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変態紳士の領内事情―モータリゼーション編―


「……うわ、これ全部タダでもらって良いんですか?」


 ロンドン郊外の陸軍駐屯地。

 テッドの目の前には、大量の軍用トラックが留め置かれていた。


「構わんさ。君が円卓に多大な貢献をしていることは承知している。この程度で済むなら安いものさ」


 事も無げに答えるのは、陸軍大臣にして第17代ダービー伯爵のエドワード・ジョージ・ヴィリアーズ・スタンリーである。


 現在の英国陸軍では、大規模な兵員削減が行われていた。

 兵隊の数が減れば装備も余剰になるわけで、使われなくなった兵器類の払い下げが盛んに行われていたのである。


 テッドが目を付けていたのは、輸送部隊で使用していたトラックである。

 しかし、そのことを知った円卓が介入してきた。払い下げる予定だったトラックを先んじて確保してくれたのである。


「でも、本当に良いんですか? トラックだけでなく、運転手まで紹介してもらうのは気が引けるのですが……」

「君は戦艦(ヴァンガード)重戦車(TOG2)を召喚してただろう。これでも圧倒的に釣り合っていないのだが?」


 テッドの召喚スキルは、この世界で唯一無二である。

 円卓は巨額の報酬を渡していたが、とても釣り合う金額ではなかった。


 そのため、円卓は機会があれば便宜を図るようにしていた。

 本人は欠片も気にしていなかったりするのであるが。


「……そうだな。君が恩に感じているというのならば、個人的に頼みがある」


 そう言って、ダービー伯は懐から紙片を取り出す。

 今までの雰囲気が一変して、シリアスな表情である。


「次の『召喚』でコイツを出して欲しいっ! これは君が描いたのだろう!?」

「ふぁっ!?」


 思いっきりずっこけるテッド。

 見せられた紙片は新聞の切り抜きであったが、そこに描かれていたのは機械馬(メカホース)であった。


 3年ほど前の話であるが、ロンドンで『21世紀の風景』という美術展が開催された。高額な賞金に釣られたテッドは、未来の競馬風景を出展していたのである。


 テッドが出展した絵は、競馬服を着たロボットがメカホースに乗って駆けるというものであった。昭和の某アニメで出て来た機械の伯爵っぽいロボットが競馬服を着ていたり、同じく昭和の某戦艦アニメの完結編に出てくるデ〇ン〇ルの陸戦兵器のパクリデザインとか気にしてはいけないのである。


「車よりも、メカホースの方が良いに決まっている。未来ではメカホースが車を駆逐しているはずだ!」


 当時のダービー伯は、テッドの絵に大いに感銘を受けた。

 競走馬の生産者として大きな業績をあげている彼は、度を越えた馬好き、いや、馬狂いであった。


「いや、あれはフィクションですし……」

「君が知らないだけで、21世紀には実現してるかもしれないだろう!?」


 いくらリアリティを持たせようとも、しょせんは空想の産物に過ぎない。

 しかし、実際に21世紀を生きた人間がいるとなれば話は別である。


「そ、それを言われると……そういえば、4本足ロボットに馬車を曳かせる動画があったなぁ……」

「それ見ろ! やはりメカホースは実用化されているのだ!」


 テッドの失言に、それこそ鬼の首を取ったように勝ち誇るダービー伯。

 そのまま、なし崩し的に召喚することを約束させられたのであった。


(それでも、さすがにメカホースは実用化されてないと思うけどなぁ。あ、でも僕が死んだ後に実用化されている可能性も無きにしも非ず?)


 ダービー伯と分かれた後、テッドは転生特典である召喚スキルについて考えていた。気が付いたら使っていたが、その全てを知っているわけでないことに気付いたのである。


 召喚スキルは、召喚する対象を脳内にイメージした後に具現化させる。

 しかし、対象を直接イメージしているわけではない。脳内でキーワード検索した後に、出てくる候補からさらに絞るという工程を得て召喚スキルが発動するのである。


 実も蓋も無い言い方をすれば、脳内でグー〇ル検索しているようなものである。

 過去から現在、そして未来までもが召喚リストの候補になる。


 兵器を召喚する場合、試作や計画で終わったものも候補に挙がる。

 そういったものを実際に召喚するとどうなるのか?


