変態紳士の領内事情―ギャンブラー五十六編―
(こんな横暴がまかり通って良いのか!?)
山本五十六海軍大佐は悲嘆に暮れていた。
本国から送られてきた電文の内容が、あまりにも酷いものだったからである。
1926年4月。
アメリカから16インチ砲搭載艦が6隻同時に進水したという情報がもたらされた。
この情報に敏感に反応したのが、海軍の戦艦至上主義者たちであった。
彼らはマスコミと結託して脅威を煽り、新型戦艦の必要性を訴えた。
この時点で、海軍省はアメリカの新型戦艦(サウスダコタ型)の大まかな性能を把握していた。しかし、日本はロンドン海軍軍縮会議を批准しているために戦艦の新造は不可能であった。
妥協案として、現用戦艦を改装して新型戦艦に準ずる戦力を持たせる案が採用された。金剛級4隻を除く、扶桑級2隻、伊勢級2隻、長門級2隻の計6隻が改装の対象となったのである。
改装で新型戦艦に火力で拮抗、速力で優越する――言うのは簡単であるが、それを実現するには生半可な改装ではとても足らない。大改装を、一心不乱な大改装が必要となる。
どこぞの少佐が乗り移ったとした思えない艦政本部の改装計画は、大規模かつ徹底的であった。具体的には長門級の場合、41サンチ連装砲塔5基から新型の41サンチ3連装砲塔4基に変更、火力を維持しつつ浮いた後部砲塔1基分のスペースに缶と主機を増設して30ノット発揮を実現するというものであった。
ちなみに、これは長門の本来の姿である。
周辺国を刺激しないように最初は控えめなスペックに抑えていただけで、必要な部品は製造済みで短期間の改装で済むように配慮されていたのである。
扶桑と伊勢級4隻に至っては、さらに過激であった。
36サンチ4連装砲塔3基を長門と同様の新型砲塔に換装して船体を延長し、缶もタービンも高性能な新型に載せ替えて、これまた30ノット発揮を可能にするという無茶ぶりである。
計画が実現すれば、41サンチ砲搭載で30ノットを発揮可能な戦艦が6隻揃うことになる。火力では劣るが、速力では同等の金剛型4隻もある。これらを上手く使えば、たとえサウスダコタ型6隻を同時に相手しても勝てると海軍省は判断したのである。
『陸軍としては海軍の提案に賛成である』
陸軍も戦艦の大改装に支持を表明していた。
改装で浮いた36サンチ4連装砲塔12基と41サンチ連装砲塔10基を、島嶼防衛用に提供することが決定していたからである。
問題は、改装に必要な予算を何処から持ってくるかであった。
史実イタリア戦艦並みの魔改造となるので、ほとんど新造と変わらない予算が必要となる。
結局、割を食ったのは海軍の空母マフィアであった。
空母の新規建造は棚上げされ、浮いた予算を戦艦の改装に使うことになったのである。
建造される予定だった新型空母は、大型で速力も優れていた。
『鳳翔』の運用実績を活かして様々な面で改善が為されており、より実戦的な空母になるはずだったのである。
建造計画が無期延期(という名の事実上の中止)となったことを知った山本の落胆ぶりは、それはそれは酷いモノであった。普段の活発さは鳴りを潜め、自室に籠る日々が続いていたのである。
「山本くん、気分転換に休暇を取ってはどうかね?」
落胆する山本に休暇を勧めたのは、上司にして駐英大使の松井慶四郎であった。
「……お心遣いありがとうございます。自分はもう大丈夫ですから」
「まぁ、そう言うな。着任してからロクに休暇を取ってないそうじゃないか」
「しかし……」
「1ヵ月休暇をやるから、骨休みをしてこい。これは命令だ!」
「りょ、了解であります」
かくして、山本は望んでもいない長期休暇を取ることになったのである。
(休暇をもらったのは良いが、何をすれば良いのか分からんな……)
