第八十ニ話
明らかに人の領地より発展している。
「これは、凄まじいのう……」
近未来的なゴブリン達の街にシアが驚愕の声を上げる。
「どうですか?人の街の事はあまり解りませんが、ゴブリンの街も捨てたものではないでしょう?」
リィンが『どやさ』もしくは『ふんす』というオノマトペが似合いそうな表情を浮かべる。
「今日は色々と観光してお疲れでしょう。初めての人間のお客さんなので、宿を用意しています。どうぞ、こちらへ」
そしてリィンに連れて行かれた場所は。
「あ、あぁ……」
文化を判断する時に、建築技術というのは重要な判断材料になる。
建築様式だけが先行して発展する訳ではないのだから。
その国が持つ宗教、社会、経済、文化、技術。
すべての要素が噛み合って生まれるものなのだ。
穴を掘って巣とする動物もいるし、木の上に小枝を集めてすむ動物もいる。
横方向に穴を開ける横穴式住居、縦に穴を掘り梁を立てた竪穴住居。
その中にご先祖様の髑髏であったり、壁画であったり。
その当時の人間の『オシャレ』もしくは、『宗教』に染まっていく。
ゴブリン達の建築技術は、こちらの想像を超えた優れたものであった。
天を突くような高い建物、贅沢に縦方向にとられた空間に綺麗に整備された建物だった。
いや、綺麗と言う一言で片付けても良いものではない。
木、石、煉瓦。どれとも違うツルツルとした触りのいい真っ白な壁と床が、綺麗に磨き上げられている
リインが合図をするとゴブリン達が俺達の荷物を預かろうと手を伸ばしてくる。
「お、悪いな」
俺が手に持った武器を渡そうとすると、カレンに後ろから頭を叩かれる。
「バカなの?なんでゴブリンの集団の中で自分の武器を渡そうとしてるの!」
「そうですわね、私達の荷物は武器や防具くらいなので、あまり重いものでもありませんし荷運びは結構ですわよ」
リインは俺たちのやり取りに少し目を細めた。
「あなた達に取って魔物だと思われている者ですからね、配慮が足りませんでしたね」
そう自虐的に言って失敗失敗、という体で舌を出した。
いや、魔物だと思われてるというか……魔物じゃないか。
魚が湖から顔を出して「あれ、もしかして俺魚だと思われてる?といわれたらどうすればいいのか。
苦笑いを浮かべる俺達をよそに、リィンは続けたり
「私はこう思うんです。魔物とはなんでしょう?」
「魔物の定義ですの?女神教の中では人の命を狙う、人とは異なる悪しき生物、となってますわね」
教会は人の悩みを聞き、問いに答える。また、子供達に学問を教える機能を持っている。
神様とは何か。
神様は居るのか。
魔物とは何か。なぜ働かなければいけないのか。
良心とは何か。悪さをすればどうなるのか。
一般道徳、教養を民へと伝える教会。
その現役聖職者であるエレノアは、リィンに対して流れるように答える。
俺が同じ事をする場合は、頭に『多分』最後に『だったと思う』をつけているだろう。
「なるほど。それでは私達は貴方達の命を狙っておりません。それでは私達は魔物ではありませんね」
いや、魔物だよ
みんなそう思っただろうが、口には出さない。
俺達の表情を見て、リィンはシアをすっと指さした。
「人とは異なると言いますが、そこのエルフのお嬢ちゃんは魔物ですか?」
シアが何を言われたのか解らず首をかしげる。
「尖った耳、人族より整った顔立ち、細い体躯、人族には少ない透き通るような白い肌、人よりも長寿。人とは異なりますよね」
ならば、とリインは続けた。
「尖った耳、人族と同等かやや劣る顔立ち、人族より小柄な体躯、緑色の肌、人と同等の寿命。そちらのエルフよりも我々のほうがまだ人に近いでしょう?エルフは人族として認められているのに、エルフよりも人族に近いゴブリンは魔物として認識されているんです。おかしくないですか?」
エレノアは苦笑いして、魔物の定義を続けた。
「言葉を持つか。知恵を持つか。言葉が通じるかどうか。人に対して敵対的であるかどうかですわね」
「私は貴方達に敵対していません。また、人族の言葉を解しています。言葉は通じていますよね?この街は知恵の証明にはなりませんか?私以外のゴブリン達も言葉を持っていますよ。貴方たちにはギャアギャアと言う鳴き声に聞こえるかもしれませんが、きちんとSVOCで組み立てられる言語になっています。自分達の国の言葉を話さなければ魔物だ、と言うのは乱暴ですよね。小国に行けば共通語を喋れない人達も居ますが、彼らは魔物ですか?」
「私達も貴方達が全て魔物だと全員が言っているわけではありませんよ?」
そうエレノアはまとめる。
実際にこの話をギルドに持ち帰ればすぐに危険だと討伐部隊が組まれるだろう。ゴブリンは魔物だ。誰に聞いてもそう答える。
それだけに
「解って貰えて嬉しいです。私達……ゴブリンと人間は理解しあえると思っていたんです」
屈託の無い笑顔を浮かべ喜んでいるリィン達の姿を見ると、心が痛んだ。
「どうするんだよ」
「何がですの?」
「リィンが喜んでるじゃないか。魔物だと言わないと言ってたが、どう見たってゴブリンは魔物だろ。嘘をついてどうするんだよ」
「あら?嘘なんて言ってませんわよ?」
エレノアが不思議そうな顔をする。
「そうなのか?」
「ええ、魔物だと思ってますが、全員が魔物だと私は昨日も今日も口にしてませんもの。私が口にしなければ全員が言ってるわけではありませんわよ?まぁ、私も魔物以外の何ですの?とは思ってはいますわね」
なんて言葉遊びだろう。
そして、建物の中で少し歩くと……ゴブリンの兵士達が見張っている部屋があった。
「宿屋にしては厳重だな……偉いやつでも泊まっているのだろうか。いや、あの兵士の目付きは……」
「なぁ、あそこの部屋は何なんだ?」
俺がリィンに尋ねると、リィンは薄く笑って。
「あぁ、あそこは家畜の実験部屋ですね。魔物を家畜化できないか試しています。魔物が暴れたときにこの街で一番頑丈なのがここなんです」
そう言って、リィンは会話を終わらせた。
魔物が魔物を家畜にするなよ、と口からでかけたが、ぐっと飲み込む。
「狼の魔物に乗るゴブリンライダーとかも居るし、この厳重さと建物の高さなら、子供なら龍種もいけるかもしれないわね。驚異だけど、そのくらいではもう驚けないわ」
カレンが疲れたかのように言う。
「部屋はバラバラでいいですよね?」
「同じでいいわ」
全員まとめて一部屋でいいというカレン。
ゴンッ!
俺は色んな事を想像して顔を緩めていると、シアが杖で俺の膝を叩いた。地味に痛い……。
「何を想像しとるかは解らん、いや解りすぎるんじゃが……魔物に囲まれて分散できるわけがあるまい」
そう、リィンに届かない声で耳打ちした。
皆様、お久しぶりです。
日本と昼夜逆転している国に来てあっという間の2ヶ月。まだ出張中です。
ネット環境は悪く、パソコンも手慣れたキーボードがなく、中々筆が進みませんが、頑張って更新を戻したいなぁと思う今日このごろ
つれづれなるままにお後がよろしいようで
星馴染