(それでなくても22世紀辺りなら普通に実用化されてるかもしれないし、これは試してみる価値があるかもしれない)


 仮説の正しさを証明するためには、召喚スキルを使用するしかない。

 後の大規模召喚で、実際に試したのであるが……。


『な、なんじゃこりゃーっ!?』

『これはこれで悪くないわね……ふふふ……』


 その結果は(主にテッドが)悲惨なものであった。

 肉体的にも精神的にも、甚大なダメージを受けることになるのである。







「あんたたち、そろそろランチタイムだよ!」


 恰幅の良い、如何にも田舎のおばさんな女性が声を張り上げる。

 集落中央部の広場では、女性たちが昼飯の炊き出しの最中であった。


「お、待ってました!」

「やれやれ、やっと飯かぁ」

「腹が減って、しかたねぇぜ!」


 作業をしていた男たちが手を休める。

 現在、ドーセット領内のとある集落では道路工事が急ピッチで進められていた。


 建機を大々的に導入して進められているロンドン・ドーチェスター間の幹線道路とは違い、集落内の舗装は人力に頼るものであった。史実のインターロッキングブロック舗装が採用されていたのである。


 この工法の利点は、作業機械が無くても人力で施工出来ることである。

 史実においては公園や歩道に施工されることが多い工法であるが、商店街などの車道に採用例はある。


 車道用の舗装は重荷重に耐える念入りな基礎作りが必要であるが、集落内の舗装は歩道用の軽荷重舗装であった。この時代の自動車の重量ならば問題無く耐えるであろうし、ダメならばアスファルトで舗装し直せば良いだけである。


 セメントの材料となる石灰岩が入手しやすいのも好都合であった。

 史実において、英国の石灰石生産量は世界のトップ5に入るのである。


 アスファルト製造と道路工事のためにテッドが設立したバーベック建設会社であるが、大規模な採石場とコンクリートブロック製造工場も保有していた。


 最新の設備で大量生産されたコンクリートブロックは価格破壊を起こした。

 安価で良質なコンクリートブロックは、ロンドンをはじめとした都市部の舗装にも使用されることになる。


 様々な形状、デザインのブロックが生産されてドーセットの特産品となった。

 結果として、地元の雇用に大いに貢献することになったのである。


 道路工事は農閑期の臨時収入になるので、村人たちは喜んで工事に参加した。

 しかし、貨幣経済が浸透しているとは言い難い僻地の農村故に現金はあまり歓迎されなかった。


 道案内を買って出た家令(ハウス・スチュアード)のセバスチャン・ウッズフォード(当時はドーチェスター町長)から、そこらへんの事情を聞かされたテッドは、報酬の半分を食事として提供することにしたのである。


 例によって例の如く、払い下げのレーションを手に入れようとしたテッドは円卓から以下略。どのみち、消費期限が過ぎれば廃棄するしかないのである。双方WIN-WINな取引であった。


「美味いっ! このコンビーフハッシュってヤツは本当に美味いな!」

「あぁ、こんなに肉が食えるなんて年に何回かしか無いからな」

「紅茶も飲み放題で言うことなしだぜ」


 集落の釜で焼いたティンブレッド(山型の食パン)に、コンビーフハッシュを挟んだサンドイッチに舌鼓を打つ村人たち。ティンブレッドは、史実日本のしっとりとした食パンよりも軽くサクサクした食感であり、コンビーフハッシュとの組み合わせは抜群であった。


「それにしても、こんなことして意味あるのかねぇ?」

「新しい領主さまの考えは理解出来ないぜ」

「自動車が通る道路って話だが、此処は馬車すらロクに走らない場所だぜ? 今まで通りで良いと思うがなぁ」


 ランチが終われば、しばしの休憩タイムである。

 煙草をふかして雑談に興じる集落の男たち。


「まぁ、現物支給の飯は美味いし、現金収入もあるし悪くは無いんだが」

「金を手に入れても、こんな場所じゃ使いようがないじゃないか」

「たまにくる行商で買うくらいだもんなぁ……」


 ほぼ自給自足で完結している集落であるから、商店も無い。

 金の使いどころも無いわけで、現物支給が歓迎されるわけである。


 この集落はまだマシなほうで、給金を全て現物支給で求める集落も多かった。

 彼らを説得するのに、テッドは相当に苦労することになるのである。


 1918年から本格化したドーセット内の道路舗装は、加速度的に進んでいった。採算度外視で進めた結果、年内にほぼ全ての道路の舗装が完了したのである。







「代行殿、お手紙が届いております」

「誰からだ? おぉ、ドーセット公からか!」


 ハーグリーブス財団の執務室。

 部屋の主であるチョビ髭――もとい、アドルフ・ヒトラーはテッドからの手紙を受け取っていた。


 現在、テッドはイスラエル建国のために現地へ出張中であった。

 ドーセット領の開発を遅らせないために、ヒトラーをハーグリーブス財団の代表理事代行に指名していたのである。


(簡単に言ってくれるな……)