ため息をつきながら、砂糖マシマシなミルクティーを啜る。
新古典主義の円柱と、美しいステンドグラスにモダン照明を組み合わせたインテリアは落ち着いた印象であるが、山本の心は晴れなかった。
休暇初日に山本が足を運んだのは、ヴィクトリア&アルバート美術館であった。
ロンドンには多くのミュージアムが存在するが、カフェが必ず併設されている。下戸で甘味が大好きな彼は、とりあえず時間を潰すために立ち寄ったのである。
「すみません、相席よろしいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ」
日曜日のためか、カフェの席はほとんど埋まっていた。
相席を求められた山本は快諾する。
「おや、ご同胞ですかな?」
「えっ!?」
対面に座る男が、日本人であることに山本は気付いた。
日本語で声をかけられて驚く男。
「こんな場所で日本人に出会えるとは思いませんでした。あ、申し送れました。わたくし、ドーセットの領事館で働いてます」
そう言って、名刺を渡してくる。
受け取った山本も、彼に名刺を渡す。
「ちゅ、駐在武官!? 失礼しましたっ」
名刺を見て驚く男。
別の意味でも驚いていたのであるが、山本は気付くことは出来なかった。
「……それはまたご愁傷様です。でも、これって軍機なのでは?」
「戦艦の改装計画と、空母建造の棚上げについては既に本国で報道されてる。軍機でもなんでもないさ」
憤懣遣る方無いといった様子で、スコーンを頬張る山本。
口元はクロテッドクリームとジャムまみれであった。
(史実の山本五十六が、大の甘党ってのは本当だったんだな)
領事館の職員は平成会のモブであった。
生前は外交官だった経験を買われて、ドーセットへ派遣されていたのである。
短い時間であったが、モブは山本に惹かれていた。
史実の偉人というフィルターを通さない、リアルな山本五十六というキャラクターに好感を持ってしまったのである。
(となると、アレも気になるよな……)
山本五十六と言えば、筋金入りのギャンブル狂で逸話には事欠かない。
本人が目の前にいれば、知的好奇心が刺激されたとしても致し方なしであろう。
「まぁまぁ、せっかくお休みが取れたのですし気分転換をするべきでしょう。じつは、ドーセットにカジノが出来たのですが……」
「!?」
その反応は劇的であった――と、後にモブは回想することになる。
山本の目がギラギラと輝き、小柄な体躯が巨大化したような存在感を放ちだす。
「ふふっ、ふはははははははっ……!」
「あ、あの、山本さん?」
モブはパンドラの箱を開けてしまったことを悟った。
しかし、もう止められない止まらない。
「俺がカジノで大勝ちして予算を確保してやる!」
満席となったカフェで、他の客の迷惑も顧みずに呵々大笑する山本五十六。モブに出来たことは、周囲の客に必死に謝り倒すことのみであった。
「おや、君か」
「山本さん!? あなたも、この列車に乗るんですか?」
カフェでの一件から数日後。
所用を済ませた領事館のモブと、カジノ休暇と洒落こんだ山本は偶然にも同道することになった。
「ドーセットは田舎と聞いていたが、この都会ぶりは大したものだな。リトルニューヨークと言っても過言じゃないぞ」
二人が降り立ったのは、新市街の玄関口であるドーセット中央駅である。駅構内は地元民と観光客が大勢行きかい、駅前ロータリーには多くの客待ちタクシーが並ぶ繁栄ぶりであった。
「山本さんは、ニューヨークへ行ったことあるのですか?」
「ちょっと前に、アメリカ留学したことがあってな」
タクシーの車窓から見えるのは、林立するビル群。
本家マンハッタン並みとまでは言わないまでも、山本にとっては既視感のある風景であった。
