表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/47

変態フィリピン国内事情―独立準備編―


「砂糖に税を課すと通告されただと!?」

「は、はい……。極めて一方的で横暴であります」


 1926年11月。

 フィリピン自治大統領であるマニュエル・ケソンは、部下が持って来た報告に声を荒げていた。


 フィリピンの砂糖は、これまでは無課税でアメリカ本国に輸出されていた、

 自治領の有力な輸出商品であり、貴重な収益源だったのである。


 世界恐慌が勃発したことで、アメリカ本土の甜菜糖やキューバ糖はフィリピン糖によって致命的な打撃を受けた。国内の資産家には破産する者が続出していたのである。


 問題は、その破産する者の中に裏社会の人間が大勢いたことであった。

 史実のアメリカならば、それなりの手順を踏んで税を課したであろう。


 しかし、この世界のアメリカは裏社会が牛耳るアウトロー国家である。

 大統領を脅して、一方的に税を課すなど朝飯前であった。


「アメリカ本国が税を課すと言うならば、他の国に売るまでだ」

「し、しかし……」

「うろたえるな! 元より想定されていたことではないか。これはフィリピンが独立するためには避けて通れない道なのだ」

「わ、分かりました。至急、引き受けてくれる国を探してみます」


 とは言ったものの、事はそう簡単な話では無い。

 引く手数多(あまた)な砂糖であっても、輸出実績が無い国を相手にするほど暇な国は存在しないのである。


「か、閣下! 日本の商社が砂糖を引き受けてくれるそうです!」

「それは本当か!?」


 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

 鈴木商店の大番頭である金子直吉が、フィリピンに直接乗り込んで来たのである。


「……本当にこの価格で良いのですか? 全部買っていただけるならば値下げしますけど」

「むしろ、今までの価格がおかしいんじゃ。こんな捨て値でよく売ってこれたもんだのぅ」


 金子は呆れていたが、フィリピン側を責めるのは酷な話である。

 今までアメリカ本国の言いなりで、砂糖の国際相場など知らなかったのであるから。


 日本も世界恐慌の影響で景気に悪影響が出ていたが、大英連邦特恵関税制度に加入したことで景気が上向き始めていた。倒産の危機を回避した鈴木商店は、台湾銀行から融資を受けてフィリピンで投機的な砂糖の買い付けを実施したのである。


「今までアメリカに卸していた価格よりも5割増しで、しかも完売しただと!?」

「はい。ジョークかと思いましたが、エイプリルフールには早過ぎます」

「決まりだな。今後は鈴木商店に全て卸す」


 結果的に、フィリピン側は莫大な利益を得た。

 その恩義に報いるために、鈴木商店にはフィリピン糖の独占販売権が与えられたのである。


 鈴木商店との取引で砂糖の在庫を捌くことが出来たフィリピンは、その利益を国内企業の救済に回した。進出してきたアメリカ企業の現地法人の倒産も、最低限に抑えることが出来たのである。


「……現状では我が国の景気は下げ止まりつつあるが、浮上するにはもう一手必要だろう」

「しかし、これ以上の資金調達は無理です。債権を発行しても国内で引き受け手がいません」

「あまり大っぴらにやると本国に目を付けられかねません」


 部下達の意見を、ケソンは認めざるを得なかった。

 民族資本のみの経済対策は、限界を迎えていたのである。


(いよいよ、日本を頼る時が来たようだな)


 密かに決意を固めるケソン。

 アメリカ本国に露見しようものなら、道半ばで潰されるのは必定である。慎重に事を進める必要があった。


「……後藤さんとは懇意にしとるから会談の場を設けることくらいは出来るじゃろ」

「よろしくお願いします。我が国が独立する瀬戸際だと思っていますので」

「あんたのところとは、今後とも良い商売をしていきたいと思ってる。任せなさい」


 マニラホテルの一室での密約が、フィリピン独立の大いなる一歩となった。

 フィリピン自治領から極秘裏に特使が出発したのは、それから2週間後のことであった。







「この度は、会談の場を設けていただき誠にありがとうございます」

「なんのなんの。他ならぬ金子の頼みであるからな」


 1927年5月某日。

 フィリピン暫定政府特使セルヒオ・オスメニャは、首相官邸で後藤新平と極秘会談に臨んでいた。


(まさか、これほどまでにスムーズに面会出来てしまうとは……)