 手紙を読んだヒトラーは渋面となる。


『領内の自動車の普及を促進してください。手段は一任します』


 手紙の内容は簡潔なものであったが、実現するには数々の困難が待ち受けているであろうことは容易に想像できた。しかし、ヒトラーはこの案件を蹴ることは出来なかった。


『……そこまで言うなら引き受けても構わないが、一つお願いがあるのだが』

『多少の無理なら聞きますよ。無理難題を言っている自覚はありますし』

『そうか。では馬主(オーナー)になりたいのだが……』

『オーナー? そんなことで引き受けてくれるなら喜んで! 予算は財団から出して良いですよ!』

『本当か!?』


 テッドがイスラエルへ()つ前にヒトラーと交わした約束。

 それは、代表理事代行を引き受ける代わりに財団の予算で牧場を作ることを認めるものであった。


 牧場に必要となる広大な用地は既に取得済み。

 厩舎やその他の設備も建設を開始していた。己が野望を叶えるためにも、何が何でもテッドの頼みを実現する必要があったのである。


「おい、聞いたか? 今なら格安でドライバーズライセンスを取得出来るらしいぞ!」

「自動車の運転が出来れば、割の良い仕事にありつけるかもしれんな……!」

「こうしちゃいられねぇ! 俺は受講するぞっ!」


 1919年4月。

 州都ドーチェスター郊外に、BSM(British School of Motoring)のオフィスが開設された。


 BSMは英国の自動車学校である。

 私立の教育機関であり、史実では1910年に開設されている。この世界でも同様で、既にロンドンに開設されていた。


 自動車を普及させるには、まずはドライバーを増やす必要がある――そう考えたヒトラーは、ドーチェスターに自動車学校を開校したのである。


 ドーチェスターのBSMオフィスには、敷地内にあらゆるシチュエーションを想定した道路が作られた。これは、テッドが史実日本の自動車学校を参考にしたためである。


 史実日本は、世界的に見て運転免許取得が難しい国である。

 長時間の学科試験に合格し、教習所内の道路を正しく走り回ることで仮免を取得する。そこまでしてから、公道で訓練を受けることが出来るようになり、最終試験をクリアして免許証が交付されるのである。


「素晴らしい! これほどの設備を作っていただけるとは……!」


 BSM創設者であるスタンリー・ヒュー・コリトン・ロバーツは感激していた。

 史実の彼は、英国における自動車のパイオニアというだけでなく、技術教育とトレーニングにおける先駆者であった。


 そんなロバーツであるから、やり過ぎとも言える史実日本の教育カリキュラムを手放しで賞賛した。彼は他のBSMオフィスにも、同様の設備とカリキュラムを取り入れていったのである。


「よっしゃあ! ライセンスゲットだぜっ!」

「おおおおっ!? かっこいい!」

「そうだろう、そうだろう。苦労した甲斐があったぜ!」


 写真付きのドライバーズライセンスを見せびらかす男。

 詰め込み学科と教官のしごきに耐えた彼からすれば、至福の瞬間であった。


 ドライバーズライセンスは公的な身分証としても使用可能であった。

 領民なら格安で取得出来ることも手伝って、ドーセット領内における運転免許取得者数は右肩上がりに増えていったのである。







「新型バスの評判はどうかね?」

「座席の座り心地は良いし、揺れないということで大好評です」

「そうか。無理を言って導入した甲斐があったな」


 ドーチェスター交通の社員の言葉に満足げなヒトラー。

 彼の目の前では、ドライバーの大量リストラと引き換えに手に入れた大型バスが出発するところであった。


 1921年9月。

 ドーセット領内では、2階建てバスの運行が始まっていた。


 座席がベンチで尻が痛くなる改造バスとは違い、新型の2階建てバスの座席はしっかりとした造りであった。車体が大型でサスペンションも効くので揺れも少なく、車酔いする人間も激減して評判は上々であった。


「それは良いのですが、あれはどうします?」

「……」


 社員が指差したのは、敷地の片隅に放置された大量の改造バスである。

 2階建てバスが運行されるようになると、旧来のトラック改造バスは用済みとなった。しかし、放置すると場所を取って邪魔である。処分しようにも金がかかる。では、どうするか?


