第八十五話
「さあ、逃げるぞ……」
ドアノブを捻ったが、ドアは開かず。
部屋を出ようとした俺はそのまま鼻をドアに打ち付ける。
……声をあげて泣いてしまいそうなほど痛い。
部屋には鍵がかかっていた。
そしてコントのようにうずくまる俺を見て、皆のシリアス展開だった空気が霧散した。
その空気に耐え切れず、俺はごまかすように呟いた。
「おかしい、あかないな」
「おかしいのはお主じゃろう……。じゃが、これでゴブリン共に悪意がある事は解ったのぅ」
シアがそう言って頷くと、皆もついて頷く。
「なんで悪意があると思うんだ?」
「なんで内側に鍵穴があるんじゃ。内側は普通サムターンじゃろう?」
「そうですわよ。これだと出られませんわね」
「鍵が無いから出られない……ゴブリン達は外から鍵をあけて一方的に攻撃できるよ……ね?」
「牢屋以外では見たことがありませんね」
シア、エレノア、シノブ、トミンがそう言ってくる。
「……ああ、そうだな。俺もそう思う」
俺もそう思う、は魔法の言葉だ。
これを付け加えるだけで、頭を働かせなかったヤツから、皆を試した知者のように感じるのではないだろうか?
「たてつけが悪いだけじゃないの?」
カレンが引っ張るとバキッという音がしてドアが開く。
……アー、壊したナー。
「…………ほら、開くじゃないの」
「開いたんじゃない、お前が壊したんだ」
「壊してないわ、勝手に壊れたのよ」
こいつ……目の前で壊してるのに、よく自壊したと主張できるな。
そういえばカレンとパーティー組んでしばらくしたときにこんなやりとりがあった。
=== ===
「ねえ、オルタ。冒険とは関係ないんだけど魔法陣って作れる?」
「ん?ああ、作れるぞ」
「よかった、じゃあ作って欲しい物があるんだけど……」
カレンが手に持っているのは『はじめてのMFC(魔法陣)』という書籍だ。
魔法陣はMFCと呼ばれる。Magic Function Circleの略だ。決して深い意味はない。
魔法陣とは、紙に魔力を込めて書き魔法を発言させる技術だ。
一度起動させてしまえば、魔法陣は書いた物に定着する。
あとは魔法陣が失われるまで魔力を込めるだけで誰でも実行できるようになるのだ。
魔法職でも魔法陣を作るというのは結構難しい。
頭にイメージを描いて詠唱するだけの魔法行使と違い、誰でも魔力を込めるだけで使わせるようにきちんと魔法についての理解と、それに適した記述が必要になる。
魔法職なら必須の教科書とも言える物だ。
魔法職を得た物はこれをまず購入して自分ができる事を学んでいく。
「懐かしいなぁ……それ。上級賢者になった時にすぐ買いに行ったな」
上級賢者の俺は魔法陣の規模が制限なしのアンリミテッド。全ての魔法陣を起動可能だ。
もっとも起動できるというだけで、魔法陣を作るためには魔法陣の知識が必要なのだが、そこは頭の良さに補正がかかる上級賢者。頑張って苦労して覚えたよ……。
起動はできるけど魔法陣がかけない。
魔法陣はかけるけど起動はできない。
そういう人は一定数いる。難しいもんね、魔法陣。
「でもシアも作れるだろ、そっちに頼まなくていいのか?」
あいつ、見た目はちんまいけど頭いいしな。
エルフだし魔法陣はお手の物だろ。
ぶっちゃけエルフの特級魔法職の魔法陣を見てみたいし、あわよくばパクりたい。
「シアは魔法陣に興味ないって覚えてないのよ」
……いや、覚えろよ、特級魔法職。
魔法職なら必須だと、心の中で解説したばかりなのに数会話後には全否定だよ。
「まあ、そういう事なら仕方ないな」
やれやれ……と俺は腕をまくって魔法陣を作成してやろうと机に向かう。
「よし、カレン。この最初のページにあるハロワ魔法陣。『Hello,World』と文字が浮き出る魔法陣でいいな?」
「ええ、勿論よ……っていいわけないでしょ!それ何の役に立つのよ!魔法陣用の用紙も安くないんだからね!」
「バカ!世界への挨拶は大切なんだぞ……!」
『こんにちは、魔法陣の世界』
『ようこそ、魔法陣の世界へ』
魔法陣が挨拶を返してくれる事はないが、挨拶をするとその世界に入ったって気がするだろ。
Hello,Worldせずに魔法陣は書けないと言っても過言ではないんだぜ?
「これよ、この風の魔法陣と熱の魔法陣。熱の魔法陣は温度を八十度くらいに固定して組み合わせて、風が出るようにしたいの。できればこう、片手で持てて手で動かして風をコントロールできればいいわね」
「……何に使うんだ?」
「髪を乾かすのよ。最近雨が多いでしょ?濡れたままほっとくと髪が痛むの」
でもお前、前に雨が降った時に髪を手でぺしぺし叩いて乾かしてたじゃないか。
あれワイルドだな、さすがカレンって思ってたんだぞ。
犬もブルブル身体を震わせて乾かすし、お前にはいらないんじゃないのか?