フルーム川を挟んで南方が州都ドーチェスター、北方がニュードーチェスターという位置関係である。
ニュードーチェスターは10年程前から開発がスタートしており、都市開発の鬼と化したヒトラーと、そのスタッフたちによって急激な都市化が進められていた。
古くからの景観を活かした再開発が進められているドーチェスターとは違い、ニュードーチェスターは新鋭の観光都市として開発が進められていた。最近オープンしたカジノはその目玉であり、多大な集客効果が期待されていたのである。
「……あの、このホテルかなりお高そうなんですけど?」
「うむ。ガイドブックで見たが、5つ星だな」
タクシーが着いた先は、カジノからほど近い場所にあるホテルであった。
山本は手慣れた様子で、フロントで記帳する。
「こんなこと言うのはなんですけど、お金は大丈夫なのですか?」
「カジノで稼ぐから問題ない」
「ちょ、正気ですか!?」
「俺はカジノで空母の建造予算を獲りに来たんだ。ホテル代くらいどうということない」
よりにもよって、ロイヤルスイートに宿泊せんとする山本。
そこしか部屋が空いていなかったとはいえ、無謀にも程がある。
史実の山本五十六は、『2年ほどヨーロッパで遊べば、戦艦1、2隻の金はつくれる』と豪語するくらい博打好きで腕も良かった。実際、モナコのカジノでは勝ち過ぎて出禁にされているのである。
戦艦に比べれば空母はお安く作れる。
実際は、運用する航空機を揃える必要があるので単純比較は難しいのであるが、史実大和型戦艦の建造費が当時の金額で2億8153万6000円、史実雲竜型空母の建造費が9344万2000円なのでおよそ1/3となる。
空母マフィアが推進していた正規空母は史実雲竜型の改良型であるが、英国から技術供与を受けて電気溶接やブロック工法を実現しているので、さらなるコストダウンが可能と見積もられていた。それでも、1ヵ月で稼ごうと言うのは正気の沙汰とは思えないが。
(これは巻き込まれたとんでもないことになる。今のうちに逃げねば……)
フロントで電話をかけている山本の隙をついて逃げようとする領事館のモブ。
しかし、既に時遅しであった。
「やぁ、話がついたぞ」
「……話って何のことです?」
生まれてこの方感じたことがない、嫌な予感がする。
モブは、恐る恐る山本に問いただす。
「カジノでの付き人が欲しくて、領事館に話したら君を推薦してくれたぞ」
「ふぁっ!?」
「1か月間は公休扱いだ。良かったな!」
「アイエエエエエエエエ!?」
予想外の展開に絶叫するモブ。
あの時、あんなこと言わなければ良かったと後悔したところで後の祭りであった。
「……新しく出来ただけあって、あまりドレスコードには煩く無いようだな」
「えっ、カジノって服装に指定があるんですか?」
「基本的に欧州のカジノはタキシードだぞ。アメリカだったら、そこらへんはおおらかなんだがな」
ホテルでモーニングを済ませた山本とモブは、さっそくカジノを訪れていた。
二人は、カジノを歩き回りながら客を観察する。
ラスベガスのカジノであれば、サンダルを履いてくる客もいる。
ニューヨークのカジノでも、フォーマルを崩したカジュアルな恰好の客も珍しくない。
イギリスのカジノは欧州でも長い歴史があり、その分ドレスコードは厳格であった。しかし、歴史が浅いニュードーチェスターのカジノには、フォーマルではないカジュアルな服装をした客もあちこちに見受けられたのである。
「ありがとう」
カクテルウェイトレスから、ソフトドリンクを受け取るモブ。
チップは渡さない。イギリスのカジノではチップはご法度である。
ちなみに、彼は今おけらである。
ビギナーズラックを期待したが現実は非情であった。
(それにしても、山本さんは何をやってるんだろう?)
