第八十四話
ヒト。
人間は雑食動物だ。肉でも草でも基本的には栄養にすることができる。
栄養吸収効率は違えども選択肢は多い。そして適応しやすくもある。
例えば牛乳、牛乳からエネルギーを得られる民族もいれば、エネルギーを得られない民族もいる。
例えば海苔、例えば昆虫。消化してエネルギーに変えられなくても、その食生活が続く事で消化酵素が変化して適応してきたという歴史がある。
例えば牧草、栄養をほとんど取れずに出てしまうとしても、長い間牧草を食べさせられ続ければ適応しうる可能性もある。
例えば毒草、とある民族では普通の人にとって有毒な植物が食べられている。
子供のころから少量ずつ摂取し、腹をくだしながらもその毒草を食べ続ける事で、その毒草を分解し栄養とする事ができるようになった民族もいる。
味に飽きる、美味しい物が食べたいという感情を抜きにすれば、安い飼料や不要な飼料で生存できる生き物でもあるのだ。
成長までが速いこと、繁殖能力が高いこと。
ヒトの成長は遅いとしても、十年近く育てればある程度の成熟は迎える。
脳容量で言えば十歳と成人とではほとんど変わらないのだから。
十代の後半くらいで身体の成長が止まる人も多いし、貧しい国では十三歳くらいから成人とみなし働かせる国もある。
家畜にはある程度の知能が与えられればいい。
ヒトとなるため、様々な事を学ぶ期間を労働に充てる。
毎日労働の中で培われた肉体を持つ十五歳であれば、普通に知識を蓄えてきた成人と変わらないパフォーマンスで動くこともできるし、子供も作ることができるくらいには成熟している。
より早熟な個体同士を交配させれば、さらに成熟を早めることができるかもしれない。
鶏でもブロイラー種は通常の家畜の鶏よりもニ倍の速度で成熟する。
人も早くに身体ができあがる物同士で交配させていけば、そうなってもおかしくはない。
発情期に関わらず年中交配を行える種で、群れと序列を作る生き物であり、二足歩行のため場所をほとんど取らない。
「なるほど、家畜向けか……」
管理しやすいようになった飛べない鶏。
食肉を得やすいようにおとなしい性格で繁殖能力に秀でた交配を続けられた豚。
成虫になってからは物を食べる事ができず、飛べなくなり、人により交配して数を保つ蚕。
どれも野生だとすぐに淘汰されたであろう特性を持った個体をヒトの都合で無理やり交配を続けて生み出した家畜。
ゴブリンの手を借りなければ生きられないような特性を持ったゴブリンに都合のいい家畜化。
これをヒトが行っていた時期もある。
それをヒトは、『奴隷』と呼んだ。
小説等では奴隷制度が華やかに描かれるも居たりする。
美男だったり美女だったり、剣技に長けていたり。
奴隷を家族だと言って優しくする小説だったり、今でいう会社員みたいな物だという人も居る。
実際に公務員のような扱いだった奴隷制度を持つ国もあった。
国が生殺与奪の権利を持ち、忠誠を誓っているのだから農夫よりも良い生活をさせるべきだ、とした国もある。
だが、そういう奴隷制度は一部だ。
真の奴隷制度は家畜化と変わらないような所もあった。
繁殖用の奴隷を買い入れ、奴隷と交配させ、奴隷の数を増やしていった。
牛馬の方が力があるし、人を奴隷にして何の得があるか。
それは、奴隷が描かれた絵画を見ると解る。
奴隷が働く姿を思い浮かべると、すべてに共通している事があるだろう。
『ヒトしかできない作業をしている』という点だ。
例えば農耕。
例えばワイン造り。
例えば建築。
それらは、いかに知能が高い動物でもできない事だ。
ゴブリン達は農耕を行い、進んだ文化を手に入れた。
であれば、次のステップは。
『わっちが思うに……この町の発展から考えるとやけどな』
そして考えがまとまる前に、マニーが話しかけてくる。
『この街ってゴブリンだけだと無理な街の発展やろ?』
『どこがだ?実際に発展してるじゃないか』
『……例えば、このホテル。今おるけど、疑問に思えへんか?』
ホテル……?豪華なホテルだけどな。
『解らん。何か変な所あったか?』
『ならストレートに言うわ。これ、このホテルは何のためにあるん?』
なんのために?
『客を泊めるためだろ?』
『アホか。ここは観光地とちゃうやろ……。人はけえへんやろ?』
来ないだろうな……。
映える、と言いながらゴブリンの国のホテルで一泊。
そんな酔狂なヤツはいないだろう。
『せやったら客は誰や?ゴブリンしかおらへんのやろ?せやのにドアノブとか小柄なゴブリンにしては高い位置にあるやろ?届かへん事もないけど、ゴブリンが使いやすいホテルならもっと下にドアノブを配置するやん?』
俺達にとってはちょうど持ちやすい位置にあるドアノブだが。
ゴブリンの場合だと顔の位置くらいになるだろうか。
確かにそうだよな……。
『こんな話知っとる?奴隷制度の最初は……奴隷達に豪華な家と豪華な食事を与えたんやで』
『……そうなのか?』
『家畜化も餌を与えず働け働け、いうたら成功せえへん。逃げておしまいやろ。野生よりもエエもん食えて安全やって所を信用させてからがスタートや。ここにおればエエもんが食えるし、エエ家に住める。まず逃げる必要性を奪ったんや』
そして逃げる必要がなくなった奴隷達はやがて子供を授かる。
衣食住が満たされたら、後は繁殖するのが動物のサガだ。
そして生まれた子供に対しては、そこまで良い待遇を与えなくても良い。
その子は、野生の生活を知らないのだから。
『生きるって事は、こういう物だよね』
恵まれない物だ、という認識を与え……仕方ない事なのだと教育を施す事ができる。
『もう一度聞くわ。このホテルは何のためにあるん?今日まわった町の設備のほとんどが、ゴブリン専用のサイズにすればもっと簡単に安う作れるのに。あえてヒトが利用しやすい高さに作っとったやろ?』
俺はみんなの方を振り返って、こう言った。
「逃げるぞ……。リィンが隠してた部屋も一応確認していこう」
そういうと、カレン達は頷いた。