「……と、いうわけで用済みとなったバスを領民に払い下げたいのだが」

『良いですね! でも、値段は少し考えさせてください。あまりに低価格過ぎると、チンピラどもが悪用しかねない』

「それは問題無いんじゃないか? ドーセットの治安の良さは折り紙つきだぞ」

『それもそうか。じゃあお任せしますので、適当な値段でお願いします』

「ところで、帰国は何時になるのだ?」

『それは(レナウン)に聞いてください……あ、ちょ、マルヴィナ!? っあー!?』

「もしもし、ドーセット公? もしもーしっ!? ……切れたか」


 ヒトラーは、テッドに了承をとったうえで改造バスを払い下げることにした。

 肝心の価格であるが、定職に就いている者ならば問題無く買える程度に抑えることになった。


「ほ、本当にこの値段で車が買えるのか? 詐欺じゃないよな?」


 男の目の前にあるバスには、自分の収入で普通に買える金額のプレートが貼りつけられていた。


「あなた、買っちゃいましょうよ! 今を逃せばチャンスは無いかもしれないわよ!?」

「パパ、くるま買うの? やったー!」


 家族の後押しもあり、男はバスを購入することにした。

 ドーチェスター交通のバス置き場では、同様の光景があちこちで見られたのである。


 ちなみに、購入層の大半が農家であった。

 ドーセットの農業従事者は小金持ちが多かったのである。


 ドーセットの農業は他の地域にない特徴があった。

 それは二次加工とブランド化である。


 テッドは領内に食品加工工場を建てて、農民に加工食品を作ることを奨励していた。腐りやすい野菜は買い叩かれるが、ジャムやピクルスなどの保存食品に加工してしまえば高値で売れるのである。


 ドーセットから出荷される缶詰や瓶詰のラベルにも特色があった。

 テッドとヒトラー合作による萌えキャラと精緻な背景の合わせ技は、それ単体でも高い評価を受けていたのである。


 高品質でデザインも良いとなれば、売れないわけがない。

 既に都市部ではプレミア価格で取引されていたのである。


『直接売りに行ったら、もっと利益が出るのでは?』


 ドーセットの農民たちが、そう考えたのは当然のことであろう。

 改造バスは小さいながらも独立した荷台を持ち、その積載量は荷馬とはけた違いであった。


 ベンチもあるので、家族も荷物も載せられる。

 彼らからすれば、これ以上ないくらいにお得な買い物だったのである。


 史実の万元戸に匹敵する稼ぎを得たドーセットの農民は、仕事用、家族用、趣味用と、次々に車を購入していった。領内の職業別の自動車保有台数の首位が農業従事者になるのに時間はかからなかったのである。


 その反面で、州都ドーチェスターにおける自動車の普及は遅れ気味であった。

 充実したバス路線網と、ロンドンまでの直通列車という恵まれた交通インフラによって、車が無くても快適な生活が送れたからである。


 この傾向は、自動車が若者文化として定着するまで続くことになる。

 ドーチェスターのモーターリゼーション化には、若者を熱狂させる何かが必要だったのである。







「ドーセット公! 自動車レースを、グランプリを開催しようっ!」

「……イタリアには休暇も兼ねた馬探しに行ったんじゃなかったんですか?」


 帰ってくるなり、マシンガンの如くまくしたてるチョビ髭。

 テッドの嫌そうな表情なんぞ完全無視で、ヒートアップしていく。


 テッドの帰還と入れ替わる形で、ヒトラーは休暇を取っていた。

 自分の牧場をさらに充実させるために、イタリアに名馬の買い付けに行ったのである。


 肝心の買い付けは不発であった。

 お眼鏡に適う血統が見つからなかったのである。


 帰国まで手持ち無沙汰となったヒトラーは、かねてから興味を持っていた自動車レースを観戦することにした。ちょうど第1回イタリアグランプリの開催時期であり、絶好の機会だったのである。


 モンティキアーリ・サーキットで開催されたレースの熱狂にヒトラーは飲まれてしまった。この熱さを皆に伝えたい、ドーセットでレースを実施したいと強く願うようになったのである。


 この世界のイタリアでは、史実以上にモータースポーツが盛んであった。

 全ては統領(ドゥーチェ)の差し金である。


 ドゥーチェこと、ベニート・ムッソリーニは難しい国家運営を迫られていた。

 第1次大戦では目立った被害は無かったものの、戦勝によって得た物は賠償金のみであった。


 史実と異なり、オーストリア・ハンガリー帝国(二重帝国)の存続が決定したことにより、トリエステ、南チロル、イストリア、ダルマチアの併合は不可能であった。このことにイタリア国民は強い不満を抱いていたのである。


 二重帝国は『オーストリア・ハンガリー帝国及び南欧諸国連邦』(二重帝国諸国連邦)と国号を変更して再建と近代化が進められていた。イタリアが単独で戦争を仕掛けるとすれば、このタイミングがラストチャンスであった。しかし、ムッソリーニは戦争を避けた。