目の前では、山本がルーレットに興じていた。
しかし、常にベットしているわけではない。その様子は、何かを待っているように見える。
(3回目が来たか。賭け時だな)
山本は冷静にルーレットを観察していた。
待ちに待ったタイミングが来たことを知り、カラムベッドとダズンベットから2つ選んでベットする。空回しで落ちたエリアを避けることも忘れない。
結果は山本の勝利であった。
勝利のチップを受け取り、次のタイミングを待つ。
彼が実践しているのは、史実の2/3ベット法(98.48%法)である。
空回しで同じエリアにボールが落ちることを確認出来たら、4回目に賭けて高勝率を狙う攻略法で高い勝率を期待出来た。
『高等数学を応用すれば勝てる』
――と、史実で豪語していた山本五十六らしいやり方であるが、この攻略法にはデメリットが存在した。ベットするタイミングが何時来るか分からないのである。
手持ちのチップが少ないので、ベットする金額は少額となる。
何時来るか分からないタイミングを待ち続け、勝利してもリターンは少ない。これをひたすら繰り返すことになるので根気が必要な攻略法なのである。
「さて、今日もルーレットで稼ぐぜ」
「またですか……」
翌日も山本はルーレットに陣取る。
その様子は前日と全く同じであった。
「……ふむ、こんなものかね」
「い、何時の間にかにチップの山が!?」
モブは驚愕していた。
ルーレットだけで、山本は軍資金を10倍以上に増やしてみせたのである。
「でも、これだけでは空母は作れませんよね?」
ちょびっと嫌味を言うモブ。
2週間も付き合わされたのである。これくらい言っても罰は当たらないであろう。
「もちろんだ。ここからが本番だぞ!」
対する山本は、モブの嫌味など歯牙にもかけなかった。
というより、気付いていない。
「軍資金も十分溜まったし、明日からはポーカーで勝負だ!」
山本にとって、ルーレットは種銭稼ぎの手段に過ぎない。
金と暇を持て余した閑人から、大金をまきあげることが出来るポーカーこそが本命なのであった。
「支配人、またあの日本人です!」
「なんだと!? またルーレットに居座る気か?」
胃の辺りを思わず手で押さえてしまう、ニュードーチェスターのカジノ支配人。
目下の悩みの種である日本人が、また荒稼ぎに来たのかと気が気でなかったのである。
山本がルーレットで勝ち続けていることは、直ちにカジノ側の知ることとなった。イカサマを疑って閉店後にルーレットを台ごと入れ替えたのであるが、それを嘲笑うかのように勝ち続けたのである。
2週間のルーレットで、カジノ側が被った損害は新車のシルヴァーゴーストが買える金額にまで膨れ上がった。直ちに出禁にしたいところであったが、正当な理由が無いので不可能であった。
(ヤツが日本人でなければ、適当な理由をでっちあげられるというのに……!)
山本が同盟国の人間で、大使館関係者というのが最大の問題であった。
扱いを損ねれば、国際問題待った無しなのである。
「……いえ、今回はテーブルです。ポーカーをするみたいです」
「ならば良し。ほうっておけ」
部下の報告を聞いて、安堵のためいきをつく支配人。
ポーカーは、互いにチップを賭けるので損得はプレイヤーのみに発生する。カジノ側に利益は発生しないが、損失も発生しないのである。
「良いんですか?」
「ルーレットと違って、こちらの懐は痛まん。それに、あの豪運もいつまでも続くものでは無いだろう」
ポーカーの勝率は運に左右されるが、運だけで勝てるほどポーカーは甘くない。
そういう意味では、支配人の言っていることは間違いではない。しかし……。
(あの手慣れた様子と、ブラフの巧さは尋常じゃない。本当に外交官か?)
テーブルでカードを配るディーラーは、山本が素人ではないことを見抜いていた。同時に懸念も抱く。
(ここの客は素人ばかりだ。あまり荒してくれないで欲しいのだが……)
一見さんお断りな風潮があるロンドンのカジノとは違い、ドーセットのカジノは誰でもウェルカムであった。その分、客層には素人や成金が多い。そのような相手に、プロが無双するとどうなるか。残念なことに、彼の懸念は的中することになる。
「フォーカード。俺の勝ちだな」
「ジーザスっ……!」
いかにも成金風な、悪趣味に着飾った紳士が絶叫する。
山本に勝負を挑んでしまった彼は、有り金を全て巻き上げられてしまったのである。
「イカサマだっ、インチキに決まってる!」
負けたことに納得いかないのか、成金紳士が喚きたてる。
彼の取り巻きたちも騒ぎ始める。
(やっぱり、こうなったか……)
もはや、ため息しか出ない。
視界の端に映るのは、胃の辺りを抑えつつ何やら指示を出しているカジノ支配人である。
「な、何をする!? 離しやがれっ!」
駆けつけてきた黒服たちに、取り囲まれる成金&取り巻きたち。
必至に抵抗するものの、ゴツイ黒服たちにあっさりと取り押さえられる。
黒服たちは、ウォッチガードセキュリティの社員である。
戦場帰りの彼らにとって、素人を鎮圧することなど赤子の手をひねるようなものであった。
(あのミスターは、ここに居座るつもりらしい。噂を聞きつけた強者が押し寄せてくるだろうな……)
黒服たちの背中を見送るディーラー。
彼の予想は、またしても的中することになる。
(だが、望むところだ。あの鉄火場をこんな場末で楽しめるとはな……!)