 オスメニャは内心で驚いていた。

 金子の言葉を信じていないわけでは無かったが、あらためて金子と後藤が親密な関係であることを理解したのである。


「さて、我が国にはフィリピンを正当な国家として扱う用意がある」

「大変にありがたいのですが、条件はなんでしょう?」


 後藤の言葉に逆に警戒する。

 望んでいたことではあったが、こうもスムーズ過ぎると裏を疑ってしまうというものである。


「最終的にはフィリピンの市場の開放だな。もちろん、今すぐにとは言わん。おい、続きを頼む」

「……ここからは、わたしたちで説明させていただきます」


 オスメニャの態度を見て、後藤は目くばせをする。

 後藤の傍に控えていた内閣調査部のモブたちが、前に出てきて言葉を続ける。


「我が国は大陸から撤収し、アメリカとの関係も冷え切っています。新たな市場を欲しているのです」

「しかし、日本は大英連邦特恵関税制度に加入しているのでは?」


 日本は特例で大英連邦特恵関税制度に加入しており、英国の自治領と植民地との貿易が保証されている。オスメニャの疑問も、もっともなことである。


「確かにその通りです。しかし、現状では我が国の資源が活かされていません」

「それを我が国に輸出すると?」


 日英同盟と大英連邦特恵関税制度の恩恵で、日本は格安で資源を輸入することが可能であった。


 そのこと自体は歓迎されるべきことである。

 しかし、輸出可能な資源が外貨に換えることも出来ずに塩漬けになっていたのである。


「しかし、そのようなことをして本当に大丈夫なのですか?」

「もちろん、英国から許可をもらう必要がありますが。詳細は……」

「失礼します! テッド・ハーグリーヴス様が来訪されました」


 モブが話を続けようとしたところで、扉がノックされる。

 入室してきた職員の後ろには、駐日英国全権大使の姿があった。


「……どうも、イギリス全権大使のテッド・ハーグリーヴスです」

「フィリピン暫定政府特使セルヒオ・オスメニャです。お噂はかねがね伺っています」


 初対面ではあったが、オスメニャはテッドのことを知っていた。

 これまで築いた実績によって、外交方面では超有名人である。知らない方がおかしい。


(どうせ、ロクでも無い噂なんだろうなぁ……)


 一方で、テッドは落ち込んでいた。

 自己評価が高すぎるのは問題であるが、低すぎるのも問題であろう。


「……我が国が承認すれば、大英連邦特恵関税制度の範囲外の国との貿易が可能です」

「その許可は出していただけるのですか?」

「本国との折衝はまだですが、イギリス全権大使の名において保証しましょう」


 テッドの言葉に部屋に居た者は安堵する。

 両国がいくら話し合ったところで、肝心の英国からの許可が無ければ空手形になってしまうのである。


「あ、二国間の貿易に関しては我が国が関知するところではありませんので、そちらで取り決めてくださいね」

「それはありがたいが、本当に宜しいのか?」


 困惑する後藤。

 多少はもめると思っていたので、さくさくと話が進みすぎて怖いくらいである。


「今回の案件は、我が国にも利があります。フィリピンが独立してくれれば、地域の安定化とアメリカへの牽制にもなりますし」

「アメリカが何らかの手を打ってくるとかは考えておらんのか?」

「アメリカの現状はそちらでも掴んでいるのでしょう?」

「それはまぁ、な」


 大日本帝国中央情報局(JCIA)の諜報活動によって、日本もアメリカの現状を把握していた。海軍力が著しく低下しているアメリカが、何を言ってきたところで現状では脅威にはならない――というのが、内閣調査部の結論だったのである。


「と、いうわけで日本とフィリピンの独自貿易の許可が欲しいのですが」

『全然問題無い。ところで、テッド君はフィリピンの現状をどう見ているのかね?』

「フィリピンは国内企業の育成や国軍の創設もやっています。発展途上ではありますが、独立国としてやっていけると思います」

『うむ、これで我が国の植民地も続いてくれたら万々歳だな』


 会談終了後、テッドは国際電話をかけていた。

 電話先は、英国宰相ロイド・ジョージである。


 英国の方針として、自治領と植民地は将来的に独立させるつもりであった。

 大英連邦内の自治領と植民地は甘い汁を吸い続けようと世界最強の金看板に群がり続けており、英国政府は対応に苦慮していたのである。


 自治領と植民地が、フィリピンの独立に触発されてくれればベストである。

 その一助となるのであれば、日本とフィリピンの独自貿易を認めることなど些事に過ぎなかった。


 フィリピン独立のXデーに呼応するべく、英国本国から大量の政治工作系エージェントが送られることになる。自治領&植民地では官僚の育成と統治機構の刷新が進められており、相乗効果が期待されていたのである。







