第九話
一角うさぎの角が手に入らない、と言う話を聞いて、薬師達が騒ぎ出す。
「どういうことだ!」
「我々に仕事をするなというのか!」
一角ウサギの角以外にも抽出液を作る方法はある。
代用できるユニコーンの角は冒険者達もそれなりのランクが無ければ殺されてしまう危険がある上に、削って粉にするにはかなりの手間がかかる。
そして、街の外でウジャウジャと繁殖している一角ウサギと比べて、森の奥で探し回ってようやく手に入るような物だった。
たとえ手に入れても、その硬度からユニコーンの角は装備として加工する方が高く売れる。
それを削ってポーションにするなんてとんでもない。
安く手に入り、加工しやすい一角ウサギの角は薬師達にとって必須と言っても良かった。
体格の良いギルドマスターに薬師達が罵声を浴びせる。
「あ、せや。一角うさぎの討伐報酬やけど、できれば今現金で払おてくれへん?」
「清算日まで支払う事はできませんよ。オルタさんも知ってますよね」
「特例があったやろ?生活するのが困難な場合、その週の途中で精算する事もできるはずやで。ほれ、ギルドの規則に書いてある」
冒険者に成りたての人間はどうするか?
基本的には給料日までの貯金を崩すのだが、その貯金が無い場合は生活が安定するまで日払も認める、という規則があるのだ。
通常は冒険者になりたての人間が使う程度の制度で、オルタのような冒険者が使うことは無いはずの制度だった。
「わっち今生活が困難なほど金に困ってんねん。これ口座残高やけどゼロやで。信じられんなら銀行に問い合わせてもええで?むしろ借金生活や。酒場にツケあるしな」
『冒険者ギルドに行く前に銀行の残高を出して貰ってたのはそのためか』
『わっちはオルタはんの知識と共有してるから、規約の事はオルタはんも知ってたはずやけどな』
『俺は清算日まで待っても良かったんだが』
『アホか!貰える思うとるんか?普通に考えたら貰えるわけ無いやろ。いちゃもん付けられて払われんだけならまだしもなんかしらの罰が下されるかもしれんよ』
『罰ってなんだよ。討伐依頼がボードに貼られてるし、誤魔化すわけにもいかんだろ』
『今出てる討伐依頼を指名依頼に書き換えて、一角ウサギの角収集に書きかえられた場合、わっちら以外は狩っとらんから、他の冒険者達からは文句でんやろ?指名依頼を邪魔した、言うて逆に罰金課されたらどうするつもりやの?金無くて奴隷に落とされるけどええん?』
マニーは俺に向かって、真顔で主張する。それは未来が見えているかのように、見てきたかのように断言した
『ギルドに関係ない薬師達がおって、ギルドが討伐依頼を出した事を知っている今回収せんとアカン。時間を与えたら根回しされておしまいやで。今報酬を貰とったら依頼を書き換えられて衛兵呼ばれたとしても、じゃあなんでギルドから報酬を支払おたんやって話になるやろうし、下手を打てばギルド自体が文章偽造にされて捕まるやろな』
「で、ですが……」
「なんやの?ギルドの決まりはお飾りなん?稼ぐから先に前借りしたい、とか無茶な話を言うとるんと違うよ?今日の働いた分を今日清算して欲しい言うとるだけやで?」
薬師達は現時点ではギルドマスターの敵である。
そして敵の敵は味方だ。
「冒険者ギルドは規約を簡単に破る組織なのか?」
「規約を遵守しないような適当な運営しているのか?そういう体制が今回の事態を招いたんじゃないのかね?」
薬師達はとにかく攻撃するネタに飛びついてギルドマスターを糾弾したいのだ。
その原因が俺達であると知っていても。
「もういい、払ってやれ!」
「は、はい!」
受付嬢が一角ウサギの討伐報酬を渡してくれる。
「それとお前はギルドから除名だ。二度とうちのギルドに顔を出すなよ、顔も見たくない」
『おい!ギルド解雇されたぞ!』
『なんやの……残りたいんか?』
「それはちと横暴ちゃうの?冒険者ギルドに入って冒険したら解雇されてしまうん?」
「問題行動以外にも除名する場合について規約がある。ギルドの依頼遂行をするにあたって問題があると見受けられたからの除名だ。」
『無理やな、諦め。他の冒険者ギルドで登録すればエエやろ』
ギルドマスターの指示で同意書にサインするマニー。
「オルタ……ここをやめてどうするのよ」
カレン達が悲しそうな顔で俺を見ていた。
この町の他の冒険者ギルドに登録する事もできるが、一番大きなギルドのここに比べれば格がだいぶ落ちる。
冒険者としてやっていきたいなら他の街の大手冒険者ギルドに登録するしかないのだが、今のステータスだと登録自体も断られるかもしれない。
「何いうてんの?カレン達もダンジョンに潜れない子供並みのステータスやから辞めろ言うてたやん?」
「そ、それは……そうだけど」
カレンが口籠る。
「一角うさぎは繁殖力が強い魔物です。巣を潰されても一月程で新しい巣を作り元の状態に戻りますので、その間は隣町のギルドから一角うさぎの角を仕入れれば問題はありません。不便をかけますが数日で手配できるはずですので」
ギルドマスターが薬師達に頭を下げながら説得し、納得させかけた所でマニーが声をかける。
「なぁ、ギルドマスター。冒険者ギルドを除名されたわっちは商人でも始めればええんかな……?どう思う?」
「顔も見たくないと言ったはずだ。金を受け取ったらさっさと出ていけ!」
ギルドマスターが乱暴に負い払おうとする手を躱して
マニーは煽るような顔をして言う。
「忠告しとくけど、隣町は無理やで?」
「……なんだと?」
「五千匹やで?そんなんこの街の近くだけにおるわけ無いやろ?近くの町の一角うさぎの巣は全部わっちが潰してしもうとるよ。ギルドの在庫次第やろけど、グズグズしとったら一角うさぎの角が手に入らない事に気付いて売って貰えへんで?」
「嘘をつけ!そんな事、無能職のお前にできる……」
ギルドマスターが声を張り上げると、マニーは消えて別の場所に居た。消えては違う場所に現れて、と数度繰り返す。
「……はずがない」
「実はわっち、特定条件下に限定されるけどテレポートできるんやで!スゴイやろ?」
マニーは楽しそうに笑い、ギルドマスターの顔が赤色から青色へと変わった。
「なぁこれなら離れた一角ウサギの巣も潰せると思えへん?わっちの事信用でけんか?あ、エエこと思いついたで。商人ギルドに登録して近隣のギルドから買い占めるっちゅう手もあるな。冒険者やのうて商人やったら稼ぐ事だけを考えなあかんよなぁ!」
「……待て」
「さっきもろうたお金もあるしな?」
マニーは粘着質なニチャニチャした笑みを浮かべた。