しかし、ディーラーはそれを面倒ごととは思わなかった。
むしろ望んでさえいたのである。
腕の良さと人気を妬んだ同僚たちによって、ロンドンのヒポドロームカジノをクビになったディーラー。失意のうちにドーセットに流れてきた彼にとって、この状況はむしろ望むところだったのである。
「それでは……ショウダウン!」
「フルハウス」
「フォーカード」
「ロイヤルストレートフラッシュ。俺の勝ちだな」
「「オーマイガッ!?」」
3人ポーカーで悲鳴をあげる敗者たち。
もちろん、勝者は山本五十六であった。
「なかなかやりますなミスター。再戦をお願い出来ますかな?」
「某もです。負けっぱなしではいられませんぞ!」
負けたというのに、その心は折れていない。
顔は余裕の笑顔を見せてはいるが、目は決して笑っていない。
此処に居るのは紳士に非ず。
紳士の皮を被った賭博狂いなのである。
(この緊張感、ひりつく空気、どれもこれも懐かしい……)
山本を横目で見つめながら、ディーラーは昔のことを思い出していた。
ヒポドロームカジノで働いていたころは、このような光景は日常茶飯事だったのである。素人相手に退屈していたディーラーにとって、今この瞬間は最高の時間であった。
「さぁ、これで勝負だっ!」
ドドンッと、効果音が聞こえてきそうな勢いでカジノチップの山をテーブルに載せる紳士。もう一人も、負けじとチップを叩き付ける。
(あれだけのチップがあれば、2,3年は豪遊出来るよなぁ……)
それを見ていた領事館のモブは現実逃避していた。
あまりにも動く金額が大きすぎて、理解の範疇を越えてしまったのである。
「ストレートフラッシュ! 某の勝ちですぞ!」
「「ぐぬぬ……」」
とはいえ、山本とて勝ちっぱなしではいられない。
運と理論とブラフで勝率をかさ上げ出来ても、負けるときは負けるのである。
「これはいかんな。少し気分転換するか」
参加者に中座を申し出た山本は、カジノの2階へ移動する。
何事だと下から見守る紳士淑女たちを確認すると、手すりの上で逆立ちを披露する。
「「「おおおおおお!?」」」
階下から感嘆の声があがる。
史実の山本五十六は、学生時代は全校一の体操の名手であった。これくらいは余技の範疇なのである。
「ちょっと借りるぞ」
大うけしたことに気を良くした山本は、お盆を2枚借りてあざやかな皿回しを披露する。自由自在に水車のように振りまわし、最後には両手の手の平に皿を1枚ずつのせたまま、くるりと宙返りする。
幼少期に、芸人はだしのきわどい皿回しを披露して大人を驚かせた山本である。
この程度は、普通の宴会芸レベルであった。
「「「ブラボー! おお……ブラボー!」」」
突然始まった山本のショーに、紳士淑女たちは惜しみない拍手を送る。
緊張したカジノ内の空気も、だいぶ落ち着いたものとなったのである。
(油断も隙も無い男だ。これが狙いだったのか……!?)