「……殴るわよ?」
口に出てたらしい。殴ると言うから上半身を庇ったのに蹴られた。
なんて理不尽なヤツだ!
「でもこの違う属性の魔法陣をくっつけるって言うのは難しくてだな。だからこそそういう魔法陣が作れる人は高い金額で魔法陣作成会社に雇われたりしてだな……」
「できないの?上級賢者なのに、魔法陣作れないの?」
カレンがガッカリという表情をする。
えっ……風と熱の融合魔法陣を?で、できらぁ!!
「やってやるよ!チクショウ!!」
そして、二徹で作り上げた。
乾燥する物と名付けた。
冬場とかもあったかいし、髪も乾くし。おまけに殺菌機能までつけたんだぜ、このドラちゃん。
イオンっぽいのとかプラズマっぽいのを出す魔法陣もオマケでつけたぞ、ひゃっほう!一つ合成できてから楽しくなっていろんな機能をつけたよ。もしかしたらこういうの向いてるのかもな。
この魔法陣をどこかに売れば結構なお金になりそうだ。髪を乾かす魔法陣。うん、いいんじゃないか?
カレンが気に入ったら試験完了。コピーして特許申請だ。改善点がなくなるまできっちり作り上げてやるぜ!
「何してるんですの?」
「ああ、カレンに渡そうとしてる髪を乾かす魔法陣だ」
「えっ、凄いですわね……ね、ねぇ。使ってもいいかしら?」
カレンに渡す前に、風呂上がりだったエレノアに試してもらった。
開始すると十秒くらい魔法陣。下から上へと温風が吹き上げる。
つまりスカートがめくれ、磨いたばかりの脚があらわになる。
眼福の代償に蹴られたが聖女様の蹴りは痛くない。ありがとうございます。
エレノアは凄く冷たい目を向けて部屋に戻っていった。
「何をしとるんじゃ?」
「の……のぞ、き?」
シノブとシアが通ったが、二人とも魔法陣を隠してスルーした。コイツラはシャレにならない。
シノブは力加減を誤って骨とか折られそうだし、スカートじゃないしな……。
シアは怒って冷静さを失うと、こんな所でも魔法とかバラまきそうだ。
それにちんまいから見てもそこまで楽しいもんじゃないだろうしな……。
「オルタじゃない、何をしてるの?」
さあ、本番だ。
「どうすればいいの?」
「ここにvoid main()っていうのがあるだろ?そこに魔石を置いてみろ」
カレンに指先くらいの小さな魔石を渡してやる。
魔法陣の関数に魔力が流れる事によって、順々に流れていく。
魔力を込めろと言ったら適当にやりそうだから小さな魔石を渡してやった。
これなら間違える奴はいないだろう。
「ここね!」
そういってカレンが置いた先は……
「違うよ!?さっきvoid main()って言ったばかりだろ!なんで熱の関数の開始に魔石を置いたんだよ!先に風をまわさないと熱がこもって……」
熱の上下限を通す式もないため、そのまま熱の魔法陣は温度をあげ、発火点で自然発火し魔法陣が燃えはじめる。
「……壊れたわ」
「違う、壊したんだ」
「……何もしてないのに勝手に壊れたわ。不思議ね」
「違う、お前が壊れるように操作したから壊れたんだ。必然だ」
=== ===
「そうか、ドアが勝手に壊れたか。不思議だな」
「そうね。私はドアを開けようと引っ張っただけなのに。不思議ね」
「何をバカな事を言っとるんじゃ……。壊すのが正解じゃろう……」
そうシアが言うが……。
「でも、カレンの破壊癖はひどいんだぞ?前に買った魔法レンジあっただろ?あれ、カレンが魔法陣を入れるためのカバーにナイフを突っ込んで壊したんだぞ?」
「違うわ、あれは何もしてないのに勝手に動かなくなったのよ……」
「壊す人はすぐ何もしてないのにって言うんだ。なんでナイフを魔法陣が入っている隙間に突っ込むんだよ、それで何もしてないと良く言えるよな?そんな操作どう考えてもやらないだろ」
「違うわ、魔法陣が入ってるなんて知らなかったのよ。あれはナイフを差し込む用の隙間だと勘違いしていただけだから」
「「「「「ナイフ用の隙間!?」」」」」
「ないのぅ」
シアが首を振る。
「ないわよ」
エレノアが首を振る。
「……」
シノブが無言で可哀想なヒトを見るような視線を向ける
「いや……ないです。ごめんなさい」
ショタ領主令息……トミンも続く。
「……大丈夫だ、お前の頭はおかしいけど……俺だけはお前の味方だぜ?」
そういってサムズアップすると、カレンが鬼の形相で俺の背中に蹴りを放った。
「アンタが唐突に魔力レンジとか言いだしたのが原因でしょうが!」
マジで痛い……。お前、脳筋なんだからシャレになってないんだよ。
猫がじゃれついて甘噛みするのは微笑ましくても
同じ猫科のライオンがじゃれついて甘噛みすると人は簡単に死んじゃうんだぞ?
読んでいただきありがとうございました!