「まさか日本が石油を輸出出来る日が来るとはな……」


 出光佐三(いでみつ さぞう)は、自社所有の石油タンカーを見上げて独り言ちる。

 彼は、史実で日章丸事件を引き起こした人物である。この世界では出光商会を率いる若き社長であり、日本における石油エンジニアリングの第一人者であった。


 出光が居るのは台湾に建設された製油施設であった。

 尖閣油田で採掘された原油は、海底パイプラインによって台湾の精油施設に直接運ばれて石油製品に加工されるのである。


 平成会は尖閣油田に早くから注目していた。

 史実における中国とのゴタゴタを避けるべく、早期開発して既成事実化するべく採掘を急いだのである。


 海底油田とパイプライン、製油所の建設は日清戦争後に着手された。

 しかし、本格的な採掘に至る前に大英連邦特恵関税制度に加入したことでカナダ自治領から安価な石油が輸入された。結局、採算が取れずに休止されていたのである。


「社長。積み込みが終わりました」


 帳簿を持った部下がやってくる。

 油臭いのは、直前までタンクへの注入作業に立ち会っていたからであろう。


「いつ出れる?」

「いつでも。というより、フィリピン側から矢の催促です。一刻も早く来て欲しいと」

「そうか……」


 今すぐにでも出航させたいが、ここまで不眠不休で頑張った社員に無理をさせたくない。悩む出光であったが……。


「社長! なに悩んでるんすか。俺らはいつでも行けますよ!」

「そうだそうだ! あんたに鍛えられた俺らはそんなヤワじゃねーぞ!」

「おまえら……!」


 悩める社長を見かねたのか、逆に叱咤激励する船員たち。

 史実同様に、出光商会は大家族主義を標榜していた。単なる社長と社員という関係ではなく、その名の如く運命共同体なのである。


 出光商会所有のタンカー『日章丸』は、その日のうちに出航した。

 満載されたガソリンと機械油は、フィリピンが喉から手が出るほど欲しいものだったのである。


「よーし、そのまま降ろせー!」

「オーライ、オーライ、OK!」


 クレーンが唸りを上げて、袋詰めされた砂糖を積み込んでいく。

 マニラ港では、日本向けのフィリピン糖の輸出作業が進められていた。


「おおおおお、凄いっ! これが全部砂糖なのか!?」

「色が白くない。黒砂糖じゃないのか?」

「これは原料糖だな。国内の製糖工場で加工したら白い砂糖になるんだ」

「国産並みの質はありそうだ。これは良い砂糖になるな」


 積み込み作業の喧騒を無視して興奮しているのは、日本の菓子メーカーと製糖工場の関係者御一同であった。安価で安定的な砂糖供給が実現すると知ったからには、居ても立っても居られずに現地に押しかけたのである。


 砂糖の小売価格が下がった結果、菓子も廉価で販売が可能となった。

 ドロップ、キャンデー、チョコレート、ビスケット等の菓子が爆発的に普及していったのである。


 平成会は右肩上がりの菓子市場を座視出来なかった。

 史実知識を活かした菓子で殴りこんだのであるが……。


『なぜ売れない!? 味は悪くないし、宣伝にも金をかけているのにっ!?』


 結論から言うと、当時の日本人には早過ぎた。

 日本人の嗜好はだいぶ変化しており、史実21世紀で好まれるものが昔は大不評だったのである。


 しかし、有産階級には受けが良かった。

 再現された史実21世紀の菓子は、貴族や資産家に浸透していったのである。


 石油製品と砂糖で始まった日比貿易であるが、急速に取り扱い品目は増えていった。新たな品目を輸出入する度に手続きが必要となり、改善を要望する声があがるのに時間はかからなかった。


 関税を必要に応じて個別に設定するよりも、まとめて一括して設定してしまえば問題は解決する。日本とフィリピンの双方から、包括的な貿易協定の必要性が叫ばれたのである。







「大番頭! 出ましたっ!」

「そうか。何が出た?」

「ニッケルです。広範囲にニッケルの鉱床が見つかりました!」

「でかした! これは商いになるで!」


 部下の報告に、思わず顔をほころばせる。

 フィリピンのパラヤン島で、金子は資源開発の真っ最中であった。


(それにしても、後藤さんがくれた地図は正確だのぅ。まさしく宝の地図や!)


