです。

ROでネットカフェボーナスがあるので、フィゲルのレースで稼いだメダルを換金するのに通ってました。メダル2000枚を経験値に変えるのは苦行でしたね…(ヽ'ω`)


>「史実のと〇のあ〇ですね。分かります」

この世界の日本では既に同人誌が市民権を得ているので、遅かれ早かれ同人ショップは誕生することでしょう。ネットが無いので、手続きとかめんどそうですけど。


>早川式繰出鉛筆

この世界の早川式繰出鉛筆は、平成会のおかげでノック式として完成しています。

0.5mm芯も実用化されているので、万年筆代わりに流行することでしょう。


>秘書を雇う余裕が無い

議員秘書制度が制定されたのは戦後のことです。

それまでは自弁で秘書を雇っていました。


>『公務もひと段落したし、1週間は船で過ごせるわね』

本編第74話参照。

平成会福井県人会に売りつけられたメガヨットです。最近のテッド君は、休みの度に拉致られています……(-∧-;) 


>一人が全員の為に、全員が一人の為に。だからこそド修羅場進行でも生きられる。

どこかで聞いたことがある?

残念ながら気のせいではありません。最低野郎な内閣調査部のモブたちの明日はどっちだ!?


>『霞湯』

内閣調査部のモブたちだけでなく、霞が関の官僚御用達なので結構繁盛しています。疲れを癒して、お仕事を頑張ってもらうために温泉化する未来が確定していたりします。


>深夜に歩くゾンビたちは、永田町の最近の風物詩である。

深夜にふらふらと歩いている人が多数いたら怖いってもんじゃないですね(;´∀`)


>画面が暗転――はしないが、脳裏をよぎる二つの選択肢。

RE3はやったこと無いのですが、ライブセレクションは排除されちゃったんですよね……。


>どちらの選択肢を選んでもバッドエンドは避けられないことを……。

マルヴィナと対決する→問答無用でぶちのめされる。

コンビニへ逃げ込む→待ち構えていた愛人に捕縛される。


>官僚としては間違いなく超一流である。

Wikiの逸話でも官僚として優秀だったことが書かれていましたが、今月号のビッグコミックオリジナルで連載中の昭和天皇物語で、石原莞爾が東条英機に向かって『書類整理が似合ってる』と話す描写がありました。そんな人間に、文明の利器を渡したら鬼に金棒なわけで……。


>エロ中年がインターネットを習得するが如くの勢い

これ以上に的確な形容は存在しないと思われ(オイ

年齢性別を問わず、好きなことや興味のあることに対する学習能力は驚異的なものなのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流石はここの東條さん、文明の利器をよく使いこなしておられる。 [一言] 黎明期の大型コンピューターが如何に各所に引っ張りだこだったかを鑑みると、このチートメインフレームも大手製造業に官公庁…
[良い点] 主人公もそうだけど自分で自分の首を絞めていくスタイルは日本人の芸風なのかw 栄養ドリンクの瓶は盲点でした。 そう言えば街中にゴミ箱が整備されたのって東京オリンピックからなんでしたっけ? …
[一言] 何という愉快のループw 自分らが楽するために登場出せたのに、益々デスマーチが加速して家が遠のくとか。 後藤さんの後は、東條さんなんですね。 引退した後藤さんは、どちらへ?
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