 イタリアは戦後復興のために、戦災復興機構(WRO)から巨額のポンド借款を受けていた。そのおかげで、イタリア経済は穏やかながらも堅調な成長を続けてきたのである。


 WROは名目上は国際機関であるが、実質は大英帝国の一組織である。

 英国が望んでいない戦争をおっぱじめようものなら、借款の一括返済を迫られる可能性が高い。そんなことになれば、イタリア経済は破滅しかねない。


 そんなわけで、ムッソリーニは戦争を仕掛けるつもりなど毛頭なかった。

 支持者の手前、口先では勇ましいことを言ってはいたが。


 しかし、国民はそうは思っていなかった。

 事あるごとにローマの栄光を叫び、新聞各社もこれに同調して煽っていた。内外で板挟みとなったムッソリーニは、モータースポーツを振興して国威発揚と国民のガス抜きを狙っていたのである。


「……というわけで、まずはサーキットを作ろう。ドーセットの地に世界一のサーキットを作るのだっ!」

「そうですね。郊外にでも……って、はっ!?」


 ヒトラーの演説を辛うじてレジストするテッド。

 史実でもチート級だった演説に抵抗出来たのは、腐ってもオリ主チートだからであろう。


「僕もレースは好きですし、サーキットを作ること自体には反対しません。でも、その前にやることがあります」

「それは何かね?」

「レースは文化です。まずは若者にレースというものを周知させねばお話になりませんよ。イタリアには熱狂的なファンがいたでしょう?」

「む、それは確かに……」


 テッドに指摘されてヒトラーは思い出す。

 イタリアのレース場は熱狂的なファンで埋め尽くされていたのである。


(Kの国みたいに、案山子が林立するサーキットなんて御免被りたいし……)


 テッドは思い出していた。

 お隣の半島がやらかした日本海脱出グランプリ――もとい、K国グランプリを。


 大会直前に完成したサーキット、お粗末極まる運営、観客席には人の代わりに林立する案山子(かかし)。優勝したF1ドライバーは表彰台で『日本サイコー!』と叫び、次のレース開催地である日本へ我先へと脱出する。


 K国グランプリは、レース文化が定着していない国でF1を開催したらどうなるかという明確かつ最悪な事例であった。F1史上、最悪のF1として歴史に名を刻んでいたのである。


「で、具体的にはどうするのだ?」

「まずは草レースから盛り上げていきましょう。ワンメイクレースなんかも良いですね」

「なるほどな。よし、あとは任せてもらおう。わたしの手でドーセットにレース文化を築いてみせるっ!」


 一度方針を決めると、ヒトラーの実行力はずば抜けていた。

 あらゆる人物、業界を巻き込んで草レースの開催に邁進していったのである。







『いよいよ、この日がやってまいりました第1回ドーセットグランプリ! 本日は解説役にハーグリーブス財団のアドルフ・ヒトラー氏をお招きしております……』


 1922年12月10日。

 沿道には大勢の市民が詰めかけて、レースの開始を今か今かと待ちわびていた。


 第1回ドーセットグランプリは、公道レースであると同時にワンメイクレースである。参加可能な車両はオースチン(セブン)に限定されていた。


 このグランプリには、自動車メーカーのオースチンが協賛していた。

 参加車両にセブンが選ばれたのは、メーカーによる宣伝も兼ねていたのである。


 グランプリを企画したヒトラーとしては、ワンメイクレースは望んだものではなかった。イタリアグランプリのように、多種多様なマシンの無差別なガチバトルを彼は見たかったのである。


 妥協点として、規定された排気量内でのエンジンの改造とセブンのシャシーを使用することに条件が緩和された。セブンのシャシーはフレーム構造でボディの換装が可能であり、これにエンジン改造も加えれば見た目と性能のバリエーションが広がると考えられたのである。


 ドーセットグランプリの開催は半年前に告示された。

 セブンを改造するのには、それなりの時間が必要と判断されたためである。


 オースチンが提供した30台のセブンは、厳正な抽選のうえで決定した参加希望者の元へ送り届けられた。ちなみに、送料はハーグリーブス財団の全額負担である。


 大々的に宣伝したこともあって、海外からも参加希望者が殺到した。

 セブンは国内のみならず、海外にまで送られたのである。


『こちら、スタート地点のドーチェスター市役所前です。わたしの目の前には、たくさんのレースマシンが整然と並んでおります!』


 ドーチェスター市役所前広場。

 中継するレポーターの目の前には、様々な形のセブンがエンジンを吹かしていた。


 ドーセットグランプリは、市役所前をスタートして市内から市外へ抜けて戻ってくるコースであった。市内ではコーナリング性能が、市外では高速性能が試されるテクニカルな構成になっていたのである。