 後藤から餞別としてもらった地図は、平成会が史実知識を元に作成したものであった。銅、金、ニッケルをはじめとした工業用鉱物の埋蔵場所が詳細に記されていたのである。


「素晴らしい! ミスターカネコ、貴方はエスパーなのか?」


 マニラ中心部に位置するマラカニアン宮殿。

 その執務室で、ケソンは金子を激賞していた。


 砂糖を瞬く間に高値で売り捌き、資源開発をさせたら百発百中。

 エスパー呼ばわりしたくもなるであろう。


「過分な賞賛痛み入りますな。発見した鉱山には、日本から建機を持ち込んで採掘を開始しております」

「何から何まで、本当にありがたい……!」


 国産建機の必要性を痛感していた平成会は、小松製作所に資金と技術を提供して開発を急がせた。この世界の日本では、ブルドーザーに油圧ショベル、超大型ダンプなど鉱山開発に必須な建機が既に実用化されていたのである。


 コマツ製の建機は、国内のみならず海外でも人気であった。

 特にオーストラリアは、本国製の建機よりもコマツ製を好んで大量発注していた。


 遠く離れた本国へ建機を注文しても、時間と輸送費がかかってしまう。

 コマツ製建機ならば納期も早いし、カスタマイズにも柔軟に応じてくれたのである。


 これは円卓の狙いでもあった。

 どのような形であれ、本国への依存を減らしてくれれば将来の独立のきっかけになると考えていたのである。


「ところでミスター。我が国では、採掘された資源を十分に活用出来ない。適当な輸出先は無いだろうか?」

「それならばドイツに売りましょう。かの国は、資源を欲しがっていますからな」

「……それはさすがにヤバくないかね?」

「直接輸出したら、いろいろと角が立つでしょうなぁ」


 ニヤリと笑う金子。

 彼には秘策があった。


「我が国を介して満州国へ輸出すれば良いのです。満州国は中立ですから輸出に何の問題もありません」

「なるほど。満州国が何処に輸出しようが、我々の関知することではないと」


 ケソンも人の悪い笑みを浮かべる。

 ドイツ帝国ならば、大量かつ高値で買ってくれるのは確実である。反対する理由などあるはずが無かった。


 中継貿易の拠点は、地理的要素を考慮して博多が選択された。

 フィリピンから輸出された資源は、博多港で降ろされた後で満州国行きの船に積まれて輸出された――と、いうのは表向きの話である。


 地金(インゴット)ならともかく、バラ積みされた資源をいったん陸上げすると保管場所に困ってしまう。


 そこで、船から船へ直接積み替えが行われた。

 いわゆる、瀬取りというやつである。


 具体的には、博多港に接岸したフィリピンからの運搬船に、満州からきた運搬船が接舷して鉱石を移し替える方法を取った。ベルトコンベアで作業は短時間で済み、終わり次第満州へ向けて出航していったのである。


 しかし、資源があるなら加工貿易したくなるのが日本の性(?)である。

 博多港の周辺には精錬所や工場が建設されて、製品として付加価値を付けて輸出されることになるのである。


 世界の経済のブロック化も、博多の発展に拍車をかけた。

 世界の経済は、スターリングブロック、マルク・元ブロック、ドルブロック、東側ブロックの4つに分割される形となったのであるが、その抜け道となったのが日本の博多と満州国の大連だったのである。


 スターリングブロックに属する日本は、博多を窓口にして大英連邦特恵関税制度に加入していない第三国からの輸入品を取り扱った。これには、金子とテッド・ハーグリーヴスが大きく関わっていた。


 金子は、現地で直接資源を高値買い付けて売り捌いた。

 この時点では、あくまでも一商社の取引に過ぎない。


 当事国が継続的な取引を望んだときに、テッドの出番である。

 一例を挙げれば、タイ王国はテッドの仲介でドイツ帝国への天然ゴム輸出が可能となった。


 マルク・元ブロックに属する満州国は、大連を窓口にした。

 博多を経由した第3国からの資源は、大連からドイツへ再輸出されたのである。


 長大な航路で運賃もかかったが、それだけの価値はあった。

 ニッケルやクロムなど、欧州では手に入りにくい資源が多かったためである。


 博多と大連は中継貿易で、その取引量を右肩上がりに拡大していった。

 特に博多は、金融センターとしても発展していくことになるのである。







(……どいつもこいつも良い面構えをしてやがる)