ディーラーは、山本の真の狙いを知って戦慄していた。
先ほどの芸は、自身の気分転換とライバルの失調を促すものだったのである。
緊張が緩んだと見た山本は、積極的に勝負を仕掛けた。
弛緩していたライバルたちは、本気を出す前に敗北していったのである。
休暇が終わるまでの残り2週間。
山本はポーカーで勝ちまくり、負けが込むとショーを披露して負け分を取り戻すことを繰り返したのである。
「すみません、何を言ってるのか理解不能なんですけど……」
1926年6月某日。
執務室で電話を受けたテッドは、頭を抱えていた。
『気持ちは分かる。しかし、これはもうどうしようもないぞ』
電話先の英国宰相ロイド・ジョージも困惑していた。
こんなことになるとは思ってもいなかったのである。
「そもそも、ポーカーはプレイヤーどうしの賭けでしょう。なんで僕にお鉢が回ってくるんです?」
事の始まりは、先月ドーセットで開催されたポーカー大会であった。
山本五十六が無双したことで、大多数の参加者がおけらにされたのであるが、その中には円卓のメンバーも多数含まれていた。
ポーカーの腕に覚えがあることと、テッドを疎ましく思っていることが彼らの共通点であった。嫌がらせも兼ねてドーセットのカジノに意気揚々と乗り込んだ結果、待ち受けていたのは山本五十六だったというわけである。
山本相手に、さっさとフォールドすれば良いモノを変なプライドが邪魔をしてしまった。気が付いたら有り金どころか、自分の会社の運営資金にまで手を出してしまったのである。
こうなると恥も外聞もあったものではない。
チップの一部返還と、モラトリアムを申し出たというわけである。
「あいつら、円卓会議で事あるごとに僕に嫌がらせしてましたけど、ここまでやるか普通……」
嫌がらせをしようとして盛大に自爆する。
もはや、身体を張ったギャグである。
『だが、これはチャンスだぞ。少なくても返済中は君に頭が上がらなくなるのだ。円卓会議で君の意見が通しやすくなるだろう』
「それはまぁ、そうですが……」
何が悲しくて、自分を憎む相手の借金を肩代わりする必要があるのか。
石油王であっても、テッドの金銭感覚は生前のままなのである。ましてや、カジノで作った借金を代理弁済するのは心理的抵抗が大きかった。
『それに、相手が相手だ。プライベートとはいえ、同盟国の軍人相手に支払いを滞らせるようなことになったら、国際問題になりかねん』
「結局、僕が肩代わりするしかないんですね。それでいくらなんです?」
心を落ち着かせるために、テッドはアールグレイを口に含む。
セカンドフラッシュ特有のマスカテルフレーバーが口腔を満たすが、気分は晴れなかった。
『うむ、それなんだが……400万ポンドだ』
「ぶふぅーっ!?」
予想を遥かに超えた金額に、思わず吹き出してしまうテッド。
デスクはアールグレイまみれである。
「なんですかその金額は!? あり得ないでしょうがっ!」
ロイド・ジョージに罪は無いが、思わず怒鳴ってしまったテッドを誰が責められようか。ちなみに、400万ポンドは現在の価格に換算すると約880億円である。
『落ち着き給え。あくまでも一時的な肩代わりだ。円卓が責任をもって返済させる。たとえどんな手を使ってもな』
「……分かりました。400万ポンド一括で出しましょう」
『具体的な振り込み先については、儂が調整しよう。決定したら連絡させてもらう』
「よろしくお願いします」
深いためいきをついて、テッドは受話器を戻す。
そのまま、デスクに座りしばし無言の状態が続く。
「どうしてこうなったぁぁぁぁぁ!?」
駐日英国大使館の全館に鳴り響くテッドの絶叫。
本人のあずかり知らないところで始まった事態は、最後に本人が尻ぬぐいすることで終結することになったのである。
400万ポンドが支払われたのは、2ヵ月後のことであった。
ハーグリーブス財団の財力をもってすれば支払い自体は問題無かったのであるが、金額が金額である。用意するに時間がかかってしまったのである。
具体的な振込先が、なかなか決まらないのも支払いが遅れた原因であった。