(ふむ、一見したところライバルになりそうな車はいないな……)


 キャブレターを弄りながら、エンジンの吹け具合を確認する髭面の中年男。

 男の名はフェルディナント・ポルシェ。史実では卓越した業績によって、20世紀最高の自動車設計者として歴史に名を遺した男である。


 ポルシェがドーセットグランプリに参加したのは、莫大な優勝賞金が目当てであった。優勝賞金で設計事務所を開設するのが、彼の夢だったのである。


 ポルシェは若いころはレーサーとして名を馳せており、ドライビングテクニックは確かなものであった。(魔)改造したポルシェセブンの性能にも自信を持っており、内心では優勝を確信していた。


『……ところで、ヒトラーさん。今回のグランプリの優勝候補は誰でしょう?』

『それはもちろんドーセット公だ……と、言っておきます』

『含みのある言い方ですが、他にも優勝候補は存在するということでしょうか?』


 ラジオでは誰が優勝するのか、議論となっていた。

 スタート10分前となり、スタート地点の熱気は否が応でも増していく。


「あんなこと言ってますよ? ドーセット公」

「ヒトラーのアホは後で締めときます。それよりも殿下、わざわざ応援のためにお越しいただきありがとうございます」


 レース開始直前に、裕仁親王がテッドの応援に駆けつけていた。

 返礼使節団によるドーセットへの長期滞在も期限が迫っており、多忙な身でありながらも時間を作ってきたのである。


「それにしてもかっこいいですね」

「でしょう? 僕の自信作ですよ」


 テッドが駆るセブンは、濃紺色のボディの2シータースポーツである。

 外見はオリジナルのままであるが、レースに参加する以上はノーマル仕様なわけがない。彼なりにこだわり抜いた自信作であった。


『スタート3分前! スタート3分前! ドライバー以外の方は退避してください』


 レース開始3分前。

 設置されたスピーカーから、退避勧告が発せられる。


「それでは、ドーセット公。ご武運を!」

「ありがとうございます。参加するからには優勝してみせますよ!」


 笑顔でサムズアップするテッド。

 それを見た裕仁親王もまた笑顔で去っていくのであった。


(陛下直々に応援をもらったんだ。何が何でも優勝してみせる!)


 決意を新たにシグナルを睨む。

 眼前のカウントは刻々と進んでいく。


『3、2、1……』

『……GO!』


 各車一斉にスタートする。

 第1回ドーセットグランプリ開始の瞬間であった。







『おぉーっと!? スタート開始直後から飛び出したのはゼッケン72番! ドーセット公が最後尾からあっという間にトップに躍り出たぁ!』


 絶叫するアナウンサーの言う通り、スタート開始直後から驚異の加速でトップに躍り出たのはゼッケン72――テッドがドライブするマシンであった。


(よし! ロケットスタート成功!)


 心の中で快哉を叫びつつも、手足は休まる暇がない。

 特注したフルシンクロ4速ミッションを素早くシフトチェンジしていく。


 テッドのセブンは、エンジンは信頼性を重視してライトチューンで済ませていた。排気系の見直しやエアクリーナーの交換などでレスポンスを重視していたのである。


 しかし、それは非力ということを意味しない。

 見た目こそオリジナルであるが、ボディはFRPに換装されていたのである。


 ボディのFRP化によって、テッドのセブンは車重が250kgまで軽量化された。オリジナルの初期モデルの車重が360kgであるので、これは驚異的な軽さである。


 エンジンのレスポンス強化とフルシンクロのトランスミッション、そして超軽量。テッドのマシンの戦闘力は相当なものだったのである。


(くそっ、出遅れてしまったか!?)