 目の前には、微動だにしないフィリピン人の士官たち。

 教官であるジョージ・スミス・パットン・ジュニア中佐は感心していた。


 親友であるアイゼンハワーに誘われたから、パットンは此処に居る。

 根っからの戦争好きなパットンにとって、アメリカでの生活は耐え難いものであった。親友の誘いに、渡りに船とばかりに家族と共にフィリピンへ渡ったのである。


 とにかく人材が不足していたフィリピン陸軍では、有能なパットンは歓迎された。いきなり中佐に昇進して、教導隊の教官に任じられたのである。


 フィリピン陸軍士官学校の初代校長ダグラス・マッカーサー大将(当時少将)の指導は、とにかく厳格であった。あまりの厳しさに、候補生たちは猛抗議したのであるが……。


『フィリピンが独立するにあたり、アメリカとの戦争は不可避である』

『その時になれば、専門的な訓練と士官が必要となる』

陸軍士官学校(PMA)が、有能な士官の排出という使命をどれだけ果たしたかが、戦争の帰趨を決することになる』


 逆に、大いに納得させられてしまった。

 自国を取り巻く環境を理解していただけに、マッカーサーの言葉は心に響いたのである。


 マッカーサーが転出してからも、PMAの厳格な指導方針は伝統として続いた。

 パットンが対面しているのは、ある意味マッカーサーの愛弟子なのである。


 そんな彼らを、パットンは容赦なく罵倒する。

 彼らとて、地獄のPMAを卒業して軍務でも優秀な実績を残しているエリート士官という自負がある。こうも一方的に言われて黙っていられるはずも無い。しかし……。


「なんだその泳ぎは? 陸軍だからと言って水泳を軽んじていたら死ぬぞ!」


 ――いうが早いか、川に飛び込む。

 候補生たちを水泳でぶち抜く。しかも着衣したままである。


「なんだそのへっぴり腰は? 突くんなら殺す気で突け!」


 ――フェンシングでは、神速の突きで対戦相手を吹き飛ばず。

 哀れ、相手は失神していた。


「貴様ら、一端の士官のくせにロクに馬にも乗れんのか!?」


 ――ひらりと、馬に飛び乗れば縦横無尽に駆け回る。

 文字通り、人馬一体であった。


「弾を無駄遣いするんじゃない! なんだその射撃は!?」


 ――ライフルをひったくると、流れるような動作で発砲。

 当然ながら、初弾命中である。


 口だけでなく、実演してみせるので教官候補生たちはぐうの音も出なかった。

 パットンは、オリンピック近代5種で5位入賞を果たしたフィジカルエリートである。そんじょそこらの軍人が、対抗出来るはずも無かった。


 パットンの鬼のようなしごきによって、教官候補生たちは教官に恥じない技量を身に着けた。彼らが中核となった新生教導隊は、各地へ出張して部隊を錬成していくことになるのである。