政府は臨時収入として国庫に納めようとしたのであるが、当然ながら海軍は猛反発した。
最終的に、用途を空母建造に限定する形で国庫に収納されることになった。
1927年の海軍予算で空母建造が復活することになるのである。
ハワイに16インチ砲搭載戦艦6隻を配備してしまったせいで、帳尻合わせをする必要が出たので今回のお話となりました。テッド君に泣いてもらうことになりましたが、これで正規空母の配備が捗ることでしょう(酷
>『陸軍としては海軍の提案に賛成である』
元ネタはコーエーの初代『提督の決断』です。オリジナルは反対してますけどw
>史実イタリア戦艦並みの魔改造
『コンテ・ディ・カヴール』級2隻と、『カイオ・ドゥイリオ』級2隻の大改装が有名ですね。主砲塔、機関の換装、船体の改造と延長、見た目からして完全に新造艦と化したので費用と手間もそれなり以上にかかっています。
>新古典主義の円柱と、美しいステンドグラス
ちなみに部屋の名前は『ギャンブル・ルーム』だったりますw
>領事館の職員は平成会のモブであった。
自援SS『変態日本スカウト事情―転生者ハント編―』参照。
平成会の転生者ホイホイにひっかかった哀れな転生者です。生前は外交官だったので、ドーセットの日本領事館に配属されています。
>モブは山本に惹かれていた。
史実の山本五十六は特技や余興芸のレパートリーが多く、なおかつユーモアがあり優しいという理想の上司でした。芸妓さんたちから大人気だったというだけでなく、同性からも数か月でたいていの人間が尊敬して懐くという、恐るべき人たらしでした。
>ドーセット中央駅
イメージ的には、おいらの地元鹿児島中央駅みたいな感じです。
観覧車はありませんが、映画館はありますw
>「カジノで稼ぐから問題ない」
実際に山本五十六の必勝法を真似した部下が、ロンドンに行った帰りにカジノで稼いだそうです。ホテル代、船賃、食費の全てをまかなって、まだ余ったとか。
>史実雲竜型の改良型
詳細は後の話で出しますが、雲竜型の後部エレベーターをサイドエレベーター化したものです。空母のサイドエレベーター化に関しては、過去のコメントで波浪に弱いとのご指摘が多数ありましたが、海自の『いずも』もサイドエレベーター化しているし問題無いと判断しました。
>ドレスコード
お隣のカジノだと、普通にラフな格好で入場出来ます。
ここら辺は、お国柄が出るので入場前に要確認です。あと大抵のカジノは写真撮影禁止なので注意です。
>イカサマを疑って閉店後にルーレットを台ごと入れ替えた
ルーレットでは数字の出目に偏りが出る場合があり、そこに目を付けたのがカジノハッキングです。ルーレットの出目を記録して出やすい数字に賭けるというもので、19世紀の国営カジノでイギリス人ジョセフ・ジャガーは6億円近い金額を稼ぎだしています。もちろん、現在は対策されています。
>ウォッチガードセキュリティの社員
ウォッチガードセキュリティは、手広く業務を受注しています。
外見がまともで、対人コミュニケーションに問題の無い社員がカジノや施設警備に派遣されているのです。朝鮮に駐屯しているのは、戦闘力に特化し過ぎてまともな生活が送れない社会不適合者です(本部長など一部のぞく)
>ヒポドロームカジノ
創業100年以上のロンドンカジノの老舗です。
格式の高さは他の追随を許しませんが、ドレスコードはそこまで厳しくありません。とはいえ、さすがにサンダルは無理ですが。
>全校一の体操の名手
史実では、新潟県長岡中学校4年生で全校一の体操の名手だったとのこと。
鉄棒では大車輪、床運動では逆立ち、転回などをかるがるとやって、曲芸師にしたいくらいとまで言われていたそうです。そりゃ、ジパングでも逆立ちしますねぇ。
>あざやかな皿回しを披露する。
アメリカ駐在へ向かう船上で演芸会に乱入して手すりの上で逆立ち、さらにはボーイから大皿を2枚借りて皿回しを披露して大うけしたそうです。ノリと体の軽さは、未来の連合艦隊司令長官とは思えませんねw