 その一方で、ポルシェは毒づいていた。

 公道で団子状態から抜け出すのは、困難なことだったのである。


 先頭集団から抜け出したテッドのマシンは、最初のコーナーに突入する。

 しかし、ヘアピンに近いカーブを曲がるにはオーバースピードであった。


『ゼッケン72番がコーナーに……これは曲がり切れない!? な、なんとぉぉぉぉ!?』


 またしても絶叫するアナウンサー。

 口から泡を飛ばす彼に、解説役のヒトラーは辟易していたが割とどうでも良い事であろう。


「ここだっ!」


 軽くブレーキを踏んで車体に前荷重をかけつつ、ステアリングを切る。

 車体を曲げながら、クラッチを切ってサイドブレーキを思いっきり引く。


 アクセルを踏んでエンジンの回転数を上げつつクラッチをつなぐ。

 すると、後輪が猛全と空転し始める。


「ド〇キ〇には遠く及ばないけど、真似事くらいなら出来るってねっ!」


 速度を落とさず横滑りさせてコーナーリングするドリフト技術。

 この世界では、テッドが初めて実践した技術となった。


『現在のところ、ぶっちぎりでドーセット公がトップです。おぉっと、後ろから凄まじい勢いで追い上げるマシンが!? ゼッケンは5番……ポルシェ博士のマシンですっ!』


 市街地を抜けて、猛然と加速する銀色のマシン。

 ポルシェがドライブするセブンである。


「ようやくトップスピードが出せる。さぁ、これからだっ!」


 不敵に笑うポルシェ。

 圧倒的に引き離されていたにも関わらず、彼は勝負をあきらめていなかった。


 ポルシェセブンは、空力を重視したボディに換装されていた。

 アルミを多用してはいたが、補強を入れたことで重量が増しており、差し引きでオリジナルより若干軽くなった程度であった。


 しかし、このマシンの本領はエンジンにある。

 ポルシェは独自開発したスーパーチャージャーをエンジンに搭載していた。


 スーパーチャージャを搭載したエンジンの出力は28馬力を発揮可能であり、オリジナルの3倍近い出力であった。有り余るパワーでじゃじゃ馬と化したが、ポルシェは持ち前のドライビングテクニックで押さえつけていたのである。


「くそっ、キ〇ピオでクッ〇を相手してる気分だ。離しても離しても喰いつかれる!?」

「直線で追いついても、コーナーで離される。これでは埒が明かん……!」


 その後は、テッドとポルシェの事実上の一騎打ちであった。

 他の車を周回遅れにしながら、デッドヒートを続けたのである。


「……続けて、2位入賞のインタビューです。ドーセット公、惜しい結果となりましたがご感想をどうぞ」

「いやぁ、僕が優勝しちゃったら優勝賞金が台無しじゃないか。敢えて花を持たせたんですよ」

「さすがはジェントルマン。負けても余裕綽々ですね。ありがとうございました!」


 結果は、惜しくも2位入賞であった。

 しかし、テッド自らがハンドルを握って活躍したことで領民たちは大いに盛り上がったのである。


 ドーセットグランプリの開催は、領民のレース熱に火をつけた。

 若者たちはこぞって車を買い、草レースに明け暮れたのである。


 それを見たヒトラーは、ドーチェスター郊外にサーキットを建設した。

 史実日本の鈴鹿をパクる……もとい、参考にしたコースレイアウトはテクニカルな構成で腕を磨くにはうってつけであった。


 テッドのレース文化の定着化という目的は達成された。

 レース文化の隆盛に合わせるように、ドーセット全域で急速にモーターリゼーションが進んでいくことになるのである。






以下、今回登場させた兵器のスペックです。


オースチン7(テッド・ハーグリーヴス仕様)


全長:1.9m (ホイールベース)

全幅:1.016m (トレッド)

車重:250kg

エンジン:直列4気筒 696cc 10馬力 

速度:110km/h


第1回ドーセットグランプリにテッドが持ち込んだモデル。

ボディは2シーターのスポーツタイプである。


最大の特徴は、2シーターのスポーツタイプのボディを完全再現したFRP製ボディである。

製造に膨大な手間とコストがかかったが、絶大な軽量効果をもたらした。


エンジンとシャシーの改修は、BSM創設者であるスタンリー・ヒュー・コリトン・ロバーツと、その愛弟子であるアレック・イシゴニスによって実施された。


エンジンは吸排気系の見直しとエアクリーナーの高性能化で若干の馬力向上と、レスポンスの強化が実現している。オースチンに無理を言って作らせたフルシンクロの4速マニュアルミッションも搭載されている。


第1回ドーセットグランプリにおいては、超軽量による加速とコーナーリング性能で終始トップの座を維持していたが、最後の最期でポルシェ7に抜かれて2位に終わっている。



※作者の個人的意見

ケイターハムのスーパー7は至高!

ってなわけで、超軽量でスパルタンなモデルを登場させてみました。


でもテッド君のドラテクは、走り屋もどきなので限界まで性能を引き出すのは難しいです。

それこそ、プロレーサーでもないと無理でしょうねぇ。






ポルシェ7


全長:1.9m (ホイールベース)

全幅:1.016m (トレッド)

車重:340kg

エンジン:スーパーチャージャー付き直列4気筒 747cc 28馬力 

速度:130km/h


第1回ドーセットグランプリにフェルディナント・ポルシェが持ち込んだモデル。

ボディはアルミ製で完全オリジナルのレーサー仕様である。


ポルシェ自らが徹底的にチューンしたセブンである。

ボディは言わずもがな、シャシーやエンジンにも徹底的に手が加えられている。


特筆すべきは、エンジンに後付けされたスーパーチャージャーである。

1921年のベルリンモーターショーで公開された、メルセデスのスーパーチャージャー付き量販車を見たポルシェが独自に設計したルーツ式スーパーチャージャーが搭載されている。