「アイク、機甲師団設立の許可が出たのは本当なのか!?」


 首都マニラの陸軍総司令部。

 パットンは、その一角にある親友のオフィスに押しかけていた。


「……気持ちは分かるが落ち着いてくれ」


 口から泡を飛ばす勢いに、親友かつ上官であるドワイト・D・アイゼンハワー少将は苦笑する。


「これが落ち着いていられるか!? 俺の念願がやっとかなったのだからな!」


 パットンは、アメリカ時代から戦車戦力の必要性と機甲師団の設立を強く働きかけていた。それがようやく認められたのである。舞い上がるのも無理はない。


「早速だが、ガバメント・アーセナルに向かって欲しい。そこで戦車の開発を進める手はずになっている」

「ガバメント・アーセナル?」

「最近稼働した陸海軍合同の技術開発組織だよ」

「ふーん、スプリングフィールドみたいなものか」


 『ガバメント・アーセナル』は、史実でも存在するフィリピンの造兵廠である。

 この世界では、陸海軍合同の技術開発部門として編成されていた。


 現状のフィリピンでは、兵器開発を一手に引き受けられる軍事企業が育っていなかった。そのため、現状の兵器開発はガバメント・アーセナルの独占状態だったのである。


「ま、なんだっていいさ。機甲師団が編成出来るならばな」


 意気揚々と、オフィスを去っていく。

パットンたちの尽力で、戦車中隊の運用が可能になるのは数年後のことである。


 フィリピン陸軍は、近代的な軍隊として急速に成長していった。

 アメリカを捨てた、あるいは捨てられた軍人たちによって、フィリピン人将兵は鍛え上げられたのである。







「建造は順調のようだな」


 1927年9月。

 セブ島の造船所のドックの一角で、ウィリアム・ハルゼー・ジュニア少将は笑みを浮かべていた。


 フィリピンの造船所のメッカが、セブ島バランバンである。

 アメリカを脱出してきた中小の造船メーカーが続々と進出しており、現地は活況を呈していた。


「しかし、なにぶんにも初めて建造する艦です。今後不具合が出るかもしれません」


 ハルゼーに同行している技師が懸念を述べる。

 彼が関わっていた平甲板型駆逐艦に比べて新機軸が多数取り入れられており、不安になるのも致し方ないといえる。


「心配するな! 俺には分かる。こいつは良い駆逐艦になるぞ!」


 ハルゼーの直感であったが、間違ってはいなかった。

 それもそのはずで、この艦は史実の神風型駆逐艦の図面を流用したものだったのである。


 この世界の日本では、史実の特型駆逐艦を手直しした艦がワークホースとして大量に建造されていた。その一方で、神風型は設計はされたものの建造されることなくお蔵入りしていたのである。


 同年5月の日本との極秘会談の結果、段階的な軍事支援契約も結ばれた。

 その際に提供されたのが、神風型駆逐艦の設計図だったのである。


 特に問題が生じることもなく、1番艦の建造は進んでいった。

 しかし、問題は別のところで発生していたのである。


「うーむ、駆逐艦の場合は海軍功労者の人名が命名規則になるのだが……」

「フィリピンに海軍の功労者なんていましたかね……」


 首都マニラに所在するフィリピン海軍総司令部。

 海軍最高責任者アーサー・マッカーサー大将と、その腹心であるレイモンド・エイムズ・スプルーアンス少将は予想外の問題に頭を抱えていた。


 彼らを悩ませていたのは、新型駆逐艦の名称であった。

 そんなものは建造前に決めておけと言いたいところであるが、様々な問題によって棚上げにされてたのである。


「……もういっそ、番号にしませんか?」

「気持ちは分かるが却下だ。そんなことをすれば、士気にも関わる」


 スプルーアンスの提案を、問答無用で却下するアーサー。

 実際、艦名は将兵の士気にも関わる重大な問題なのである。


 美しい艦名、カッコよく力強い艦名というのは、クルーの精神の拠り所とも言える。


 史実においても、名称候補のストック切れで神風型が番号呼びになった際には士気がダダ下がりしているのである。


「で、あるならば手段は一つですね」

「名案があるのか?」

「学者を集めましょう。特に歴史学者が必要です」


 結局、スプルーアンスの案が採用された。

 歴史学者を総動員した結果、歴史に埋もれたフィリピンの英雄が発掘されていったのである。


 忘れ去られていた英雄たちの活躍の歴史は、フィリピン人の情操教育に大いに役立った。それは国家の、ひいては国民のアイデンティティとなり、フィリピン独立の原動力になったのである。


『本艦を、ダトゥ・カランチャウと命名する』


 艤装委員長のハルゼーが、厳かに書面を読み上げる。

 『ダトゥ・カランチャウ』は、フィリピンで初めての法律を作ったとされる伝説的な統治者である。フィリピン海軍初の国産艦には、相応しい名前と言えるだろう。


「……」


 槌とのみで、ハルゼーは支綱を切断する。

 シャンパンが割られ、船体は静かに滑り落ちていく。


 事前に周知されていたのか、ドックには大勢の人間がつめかけていた。

 全員が進水式の成り行きを、固唾をのんで見守っていたのである。


 ちなみに、神風型の図面を提供した平成会は航続力の短さを心配していた。

 あとでフィリピン側からクレームを付けられ無いかと、内心冷や冷やものだったのである。


 実際には、神風型の航続力が不足していたわけでは無い。

 駆逐艦に全天候性と長大な航続力を要求する史実の帝国海軍がおかしいだけで、必要な水準は満たしていたのである。


 沿岸での作戦運用がメインのフィリピン海軍では、航続力は問題にはならない。

 その一方で、神風型ゆずりの凌波性と運動性は歓迎された。


 特にハルゼーは、アメリカンフットボールで培ったフォーメーションを応用した新戦術を考案した。この戦術はフィリピン海軍の駆逐艦乗りによって研鑽されていき、やがて完成に至るのである。


 『ダトゥ・カランチャウ』型駆逐艦は、改良型も含めて大量に建造されることになる。完成された設計故に、大きな事故を起こすことなく運用されたのである。







「ウィロビー、本国には気取られていないだろうな?」

「はっ、この状況に至っても動きが見られません」


 マラカニアン宮殿の大統領執務室。

 チャールズ・アンドリュー・ウィロビー中佐は、最新のレポートを報告していた。


 この世界のウィロビーは、腐敗したアメリカ陸軍に見切りをつけてフィリピンへ渡っていた。何の因果か、この世界でもマッカーサーの副官を務めることになったのである。


 ウィロビーは、フィリピン軍情報局(SAFP)アメリカ課の課長を兼任していた。

 独立の最大の障害になるアメリカの動向を監視し、逐一報告するのが主な任務である。


「極秘裏にとはいえ、周辺国へは独立のための根回しもしている。この状況で動きが無いのはかえって不気味なのだが……」


 報告を受けたケソンは困惑する。

 可能な限りの機密保持を実施してはいるものの、独立に必要な人・モノ・金の流れは膨大なものであり、そこから情報が洩れるのは避けられない。当然ながら、なんらかの妨害工作を行ってくると踏んでいたのであるが……。


「君は知らないだろうが、ステイツの腐敗ぶりは想像を超えている。おそらく本当に気付いていないのだろう」

「そんな馬鹿な……」


 マッカーサーの言葉に絶句するケソン。


「馬鹿だから、有能なわたしを叩き出したのだよ」


 思い出すのも忌々しいとばかりに、コーンパイプをくゆらすマッカーサー。

 サングラスで見えないが、その両眼は険しかった。


「とはいえ、独立を宣言すればさすがに本国も動き出すだろう。本当に大丈夫なのかね?」

「その件に関しては、海軍から説明させていただきます」


 ケソンの懸念に応えたのは、海軍最高責任者であるアーサー・マッカーサーであった。


 彼はダグラス・マッカーサーの兄である。

 フィリピンの軍事はマッカーサー兄弟によって支えられているのである。


「本国の海軍は、全て戦前のオンボロ艦でまともに稼働する艦はわずかです。その程度だったら、譲渡された艦で対応可能でしょう」


 米海軍にちょっかいをかけられない程度の海軍を整備する必要性をフィリピン海軍上層部は理解していた。しかし、国産駆逐艦の進水はまだ先の話であるし、そもそも圧倒的に数が足りない。では、どうするか?