制御デバイスも無いこの時代であるから、ポルシェ7はとんでもないじゃじゃ馬となった。

ポルシェ以外にまともに走らせた者はいないとの説もあるが、本当かどうかは不明である。


第1回ドーセットグランプリにおいてはゴール直前まで2位に甘んじていたものの、最後の最期で逆転勝利を飾った。その後は、獲得した賞金で史実よりも早期に設計事務所を開設している。



※作者の個人的意見

レースをやるならばポルシェ御大は外せません。

レーサーとして名を馳せていたのも好都合でしたし。


ポルシェは今後も登場します。

純粋な技術者で政治に全く興味が無いポルシェがテッド君と仲良く出来るかは微妙ですが、史実だと貴族の協力者もいたからなんとかなるでしょう。多分。

と、いうわけで今回はドーセットにおけるモーターリゼーションについて書いてみました。

ここまで車が普及すれば、そのうち自動車メーカーも来てくれる……といいなぁ。


機械馬(メカホース)

宇宙戦艦ヤ〇トに出てくるデ〇ン〇ルの陸戦兵器のデザインをパクってますが、出来上がったデザインは風〇再〇にクリソツですw


>機械の伯爵っぽいロボット

某銀河鉄道に出てくる一つ目な野郎です。


>4本足ロボットに馬車を曳かせる動画

YouTubeに動画があります。

h ttps://www.youtube.com/watch?v=zyaocKS3sfg


>インターロッキングブロック舗装

公園とか商店街に敷き詰められてるブロック舗装です。

ドーバーの崖を見れば一目瞭然ですが、イギリスは石灰岩が豊富なのでコンクリブロックを作るのに困ることが無いです。


>ティンブレッド(山型の食パン)

イギリスパンのほうが通りが良いかもしれません。

どっちにしろ、おいらは食べたこと無いんですけどね……(´・ω・`)


>代表理事代行

テッド君が不在時に限り、ハーグリーブス財団の代表理事を代行するという約束です。

逆に言えば、テッド君がドーセットに居る場合は暇になります。


>スタンリー・ヒュー・コリトン・ロバーツ

イギリスにおける自動車学校の創始者にして、自動車とトレーニングに関するパイオニアです。

あの旧ミニの設計者であるアレック・イゴニシスの師匠でもあります。


>男はバスを購入することになった。

第46話『帰郷』参照。

冒頭に出て来たテッド君に声をかけてきた農民が彼です。 


>二次加工とブランド化

日本人なら誰でもってわけではありませんが、村おこしなら大抵は考え付くネタです。

その大半は失敗するのですが……。


>万元戸

地理で中国絡みだと出てくる単語ですね。

元の意味は金持ちな農民ですが、最近の中国ではいろいろな場所で使われてます。類義語で億元戸という言葉もありますが、こちらはあまり聞かなくなった気がします。


>恵まれた交通インフラ

都市部に住んでいると車無しでも生活出来ちゃうからしょうがないのです。


>全ては統領(ドゥーチェ)の差し金である。

史実でもドゥーチェは国威発揚のためにレースを利用していました。

ヒトラーも同様ですが、こちらは車好きだったので金と技術を惜しみなく注ぎ込んでガチで勝ちに行ってました。1930年代に、6リッターV型16気筒過給器付きで545馬力とか狂っとる……!


>K国グランプリ

YouTubeで検索すればいくらでも動画が出てくるのでアドレスは書きません。

傍から見れば笑える内容ですが、レーサーからすれば悪夢としか言いようがないですね……(-∧-;) 


>日本海脱出グランプリ

K国グランプリ本戦です(酷

いくらプライベートジェット持ってるからって、その日のうちに日本へ入国とかどんなマジックを使ったんだか……:(;゛゜'ω゜'):


>オースチン(セブン)

この世界だと桁違いに量産されて、世界中の自治領や植民地で走っています。

さすがにT型フォードほどじゃありませんが。


>キ〇ピオでクッ〇を相手してる気分だ

マ〇オ〇ートで100ccクラス以上だと、どんなに軽量級で頑張っても勝てないんですよ……_| ̄|○

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ポルシェティーガーのフラグ!? [一言] これは、WRCの先駆けになるんですかね? ポルシェ博士のビートルは名車。 BMCミニを召喚してビートルとガチレースとかも面白そう。
[一言] 手に汗握る熱いレースをありがとうございました!
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