『……と、いうわけで余っている艦が欲しいんですけど』

『またかテッド君!? 先に言っておくが1隻も戦艦はやらんからな!?』

『いや、今回は駆逐艦とか補助艦艇が欲しいんですってば』

『そういうことならば、放置されている戦時量産艦がある。しかし、国交以前に独立していない国に譲渡するのは、いろいろと角が立つな……』

『それなら問題ありませんよ。屑鉄名目で民間業者に流して、フィリピンに送れば良いんです』

『その手があったか。維持費も削減出来るし、こちらにも旨味がある話だな。ただちに譲渡出来る艦のリストを作成しよう』


 最終的に、テッドが仲介してフィリピン海軍への艦艇の譲渡が行われた。

 フィリピン側はロハで新造艦が手に入って満足。英国側も保管費と場所が浮いて満足と、双方Win―Winな取引だったのである。


「……だが、新型戦艦が建造されたと聞くぞ。それがこっちに来る可能性もある」

「まともな海軍ならば、虎の子の新型戦艦をそのような使い方はしませんよ」


 断言するアーサーであったが、この世界のアメリカは真っ当ではない。

 彼らが絶叫することになるのは、もう少し後のことである。


「……独立を宣言しても食っていけなければ意味は無い。日本との貿易協定の進捗はどうなっているのかね?」

「既に大筋で合意を達成しています。年内には締結出来るでしょう」


 ケソンの質問に、同席していた経済官僚が即答する。

 独立を宣言した時点で、アメリカからの輸入は確実にストップする。フィリピン経済が麻痺する前に手を打つ必要があった。


「貿易品目が多いために確認作業に時間がかかっているだけで、現状でも日本との貿易は問題ありません」

「そうか。それを聞いて安心した」


 心底安堵の表情となるケソン。

 分かってはいたが、実際に聞いてみるまで安心出来なかったのである。


「諸君、賽は投げられた。我々はもう後戻りは出来ない」


 ケソンの言葉に、その場に居る人間が居住まいを正す。

 ここまで来て止まることは出来ない。フィリピン独立は既に決定事項なのである。


「……」


 黙々と、ただひたすらに書類の決裁をしていく。

 デスクに山と積まれた書類は、山脈の如しである。


「だーっ!? 終わらねえぇぇぇぇぇっ!?」


 エンドレスな書類作業にブチ切れる紳士。

 誰あろう、駐日英国全権大使のテッド・ハーグリーヴスである。


 彼は今、政治工作の決裁に追われていた。

 フィリピン独立のXデーに前後して、独立運動を盛り上げるためである。


 フィリピン独立に刺激を受けて、独立してくれれば儲けもの。

 そのような軽い感じで、円卓に提案したのであるが……。


『円卓は全会一致で、ドーセット公の提案を承認する。全加盟国を対象に即刻作戦を実行するべし』


 どういうわけか、円卓側が大いに乗り気になってしまったのである。

 慰安旅行の直前に飛び込んできた大仕事に、テッドが発狂寸前になったことは言うまでも無い。


 とはいえ、立場的に仕事を放り出すわけにもいかなかった。

 悲しきは、宮仕えなのである。

自援SSで、しかもフィリピン絡みなのにテッド君の出番多いなぁ。

まぁ、それだけ彼が使い勝手の良いポジションに収まったということなのですがw


>フィリピンの砂糖

フィリピンの輸出品はバナナのイメージが強いのですが、それは戦後のことです。

戦前は砂糖が主力商品でした。


>裏社会が牛耳るアウトロー国家

変態アメリカ国内事情―ギャング・マフィアに非ずんば人に非ず編―を参照。

ギャングとマフィアとFBA長官が仲良くしてる時点で、いろいろとお察しです(白目


>鈴木商店

この世界では、大英連邦特恵関税制度(後述)の恩恵を受けて倒産を回避しています。

現時点では、日本最大どころか世界最大の個人商店です。


>金子直吉

鈴木商店の事実上のオーナーで剛腕商人。

本編でも登場予定。


>セルヒオ・オスメニャ

史実ではフィリピン自治領第4代大統領。

どことなく薄幸なイメージのする人(超個人的主観


>大英連邦特恵関税制度

大英連邦を構成する全ての植民地と自治領が加入する世界最大の経済圏。

特例として日本とフランス共和国の加盟も認められています。


>大家族主義

タイムカードも定年も無いという、なかなかぶっとんだ企業。

さすがに上場するときには修正されたようですが。


>日本人の嗜好はだいぶ変化しており

現在でも、牛乳を飲んだらお腹を壊す日本人はそれなりにいます。

乳脂肪分をふんだんに使用した史実21世紀のお菓子は相性が悪いのです。欧米型の食生活が定着するまでは流行らないでしょうねぇ。


>小松製作所

平成会が援助した結果、G40型ブルドーザーも実用化されています。

これには海軍設営隊もにっこりですねw


>『ダトゥ・カランチャウ』型駆逐艦

実も蓋も無い言い方をすれば、史実神風型の対候性を強化した艦です。

キャンバストップが金属製天蓋になって、荒天でも運用が可能になっています。


フィリピン軍情報局(SAFP)

史実でも実在する軍情報局。

この世界では、情報を重視するマッカーサーによって早期に設立されています。


>コーンパイプ

コーンパイプと言えばマッカーサー。

実際にマッカーサータイプというコーンパイプがあるそうです。


>アーサー・マッカーサー

ダグラス・マッカーサーの兄です。

史実では虫垂炎で亡くなっていますが、この世界ではまだまだ元気です。


>新型戦艦

変態アメリカ国内事情―アメリカ海軍の逆襲編―を参照。

史実では計画のみに終わっているサウスダコタ級戦艦6隻をハワイに集中配備とか正気じゃねぇ(白目

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうせ独立するならマハルリカに国名変更してみたらどうでしょう。欧米からの独立をアピールする的な意味で。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